« №155 タイ北部の地名 | Main | №157 バンコクのタクシー事情 2 »

September 22, 2005

№156  「行動することが生きることである」 

マーケットで売られているハスやバラ
IMG_0320

 これまで多くのロングステイをしている日本人シニアの方にお会いして、話を伺ってきた。多くのシニアが、色々な動機やきっかけでロングステイを実行されている。
 これらの多くの方から話を伺っていると、“ある共通項”に気がつきます。それは、みなさんが「行動する人」という事実です。いたって当たり前のことですが、「高齢期の生き方」として基本的で重要な示唆を含んでいると思われます。なぜなら「アクティブ・エイジング」とも言い換えられる、前向きの生き方に通じるものだからです。

 100歳近くまで活躍された小説家の宇野千代さんは、90歳の頃「行動することが生きることである」というタイトルのエッセイを書いています。
 その冒頭は、 「頭で考えるだけのことは、何もしないのと同じことである」という一文で始まります。まさに人の生き方の本質を突いた文章ではないでしょうか。 そして、人間の考えることは、その人の行動によって引き出されることが多いといいます。つまり、考えてから行動するのではなく、行動が思考を引き出すというのです。
 
 巻末の解説では、 「本当はみんなそうしたい、そうありたいと思っているのだ。だけれど、なかなかそうはいかない。そうできるのは特別の人だとして、自分についてはあきらめているのである」とあります。
 果たして本当にそうなのでしょうか? わたしがインタビューしたシニアの方は、“特別の人”ではありませんが、あきらめていません。そう“行動している人”なのです。

 では、「行動する人」と「そうでない人」を分けるライン、分水嶺はどこにあるのでしょうか? それは案外難しいことではなくて、 「ちょっとした一歩」「最初の一歩」を踏み出すか、踏み出さないかの、わずかな差ではないかと、“行動している人たち”から教えられます。
 身近なこと、ちょっといしたこと、自分でできることを、今日から始めて続けることです。それが永い年月の間に、行動しないことに比べて大きな差となって現れてくるのではないでしょうか。
 
 
 また、宇野さんはこうも言っています。 「どんなことでも、先ずすることだ」と。嫌いなことでも辛抱して、しているうちに上手くなるというのです。
 小説家である宇野さんが、「小説は誰にでも書ける。それは毎日、ちょっとの時間でも、机の前に座ることである」と言っています。 書こうと思っている時だけに座るのではなく、書こうとは思っていない時にでも座る。毎日、この机の前に座るということが、小説を書くことの基本であり、コツなのです。

 この中にこそ、人生の生き方のヒントがあるのではないでしょうか。

|

« №155 タイ北部の地名 | Main | №157 バンコクのタクシー事情 2 »

Comments

ロングステイ、特に東南アジアへのロングステイについては、物価が安いから、という理由が目立ちますが、はっきり言って、これは間違っています。本人もすぐ気がつきますが、物価が安いだけで、外国の地で生活するのは3か月が限度です。やはり、ロングステイの土地で、何をして、毎日を過ごすのか?がポイントでしょう。タイへのロングステイに際しては、マスコミなどの影響で、何となく、ってな感じでの方が多く、これでは、すぐに日本へ逃げ帰ることになります。

Posted by: 大山 | September 26, 2005 at 02:34 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/84814/6060467

Listed below are links to weblogs that reference №156  「行動することが生きることである」 :

« №155 タイ北部の地名 | Main | №157 バンコクのタクシー事情 2 »