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May 31, 2005

№44 アユタヤ王宮跡

   アユタヤ遺跡群の遠景
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その5

 いよいよ世界遺産の遺跡群の観光です。
 アユタヤ王朝は、スコータイ王朝に代わって1350年から1767年までの417年間続いた王朝です。チャオプラヤー川を利用して貿易都市として栄え、順調に発展していった。そんな時代に、日本人の町が生まれ、山田長政が活躍していたのです。このように永く続いた繁栄も、1767年にビルマ軍の侵攻によってすべてが破壊され、アユタヤ王朝は幕を閉じるのです。

 ツアーの車から降りて、アユタヤ王宮跡を歩きます。最初に案内されるのが、 「ワット・プラ・マハタート」です。ここにあった仏像群は、その首をすべてはねられ、胴体部分しか残っていません。周辺は破壊された廃墟となっています。その中に切り落とされた仏頭が、永年の年月を経て菩提樹の根の部分に取り込まれているところがあります。今、これはアユタヤ観光のシンボルとなっています。

   ワット・プラ・マハタート
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  初めて観た時は、一瞬息が止まり胸が詰まりました。ビルマ軍との激しい攻防が、現代まで現実味を帯びてリアルに伝わってきます。そして仏様の頭部ということで、その痛み、悲しみ、辛さ、悔しさ、いろいろな感情が、わが身のものとして、激しく胸を打ちます。また、この仏頭を取り囲んでいるのが、菩提樹というのもなにか象徴的です。
 200年以上の年月を経て、仏頭は地上から30センチほど持ち上げられています。その光景と雰囲気は、観る者の心を打たずにおかないものです。 合掌・・・

 つづく

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May 30, 2005

№43 古都アユタヤ

   ワット・ヤイ・チャイ・モンコン
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その4

 アユタヤ市街から少しはずれたところに、尖塔(チェディ)が見えてきます。 「ワット・ヤイ・チャイ・モンコン」です。
 1357年に初代ウートーン王によって建立されました。往時は金色に輝いていたであろう仏塔は、長年の風雨にさらされてその面影はありませんが、今でも美しい姿でそびえ立っています。

   ずらりと並ぶ座仏像
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 他の仏塔や建物の支柱も、ひびが入っていたり、やや傾いていたり、永い歴史を感じさせます。仏塔は高さ72メートルあり、中段ほどまで登ることができます。そこからは、アユタヤ周辺ののどかな田園地帯が一望されます。そして仏塔内に入ると、中は真っ暗でひんやりとしていて、コウモリがいそうな雰囲気です。
 境内には大きな涅槃像が横たわり、敷地を囲むように座仏像がずらりと並んでいて壮観です。どの仏像もオレンジの法衣をまとい、やさしい表情で座っていらっしゃいます。その表情は、どこかインド風の顔立ちで、ひとつひとつ違っていて個性的です。

 アユタヤ市街に入ると、緑が多く街全体が遺跡公園のような雰囲気です。その一画に象乗り場があり、ツアーでも立ち寄ります。30分ほどの自由時間がありますので、希望者は“象乗り”体験ができます。象の背中で揺られながら、アユタヤの遺跡群を望むのも風情があるかもしれません。

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 ここには多くの象がいて、象使いによく調教されています。中にはかわいい小象もいますので、餌用のサトウキビを買って食べさせることもできます。

つづく

 

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May 29, 2005

№42 アユタヤの日本人町の跡

その3

 アユタヤの街のほど近くに、それはありました。「日本人町跡」は、アユタヤに向かう道路に面して、きれいに整備された公園になっています。当時を偲ばせるものはほとんどなく、 「アユチア日本人の町の跡」の石碑があるだけで、この碑がなければここが「日本人町跡」とは分かりません。思い入れがあっただけに、ちょっと拍子抜けした感じです。

  公園の入り口にある石碑
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 アユタヤの日本人町は、歴史の授業で習った山田長政が居たところです。こんなに日本から離れた異国の地に、徳川時代の1600年代の前半には、1500人以上の日本人が住んでいたといいます。
 後朱印船貿易で栄えたこの町の首領が、山田長政でした。彼は当時のアユタヤ王朝の王に仕え、傭兵隊長からついには地方長官の職にまで就きます。最後は、王位継承のトラブルに巻き込まれ、毒殺されたという話です。後朱印船貿易が鎖国令によって終わるとともに、日本人町も消えたということです。

 敷地内の奥には、チャオプラヤー川の支流が流れています。今では、その緩やかな流れを見ながら往時の賑わいに想いを馳せるのみです。

 つづく

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May 28, 2005

№41 バンパイン宮殿

その2

 バンパイン宮殿は、17世紀にタイ王室の夏の保養地・離宮として建てられました。現在は、一般の観光客に開放され、見学することができます。国王はじめ王室の方々が、時々滞在されるそうです。
その広大な宮殿内には、手入れが行き届いた庭園と大きな池があって、タイ様式をはじめ、ヨーロッパ風や中国風の立派な建築物が配置されています。

   タイ様式の建物
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  入園ゲートを通って庭園内に入ると、きれいな花々が咲き乱れ、右手に芝生広場、左手に大きな池に沿って歩きます。途中、菩提樹やマンゴーの並木があって、季節ごとにマンゴーが実をつけています。
しばらく行くと、池の真ん中にバンパイン宮殿のシンボルともいえるタイ様式の建物が、浮島のように浮かんでいます。よく観光用のパンフなどの写真に使われている建物です。
 途中、ベルサイユ宮殿にあるような西洋風のおしゃれな建物も見えます。ガイドさんの話によると、王室の高貴な方々はこのような建物に滞在されるようです。
さらに奥へ進むと、芝生のじゅうたんに像の形に刈り込んだ植栽が見えてきます。イギリス庭園にあるそれですが、よくできていて像の親子がとても可愛らしいです。

    象さんの植栽
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 最も奥まったところに位置するのが、朱に塗られた中国風の大きな建物です。靴を脱いで中に入ります。昔の王様がここを使われていたようです。ガラス越しに紫檀や黒檀で作られ、細かな彫刻が施されたベッドや家具類が見えます。
その様子から「アンナとシャム王」や「王様と私」の映画を彷彿とさせます。ここからは来た道を引き返し、宮殿全体が見渡せる展望塔に登ったりしながら戻ります。
 
 一時間もあれば、ゆっくりと見学できます。ここからアユタヤまで、もうすぐです。

 つづく

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May 27, 2005

№40 アユタヤ紀行

  ワット・プラ・シー・サンペット
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 “アユタヤ” なにかいい響きに聞こえませんか? 旅情を誘われるといいか、懐かしいというか、そんな響きを持っているように思います。ご存知のとおり、アユタヤは世界遺産であり、山田長政がいた日本人町があったところです。わたしたちにとっては、親しみがある所といえるでしょう。
 
 アユタヤは、バンコクから北へ約80㎞、チャオプラヤー川とその支流に囲まれ、アユタヤ王朝の遺跡が点在する美しい古都です。アユタヤ王朝は14世紀から約400年間にわたって、栄えましたが、隣国ビルマ(ミャンマー)からの度重なる攻撃で、破壊されてしまいました。そのせいか今でもタイとミャンマーは仲が悪いようです。

 ぜひ行ってみたい所だったので、これまで2回現地の観光ツアーに参加しました。行きは車、帰りはクルーズというコースで、1800バーツ(約5400円)です。日本からのパックツアーのオプショナルツアーを利用するよりも、現地の日本語観光ツアー(ウェンディツアー、パンダバス)の方が安いので、こちらがお勧めです。
 朝早起きして、7時前には泊まっているホテルのロビーに迎えに来てくれます。市内のいくつかのホテルでお客さんをピックアップしたら、アユタヤに向けて出発です。
 渋滞する前のバンコク市内を抜けて、空港や郊外の工業団地へ向かう多くの車の流れに混じって走ると、1時間あまりでバンパイン宮殿に着きます。

 つづく

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May 26, 2005

№39 福岡丈夫さん

福岡丈夫(たけお)さん(64歳)
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 福岡さんは、「タイロングステイ日本人の会」の理事である。2005年3月、福岡さんが長期滞在しているBTSナナ駅近くのサービスアパートメントで待ち合わせをした。昨年7月、「日本人の会」の理事の方々と会食して以来、8ヶ月ぶりの再会である。前回はゆっくり福岡さんと話をすることができなったので、夕食をご一緒しながら話を伺う。

 福岡さんは、大手家電メーカーを定年退職した後、現役時代に駐在経験があるバンコクでロングステイを始めて3年が過ぎている。
 「日本での交友関係は、リタイアしているにもかかわらず、会社のOB会でも現役時代の上下関係を引きずったままです。日本では、なかなか個人と個人の付き合いができないんです。それが嫌でバンコクに来ました」という。 「日本人の会」は、肩書き抜きの個人同士の付き合いである。現役時代のことは言わないのがルールである。
 また、子どもがいないことも、ロングステイを実行できた理由のひとつである。
 
 会社や組織を離れた定年後の男性は、自己紹介をする時に、元の肩書きや地位を言うことが多い。地域社会との関係が希薄で、リタイア後にしたいことや目標が見出せない男性にありがちなことである。
 一旦、日本社会での関係やしがらみから離れ、まったく関係性がないタイで長期滞在をすることが、新たな人間関係やネットワークを創ることを通して、新しい高齢期の生き方を再構築する機会を与えているのではないだろうか。
 そうだとすると、この意味での機能が、ロングステイにあるといえるでしょう。

 年に2,3回大阪に帰国するが、ほとんどバンコク暮らしである。奥様は、日本とタイを行ったり来たりという。福岡さんは、「日本人の会」の友人たちやコンペで、週に2,3回のペースでゴルフを楽しんでいる。
会では、ゴルフの他に囲碁、マージャンなどのクラブ活動が盛んである。現在、会員数が120名を超え、組織の拡大と若い世代を入れようということで、理事を5名から9名に増やして、活動の一層の充実を図っている。
 こうして「日本人の会」の理事としても忙しい毎日を送っている福岡さんである。

 福岡さんや「日本人の会」についての問い合わせは、次のとおりです。

  Eメール:tmfukuoka@hotmail.com
  携帯電話:0-9223-9575

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グランドダイヤモンド(サービスアパートメント、手前のビル)

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May 25, 2005

№38 新しい自分さがしのロングステイ その2

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その2
 こうして、Mさんは、いろいろなことを始めた。ゴルフ、英会話、タイ語の勉強、そしてバンコクでのロングステイである。「60の手習いですよ」とにこやかにMさん。タイ人と親しく交流して、ロングステイをより実のあるものにしたいと、英会話とタイ語の勉強を始めている。
 2005年初めのバンコク滞在中に、シーロム地区のコンドミニアム(約80㎡、2LDK、日本円で約2700万円)を契約した。たまたま滞在中に思いたって、同行していた息子さんと相談の上、購入を決めた。
 思い切ったことであったが、コンドミニアムを購入することには、自分自身を意識的に行動させる意味合いが込められている。タイは相続税がないので、節税対策にもなるという。3年後の完成とかなり先なので、それまではサービス・アパートメントの滞在になる。
 
 バンコクでの滞在期間は、毎回約1ヶ月。郵便物の受け取りの関係で、そう長く滞在できない。タイから日本への通信方法は、携帯電話とEメール、インターネットである。最近、国際電話が直接かけられる携帯電話に切り替えたので、バンコクで携帯電話をレンタルする必要がなく便利である。それにサービスアパートのビジネスセンターからホットメールを使って、息子さんや日本の友人とEメールでやりとりをする。シニアのロングステイにとって、とりわけEメールやインターネットは、必須である。
 海外から、家族や友人との連絡、日本の情報がリアルタイムで知ることができるのは、順調なロングステイを送るための重要なファクターといえよう。
 ちなみに、福岡の自宅からヨーロッパの息子さんへの通信方法は、世界中通話料無料のインターネット電話「スカイプ」を利用しているという。今後「スカイプ」は、飛躍的に拡大するものと思われる。

 コンドミニアム完成後の滞在期間が、どのようになるか未定である。本格的なロングステイにあたって気がかりなことは、福岡の自宅の維持管理や毎年3月の確定申告のことである。そして将来の病気のことである。しかし、できれば永住したいという。滞在中は、最近始めたゴルフ、市内のカルチャースクールへ通ってタイ語や英語の勉強、そしてタイの文化に触れる講座を受講したい。
 また、バンコクを拠点にして、周辺各国への旅行も楽しみたいという。

 福岡への転居によって精神的に解放され、日本から離れたタイで“新しい自分”を発見し、前向きに新しい人生を再創造しようとしているMさんである。


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May 24, 2005

№37 新しい自分さがしのロングステイ

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 Mさん(60歳)は専業主婦で、ヨーロッパ在住のひとり息子がいる。控えめで上品な女性というのが、Mさんの第一印象である。離婚した後、2年半前に福岡県内より福岡市に引っ越しして、現在ひとり暮らしをしている。

 これまでタイには、通算7,8回訪れていて、1ヶ月間のロングステイを3回経験している。これまでの旅行先は、台湾、香港、フィリピン、タイ、シンガポール、インドネシアのアジア各国を始め、グアム、アメリカ(カルフォルニア)、オーストラリア、ニュージーランド、そしてヨーロッパと海外旅行の経験は豊富である。
 食べ物が美味しいこと、フレンドリーなタイ人が好きであり、何よりも“肌が合う”ことが、タイをロングステイ先として選んだ理由である。

 ロングステイのきっかけは、3年前にガンになり、命が救われたことである。「わたしは、石橋を叩いても渡らないタイプなので、それまでの人生の何割かは損していると思います」とMさん。現在は亡くなっているが両親と同居し、親戚や近所にも、何かと気を遣い、周りの目を気にしていたという。大病を患い、もう少し遅かったら命がなかった。そう思うと、「生き方を変えたい、これまでの自分とは違う“新しい自分”を発見したい」と強く感じたという。
 
 意識して新しいことを始めたかった。自分で自分を後押ししないと行動できない気がしたので、退院した翌日には、まだ痛む体をおして、家さがしに福岡市を訪れた。それが転居の理由である。誰にも相談せずに住居を決めて、周りには事後報告であった。
 一人住まいをしてみると、しがらみがなくなり、周りに気を遣わなくてよくなった。気が楽になったという。福岡への転居が、これまで自分を絡めていた生活から解放させた。そこで健康なうちにという想いで、好きなタイでロングステイを始めることを決心した。
 Mさんにとって、ガンに罹ったことが、まさに「生き方を転回させる」きっかけになり、人生の転機となったのである。

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May 23, 2005

№36 サービスアパートメントとは

 サービスアパートメントとは、清掃やベッドメーキングなどのサービスが付いた長期滞在用の宿泊施設です。
ホテルに近い感覚で泊まれます。ホテルとの違いは、簡単なキッチンがあり、大型の冷蔵庫、電子レンジ、電熱調理器、湯沸しのポット、包丁や食器なども備え付けで、スーパーなどから食材を買ってくれば自炊ができることである。旅行と同じ手荷物で、そのままロングステイが始められます。
 プールやジムも完備され、運動や健康ための施設が充実している。フロント、レストランのスタッフやサービスもホテルと変わらない。日本語ができるスタッフが常駐しているところもあります。
 元々、サービスアパートはバンコクを訪れるビジネスマン向けとして発達してきたが、最近はロングステイヤーをはじめ、個人の利用も多くなっている。スクンビット地区やシーロム地区には、このような高級サービスアパートメントがたくさん建っています。

 1泊から利用可能なところもあるが、1週間単位から1ヶ月、1年といった期間での契約が一般的です。
宿泊費は長期になるほど割安になります。だいたい1ヶ月5万バーツ(約15万円)から7,8万バーツ(20万円以上)と幅がありますが、おしなべて高いです。詳しくは、ほとんどのところがHP(ホームページ)があり、日本語のものもあるので参考にされるとよいでしょう。予約は旅行会社や現地の不動産業者からできますし、HPからもできます。HPにはプロモーション価格(割安プラン)がでていることもあります。
 部屋は1ルームのスタジオルームから、1ベッドルームや2ベッドルームのスイートタイプまで、いろいろあります。人数と予算に応じて決めるとよいでしょう。夫婦二人であれば、1ベッドルームタイプが一般的でしょう。ホテルでいうスイートルームタイプなので、かなりの広さ(50㎡~90㎡)がありくつろげます。

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 わたしも実際に滞在してみました。スクンビット・ソイ15にある「ロイヤルプレジデント」です。このプレジデントグループは、市内にいくつかのサービスアパートを経営しています。日本からインターネット予約して、2003年3月に1週間滞在しました。当時、ワンベッドルーム(スウィートタイプ)で1泊1部屋あたり約7000円だったので、ふたりだとひとり当たり3500円ということになります。この料金には、空港までのリムジンによる往復送迎サービスと朝食が付いていました。 

 こうしてみると、セレブなロングステイをエンジョイできる方は別にして、年金の範囲内(たとえば夫婦で月20万円)で暮らそうとしたら、宿泊費が高いサービスアパートは適しているとはいえません。賃貸の滞在型コンドミニアムの方がよいかもしれません。設備的にサービスアパートとほぼ同じところを探して、自分で掃除などをすればよいのです。
 家賃は、さまざまです。バンコクの都心部は高いですが、郊外で探すと格安の物件もあるそうです。契約は、個々のオーナーとの交渉、または不動産業者に依頼することになります。

 ロングステイの第一歩は、毎月の生活費の予算に応じたよい物件を探すことかもしれませんね。

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May 22, 2005

№35 暖かいバンコクでリハビリ

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 Yさんは、大学卒業後エンジニアとして長らく勤務してきた。1999年から2001年までの2年間、バンコクに家族同伴で駐在した経験があり、定年後、2002年10月からバンコクでロングステイをしている。その滞在目的は、奥さんの病気のリハビリのためである。

ロングステイの過ごし方と今後の予定
 Yさんの奥さんは、バンコクでの駐在を終えて帰国後、脳出血を患い体が不自由になった。そのリハビリのために、寒い日本からバンコクに戻ってきた。暖かくリハビリに適していることと、日本の地域社会から離れることで、気分転換ができて精神的にも楽なことが、その理由である。現在、娘さんと3人で市内のアパートに滞在し、バムルンラード病院にリハビリに通う毎日を送っている。
 
 バムルンラード病院は、タイ在住の日本人の友人に紹介されたという。英語をはじめ日本語、中国語、アラビア語の4ヶ国語が通じる私立の総合病院である。一般的にタイの医療機関はそのレベルが高いといわれているが、同病院も医療レベルが高く、設備やOT・PT、また介護ヘルパーなどのスタッフも充実している。
 Yさんと娘さんは、奥さんを介助しながら通院している。患者ひとりに2人のスタッフがつき、毎日2時間のリハビリを続けている。だんだんとリハビリの成果が上がっていて、同病院のリハビリ技術に満足しているという。
 病院では、リハビリ中に他の患者さんやその家族と交流をしている。フィリピン、インド、バングラディシュなどのアジア系やドバイ、オマーンなど中近東の患者さんも多い。いろいろな国の患者さんやその家族と英語で会話をしたり、アラビア語を教えてもらったりしながら、交流をするのがおもしろく、楽しみになっているという。

 バンコクでは、リハビリ中心の生活になっているが、時には「タイロングステイ日本人の会」の例会に参加したり、ゴルフをしたりもする。病院と自宅の往復だけになりがちな生活の中で、旧知の友人たちとのふれあいが、Yさんを孤立させることなく、勇気づけ、癒しているようだ。
 週3回、家事の手伝いのためにメイドさんを雇っているが、娘さんがタイ語を話せるので、コミュニケーションの心配はない。看護婦さんを自宅へ派遣することも可能とのことである。
 現在の住居は、娘さんのタイ人の友人から紹介されたアパートであるが、管理人との付き合いもある。その管理人のタイ女性は、Yさん家族がリハビリのために長期滞在していると知っているので、果物や料理の差し入れやハーブ・マッサージを紹介してくれたり、何かと親切にしてくれるそうだ。
 今後の予定として、奥さんが回復してYさんが自由に外出できるようになったら、タイで再就職したいと考えている。エンジニアとして製造の現場をみてきた経験を活かして、仕事を生きがいにしたい。ゴルフなどの趣味だけでは物足りないという。

インタビューの感想
 奥さんの介護、リハビリという身体的にも精神的にもストレスがかかる生活にもかかわらず、Yさんは“ゆとり”を感じている。それはタイに対する価値観の変化からきているという。日本人から観るとタイ社会はいろいろな面でルーズなところが多いが、別な視点から観ると、そのルーズな面がタイの人たちの精神的な“ゆとり”につながっている。たとえば、病院のスタッフは明るく、楽しく仕事をしようという姿勢で接してくれるので、こちらも気分が楽になる。
 日本の介護保険による介護サービスは、仕事と割り切っているが、タイ人の方が、より人間的に接してくれる。身の回りの世話をしてもらう場合、月に1万バーツ(約3万円)という人件費を考えると、専門のタイ人の介護スタッフを雇用することも可能である。
 
 Yさんの事例には2つの大きな特徴がある。まず第1の特徴として、ロングステイの滞在スタイルが、リハビリや療養のためであること。これは、ロングステイの新しい傾向であり注目される。日本の高齢化に伴って、今後さらに増加すると思われます。
 第2の特徴として、個人を支援する人やグループの存在が欠かせないことである。とりわけ患者さんや患者家族との交流は重要である。さらに「タイロングステイ日本人の会」の個人への支援機能も見逃せない。家事や介護支援などの直接的なサポートでなくても、「日本人の会」が、精神的なサポート機能を果たしているといえるでしょう。
 患者さんや患者家族、そして病院のスタッフ、「日本人の会」の友人、さらに近所の人たちとの交流が、Yさんの精神的な支えとなっているようです。

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May 21, 2005

№34 バンコクで海鮮中華

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 「タイロングステイ日本人」の理事のFさんに案内していただいたのが、地下鉄サムヤーン駅ちかくの海鮮中華のレストラン「燕酒家」です。Fさんお勧めのレストランというだけあって、どの料理も新鮮でおいしい! 生簀に泳いでいる魚介類をすくい上げ、すぐに調理してくれるので新鮮そのものです。香港ならいざしらず、バンコクでこんなに美味しい海鮮中華が食べられるとは思いませんでした。Fさんありがとうございます!
 
 まず、「エビの塩茹で」、生きたエビをシンプルに塩茹でしたものが、小を注文してもざっと40匹はあります。エビと塩味がちょうどバランスよく、海の香りを感じさせてくれます。ハイネケンビールと交互に口に運んでも、なかなか減りません。香港のラマ島で食べた時に優る味でした。
 次に注文したのが、「蟹と春雨の香菜炒め」。蟹のエキスと旨みが、春雨に染み込んでいて深い味わいになっています。さらに色々な野菜が香り付けをしていて、味を引き締めている一品です。三品目に頼んだのが「牡蠣の卵とじ」です。新鮮な牡蠣をさっと炒めて、溶き卵でとじたものですが、牡蠣独特のクセがなくさっぱりした味で何口でも進みます。最後は、炒飯で締めくくりです。これもご飯はべたつかずに、あっさりと仕上がっていました。
 Fさんのお勧めとあって、どの料理も大満足の美味しさでした。小皿を注文したのですが、二人では食べ切れないほどのボリュームでした。
 
 これにハイネケンの大瓶5本を頼んで、約9000円くらいだっと思います。海鮮中華でこの値段です、安い! いろいろな種類の料理が楽しむには、できれば大人数で行った方が良いでしょう。

 香港に優るとも劣らないバンコクの海鮮中華でした。あー満足、満足。

 あまりの美味しさで写真を撮り忘れました。ごめんなさい。。。

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May 20, 2005

№33 「タイロングステイ日本人の会」 その2

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その2

「タイロングステイ日本人の会」の機能
 「日本人の会」は、タイでロングステイをする会員同士が協力して助け合い、個人の生活支援をする互助的な団体である。趣味やゴルフなど会員相互の交流や親睦を兼ねたイベントをはじめ、ロングステイに必要な生活情報を提供したり、生活上の問題点を改善したりすることを目的にしている。さらに、ボランティア活動の紹介と参加によって、生きがいのある長期滞在を支援しようとしている。
 ロングステイを順調に過ごすためには、親しくつき合える日本人の友人をつくるとともに、地元社会と交流し、タイ人の友人をつくることの重要である。会員からも「友達が欲しい」という希望が、一番多いという。
 夫婦同伴の場合、ご主人が長期滞在を希望しているとご主人は行動的だが、ついてきた奥さんは引きこもりがちになり、タイに馴染めずに苦労する。反対に奥さんが外部とのつきあいに積極的な方が、夫婦ともにうまくいくことが多いという。
 タイで友人ができる機会をつくり、地元社会との交流を推進する意味でも、「日本人の会」に期待される役割は大きいものがある。

 個人が海外で長期滞在する場合、特に生活情報の不足、病気や事故時の対応などについての心配や不安が大きく、友人や交流ができずに孤立する可能性もある。その対応として「日本人の会」の存在と役割は重要であろう。「日本人の会」という中間組織が、会員同士を結びつけ、相互に助け合ったり、励ましている。
 ロングステイをする個人が集まってグループをつくり、趣味やスポーツなどの交流をとおしてネットワークを形成する。グループは組織化され、地域の一員として現地社会に溶け込み、さらにボランティア活動など現地社会への貢献を志向している。「日本人の会」は、個人では困難であったことやできなかったことを、組織になることによって可能にしようとしている。
 このような活動は、「日本人の会」が個人を支援する機能を有し、個人とタイの社会を結ぶ役割を担っているといえるのではないでしょうか。

まとめ
  「タイロングステイ日本人の会」をはじめ、長期滞在をする個人をサポートし支援する団体や組織が、生まれ始めている。ロングステイをしようとする個人が、支援をしたり、社会とつないでくれる組織を必要としている証であろう。
 個人がグループになり、集団や組織をつくり、他者や現地社会との交流を始めようとしている。そして、組織を介して人や社会との交流を広げ、個人ではできなかったことを可能にしていく。
 この意味で「日本人の会」のような中間支援組織は、ロングステイをしている個人に安心感を与え、勇気づけをすると同時に、個人と社会を結ぶ役割も果たしているのである。

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May 19, 2005

№32 「タイロングステイ日本人の会」

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「タイロングステイ日本人の会」は、会員同士が協力して助け合う、互助的な非営利団体である。ロングステイをしている人、日系企業でタイ駐在の経験があり、定年退職を迎えてそのままタイに長期滞在している人など有志が集まって、2001年12月に会を立ち上げた。会員は50歳以上の個人で構成され、2004年7月時点で120名を数えている。募集は、会員からの口コミ、日本語新聞の「バンコク週報」や無料で配布されているフリーペーパーの掲示板を見た人からの入会が多い。
 一般的に知られている「日本人会」は、日本企業の駐在員、つまり現役世代中心の組織のため、リタイアした人は入会しにくい。話をしたり相談したりする人がいないということで、リタイア後の長期滞在者が集まって会を立ち上げた。会員のアンケートによると、友達が欲しいという希望が一番多く、話し相手や相談できる友人のニーズが高いことが、改めて確認されたという。
 また、「日本人の会」は、これからロングステイをする個人への生活支援を目的としたグループでもある。タイでロングステイを希望する人たちに、会員の経験とネットワークを使って、長期滞在ビザの取得の手伝いや住宅・医療情報などを提供している。初めてバンコクを訪れる人にとって、信頼できる相談窓口といえるでしょう。

 会の具体的な活動内容として、次の4つがある。
1.ロングステイに必要な情報の提供および情報交換
2.生きがいのあるボランティア活動の紹介と参加
3.親睦を兼ねたイベントの開催(文化、スポーツ)
4.会員の問題点の改善を推進する。

 
 毎週1回、囲碁教室、タイ語の教室や各種のイベントを開催している。毎月の月例会では会員同士の情報交換や親睦を図っている。
 また、生活情報マニュアルとQ&A集を作成している。これは、タイで市販されている薬の種類や効能、日本製の薬との比較、銀行での両替方法など、みんなが困っている身近な生活情報をまとめたものである。タイでの長期滞在者が増えるなかで、少しでも安心して生活できるよう助け合い、支援したいという願いからである。
 
 今後の会の方向性として、ある理事は「会員の大半は年金生活者なので、タイに税金を納めていないんですよ。しかし、タイの社会にはお世話になっているので、会員の経験や技術を生かせるボランティアをしてお返しをしたいんです」という。「日本人は日本人だけのグループや集団を作りがちです。ボランティア活動をとおして、タイの社会に溶け込みたいですね」。
 具体的な計画として、在タイ日本人のロータリークラブにスポンサーになってもらい、タイ国政府観光庁と協力して、新しいボランティア活動のシステムを準備している。それは「何ができるか」という会員の技能リストを作成し、現地で求められる人材をつなぐボランティアの登録・紹介システムである。
 また、日本国内のタイ国政府観光庁のオフィスで、「日本人の会」をPRしている。これからロングステイを計画している日本人に情報を提供し、タイでの受け皿づくりを進めている。
 このように「日本人の会」は、タイでロングステイをする個人とタイの社会を取り結ぶ役割を担いつつある。
 最終的には、タイに馴染んでロングステイができるようになった人が、後からやって来る人たちを支援していくようなボランティア組織にしたいと考えている。助けを受けた人が、次の人たちにつないでいくようなサイクルをめざしているのである。

住所:Living Corner Prince Hotel 1537/1 New Petchburi Road Bankok (事務局)
電話:02-255-2848
Eメール:ktomiko@net.net.th

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May 18, 2005

№31 女性ひとりでロングステイ その3

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Iさんのその後 
 現在も、いろいろなことにチャレンジするIさん。タイから“ノニ”の石鹸の輸入を始めている。ノニはハーブの女王と呼ばれていて、ビタミンやミネラルが豊富に含まれ、病気の治療や健康維持の目的で使われている。
ボランティアを通して親しくなったタイの友人が、ノニ石鹸を作っていて少しでも手助けをしたいという想いで日本への輸出を始めたという。利益はほとんど考えていない。自ら輸入手続きを勉強して関係の役所に出向いて交渉し、ようやく石鹸の輸入にこぎつけた。さらに、コミュニティビジネスの構想を持っている。
 
 このように年齢に関わらなく、次つぎにチャレンジしていく行動力は、タイでのロングステイから得られたものによって後押しされているのではないでしょうか。 「物事を始めるのに遅すぎることはない」とIさん。
ますます、物事に前向きで意欲的なIさん、まさにニューエイジングの先駆者でもある。

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May 17, 2005

№30 タイ式マッサージは極楽

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 2時間1200円で楽しめて、体の疲れが取れること、それはタイ式マッサージです!
 「タイ式マッサージ」 みなさん、一度は聞いたり体験したことがあるのではないでしょうか。市内を歩くと、フットマッサージ(足つぼマッサージ)とともにたくさんのマッサージ店が目に付きます。安い店は、2時間で250バーツ(約750円)くらいからあり、わたしが通っている店は400バーツ(1200円)です。日本では考えられない料金です。

 はじめて経験したのが5年ほど前です。それまで一度もマッサージを経験したことがありませんでした。バンコク滞在の最終日で旅の疲れがピークになり、タイ式マッサージ店に行くことにしました。
 それはもう天国にも行ったような夢ごこちのひとときでした。それまでの疲れは吹っ飛び、重かった体が軽くなったのです。それ以来、バンコクを訪れると、2日と空けずにマッサージ店に通うようになったのです

 お店に入ってコース(1時間・2時間コース、また足つぼコースやアロマテラピー)を選ぶと、受付の女性が半個室へ案内してくれます。そこでタイシルクのパジャマに着替えて待っていると、マッサージの女性がやってきます。
うす暗いので顔はあまり見えませんが、多くはタイ東北部から出稼ぎでバンコクに来ている女性たちです。
 「サワディカー(こんばんは)」と挨拶を交わすと、最初に足をきれいに拭いてくれます。そしてうつ伏せに寝ると、足から背中へとマッサージしていきます。女性によってウマイ、ヘタがありますし、やり方も微妙に違います。
ほとんど日本語や英語は通じませんが、「痛い、やさしく、強く、ゆっくり」などは通じますので、好みでリクエストできます。しばらくすると体がほぐれてきて、だんだん眠くなってきます。「仰向け」と言われるまで、眠ってしまうことも。時間の流れがゆっくりとなり、あっという間に2時間が過ぎていきます。心身ともに“癒されます”。

 こうして昼間の疲れを取って、翌日に備えます。バンコクでは暑い日中を10分も歩けば、汗びっしょりです。体力が消耗しますし、疲れもたまります。そんな時、タイ式マッサージは、うってつけの疲労回復方法なのです。
ひとり旅では、夕食を食べ終えると特にすることがありません。そんな時ホテルに帰る前の2時間は、ちょうどよい時間なのです。タイ式マッサージもバンコク滞在の楽しみのひとつでしょう。

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May 16, 2005

№29 「団塊の世代」のロングステイ その2

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その2
 インタビューで、後藤さんから「ロングステイは必要悪である」というご指摘をいただいた。ロングステイと称して脱出しなければならない日本社会は、おかしい、間違っているというのである。
 「今の日本社会は、大切なものを失っている。お金や物を大切にする日本の拝金主義を変えたい」という。一方、タイの社会は、そのバックボーンに仏教があって「こころの豊かさ」を感じる。
 日本社会をお金中心ではなく、みんなが助け合う社会(共生社会)へ変えたいという。それは“自分がやりたいことがやれる社会”でもある。ニートを呼ばれる若者が、やりたいことをやれる方向へ支援したいと考えている。
 日本のよさを取り戻し、世界の誇れる日本社会を創りたいと願う後藤さんである。

インタビューの感想
 2007年問題が、最近話題となり社会問題として取り上げられている。「団塊の世代」が、2007年から大量に定年を迎え、熟練技術者のスキルが引き継がれないことをはじめ、労働力の不足、年金問題、定年退職後の過ごし方などが議論されている。
 リタイア後、ロングステイを始める人が増加することも予想される。しかし、その滞在目的が大切なのである。
 後藤さんは、タイの社会と日本の社会を冷静に捉え、自分自身を客観的に見つめてきた。そして、これからの人生と将来の日本社会を展望している。この意味で後藤さんは、ロングステイの先駆者といえるのではないでしょうか。
 日本社会からの解放、社会的役割の再構築、そして再創造というロングステイの3段階の機能を、正に実践している後藤さんといえよう。  

後藤さんのブログのURL
http://blog.livedoor.jp/yaoya32983/

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May 15, 2005

№28 「団塊の世代」のロングステイ

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後藤成遵さん (57歳) 

 「新現役の会」の会員の後藤さん。会長の古賀さんからの紹介していただき、2005年3月末、バンコク市内アンバサダーホテルのカフェでお茶を飲みながらお話しを伺う。全くの初対面にかかわらず、後藤さんの人柄ですぐに打ち解けた雰囲気になった。

 後藤さんは、1947年生まれの「団塊の世代」である。49歳の時、コンピューター・エンジニアとして21年間在籍した大手エレクトロニクス企業を早期退職した。ビジネス至上主義で人間性に欠けた当時の上司をみて、「こういう人が大企業のトップになるのだ」と実感し、この企業の将来性に疑問を持ったことが早期退職につながった。
 そして“人生を見つめ直そう”とバンコクにやって来て8年が経つ。10年を一区切りにあと2年くらいで帰国する予定である。現在は、タイ国科学技術庁、電気技術研究センター(NECTEC)で、障害者支援のロボットの研究に携わっている。
 また、「兆州屋」という会社の経営者でもある。日本文化商品(具体的には日本酒や焼酎)の販売を通し、日本伝統文化を世界中に広めることを目的としている。
 そして、高2と小5の父親でもあり、もちろん家族一緒でのバンコク滞在である。

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May 14, 2005

№27 訂正とお詫び

 5月10日にアップしました「タイロングステイ日本人の会」の世話人の記事について、ご指摘をいただきましたので一部訂正いたします。

 Sさんの記事は、2003年3月の取材をもとに書いています。しかし、記事の中にある日本料理店は現在閉店していて、「日本人の会」もそこを事務所として使っていないそうです。

 訂正させていただくとともに、現在の状況を把握していなかったことをお詫びいたします。

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№26 タイ国歌

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 映画館で本編が上映される前に、突然タイの国歌が流れた。といっても聞き覚えのない曲だったので、初めは何の曲だか分かりませんでした。しかし、周りの人たちが全員(タイ人だけでなく、白人の子どもまで)立ち上がったので、その曲がタイ国歌だと分かったのです。

 朝と夕方、駅や公共の施設では、タイ国歌を流すのです。そのことを知っていたので、わたしもちょっと遅れて立ち上がりました。国歌が流れると、みんなその場に立ち止まり、直立不動で聞くことになっています。
 これは軍国主義的な意味合いではなく、愛国心からのものです。いかにプーミポン国王が、国民から敬愛されているかを実感した次第です。
 こんなところにも、日本との文化や国民性の違いを感じました。

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May 13, 2005

№25 BTSと地下鉄 

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 BTSは、スカイトレインとも呼ばれています。1999年に開通した道路の上の高架線を走るモノレール式の電車です。シーロム線とスクンビット線の2つの路線があり、市内中心部から郊外へと延びています。4,5分間隔くらいで運行されているので、渋滞がひどいバンコクでは、移動に便利です。エスカレーターが少なく、高架線のホームまで歩いて上らないといけないのが難点でしょう。
 
 券売機でチケットを買うのですが、先に行き先のエリアゾーンを押して、後でお金を入れます。日本とは逆なので、なかなか慣れません。5バーツと10バーツコインしか使えないので、紙幣は窓口で両替してもらいます。
 そこでロングステイヤーにお勧めなのが、スカイカードというプリペイドカードが便利です。窓口で200バーツを支払うと、テレフォンカードと同じ大きさのスカイカードが渡されます。2年間有効なので残高が残っても、その間であれば次の滞在で使えます。残高が少なくなると、必要に応じて100バーツずつ追加できます。
 
 使い方は日本の定期券などと一緒で、改札機に入れて改札口を通るだけです。注意したいのは、手荷物や大きなバッグを持っている時です。改札口のセンサーが敏感すぎて通れない時があります。そうならないように大きな荷物は、改札口より高く持って通るとよいでしょう。
 それに気づくまで、何度も改札口に挟まれました。また、改札の開閉扉はすぐに閉まってしまうので、すばやく通り抜けないといけません。そして、降りる時はカードを忘れないように受け取りましょう。まあ慣れてしまうと何ということはないのですが・・・

 2004年7月に開通したばかりなのが、地下鉄です。BTSのアソーク駅とサラディーン駅で接続しています。地下と高架ですから乗り換えには時間がかかりますが、行動範囲がぐっと広がりました。特にチャイナタウンやルンピニのナイトマーケット方面に行きやすくなりました。
 地下鉄で変わっているのが、チケットです。オセロゲームの黒い方にそっくりな丸いプラスティックのチケットです。このコイン状のチケットを改札口のセンサーに近づけるか接触させると、開閉扉が開く仕組みになっています。
近未来的というか、日本にはないシステムではないでしょうか。降りる時は、今度は黒のチケットを改札機に入れます。これでOKです。
 初乗り運賃は14バーツかららしいのですが、開業間もないこともあって乗客を増やすために、今のところ運賃割引サービスがあるようです。開業当初は、どこまで乗っても10バーツでしたし、この3月でも正規運賃より安かったようです。
 地下のかなり深いところを通っているようですが、すべての箇所にエスカレーターが設置されていますので、BTSのように疲れることはありません。ニュースで報道されたように、地下鉄の事故がありましたが、まだ運行上の初期トラブルがあるのかもしれません。
 しかし、BTSと地下鉄を組み合わせると、行動範囲が広がり、バンコクの生活の足として欠かせないものといえるでしょう。

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May 12, 2005

№24 水上マーケット

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 ダムヌン・サドゥアク水上マーケットは、バンコク市内から80キロほど離れたラチャブリー県にあります。現地旅行社の日帰りツアーが毎日のように催行されているので、手軽に行くことができます。もうひとつのバンコクのトンブリ地区にあるワイサット水上マーケットは、観光客向けの小船やお土産屋さんがあるくらいで、水上マーケットのイメージとは程遠いものです。

 マーケットが賑やかな午前9時ころまでに到着するため、早起きして日帰りツアーに参加しました。人気コースのひとつということで、大型バスはほぼ満員です。途中、ココナッツファームに立ち寄り、やっと到着。小型のボートに乗り換えて、果樹園の中にめぐらされた運河を20分ほど行くと、そこがダムヌン・サドゥアク水上マーケットである。後で分かったことですが、バスから降車した場所のすぐ近くが水上マーケットだということです。歩いていけるほど近いのに、どうしてボートに乗ったの? という感じなのです。きっと、観光のために運河を巡り、タイのモーターボート体験をさせようということなのでしょう。

 水上マーケットに着くと、両岸をみやげもの屋が並んだ狭い運河をたくさんの小舟が、舳先をぶつけるようにして行き交っています。あちこちから物売りの声がして賑やかで、いかにも水上マーケットの雰囲気です。野菜やフルーツを満載した舟、タイの麺料理を作って食べさせる舟、おみやげや雑貨を載せた舟、中には食器などの陶器を売っている舟もいます。その中を観光客をのせた小舟が、縫うようにゆっくりと進みます。
 たくさんの商品を載せたタイのおばちゃんたちは、「おいしいよ、買わないか(多分)」と声をかけながら、巧みに櫂を操っています。買いたい時は、自分たちの舟に近づいたところで声をかけたり、指をさしたりして注文し、直接舟から舟へと商品を手渡します。マンゴなどのフルーツはカットして売っていますから、船上で食べることができます。
 わたしもモンキーバナナ一房を買いました。完熟して収穫するせいでしょうか、とても甘くて美味しいのです。値段は観光地価格なのでしょうが、それほど高くはありません。スーパーの価格とほぼ同じくらいだったと思います。

 いろいろな舟を眺めながら小舟に揺られていると、もうタイの庶民の生活に入り込んだ気分です。懐かしくも情緒あふれるダムヌン・サドゥアク水上マーケットへ、足を運んでみてはいかがでしょう。


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May 11, 2005

№23 「タイロングステイ日本人の会」の世話人 その2

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その2

バンコクでの交流
 タイでの滞在期間はちょうど7年になる。この間よかったことは、「日本人の会」の仲間やタイ人の友人ができたことだという。Sさんが出資する日本料理店のお客さんや近所の喫茶店で知り合った人に、気軽に声を掛けている。「みんな話し相手が欲しいんですよ」と孤立しがちな日本人の話し相手になっている。身近なネットワークづくりをしながら、いろいろな人との出会いを楽しんでいる。ここにもSさんの世話好きな人柄がうかがえる。
 ロングステイを順調に過ごすためには、親しくつき合える友人をつくることが大切であるという。特に、現地社会と交流し、タイ人の友人をつくることの重要性を指摘している。
 
 海外での慣れない生活は、とりわけ高齢者にとって不安なことが多く、トラブルになることもあるであろう。その不安を取り除き、トラブルを未然に予防するためには、親しい友人の存在やタイの社会をよく理解することが、不可欠であるとSさんは考えている。
 日本の高齢化に伴い、今後タイでロングステイを楽しむ年金生活の高齢者が、増加すると予想されます。「日本人の会」の活動をとおして、交流や助け合いの輪を広げたいと張り切っているSさんである。

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May 10, 2005

№22 「タイロングステイ日本人の会」の世話人

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 Sさんは、日本のコンピューター会社に勤めるハードウェアのエンジニアであった。新任技術者の技術研修の指導や、商品企画の責任者として長年勤務していた。会社生活を離れて少し早めに自分の生活を始めたいとの思いがあって、定年を前に59歳で早期退職する。
 退職する2年前から、タイでのロングステイ計画を温めていたという。会社の後輩の二人が先にタイに住んでいたことや、その後輩がバンコクで日本料理店を開店するにあたり、共同出資者として誘われたことが、ロングステイのきっかけである。そして離婚と早期退職で身軽になったのを機に、気楽な気持ちでタイにやって来た。「行っちゃえ、飛び出しちゃえという感覚でした。案外、勇気がいらずにすんなりと来られたんですよ」とSさんは、当時を振り返る。
 バンコク市内のタニア通りとパッポン通りに程近い、繁華街の一角に日本料理店を開店し、1998年に単身でロングステイを始めてから7年になる。

「タイロングステイ日本人の会」の世話人
 日本料理店が入居するビルの3階は、Sさんが理事を務める「タイロングステイ日本人の会」の事務所を兼ねている。Sさんが、活動の中心になって「日本人の会」の運営を進めている。世話人を務めている理由は、タイでの長期滞在者が増えるなかで、少しでも安心して生活できるよう助け合い、支援したいという願いからである。

 「日本人の会」は、毎週1回の囲碁教室やタイ語教室、各種のイベントなどを開催している。月例会では、市内のホテルを会場にして会員の情報交換や親睦を図っている。
 「日本人の会」は、タイでロングステイをする個人への生活支援を目的としたグループでもある。ロングステイを希望する人たちに、会員の経験とネットワークを使って、ロングステイ・ビザの取得を手伝ったり、住宅や医療などの生活情報を提供したりしている。バンコクの生活を熟知している人たちが、新しくやってきた人たちを支援しているのである。
 これまで、ロングステイをしている多くの日本人を見てきたSさんは、「入会される会員さんに言うんですよ。過去の肩書きは捨ててください。ひとりの人間として、仲間やタイの人たちと付き合いましょうと。日本人は、日本人だけのグループや集団を作りがちです。日本人だけで固まらずに、ボランティア活動をとおして、タイの社会に溶け込みたいですね」と意欲的である。会員同士の交流やボランティア活動など会の活動をさらに広げ、日本人の高齢者とタイの社会との結びつきを太くしたいと願っている。

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May 09, 2005

№21 バンコクの病院訪問

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 2003年3月、BTSプルンチット駅から歩いて約10分ほどのバムルンラード病院を訪問しました。インタビューの待ち合わせ場所が、この病院のロビーだったからです。インタビューの内容は別の機会にして、ここではバムルンラード病院、つまりバンコクの病院事情について書くことにします。

 海外で長期に滞在する場合、気になるのは治安や病気のことです。とりわけ病気になったら、どこの病院に行けばいいのか、治療費はどのくらいかかるのか、医療技術水準はどうなのか、言葉は通じるのかなど、いろいろ心配ですね。
 このバムルンラード病院は、写真にもあるように私立の大きな総合病院です。地図を頼りに歩いて行ったのですが、玄関に掛かっている十字のマークがなかったら、その建物が病院だとは気づかなかったでしょう。ロビーは、まるで高級ホテルのそれです。2階にはファーストフード店やレストランまでありました。
 バムルンラード病院は、タイの上流階級や外国人の患者さんに力を入れていて、英語をはじめ日本語、中国語、アラビア語の4ヶ国語が通じるそうです。医師のなかには、日本の大学へ留学していたドクターがかなりいて、直接症状を話すことができます。通訳を介さないで日本語で会話ができるのは、とても安心できることです。
一般的に、タイの医療機関は医療レベルが高いといわれていますが、同病院もレベルが高く、医療設備やOT・PT、また介護ヘルパーなどのスタッフも充実している。また、リハビリにかかる人件費も日本に比べると安価ということです。 
 
 ロングステイの場合でも、海外旅行の際に入る海外旅行傷害保険に入った方がよいでしょう。最長1年まで契約できる保険もあるようです。また、案外知られていないのですが、日本の国民健康保険が適用されます。一旦、病院で医療費を払わないといけませんが、帰国後、正式な請求手続きをとれば、日本の医療保険基準に基づいた額が還付されます。
 
 ロングステイコンサルティング社の佐藤氏によると、バムルンラード病院はバンコクでも治療費が高いそうです。それは上流階級や外国人をターゲットにしているからです。バンコクに居を構え永住する佐藤氏にとって、病院は日常生活に必要不可欠な存在なのです。掛かり付けの病院で、医療技術レベルが遜色のない病院が、他にもあるそうです。これらの病院は、タイの一般的な医療費(バムルンラード病院の約4分の1)の水準で、日本語通訳がいて言葉の不安がなく、療養やリハビリにも対応できる病院とのことです。
 これらの状況から、健康な長期滞在者だけでなく、持病がある方、高齢者、暖かいタイでリハビリをしたい方などにとっても、バンコクの病院は安心できるのではないでしょうか。

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May 08, 2005

№20 朝のフルーツは“金” 

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 朝のフルーツは“金”といいます。つまり、フルーツを食べるなら、朝が一番健康によいという意味ですね。一日のエネルギーとして、栄養価が豊富で消化や吸収も早いというのが、その理由でしょう。
 しかし、それだけの意味でないことが、しばらくタイに滞在しているとよく分かります。それは、“お通じ”にもよいということです。以前「ドリアンにはまる」で書いたように、ほとんどの場合、わたしは朝フルーツを食べます。ドリアンがビールと一緒に食べると腹痛を起こすといわれているからです。

 朝起きると、前日に買っておいたフルーツをNHKの衛星放送を見ながら食べます。だいたいこれだけで朝食になるくらい、たくさん食べます。すると快調なお通じがあるのです。海外旅行に行くと、枕が変わって眠れなかったり、便秘になったりすることはよくあることですが、フルーツを朝食にたくさん食べると健康的な滞在が過ごせることになります。
 この意味でも、朝のフルーツは“金”だということを実感しました。便秘が気になる方は、ぜひ朝食にフルーツを食べましょう!

 元々、タイはフルーツの宝庫です。フルーツの王様のドリアン、フルーツの女王といわれるマンゴスティン、マンゴ、ジャックフルーツ、ロンガン、ランブータン、パパイア、日本でいうザボン、ドラゴンフルーツ、ランブータン、その他いろいろのフルーツがあります。
 個人的には、マンゴやジャックフルーツが好きです。どのフルーツも珍しいばかりでなく、新鮮でとびきり安いのです。先ごろ輸入が解禁されたマンゴスティンは、当初日本では一個600円もしていましたが、高めのスーパーでも30円くらいではないでしょうか。バンコク市民が買いに行くお店や市場では、もっと安いと思います。食べたことがないフルーツを一度チャレンジしてみてください。きっと好みのフルーツが見つかるはずです。 
 南国のフルーツを満喫することも、タイのロングステイの楽しみのひとつになることでしょう。

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May 07, 2005

№19 女性ひとりでロングステイ その2

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その2
今後の予定やロングステイについての考え方
 タイの長期滞在で気づいた点は、日本の忙しさやしがらみから精神的に解放されたことである。「しなければならない」から、「自分でしたいことをこれからも続けよう」と思えるようになったという。最初のうちはタイと日本を比べることが多かったが、タイの人たちや社会に馴染んだことで、考え方も変化していった。海外の生活体験の中から、個人が変化し何かを得たり、身につけたりするロングステイの機能を、Iさんの経験から見ることができる。
 しばらくは、老親の世話やアトリエでの活動を中心に、日本の生活を充実させる予定である。また機会があればチェンマイかチェンライでのロングステイを希望している。そして、施設での美容と山岳民族の子どもの教育や職業に資金援助をするボランティアを計画している。それまでは日本で美容技術レベルの向上を図ったり、教育資金を貯えたり、自分のできることを準備するつもりである。

インタビューの感想
 年だからと思わないで「行動してみる、何でもやってみる」ことが、Iさんの身上である。やってみると意外にできてしまうという。人生の色々なことにチャレンジしたい、クリアしたいという気持ちが強くなり、59歳で6ヶ月かけて運転免許を取得したり、着物の学校に1年間通ったり、そしてロングステイも実行させた。その行動の底流には、若い時よりも今の方が時間を大切にしたいという意識があって「あの時はああいうことをやったという“自分の記念碑”が欲しい」という。それこそが、いきいきとしたIさんらしい生き方であり、元気の素なのである。

 Iさんのインタビューから「行動する」ことが、重要であるという示唆が得られた。これは前向きな生き方をする人の共通のキーワードといえるだろう。
 女性ひとりでも、ロングステイが実行できることを実践しているIさん。後に続く女性たちに勇気を与えているといえるでしょう。
 

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May 06, 2005

№18 女性ひとりでロングステイ

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 福岡市在住の未亡人、Iさん(63歳)。2人の子供があり、実母(83歳)と二人暮らし。お母さんの代から美容室を営む。体力的なことや、永年美容師を続けてきたので早くから店を人に任せたいと思うようになり、美容室を従業員に譲ることにした。そしてロングステイをすることを前提に、美容室の経営から退いた。
 これまでにシンガポール、マレーシア、ウズベキスタン、ヨーロッパ各国などの海外旅行の経験があるが、ロングステイは初めてという。

ロングステイの動機と実行した理由
 2年前、還暦のお祝いに息子さんから旅行のプレゼントで、初めてタイを訪れたのが、きっかけとなった。2回目の訪問で、2003年1月からチェンマイにてロングステイを始め、2004年3月まで滞在した。タイを選んだ理由は、仏教国で馴染みやすいこと、一度チェンマイに下見に行き、涼しい気候で過しやすく、緑が多いことが気に入ったことである。
 高齢の母親が元気なうちに行ってみたいという思いと、ボランティアをしたいという理由でロングステイを実行した。これまで言葉がネックになり参加できなかったものの、シニア海外ボランティアに応募した経験がある。Iさん自身、考えるよりも実行する行動派で、あまり深く考える前に行動していたという。

ロングステイの状況について
 チェンマイでは、バンコク・チェンマイでロングステイビジネスを展開するY氏からロングステイの先達であるMさんを紹介され、同じコンドミニアム(家賃25000バーツ、2ベッドルーム)に滞在した。日本食を中心に自炊をすることが多く、毎月の生活費は約12~3万程度であった。
 Mさんとともにボランティア活動し、国立の老人ホームやエイズ孤児の施設を訪問した。老人ホームでは美容師の経験を活かして散髪を、エイズ孤児の施設では日本食の日や行事の手伝いと、日本人スタッフの散髪のボランティアをしていた。将来は、北部地域の山岳民族の子どもに教育支援をするボランティア活動をしたいという。
 滞在中、Iさんはタイ式マッサージの学校に通いライセンスを取得した。マッサージが好きなこと、自分のために何かやりたかったことがその理由である。帰国して“癒し系”のことをはじめたいと、昔からの馴染みのお客さん専用の美容室“アトリエかおる”で、タイ式マッサージを始めている。口コミでやってくるお客さんを相手にマイペースを守りながら、まさに癒しの空間を創り出している。このようにロングステイで体験し身につけたことを、帰国後、実践しているIさんである。

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May 05, 2005

№17 チャイナタウンの海鮮屋台

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 よくタイの屋台では、食べない方がいいと言われます。不衛生だというのがその理由です。火を使った料理が多いので、料理そのものより食器をバケツなどにためた水で洗うことがあるためと思われます。衛生状態が気になる方、お腹が弱い方は、避けたほうがよいでしょう。わたしも、どんな料理が並んでいるのかを覗くことはあっても、これまで屋台で食べたことはありませんでした。

 しかし、チャイナタウンに安くて美味しい海鮮屋台があるというので、友人に連れられて行ってみることにしました。チャイナタウンの中ほどに、何軒かの海鮮料理を売りものにした屋台があってお勧めの屋台のテーブルにつきました。人気店のようで満員のお客さんは、地元のタイ人、白人、アラブ系、そして日本人と多種多様です。まさに中華料理は、インターナショナルだと実感させられました。
 メニューは写真付なので、指でさせばそれでOK。言葉の心配もありません。生カキのような生ものは避けて、川エビの炭火焼き(巨大な川エビが5匹)、エビのチリソース、空芯菜の炒め物、タイ風かにチャーハンなどを注文しました。調理場も外にあって、炭火を使った強い火力で調理されるので、待たされることなく料理が次つぎに出てきます。

 エビはぷりぷりで新鮮、どの料理も満足満足。中華ですから辛いこともありません。あー幸せ!

 ボリュームも多くて全部食べきれないほどでした。これにハイネケンビール2本飲んで、なんと500バーツ(約1500円)、安いー! 二人でお腹いっぱいに食べてこの値段です。海鮮料理は高いものと決めつけて、内心いくらかなと思っていたらこの値段です。料金が間違っているのじゃないかと思って、支払いも早々にその場を離れたのは言うまでもありません。

 美味しさや値段だけでなく、この多国籍の屋台を楽しむことは、ディープな味を経験しバンコクでの生活の幅を広げることになるでしょう。一度お試しあれ。

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May 04, 2005

№16 ロングステイのカリスマ その2

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その2
 Hさんは、ロングステイを実行できる条件として3つあげている。ひとつは親の面倒をみる必要がないこと、ふたつ目は子どもが独立していること、最後に住宅ローンが残っていないことである。Hさんの場合、いずれの条件もクリアできたので、躊躇なく実行できた。退職金と貯金で15年くらい生活できると試算しているという。
 読書が好きなので、普段は、コンドミニアム内のプールサイドで日本から持ってきたたくさんの本を読みながら過ごすことが多い。また、Hさんは、以前の会社の取引先や駐在時代に知り合った友人たちを会員(約100名)にして、「アジア松下村塾」という勉強会を主宰しているユニークな存在である。読書から得た知識などをもとに、世界の政治・経済を主な内容としたメールマガジンを毎週2回、インターネットで会員に配信している。すでに8年目に入り、これまでに800回近くの発行回数を数えている。わたしもその会員に入会させていただき、メルマガを毎週楽しみにしている。その卓越した観察眼や新聞では書かれない裏情報まで、興味深い内容である。一体どこからネタを仕入れるのか不思議である。
 そして、企業での経験を活かして、スポット的に経営コンサルタントをすることもある。また、ロングステイビジネス会社のY氏が案内するタイのロングステイ体験ツアーの参加者に会うことも多い。参加者と懇談したり、自分の体験談を話したりして、現地に住むロングステイヤーの生の声を伝えている。これまでの経験から、日本の冬の4ヶ月と夏の3ヶ月をタイで過ごすのが、Hさんのお奨めである。
 ロングステイのアドバイスとして、「熟年のみなさん、やさしさ、誇り、そして威厳を持って生きましょう」と強調する。具体的には、まず「やろうという勇気」が要ることをあげている。「一歩前進してロングステイを実行したらよいのです」。そして第2に、何かロングステイの目的を持つこと。「目的を持っていないと、ロングステイは長続きしません」。そして最後に、経済的な裏づけがあること、である。ちなみにツアーの参加者のうち実際にロングステイを実行するのは、20組に1~2組のようである。つまり10%くらいらしい。
 当初の計画通り、Hさんのロングステイは順調である。それは、現役時代のタイでの駐在経験を活かし、事前の準備が万全で、滞在目的もしっかりしているからであろう。これから2年間は現在の生活を続け、メールマガジンの区切りがついたら、第3の人生として3年間ビジネスの世界に戻る予定である。現在、具体的なビジネスプランを練っている。会社の生活が第1の人生とすると、タイの生活が第2の人生。第4の人生最後の夢は、先の大戦で亡くなった戦没者を弔うアジア巡礼の旅をすることである。その理由は、「わたしたちの世代が、戦争を直に感じられる最後の世代だからです」という。

インタビューの感想
 Hさんのモットーは、頑張らないことである。タイのゆったりした生活のなかでストレスがないことが、元気の源になっている。「あとで振り返った時、現在の生活が一番幸せと思えるだろう」と実感しているという。
 また、メールマガジンを発信するというユニークな方法で、これまでの交友関係を絶やすことなく交流を継続している。それが滞在中の目的の大きな柱になり、生活にメリハリを与えているようだ。このようなHさんの個性あふれる生活ぶりをみると、本当に「自分らしい人生」を歩んでいるといえるのではないでしょうか。
 条件や環境が整っていたとはいえ、53歳で早期退職してロングステイを実行したHさん。将来にたいする不安や心配などで、ロングステイを実行することは、一般的にはかなり勇気がいることのように思える。しかし、Hさんのアドバイスにもあるように、「やろうという勇気」を持って「一歩前進して行動すること」ができれば、案外難しいことではないのかもしれないと思えた。団塊の世代をはじめこれからの若い世代は、いろいろな価値観や人生観を持った世代である。Hさんのように早期退職してでも、海外でのロングステイを人生の選択肢として選ぶ人たちが、今後増えてくることが予想される。
 これらの意味で、Hさんはまさにタイのロングステイのカリスマなのである。教えを乞いたい方は、好物の辛し明太子を手土産に、吹く風が心地よいバンナーのコンドミニアムを訪ねてください。きっと歓迎してくれます。                                     

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May 03, 2005

№15 ロングステイのカリスマ Hさん 

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その1  
 自称“バンナーのイケメン”ことHさんは、タイのロングステイのカリスマである。

 大手精密機器会社に勤務していた1992年から97年までの5年間、バンコクに駐在した経験がある。帰国して1年後、53歳で早期退職して、タイに戻ってきた。バンコクでの生活は、今年で8年目を迎えている。
 バンコク郊外のバンナー地区のコンドミニアムに奥さんと二人暮らしである。周囲は緑が多く、プール付の瀟洒なコンドミニアムで、近くには大型のショッピングセンターがあり、生活には便利な場所である。そして、少し郊外に出ただけなのに、涼しい風が吹き、市内と比べるとずいぶん涼しい。
 
ロングステイの過ごし方と今後の予定
 現役時代、バンコク勤務を終え帰国してみると、生産拠点を海外に移す企業が多く、国内の製造業は空洞化していた。このような状況のなかで「定年までのあと8年間、どのように過ごそうか、このまま会社生活を続けるのは気が進まない」と感じたHさん。また、このまま会社にいて定年を迎えた時、果たして海外で生活する気持ちがあるのか疑問に思い、「余生をタイで過ごすのもいいか」と早期退職を決意した。
 「リタイアの時期は、自分で決めるものです。年齢ではありません」という。一般的に男性は、組織、会社名そして肩書きにたいする未練が強いので、なかなかリタイアできないことが多いのだという。

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May 01, 2005

№14 タイ語はできません

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 わたしが取材をお願いしている方は、みなさん日本人のシニアの方です。ですから取材は当然日本語ですみます。タイの方とは直接に接する機会はまだ少ないので、タイ語での本格的な会話は経験したことがありません。しかし、バンコクでコミュニケーションに困ったことはあまりありません。確かに英語がしゃべれるタイ人も少ないようですし、一般的に日本語もほとんど通じません。
 
 困らない理由を考えてみました。 ① カタコトの英語でもなんとかなる。 ② 日本人が行くようなお店や観光スポットには、日本語を理解できる店員さんがいる。 ③どうしようもない時(たとえばタクシーの運転手との行き先や値段交渉など)は、地図を見せたり、数字の筆談で交渉する。
 こんなことで何とかなっています。また、気持ちを込めて伝えようとすると案外伝わるものです。まあ何とかなるというか、気持ちが伝われば理解してもらえるものです。

 わたしが知っているタイ語は、5つだけです!
 サワディ・カー(こんにちは、おはようございます)、コップン・カー(ありがとう)、アローイ(おいしい)、サバーイ(気持ちいい)、マイペンライ(気にしない、何とかなる、そんな意味だとおもいます)
 サワディ・カーとコップン・カーは、すぐ使えますよね。アローイは、レストランや屋台などで、お店のタイ人ににっこり笑ってながら「アローイ」と言えば、もうコミュニケーションできたことになります。
 サバーイは、タイ式マッサージやエステで、「サバーイ」と言えばマッサージ嬢やエステシャンは喜んでくれます。マッサージ嬢はタイ東北部(イサーン地方)などの出身者が多く、簡単な英語と日本語くらいしかできませんので、サバーイで十分です。日本語で「痛い」「やさしく」「強く」くらいは通じます。
 
 これから少しずつタイ語を勉強して、タイ人と簡単な会話ができるようななったら、もっとタイのことを理解できるなと思います。タイでの滞在中に、タイ語を学ぶというのもロングステイの目的のひとつになるのではないでしょうか。
 実はタイ語のCD付のテキストを去年の夏に買ったのですが、そのままになっています。少しは勉強しなくては・・・

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