« №178 雲仙・天草紀行 | Main | №180 島原から原城址 »

October 15, 2005

№179 雲仙の地獄から平成新山へ

   雲仙の最高峰 平成新山
20051007_dscf0047

その2 
 
 全国をJRで周遊するといっても、線路がない地域や離島にはなかなか行けないものです。Hさんから「天草へはどうやって行けばよいか」というお尋ねがあったので、わたしが車で案内することになりました。
 天草に行かれたことがある方はお分かりでしょうが、熊本県三角から天草五橋まではよく観光ルートになっていて行きやすいのですが、その先の本渡市がある天草下島までは、本当に遠いのです。「行こう」という決意が要りますし、また車でないと行けません。

 こうして博多を出発し、雲仙からフェリーで天草へ渡り、翌日熊本駅までお送りするルートをとります。秋の好天に恵まれ、佐賀から長崎へと高速道路を走らせます。 途中、波静かな大村湾を眺望できる大村湾パーキングエリアで小休止です。ここは長崎道随一の景色の良さで知られています。
 ちょうどお昼に千々石湾に面した小浜温泉に到着し、ここで長崎名物のちゃんぽん をいただきました。残念ながら地元で美味しいと評判の店では食べられませんでしたが、チェーン店の味もなかなかでした。タイから輸入されたと思われるエビものっていて、ボリュ-ムたっぷりでした。
 
 雲仙は、高校の修学旅行以来、約30年振りというHさんと初めての奥様。雲仙の地獄を歩いて回ります。至るところから熱水や蒸気が立ち上っていて、その活発さがうかがわれます。 お決まりの地熱で蒸かした「温泉卵」を買って、 「君の名は」のロケ地になった「真知子岩」の前で記念撮影です。硫黄のにおいと湯気に包まれての地獄めぐりでした。
 雲仙は外国人の避暑地として開発、発展した温泉保養地でした。戦前には中国の上海と長崎には定期航路があり、上海の居留地の外国人が雲仙に避暑にやって来たのです。雲仙観光ホテルや有明ホテルはその当時の面影を残していますし、温泉街近くのゴルフ場は、外国人がプレイを楽しんだという古い歴史を持っています。
 
 さらに車を走らせ仁田峠へと登ります。まだ紅葉は始まっていませんが、もう1カ月もすれば鮮やかに彩られることでしょう。仁田峠の手前の展望台に立ち寄ります。ここからは普賢岳の噴火でできた平成新山が正面に見え、眼下には島原半島から対岸の天草、さらに九州本土の山々、それに有明海の全域まで見渡せます。 秋の澄んだ空気のお陰で数10キロ先まで遠望することができ、正に大パノラマです。
 1991年の噴火によって溶岩ドームが成長してできた平成新山の標高は、1482mと普賢岳の1359mを抜いて雲仙岳の最高峰になりました。麓に向かって大火砕流の生々しい跡がはっきりを見えますが、今や新しい観光名所となっていて多くの観光客が訪れています。

 つづく

|

« №178 雲仙・天草紀行 | Main | №180 島原から原城址 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/84814/6379207

Listed below are links to weblogs that reference №179 雲仙の地獄から平成新山へ:

« №178 雲仙・天草紀行 | Main | №180 島原から原城址 »