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July 31, 2005

№105 ワット・ポー(涅槃寺)

    涅槃仏の足の裏
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 ワット・ポーは、大きな涅槃仏があることから「涅槃寺」とも呼ばれています。また、タイ式マッサージの元祖、総本山ともいうべき王室の寺院である。バンコク市内では、最も歴史が古い寺院で、境内の広さも随一ということです。

 ワット・ポーで一番有名なのが、巨大な涅槃仏、お釈迦様の像でしょう。金色に輝く大仏像は、全長49mあり、見事な螺鈿細工を施された“足の裏”は、長さ5m・幅1.5mもあるといいいます。 足の裏いっぱいには、バラモン教の宇宙観を表した108面の螺鈿が、貝殻の淡いピンクの光を放っています。 ここでも仏教とバラモン教の融合が見られます。 涅槃というのは、お釈迦さまは悟りを開いたということを表していて、そのお顔も柔和で優しいものです。しかし、お顔よりもこの足の裏の方が、有名なのです。
 また、足の裏が超偏平足でまったく土踏まずがないのも、その人が超人である身体的な特徴・証明だそうです。(なるほど)
 涅槃物の裏側には、108個のお賽銭箱が置かれていて、お願いを念じながらコインを1個ずつ入れていくのも、なかなか面白いものです。

 ワット・ポーで有名なもうひとつが、 「タイ式マッサージ」です。境内にはタイ式マッサージ学校があり、マッサージ師の資格を目指している学生がここで学んでいます。ラーマ3世によって本格的な医学の教育施設が、ワット・ポーに設けられ、医学の基本がマッサージとされていたそうです。ですからタイ式マッサージは、長い伝統を持つと同時に治療的効果も持つものといえるでしょう。

 境内には、4つの大きな仏塔がその威容を誇っています。ラーマ4世までの歴代の国王を表していて、その表面は、いろいろな色彩なタイルで装飾されています。
 夜はライトアップされていますので、夜空に浮かび上がる4基の仏塔、そしてチャオプラヤー川の対岸にあるワット・アルン(暁の寺)のライトアップを観にいってはいかがでしょう。昼間の観光ツアーとは違った、幻想的な雰囲気を味わうことができます。

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July 30, 2005

№104 暑いタイでタイスキ

「タイロングステイ日本人の会」の理事さんとタイスキ
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 日本は大暑を過ぎ、今最も暑い時期を迎えています。今夏の最高気温は平年並みで推移しているが、近年は36、37℃といった酷暑も珍しくなくなっている。
 今月28日は“土用丑の日”でしたが、日本人の夏バテ対策といえばなんといっても鰻でしょう。タイでは辛いタイ料理で汗を流して、暑さをしのぐことになります。 しかし、毎日辛い料理は食べられないし、タイ料理は苦手という人には、 「タイスキ」がお勧めです。つまり「タイ風しゃぶしゃぶ」のことです。
 はっきりした記憶ではありませんが、日本のスキヤキをヒントに、あるタイ人の料理店主が創意工夫してできた料理が、「タイスキ」だったと思います。 タイスキは人気を呼び、今やタイを代表する料理のひとつになっています。タイ人は、「日本人がいつも食べているスキヤキ」がこれだと思っているらしいのですが、どうも考案した料理店主が「スキヤキ」と「しゃぶしゃぶ」を勘違いしてネーミングしたのでしょう。それだけ「スキヤキ」が有名だということかもしれません。

 バンコク市内には、たくさんのタイスキのレストランがあります。タイ人も大好きなのでしょう、すっかりタイスキが定着しています。日本にも出店している「mkレストラン」、タイでは知名度が高い「コカ」、そして老舗の「カントン」というところが主なレストランです。
 食べ方は、日本の「しゃぶしゃぶ」と基本的に同じです。具材はエビ、イカ、貝、魚のミンチ、肉、レバー、きのこに野菜、豆腐など、これらを煮立った日本と同じ形のしゃぶしゃぶ鍋に入れて、火が通ったら、甘辛のタレにつけて食べるというものです。メニューから好みの具材を注文します。一皿10バーツから高いものでも50バーツくらいで、ひとり200バーツもあれば十分でしょう。
 日本では鍋の最後は雑炊というのはお決まりですが、タイでも雑炊を食べます。お店の人に「カオ・トム」と頼めば、卵、ネギ、ご飯を持ってきて作ってくれます。ご飯の代わりに麺にすることもできます。

 大人数でわいわい言いながら鍋を囲む楽しさは、タイも日本も一緒ですね。暑い中、汗を流しながらの「タイスキ」もいいですよ。
 

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July 29, 2005

№103 チェンマイの「大坪・彗燈教育学園」

建設中の学園(NPO彗燈のHPより)
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 「タイ版“松下村塾”目指し」という記事が、2005年6月20日の西日本新聞に掲載された。タイやミャンマーなどの貧困家庭の子どもたちを対象にした教育里親活動を続けている佐賀県基山町の特定非営利法人「NPO彗燈(えとう)」(調 寛雅 理事長)が、タイ北部のチェンマイ県内に私立学園の建設を進めている という記事である。
 この記事がきっかけで、調 寛雅 理事長のお話しを伺うことになり、チェンマイに建設中の「大坪・彗燈教育学園」を見学させていただくことになった。

 「大坪・彗燈教育学園」は、2005年11月開校をめざして、チェンマイ郊外のドイサケット市に建設中である。32000平方メートルもの広大な敷地に生徒の宿舎や教室の建設が進んでいる。貧困家庭やタイ北部の少数民族の子どもたちに就学機会を与え、地域社会に役立つ人材を育てることが、学園の大きな目的になっている。
 八女市出身の医師、大坪修氏が学園の建設資金1000万円を寄付されたことから、学園の建設が実現し、学園名にも大坪氏の名前が入れられている。
 11月の開校後は、日本人を含む4人の先生が、日本語や農業、生活指導などを行っていく予定という。日本人の先生は、現地で生活できる給与がもらえるが、ボランティアの人たちが中心という。

 調理事長は、 「子どもたちに日本語や農業指導などの教育を受けさせ、また広い学園の敷地内で自給自足の生活技術・文化を学び豊かな生活を創造できる人間の育成をしたい」、
「それには、日本語の教師をはじめ、農業指導、果樹栽培の指導、できればお茶の栽培指導ができるボランティアの協力が必要です」と語られた。

 学園の趣旨に賛同される、特に定年退職後の技術や経験豊富なシニアが、 “タイでロングステイをしながら、ボランティアをする”
 このようなことができたら、ロングステイの滞在目的になりますし、充実したリタイアメント生活が送れることになるでしょう。
 ロングステイ中にボランティアをしたい方と豊かな経験と技術を求めているタイの社会を取り結ぶこと、つまりタイと日本の橋渡し役、コーディネーターの役割が重要であり必要になってきます。少しでもそのお手伝いになることを考えながら、タイと関わっていきたいと思っています。

 そのような視点で、8月のチェンマイ行きで、現地の「大坪・彗燈教育学園」を見学したいと思います。見学記については、帰国後改めて報告します。


「特定非営利法人 NPO彗燈」
ホームページ  http://ww7.tiki.ne.jp/~intuji
Eメール  intuji@mx7.tiki.ne.jp

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July 28, 2005

№102 NPO彗燈の教育支援活動

  浄土真宗本願寺派 因通寺
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 NPO彗燈(えとう)は、2001年に設立された、先の大戦のタイ・ビルマ方面戦の慰霊と中高生への「教育里親制度」を通して、タイの恵まれない子どもたちの就学を支援する特定非営利法人である。
 浄土真宗 因通寺の住職である調(しらべ)寛雅 氏が、理事長を務めている。調理事長は、これまで戦後の孤児を引き取って育てる養護施設の運営から、幼稚園児の教育、そしてタイ人留学生の受け入れまでなさってこられた。
 
 調理事長からNPO設立の経緯を伺った。
 1989年タイ北部のチェンマイを訪れた時、タイの老僧から一喝を受けたという。それは「タイ北部には、まだ多くの日本兵の遺骨が眠ったままになっているのに、日本人はこれを顧みない。それでも日本人は人間か!」というものでした。
 それから10年以上に亘る遺骨収集活動が始まる。収集した遺骨は、1993年にタイ・チェンマイ県のバンカート学校内に「タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼碑」を建て、今日まで追悼を続けられている。
 さらに2002年には、いまだ収集されず草生す屍となって現地のジャングルに眠る英霊を追悼する「大梵鐘鐘楼」を建立され、その梵音によって追悼し、平和への願いを訴えられていらっしゃいます。

 これらの活動は、現地の方々の協力を得て行なわれていることから、タイの未来を担う子どもたちの就学を支援することにしたという。中高生に奨学金を授与する「教育里親制度」の創設、将来の日本とタイの橋渡し役を担う人材を育成する「チェンマイ彗燈日本語学校」の運営、そしてタイの留学生の受け入れを通して、
日本とタイの人的交流を深め、タイ・ミャンマーとの平和を推進されている。

 このような活動の推進母体として、タイでは1995年に「財団法人 彗燈財団」を、日本では2001年に「特定非営利法人 NPO彗燈」を設立した。
 「教育里親制度」は1995年から始まり、これまでにタイ北部のチェンマイ、メーホンソン、ウドンタニの子どもたち、累計で4000人以上に奨学金を送り、今年も400人以上もの中高生を支援をしている。つまり、400人の日本の里親がいるというでもある。
 この里親制度とは、ある特定のタイの中高生の里親として、中学入学から高校卒業までの6年間、1年、一口1万円の学資を寄付するものです。 毎年、タイの教育庁に奨学生の希望者の推薦を依頼して、本人の申請に基づいて選考を行なっているということです。

 この「教育里親制度」の理解や支援者が増えて、タイと日本の“架け橋”が、より大きなものになることを祈念いたします。

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July 27, 2005

№101 里親になる

     調 寛雅 理事長
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 2005年7月26日、佐賀県基山町にある浄土真宗本願寺派 因通寺を訪問した。因通寺の住職であり、 「NPO彗燈」の理事長である、調(しらべ)寛雅氏(85歳)のお話しを伺うことと、チェンマイに建設中である「大坪・彗燈教育学園」見学の挨拶のためである。因通寺は、タイ北部の恵まれない子どもたちの教育支援を行なっている、特定非営利法人「NPO彗燈」の母体である。

 「NPO彗燈」の具体的な教育支援活動については、次回詳しく書くとして、この日タイの貧困家庭の子どもたちの進学のための“里親”になりました。
 毎年、一口1万円の学資を寄付して、タイの中高生の里親になったのです。中学入学から高校卒業までの6年間、ある特定の子どもの里親として、タイの将来を担う人材となってくれることを見守りたいと思います。そして、タイと日本の人的交流の柱になってくれることを期待しています。

 3年前、大学院に進学して、 “日本の高齢者の生きがい”をテーマの調査研究をきっかけに、タイとの縁が生まれました。これからもタイとの縁は続くことでしょう。 それを思う時、わたしがタイという国に役に立てること、お世話になるタイにお返しができることは、何かと考えていました。その具体的なものとして、恵まれない子どもたちの“里親”になることにしたのです。
 毎年、現地での「教育里親制度奨学金伝達式」への参加や、里子となった子どもからの手紙などを通じた交流ができるそうです。その成長ぶりを見れることは、とても素敵なことだと思います。

 以前、ジャック・ニコルソン主演の「アバウト・シュミット」という映画を観ました。会社を定年退職しリタイアした主人公の男性が、アフリカの恵まれない子どもの里親になるという物語です。
 奥さんを急に亡くし、夫婦一緒の幸せなリタイア生活の計画が、突然“やもめ暮らし”になってしまい、同居してくれない父親を顧みないひとり娘の結婚にも反対する主人公。そんな主人公の元にこれまで手紙のやりとりをしていたアフリカの里子から、主人公からの教育支援金にどんなにか助かっていて勉強に頑張っているかという手紙と1枚の絵が送られてきます。
 その絵には、その子どもとまだ会ったこともない主人公が仲良く手をつないでいる絵が描かれていました。
思い描いていたハッピーなリタイアメント生活からは程遠く、家族との愛情や交流にも疎遠なった主人公は、アフリカにもうひとりの家族とも言うべき里子がいるということに気づき涙するのです。
 この映画に胸が熱くなったことはいうまでもありませんが、このブログを書きながら、ふとこの映画を思い出しました。

 “足長おじさん”になれる訳ではありませんが、自分ができること、今できることとして始めました。

 なお、里子を選ぶ際のわたしの希望をお願いしてきました。それは女の子で、将来介護士か看護師を目指している子どもを里子に選んで欲しいという希望です。 日本と同様、タイでも男の子より女の子の方が、勉学意欲が高いと聞きます。
 また、ご存知のとおり日本はさらなる超高齢社会を迎えます。少子化の影響もあって、将来わたしたち日本人の介護を担うのは、タイやフィリピンなどのアジアの若者たちです。

 里子の子どもが、立派な介護士や看護師に育ち日本で活躍することで、タイと日本の交流に役立ってくれる日を夢みて・・・

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July 26, 2005

№100 祝100回と8月のタイ行き

  朝のワット・アルン(暁の寺)
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祝 100回記念
 

今日7月26日で、4月からのブログの連載が100回を迎えました!
 
 初めは軽い気持ちでスタートしましたが、ほぼ毎日記事をアップすることができました。これからも200回、300回と続けていきますので、よろしくお願いします。

 さて8月2日から11日までの10日間、タイに取材旅行に行くことになりました。7日まではバンコクに、8日からはチェンマイ・チェンライの予定です。
 今回のタイ行きの目的は、タイでロングステイをしている方との再会、ロングステイ・コンサルティング社の佐藤さんとの打ち合わせ、ロングステイ体験中の方とチェンマイへの同行、またバンコクにロングステイの下見ツアーに行く友人のアテンド、そして観光というところです。
 また、バンコクとチェンマイでは、恵まれないタイの子どもたちの教育支援をしているNGOを見学させていただく予定になっています。
 
 チェンマイ・チェンライへは、初めての訪問です。これまでバンコクでのロングステイの取材・調査が主体でしたので、観光もバンコク周辺に限定されていました。タイの北部に位置するチェンマイは、 「北方のバラ」と呼ばれるタイ第2の都市です。ロングステイの適地として、地方都市チェンマイと大都市のバンコクを比較することもできるでしょう。
 気候はバンコクよりも涼しく、タイ北部の代表的な料理は、モチ米を主食にしたカントーク料理になります。さらにチェンライからその先になると、もうラオスやミャンマーとの国境に近くメコン川が流れ、その上流は中国・雲南省へとさかのぼることができる地域になります。 また、北部の山岳地帯にかけてカレン族、リス族、アカ族など多くの少数民族が暮らしています。

 以前から行きたかった北部地方の空気を吸い、風に吹かれると、何かを感じ、また新しい見聞ができるものと楽しみにしています。このブログも100回を迎え、ネタがかなり尽きてきた観もありますので、みなさまに紹介できるネタ探しの旅でもあります。
 タイ北部のインターネットの環境に不明な点がありますし、いろいろな方に会うため過密なスケジュールになっていますので、インターネットカフェに行く時間もあまりなさそうです。よってタイの旅行中、ブログの掲載は不定期になることをご了承ください。

 なお、団塊の世代を初めとするシニアの生き方さがしという意味で、100回を機にブログのタイトルを「タイでロングステイ」から「シニアの新しい生き方としてのロングステイ」に変更させていただきます。

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July 25, 2005

№99 タイの携帯電話事情

   バンパイン離宮にて  
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 バンコクでは、携帯電話の普及に伴って日本と同様に公衆電話の数が少なくなっています。公衆電話機は1バーツと5バーツが使え、市内通話は3分1バーツです。 市内通話は公衆電話で間に合いますが、日本への国際電話になるとコインを入れるのでは不便です。コンビニなどで国際電話専用のプリペイドカードが売っていますが、ある電話会社の専用カードのため、その会社の国際電話可能な公衆電話を見つけるのが意外に大変なので、勧められません。タイには3,4社の電話会社があり、カードが使える会社の公衆電話を捜すのに苦労します。

 急がない場合は、日本への連絡はEメールで十分でしょう。しかし、タイでの滞在が長期の場合、携帯電話があった方が便利でしょう。
 これまでの取材旅行では、1週間程度の滞在ということもあり、携帯電話は持って行きませんでした。しかしこの8月のタイ行きでは、持参することにしました。NTTドコモの「国際ローミング」サービスを利用すると、現在使っている国内の電話番号がそのまま使えるというメリットがあります。
 電話機は海外専用機をレンタル(インターネットやⅰモードから申し込みをすると300円/日です)しますが、相手に何の連絡をしていなくても、海外でそのまま受信(ⅰモードも)も可能なサービスです。
 但し通話料は、受発信ともにこちらの負担です。日本との通話料が193円/分、タイ国内が83円/分です。割高な国際電話料金を考えるとまだマシでしょう。
 AUやボーダフォンには、国内でも海外でも両方通話できる機種が発売されているようですので、両社とご契約の方はその機種に切り替えるとレンタルする必要もありません。

 日本の携帯電話会社との利用以外では、現地で携帯を借りた方法があります。バンコクの空港には、携帯電話のレンタル会社のカウンターがありますし、現地の旅行会社などもレンタルしているようです。滞在しているホテルやサービス・アパートへの宅配サービスもあります。レンタル料金は、フリーペーパーの情報によると300バーツ/日、通話料金は4~5バーツ/分かかります。短期間の滞在に向いているかもしれません。 
 本格的な長期ロングステイになりますと、プリペイド式の携帯電話を買うことを勧めます。誰でも簡単に購入できて、その場から使えるそうです。
 タイでは携帯電話の本体は、新品だと数万円もするくらい高価なため、2000バーツ位から買える中古でよいでしょう。購入した携帯に電話番号が登録されているSIMカードを差し込んで利用します。そしてプリペイドカードの購入額に応じて、通話時間と利用可能な期間が設定されます。利用可能な金額がなくなると、コンビニでカードを購入して通話料の追加ができるようになっています。

 ロングステイの場合、パソコンと同様に携帯電話も必需品といえるでしょう。

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July 24, 2005

№98 パッポン通りとソイ・カウボーイ

   昼間のパッポン通り
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 このタイトルで記事を書くのは、少々“ためらい”があります。それは、実際にここのバーに飲みに行ったことがないからです。この道に詳しい方がたくさんいらっしゃるでしょうから、ふさわしくない記事かもしれません。

 ちょうど去年の今頃、バンコクにいました。BTSアソーク駅に近いタイパンホテルに1週間ほど滞在しましたが、アソーク駅や地下鉄の駅まで行くのに“ソイ・カウボーイ”を通り抜けるのです。ちょうど仏教徒の重要な日である三宝節(アーサーンハ・ブッチャー)とその翌日の「安居入り(カオ・パンサー)」に重なり、
その期間中は、お酒を控えるために、ソイ・カウボーイは全店お休みになっていたことを思い出したので、書くことにしました。

 “パッポン通り”といえば、世の男性がみんな知っているバンコクのナイト・スポットであり、 “ぼったくりバーで有名な悪名高き歓楽街”でもあります。
 数年前に、バンコク駐在中の友人に隣の通りの「タニヤ通り(日本でいえば銀座)」の高級クラブに連れて行ってもらった際に、パッポン通りを友人にはぐれないようにして歩いた記憶があります。 閑散とした昼間の顔とは全く異なり、夜はコピー商品を売る露店が立ち並び、歩くのも大変なくらいの混雑振りです。その反対側には、トップレスの女性がカウンターの上で踊っているのが外からも見える「ゴーゴーバー」が軒を並べています。これが同じ通りだろうかと思うくらい、昼と夜の顔が全く違います。
 スタイルがいい踊っている女性を見ると店の中に入ってみたい気になりますが、その誘惑に負けると素人は痛い目に遭う確率が高くなるのです。飲むだけならビール小瓶が100バーツくらいらしいのですが、中にはぼったくりの悪質な店があるので、絶対に入ってはいけないのです。そのような店の見分けがつきませんし、客引きが連れて行くような店も危ないのです。
 このような訳で、店の中に引っ張り込まれないうちに退散した方が無難というところでしょう。

 一方の“ソイ・カウボーイ”は、きれいなネオンが輝くちょっとレトロでこじんまりした雰囲気の通りです。少しさびれ気味なのでそう思うかもしれません。
 ゴーゴーバーもありますが、一般的なバーやパブスタイルの店もあります。料金も良心的なようで、安心して飲めるそうです。 毎晩タイパンホテルの行き帰りに通るのですが、全然危険な感じはしません。お店の外に、キレイなお姉さんたちが、並んで道行く人に声を掛けますが、強引な客引きはしません。その中に背の高い“女性”がいるなと思ったら、やはりオカマちゃんでした。ニューハーフが相手をしてくれるお店もあるのですね。

 今度安心して飲める“ソイ・カウボーイ”で一度飲んでみることにしましょうか。

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July 23, 2005

№97 エメラルド寺院

  ヒンドゥー神話の聖鳥 キンナラ
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 バンコク市内観光で必ず訪れる所といえば、ワット・アルン(暁の寺)、そして王宮とその周辺のワット・プラ・ケオ、ワット・ポー(涅槃寺)でしょう。
 王宮とこれらの寺院は、タイの最もポピュラーで有名な観光地といえるでしょう。行く時期が悪いのでしょうが、 “暑かった”記憶が最も残っています。

 王宮に隣接する「ワット・プラ・ケオ」は、別名「エメラルド寺院」ともいいます。タイで最高の地位と格式を誇る王室の仏教寺院です。現在のチャクリー王朝の国王みずから管理することになっていて、またタイで唯一僧侶がいない寺院だそうです。
 「エメラルド寺院」の名前のとおり、金の衣をまとったエメラルド色の仏像が本尊として、本堂の高い位置に祀ってあります。かなり遠くの高い位置に安置してあるので、実際の大きさは測りづらいのですが、高さ66cmあるそうです。 
 エメラルドといっていますが、これはヒスイだそうで、1778年隣国ラオスとの戦いで得た戦利品ということです。それまではラオスのビエンチャンにあるワット・プラ・ケオの本尊であったので、ラオスの人びとにとっても重要な仏像なのです。このエメラルド仏の黄金の衣は、国家の重要な儀式として、年3回国王が自ら取り替えられることになっています。
 
 本堂の中は、天井が高いことと床が石なので案外ヒンヤリとしています。お賽銭をあげて合掌して、しばらくエメラルド仏に見入ります。照明で浮かび上がったその姿は、一層神々しくというか神秘的なものに感じられます。汗をぬぐいながら、エメラルド仏を眺めるうちに心が落ち着く本堂内は、わたしの好きな空間です。

 本堂の外には、黄金に輝く仏舎利(チュディ)や仏教の法典を収めるプラ・モンドップ、建物の中央部にヒンドゥー教の仏塔が突き出したプラサート・プラ・テプドヒーン、神話上の悪魔と猿神が支えているもうひとつのチュディといろいろな建築様式の建物が並んでいます。
 また、ワット・プラ・ケオを取り囲む回廊には、インドの叙事詩ラーマーヤナを翻訳したラーマキエン物語の色彩絵が、描かれています。

 この後も、王宮内の宮殿を見学できますが、この頃には“暑さ”でゆっくり観ようという意欲が失せてしまいます。日陰を求めてはそこで休み、ミネラルウォーターを飲みながら、ガイドさんが指示した時間まで休憩してしまうのです。

 

ここはやっぱり暑い!!


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July 22, 2005

№96 仏教とタイ人のやさしさ

    エメラルド寺院
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 タイは仏教が国教で、タイ人の約95%が仏教徒です。その他はマレーシアと接するタイ南部を中心にしたイスラム教徒がほとんどです。タイの仏教は、大乗仏教の日本とは異なり、上座部仏教(小乗仏教)なので人びとの信仰心が厚いのです。現在、タイには20万人を超える僧侶がいるといわれています。
 バンコク市内でも時々黄色い僧衣(チーオン)を着ている僧侶を見かけます。早朝でしたら手に鉢を持って、托鉢(ピンターバーツ)に廻る多くの僧侶を見ることができるでしょう。 厳しい仏門の修行をする僧侶に、人びとはご飯をはじめ食料を鉢に入れてあげるのです。一般の人びとも寺院や僧侶に喜捨寄進して善行を積むことによって、救済の道(タンブン、つまり「徳(ブン)」を積むこと)が開かれると信じられています。
 また、出家した僧侶ばかりではなく、一時的に出家する僧侶もたくさんいます。成人して一度も出家していないと一人前の成人男性とは認められないので、短期間でも出家して僧侶になる人が多いのです。
これは「徳を積む」と同時に、タイ社会における一人前の成人男性になるための通過儀礼(イニシエーション)ともいえるものではないでしょうか。
 
 ちょうどこの時期、旧暦8月の満月の日に仏教徒にとっては重要な日、三宝節(アーサーンハ・ブッチャー)を迎えます。(確かに昨夜は、満月でしたね。飲みに行った帰り道、きれいな満月に見入っていました。) 仏陀が初めて説法を行なって弟子たちを悟りに導き、仏・法・僧の三宝を揃えて教団(サンガ)を成立させた日とされています。
 この三宝節の翌日を「安居入り(カオ・パンサー)」といい、この日から3ヶ月間、僧侶は寺院にこもり修行に専念することになってます。一般の人たちも、この時期、喜捨寄進して善行を積んだり、飲酒を控えたりします。昨年この時期にバンコクに行きましたが、ニューハーフショーの「カリプソ」でもお酒は出ませんでした。
 短期間、出家する人たちもこの「安居入り」の日から、修行に入ることになっています。

 このように同じ仏教徒でもタイと日本では、仏教に対する考え方や意識は大きく異なります。タイの仏教では「徳(ブン)」を積むことにより、来世の生活が保障されるとの教えですが、敬老の気持ちや人にやさしいタイ人の気質も生まれているのではないでしょうか。それがタイ人の自然でやさしい“微笑み”になるのでしょう。

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July 21, 2005

№95 避暑・避寒にタイへ

クワイ川鉄道列車から水上コテージを望む
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 福岡は、博多祇園山笠の追い山が終わるともに梅雨が明け、いよいよ真夏を迎えました。
夏は夏で楽しいのですが、近年の夏は地球温暖化の影響からか、“酷暑”になる傾向が強いようです。わたしの子どもの頃の記憶によると、最高気温が34℃になるとすごいと思いましたが、そんな気温は今や当たり前。
37~38度にもなることも珍しくなくなりました。こうなると日中外で動き回ったり運動したりするのは、熱中症になりかねません。夏を楽しむというよりも“夏をやり過ごす”といった方が、適切な表現かもしれません。

 昨年の夏も酷暑でした。7月末からバンコクに行きましたが、福岡よりも涼しいとは言えないものの暑くはなかったのです。タイはこの時期、雨季です。といっても1日中梅雨のように“しとしと”降っている訳ではありません。午後を中心にスコールそれも雷を伴ったバケツをひっくり返したような雨です。傘など役に立ちませんから、雨宿りをして雨がやむのを待つしかありません。だいたい1時間もすると上がります。スコールが陽で焼けた地面の熱気を流してくれるので、割り合い涼しくなります。
 そういえば福岡では、以前ほど入道雲を見なくなりましたし、夕立も少なくなりました。ですから天気が続くと余計に灼熱地獄になってしまうのでしょう。
 笑えない話ですが、九州・福岡よりもバンコクの方が、“涼しい”のです。

 既にバンコクの“ロングステイのカリスマ氏”が提唱されていることですが、酷暑の日本を脱出して、“タイへ避暑に行きましょう!”とりわけ、シニアにとってこの異常な暑さは、体に堪えます。反対に寒さが厳しい冬も同じことが言えるでしょう。冬にインフルエンザに罹り、肺炎を併発し亡くなられる高齢者も少なくありません。
 さらに最近では、春先のスギ・ヒノキ花粉から避難して、タイでロングステイをする花粉症の方が急増している と聞きます。

 夏と冬の時期そしてスギ花粉の頃、日本を離れてタイでのロングステイというのもひとつの考えといえるでしょう。

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July 20, 2005

№94 ニュージーランドとタイのロングステイ その3

バンコク郊外のナコン・パトム・チュディ
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その3

ロングステイを経験して得られたもの
  「これまでのロングステイを通して悪かったことは特になく、ほぼ満足している。一番良かったことは、数年間かけてニュージーランドの地域社会に溶け込み、現地の友人ができたことだ。」今後とも同じようなペースでロングステイを続けたいという。
 380万人の人口の90%近くを白人が占めている国で、生活の基本事項として心がけている点を3つあげられた。
1.黄色い東洋人として、軽んじられることのないように毅然と生きる。
2.日本人だけで固まることなく、積極的に現地の人たちと付き合う。
3.誠実に生き、人とのかかわりを大切にする。
 
 これらは、ニュージーランドでの生活体験から学んだ「生き方」である。夫妻の実体験から生まれた信条には、重みが感じられた。日本人の良くない例としての生き方とは対極にある。瀬戸夫妻の生き方は、海外で長期滞在をする人たちだけではなく、世界の一員として日本人が、改めて見直さないといけない示唆を含んでいるのではないだろうか。

インタビューのまとめ
 瀬戸さんは、ロングステイについての心構えを「その国でどのように生きていくのかが大切だ。それがないと単なる旅行になる。」と説く。どのように生きていくかは、個人の価値観やライフスタイルによってそれぞれ異なるだろう。しかし、何らかの目的を持ってその国に滞在することが、より現地の社会を理解し、より地域社会との交流を促すことになるのではないだろうか。つまり異文化の社会に溶け込み、個人と社会をむすぶ絆や連帯感が生み出されてくるのではないだろうか。
 夫妻は、ロングステイの先駆者として海外での長期滞在を楽しみながら、これまでのシニアにはあまりなかった個性豊かなライフスタイルを確立している。単に先進的な生き方というだけではなく、これからのシニアのライフスタイルとして、ひとつのモデルになるのではないだろうか。
 また、「探していた死に場所として、今ではニュージーランドがよいと思っている。」と語る言葉の背景には、祖国の日本に裏切られた想いと、日本人としてのアイデンティティの狭間に揺れながら生きてきた複雑な胸中がにじみ出ている。
 瀬戸さん夫妻とのインタビューは、日本人とキューイのライフスタイルや人生の捉え方の違い、日本とニュージーランドの社会の違いがあぶりだされてくるものであった。また、戦争の体験をふまえた価値観を持つ現在のシニアの生き方の事例でもあった。 

 今後シニアの仲間入りをしてくる団塊の世代が、どのような価値観を持つシニアになり、どのように社会との関わり合いを持つのだろうか。これからも注目していきたい関心事である。

 昨日、瀬戸夫妻は1ヶ月のロングステイの予定で、バンコクへ出発されました。来月にはバンコクで再会します。
バンコクにロングステイしてみての感想、ニュージーランドとの比較など、ゆっくりと聞かせていただこうと思います。その内容については、帰国後ご紹介することにします。

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July 19, 2005

№93 ニュージーランドとタイのロングステイ その2

     瀬戸英龍夫妻 
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その2

ニュージーランドについて感じること
 まず、フレンドリーな国民性であること。特に中年以上の人はやさしく、快く日本人を受け入れてくれる。これまで差別を受けたことはない。そして、女性や高齢者がいきいきとしている。
 また、キューイ(ニュージーランド人)は、生活や人生をエンジョイしながら働いている。人生を楽しむために働いているといった風で、ゆとりさえ感じる。ひとつの職に執着しないし、生活を大切にしている。たとえば、働くべき時には働くが、基本的に残業はしないし長期の休暇をとる。夕方5時になるとすぐに仕事をやめたり、店を閉めたりするが、けじめのつけ方がきちんとしていると考えるべきであろう。日本人が、人間性を無視したような時間外労働が多すぎるのとは対照的である。
 夫妻の共通した認識として、ニュージーランド人の生活ぶりから「心の豊かさ」を感じるということであった。
 さらに、ニュージーランドは原発を持たず、同盟国のアメリカといえども核の寄港を許さず、反核の国是を厳に貫いている。極東の原発列島の市民としては、この島国の気骨に触れて感慨深いものがあるという。


ロングステイを通して日本や日本人に感じること
 日本社会を外から見て、感じること。①立身出世や組織のための時間外労働が多すぎる。②働くことの矛盾を日本人は感じない。ひとつの職に執着し、家庭を顧みずに働く。③日本人は勤勉である。独創的ではないが、協調して物づくりをする。これらは、キューイが生活や人生を楽しんでいるという感想とは対照的である。
 
 また、ロングステイを経験して、日本人の良くない点を改めて認識したと夫妻はいう。「日本人が、つくづく嫌になりました。中年・老年の彼ら彼女たちの多くは、自己中心的で、旅行をしても他国と他国人を知ろうとせず、他国に学ぼうともしない。日本の出来事だけを後生大事に持っている。」
 たとえば「毎年のように、数ヶ月も滞在しながら、日本人だけでゴルフし、日本人だけでマージャンし、日本人だけで食事し、日本人だけで集まる。言葉はできても現地の人とは付き合わない。興味がないのだと言う。私たちが機会を作ってあげても、それをきっかけにして、現地に溶け込む努力はしない。」このような日本人が多いという。
 「けれども、これは望ましいことではありませんね。日本の地域社会に置き換えてみると、ことは明瞭になります。日本のあるところに、アジアかアフリカあたりのある国から来た人たちがたむろしていて、同国人だけで行動し、地域の日本人とはまったく交流を持たない場合、日本人がどのように感じ、どのように噂するか。よくあるケースではありませんか。たちまち、密かな排斥運動が起こるであろうことは、眼に見えています。日本人が嫌うことを、日本人自身が外国でやってはいけません。」と嘆く。
 ロングステイを実行する理由のひとつとして、これまでの一般的な観光目的の枠だけにはまらず、趣味や語学の勉強あるいは異文化との交流、ボランティア活動というような能動的な動機があるのではないかという仮説が、ここではあてはまらない。
 
 さらに続けて、「自分だけが大切で、他人の迷惑にはまったく鈍感で、自分が世話になっている者(すなわちボランティアとしての私たち)への感謝や心遣いなど、カケラも感じられません。人の厚意を利用しないのは損だという損得勘定だけで、なりふり構わず、 “旅の恥は掻き捨て”旅行を楽しむことに心がけているように、私たちには見受けられます。」このことがやりきれないのだという。本来、日本人が持っている良さを失ったような態度や振る舞いを強く危惧された。
 ニュージーランドにやってきたら、「自分たちはお客様だ。」という意識や、旅が併せ持つ非日常的な感覚を異国の地にそのまま持ち込む日本人像が浮かび上がってくる。


 つづく

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July 18, 2005

№92 ニュージーランドとタイのロングステイ

    早朝のワット・アルン
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 明日19日、福岡空港からバンコクへ、1ヶ月のロングステイへ出発されるSさんご夫妻。ニュージーランド・クライストチャーチで永年ロングステイを実行されている。今回は、アジアのタイでロングステイの適地探しの体験型長期滞在である。

 Sさん(69歳)は、自身の半生を振り返りながら、つぎのような自己紹介をされた。
 「1936年、中国東北部(旧満州)ハルピンに生まれ、ロシアの人々や風物も散見される美しい混血の街並のなかで、10歳まで過ごした。終戦直前の突然のソ連軍の侵攻と、日本軍の日本人を置き去りにしての逃亡に始まる逃避行。生きて“祖国”なる異郷の土を踏むことのできた“在満少国民”の一人です。」
 「立教大学を卒業し、報知新聞社に一年間勤務。その後、父の出身地の長崎で教員になり、小学校を振り出しに中・高校での勤務を経て定年を迎えました。現在は遙か南のニュージーランドに遊行して、今なお生を愉しんでいます。」
 「妻は長崎生まれの長崎育ち。カトリックのみか原爆の幼児洗礼まで受けており、生粋の“内地”の人と言えましょうか。地元の短大を卒業し、長崎県庁に35年間奉職。定年まで3年を残して早期退職し、ロングステイに同行するようになりました。」

ロングステイの動機と実行した理由
 これまで、ヨーロッパ各国をはじめ多く海外旅行へ出かけて、ロングステイの適地を探してきた。ニュージーランドを選んだ理由はいくつかある。①南半球にあり、日本とは季節が逆になり、避寒地として適している。②オーストラリアよりも涼しく、冬でもあまり寒くない。③人ごみを避けて人口が少ないところに住みたかった。④坂道に町の長崎とは違い、クライストチャーチは平坦な町である。⑤自然が豊か。⑥治安が良い。⑦非核三原則を守っている。以上のような理由による。

 さらに、Sさんは、次のようにいう。「わたしは、満州で日本という国に捨てられた棄民です。また、同じような体験をさせられるのではないかというおそれを抱き続けている。若いときは、自分の人生や日本に対して希望を持っていたが、今は日本という国の将来に不安を感じている。たとえば、北朝鮮にしてもいつミサイルが飛んでくるのかわからない。原子力発電所が標的にされるかもしれない。また国から捨てられるという体験は、二度と味わいたくない。そうなる前に、今度はわたしの方が日本を捨てるのです。 “生活する場所と死に場所”探し をして、比較的安全な場所としてニュージーランドという国を選んだんです。」と最後にSさんが話した理由は、自身の原体験に基づいた印象的なものであった。
 奥さんが、ニュージーランドを選んだ理由を次のように付け加えた。①まず、きれいな自然環境のなかで生活できる。特に水がよい。②日本の約4分の1と物価が安く、生活費がかからない。③15年前にニュージーランドを旅行した時、豊かできれいな自然が気に入り、それ以来、定年になったら住みたいと思っていた。

ロングステイの目的と現在の状況
 1996年より、ニュージーランドの南島の最大の都市であるクライストチャーチで、ロングステイを続けている。当初のロングステイの目的は、語学学校に通って英会話を習得することであった。語学学校や隣人たちと自分たちの生活の中からの付き合いをきっかけに、地元の人たちと交流するようになり、10人ほどの友人ができた。長期滞在する日本人とばかり付き合わず、現地の人たちとの食事やパーティにできるだけ積極的に参加している。友人たちとの「心のつながり」を大切にしながら、この数年間で友好関係が広がってきた。今では、ニュージーランドの地域社会に溶け込むことが、ロングステイの主な目的になっている。
 現在、2軒の住宅を所有し、半年ずつ日本とニュージーランドで過ごす生活を繰り返している。ガーデンシティといわれるクライストチャーチで、ガーデニングや自然が豊かな街での散歩を楽しみながら生活している。また、ボランティアとしてロングステイのために訪れる日本人に、語学学校や宿泊に関する手配や情報提供などの手伝いをしているという。

 つづく

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July 17, 2005

№91 「星になった少年」

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 柳楽優弥(やぎらゆうや)、 「誰も知らない」で、2004年のカンヌ国際映画祭で史上最年少、日本人初の最優秀男優賞を受賞した15歳の少年。その彼が、20歳で夭折した日本人初のゾウ使いの少年・哲夢を演じている映画が「星になった少年」です。これは実話に基づく映画です。
 この映画は、タイのチェンマイ郊外で撮影され、主役の柳楽君は、タイ王立の象訓練センターで3ヶ月間、講習やトレーニングを実際に受けたそうです。
 なお、この映画のロケ地がタイということで「ちび象ランディ基金」を設立し、スマトラ沖地震の被災地に、鑑賞料金のうちから一人20円がチャリティーとして寄付されることになっています(拍手)。

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 昨日7月16日から公開され上映中です。その初日に観てきました。いい映画です!
そして、予想以上に涙が流れました。劇場内でもあちこちから鼻をすする音が聞こえましたので、わたしだけではなかったようです。
 動物のプロダクションの仕事に忙しい母親や義父に、自分の気持ちや考えをうまく伝えられない哲夢。その彼が象とは何故かコミュニケーションができるのです。哲夢は、象の“言葉”を理解できる能力を持っていたのです。母親の夢であった「象を飼う夢」を引き継ぐ哲夢は、 “ゾウ使い”を目指してタイの象学校に1年半、留学します。
 そして、言うことを聞かなかった、ちび象ランディと心を通わせるようになり、念願のゾウ使いになるのです。
  
 それにしても、象の演技のすばらしいこと。びっくりします。象の頭のよさと可愛さは、ちょっと感動ものです。
象の演技力ときらっと輝く目をした柳楽優弥の存在感、そしてなによりもタイ・チェンマイの美しい自然、この3つが、この映画の大きな魅力です。
 ハートウォーミングな映画に、あなたも“癒されませんか” それから「ニライカナイからの手紙」で感動的な役を演じた蒼井優も可愛くて素敵です。タイが好きな方、動物が好きな方、是非観てください。

 この夏、チェンマイで哲夢のように象に乗ってきます。今回のチェンマイ行きで、この映画のひとつひとつのシーンを脳裏に想い出しながら、撮影されたタイの空気を吸い、風に吹かれてこようと思います。

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「星になった少年」の公式サイト
http://www.randy-movie.com/productionnotes.html

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July 16, 2005

№90 インターネットカフェ

    チャオプラヤー川
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 バンコク市内には、たくさんのインターネットカフェがあります。旅行代理店や不動産のような小さなお店にパソコンを数台置いている所から、数十台ある大きなインターネットカフェまで、市内を歩いているとよく見かけます。

 わたしがいつも利用するのは、BTSアソーク駅近くのタイムズ・スクウェア2Fのインターネットカフェです。ここは30台くらいのパソコンがあって、白人や韓国人などの利用者が多く、いつも混んでいます。
 朝9時からオープンし、夜遅くまで開いているので、ほぼ毎日ちょっと空いた時間に立ち寄ります。利用料金は1分1バーツ(約3円)ですから、1時間座っていても約180円です。ジュースやビールなども注文できるので、ドリンクを飲みながらパソコンを打つことができます。

 日本語入力ができるパソコンを希望すると、スタッフが案内してくれます。日本語のキーボードは、ほとんど見かけません。英語版が主体で、ハングル文字の韓国バージョンのものまであります。 しかし、キーボードを日本語入力に切り替えてやれば、直ぐにいつものように使えるようになるでしょう。「変換」キーがないので、最初は焦りますが「スペース」キーが変換キーになっていますので、これで漢字変換でできます。
 初めてネットカフェに行った時は、慣れないものですからEメールの文字は、ローマ字しか打てませんでした。こちらも打ちにくいですが、メールをもらった方もとんだ迷惑だったでしょう。翌日には「ひらがな」のメールになり、その翌日には「スペース」キーで漢字に変換できることが分かって、やっと日本語の文章になったことを思い出します。
 使い方が分からないときは、スタッフに聞きましょう。何とか英語は通じるようです。苦労してどうにかバンコク仕様のパソコンが使えるようになってきます。

 このパソコンの例をとっても、こうやって使えるようになることで、タイのロングステイや生活に馴染んできたことを実感できることでしょう。パソコンに慣れれば、インターネットで日本や世界のニュースを知ったり、Eメールで日本の家族や友人にも連絡が取れるようになります。自分自身も孤独感がなくなるでしょうし、家族や友人も安心するでしょう。そうやって仮に単身のロングステイであっても、孤立せずに社会とのつながりが保たれ、維持することができるのです。
 なお、自分が使うプロバイダーに登録しているIDやパスワードは忘れずにメモして行ってください。せっかくバンコクのパソコンが使えるようになっても、プロバイダーに接続できないことになりますので。

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July 15, 2005

№89 (特別編)追い山 暁の町を走る 

    三番山笠 土居流
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 博多祇園山笠のフィナーレを飾る「追い山」が、今朝4時59分、一番山の“千代流”が博多の鎮守である櫛田神社入りをし、全部で7つの“流れ”(博多の7つの町区割り)の舁き山が、早暁の博多の町5㎞を駆け抜けた。


    五番山笠 東流
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 今日7月15日は、博多の町が1年で最も熱くなる日です。タイでは、ソンクラーン(旧正月の水掛まつり)やローイ・クラトーンなどのお祭りが有名ですが、博多といえば「山笠」です。
 今日は、特別編として「博多祇園山笠」を紹介します。

   六番山笠 中洲流
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 「博多祇園山笠」は、鎌倉時代の1241年、その年大流行した疫病退散のため、聖一国師が施餓鬼棚に乗り、棒を担がせ、甘露水を撒いて祈祷して廻り、博多の町を悪疫から救った故事によるもので、764年の歴史を持つ。その翌年には、筑前一の貿易商人として財を成していた宋人の謝国明は、聖一国師を請じて博多の名刹、承天寺を開山している。

   七番山笠  西流れ
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 博多の男たち(山のぼせ)が、1トンもの舁き山を疾走させ、夜明け前の町を熱気で包みます。沿道の数十万の見物客から喝采と声援が掛けられ、そして舁き手を冷やしてやる勢い水が掛けられます。観ている方も、その熱気と勇壮さで鳥肌が立つほどです。

 「追い山」が終わると、博多の町はようやく梅雨明けです。
 

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July 14, 2005

№88 ウィークエンド・マーケット

   暑いマーケットの通り
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 何でも売っているバンコク最大の市場、それは「ウィークエンド・マーケット」でしょう。その名の通り、毎週土・日曜の2日間だけ開催されます。BTSの終点モーチット駅から歩いてすぐ、バンコク名物の巨大マーケットで、1万以上の店があるといわれています。地下鉄カンペンペット駅からも行けます。
 朝9時頃からオープンしていて、夜は7時頃まで、夏のシーズンは夜12時まで営業しているそうです。 

 「ウィークエンド・マーケット」の第一印象は、とにかく“暑い”ことと“人が多い”ことです。それは、わたしの場合すぐに疲れることを意味します(誰でもそうですかね?)。
 それでもどんな物が売っているのか興味津々で、「暑い暑い」と言いながら、つい歩いてしまいます。衣料・雑貨、陶器、籐製品、食料品、骨董品、仏具、日用品、軍の放出品、たくさんの種類のペットまで、とにかくありとあらゆる物が売っています。
 また、あまりの広さに迷子になりやすいというか、方向感覚が麻痺してしまいがちです。soi(通り)毎にブロック分けがしてありますから、ガイドブックなどの地図を見ながら廻った方が無難かもしれません。直射日光を避けるつもりで建物の内側の通路を歩くと、それはそれで狭い迷路のような通路を時には行き交う人とぶつかりながら進みます。あっちに行ったりこっちに行ったりするうちに、だんだん方向感覚を失います。そんな時は、一度建物の外へ出て現在の位置を確認した方がいいでしょう。

      熱帯魚売り場
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 何を買うのでもなくブラブラしますが、面白いのはペット売り場でしょうか。鮮やかな鳥や熱帯魚・金魚、犬・猫は当然として、サルや名前も知らないような小動物、両生類や爬虫類などなど・・・・・
 まあ見ているだけでも飽きません。しかし、昨今の鳥インフルエンザの心理的影響で、闘鶏用の鶏売り場エリアには入りませんでした。大丈夫でしょうが、好奇心もほどほどにというところです。
 
 広大な敷地に無数ともいえるほどの店舗の数です。ゆっくり見て廻ってその中の気に入った店に戻って買おうなんていうのは、大きな間違いというものでしょう。いいなと思ったらその場で値段交渉して、即決で買うべきでしょう。とても元の店へ戻ろうなんていうのは、ほとんど現実的ではありませんし、そんなことをしていたら疲れ切ってしまいます。
 あなたは、“即決派”それとも“じっくり派”? ここに限っては“即決派”でいきましょう!

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July 13, 2005

№87 タイ料理教室

     講師のオーさん
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 2005年7月10日(日)、「くるんてーぷの会」(原田君子代表)が、毎年開催される「タイ料理教室」に参加させていただいた。タイのロングステイの経験があるNさんとMさんを誘っての参加です。

 当日は20数名の参加があり、盛況な料理教室となりました。男性の参加者は、わたしを含めて2人ということで、ほとんどが女性です。講師は、タイ人のオーさん(本名 ジララト オンコンカテープさん)、オーさんのご主人と九州大学留学生のビムさんの3人です。オーさんは、物質化学を専攻する九州大学の訪問研究員で、福岡との縁は「アジア太平洋博覧会」以来、10数年の関係ということです。
 
 今日チャレンジするメニューは、屋台の味「パッタイ(タイ風焼きそば)」、ご存知の「トムヤムクン」、東北地方の名物料理「ソムタム(青パパイヤのサラダ)」、北部地方の料理「ナムプリックオン(豚のひき肉のトマト炒め)」、最後にデザート「ココナッツ寒天」という5つものメニューです。
 参加者は4グループに分かれて、オーさんたちの実演指導をもとに、料理開始です。わたしたちは、若い女性が加わり7人のグループで、それぞれの役割分担で、手際よく料理していきます。チームワークが良かったせいか、早くて一番美味しそうな? 料理に仕上がりました。11時に始めて、できあがったのが2時30分なので、しっかり空腹状態。盛り付けも綺麗なので、一層食欲をそそります。

   中華なべを振る同じグループの方
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 「トムヤムクン」「ソムタム」は、本場と変わらない本格的な味です(自画自賛)。とりわけ「トムヤムクン」は、レモングラス、レモンリーフ、そして絶対に欠かせない「カー(タイの生姜)」を使う本格派です。あの独特な甘くて辛い、そして酸っぱい後を引く味がきちんと出ています。美味しい!
 初めて食べた「パッタイ」はナンプラーが隠し味に効いていて食べ飽きない味に、「ナムプリックオン」は、砂糖の甘さがかなり来るのですが、トマトの酸味とのマッチングでこれもなかなかです。たくさんの量でしたが、あっという間にお腹一杯に食べました。

 料理を作りながら、同じグループの方との会話が始まり、食事をする頃にはすっかり打ち解けて、和気あいあいとした雰囲気に。それぞれのタイとの関係やタイ料理に対する思いなどを語らいながら楽しい日曜の午後になりました。 タイ料理というタイの食文化に触れ、オーさんや参加者の方とも交流できた良い機会にもなりました。
 「くるんてーぷの会」の会員の方の努力や準備で、美味しい料理が食べられ、よい経験にもなりましたことに感謝いたします。

“コップンカー”
 
   おいしくできあがった料理
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July 12, 2005

№86 「くるんてーぷの会」  

    代表の原田君子さん 
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 「くるんてーぷの会」(原田君子代表)とは、福岡を拠点にする学校に行けないタイの子どもたちの教育里親活動をしているボランティア団体です。バンコク最大のスラム街クロントイ地区で活動しているNGO「ドゥアン・プラティープ財団(希望の灯火)」に送金し、教育資金として多くの子どもの通学に役立ててもらっているそうです。
 「くるんてーぷ」は、タイ語でバンコクを表す言葉で「天使の都」という意味になり、これにちなんで“草の根交流里親の会”の名称を「くるんてーぷの会」と名付けられました。

 「くるんてーぷの会」は、1992年西日本新聞のバンコク支局長であった河本典久氏の妻の淳子さんによって設立された。 2005年4月7日の西日本新聞の記事によると、
 「忘れ得ない大人の姿がある。タイで古くからボランティアに関わってきた人なら皆、河本夫妻の名前を知っている。河本さんは現地NGOの現場を熱心に見て歩き、そこで出会った若い日本人ボランティアを親身に世話した。
現地の厳しいスラムで活動する女性は、休日河本さん宅で羽を休めた。訪ねて来た学生を自宅に泊め、タイの現実を知る手助けをした。
 福岡に戻った後は、仲間とスラムを支援。一方でアジアの社会問題や国際協力に興味を持つ学生の面倒も見た。やる気ばかりが先立つ学生の話を目を見据えて聞き、穏やかな口調で疑問に答えた。そしていつも「君たちならできる」と結んだ。
 それから10年余り、その中の数人はNGOのプロに育っている。国際協力では一線で活躍する人に光が当たりがちだ。が、その若者のやる気を引き出し、送り出す役回りを果たせる大人が、今の日本にどれだけいるのだろう。先日、河本さんの七回忌だったと聞き、その思いをかみしめている。(理)」と紹介されています。
 当初「クルンテプの会」の名前が、10周年を迎え「くるんてーぷの会」に改称された。初代代表の淳子さんが1996年に亡くなられ、原田さんが夫の典久さんから遺言の形で会を託されてとのことです。その典久さんも奥さんを追うように1999年に亡くなられています。

活動内容
 個人、団体会員とも会費は、1ヶ月500円を1口(何口でも可)とし、会の運営費を除いた会費をバンコクの「ドゥアン・プラティープ財団」に送金している。そのお金は、教育資金として多くのタイの恵まれない子どもたちの通学に役立てられている。物価が安いタイでは、小学生ひとりが12000円、中学生ひとりが25000円で、1年間通学できるそうです。これまでに累計で33人の子どもたちの教育資金の支援活動を行っている。
 ある子どもが、中学・高校さらに大学進学する場合は、学校教育が修了するまで継続して資金援助する。「ドゥアン・プラティープ財団」への支援金が、不特定の子どもに使途されているのではない。また、送金した教育里親資金の使途と子どもたちの状況は、「ドゥアン・プラティープ財団」から、年1回以上会へ報告があり、会員にも周知されているということです。
 他にも現地の状況を視察するためにスタディーツアーが毎年のように実施されたり、会の学習会、バザーの開催、各種イベントへの参加、タイ料理教室は開催されたりと活発な活動が続けられています。
 また、「NGO福岡ネットワーク」や「FUKU-NET(福岡市国際交流協会)」などに加盟し、ほかの団体とのネットワークも広げている。

 河本夫妻の熱い想いと遺志を引き継いて、原田君子代表を中心に多くの仲間や会員に支えられながら、「くるんてーぷの会」は、来年15周年を迎えようとしています。
 なお、この記事は、原田代表のインタビューと会報の「くるんてーぷ便り」と会の活動を紹介する小冊子を元に書かせていただきました。

「くるんてーぷの会」(原田君子代表)
 〒811-0081
福岡市博多区井相田1-13-28-408
 TEL・FAX 092-586-4650

 URL: http://members.jcom.home.ne.jp/krungtep/
 Email: krungtep@jcom.home.ne.jp

振込先
 郵便振替 口座 01710-0-47228  
 名称   「くるんてーぷの会」
 

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July 11, 2005

№85 シニアをサポートするカルチャースクール

   筆者と住田千鶴子さん
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住田千鶴子さん(スミタ・カルチャーセンター 代表)
 住田さんは、子どもの頃10年間、タイで生活した経験がある。ご両親がタイで事業を営む企業家であったからである。日本で就職して働いていたが、高齢の母親(故人)が腰を痛めて車椅子の生活になり、身の回りの世話や介護のため、5年前にタイに戻ってきた。
 タイで何かしたいと考えていたが、母親が元気な頃“ろうけつ染め”の教室を開きたいという希望を持っていたこともあって「カルチャースクール」を思いたち、4年前にスミタ・カルチャーセンターを開校した。 住田さんには、当時、高齢の両親(父親85歳)の存在と母親の介護の問題を抱えているという背景があった。「この自分の体験がきっかけになり、カルチャースクールの講座の企画や運営の下敷きになっているんですよ」という。

スミタ・カルチャーセンターの講座内容
 スクールでは、タイ語のクラスやタイ料理の教室など定番の講座のほかに、複雑な路線や時刻表がない路線バスに日本のシニアでも乗れるように、 「バンコクのバスに乗ってみよう」というユニークな講座を開いている。また、ロングステイを始めて間もない人を念頭に置いて、タイの基礎知識を身につけてもらおうと、 「タイでの生活のオリエンテーション」講座もある。
 
 住田さんは、介護の問題に関心があることから、介護関係の講座を取り入れている。具体的には、語学の講座のなかに、タイ人の介護ヘルパーを対象にした日本語コースを設置している。これはタイで介護やリハビリを受ける日本人のニーズに対応するもので、将来はタイ人が日本で介護サービスをする可能性もあるのではないか、と考えているという。
仏教国の文化や伝統を持つタイ人には敬老の気持ちがあり、介護にたいして人間的な心で接してくれる。日本の介護技術のレベルは高いけれども、人間性の面からみるとタイのほうが優れているのではないか、というのが住田さんの認識である。日本の高齢化が進み、タイでのロングステイ人口が増加すると予想されるので、これから質の高い介護サービスは欠かせない。このようなニーズを先取りして、さらに介護に関連した講座を取り入れていこうと考えている。
 
 もうひとつのスクールの基本的な運営方針として、ロングステイをする個人に「生きがい活動」の場を提供することがあげられる。住田さんは、リタイアしてタイに長期滞在する元気なシニアに、生きがいづくりの支援をしたいと思っている。 「長年蓄えてきた技術や経験を、こちらでも活かしてもらいたいんです」。スクールが企画した講座の講師でもよいし、自分で講座を運営する教室貸しのスタイルでもよいという。
また、講座を開きたい個人も、スクールが出す新聞広告などの媒体を使って、生徒を募集できるメリットがある。これからロングステイ中に、自分の特技や技能を活かして、自分の講座を開いてみたいとお考えの方、検討なされてはいかがでしょうか。
 
 現在講座数は増え、新しいアイデアの講座も開講されているようです。今後、ますます充実されることを期待します。

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July 10, 2005

№84 パンティープ・プラザ 

「トゥクトゥク」 パンティープ・プラザへの途中にて
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 バンコクでパソコンやその関連機器、そしてPCソフト、音楽CD、DVDが一番揃っているのは、「パンティープ・プラザ」です。ペップリー通りに面していて、サービス・アパートメントのグランドダイヤモンドのすぐ近くです。BTSのチットロム駅やラチャテウィー駅から歩いていけますが、昼間ですとかなりの汗だくを覚悟しないといけません。

 1階から4階までビル全体が、パソコンや関連機器、ソフトなどのテナントで一杯です。日本の秋葉原というような場所です。あちこちから音楽があふれ、雑踏と雑多なテナント、それに加えてしつこい呼び込みが寄って来て、まったく猥雑そのものの雰囲気です。
 パソコンなどのハード機器は、日本よりも高いようです。物価を考えるとパソコンは相当高価なものといえるでしょう。今人気のiPODミニも日本より割高でした。

 しかし、ソフト関連となると、話がまったく逆になります。海賊版のソフトが激安で、堂々と売っています。カラーコピーしたパッケージは、いかにも海賊版ですというものです。タイは違法コピー天国なのです。
WindowsXP、アドビ・アクロバット、統計ソフトのSPSSなどが、何と全部120バーツ(360円)なのです!!!  日本では、数万円から20~30万円もするソフトがこの値段なのです。新しいバージョンを買おうと思いましたが、どのソフトもみんな英語バージョンで、困った時のヘルプが使いづらいのでやめました。
 また、海賊版のDVDも同じように売っています。しかし、以前紹介したように、リージョン(地域)の違いから、日本に買ってきても観ることができませんので念のため。 

 喧騒に包まれたビルの中を見て廻るだけで面白いのですが、しつこく日本語でまとわりつく呼び込みには、注意しましょう。強引に袖を引っ張る者までいますので。


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July 09, 2005

№83 お香とアロマ

   ムアンボーランにて
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 この国の代名詞となっている“癒しの国、タイランド”を実感できるものは、仏教、人びとの微笑み、タイ式マッサージ、エステなど多くあるでしょう。
 わたしにとって、そのひとつが「お香とアロマ」です。 お香を焚いてその香りで落ち着いたり、アロマキャンドルやアロマオイルのハーブ系の香りに安らいだ気分になったりします。とても好きです。 タイ式マッサージのお店で焚き込められているお香の香りや、エステの時に使われるアロマオイルの甘い香りで、心身ともにリラックスします。
 
 いろいろな種類のお香とアロマキャンドルをセットにしたお土産が、たくさんナイトマーケットなどに並んでいます。もちろんバラ売りもしています。お土産用のセットは、カラフルな円錐状とお線香のようなお香の組み合わせに、お香立てとアロマキャンドルが詰め合わせになっているものが多いようです。お店によってお香の種類や組み合わせが違っていて、選ぶのに迷ってしまいます。でもよく探せば、気に入ったものがきっと見つかります。

 もうひとつのアロマ系の商品ですが、マッサージ用のアロマオイルと主に香りを楽しむアロマエッセンスに分かれるのでしょうか。アロマテラピーとして使われますし、ブームにもなりました。
 わたしが買うのは、アロマエッセンスの方です。レモングラスやラベンダー、爽やかな柑橘系から個性的なタイのハーブ系のものまでたくさん並んでいます。ポピュラーなレモングラスやラベンダーの詰め合わせを買って自分用やお土産として買ってきます。
 そして、このアロマエッセンスを車の芳香剤にしています。シガレット・ライターに差込み、その電気でアロマエッセンスを暖める車用のアロマグッズに使っています。車内はラベンダーのほのかで自然な香りが漂います。市販されている芳香剤とはまるで違います。ラベンダーは気分が落ち着くのはいいのですが、眠気を誘うので次回はレモングラスを買ってこようと思います。
 実際、このお香のセットとアロマエッセンスのお土産は、特に女性に喜ばれます。タイのお香は、他の東南アジアで買ったものよりも良い香りがするという方もいました。もっとも、わたしにはその違いは分かりませんが・・・

 このようにお香とアロマエッセンスは、 “癒し”のグッズとして使ってもらっているようですし、お土産としても最適な一品といえるでしょう。

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July 08, 2005

№82 タイ式焼肉

    これがジンギスカン風焼肉
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 タイ式というかタイ風というのか、バンコクで人気の焼肉を食べに行きました。焼肉というよりジンギスカンと言ったほうが適切かもしれません。連れて行ってくれたのが、ロングステイコンサルティング社の佐藤さん。ご家族と一緒に焼肉を囲みました。
 バンコク市内、多分BTSオンヌット駅近くの焼肉レストランへ。駐車場の真ん中に屋根つきのオープンエアーの大きなレストランです。焼肉の煙と冷房の関係で、屋内ではないのでしょう。ざっと2~300人は入れるでしょうか、地元の家族連れで満席といった盛況振りです。料金は、食べ放題でひとり65バーツ(約200円)だったと思います。佐藤さんにご馳走になったものですから、値段の記憶が定かではありません。

 豚肉、鶏肉、ホルモン、その他の肉? キャベツやタイ野菜、インスタント麺、カキ氷などのデザート、とにかく好きなものを好きなだけテーブルに運んできます。炭火を入れた七輪にジンギスカン鍋風の焼肉器がテーブルの上に置かれ、早速焼き始めます。面白いのは、焼肉器の周りに水を張ることです。
 焼かれた肉から油や肉汁がしみ出てきてスープとなり、そのスープを野菜やインスタント麺が味を吸収するという仕掛けになっているのです。ですから後になる程、麺などに味が沁みて一層美味しくなります。
 お肉は、タイ風の焼肉のタレでいただきます。味は見た目より、しつこくなくたくさん食べれました。これで65バーツはお得でしょう、人気があるはずです。お肉や野菜を食べたら、インスタント麺で仕上げて、さっぱりとカキ氷で締めです。お腹も満足。うーむ、うまくできたシステムです。

 味も雰囲気もディープなタイ式ジンギスカン、一度試してみませんか? 本当のタイ人の食生活ぶりが、お腹を通して実感できることでしょう。

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№81 訂正とお詫び

№66 タイでフラメンコ で紹介しました「松本卓雄フラメンコ教室」の住所、電話番号が誤っていましたので、
以下の通り、訂正するとともに、お詫び申し上げます。


住所:2149 Market Plus 1st Fl., Unit G 14 Sukhumvit Rd Soi Plus
    1st Fl., Unit G 14 Sukhumvit Rd Soi83, Bangjak, Phra Khanong, Bangkok 10260

TEL/FAX  02-332-3618~9
http://www.flamenco.co.th/
Eメール  info@flamenco.co.th

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July 07, 2005

№80 タイ国政府観光庁

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 タイの観光に関する情報を提供したり、何かと相談に乗ってくれるのが、 「タイ国政府観光庁」です。もちろんロングステイについてもOKです。タイ各地の観光パンフや本・雑誌が置いてあり、観光庁が制作されたパンフは無料でいただくことができます。この観光パンフは、都市別・目的別に作成されていて、とても重宝します。下手なガイドブックよりも役に立ちます。
 さらに、2005年の初めには 「バンコクで暮らす 食住遊から日常ケアまで」というロングステイに関する小冊子を作られましたが、これがまた充実した内容になっています。いろいろなロングステイ本が出版されていますが、この1冊で基本的なロングステイ情報が得られます。ロングステイ初心者の方には、最適な入門書といえるでしょう。関心がある方は、観光庁に問い合わせてみてください。

 タイ国政府観光庁は、日本国内には東京、大阪、福岡の3つのオフィスがあります。わたしは、福岡在住なので、天神のオフィスに時々寄らせていただいています。とりわけ、藤岡さまには、詳しい情報や相談など、いつも親切にしていただいています。感謝!
 また、観光庁によるロングステイセミナーや観光イベントも主催されていますので、参加されるのもよいと思います。観光にせよ、ロングステイにせよ、まず情報収集することが、実行するための第一歩です。
 これらのオフィスに近い方は、是非一度足を運ばれるとよいでしょう。みなさんが必要とされている情報が、必ず得られることでしょう。

タイ国政府観光庁のホームページのアドレス http://www.thailandtravel.or.jp/

・福岡事務所
 〒810-0001
福岡市中央区天神1-4-2 エルガーラ6F
 TEL 092-725-8808

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July 06, 2005

№79 定年とロングステイ その2

    ココナッツ・ファーム
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今後の計画と課題
 この10年間、ロングステイの準備を着々と進めてきたが、定年まであと1年を切り、実行しようという時期になって、以下のような現実的な問題点が出てきている。
(1)2001年、直前までゴルフをするほど健康で元気だった父が87歳で急逝し、自宅近くの老健施設に入所している病弱な母を残したまま、長期間のロングステイは難しいこと。
(2)これまで仕事や家庭を支えてきた妻への感謝の気持ちを含めて、夫婦ふたりでロングステイを実行する計画であったが、最近は妻が反対している。ロングステイに対する思いが、必ずしも夫婦間で共有されていない。妻には妻自身の生活や人生の目標が別にあり、墨絵の趣味や盲導犬のブリーダーのボランティアを通して、友人や地域コミュニティとの個人的な人間関係を築いていることが、反対の理由である。
 このように家庭環境の面で、ロングステイを実行する条件がなかなか整わない。

 すぐには本格的なロングステイをスタートできないものの、あわてずにゆっくりと時間をかけてやっていきたいという。最初は単身で2週間から1ヵ月程度の滞在を繰り返し、両国間を行き来することになろう。現在、福岡のタイ語学校にも通って、さらに語学力のレベルアップを図るため、滞在中現地においてもタイ語を勉強する予定である。
 ところで生前とても元気だった父の死によって、自分自身の高齢期の人生のあり方をあらためて見つめ直す機会になった。その意味で「ロングステイを介して、これからの生き方を問い直そうと思っています」という。
 さらに日本語教師のボランティア以外にも、ロングステイの目的を幅広く検討したい。たとえば、70歳の日本人がリーダーを務めるタイで活動している九州のNGOの手伝いなどを考えている。また、電力技術指導者としての自身の経験を活かして、技術指導のためにタイを訪れる日本人の世話をするボランティア活動も視野に入れている。

インタビューの感想
 タイに対する永年にわたる仕事上の関係や個人的な交流が基盤にあるとはいえ、Yさんのロングステイの計画や行動力は、特に定年退職前後の男性にとって、リタイア後の生き方の模範になるのではないだろうか。
 しかし一方で、綿密な準備を進めてきたにもかかわらず、家庭環境の面で問題点が浮上している。そのため当初の計画通りにロングステイを実行することが、現実的には難しくなっている。これはYさんに限らず、病弱な老親を抱える家庭やこれから高齢期を迎える夫婦間に内在する典型的で一般的な問題や課題ではないだろうか。本人の事情というより、このような家庭環境の理由で、海外でのロングステイを実行できない人が多数いると思われる。
 ロングステイという切り口が、家庭が抱える問題を表面化させたともいえよう。
 Yさんのインタビューの「誰が老親の面倒をみるのか」という問題について、日本人の儒教的な倫理観が根底に流れていて、公的介護保険制度だけではなかなか解決できそうにない問題である。病弱な老親に対する家族の支援や心の交流の問題が、夫婦や家族にとって心理的にも大きなウェイトを占めていることがうかがえる。
 さらに、永年連れ添った夫婦間においても、高齢期に対する人生観や価値観の相違が生じている。これに関して、男女間の生き方や生きがいの対象の相違や、夫婦間よりも個人の価値観のほうが重要視されつつある点は注目される。ロングステイの計画に関して夫婦間で温度差があることについては、「97年に妻が乳ガンを患うなど健康問題から、年をとるに伴い妻の気持ちも変化してきた。」と健康問題に影響されたことが大きいという。


Yさんのその後
 この記事を掲載するに際して、久しぶりにYさんに連絡することができた。Yさんによると、単身で年2回、1ヶ月単位のロングステイを実行しているそうである。日本語教師のボランティアは、短期間の滞在なので実行できないが、上級レベルをめざしてタイ語の勉強を続けている。
 奥さまは、足を痛められていることと、盲導犬のブリーダーのボランティアがあって、なかなかご一緒できないそうである。
 これからの予定など、詳しい話を近いうちに伺いたいものです。

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July 05, 2005

№78 定年とロングステイ

    運河沿いの民家
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 Yさんは現在62歳、電力会社の技術者として活躍してこられたが、定年を迎え第一線から退いている。なお、このインタビューは、2002年1月のものである。

ロングステイの動機、きっかけ
 1974~79年の5年間、電力の技術者として国際協力事業団(JICA)からタイに派遣され、バンコク市近郊に滞在していた。派遣先のタイ電力公社(PEA)では、地方の未点灯集落の解消を目指して技術指導にあたり、タイ国内の電化普及に携わっていた。
 滞在期間中に3人の子どものうち2人目が現地で生まれた。タイ電力公社の仕事仲間やタイ人の友人もできて、帰国後もプライベートを含め度々訪問している。2001年のクリスマス休暇には娘2人を連れて行き交流を続けている。また、タイ友好協会に入会して、福岡に滞在するタイ人留学生と親睦を図ったり、タイ国政府貿易センターとのつながりもある。このようなタイに対する長年にわたる関係や親近感から、50歳の頃から、リタイア後の人生をタイで過ごしたいと考えるようになった。
 また、「福岡日豪協会」の活動にも永年関わってきた。この間「中高生ホームステイ交流」のプログラムで、福岡日豪協会の会員の子弟を引率して、8回オーストラリアを訪問している。一般的にオーストラリアはロングステイ先として人気が高いが、自分にとってはタイの方が肌が合っている。オーストラリア人は素朴で日本人の気性に似ているところがあり、街もきれいで好感がもてるが、長期間滞在すると飽きてしまう。
 一方、タイの街は雑多で、路地や店にはいろいろな物があふれていて好奇心をそそられる。その風景は、いかにも“アジア”を実感させてくれる。マレーシアやインドネシアのイスラム文化にはなかなか馴染めないが、多くの仏教寺院を訪れるたびに、寺院の内部の空気や雰囲気に心が落ち着く。日本と同じ仏教国ということで性分に合うことが、タイを希望している理由のひとつである。

これまでの準備の経緯
 リタイア後の生活の準備として、これまで培ってきた仕事やプライベートな交流をさらに深め、タイとのパイプを太くして現地での再就職に役立たせようと考えていた。しかし、定年後も会社や組織に束縛されることに抵抗感があり、現地での再就職は思いとどまった。
 1998年頃からは、タイでロングステイをするにしても、現地の生活を楽しみ、毎日ゴルフばかりするような生活だけでは物足りないと思うようになった。 「どのような目的を持ってタイに行くのか、残りの人生をどのように生きるのか」がロングステイをする上での課題であった。
 この思いを満たす何かを探していたところ、個人の自由な立場からボランティアをしたいと考えるようになった。具体的な準備として、2001年から日本語教師のボランティアをめざして通信講座を受講しており、資格試験を受験する予定である。定年退職後は福岡の日本語学校の教壇に立って、教えるスキルを身につけたい。

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July 04, 2005

№77 ipod シャッフル

    水上マーケットの小舟
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 「ipod」 ご存知でしょうか? コンピューターで有名なアップル社が販売しているハードディスクやフラッシュメモリーを使った音楽再生プレイヤーです。 この春に「ipod ミニ」「ipod シャッフル」が発売されると、その人気はブレイクしているといっていいでしょう。シンプルでお洒落なデザインも相まって大ヒット商品になっています。街でイヤホンを耳にして歩いている若者が、最近多くなりました。わたしもそのひとりです。
 きっかけは、中学3年の息子が「ipod ミニ」を大変気に入ったことです。わたしは車を運転しながら音楽CDを聴くことが多いので、不要だと思っていましたが、意外に音質がよいことと、タイに取材に行く時に便利だと思い、買いました。「ipod ミニ」は2万円以上しますが、 「ipod シャッフル」は1万円ちょっとから買えます。 ちなみに、「ipod」はタイで買うよりも、日本で買ったほうが安いようです。もし、タイで安く売っている所をご存じの方は、教えてください。

 廉価版の「ipod シャッフル」でも、512Mの容量があり、およそ120曲の音楽が入ります。それにフル充電すると連続12時間も聴くことができます。その名の通り、入力した曲をシャッフルさせてランダムに聴けますので、つぎにどの曲が流れるのか、それも楽しみです。
 パソコンさえあれば、使い方は簡単です。CDからやインターネットからダウンロードした曲をパソコンに「ipod」を接続させて入力させるだけです。操作も至って簡単ですし、驚くほど軽いので、何時でも何処でも聴くことができます。今こうやってブログの原稿を書きながら、GBM代わりに楽しんでいます。

 今後、タイに行く時の必携のアイテムになりました。空港での待ち時間、市内の移動中、観光ツアーの道中にと手放せないものになるでしょう。12時間もの長時間再生ができますので、1週間くらいの滞在ならば十分充電なしで大丈夫でしょう。次回タイに行く楽しみが、またひとつ増えました。

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July 03, 2005

№76 夜景の絶景ポイント

     ワット・ポーの夜景
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 バンコクは、チャオプラヤー川沿いに発展した都市であり、河口近くに位置しているため、その周辺に山は見えません。そのため、市内を見渡せるビューポイントは、高層ビルの展望台や高層ホテルからの眺望に限定されます。その中から、夜景の絶景ポイントを2ヶ所、デートスポットとしても最適の場所を紹介したいと思います。

 まず、サートーン通りにある「バンヤン・ツリー」ホテルの屋上レストラン&バーです。「バンヤン・ツリー」ホテルの外観は、その高さの割りに薄っぺらい印象で、遠くからもよく目立ちます。
 高速エレベーターで、あっという間に60階に着きます。実際に屋上まで上がってみると、下から見るよりも建物の幅は、高さのせいもあって予想以上に狭いものです。狭い部分は、幅5,6mしかない感じがします。
 約200mからの夜景は、バンコク市街を360度見渡せます。オープンエアーのレストランの先端部分がバーになっていて、中央のカウンターを囲むようにテーブル席が配置されています。
 心地よい風に吹かれながら、ここから眺める夜景は最高です! 遮るものが何もないので、開放感100%です。 というか、高所恐怖症の人には、絶景を楽しむ余裕などないかもしれません。何しろ背が低いフェンスひとつ向こうは、空中なのですから。こんな構造の屋上バーは、安全対策上日本では間違いなく許可されないです。 “スリル満点”のバーともいえるでしょう。
 あまりフェンス越に下を見ないで、遠くまで広がる夜景を眺めているぶんには、恐怖感はありませんので安心してください。完全オープンエアーですから、雨が降ればすぐにクローズになります。天気が怪しい夜は避けた方が無難です。

 もうひとつバンヤン・ツリーと人気を二分するのが、シーロム通りの高層サービスアパートメント「メリタス・スウィート・ステートタワー」の屋上にある「ドーム」というレストラン&バーです。このビルの最上階部分がドーム状の構造になっていてライトアップされていますので遠くからもそれと分かります。 
 両者を比べると、ここからの夜景の方が、美しいようです。
 室内レストランの外のベランダには、ゆったり目のソファーがあるので、のんびりとした気分で夜景を楽しめます。
こちらも屋上部分は、基本的にバンヤン・ツリーと同じような造りになっています。室内と屋上の2ヶ所にレストランがあり、やはり屋上にもオープンエアーのバーがあります。ここのバーは、スタンドだけでテーブル席がありません。その夜は、週末ということもあって鈴なりのお客さんで、そこで飲むのを諦めて、早々に引き揚げました。
 全体的にかなり広いスペースなのですが、夜景を楽しむ観光客も含めて大勢の人で混んでいて、ゆっくりできなかったので、平日の方がよいと思われます。
 どちらも料金は、ワンショットで1000円前後です。しかし、両方のレストランも日本で食べるのと変わらないくらい、かなりのお値段です。
 
 別世界にいるような気分にさせてくれる、この“天空のバー”を一度経験してみませんか?

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July 01, 2005

№75 便利なフリーペーパー 

      ドン・ムアン空港にて
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 バンコクのドン・ムアン空港に到着すると、手荷物受け取りカウンターの周辺には、ウェンディーツアーやパンダバスの日本語観光ツアーのパンフに交じって、いろいろな日本語のフリーペーパー(無料)が置いてあります。
手荷物が出てくるまでに、いつもいくつかのフリーペーパーを手にします。その代表的なものとして「DACO」と「ばんこくguide」があります。

 特に「DACO」の内容は充実している。毎月5日と20日の2回発行で、バンコクの最新情報の特集やコラムをはじめ、コンサートやイベント情報、ホテルやレストラン案内、求人情報や趣味やサークルのメンバー募集、広告を掲載している会社の電話番号から地図まで、いろいろな情報が“てんこ盛り”である。へたなガイドブックより詳しいし、役に立つ。現地に詳しいライターが、ディープなバンコク裏情報まで提供してくれる。さらに、特集記事やコラムは読み物としても面白い。
 また「ばんこくguide」は、毎月1回の発行で、タイはじめアジアの雑貨ショップやレストラン、エステやナイトスポットの情報に詳しい。いろいろなお店の割引クーポンやお得な情報も掲載されていて、たいへんありがたい。
ここのお得な情報で、レストランやエステを決めることもしばしば。よく利用させていただいています(感謝)。

 地図が付いていますので、バンコク観光や滞在中は、この1冊をバックに入れて歩き回ります。かえってガイドブックはホテルに置いたままにする方が多いでしょう。
 そして、バンコク在住の日本人も愛読していることは、言うまでもありません。みなさんも大いに活用してください。
 

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