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April 30, 2005

№13 タイ料理は美味しい

 「タイ料理は辛いから口に合わない」と思っている方がいらっしゃるのではないでしょうか。事実辛い料理もあります。でもそうでない料理もたくさんあります。
 タイ料理以外にも、バンコクでは日本料理(日本料理店が2000店もあるそうです)、中華料理、インド料理、イタリアン、フレンチと世界各国のレストランが味を競っているので、ロングステイ中外食ばかりしていても、飽きることはまずないでしょう。
 
 今日は、タイレストラン「レッドッペッパー」の紹介です。はじめてバンコクに行った時、“バンコク一のタイ料理店”と「地球の歩き方」に載っていたレストランです。その後、何度か高級といわれているレストランに行ったことがあるのですが、わたしの中では「レッドッペッパー」が味・お値段ともNO.1です。雰囲気もスタッフのサービスも申し分ありません。場所は、スクムビット・ソイ20のレンブラントホテルのサービスアパートメントの一階にあります。ソイ18側のホテルの方からも行けますが、分かりにくいです。

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 写真は、「レッドッペッパー」で食べた料理です。世界三大スープとして有名なトム・ヤム・クン、ココナッツミルクで仕上げるわたしの好きなグリーンカレー、タイの東北地方の郷土料理で青パパイヤのサラダのソムタム、さっぱりと美味しいエビチャーハンのカオ・パッ・クン、写真には写っていませんが、カニのカレー炒めのプー・パッ・ポンカリーも病み付きになる味です。カニを殻ごと揚げてありますのでそのまま食べれるので、食べにくいことはありません。
 このメニューで辛いのは、トム・ヤム・クンとソムタムですが、メニューには唐辛子の絵が載っていて、その数で辛さが分かるようになっています。辛さが苦手な方は、唐辛子のイラストがないメニューを選べばよいでしょう。
 また、辛いのが好きな方は、唐辛子3つにチャレンジしてください。目の下にたっぷりと汗をかきながら食べているのは、もちろん言うまでもありません。時々、スタッフが心配して辛くないかと聞きにきますが、にっこりと「アローイ(美味しい)」と答えます。

 幸いにも、辛さも大丈夫だし、パクチー(香菜・コリアンダー)大好きなわたしにとって、バラエティ豊かなタイ料理を満喫できます。しかし、そうでない方も辛くない料理はたくさんありますので、安心してください。

 食べ物の話は尽きないので、これからもテーマを決めて書いていきます。

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April 29, 2005

№12 タイの映画事情

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 今回のバンコク滞在で、はじめて映画館へ行きました。それはスクンビットにあるエムポリウム内のシネコンで、6つのスクリーンを持つ立派な映画館でした。日本のシネコンとそん色ないです。料金は大人140バーツ(約420円)と日本の4分の1!  平日のレイトショーだと60バーツ(180円)と超格安です。昼間の時間つぶしをかねての映画だったので140バーツを支払い、5Fにあるスイーツショップでマンゴシェイク(150円)を買い込み、いざ映画館へ。
 
 観た映画は、「サン・オブ・ザ・マスク」(日本題 マスク2)です。単純明快なストーリーなコメディー、字幕はタイ語なので少々英語がわからなくてもOKです。4月1日に「サン・オブ・ザ・マスク」を観たのですが、日本では16日に公開になっていました。案外タイの方が早く観れたりするのですね。
 6つのスクリーンのうち3つがホラー系の映画でした。タイ人は幽霊を信じているのに(実際、幽霊騒ぎが時々あるそうです)、どうしてホラー映画が好きなのでしょう? 理解できません。
 
 タイ映画もなかなか良い映画があるようです。タイ語が分からなくても、英語の字幕なので英語の映画を観るよりはかえって理解しやすいようです。街中のCDショップに行くと、タイ映画のDVDがたくさん売っています。しかし、どの映画がおもしろいのやら分からないので買いませんでした。それは正解で、タイで売られているDVDは日本では観れないということを後から知りました。この辺りの話はまた別の機会に書きたいと思います。日本映画も時々上映されているようです。

 このように安くて最新の映画を楽しむことができます。ロングステイをしていても娯楽があるというのは嬉しいですね。
 各国の映画観られることで、バンコクの生活をより一層エンジョイできるのではないでしょうか。

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April 28, 2005

№11 健康回復のロングステイ その2

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ロングステイから感じること 
 バンコクに長期滞在するようになって、日々の生活をいきいきと過ごすうちに、Mさんの健康にたいする考え方が変わってきた。奥さんが健康を取り戻し、だんだん元気になっていく姿をみると、「タイで長生きしたい。二人とも健康で長生きしてこそ価値がある」と思うようになった。
 当初は海外での長期滞在について抵抗感や夫婦間で意見の食い違いがあったが、このままタイに永住したいと思っている。そのため、これまでの観光ビザから、一年毎に更新できるロングステイ・ビザに変更した。
 さらに「このように健康になった自分たちだけが幸せということではなく、今からでもすべての人が幸せになれるように尽くしたい。たとえば、バンコクの街中には物乞いの人たちがたくさんいる。アジアの同胞として、また同じ人間として、最も気にかかることだ。恵まれない人たちに自分たちでできることを、体力が足りない分は他の人の力を借りてでもやりたい。これからも勉強して何かできることで、タイの人たちに貢献したい」、そういう気持ちを持っているという。

インタビューについての感想
 Mさん夫妻のロングステイの特徴は、第一に、健康の回復を目的としているということである。高齢者の増加に伴い、ロングステイを実行する動機として、健康の維持や回復という健康上の理由がさらに増えるのではないかと思われる。
 Mさん夫妻にとって、健康であることがいきいきとした生活を送るための基本的な条件のひとつになっている。そこには、健康で自立した生活を送ることができる高齢者が、他の人や社会のことに関心を寄せ、可能な範囲で他者と交流し、社会に貢献しようとする姿を見出すことができる。健康であればこそ、自分自身の関心事にとどまらず、他の人を思いやる気持ちが出てくるのであろう。
 Mさんは、「タイの人たちはのんびりしているので、こちらも自然とのんびりできて、精神的に楽になる。それに暖かく過ごしやすい気候のため、衣服が軽装で済みとても動きやすいんです」とタイの生活を話してくれた。身体機能が衰えたり、慢性疾患を患っていたりする高齢者にとって、タイの生活が、身体的・精神的なストレスを軽減することで、QOL(生活や生命の質)の改善や向上を図り、健康の回復に大きく寄与しているのではないかと思われる。

 第二に、年齢に関係なく、新しい生活や生き方にチャレンジする前向きな考え方や姿勢が、将来にたいする希望や生きがいを生み出す要因のひとつになっているのではないだろうか。
 「これまでの人生や生活は、ぜんぶ大阪に置いてきました」とMさん。過去にこだわらず、将来に向けて気持ちを切り替えたという意味なのだろう。覚悟を決めて日本を発って来たということではなく、タイでの長期滞在をするうちに夫婦ともに健康な生活を送れるようになって、気持ちが切り替えられたのだろう。この前向きな考えが、長期滞在への心配や不安を消して、タイ社会への関心や永住する気持ちを生み出しているようだ。

 92歳という高齢にもかかわらず、なぜロングステイを実行できたのであろうか。ロングステイを踏み出せた理由は何であろうか。
 まず、家族の理解や協力があげられる。Mさん夫妻の健康や長寿を願う娘さん家族の理解や協力が、実行できた大きな理由である。心臓に持病がある奥さんにとって、日本の冬の寒さが、負担になっていた。暖かいタイに転地療養して、奥さんの健康の回復とMさん夫妻の長寿が、家族の希望でもあった。
 つぎに、Mさんの好奇心を失わない前向きな考えも、行動できた理由として忘れてはならない。日本を離れてタイという全く新しい環境で生活しようという前向きな姿勢は、年齢に関係なく重要な要件ではないでしょうか。

 このインタビューは2003年3月に行ったものです。
2004年11月に、Mさんの奥様がバンコクで永眠されました。心よりご冥福をお祈りいたします。
 なお、Mさんは健在でロングステイを継続されています。


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April 27, 2005

№10 健康回復のロングステイ

 (Mさん夫妻のケース) 

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その1
 Mさん(92歳)は、明治44年、島根県益田市に生まれ。定年後、娘さん夫婦が住む大阪市に転居し、夫婦二人で暮らしていた。その後再就職していたが82歳でリタイアした。
 30年間住んでいた大阪を離れて、2002年11月よりバンコクでロングステイを始める。奥さん(86歳)を同伴して、娘さん夫婦と二世代同居の生活である。BTS(スカイトレイン)プロンポン駅に程近く、スクムビット通りからすぐのコンドミニアム住まいである。コンドミニアムは、3ベッドルームの250㎡、親子二世代で暮らすには十分な広さである。日本人の住民も多く、生活情報や分からないことも教えてもらえるそうである。敷地内には、プールがあるほか、花や木々の緑が多く、蝶や鳥、リスも遊びにやって来る静かな環境である。

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ロングステイを実行した経緯
 高齢にもかかわらず、タイでロングステイを実行した第一の理由は、奥さんの持病である心臓病の療養のためである。日本の冬の寒さは、奥さんの心臓病に悪く体調が優れなかった。まだ体力があるうちに暖かいところで転地療養すれば、夫婦ともに長寿がまっとうできると考え、奥さんに対する愛情から勇気を出して決断した。アジアのなかでは、医療や食べ物などの点で安心して高齢者が生活できる国ということで、タイを滞在先に選んだという。つまり「老後は、暖かいアジアが住みやすくて健康にもよい」との考えからである。

ロングステイの現在の状況
 高齢のMさん夫妻にとっては、海外旅行の経験もなく初めての海外での生活であった。そのため、日本を離れる前は、遠い海外まで行って果たして心臓は大丈夫だろうかと心配や不安を感じた。しかし、これまでの4ヶ月間のバンコク滞在で、医者や心臓病の薬も要らなくなるほど奥さんが健康を回復した。奥さんが元気になったことが、ロングステイをして最も良かったことであるという。
 今では、バンコクの生活にも慣れて、Mさん夫妻ともに体調が良くなり、ロングステイをエンジョイしている。タイの食物が口に合い、特にフルーツがおいしく気に入っていて、食生活にも心配がない。Mさん氏は、毎日近所を散歩したり、コンドミニアム内のプールで週2,3回泳いだりして過ごしている。デコボコの多い道は、一見高齢者には危険なようだが、注意して歩くので、かえってボケ防止によいらしい。プールではいつも25mを5回ほど泳いでいる。泳ぎ過ぎて周囲から止められるほどの元気さで、92歳とは思えないはつらつさとした姿である。さらに、Mさん氏は好奇心からタイ語の文字を書きはじめ、タイ語を勉強する努力家でもある。


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April 26, 2005

№9 ドリアンにはまる

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 ドリアン、みなさん食べたことがありますか? 日本ではほとんど売っていないですが、食べたことはなくても聞いたことはありますよね。わたしが初めて食べたのは、15年くらい前にシンガポールのチャイナタウンの屋台でたべました。興味津々で食べたのですが、果肉が熟れすぎていてすごく軟らかく、強烈な臭いでした。それでも“フルーツの王様”をしっかり食べなくてはという思いで、臭いのを我慢して食べました。ドリアンとはそういうものだと思っていたのです。

 その後、何度かバンコクに行くようになって、久しぶりに食べることになりました。すると、意外に美味しいのです。スーパーに行くとたくさんのフルーツが売っています。マンゴスティン、マンゴ、ジャックフルーツ、ロンガン、ランブータン、パパイア、日本でいうザボン、その他いろいろのフルーツがあります。
フルーツ好きな人にはたまりませんよね。ドリアンは表面がトゲに覆われている大きな果物で、房ごとに小分けにしてパック入りで売られています。だいたい100バーツ(300円)前後です。一人分の適当な大きさを買ってホテルに持って帰ります。本当はその強烈な臭いでホテルには持ち込み禁止が原則です。でも冷蔵庫に一晩冷やすのです。ミネラルウォーターを飲むために冷蔵庫を開けると、その臭いでしっかりと個性を主張しています。

 そして翌朝、朝食に食べることになります。何故、夜食ではなくて朝食なのか、答えは簡単です。お酒特にビールを飲んでドリアンを食べると腹痛を起こすのです。ビールとドリアンが反応して醗酵し腹痛の原因になるそうです。そのため、お酒を飲むわたしは、朝食として食べることになるという訳です。
安いものもあるのですが、シンガポールで食べた時のようなドリアンで当然美味しくありません。食べ頃のものというのがあって、そういうドリアンをたべるとまさに“フルーツの王様”なのです。臭いが臭いではなく、いい方の香いなのです。もっちりした食感とバターのような濃厚な味覚、それに南国のフルーツ独特の香いが鼻腔いっぱいに広がります。一口たべると二口とついつい食が進みます。こうしてドリアンの魅力にはまっていくのです。

 こうやってわたしはスーパーのフルーツ売り場で、美味しそうなドリアンを探すことになるのです。夜にスクムビットのロビンソンデパートの地下スーパーで
 ドリアンを探している中年の日本人がいたら、多分それはわたしでしょう。


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April 25, 2005

№8 プラ・ユキ・ナラテボーさん その2

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 先日書きましたプラ・ユキさんについての情報をタイ国政府観光庁からいただきましたので、ご案内します。
 スカトー寺やプラユキさんの公式サイトはありませんが、ワット・パー・スカトーやプラユキ・ナラテボーで検索するといろいろなサイトが見つかります。タイ国政府観光庁の永原さんのHPにもスカトー体験記のページがありますので、参考になります。
 
 http://yanoke.web.infoseek.co.jp/minmindukatokiindex.htm

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April 24, 2005

№7 カンチャナブリ

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カンチャナブリは、バンコクから西へ約130キロ、車で2時間半、ミャンマーとの国境にほど近いところにあります。
はじめは、タイ東北部(イサーン地方)のクメール遺跡巡りに行きたかったのですが、ツアーは3名からの催行にもかかわらず、わたし一人の申し込みであえなく断念。その代わりのカンチャナブリ行きという次第です。

 映画「戦場に架ける橋」(クワイ川マーチ・・・若い方は知らないかも)の舞台になったクウェー川鉄橋が有名ですね。第二次大戦中、旧日本軍が捕虜の連合軍兵士に多くの犠牲者を出しながら、ミャンマーへの泰緬鉄道を建設したものです。爆撃で破壊されたクウェー川鉄橋も再架橋され、現在も泰緬鉄道は利用されています。

 2005年4月1日、早朝バンコクを発ちました。同行するのは日本語ガイドと運転手さん。ツアー参加者はわたし一人で、ふたりを独り占めしての、のんびりツアーとなりました。これで1500バーツ(約4500円)きっと赤字だなーとちょっと心配。ガイドさんは、チェンマイ出身でちょっと宮里藍に似ているプラノームさん。
チェンマイ大学で日本語を勉強したそうで、これまでのガイドさんの中では一番日本語が上手でした。車中、タイの仏教のことなどいろいろ教えてもらいました。

 カンチャナブリでは、竹で造られた粗末な捕虜収容所を再現したJEATH戦争博物館、連合軍共同墓地を見学します。数千名が眠る連合軍共同墓地では、花を手向けたいと思ったのですが、花屋さんが見つからずに黙祷だけさせていただきました。なぜか日本人観光客は少なく、ヨーロッパ系の観光客がほとんど。若い日本人にも足を運んでもらいたいものです。

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 クウェー川鉄橋は、思ったより水がきれいなクウェー川に歴史を感じさせながら架かっていました。歩いて渡れます。建設当時に想いを馳せ、川面の魚を覗き、河畔の水上レストランなど平和でのどかな景色を見ながら、5分ほどで渡りました。 一日3本の泰緬鉄道。駅付近でザボンに似たフルーツを買って、10時30分の列車に乗り込んで1時間半の列車の旅です。まるで“世界の車窓から”気分です。しかしそれもゆっくりクウェー川鉄橋を渡るまででした。エアコンなしの列車は大きく揺れ、暑さ(たぶん37~8度)で、列車の旅をゆっくり楽しむという感じではありません。あまりの揺れに、隣の座席が外れてしまいました。それでも騒音のひどい車中で、専属ガイドとなったプラノームさんと車窓からの景色などの会話を楽しみながらのひと時でした。  
こういう時、ひとりのツアーはいいですね。得した気分です。

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 車窓からの景色は、タイの芋畑が中心で、田んぼはありません。小高い岩山を見ながら、竹林やチークの木も時々見えます。家具などに使われるチークの木を初めて見ました。丸く大きな葉っぱ、落葉する時には大きな音がするそうです。 列車の旅のクライマックスは、アルヒル桟道橋です。断崖を切り抜き、クウェー川にせり出した線路、スリル満点です。難工事であったことが実感できます。観光客はみんな顔を乗り出して、景色を楽しんでいます。わたしもデッキに出て写真を撮りました。しかし、足を踏み外すとそのまま川へドブンという状況です。無事、ワン・ポー駅に着き、ここで列車の旅も終わりです。

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 カンチャナブリ県は、温泉があるそうです。次回は訪れようと思います。
みなさんも一度カンチャナブリへどうぞ。

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April 23, 2005

№6 みなさんの声

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 立ち上げたばかりのブログ、まだ読者の方は少ないですが、少しずつ書き込んでいきます。
このサイトいいなと思ってくださった方は、口コミで親しい方に教えてください。

 いろいろな方が、多様なロングステイを経験し、有意義なロングステイを過ごしていらっしゃると思います。
また、これから計画されている方も、具体的なプランを持っていらっしゃるのではないでしょうか。

 このブログでは、みなさんのご質問、ご感想やご意見、また新しいロングステイへの考え、アイデアがありましたら
ぜひ、書き込んでいただきたいと思っています。どのようなことでも結構です。
 
 情報提供だけではなく、ロングステイに関する交流の場にもしたいと考えています。
役立つ情報やプランなど、将来ロングステイを計画されている方のお役に立てれば幸いです。
どうぞよろしくお願いします。

                       池邉善文

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April 22, 2005

№5 シニアのロングステイ Sさん その3

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その3
「新しい生き方への助走期間」

 今回は、Sさんのインタビューから、シニアの新しい生き方について考えてみましょう。
 「私は、お金のことよりも、リタイア後、人や社会の役に立つことは何かを探しつづけて、やっと見つけることができました。みんな探しているけれど、なかなかきっかけやチャンスがない。それとも日本人は自分で探し回るほどの積極性がないのでしょうか。日本には、60歳で定年を迎えたらそれ以降の生き方のシステムがなく、
後は個人で好きにやりなさいですからね」とSさんはいう。

 この言葉は、会社勤めをしてきた男性にとって、定年が個人のライフコースに与えるインパクトの大きさと、
定年後の個人のアイデンティティーや生きがい感の喪失の問題を言い表しているのではないでしょうか。
さらに高齢者の生き方を支える社会支援システムの不備という、日本社会の問題点を浮き彫りにしている。
 
 定年後の男性にとって、高齢期の生き方を確立することが、一般的に難しい。会社人間であった男性は、地域社会の中に自分の居場所が見つからないことが、まだ多いようです。地域活動やボランティア活動など、何かしたいけれど、どのようにしてよいのか分からない、また一緒に活動する仲間が見つからないといった理由で、最初の一歩が踏み出せないことが多いのです。

 個人が孤立することなく地域社会と結びつき、高齢期の生き方を確立することが課題になってきています。
Sさんは、ロングステイを媒体にして、新しい生き方に気づき、見つけることができた。日本の日常生活から離れて異文化の生活環境の中から、求めていたものを探し出すことができたのです。Sさんにとってロングステイが、これまでの人生や生き方から、新しい生き方へ転回するための助走期間になっているように思います。ロングステイが、新しい生き方への橋渡しとして機能しているのです。
 この意味で、タイの生活環境や地域社会が、新しい生き方を見つけたり、「生きがい」を感じたりする機会を与えているのではないでしょうか。海外でのロングステイが、個人のアイデンティティーや存在を再認識させ、個人をエンパワメントする機能を有しているのかもしれません。
 
 その一方で日本の社会が、地域や社会の持つ個人を支援する機能を低下させているのか、あるいは、これから新たに創り出していくのか、いずれにしても日本社会の課題である。高齢期の生き方を支える社会支援システムの視点に立って、タイと日本の両方の社会を考察することは、わたしの今後の研究課題です。

 長い会社中心の人生から、高齢期に向かって新しい人生へ転回し、ソフトランディングするために、準備期間や助走期間が必要なのである。
 ロングステイが、その役割を果たしているといえるのではないでしょうか。

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April 21, 2005

№4 シニアのロングステイ Sさん その2

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その2
 「人の役に立ちたい」という目的で養成学校に通い、中国の研修生やタイの生徒たちに日本語を教える機会が得られた。一歩ずつステップを踏んできて、この目標を達成できたことに喜びを感じている。

 バンコクでの長期滞在で、次の新しい目標ができた。それは、残りの人生をさらに人の役に立つことに使うことである。数年後には、チェンマイでボランティアの日本語の私塾を開きたいと考えている。将来のロングステイの適地として、温暖な気候で住みやすいことや適度な人口規模などの点からチェンマイが気に入っている。
タイの人たちは、高い収入が得られる日系企業に就職するために、日本語の学習意欲が高い。それも実用的な会話の習得を希望しているので、少人数の教室でもよいので、現地の人との交流の輪をひろげていきたい。
「現地の人との交流の輪をひろげていくことが、私の夢である」。
 そして日本語学校の私塾をタイにおける高齢者のロングステイの受け入れ先として構想している。
ボランティアの日本語教師の経験をとおして、私塾は、高齢者の「生きがい」づくりやタイの人たちとの国際交流の場にもなると考えているのです。


Sさんについての感想
 インタビューの間、終始いきいきとした笑顔で話をされる表情から、目標を見つけそれに向かって一歩ずつステップを踏んで、夢を実現しようとする意気込みが感じられました。さらに海外移住を視野にいれたロングステイを実行された決断力や行動力に驚くばかりです。

 ここで、Sさんの生き方についての特徴をまとめてみましょう。
 第一に、人と人との交流やコミュニケーションを大切にしている。
バンコクの日本語教室で日本語を教えることを媒体にして、タイの人たちとの交流を楽しみながら大切にしている。また、街中でも地元の人たちに気楽に声をかけることでタイ人の友人ができて、現地のネットワークも作りつつある。気さくで積極的な態度でタイの人たちに接し、現地社会に馴染み、溶け込んでいることがうかがえます。

 第二に、目標や夢を実現しようとする前向きな生き方をしていることである。
「人や社会の役に立つこと」を探しつづけて、リタイア後の新しい生き方をようやく見つけることができた。
そこには目標を探し、それに向かって一歩ずつ行動し、近づこうとする前向きな生き方や姿勢がある。
Sさんの好奇心と行動力を備えた生き方は、高齢期の生き方のモデルとして意義があるのではないでしょうか。

 第三に、人や社会とのつながり、そして社会への貢献に生きがいを感じている。
日本語を教えることで、生徒たちと気持ちが通じ合っている。生徒たちとの交流をとおして、タイの人たちや社会につながりを持ち、社会に貢献することで、充実感を得ているのである。人や社会とのつながりや人から感謝されることで、自分の存在を再確認したり、喜びや生きがいを感じたりしているのではないでしょうか。
 
 自己実現や社会貢献に生きがいを感じている点が特徴的である。
そして、新しい環境やタイの社会への柔軟な適応能力が、ロングステイを後押ししているようである。
これらの点で、「人の生き方は多様ですから、自分らしく生きたい」という言葉に代表されるように、Sさんの生き方は、新しい自立した高齢者の生き方といえるでしょう。また、特に定年後の男性やこれから高齢期を迎える団塊の世代にとっても、新しい高齢者のモデルとして参考になるだろう。
 これまで見てきたように、Sさんはリタイア後の生き方を探し、日本語教師の体験から新しい自分の生き方を見つけ出した。「人の役に立ちたい」という思いが、Sさんの行動力の源泉なのである。人の役に立ちたいというのは、自分自身の存在の確認と社会とのつながりを持ち続けたいという気持ちの反映ではないでしょうか。
自分の存在の確認と社会とのつながりを持つことは、高齢期の生き方を確立する上で大きな課題と考えられます。

 Sさんのようなロングステイができたら、素敵だと思いませんか。
 少しの勇気と行動力があれば、大丈夫です。


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April 20, 2005

№3 シニアのロングステイ その1

 これまでバンコクでロングステイを実行している日本人シニアに
いろいろお話をうかがってきました。その内容を少しずつ紹介したいと思います。
今日はその第1回目です。

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 Sさんは、建築・不動産関係の企業に勤務したのち、60歳で定年退職し、現在67歳。。
リタイア後、勉強を始めた日本語教師の知識を活かして2001年から2回のバンコクでのロングステイを経験する。
現在、タイ国のロングステイ・ビザを取得して、永住を視野に入れて滞在中である。


ロングステイを実行した理由
 リタイア後の人生を何か社会に役に立つことができないか、人を喜ばせることはないかと思案していた。
いろいろと探していたところ日本語教師養成学校に通い始めるようになったという。
中国の技術研修生に日本語を教える機会があった。研修生が大変喜んでくれたことに感動した。
この感動の経験が、ロングステイを決断した大きな理由である。
 行き先については、温暖な国であること、養成学校の直営校がバンコクにあり、
研修教師として受け入れてくれること、タイに憧れを抱いていたことから選んだそうである。

ロングステイの状況
 バンコク市内の滞在型マンションに滞在していて、1カ月に約20,000バーツ(約6万円)で生活できると考えている。日本の年金については、タイ国内の銀行口座に無料で送金してもらえるので助かっている。
 バンコクで生活する場合、不安なことは医療と安全の問題である。医療の問題については、これまでの長期滞在では海外旅行傷害保険に加入していた。今回は永住する予定なので、情報収集してタイ国内の任意の医療保険に加入することにしている。
 安全面については、滞在型マンションのセキュリティはしっかりしている。しかし、日本人はお金を持っていると思われているので、ひとり歩きの際には治安が悪い地域に行かないように注意をしている。
 
 ロングステイの準備として、日本を発つ前にタイのリタイアメント・ビザの申請をした。
このビザは、1年間有効でタイ国内にて更新ができる。特に問題がなければ、そのまま海外移住も可能となる。
ビザの許可基準として、次のような条件を満たすことが必要となっている。①タイ国内の銀行口座に80万バーツ以上(約240万円)の預金を有すること ②タイ国内で就労しないこと ③滞在中、3ヶ月ごとに入国管理事務所に所定の報告書を提出すること、などである。
 バンコクの生活は、食事などの生活面でも新しい環境に順応している。物価が安いので外食中心の食事だが、タイの食べ物は口に合っている。日頃から健康には気をつけていて、自己管理をしている。
そのせいか病気になったことがなく、今のところ健康面での心配や不安はない。ひとりで海外の長期滞在をする場合、自分で自分の生活や健康に責任を持って管理することが大切だという。
 また、Sさんは、タイの人たちと積極的に交流している。タイの人たちは親日的で親しみやすく、
タイ人の友人ができて現地のネットワークも作りつつある。たとえば、買い物や食事に出かけた時でも、
現地の人に気楽に声をかけている。タイ語は十分にわからなくても気さくに話しかける。
そういうコミュニケーションをするうちに自然と顔なじみになり、友人ができたり生徒が集まったりするそうである。
 さらに、タイ語教室でタイ語の勉強をしている。現在は会話中心の授業だが、タイ文字も勉強したいと考えている。現在ではタイ語での日常会話は不自由がないほど、上達されている。
このようにタイの社会に柔軟に適応している様子がうかがえる。

日本語教師のボランティアについて
 現地の人材派遣会社が、人材登録しているタイ人を対象に教育研修の一環として日本語教室を主宰していて、そこで2003年9月よりボランティアで日本語を教えている。交通費と昼食代は出るそうである。
20時間で修了する日本語教室で、毎週1回、1クラス10人を担当している。
生徒は日系企業に就職を希望する20代のタイ人で、ほとんどが女性である。
男性は、根気がないのか続かないそうである。「若い人ばかりなので、気持ちが若返る。」という。
 また、日常生活をとおして親しくなった近所の人たちに、日本語のプライベートレッスンをしている。
生徒は、自分の方から気さくに声をかけて集めた6人である。それぞれ個別に喫茶店などで、
週に1回から2,3回ほど個人レッスンをする。無料のボランティア教師ということで喜ばれているそうだ。
 いつも「日本語を勉強してくれてありがとう」という感謝の気持ちを持って、教壇に立っている。日本という国を理解しようとする生徒の気持ちが可愛く感じられ、自分が生徒の役に立ちたいという思いからである。
そしてその気持ちは、生徒にも通じている。「世界中の人間はみな同じである。言葉は違っても人間の心は変わらない」と、改めて実感している。生徒とのつながりや交流から得られる喜びは、何物にも代えがたいという。

 タイの人たちとの交流をとおして、人と人との「共感のドラマ」に、ロングステイの一番の魅力を感じている。
このドラマに自分が関与して、人の役に立っていることが、最高の生きがいである。

 次回につづく

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April 19, 2005

№2 プラ・ユキ・ナラテボー さん

プラ・ユキ・ナラテボー さん

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2005年4月14日(木)、タイ国政府観光庁福岡事務所にて、
プラ・ユキ・ナラテボー(Phra Yuki Narathevo)さんのお話会に参加してきました。

お話会の案内書の紹介によると、
 
プラ・ユキ・ナラテボー僧(日本名:坂本秀幸さん)
 1962年埼玉県に生まれる。上智大学文学部哲学科卒業後タイへ渡り、
88年よりタイ東北部の森の寺、スカトー寺にて僧侶生活に入る。
以後、村人や日本から来た若者に瞑想指導をしている。(婦人公論2001年317号より抜粋)

やさしい表情、穏やかな話し方、それだけでありがたいオーラが出ているようで、当日は「いかに心豊かに生きるか」や瞑想についてのお話がありました。わたしは、残念ながら短い時間しかお話を伺えなかったのですが、有意義な示唆をいただきました。

プラ・ユキによると
 人間の悩みや不安の50%は、過去の後悔やこだわり、将来への心配や不安などである。今を大事にせずに日々を過ごしていることが多い。「いま、ここを」大切にしなければいけない。今という時間を活かして、これから役立てていくことが重要である。

 また、現実にはリアリティーとアクチュアリーの2つの概念がある。リアリティーとは、あるがままの現実であり、
アクチュアリーとは、自分の心や感情というフィルターを通した事実である。“あるがまま”を受け容れると、心安らかに幸福になれる道が開かれる。ある出来事も見方(受け止め方)次第なのです。これを仏教では「正見(しょうけん)」という。

 このようなお話の内容でした。わたし自身も気づきのよい機会となりました。感謝。

参加者の中には、スカトー寺に実際に行って、修行をなさった方もいらっしゃいました。みなさん、人生や自分自身を見つめ直す機会であったようです。

 タイでのロングステイ期間中に、スカトー寺を訪ねて、プラ・ユキさんに指導していただくというのもタイの仏教や文化を理解し、これからの人生を再構築するきっかけとなるかもしれません。

3泊4日くらいからの短期修行でも、よいとのことです。詳しい情報がわかりましたら、次回以降にアップさせていただきます。

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April 17, 2005

№1 タイのロングステイとは?

タイのロングステイとは

ロングステイとは、何か。みなさんどのように思いますか?
最近マスコミがよく取り上げますが。
 みなさんは、「会社人間」でしょうか、「地域人間」でしょうか。わたしは、ロングステイは「会社人間」の方により有効と考えます。
 定年になったら、どのような生活や人生を過ごすのでしょうか。これまでの会社中心の生活から、いきなり地域中心の生活に変えられるでしょうか。
 ご近所の方の顔と名前が分かりますか。会社・組織を離れて地域に根ざした生活はできるのでしょうか。
 つまり、地域デビューはできますか?
 このようなことに疑問や不安に感じる方は、ロングステイを考えてみたらいかがでしょう。

 ロングステイは、自分の人生を振り返ったり、見つめ直したり、これからの人生を客観的に考える良い機会と考えます。
 ゴルフ、観光、のんびり、憧れのセレブな生活、年金や生活不安からの日本脱出、どれも個人個人の素敵なロングステイの目的です。しかし、ここでは、ロングステイを会社人間から地域人間になるためのソフトランディング期間、助走期間と位置づけてみましょう。
 これからの現役生活を送るための充電期間と考えてみることもできるでしょう。そのための受け皿や場が、タイにはあるのかもしれません。

 仏教に根ざした微笑の国。
 タイは、“お金中心”ではなく、“心中心”の社会ともいえるでしょう。日本人が物質的に豊かになった代わりに失った心中心の社会が、タイなのかもしれません。現在、ロングステイの希望地として人気が高まり、ロングステイ人口が増えているタイが、長期滞在地に選ばれる理由もそんなところにあるのかもしれません。

 シニアの世代には、懐かしい日本の社会をそこに感じる方も多いようです。昭和30年代の日本社会に近いものがあるのでしょうか。

 これから定年を迎え、地域でこれまでの知識や経験、技術をどのように活かせるのか。個人の課題でもあると同時に地域社会の課題でもあります。


 これまでの人生を走り続けたみなさん、ここで一旦、これまでの人生を振り返り、現在の自分を見つめ直し、これからの人生を再設計するにあたって、日本社会を離れ、自分や日本社会を外から客観的に見ることで、これからの生きかたのヒントが得られるかもしれません。 それがロングステイの機能や可能性と考えています。

 生涯現役社会を目指して、ロングステイがこのような触媒的な役割を果たせることができれば、わたしにとっても、喜びであります。

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