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October 31, 2005

№195 タイの道路は高速道路?

    これでも一般道路です
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 タイの道路事情は大変よく、地方へ行っても道路は整備されています。東南アジアの中でもタイが最も道路が整備されていると聞きます。首都バンコクの一般道路は、ひどい渋滞で世界的に有名ですが、空港と市内を結ぶ高速道路網があり快適に走ることができて便利です。
 タイには、日本のように全国に張り巡らされた高速道路はないようです。しかし、地方の一般道路は、日本の高速道路並みに立派なものです。 

 チェンマイからチェンライへ、そしてメコン川まで車をチャーターしましたが、一般道路を100㎞以上のスピードで走ります。 どの車も同じようなスピードで走っていますから、制限速度はないのかもしれません。
 チェンマイ郊外の道路は3車線あり、日本のインターチェンジのような立体交差もあります。直線部分を見渡すとまるで空港の滑走路のようです。その気になれば軽飛行機くらいは離発着できるかもしれません。その上、信号機も少ないので高速道路並みにノンストップで飛ばせるのです。ですから1時間走れば100㎞進めることになります。これはもう高速道路そのものです。
 チェンライでは、きれいに手入れた植栽を持つ中央分離帯をはさんで片側2車線の立派な道路が続きます。この中央分離帯にはいろいろな花や木が植えられ剪定されていて、見る者の目を和ませてくれます。 ここでもどの車も100㎞位の高速で飛ばしていきます。

 日本の道路と比べると平坦地が多いせいか、直線区間が多いように感じられます。直線となると、とことんまっすぐな道路なのです。日本では平坦地の道路でも、わざといくらかカーブを持たせていると聞きます。単調な直線道路だと眠気に誘われて、交通事故を起こしやすいからです。
 タイの交通事故の状況はどうなのでしょうか? 居眠り運転による事故が多いような気がします。 また、荷台に数人の人を乗せて走っているトラックをよく見かけましたので、事故の危険性はさらに高くなるでしょう。

 バンコク市内の道路を除くと、地方の一般道路が高速道路の機能を持っている訳で、別に高速道路を建設する必要がない設計になっているのでしょう。車の数が少ないこともあるでしょうが、非常に合理的な考え方です。
 地方の道路を走ってみると、タイを旅行する場合、鉄道よりも車の方が便利だということがよく分かります。


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October 30, 2005

№194 ジム・トンプソンの家

緑がいっぱいのジム・トンプソンの家
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 「タイのシルク王」といわれるジム・トンプソンの家がバンコク市内にあって公開されています。BTSのナショナル・スタジアム駅から徒歩約5分のところにあります。 BTSの駅を降りてゲストハウスが多い通り歩いていくと、セーンセーブ運河沿いの静かな住宅街の一画に建っています。

 入場料100バーツ(約300円)を支払って入ると、日本語を話せるガイドさんが定期的に案内してくれます。きれいなシルクの民族衣装を着た若い女性が30分ほど説明しながら、屋敷の中を案内してくれます。
 この家はジム・トンプソンが、1967年にマレーシアのキャメロン・ハイランドで失踪するまで、実際に住んでいた家です。アユタヤなどに建っていたタイの民家をそっくり移築して、この場所に暮らしていたのです。
 当時の彼の生活ぶりが、今でも伝わってきます。高級な調度品から国宝クラスの美術品まで蒐集品が数多く、それだけでも一見の価値があります。ちょっとした博物館といえるでしょう。分かりやすい日本語の案内で、そのいわれや歴史がよく理解できます。
 一通りの案内が終わると、自由に敷地内を見学できます。何棟かの建物にも展示品が並べられていますし、カフェやオリジナル・シルクのショップもありますから、ゆっくりとできます。

 ガイドさんの案内が終わって2階のバルコニーから緑豊かな庭を眺めていると、大都市バンコクの中心地にいることを忘れてしまいそうです。ガイドさんは、しばらくそこに残っていろいろな質問ににこやかに答えてくれます。だいたい日本語を勉強している学生さんのようです。日本語の勉強を兼ねてのアルバイトだそうです。ですからこちらから話しかけると、きちんと説明してくれますし、彼女たちも日本人と話せる機会ということで喜んでくれます。
 こちらもタイの慣習や生活のことを日本語で質問できるので、理解が深まります。ツアーのガイドさんと話をするのとは、またちょっと違う感じです。

 ここは非常に静かな所ですが、時々運河を走る水上バスのけたたましいエンジン音が響いてきます。どうかすると運河沿いの民家から夫婦が激しく言い争っている声や子どもの泣き声が聞こえてきたりもします。 タイ語が分かれば夫婦喧嘩の内容が分かるのですが。この喧騒と敷地内の静かな雰囲気が奇妙なコントラストになって、何だかアジアだなと思わされてしまいます。

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October 29, 2005

№193 ドイメサロンのお茶

  正式に中国茶を入れてくれます 
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 チェンライから北に70km、ミャンマーとの国境に近く、標高約1600mの高原地帯にある町がドイメサロンです。ここの住民は、中国共産党から追われた中国国民党の難民の人たちです。タイの山深い高原に中国人の町があると言ったほうがいいかもしれません。 もちろん日常語として中国語が話されています。
 少数民族の村々よりさらに山奥に分け入った所にある割には、意外と大きな町です。高原の冷涼な気候を利用したバラとお茶の栽培が、主な産業になっていて、町には観光客向けにお土産屋さんやお茶屋さんが並んでいます。 ガイドのソンブーンさんが、その中のお茶屋さんに案内してくれました。
 
 お店の中は中国からやってきた観光客でいっぱいで、中国語が飛び交っています。店頭でいろいろなお茶の試飲をやっているのです。 正式な中国式のお茶の入れ方です。ちいさな茶器にもうひとつの茶器でふたをした上で逆さにし、飲むときにふたを取ってその香りを楽しむのです。
 わたしたちも美味しいお茶をいただきました。ウーロン茶にジャスミン茶、緑茶のジャスミン茶もあります。普通の等級から高級品まで、次々に試飲させてくれます。蓮の実などのドライフルーツをお茶請けにしながら、お茶がすすみます。
 珍しい緑茶のジャスミン茶をお土産用に買い求めました。 パッケージにはタイ語と漢字、そして「O-I-SHI GREEN TEA」と書いたシールが貼ってあります。 さらにパッケージの横には、日本語でお茶の立て方の説明書きがあります。少々心許ない文章なのもご愛嬌ですが、何とか理解できます。 値段もリーズナブルなので、タイで中国茶のお土産というのもいいかもしれません。

 タイ国内にありながら、ここドイメサロンは中国そのものなのです。

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October 28, 2005

№192 チェンマイからバンコク経由のフライト

   チェンマイへ向かう機内から
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 チェンマイへはバンコク経由のフライトになります。往きは、バンコクに数日滞在するので一旦ドンムアン空港で入国しますが、帰りは、チェンマイからタイ国際航空の国内線に乗りバンコクを経由して帰国便に搭乗します。

 チェンマイから国内線でドンムアン空港に到着すると、駐機スポットから空港バスがトランジットのため国際線ターミナルへ運んでくれます。 タラップを降りると(ボーディング・ブリッジではありません)、空港スタッフが乗客一人ひとりを国際線の乗り継ぎ客と国内線の乗客に振り分けて別々のバスに誘導します。 チェンマイ空港で胸に付けられた「C.I.Q」のシールがその目印になっていて、スタッフが乗るバスを手際よく指示しているのです。
 「C.I.Q」とは、税関(Customs),出入国(Immigration),検疫(Quarantine)の頭文字をとってC.I.Qといっています。C.I.Qは,人や貨物が海外に出る時や海外から入る時に,必ず必要な手続きです。

 指示されたバスに乗って空港内を移動する途中、空港内の施設では機内手荷物を仕分けする作業スペースの前を通過しました。ベルトコンベアの上を流れていく手荷物を見ていると、あれだけたくさんの手荷物の中から、
「本当に自分のスーツケースは、間違いなく福岡便に乗せられるのだろうか」と不安がよぎりました。何かの手違いで手荷物が着かなかったというトラブルが、意外と多いのです。
 それと同時に「ああ、自分たちもあの手荷物と同じように仕分けされて運ばれているんだなー」と感じたのはわたしだけでしょうか。

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October 27, 2005

№191 沖縄でロングステイ

    魚をくわえたシーサー
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その2
 もっと本格的な沖縄のロングステイを楽しみたい方には、石垣島の方がお勧めです。
 八重山諸島は、沖縄本島から400km以上離れていて、台湾との国境沿いに島々が点在しています。 石垣島、西表島、小浜島、与那国島などがあり、石垣島は人口46700人余りで八重山諸島の中心の島です。
 石垣島は、日本最南端であり日本最西端に位置し、年間を通して温暖な海洋性亜熱帯気候に恵まれています。そのため、シニアにとって避寒地としても、酷暑の夏には避暑地としても適していると思われます。唯一心配なのは、台風がよく来ることでしょうか。

 いくつか石垣島のロングステイ地としての適性を考えてみました。 第1に、石垣島には国内主要空港から直行便が飛んでいるので、離島にもかかわらずアクセスが良く移動がしやすいことです。福岡からもANAの定期便が毎日1便あり、約2時間のフライトで到着です。
 第2に、病院や施設などの医療・福祉施設が整っていることです。石垣市は大きな町で、都市としての機能や社会インフラが整備されています。島内にはバス路線が多く足の心配がありませんし、スーパーやコンビニも国内と同じようにあって買い物の心配もありません。
 第3に、賃貸のマンションやアパートも数多くあることです。家賃など詳しくは調べていませんが、バスの車中から市内には新しく駐車場付きのマンション・アパートが多く見受けられます。ある程度長期の滞在に適した市内の賃貸物件を探すことは、それほど難しいことではないでしょう。
 最後に、観光やアクティビティにも優れていることです。石垣島にはその美しさで有名な川平湾がありますし、すぐ目の前には竹富島もあります。 西表島や小浜島、それぞれに自然が豊かで、観光以外にも釣りやダイビングなども楽しめます。アクティブ派の方にはうってつけです。
 以上にような長所は、沖縄本島や宮古島などにも当てはまると思います。
 
 国内のロングステイのメリットとしては、まず言葉や習慣の違いがなく、治安の心配がないこと。 そして、国内ということで食事の面など日常生活上の変化が少なく、医療や年金の制度も同じように受けられることなどが挙げられます。
 海外のロングステイの候補地とともに、国内のロングステイも検討する価値があるのではないでしょうか。

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October 26, 2005

№190 沖縄でロングステイ

    花に囲まれた竹富島
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その1

 ロングステイは、“海外での長期滞在”に限定することはないと思います。定年退職に伴って田舎に戻る人、住みやすい場所を見つけて地方へ移る人なども多いでしょう。 いわゆる定年帰農とか国内移住といわれるものです。仕事中心の人生を送ってきて、定年後は、農業や園芸などの土いじりや趣味の実現や自然に囲まれてのんびり田舎暮らしをしたいというニーズが増えているようです。
 海外のロングステイを実行する人よりも、国内のロングステイを選択する人の方が多いのではないでしょうか。

 各地の自治体では、地域の活性化や過疎地対策のために、団塊の世代が定年を迎えるのをターゲットにしてシニアの誘致に力を入れています。 先日テレビで北海道の取り組みが放送されていました。北海道に3000世帯が移住してくると5000億以上の経済効果が生まれるといいます。
 札幌市郊外の当別町では大規模なシニア用の住宅団地が開発されて、日本各地から多くのシニアが移住してきています。北欧風の大きな住宅に安い土地代が魅力で、300万円で1600坪という林付きの広大な土地を手に入れられます。その上、雄大な自然を満喫できて、札幌まで近いことが売りのようです。しかし、冬の寒さが大きな課題になっているようです。

 国内で1年中温暖な気候といえば、沖縄でしょう。10月14日から1泊で沖縄の石垣島と竹富島に行ってきました。バースデイ割引を利用して往復25000円です。映画「ニライカナイからの手紙」のロケ地になった竹富島に行ってみたかったのです。 
 石垣港の離島桟橋から高速船でわずか10分のところに浮かび、面積5.4K㎡、人口340人の小さな島です。
村の集落はほぼ島の中央にまとまっていて、集落内の道には白い砂が敷き詰められて、歩くと“キュキュ”と心地よい足音を立てます。サンゴを積み上げた石垣に守られて昔ながらの赤瓦の民家が建ち並び、家ごとに「シーサー」が屋根の上でその個性を主張しています。 ブーゲンビリアやハイビスカスの花、ガジュマルなどの屋敷林に囲まれた美しい集落は、沖縄の古き良き町並みを残しています。観光客向けの水牛車が時折行きかい、島の人たちも穏やかでにこやかに挨拶してくれます。
 
 心地よい南の風に吹かれながら島内を散歩していると、いつもより時間の流れがゆったりとしていることに気づきます。 今回は台風の余波で天気に恵まれませんでしたが、白砂と青い海、美しい夕日に満天の星、三線の音色に泡盛を傾けて夜を過ごすなど、日常では味わえない体験です。
 ここでは民宿だけが宿泊施設なので長期の滞在は難しいでしょうが、 この“美ら島”でのんびり過ごすしてみるのもいいかもしれません。
 
 つづく

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October 25, 2005

№189 タイのラム酒

    タイのラム酒「サンソム」
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 タイでの滞在中に飲むお酒は、ほとんどがビールです。レストランでも注文し、スーパーの買い物でもビールを買ってホテルに帰ります。 飲む銘柄は、ハイネケンかタイのシンハビールかどちらかです。それ以外は、日本から持っていった焼酎のミニボトルをナイトキャップとして飲むくらいです。

 この8月にチェンマイを拠点にしてタイ北部をSさん夫妻と旅行した時、Sさんから「タイには美味しいラム酒があるよ」と教わりました。 Sさんは、お酒が好きで特にウィスキーには目がありません。わたしより2週間早くバンコクに滞在していたSさんはシンハビールが気に入り、さらにタイ産のラム酒を試飲したところ、いたってお気に召したとのことです。 「サンソム」というラム酒で40度あります。

 サービスアパートの1階にあるミニスーパーで「サンソム」の小瓶を数本買い付け、そして携帯用のウィスキースキットルには、アイリッシュウイスキーを入れて旅行に持って来られました。 タイ北部の田舎町では、ウィスキーが手に入らないだろうという配慮からです。
 その貴重な「サンソム」を1本いただいたので、初めて飲んでみましたが美味しかったです。40度と度数は高いのですがストレートでも飲みやすく、うま味もなかなかです。 これまで「メコン」をはじめタイのウィスキーは、美味しくなかったので意外でした。

 タイのウィスキーは米を原料としてカラメルなどで着色したもので、とてもウィスキーとはいえないお酒なのです。
ラム酒は、カリブ海原産のお酒でサトウキビを原料としています。この「サンソム」は、サトウキビを原料にしているのかよく分かりませんが、この際あまり気にしないことにしましょう。
 Sさんからいただいた「サンソム」、タイ北部の旅行中に飲み干したのは言うまでもありません。 

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October 24, 2005

№188 地域活動のマニュアル完成

    マニュアルの表紙イラスト
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 このブログの第131・132回で紹介しました古賀市の「えんがわくらぶ」のマニュアルが発行されました。
その記事が、10月18日の西日本新聞の朝刊に写真付きで大きく紹介されています。
 
 「えんがわくらぶ」は、古賀東小学校の敷地内にあり、古賀市の「元気な高齢者づくり」の一環で、地域における高齢者の活動の場として利用されています。 シニアが、介護を必要としないで元気に生きられることを目的として、高齢者の生きがいづくりの支援活動を行っています。
 さらに小学校内というロケーションを生かし、給食交流やサツマイモ栽培など子どもたちと日常的な交流を通して、高齢者が、地域の子どもたちを育てる幼老共生を実践しているのです。
 山川代表は、団塊の世代が大量に定年を迎えるにあたり、 「誰もが、いつでも、どこでも」同じような地域活動ができるように、その参考になればという想いでこのマニュアルを作成したといいます。

 このような地域活動に参加し、自分が住む地域との関係を結び維持することが、高齢期の生き方には重要な要素となってくるでしょう。 いわゆる「会社人間」から「地域人間」へ変わるきっかけとして、海外でのロングステイを提案していますが、日本に帰国してからの生き方のほうが、ウェイトが大きくより重要なのです。
 会社や組織における“タテ”の人間関係から、地域社会における“ヨコ”の人間関係やネットワークをより多く構築できるか、ポイントになると考えます。 定年を機に、海外のロングステイでこれまでの人生を見つめ直す。そして個人として地域にしっかりと根ざした生き方と地域社会への貢献が、これからの高齢社会に求められているのです。
 それこそが「明るく元気な高齢社会」を創れる道ではないでしょうか。

「えんがわくらぶ」マニュアルの問い合わせ先
 092-943-1892
 http://www.sla.or.jp/engawa/

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October 23, 2005

№187 タイ北部の田園風景

     懐かしい田園風景
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 首都のバンコク周辺は、チャオプラヤー川の河口に近く平野部なので山は見えません。大都会の街並みが広がっているだけです。日本でいえば東京を想像してしていただければよいでしょう。 
 チェンマイ空港に降り立つと、周囲に緑の山々が見渡せます。山が見えると本当にホッとしますね。日本は海に囲まれた山が多い国土ですから、日本人は海か山が見えないと落ち着かないのだと思います。

 チェンマイからはチェンライを経由して、ラオスとの国境を流れるメコン川までチャーターした車で走りました。チェンライまで約3時間、さらにゴールデン・トライアングルまでが1時間半ほどかかったでしょうか。おもに国道118号線を飛ばしてのドライブです。
 チェンライへの峠道の山は、深い広葉樹林の緑で覆われていて、川の水もこの辺りまで来ると割合きれいな水が流れています。時々見えるバナナと椰子の木がなかったら、日本の峠道と変わりありません。

 タイ北部、とりわけミャンマーとの国境の方には標高2000mもの山脈が連なっていますので、車窓から高い峰々がずっと見えています。その手前にはきれいに区画された田んぼが広がっていて、どこまでも田園地帯が続いています。そして、所々に緑を木々を携えて農家や小集落が点在しています。そのまま日本の地方の風景といってもいいくらいです。
 少し違う点といえば、黄金色に実った田んぼと、ちょうど田植えをしている田んぼが混在していることです。タイはその温暖な気候を利用して、米の二期作が行われています。7月下旬から8月にかけては1回目の稲刈りが終わり、2回目の田植えの時期だそうです。 しかし、全部の稲刈りが終わってから田植えをしているのではありません。米の種類によって時期が異なるのか、一度に収穫しない方が、価格や流通上都合がよいのか分かりませんが、日本人にとっては珍しい光景です。
 田植えは、苗床で育てた稲苗を手で植えていく方法で、日本の昔の田植えとまったく同じです。バリ島でもそうでしたが、この田植えの光景が、より一層日本の懐かしい田園風景を彷彿とさせます。

 アジアの稲作文化が、永い年月をかけて同じような田園風景を創っているのかもしれません。あるいは同じ稲作文化を持つ日本人だからそう感じるのでしょうか。

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October 22, 2005

№186 チェーンセンの名物屋台 その2

      屋台料理の数々
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その2
 「コームーヤーン」は、豚の喉の辺りのバラ肉を炭火でじっくりと焼いたもので、余分な脂が落ちて見た目よりもしつこくありません。 一口大に切られた「コームーヤーン」にスパイシーなタレをつけて食べます。ビールには最適なつまみです。
 手羽先は串が打ってあり、日本で食べるのと味も形も同じです。川魚の蒸し物は、パクチーなどの香草が生臭さを消してエスニックな一品に仕上がっています。 川エビとは思えないくらい大ぶりなエビも新鮮です。そしてピリリと辛いソムタムが舌を引き締めます。これらの素朴ですが贅沢な料理をおかずに、蒸したもち米(カオニャオ)を食べます。

 ゆったりと流れるメコンの流れとラオス大地を眺め、心地よい川風に吹かれながらの食事は、風情があり一層味を引き立ててくれます。 最高のロケーションと雰囲気でのタイ料理が、酒宴を盛り上げてくれます。その上S氏お気に入りのバーボンも加わって、ついつい杯を重ねます。

 だんだんと暗くなると、対岸のラオスからひとつひとつ灯りが燈りますが、数えるほどしか見えません。田舎の村ということもあるでしょうが、街灯も見えませんので電力事情がよくないのでしょう。寂しげなその灯りを見ていると、 「想えば遠くに来たものだ」としみじみと感じられます。タイの最北端に位置しミャンマーに近く、ラオスを対岸に臨みながらの屋台料理です。
いやが上にも旅情をそそられます。

 お腹が一杯になり、お酒も程よく回ってきたところで、宴もお開きです。お勘定をしてもらうと、なんと525バーツ(約1500円)でした! 5人で食べてビールを3本たのんでもこの値段です。信じられない安さです。日本でのビール代にもなりません。 バンコクのチャイナタウンの海鮮屋台でも安かったのですが、もう激安といっていいくらいです。

 近い内にメコンの川風に吹かれながら、また一杯やりたいものです。

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October 21, 2005

№185 チェーンセンの名物屋台

     屋台「ブアケオ」
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 チェーンセンは、タイ北部メコン川沿いの古くからの町で、メコン川流域の河川交通の基地として発展しています。 町のメコン川岸の道路には、夕方になると何軒かの屋台が店を出します。 道路の端に屋台が並び、メコン川に面した歩道に花ござを敷き、プラスチック製の小さなテーブルを囲んで食事をするスタイルです。 この中の名物屋台「ブアケオ」でメコンを眺めながらの夕食になりました。

 バンコクの佐藤さんに勧められた「ブアケオ」、それは小さな屋台でした。博多の屋台よりもずっと小ぶりで、リヤカーを改造したものです。
 屋台のガラスケースには、メコン川で捕れたナマズやエビ、野菜が並んでいます。屋台の横には炭火のコンロがあって、豚肉、川魚、焼き鳥などが美味しそうに焼かれています。また、魚をさばいたり、野菜を刻んだりする調理台と2台のガスコンロで炒め物やスープを料理できる機能的な仕掛けになっていて、立派な露店の料理屋さんです。 見ていると屋台のご夫婦は、手際よく調理していきます。とてもいい感じです。

 大きな木の木陰の席に陣取り、S夫妻とわたし、それにガイドさんと運転手さんを誘って5人で酒宴となりました。 まず注文したのが、ここの名物料理の豚バラ肉の炙り焼き「コームーヤーン」です。他に青パパイヤのサラダ「ソムタム」「手羽先の焼き鳥」「青竹で蒸した川魚の香草添え」「大きな川エビの塩焼き」これに主食のもち米とビールです。

 つづく

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October 20, 2005

№184 タイのロングステイ特集

 チャオプラヤー川沿いの高級ホテル
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 先日の号外でお知らせしましたが、本日20日発行のフリーペーパー「ワールド・ジョイント・クラブ」にタイのロングステイ特集が掲載されます。 6ページの特集のうち、わたしのブログを1ページ取り上げられ、これまでブログに登場していただいたロングステイヤーの方の中から、第28・29回の後藤さんの記事が紹介されています。
 
 また、ロングステイについてのわたしの捉え方として、次のように書いています。
「これまでの人生を走り続けたみなさん、ここで一旦、これまでの人生を振り返り、現在の自分を見つめ直し、これからの人生を再設計するにあたって、日本社会を離れ、自分や日本社会を外から客観的に見ることで、これからの生きかたのヒントが得られるかもしれません。それがロングステイの機能や可能性と考えています。」

  「ワールド・ジョイント・クラブ」は、隔月発行の30代から50代を対象としたフリーペーパーです。生活情報から海外旅行やロングステイの記事が載せられています。 九州一円に配布されていて、その発行部数は30万部だそうです。アクロスの国際交流センターや協賛のお店に置いてあるそうですから、目に止まりましたらご覧になってください。

 

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October 19, 2005

№183 キリシタンの島 天草

      崎津の天主堂
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その6 
 天草の西海岸を南へ走ります。北原白秋ら5人の「五足の靴」のルート沿いの道です。切り立った海岸崖や奇岩が織りなす妙見浦や十三仏公園などの景勝地を巡りながら、大江天主堂を目指します。 白亜の立派な天主堂が小高い丘の上に建っています。鎖国時代、天草の隠れキリシタンが大江の地で信仰を続けていたのです。
 昭和初期にかけてフランス人のガルニエ神父が、ここで布教に努めています。天主堂やその周辺は信者によってきれいに清掃され、ハイビスカスの紅い花が咲き誇っていました。
 
 大江からしばらく走ると、リアス式の深く入りこんだ羊角湾が見えてきます。その湾口近くには崎津の天主堂があります。 小さな港町の家々に溶け込むようにして建っているシックな佇まいの天主堂です。この教会の一帯は日本の渚百選とかおり風景100選に選ばれていて、天草の観光ポスターなどによくその写真が載っています。
そぐそばの岸壁あたりから潮の香りがしてきます。
 近所の漁師さんのお宅では、今朝揚がったばかりの太刀魚を干物にし、天主堂の前ではおばあちゃんがアジの干物や海産物を売っています。 この田舎の港町の光景に一見ミスマッチのようですが、ゴチック様式の天主堂が不思議に街と一体化しています。

 崎津を後にして本渡市へと戻り、天草切支丹館を訪ねます。市内を見下ろす小高い丘に建つ資料館には、キリスト教伝来以来の南蛮文化や島原の乱の資料が多数展示されています。 なかでも天草四郎が実際に使ったといわれる「陣中旗」が所蔵されています。島原の乱のおり原城本丸にひるがえっていたという旗です。
 この陣中旗は、縦横ともに108cmの旗で、中央に大聖杯、上に聖体聖餅、左右に合掌している天使が描かれています。 この旗はキリシタン軍が立て籠もる原城に攻め入った鍋島藩の鍋島大膳という武士が戦利品として分捕り、代々伝えられてきたもので、国の重要文化財に指定されています。 (資料館の説明書より)
 展示されている「陣中旗」はレプリカですが、本物は年に何回か公開されるそうです。

 本渡市からは不知火海側の国道226号線を通ってリアス式の海岸が美しい天草五橋を渡り、九州本土の三角港に至ります。そして熊本駅でこの旅も終わりです。
 ここからまたフルムーンパスを使って、京都へと向かわれるHさん夫妻。次回は大分・国東半島や耶馬溪の旅をすることを約して見送りました。

(追伸)
 国道226号線沿い、龍ケ岳町の大道港に美味しいお寿司屋さんがあります。宿のご主人に教えていただいた「よろずや」さんです。 フェリー乗り場横に平屋建ての建物の中にあります。看板もメニューもなしの寿司屋さんです。
 おまかせのみで、12カン出てきます。1個で2,3個分はあろうかという大振りのにぎりに包丁を入れて2つに切ってあります。 鯛、あなごにエビなど、どれも地元の海で揚がった新鮮なネタばかりです。これに大きなお椀に入った鯛の味噌汁が付いて、なんと1300円です! 美味しい寿司と信じられない安さ。口コミで遠くからお客さんがやって来るそうです。
 わざわざ食べに行く価値がありますので、お店を探して行ってみてください(0969-63-0151)。

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October 18, 2005

№182 新鮮・豪華な地魚料理

      妙見浦を望む
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その5 
 下田温泉は、天草・西海岸の鄙びた温泉ですが、約700年の歴史があるといいます。10数軒の旅館や民宿が下山川沿いに点在する小さな温泉街です。 その昔、北原白秋や与謝野鉄幹ら5人の文学者が、天草を歩いた道を「五足の靴」文学遊歩道として整備され、所々には彼らの文学碑が残っています。

 今夜の宿は、民宿「湯の華」です。ご家族で切り盛りされているので民宿なのでしょうが、旅館と言った方がよいくらいのきれいで立派な建物です。 ゆったりと温泉に浸かった後は、お楽しみの夕食です。下田温泉の“売り”といえば、新鮮な海の幸です。特に9月から解禁になった伊勢えびが、今晩のメインとなります。
 
 最初に大きな盛り鉢が運ばれてきました。期待の伊勢えび2匹が真ん中に、その周りに刺身が豪快に盛られています。鯛、平目、イサキ、ブリ、イカ、地タコ、キビナゴなど、8種類の目の前の海で採れた地魚ばかりです。その他に鯛の塩焼きや鰈の煮付けに始まり、何と少なくとも15種類の魚介類と15皿の料理三昧のご馳走です!
 その上、釣り名人のご主人が、その日一本釣りしてきた「真鯖の刺身」をサービスで出していただきました。一本釣りした魚は網で揚げたものとは、全然味が違います。同じ魚でも一本釣りすると魚が傷まないので、鮮度が落ちないのです。さっきまで泳いでいた鯖は歯ごたえがあり、これまで食べた鯖や関さばとも違う食感です。 こういうのを“漁師料理”というのだと味を確かめるように食べました。(食べるのに夢中で写真を撮り忘れました。ゴメンナサイ)
 
 さらに、初めて「ウツボ」を食べましたが、なかなか美味しいです。地元ではウツボのことを「キダイ」と呼ぶそうで、食べてから「実は、これはウツボですよ」と教えてくれました。初めからウツボというと気味悪がって食べない人がいるからでしょう。
 食べても食べても、次から次へと料理が出てきます。普通12品が15品ですからどれを食べようかと迷ってしまいます。伊勢えびは、もちろん味噌汁にしてもらいました。タイでは大きなエビを食べ慣れているHさんにも喜んでいただけました。案内したわたしとしても、二重に満足です。最後はこのお料理を残さず食べるので精一杯で、ご飯を食べられませんでした。

 伊勢えびが食べられるだけでも十分と思っていたら、この新鮮で豪華な地魚料理です。福岡では食べられません、わざわざ天草まで食べに来る価値があります。つまりここまで来ないと食べられないのです。
 これだけの内容で、1泊2食で10650円(税込み)です。信じられないと同時に、宿のご家族に感謝、感謝です。 

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October 17, 2005

№181 天草の絶景の夕日

     水平線に沈む夕日
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その4 
 島原・口之津港から天草・鬼池へとフェリーで渡ります。 口之津港は、島原半島の最南端に位置する天然の良港です。古くはキリシタン布教、南蛮文化の窓口を経て、明治期、三井石炭の積み出し港として賑わいました。
 この間、石炭船の船倉に閉じ込められ、遠く東南アジアへ売られていく「からゆきさん」の悲しい歴史もあった。一説によると島原、天草から売られた「からゆきさん」は300人に上ったといいます。(ふるさと探訪 みなと編の記事より)
 島原の乱の時代から戦前まで島原・天草は、厳しく貧しい生活を強いられ悲しい歴史を持っているのです。

 鬼池へはわずか30分の船旅です。穏やかな早崎瀬戸を爽やかな潮風を受けて、離れていく島原や近づいてくる天草を眺めながら船旅を楽しみます。この瀬戸から二見港にかけての海域に生息するイルカが有名です。回遊せずに居ついているためイルカウォッティングの船では、ほぼ100%見られるということで人気です。残念ながらフェリーからイルカは見えませんでした。

 鬼池港から下田温泉までは、車で約1時間です。天草の西海岸沿いの快適な道を傾きだした西日を追いかけるようにドライブします。天草の西海岸から天草灘にしずむ夕日は、九州でもっとも綺麗と評判なのです。幸いなことに天気は午後からだんだん晴れて、空気も澄んできました。水平線に沈む夕日に間に合うように、下田温泉の展望台まで車を走らせます。

 間に合いました。
 これほど綺麗な夕日と夕焼けをこれまで何回も見たことがありません。雲に少し邪魔をされながらも水平線に紅い夕日が沈んでいきました。 雲が茜色に染まり、刻々と空の色が変化して、その表情をどんどん変えていきます。夕日が沈んでも鮮やかな絶景を言葉もなくしばらく見入っていました。
 自然の美しさと雄大さに感動です!

      残照に染まる雲
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October 16, 2005

№180 島原から原城址

    原城址から雲仙を望む
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その3 
 雲仙から有明海側へ下ると島原の町です。雲仙からの湧水が各所から湧き出す水の豊かな町でもあります。原は松平7万石の城下町として栄え、市の中心に五層の天守閣を持つ島原城があります。城の西側に武家屋敷跡の街並みや石垣が残っているので散策することにしました。

 島原城の築城のとき、外郭の西に接して扶持取70石以下の武士たちの住宅団地が建設されました。
戦いのときには鉄砲を主力とする徒士(歩兵)部隊の住居であったので、鉄砲町とも呼ばれています。
街路の中央の水路は豊かな湧水を引いたもので、生活用水として大切に守られてきました。
 一屋敷は三畝(90坪・約300m2)ずつに区切られ、住居は25坪ほどの藁葺き、屋敷内には藩命で梅・柿・蜜柑類・枇杷などの果樹を植えさせ、
四季の果物は自給できるようになっていました。また屋根の葺き替えに使う真竹の藪を持った家もありました。(島原市のHPより引用)

 300mほど続く屋敷街の道路の真ん中に湧水を引いた水路と、その両側の砂地の道路にきれいに積み上げられた石垣が、街並みを特徴づけています。水路の水は清冽で、昔もそうだっただろうように勢いよく流れています。屋敷3軒が公開されていて、当時の武士の生活を窺い知ることができます。

 島原を後にして、島原半島の最南端、口之津港をめざして走ります。その途中で「島原の乱」で有名な原城址に寄ります。 1637年、天草四郎時貞を総大将に島原・天草の農民が一揆を起こし、ここ原城に27000人が立て籠もりました。 翌年の2月28日、幕府軍12万以上の総攻撃により落城し、婦女子も含め全員命を落としてしました。
  
 有明海に突き出した岬に築城された原城は、三方を海に囲まれた天然の要害であったといいます。 今、天守閣跡に立つと、穏やかな秋の有明海を望み、周囲は畑になっていて収穫を終え枯れ草を焼く煙がゆっくりとたなびき、のどかで平和な秋の風景が広がっているだけです。所々に残る石垣が、ようやくそこが城であったことを気づかせるくらいです。 遠くに見える平成新山がなければ、江戸時代初期とそれほど景色が変わっていないような錯覚を覚えます。
 この平和な景色とは対照的に、この地で多くの血が流され、苛酷な年貢の取立てで厳しい時代があったことに思いを馳せる時、胸の奥の方で重い感情が固まってきます。

                合掌

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October 15, 2005

№179 雲仙の地獄から平成新山へ

   雲仙の最高峰 平成新山
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その2 
 
 全国をJRで周遊するといっても、線路がない地域や離島にはなかなか行けないものです。Hさんから「天草へはどうやって行けばよいか」というお尋ねがあったので、わたしが車で案内することになりました。
 天草に行かれたことがある方はお分かりでしょうが、熊本県三角から天草五橋まではよく観光ルートになっていて行きやすいのですが、その先の本渡市がある天草下島までは、本当に遠いのです。「行こう」という決意が要りますし、また車でないと行けません。

 こうして博多を出発し、雲仙からフェリーで天草へ渡り、翌日熊本駅までお送りするルートをとります。秋の好天に恵まれ、佐賀から長崎へと高速道路を走らせます。 途中、波静かな大村湾を眺望できる大村湾パーキングエリアで小休止です。ここは長崎道随一の景色の良さで知られています。
 ちょうどお昼に千々石湾に面した小浜温泉に到着し、ここで長崎名物のちゃんぽん をいただきました。残念ながら地元で美味しいと評判の店では食べられませんでしたが、チェーン店の味もなかなかでした。タイから輸入されたと思われるエビものっていて、ボリュ-ムたっぷりでした。
 
 雲仙は、高校の修学旅行以来、約30年振りというHさんと初めての奥様。雲仙の地獄を歩いて回ります。至るところから熱水や蒸気が立ち上っていて、その活発さがうかがわれます。 お決まりの地熱で蒸かした「温泉卵」を買って、 「君の名は」のロケ地になった「真知子岩」の前で記念撮影です。硫黄のにおいと湯気に包まれての地獄めぐりでした。
 雲仙は外国人の避暑地として開発、発展した温泉保養地でした。戦前には中国の上海と長崎には定期航路があり、上海の居留地の外国人が雲仙に避暑にやって来たのです。雲仙観光ホテルや有明ホテルはその当時の面影を残していますし、温泉街近くのゴルフ場は、外国人がプレイを楽しんだという古い歴史を持っています。
 
 さらに車を走らせ仁田峠へと登ります。まだ紅葉は始まっていませんが、もう1カ月もすれば鮮やかに彩られることでしょう。仁田峠の手前の展望台に立ち寄ります。ここからは普賢岳の噴火でできた平成新山が正面に見え、眼下には島原半島から対岸の天草、さらに九州本土の山々、それに有明海の全域まで見渡せます。 秋の澄んだ空気のお陰で数10キロ先まで遠望することができ、正に大パノラマです。
 1991年の噴火によって溶岩ドームが成長してできた平成新山の標高は、1482mと普賢岳の1359mを抜いて雲仙岳の最高峰になりました。麓に向かって大火砕流の生々しい跡がはっきりを見えますが、今や新しい観光名所となっていて多くの観光客が訪れています。

 つづく

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October 14, 2005

№178 雲仙・天草紀行

    雲仙地獄の真知子岩
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その1 フルムーン・パスで国内旅行
 
 2005年10月6日から、1泊2日で雲仙・天草に行ってきました。
 バンコクから一時帰国中のHさん夫妻を案内する旅でもあります。Hさん夫妻は、駐在時代を含めると10年以上もバンコクで長期滞在をしていらっしゃいます。 現在は、バンコク郊外の賃貸のコンドミニアムで生活し、年に数回日本の自宅に帰国されます。
 これまで、地の利を生かしてバンコクを拠点に東南アジア各地を旅行されてきました。中国の雲南省やチベット、ネパール、インド、モルジィブ、マレーシア、ベトナム、バリ島など、ほとんど廻られているそうです。中でも海はモルジィブ、山はネパールがお勧めとのこと。
 しかし、最近は、帰国時にJRのフルムーン・パスを使って、ご夫婦で1週間から2週間の日本の国内旅行を楽しまれています。 その理由として、第一に、狭い日本とはいえ、自然豊かな山河や長い歴史を持つ土地・町など、名所旧跡が至る所にあり、その意味で日本は広いと感じること。 第二に、同じ場所に行っても季節によってその表情が変わり、日本の四季の美しさを改めて感じることを挙げられています。

 そこで今回は、ロングステイヤーが日本に帰国する目的や楽しみのひとつとして、また海外の長期滞在を経て日本を巡ってみると、これまでとは違う視点や感じ方があるのではないかという提案として、このシリーズはいつもと趣向を変えて日本国内の紀行記にしたいと思います。

 Hさんは、いつもフルムーン・パスを最大限に活用して、時刻表を縦横に駆使し国内旅行のスケジュールを立てていらっしゃいます。いかにしたら有効期間内でより多く廻れるか、新幹線やブルートレイン、そして在来線の特急を乗り継いでの旅です。特にブルートレインは、寝ている間に遠くまで行けるので便利だそうです。 そして、ほとんどの列車のグリーン車に乗れますから、こちらが心配するほど疲れないとのこと。
 全国グリーン車の旅、参考にされてはいかがでしょうか。

 明日からは「雲仙・天草の旅」編です。 

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October 13, 2005

号外 アクセス数が10000件超す!

 アクセス数が、10月12日 10000件を超えました!

 4月半ばに第一回目をアップして以来、ちょうど半年での達成です。
試行錯誤でスタートを切り、7月までは毎日のアクセス数が30~50件と低迷していましたが、お陰さまで最近では、150件から200件と多くの読者の方に読んでいただけるようになりました。
 毎日、前日のアクセス数を確認するのが楽しみですし、それを励みに記事を書いています。 また、みなさま方からのご意見やコメントをいただければ幸いです。

 今月20日発行のフリーペーパー「ワールド・ジョイント・クラブ」のタイ・ロングステイ特集にわたしのブログが1ページ取り上げていただくことになっています。
 アクロスの国際交流センターや協賛のお店に置いてあるそうですから、目に止まりましたらご覧になってください。

 これからもみなさまにご支援をいただきながら、毎日書いていきたいと思いますので、今後ともご愛読いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

                                       感謝
 

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№177 チェンマイの放課後風景

    おやつを買う中学生たち
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 タイの学生は、制服で学校に通います。制服は質素でシンプル。女の子は髪を後ろで束ねたり三つ編みにしたり、懐かしい日本の昔の学生の姿です。 日本の高校生のように髪を染めたり、スカートの丈を短くして、ハイソックスを履いている姿から比べると、爽やかで学生らしく好感が持てます。

 チェンマイを発つ日の午後、ゲストハウスの近くを散策しました。近くには中学があり、学校を終えた生徒たちが帰宅をする時間帯のようです。
 校門の近くに何軒かの屋台が出ていて、これから帰宅しようとする生徒たちが、おやつを買い求めています。タイでは、下校時の買い食いが認められているようです。 ジュースにフルーツ、カキ氷はもちろんのこと、イカの串焼き、フライドポテトやから揚げまで、いろいろな屋台が並んでいます。おやつというよりも軽食といった感じです。
 3~5バーツ(約10~15円)くらいのようなので、中学生でも手軽に買えるのでしょう。たくさんの生徒が集まってきて、好きな食べ物を楽しくおしゃべりしながら食べています。 放課後の開放感とおやつで、楽しいひと時のようです。

 しばらく見ていると親がバイクで迎えに来て、二人乗りで帰っていきます。タイは親が学校の送り迎えをするのが一般的なようです。迎えに来てもらう間、おやつを食べているのです。
 中には車での迎えもありますが、多くはバイクです。何かの事情で迎えがない生徒たちは、ソンテウ(乗り合いの赤バス)に乗り合わせて帰宅します。歩いて帰る生徒は見かけませんので、私立の学校でみんな遠くから通って来ているのでしょう。道路は迎えのバイクや車、赤バスでちょっとしたラッシュです。

 道路は混み合いますが、どこか懐かしく長閑なタイの放課後の風景でした。

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October 12, 2005

№176 国際部長のラダパンさん

      ラダパンさん
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 スラム街から戻り、国際部長のラダパンさんのお話を伺う。流暢な日本語で、ほとんど通訳なしで会話ができた。 ラダパンさん自身も13歳の時、仕事を求めて地方からバンコクにやってきた。そこで同財団の事務長プラティ-プさんに出会って大学まで卒業したという。

 「プラティープ財団の大きな活動目的はタイの人材育成です。財団が最も力を入れている活動は、やはり教育里親制度です。現在、毎年2000人を超える幼稚園以上の子どもに奨学金を支給する教育支援を行なっています。 里親制度は、世界各国の里親や支援団体からの教育資金で運営されており、タイ国からの支援はほとんどありません」
 奨学金支給の審査は、幼稚園入園時に家庭訪問し実情を調査した上で判断している。さらに進級するにつれて成績も加味している。そして本人が希望すれば、高校・大学まで進学することができます。
 「子どもたちも里親から支援されているという意識はあります。奨学金もらえることはステイタスでもあるが、スラムという劣悪な環境のなかでもよい影響を与えていると思う」

 「今後は、地域の社会福祉、教育システムの整備、具体的には財団が運営している幼稚園の公認、そして高齢者福祉の分野に力を入れていきたい」という。 これらの活動の推進には、地域リーダーの育成も欠かせない課題である。
 現在、80数名のスタッフやボランティアが財団の活動を支えている。各責任者・担当が、それぞれの活動プロジェクトを推進・運営している。
 財団に必要な人材として、シニアをはじめボランティアを受け容れることは可能であるという。それには、まずタイ語が話せることが第一条件である。それぞれの活動やコミュニケーションには、タイ語ができることは欠かせない。
 第二に、各プロジェクトに対する専門的技能や知識が必要なことである。単なるマンパワーよりもプロジェクトの運営やリーダーシップをとれるような人材が欲しいという。

 最後にラダパンさんは、今後の課題として「スラムの問題は、国の政策の誤りです。それが少しでも改善の方向へ向かうよう活動しています。それには、若い人たちの地域への意識や両親への敬老の気持ちが必要なんです」
と話された。
 少しでもスラムの現状と子どもたちの教育支援に対して理解してくれる個人や団体が増えることを願いながら、財団の事務所を後にした。

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October 11, 2005

№175 スラム街を歩く

    クロントイ・スラムを歩く
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 クロントイは、バンコク最大のスラム街で、4㎞四方のエリアに約10万人もの人たちが暮らしている。プラティープ財団のモモリン副部長さんから、スラムの中を案内していただく。 初めてスラム街を歩く。

 道が張り巡らされているが車は通れない、やっと人がすれ違うことができるくらいで1mほどの幅しかない。道の端に太さ7,8センチの水道管が地上にむき出しで這わせてある。 水道は来ているし、電気もちゃんとしたメーターが付いているので正規に配線されているようである。道路はコンクリートで固められているが、ゴミや所々に犬のフンが落ちているので注意して歩く。
 住宅は高床になっているところが多く、床下には雨水が常時溜まって淀んでいる。ゴミなどが浮いていて、ボウフラが発生するのではないかと思われるくらい不衛生である。
 モモリンさんの後について歩くが、同じような道が迷路のようにずっと続き、どこまで歩いても同じ路地裏の風景なので、報告感覚も失せて迷ってしまいそうだ。

 トタン屋根の住宅が密集していて、外から覗くとどの家も3畳から4畳半くらいしかないようだ。家と家を仕切るのは、薄い壁1枚だけで、その区画の住宅はすべてつながっているといってもいいくらいだ。 どの家の内部もうす暗く、狭い中に大家族が暮らしているという。 室内にはテレビに冷蔵庫、屋外には洗濯機が置いてあり、家電製品は予想以上に普及している。家々の貧しい雰囲気とはアンバランスな印象を受ける。
 昼間の時間帯ということもあり、年寄りや女性などを見かけるくらいで、多くの住民は肉体労働者として働きに出ている。

 ところどころに保育園があり、元気な幼児たちの声が聞こえてくる。屋外の運動場がある訳でなく、室内でたくさんの子どもたちが遊んでいる様子が見える。これらの保育園にも財団は支援しているという。
 最後に財団が運営している幼稚園を見学する。スラムの3歳から5歳までの幼児230人が通ってくる。ここは屋外の遊び場もあり日本の幼稚園と変わりない。2階建てで1階には食堂がありお昼には給食が出る。 給食代やおやつにひとり1日13バーツかかるが、大半は財団からの支援で賄われている。

 ここに近畿大学の女子学生2人が、夏休みを利用して子どもたちの世話をするインターンシップに来ていた。まだ来たばかりということだったが、明るくいきいきとした彼女たちの目と笑顔に、日本の若い子も捨てたものじゃないなと思うと、スラム街を歩いて欝積した心が少し軽くなった。

 つづく

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October 10, 2005

№174 オプショナルツアーは高い

     水上マーケットにて
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 海外旅行のツアーにも、いろいろな種類があります。たとえば、航空券とホテルだけが付いていて他は完全にフリーといったお手軽ツアーから、ツアーの全日程を通して、添乗員に付いて観光地や名所旧跡を巡り、食事もすべて含まれているという至れり尽くせりの豪華版まで。
 ツアーの目的、予算、参加する方の構成や年齢など、いろいろな理由でツアーが選択されることになります。

 豪華版のツアーは、すべてセッティングされていますので、ほとんど追加する内容はないでしょう。一方、フリープランのツアーや自由時間があるツアーのパンフレットを見ると、オプショナルツアーの案内があります。このオプショナルツアーは、日本を出発する前に予約することが原則です。これはこれで予定も立てられ、主催旅行社が責任を持ってくれますので安心ですが、料金が高いのが難点です。

 自由時間の過ごし方として、特に以前にその目的地を訪問したことがある場合、できるだけ自分の計画と足で観光されることを勧めます。2回以上の訪問であれば少しは土地勘があるでしょうし、自分の足で歩くことで、より自分の目線でその町を観ることができます。観光バスで巡るだけの観光は、やはり表面的なことしか見えてきませし、町の地理も覚えられません。

 そこで自分で組み立てる観光プランに、現地で申し込める日本語観光ツアーを利用するといいと思います。
 第一、日本で申し込むオプショナルツアーより安いのです。タイの場合、日本に比べて約半額です。わたしがいつも利用するウェンディーツアー社の例でいいますと、バンコク郊外の水上マーケットは、700バーツ(約2100円)、人気のアユタヤのクルーズは、1800バーツ(約5400円)、オカマショーのクーポン券に至っては500バーツ(約1500円)と格安です。
 パンフレットは、バンコクの空港到着ターミナルの手荷物受け取りのターンテーブルの辺りにたくさん置いてあります。前日までに電話で予約すればよいので、現地でパンフレットを見ながら日程を考えればよいのです。 もちろん、受付は日本人スタッフが応対してくれますので、言葉で困ることはありません。また、インターネットからの予約もできます。

 このように手軽なところから、手作りのツアーを始めるところから、訪問地を同じ目線で見られるようになり理解が深まるとともに、ぐっと身近に感じられることでしょう。 新たな発見や感動もあるかもしれません。
 「自分で考え、自分で行動する」。ここから新しい気づきも生まれてくるのではないでしょうか。
 

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October 09, 2005

№173 早朝の托鉢

       托鉢の光景
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 メコン川沿いの町、チェーンセンで早朝の托鉢に出会いました。これまでバンコク市内で僧侶を見かけたことはあったのですが、托鉢の光景を実際に見たことはありませんでした。
 
 タイ北部の旅行では、チェーンセンに1泊しました。町はずれの住宅街にある「チェンセーン・リバーヒルズ・ホテル」に宿泊し、いつものように朝早く起きました。 朝食の時間には少し早かったので外に出てみました。8月とは思えない涼しく清清しい朝です。気持ちがよいので散歩がてらに歩くことにしました。
 
 まだ夜が明けたばかりで、まだヒンヤリとした空気が辺りに漂う中、時を告げるニワトリの鳴き声が聞こえ、幅広い道路を犬が歩き回っているだけです。まだバイクや車も走っていません。
 まっすぐ延びた道路の所々を見渡すと、ややオレンジ色がかった法衣を着た数人の僧侶が托鉢をしているのが見えます。 近づいてみると、若い僧侶から高齢の僧侶までひとり、また2、3人ずつで歩いています。地域の住民は、ご飯やおかず、果物やお菓子などを準備して、僧侶たちが自分の家の前に来るのをじっと待っています。
 僧侶が家の前で立ち止まると、住民は座って丁寧に合掌(ワイ)して、鉢の中に食べ物を差し入れます。僧侶はお経を唱えながら軽く頭を下げ、また歩き出します。
 信心深いタイ人が僧侶に接している姿は、こちらも心が洗われ身が引き締まる思いです。いかに仏教がタイ人の生活の一部であり、根付いているかが実感できます。
 
 これが、毎日行なわれているタイの早朝の風景なのでしょう。

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October 08, 2005

№172 チェンライの牛バラそば

パクチーがたくさん入った牛バラめん
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 チェンマイを拠点にチェーンセンやドイメサロンなどタイ北部へ1泊2日の旅に出かけ、途中、古都チェンライでお昼になり、ランチをとりました。 そこでチェンライ出身のガイドのソンブーンさんお勧めの「牛バラそば」を食べることになりました。 この「牛バラそば」はチェンライの名物麺らしく、地元で美味しいと評判の専門店に案内してくれました。

 やはり人気店なのでしょう、お昼時の店内はお客さんで一杯です。壁にはタクシン首相が来店した時の写真が飾ってありました。有名人が来た時の写真を貼るのは、タイも同じですね。
 この店では、店頭で牛バラそばを作っています。大きな鍋が2つあって、大きい方の鍋は真ん中に仕切りがあり、スープの部分と牛バラを煮込んでいる部分に分かれています。 もうひとつの鍋は、牛バラそば以外の具材なのでしょう、豚の肉団子などが煮込まれていています。珍しいので写真を撮ろうとすると、店のお姉さんは照れてハニカミます。

 「牛バラそば」の値段は、30バーツ(約90円)です。醤油ベースの澄んだスープに、麺は平たい中麺です。柔らかく煮込んだ牛バラがたくさんのっていて、パクチー(香菜)が散らしてあります。パクチーが大好きなわたしには堪りません。
 スープはさっぱりしていますが、ビーフの出汁がしっかり出ています。しかし、砂糖がかなり入っていて甘いのです。出汁の味よりも甘さが勝っています。
 一般的に、タイ料理では砂糖を多用します。 “タイ料理は辛い”というイメージが強いのですが、実は砂糖もたくさん入っています。日本人が普通料理に使うよりもかなり多めに入れます。 ですから、タイでは太った人はあまり見かけませんが、糖尿病患者が多いといいます。ダイエットしたい方、糖分が気になる方には、タイ料理はお勧めできません。
 
 麺は、艶のある平らな中麺です。米で麺を打っているのだと思います。適度なコシもあり喉越しがいい麺です。お肉がボリュームがあるので、お昼には十分な量でした。

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October 07, 2005

№171 エンポリウム

 マンゴーのスウィーツ お勧めです!    
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 エンポリウムは、BTSプロンポン駅にあるデパートと高級ブティックを中心とした複合ショッピングビルです。デパートの他に有名ブランドショップ、ファッションなどの専門店、レストラン、食料専門のスーパー、フードコートや映画館まであります。ここに来れば、買い物から食事やエンターティメントまで一日楽しめます。わたしには縁がありませんが、ブランド品が目当ての方は、まずここをチェックするとよいでしょう。
 エンポリウムは日本人駐在員が多いスクンビット地区にあるので、週末になるとその家族で賑わいます。お昼には日本食レストランの前は、日本人の家族連れの順番待ちの列ができます。手打ちうどん屋チェーンの「歌行燈」や高級店の「葵」などいくつかの和食処が入っています。

 わたしがよく利用するのはCDショップと食料品スーパーです。バンコクに到着すると最初にミュージックCDを買いにいきます。タイでのCDの値段は400バーツ(約1200円)と日本の半値以下なので、洋楽を中心にまとめ買いをします。 J-POPはアイテムが少ないのですが、洋楽はポップスからジャズまでよく揃っています。
 6階の食料品スーパーは、日本人が多いせいか高級品志向で、高級食材までいろいろな食料品が並んでいます。そのためやや割高な値段です。朝食用のフルーツを買ったり、チョコやコーヒーなどのお土産もここで調達します。
 他にも何店かのカフェやレストランがあり、アイスクリームやマンゴー・スムージーを食べて暑さをしのぎます。また同じフロアーにはフードコートが入っているので、ランチには便利です。100バーツ以内で手軽においしいタイ料理のお昼が食べられます。ここからは隣接するベンチャシリ公園の緑を望みながらランチを楽しめます。

 最上階は5つのスクリーンを持つシネマコンプレックスになっていますので、ジュースやお菓子を持って映画を楽しむのもよいでしょう。日本より公開が早い映画も多いようですし、英語の字幕つきのタイ映画もおもしろいかも。
あと見逃せないのが、1階と6階には、オリエンタル・ホテル直営のカフェやケーキなどをテークアウトできるショップが入っていますので、お勧めです。

 エンポリウムはじめ、バンコク市内には大きなデパートやショッピング・センターがいくつかあります。どれも巨大で、どんな店があって何が売られているのか、探検してみるのも面白いものです。 野菜や果物、肉や魚を扱うマーケットめぐりとは違った楽しみかもしれません。
 

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October 06, 2005

№170 スラム街のNGO その2

プーケットで被災した子どもの津波の絵
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その2

プラティープ財団の活動内容
 バンコク最大のスラム街、クロントイ地区での財団の活動は、スラムの子どもたちの教育を通した支援活動です。財団では22ものプロジェクトを行なっていますが、5つの活動分野に分類されます。
①教育分野 ②健康分野 ③社会福祉分野 ④人材育成 ⑤人命・財産の防止対策 の分野です。
 教育分野では、「教育里親制度」、幼稚園の運営、難聴児教育、おはなしキャラバンなどがあり、とりわけ「教育里親制度」はその活動の代表的なものです。

「教育里親制度」について
 スラムには、経済的な理由だけで教育を受ける機会を失い、将来の可能性まで摘み取られる子どもたちが大勢います。教育里親制度では、こうした子どもたちの教育費を支援するスポンサー(支援者)を募り、勉強したい子どもたちの希望に応じて高校や大学の進学を支援しています。 現在、毎年2000人以上もの子どもたちに教育奨学金を支給しているそうです。
その他の活動
 健康分野の「給食プログラム」にも力を入れています。栄養不足の幼稚園の子どもたちに、給食のために調理施設を整備して、栄養バランスのとれた食事を提供しています。 また、他の幼稚園の栄養指導や豆乳の配布を行なって、家庭での食事の重要性に関心を持ってもらうのに役立っているそうです。
 ユニークな活動としては、 「生き直しの学校」のプロジェクトがあります。「生き直しの学校」は、家庭内暴力や親の愛情不足、スラムの社会的圧力から自信を失い、麻薬や犯罪に逃げ場を求めてしまった青少年たちを更生させる施設です。
 青少年はタイ南部・チュンポン県に、さらに深刻な子どもや低年齢児はカンチャナブリに学校を開いて、豊かな自然と家庭的な雰囲気のもとで過ごしているそうです。

 次週につづく

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October 05, 2005

№169 スラム街のNGO

    狭い通路のスラム街
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 バンコク最大のスラム街・クロントイで教育支援事業をしているNGO「ドゥアン・プラティープ財団」を訪問しました。 同財団の事務局長を務める「プラティープ・ウンソンタム・秦」さんが、1978年に財団を設立しました。
 
 プラティープさんは、1952年クロントイ地区のスラムに生まれ、6歳の頃から路上で物売りとして働き始めました。
 彼女は「教育こそが生活を大きく変える原動力になりうる」と確信し、1968年(当時16歳)スラムの子どもたちに少しでも学ぶ機会を持ってもらおうと、自宅の一室に「1日1バーツ学校」(託児所)を開設しました。やがて「1日1バーツ学校」は学びに来る子どもたちの姿を通して、スラムの抱える社会問題を浮き彫りにし、皆が協力して解決すべき問題のひとつとして人びとに意識させるきっかけとなりました。
 1978年には“アジアのノーベル賞”と呼ばれる「ラモン・マグサイサイ賞」を受賞しました。この時の賞金2万ドルを投じて、「ドゥアン・プラティープ財団」を創立し、教育を活動の柱としてスラムの人びとの生活改善を目指しています。

スラムの発生原因
 タイのスラムは、急激な国の近代化、工業化政策のひずみによって生じたとされています。バンコク周辺には多くの工場が進出し、表面的には急速な経済発展を遂げてきました。 しかし、農村部ではその経済的な繁栄とは裏腹に、工業化の中で取り残されてしまい、さらに苦しい生活を余儀なくされている人たちが多くいます。
 農民たちは生活の糧や職を求めて、都市へ流入してくるようになりました。ちょうど安価な労働力を必要としていたバンコクの経済は、農村から移入してきた労働者の住宅対策を講じることもなく、ただ無造作に彼らを受け容れてしまいました。その結果、バンコク市内には1800ヶ所ものスラムが形成され、300万人以上もの人びとがそこに住むことになってしまったのです。
                                             (プラティープ財団のパンフレットより)
 つづく

「ドゥアン・プラティープ財団」のHP
http://homepage3.nifty.com/noshiros/puratape1.html

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October 04, 2005

№168 世界最大の仏塔がある町 ナコン・パトム

  朝日を受けるプラ・パトム・チェディ  
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 バンコクから西に約50㎞、車で1時間ほど走るとナコン・パトムの町があります。カンチャナブリへの日帰りツアーの途中に立ち寄りました。 早朝の出発ということもあり車中で熟睡していたところ、ガイドさんの起こされた所が、ナコン・パトムでした。

 ナコン・パトムには世界最大の仏塔プラ・パトム・チェディが、あることで有名です。朝日を浴びて真っ青な空に仏塔が聳え立っています。 清清しい朝の空気と壮大なチェディにしっかりと目が覚めました。見上げるチェディの高さは、114mもあるといいます。 観光庁のパンフによると、プラ・パトム・チェディは、3世紀ごろインドのアショーカ王がインドシナ半島で最初に建てたといわれています。 クメール時代にビルマ風に改修されていた仏塔を、ラマ4、5世が現在の姿に建て替えました。
 ナコン・パトムは、タイに仏教が最初に伝来した町でもあり「聖地」として大事にされています。毎年11月下旬には、タイ全土から巡礼者が集まる盛大な大祭礼が催されます。

 平日の早朝にもかかわらず、多くの仏教徒がお参りに来ています。地元の人たちだけでなく、遠くからも来ているのでしょう。学校の行事でしょうか、制服姿の中・高生たちも目立ちます。
 お線香を焚き、白いハスの花を供えて、敬虔な態度でお参りをしています。バンコク市内の観光客中心の寺院の光景を見慣れていたので、その姿は新鮮に映ります。

 ナコン・パトムは、カンチャナブリへの日帰りツアーに組み込まれていることが多いので、チェックしてください。

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October 03, 2005

№167  「富裕シニア」の退職後 

 ハイビスカス チェーンセンの町で
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 2005.09.24の朝日新聞から

 2007年から団塊の世代が大量に退職するのを前に、 すでに退職した「富裕シニア」層の生活動向調査を電通がまとめました。60 代の平均金融資産は約1797万円で、2000万円以上を保有する人は約26%に上るという。 2000年以降に自分か配偶者が退職し、金融資産2000万以上を保有している55歳以上の男女約300人をインターネットを通じて調査しました。

 この調査によると退職したら「夫婦で旅行が48%」「パソコン購入が38%」という結果が出ています。 退職後は、夫が家事を分担するケースが増え、ボランティアに取り組んだり、インターネットで社会とのつながりを求めたりするケースが多いという。

 退職を機に93%が行動を開始すると回答しています。たとえばマネープラン作成や株購入・保険の見直しは52%、ボランティア・NPO活動の開始が17%、大学や語学学習などの学習活動の開始も14%が答えています。
 退職で変わったことは、「夫婦で過ごす時期が増えた」73%、「夫も家事を分担するようになった」60%、「ネットを使って情報収集開始」67%などです。

 この調査から、 退職したリッチ・シニアのアクティブな姿が見えてきます。夫が家事を分担したりボランティアに取り組んだり、またインターネットを活用する行動的なシニアといえるでしょう。 経済的な余裕が精神的な余裕や行動力の基盤となっているようです。
 団塊の世代が新しいシニア像を作ると予想されますが、これらの富裕シニアの生活動向から、新しいシニアの胎動が現れてきています。 さらに多様な価値観を持っている団塊の世代がリタイアした時、これらの志向はさらに加速されることでしょう。 

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October 02, 2005

№166 チェンマイのナイトバザール

  多くの人で賑わうナイトバザール
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 チェンマイといえばナイトバザールが有名です。夕方になるとチェンマイのチャンクラン通り沿いに多くの屋台が並び始め、あたりが暗くなるのと反対に屋台の裸電球の明かりが、その輝きを増してきます。 この目抜き通り沿いに、少数民族の民芸品やみやげ物からコピー商品までいろいろな物が売られています。
 道路の両側にぎっしりと屋台が立ち並び、狭い通路を買い物客が肩と肩をこするようにして行き交います。手をつないで歩かないと迷子になりそうな賑わいです。 これに物売りや山岳民族の民族衣装を着たアカ族の人たちが、声を掛けてきますから一層前に進めません。
 福岡の筥崎神社には、9月に放生会(ほうじょうえ)という祭りがありますが、門前に多くの屋台が並びます。これをぐっと圧縮して猥雑にした感じなのです。 これだけの人ごみですから迷子にならないこと、スリや盗難には注意しないといけません。

 目の前を通り過ぎる屋台に次から次へと目移りしてしまいます。目当てなくそぞろ歩きだけでも楽しい雰囲気です。欲しいものが見つかったら、早速交渉してみましょう。
 自分なりに買ってもいい値段を決めておいて、商品の値段の5、6割から交渉開始です。自分の予算まで下がれば交渉成立ですが、あまり粘らずにさっと交渉した方が、案外上手くいくようです。 自分の予算まで下がらない時は、あきらめて他の店を当たったほうがいいでしょう。たくさんの店がありますから、気に入った商品がきっと見つかります。

 この夜は、海賊版CDを買いました。バンコク同様1枚100バーツ(約300円)です。ノラ・ジョーンズのベストアルバムとハワイのミュージシャン、ジャック・ジャクソンのセカンドアルバムの2枚です。 若い店番にこれをくれというと、「ちょっと待って」と何処へやらいなくなり、なかなか帰ってきません。屋台に並べているのは大半見本のようで、他の仲間の屋台へ調達に行ったらしいのです。
 待つ間、お客の白人と話しました。「何処から来た?」と聞くとドイツ人とのこと。「ジャク・ジャクソン知ってる? なかなかいいよ」とお互い片言の英語でコミュニケーションです。

 タイのチェンマイのナイトバザールで、偶然居合わせた日本人とドイツ人が話をする。少数民族の売り子さんもいるエスニックなナイトバザール、でも意外にインターナショナルなのかもしれません。

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October 01, 2005

№165 意外な健康保険の活用

   チェンマイへのタイ航空機
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 海外での病気やケガにも公的な健康保険が適応されることは、案外知られていません。
 健康保険は国内の医療機関にかかった場合にだけ利用するものではありません。治療費の全額ではありませんが、海外旅行中に病院にかかった場合にも支給されるのです。 ただし、請求しないと支給されません。
 7月23日の西日本新聞の記事をもとに、健康保険の主な給付金をまとめました。

○海外療養費
 海外旅行に出かける場合、一般的に民間損保会社の「海外旅行傷害保険」に加入することをお勧めします。病気やケガだけではなく、他の人への損害賠償責任や盗難にも対応しているからです。
 しかし、公的健康保険でも海外での病気やケガに掛かった医療費が支給されるのです。利用できるといっても、日本の保険証が海外の医療機関にそのまま通用する訳ではありません。海外で支払った医療費の内、日本の健康保険制度で認められている部分について、医療報酬基準で換算した上で自己負担を3割とし、7割を給付金として給付する仕組みです。
 支給には条件があります。海外での短期滞在(原則1年以内の短期渡航)者が対象で、旅行、出張など渡航目的は問いませんが、治療目的や長期滞在している場合は該当しません。あくまでも日本の健康保険制度で認められている治療行為が支給対象です。臓器移植や不妊治療、美容整形などは原則として適用されません。


○帰国したら申告しましょう!
 海外治療費の支給申請には、 「海外療養費支給申請書」と「海外診療内容明細書」「領収明細書」が必要です。
 明細書は現地の医師に記入してもらい、翻訳文を付けて、国民健康保険加入者であれば市町村へ、会社員などであれば社会保険事務所(政府管掌健康保険の場合)、または会社の健康保険組合に提出します。市町村や健保組合などには明細の記入見本があり、海外へ持参していくと安心です。
 海外療養費の支給は、治療費を支払った日の翌日から2年間を過ぎてしまうと、払い戻しされませんので注意してください。

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