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November 30, 2005

№225 駐在延長型のロングステイ その2

      栗並さん夫妻
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その2
 
 奥さんの佐枝子さんは、日本で活動していた趣味やボランティアをこちらでも続けていて、忙しい毎日を送っている。 それは、ギターやバドミントンのサークルと「子ども図書館」のボランティアである。「子ども図書館」は「日本人会」が設置していて、週に1~2回子どもに絵本の読み聞かせをしている。
 佐枝子さんは、日本と同じくらいタイが気に入っている。それは、 ①自由な時間が多いこと、②ゆったりとした生活ができること、③日本と同じ趣味ができること、などの理由による。
 
 夫妻とも、タイの現地社会との交流は広くなく、会社関係のつきあいが中心になっている。栗並さんは、タイ語を個人教授で習っていて仕事には役に立っているという。 奥さんは、タイ語はできないので地元の人との交流はあまりなく、趣味やボランティア活動をとおしてのつきあいが主である。
 タイの人は、日本人にたいしても親切でやさしく差別感もない。これがタイが住みやすい一番の理由ではないだろうかと佐枝子さんはいう。 タイ語で「うるさくしない」意味の “マイペンライ”という言葉があるように、タイは相手がすることを受け入れて個人を拘束しない社会である。時間にルーズな面があったりするが、相手にかまわないので近所つきあいも楽である。
 それに比べると日本は窮屈に感じられる。このような意味で、タイではつきあいや人間関係のわずらわしさから解放されていると感じるのではないだろうか。

まとめ
 趣味の運動が栗並さんの元気の素になっていて、タイの生活では仕事とのバランスがとれているようである。現在の会社を退職しても、運動やボランティア活動に生きがいを見出して、充実したロングステイを過ごせるに違いないと思われる。
 佐枝子さんは、日本での趣味やボランティアをこちらでも続けられることが、喜びや生きがいになっているという。生活のリズムが日本と変わらないのがよい影響を与えているのであろう。 そして、趣味やボランティア活動のために外へ出て、いろいろな人との交流ができている。日本人のなかには引きこもる人が一部いるようだが、出て行かないと何もできないし、新しい仲間もできないとアドバイスする。 
 
 永年の在タイの経験から、タイに初めてのシニアが、そのまま移住するにはハードルが高いのではと指摘する。
事前にタイが自分たちに合っているかどうか下見をして、しばらくは日本を本拠地にしたロングステイを勧めている。 なかにはタイの生活に馴染めずに帰国する人たちもいる。その多くの場合、女性は柔軟性があってたくましいが、男性の方が柔軟性に欠けているようだ。

 栗並夫妻のインタビューから、タイの社会に順応するとともに、仕事、趣味、ボランティア活動など程よくバランスがとれた生活が重要であると教えられる。 これがロングステイを順調に続けられる秘訣かもしれないと実感した。
 なお、このインタビューは、2003年3月に行ったものである。

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November 29, 2005

№224 駐在延長型のロングステイ

      栗並登紀男さん
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ロングステイの状況について
 栗並登紀男さん(67歳)は、1963年九州大学を卒業後、大手化学会社に入社し、主に経理畑を歩んできた。 1974年から77年、1990年から94年、1996年から2002年までの通算13年間、バンコクに駐在した経験がある。 2002年5月に退職し、一旦リタイアしてそのままバンコクでロングステイをしていた。
 その後、駐在時代の人脈の紹介で、2003年2月にアユタヤのコンテナ関連の会社に再就職し、現在はバンコクから通勤して働いている。BTSチットロム駅からほど近い市内中心部のサービス・アパートメント(月3万バーツ)に奥さんと二人住まいである。
 栗並さんは「タイロングステイ日本人の会」の理事を務めていて、さらに九州大学の同窓会や趣味のマラソン(「バンコク走遊会」に所属)をとおしての交友関係が幅広い。

タイでの過ごし方や今後の予定について
 しばらくの間、今の経理の仕事を続ける予定である。それは、仕事があるうちは働いた方がよいと考えているからで、仕事が生きがいになっている。
 退職後の計画ははっきりしていないが、バンコクでロングステイを続けたい。その理由として、①日本に帰っても仕事がないこと、②暖かい気候、③物価が安いこと、④タイの社会の方が自由度が高いこと、(たとえば、日本のマラソン大会はかなり早くから申し込みをしないといけないが、タイでは手軽に参加できる。)などをあげている。
 健康な間はのんびりとバンコクで過ごし、健康に不安を感じるようになったら日本に帰国することになるだろうと、夫婦ともに思っている。

 リタイア後は自分の時間が取れるので、趣味の運動(走ることと水泳)を続けることとボランティアの計画を持っている。運動は健康によいし、マラソン大会では同世代の日本人で同好の仲間が多い。
 ボランティアについては、「日本語教師」の準備を始めていて、ソーソート(泰日経済技術振興協会)の日本語教師のセミナーに参加した。 この日本語教室には日本語を上手に話せない子どもが多いので、「日本人会」の子弟(幼稚園児から中学生まで)を対象に、バイリンガルに育てることを目的として土曜日(月2回)の午前中に開講されている。そのクラスのアシスタントとして、ボランティア活動をして社会に恩返しをしたいと考えている。

「バンコク走遊会」HPの中の「TOKIOの部屋」
http://www.geocities.jp/soyukaibkk/_geo_contents_/tokio.html

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November 28, 2005

№223 団塊世代の定年後を考える

   チェンマイのナイトバザール
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 戦後のベビーブーム時代に生まれ、2007年から大量の定年退職が始まる「団塊の世代」。その生き方を見つめようというセミナーが、北九州市でスタートした、という11月21日付けの西日本新聞の記事を紹介しましょう。

 会社という縦社会で長年突っ走ってきた世代の人たちが、定年に伴う喪失感をどう克服し、家庭や地域に「居場所」をどう見つけるか。 このセミナーは、事前の意識改革を勧めて「軟着陸」を目指す試みといえる。
 セミナーは、団塊の世代と前後の年代を対象に市立生涯学習総合センターが主催し、来年2月までの計10回。 大学教授やボランティア関係者、社会保険労務士などが講師になり、①地域でのコミュニケーション ②趣味・特技を活かした仲間づくり ③家庭でできる健康プログラム ④生活設計、などを話し合う。
 
 受講者は35人。このうち肝心の男性は14人と、いまひとつ少ない。 小倉南区の山本国丸さん(57)は、管理職で定年は2年半後。「会社組織の人間として幅広く付き合ってきたつもりだが定年後は別。 地域の人たちと目線を一緒にし、溶け込んでいけるか不安がある」と明かす。これといった趣味はなく、「生きがいを見つける足掛かりにもしたい」という。

 上下関係が支配する会社に属し、競争原理の中で長年生きてきたサラリーマンにとって、日々の暮らしを根底にした横社会である地域は、異質といえる世界。 肩書意識が抜けきれず、価値観の転換が図れなければ、定年後を過ごす場所として居心地はよくないだろう。
 そうした事例は既に先輩世代に見られる。だが逆に、数が多い団塊の世代は地域づくりを担う原動力になり得るという意見もある、といっています。

 また、福岡市博多区でも定年退職後の生き方を考える「アクティブ・シニア支援講座」が、開かれている。 この講座も、高齢者に長年培った経験や技術を地域活動やボランティアに生かすなど、はつらつとした日々を過ごしてもらうのが狙いである。

 このように2007年問題といわれる団塊の世代の定年を控え、各自治体も定年男性の受け入れと、地域社会の活性化に力を入れ始めている。

 ところで、開講に先立つ新聞記事の求めに応じて、実は北九州市に対してこのセミナーの内容や講師の申し込みをしていました。地域活動の参考事例として古賀市の「えんがわくらぶ」や、定年後の生き方探しとしてのロングステイの紹介などを提案していたのです。 しかし、残念ながら北九州市からは何の返事も来ませんでした。
 今回の記事を読んで、セミナーの成果を期待しつつも、行政の官僚的というか機能面で疑問を感じたのでした・・・。

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November 27, 2005

№222 季節はずれの雷鳴

    バリ島ウブド近郊にて
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 季節はずれの雷鳴で目が覚めました。昨夜から遠くで稲光が白く光っていたのですが、いよいよ近くに来たらしい。バンコクの雷とスコールには及びませんが、それでもこの時期としては大きな雷鳴と激しい雨が降っています。時計を見ると朝とはいえない時間、まだ起きるには早過ぎます。

 雷に起こされた時は、夢を見ていました。その夢は、ブログの記事を書き終わったところで確かにその手ごたえがあったのです。 しかし、どんな内容だったのかは、目が覚めてみると記憶がだんだん遠のいていきます。 まどろみながら記憶をたどるのだけど、とりとめのないいくつか夢を断片的に思い出すだけで、切れ切れになってしまった記憶のパッチワークはどうしてもうまくつながらりません。
 思い出そうとすればするほど、記憶の張り合わせ作業は徒労に終わります。せっかく面白い記事だったはずなのにと思う反面、それは仮想の話なのだから事実の記事にはならないのです。

 このように書くと、何だかブログの記事を書くことに追われているようですが、そんなことはありません。生活の一部になっているから夢にも見るのでしょう。 早朝にブログの記事を書くことが多く、起きるとまずパソコンの電源を入れて、お茶を飲みながらキーボードを叩き始めます。
これまでの取材や思いついた内容のタイトルを書き留めておいたリストの中から、その時の気分で書き始めます。すらすら書けるときもあれば調子が出ない日もあります。 それでも毎朝キーボードに向かうことが、生活のリズムになっているようです。
 小説家の宇野千代さんが、「小説を書くコツは、毎日机に向かうことだ。書きたい日も書きたくない日も」といっていますが、その通りだなと実感しています。この言葉を忘れずに、こうして何とか書き続けています。

 まだ夜は明けきりませんが、ようやく小降りになり雷も通り過ぎていったようです。

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November 26, 2005

№221 フジスーパーの日本食材

 フジスーパーで売られているお米
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 バンコクで生活する日本人にとって、御用達のスーパーといえば「フジスーパー」 (スクムビット・ソイ33)でしょう。ほとんどの日本食材が揃っています。 また、バンコク市内の大きなスーパーでも多くのアイテムの日本食材を買うことができます。 その意味では、和食を食べたい、自炊したいというご要望については、ほとんど問題ないでしょう。

 フジスーパーは、BTSプロンポン駅から程近く歩いていけます。駐車場もあって買い物客の車でいつも混雑しているようです。 周辺には、わたしが眼鏡を作った「東京メガネ」や日本の映画やテレビ番組を揃えたレンタルビデオ店、日本食のレストランなど、日本人向けのお店が多く、何かと便利なエリアです。

 店内はそれほど広くはないのですが、日本の食材が所狭しと並んでいて、ここがバンコクのスーパーだということを忘れてしまうほどです。
 まず最初にチェックしたのがお米です。主にチェンマイやチェンライなどタイ国内で作られたコシヒカリやササニシキが、日本と同じようなパッケージで売られています。有機栽培や減農薬をうたったお米もありました。数種類の日本米が揃っていますので、タイ米が苦手な方も心配要りません。
 日本人の方がチェンライで栽培されたお米を食べましたが、たいへん美味しかったです。バンコクでもブランド米として販売されていて人気のようです。 価格は、標準的な日本米が248~269バーツ(5キロ、約800円)、「秋田小町」270バーツ(5キロ、約800円)、「ひとめぼれ」350バーツ(5キロ、約1000円)、一番高い「こしひかり」が375バーツ(5キロ、約1100円)と日本の半額から3分の1程度です。

 生鮮関係では、野菜は種類が豊富ですし、魚も刺身がたくさん並んでいます。刺身の種類はそれほど多くはないですが、マグロやタコ、サーモンなどを中心にパックで売られていますので、これも日本のスーパーと同じですね。パックの刺身が、およそ100バーツ(約300円)以内です。
 お寿司やお弁当におにぎり、和風のお惣菜まで、日本のスーパーの食料品売り場と同じといっていいでしょう。少々割高ですが、日本から輸入された味噌、しょうゆ、インスタント食品も豊富です。
 タイ国内で生産された豆腐や納豆も売っています。納豆は日本でもお馴染みの「おかめ納豆」がありました。タイにも進出しているんですね、たいしたものです。3パックで125バーツ(約375円)ですから、ちょっと高いですが朝食には欠かせませんよね。

 日本と比べると若干割高とはいえ、ほとんどの日本食材が揃う「フジスーパー」、バンコク在住邦人の御用達というのもうなずけます。
  

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November 25, 2005

№220 「くるんてーぷの会」のスタディツアー その2

 被災したこどもが描いた津波の絵
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その2
 翌日の23日には、財団の事務局長プラティープ・ウンソムタム・秦さんに会って、みなさまからのスマトラ沖地震の義援金を直接手渡してきました。 財団からの緊急援助の呼びかけに多くのみなさまからご協力をいただいた義援金です。プラティープさんから「子どもたちのために有効に使わせてもらいます」とのメッセージをいただきました。
 財団では、スマトラ沖地震による大災害で被災した子どもたちの支援も行っていて、特に子どもたちの心のケアを中心に支援活動を続けています。 現地では、助け合いながら少しずつ復興に向かっていますが、まだ時間がかかるようです。 

 財団事務局で今年の事務内容を確認し、次年度の事務がよりスムーズに行くように打ち合わせを行いました。そして、スラムの子どもの話の中で、奨学部担当の阿部さんから「ここに住む子どもたちのほとんどは、スラムから出たことがありません」という話を聞きました。
 バンコクは発展を続けていますが、その一方で現実の厳しさを改めて知ると同時に、貧富の格差がますます広がる状況で、わたしたちの活動の必要性を改めて感じました。
 プラティープさんやご主人の秦さんとの話の中でも、「くるんて-ぷの会」への感謝の気持ちが伝わってきます。会員のみなさんのご支援が、しっかりと財団に届いているのです。

 さて、このスタディーツアーの報告会が、12月18日の午後2時15分から福岡市のNPOボランティア交流センター「あすみん」で開催されます。 その他にも「食文化の歴史」についての講演会も予定されています。参加費は500円。詳しい問い合わせや申し込みは以下の通りです。
 TEL/FAX 092-566-7607 ( 山口 )

 また、11月26~27日の2日間(10時から16時)、春日の「クローバープラザ」で開催される「アスバルフェスタ2005」に参加し、「くるんて-ぷの会」の活動の紹介とタイの手工芸品を販売します。アスバルフェスタは、毎年開催される盛況なイベントです。会場に行かれる際にはぜひ立ち寄ってください。

「くるんてーぷの会」(原田君子代表)
 〒811-0081
福岡市博多区井相田1-13-28-408
 TEL・FAX 092-586-4650

 URL: http://members.jcom.home.ne.jp/krungtep/
 Email: krungtep@jcom.home.ne.jp

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November 24, 2005

№219 「くるんてーぷの会」のスタディツアー

    クロントイ・スラムを歩く
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 「くるんてーぷの会」(原田君子代表)は、学校に通えないタイの子どもたちの教育里親活動をしている、福岡を拠点にするボランティア団体です。バンコク最大のクロントイ・スラムに住む子どもたちの教育支援活動をしているNGO「ドゥアン・プラティープ財団」に、会員からの教育資金を送金しています(№86で紹介)。
 会員になると「くるんてーぷ便り」が送られてきます。その第14号の記事から8月に実施されたスタディーツアーを様子を紹介したいと思います。 また、8月26日の西日本新聞(朝刊)にスタディーツアーの記事が掲載されました。

 原田代表ら4人は、2005年8月20日から24日までの日程で、カンチャナブリ県の「生き直しの学校」と「ドゥアン・プラティープ財団」を訪問しました。 今回のスタディーツアーの一番の目的は、支援している奨学生に会うことです。
 財団のオンさんの案内で、22日に「生き直しの学校」を訪問しました。この学校は、麻薬や親の養育放棄などから子どもたちを立ち直らせ、自立を支援する施設です。
 突然のスコールでゆっくりと施設の中を散策することができませんでしたが、プラティープさんのお姉さんのプラコーンさんから現在の学校の様子を詳しく伺うことができました。 この日、先に訪問していた近畿大学の学生さんたちと子どもたちが楽しそうに交流していたので、私たちはほんの少しの再会をしただけで、慌しい日帰りの訪問となりました。 
 
 スコールの合間に、子どもたちの自立のために各国からの寄付で植えられたアブラヤシの成長を見に行くことにしました。 広大な「アブラヤシ農園」には、これまでに約1760本もの苗木が植えられています。まずバナナの苗木を成長させて、その葉陰にアブラヤシの苗木を植えていくのです。
 その葉陰に植えられた苗木が育っていて、「僕の背丈より高くなった」「まだまだわたしの方が高い」と、子どもたちはその成長を見守っているそうです。 これからもバナナを植えて、葉陰ができたところから順次苗木を植林していくことにしています。アブラヤシが成長する10年後には、子どもたちの自立の道が大きく開かれることでしょう。
 また、募金を寄せていただいた方の名前を施設内の掲示板に載せて、農園づくりの完成の頃には、農園のどのブロックに自分のアブラヤシが育っているのか分かるようする計画です。

 つづく

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November 23, 2005

№218 ガイドのプラノームさん

    ガイドのプラノームさん
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 バンコクからの日帰り観光には、日本語観光バスのウェンディーツアーを利用しています。バンコク市内観光はじめ水上マーケットやアユタヤ観光まで、いろいろなコースが用意されています。
 午前中の観光コースですと、早朝宿泊しているホテルでピックアップして、観光が終わったら市内中心部で解散になります。なによりウェンディーツアーが便利なのは、他社と違って途中で宝石店などの買い物に案内しないことです。
 ホテルの出迎えから解散まで、日本語が話せるガイドさんが案内をしてくれます。時々たどたどしい日本語を話すガイドさんがいますが、普通は十分にコミュニケーションできます。

 今年3月、映画「戦場に架ける橋」の舞台になったクウェー川鉄橋で有名なカンチャナブリの観光に行った時は、プラノームさんという若い女性ガイドさんでした。ツアー当日の早朝、待ち合わせ時間に遅れてやってきたプラノームさん、第一印象はよくありませんでした。
 この日のツアー参加者は、わたしひとり。貸し切り状態で運転手さんとプラノームさんの3人だけで、ワンボックスの車を走らせます。車中や途中でナコンパトムの世界最大の仏塔を見物する間に、少しずつ打ち解けた雰囲気になってきました。

 プラノームさんは、ちょっとふっくら目の童顔で若く見えます(後で30歳近いと聞いて驚きましたが)。チェンマイ生まれで、チェンマイ大学で日本語を勉強した彼女は、これまでのガイドさんの中では日本語が一番上手です。
 カンチャナブリからは列車に乗り、1時間半の鉄道の旅です。列車の中では専属ガイド?のプラノームさんと、車窓からの景色を楽しみながら会話もはずみました。
 プラノームさんのおかげで、最後はのんびりゆったりとした想いで深い旅となりました。

 翌日の夕方、一緒にタイスキを食べました。聞くところによると、まだチェンマイからバンコクに出てきて間もないとのこと。 一人暮らしのバンコクの生活に慣れていなくて、少しホームシックという感じです。そんな時だったので、彼女にとっても二人の食卓は楽しかったらしく喜ばれました。
 これが縁になって、今年8月の訪問でも、プラノームさんを指名して水上マーケットのツアーのガイドをしてもらったのです。仕事ぶりが前回よりも手際がよく、プロらしくなっています。
 その夜も夕食に誘って、同行したTさん親子と4人で「しゃぶしゃぶ」を囲みました。 もうバンコクの生活や仕事にも慣れた様子で、前よりも表情が明るくなっていました。また、こちらで彼氏もできたらしく、それもあって生き生きしているのかもしれません。

 そんな訳で、次回のツアーもプラノームさんにガイドをお願いすることにしましょう。

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November 22, 2005

№217 「日本人村」の新設

 水上マーケットで売られているお面
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その3
 “タイロングステイシティー”計画について、地元の日本語紙「バンコク週報」が、10月24日号で次のような記事をトップに載せています。

 タイロングステイマネジメント(TLM)社は、外国人高齢者のロングステイ促進のため、タイ12県で2000億バーツ(日本円で約6000億円)をかけ10万室を新設すると発表。さらに会員に対しては、ビザ・生活面などで充実したサービスを提供していく構想を明らかにした。
 TLM社は、タイ12県(バンコク、チェンマイ、チェンライ、プーケット、カンチャナブリなど)で、11カ国(日本、イギリス、フランス、イタリアなど)の観光客を対象として、それぞれの国のコミュニティ(日本村、英国村など)を造る計画を発表しました。

 しかし、建設用地・資金面など今後解決すべき問題は多く、 “青写真”の実現度は今のところ不透明な状況だ、と報じています。 融資面では、日本の銀行2行を挙げているが、まだ十分な折衝はできていないようであり、TLM側の“先走り”が否めない部分も多い。
 また、新築の不動産だが販売はしないため、土地は30年の長期リースとする方針であるが、現時点で借地契約を結んでいるところは1箇所もない。
 融資についても「具体的なプランが決まってから交渉に入る」(TLM社のCEO)としており、来年12月に予定されている着工までに、さまざまな“調整”が必要となりそうだ。 なお、12県での新築プロジェクトが終了するのは、2009年になる予定である。

 さらに、“タイロングステイシティー”計画は、「最大のターゲットは日本」としており、タイで長期滞在を考えている日本人年金受給者を積極的に誘致するための計画である。
 これに対して、タイのロングステイ事業の関係者は、「ロングステイ事業はそれほど大きなマーケットにはならない」としたうえで、 「これから定年を迎える団塊の世代は、囲われることを好まない個性的な方が多い」、また「外界から隔離された環境を嫌う傾向が強い」と指摘している。 今の日本人観光客は、一昔前と違い個性的な生き方・行動を好む中高年が増えてきた、と指摘する向きは多い。

 この記事を読むと、今回の計画は、事業規模や実現性だけでなく日本人シニアの志向にマッチしていない面が多いのではないでしょうか。

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November 21, 2005

№216 タイロングステイマネジメント社 その2

 チェンマイのワット・チャイモンコン
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その2
 前回、TLMのパンフレット等からその事業とサービス内容を紹介しましたが、現在ホームページを見ると「タイロングステイ・クラブ」の内容がありません。 タイではよくあることですが、システムが変更になったのでしょうか?
その代わりに“タイロングステイシティー”計画のことが載っています。以下はHPの記事からです。

 2005年10月18日、観光とスポーツ大臣を名誉会長としてお迎えし、タイ国ロングステイプロジェクト発表会&MOU調印式が開催されました。ルアムナコーン・タプティムトンチャイ タイロングステイマネジメントCEOは、2005年~2007年に三段階で予定しているタイロングステイプロジェクト計画を発表しました。

第一段階(2005年後半~)
 2005年10月、日本での広報活動開始。その後6カ国以上の対象国で広報活動開始。初年度集客目標数は10万人。 ロングステイシティー12県の地元企業を集め、ロングステイシティープロジェクト説明・契約会開催予定。お客様には既存の地元企業の宿泊施設を利用していただきます。

第二段階(2006年中旬~)
 11カ国の政府と会談。パッケージ紹介、タイ国政府と各国の政府間の契約交渉(G to G)予定

第三段階(2006年後半~)
 2007年お客様の希望を取り入れた宿泊施設を建設完成予定。 今回の調印式で、19の政府機関と民間企業の合意が得られました。

 また、さらにこう言っています。
 快適で安全なタイロングステイを実現していただくため、TLM社は、“タイロングステイシティー”計画を進めています。 TLM社の会員に身分証明書(IDカード)を発行します。このカードは、タイ人の持つ身分証明書に近い役割を果たします。有効期限はなく、入会金や会費は無料です。
  「TLMパッケージ」をご購入のお客様に、以下のサービスを予定しています。

(1)TLMの会員に、電話番号付き携帯電話(プリペードカード利用)を無料で貸し出します(プリペードカードは別途お客様の負担になります)。
(2)TLMは、タイ ロングステイ ツアリズム テレビ(TLM TV)を衛星を通して1日24時間放送し、各種ツアー・レストラン・病院・ヘルスセンターなどの情報を日本語、英語、中国語、フランス語、ドイツ語で紹介します。
(3)日本人会員のために特別に、日本人医師による24時間体制の医療サービスを提供いたします。
(4)出入国管理局と連携し、ワンストップサービスにて1年有効のビザを発給いたします(バンコク、スワナプーム、チェンマイ、チェンライ、プーケット国際空港にて)。
(5)TLMは以下の項目についても、お客様のご期待にそえるような素晴らしいサービスを保証いたします。 
  ① ホテル、リゾート、コンドミニアム、サービスアパートメント
  ② ゴルフコース  
  ③ レストラン、スパ、エンターテイメント、ショー 

 この他にもたくさんのサービスが計画されているようです。 しかし、このように素晴らしいビジョンなのですが、計画通りに行かないのがタイでもあります。
 そもそも「TLMパッケージ」とは、どのくらいの料金なのでしょうか? それにしても「タイロングステイカード」は、どうなったのでしょうね。 すぐに飛びつかずに、しばらく様子を見ることにしましょう。

PS
 後日、バンコク週報の記事から、「TLMパッケージ」の料金が分かりました。 1ヶ月滞在の場合、月額45000バーツ(約135000円)の「ゴールドパッケージ」(2人分、朝食付き)と、月額75000バーツ(約225000円)で5つ星クラスのホテルを利用する「プラチナパッケージ」(2人分、朝食付き)が用意されているそうです。

 つづく

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November 20, 2005

№215 タイロングステイマネジメント社(TLM)

高級サービスアパート、メリタス・スィート
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その1
 タイロングステイマネジメント(TLM)株式会社は、タイの長期滞在観光を振興する政府の方針に沿い、2002年9月、タイ政府観光庁の出資により設立された企業です。 海外からのお客さんに、ロングステイの旅行計画や予約・ご相談受け付け、宿泊施設のご案内やツアーのアレンジを行っています。
 また、リハビリやメディカルケアーやデンタルケアーを目的とするロングステイヤーの相談も受け付けているそうです。

 TLMの事業として、バンコクをはじめ、チェンマイ、プーケット、ホアヒン、パタヤ、サムイ島などの契約宿泊施設の選定を主に行っており、同時にロングステイヤー向けのレクレーションや各種の割引サービスなどを提供しています。
 具体的には、日本人の長期滞在者向けに「タイロングステイ・クラブ」をスタートしています。入会すると「タイロングステイカード」が発行され、タイ滞在中の様々な生活サポート、特典を受けることができます。 日本で申込んだ場合、到着時にバンコク国際空港にてカードを受け取ることになっています。
 
タイロングステイクラブ会員特典
(1)タイロングステイマネジメント社オフィスにて、日本語を話せるスタッフが相談を受け付けます。
(2)タイ全土の契約宿泊施設を特別割引料金で利用できる。
(3)銀行の利用に関するサポート
(4)ビザに関する相談受付
(5)買い物、レストラン、スパ、タイ古式マッサージなどの案内
(6)タイ料理教室やタイ文化、タイ語を学ぶコースの紹介
(7)セントラルデパート、免税店での特別割引
(8)オフィス営業時間外の日本語の緊急テレホンサポートサービス
(9)弁護士の紹介
(10)日本語の通じる病院の案内 などのサービスです。

 「タイロングステイ・クラブ」の入会金として500バーツ(約1500円)、3ヶ月の会費が2500バーツ(約7500円)、それ以降3ヶ月毎に2000バーツ(約6000円)が必要になります。 まだ、設立から間もないTLM社、この利用料金が高いか安いのか、それは同社のきめ細かいサービスとそのサービスをどれだけ使いこなせるかにかかっているでしょう。

http://www.thailongstay-tlm.com/japanese/index.cfm?menuid=53&position=top

 つづく

 

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November 19, 2005

№214 セブンイレブンの一人勝ち

 チャオプラヤー川沿いのホテル群
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 バンコク市内には、日本と同じようにたくさんのコンビニがあって、たいへん便利です。市内の幹線道路沿いに多く見かけますし、大通りから脇に入った道(ソイ)にも、あちらこちらにコンビニの看板が架かっています。
 ですから、どのエリアのホテルに泊まっても、近所にコンビニがないということはほとんどないでしょう。普段コンビニに行くことが少ないわたしでも、旅先それも海外では、何かと買わないといけないものが出てきますので、コンビニが近所にあるとホットします。
 
 まず、暑いタイでは水が必需品です。水道水は当然飲めませんから、ミネラルウォーターが要ります。ホテルが無料でサービスしてくれることがありますが、そうでなければ毎日ミネラルウォーターを買わないといけません。日中、暑い中を歩いたり、観光したりするのに500mlのペットボトルを持って歩かないと、熱中症や脱水症状になってしまいます。バンコクでは、ミネラルウォーターがなければ生きていけないのです。
 次にビールも欠かせません。暑い夜をホテルで過ごす時、お風呂の後のビールは必須といっていいでしょう。シンハビールをはじめ地元タイのビール、ハイネケンやアサヒにキリン、種類は豊富です。 せっかくタイに来たのですから、やはりシンハビールを買い込んでホテルに戻ります。だいたい1本100円くらいでしょうか。安くて美味しいので、つい多めに買ってしまいます。

 バンコクのコンビニは、深夜に出歩くことがないので24時間営業かどうかは分かりませんが、早朝から夜遅くまで開いています。 お店は、日本の最近のコンビニのように広くなく、おしなべて狭い店内です。ですから商品アイテムも飲料水やカップ麺、お菓子類などに限られるようですが、不便は感じません。 
 もっと必要なものがあれば、デパートやスーパーマーケットで買い出しに行けば、何でも揃います。スーパーマーケットでも、夜10時くらいまで開いていますので助かります。
 
 バンコク市内にどのくらいの数のコンビニがあるのか、見当もつきません。その内のおよそ70%くらいが、セブンイレブンなのではないでしょうか。見慣れた看板なので余計そう思うのかもしれませんが、圧倒的にセブンイレブンのお店が多いのです。
 その他はファミリーマートです。どちらもお馴染みのコンビニですね。しかし、中国には進出していると聞きますローソンは見かけません。この2つの系列でほとんどのコンビニを占めているのではないでしょうか。地元ブランドのお店もあるのかもしれませんが。

 日本人にとってなくてはならない存在のコンビニ。バンコクにもたくさんありますので、安心してください。

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November 18, 2005

№213 プラ・ユキさんとの再会 その2

  市場で売られている蓮の花など
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その2
 プラ・ユキさんによると、人間の悩みや不安の50%は、過去の後悔やこだわり、将来への心配や不安などである。 これらの後悔や心配に心を奪われて、今という時間を過ごしている、つまり“今”を大事にせずに日々を過ごしていることが多いといいます。
 「いま、ここを」大切にしなければいけないのです。今という時間を活かして、これからに役立てていくことが重要であると説いています。
 
 過去の後悔やこだわり、将来への心配や不安などに「執着」することを、パーリ語の仏教用語で「ウパターン(しっかりつかむ)」というそうです。 反対に、この執着を手放すことを同じく仏教用語で「捨(しゃ)」または「ウベーカ」といいます。 「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」という言葉もあるように、“捨てる”ことで救われるという意味です。 こだわりを捨てられると気持ちが軽くなり、心安らかに生きられる ということではないでしょうか。

 春休みや夏休みを利用して、毎年50人から100人近い若者や女性が、スカトー寺を訪れます。最近では40代の男性も修行に来るそうです。長期の滞在でなくても3泊4日くらいの短期修行でも、よいとのことです。
 人生や自分自身を見つめ直す機会として、一度、スカトー寺を訪問してはいかがでしょうか。

 スカトー寺やプラユキさんの公式サイトはありませんが、ワット・パー・スカトーやプラユキ・ナラテボーで検索するといろいろなサイトが見つかります。


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November 17, 2005

№212 プラ・ユキさんとの再会

       プラ・ユキさん
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 今年11月8日、タイで修行を続ける日本人の僧、プラ・ユキ・ナラテボー(Phra Yuki Narathevo)さんと今年4月のお話会以来の再会をしました。 タイ国政府観光庁福岡事務所で、プラ・ユキさんと個人面談をする機会を得ました。
 プラ・ユキさんは、1962年生まれの日本名 坂本秀幸さんです。88年よりタイ東北部チャイヤプームに近い森の寺、スカトー寺にて僧侶生活に入り、現在、日本から来た若者や女性を中心に瞑想の指導をなさっています。
 
 前回は「いかに心豊かに生きるか」や瞑想について、数名の参加にお説教を説いていただきました。そして今回は1時間30分もの時間をいただきました。
 スカトー寺を訪れるのは、悩みを抱えたり、将来の目標が見つけられない若者や若い女性が多いそうです。現代は“心の時代”、つまり深く自分を見つけていく時代であるとおっしゃいます。 最初に「どうやって心を開いていくか」について、一人ひとりに応じた対応をして、お寺での修行に入るそうです。たとえば、まだ自我がしっかりできていない若者には、問題や悩みを書き出してもらうところから始めるそうです。 ちょうどコーチングの手法に似ています。
 自己認識してから瞑想の修行へと入っていきます。瞑想のほか、読経や托鉢を通して自分自身と向き合うことで、癒されたり、自己成長が図られるといいます。 瞑想を始めて3日目ころから本人に変化が現れ始め、1週間から10日間の修行をするそうです。

 興味深いことを伺いました。それは瞑想を続けると「夢」が活性化するというのです。自分の心の内面が出るようになって、夢に現れるようになるのです。修行している人の夢の話を元に、対話をしたりカウンセリングを行います。夢に出てくる内容は、問題解決のためのヒントや指針が隠れていて、トラウマが存在している場合もあるそうです。
 カウンセリングを行うなかで、自分を受容する意識や自覚が生まれてきます。つまり“本人の気づき”によって、心を開くことができるのです。 これを仏教用語で「サティ(自己想起)」というそうです。

  つづく

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November 16, 2005

№211 大学院で生涯学習 その2

     安立先生と学生たち
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その2
 では、具体的な大学院への進学の方法です。
 大学院は、社会人の入学枠がなくても進学できます。一般の学生と同じに受験すればよいのです。社会人枠というのは、一般の学生とは別枠で社会人にための入学枠を設けているだけなのです。

 まず第一に、自分が研究したい問題関心は何かということです。自分の身近なことでも結構ですし、興味や関心があって、あきらめずに続けられるテーマです。 「何を研究したいのか、何を発見したいのか」をはっきりさせることが、最も大切なことです。

 第二に、「何を研究したいのか」がはっきりしたら、自分のテーマに近い研究をしている先生や研究室を調べましょう。大学に資料請求してもいいですしインターネットでも調べられます。 見つかったら研究室を一度、訪問してみることです。大学院を直接受験しても、そのまま受け入れてくれることは期待できませんので、先生との事前の面談は不可欠です。
 わたしも安立先生に直接電話して挨拶に伺いました。そして自分の問題関心や研究したいことを話をして、研究室の研究テーマに合うのかを確認しなければなりません。 また大学院の雰囲気や先生の人柄も分かるでしょう。そうして進学したい大学院を決めていくのです。

 第三に、受験する大学院が決まったら、研究したいテーマを研究計画書にまとめていきます。 この研究計画書こそが、大学院進学の鍵を握っているのです。自分のテーマを社会学なら社会学の枠組みに当てはまる計画書にしていきます。 研究テーマがしっかりしていて軸がぶれない、学問領域に沿った研究計画を作成できるかが、合否のポイントになるといってもいいでしょう。
 きちんとした研究テーマを持っていて、修士論文を書き上げる能力と強い意志があるのだろうか、ということなのです。必ずしも英語や専門試験の学力だけで判定されるのではないのです。

 わたしが進学した安立研究室は、介護や福祉に取り組むNPOや病院でのボランティア活動、そして高齢社会の研究が主なテーマです。 大学から進学する学生、中国・台湾などからの留学生、社会人学生が、研究室の共同研究を行ったり自分にテーマに取り組んでいます。
 安立研究室のホームページに進学に関する情報がありますので、参考にしてください。

 アドバイスとしては、小さな一歩、ちょっとした一歩から始めることです。“行動することが大切だ”とロングステイを実行している方から教えられました。 ちょっとした一歩を踏み出せるか、踏み出せないか、それが人生を生きる上で大きな違いになると思うのです。まずできることから始めてみるのです。

 大学院は、広く社会人や社会に開かれています。自分がやってみたいテーマがあったら、気軽に大学院の扉を叩いてみましょう。


 安立清史研究室(九州大学大学院 人間環境学府)
  http://www.lit.kyushu-u.ac.jp/~adachi/ 

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November 15, 2005

№210 大学院で生涯学習

    ココナッツ・ガーデンにて
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 わたしは、現在50歳の社会人なのですが、九州大学大学院 人間環境学府の博士課程に在籍しております。
大学院では地域福祉社会学を専門にされている安立清史先生に指導を仰ぎ、 「高齢社会におけるシニアの生き方」をテーマに研究しています。 その具体的な研究のフィールドワークとして「タイのロングステイ」を取り上げた訳です。
 
 修士論文では、介護や支援を必要とする高齢者ではなく、タイ・バンコクでロングステイをされている日本人の方を対象に、元気で健康な高齢者に焦点をあて、なぜロングステイをしようと思ったのか、ロングステイによって個人がどのように変わるのか、ロングステイにはどのような機能があるのか、などについての研究をまとめました。

 45歳の時に大学院へ進学しようと思い立ちました。では、どうして大学院へ行こうと思ったのかについてです。
人生の半ばに差しかかり、後半の人生をどうやって生きていこうかを考え始めていましたし、ちょうどその頃、父が亡くなくなり自分の死が身近に感じられるようにもなりました。 そこで、このままの人生を続けてもいいが、自分でしたいことをやってみたいという気持ちが強くなっていたのです。
 これまでホワイトカラーからブルーカラーまでの仕事を経験し、自分でも予想しない人生を送ってきたわたしにとっては、大学院進学はそんなに大きな一歩ではありませんでした。 むしろもっと“自分らしい人生”を送りたい という気持ちが大きかったのです。後半の人生を、周りの声や評価をあまり気にしないで、自分の心に正直に生きたいと思いました。
 
 どうせ大学院へ行くのならば、好きなテーマで自分のためになり社会にも役に立つことを勉強しようと考え、関心がある3つのキーワード「高齢社会、生きがい、海外」に合致するものが、「海外のロングステイ」だったのです。
 正直にいいますと、研究の成果によって自分自身の人生の生き方の指針が見つけられるかもしれませんし、その上調査という名目で海外へも行けると思ったことも事実です。

 何はともあれ、そんな動機で大学院に進学し、この年で学生に戻ることになったのです。

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November 14, 2005

№209 高級サービス・アパート

    自炊ができるキッチン
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 タイでロングステイする場合、その宿泊施設としてホテル、コンドミニアム、サービスアパートメントなどがあります。 このうちサービスアパートメントは、掃除、洗濯、ルームサービスなど、ホテルと同じようなサービスを提供します。 
 簡単なキッチンが付いていて自炊ができますし、ステューディオタイプから1~2ベットルームと部屋の広さも生活スタイルによって選択できます。家具や食器も備え付けられていますし、コンドミニアムより高いですが同等のホテルよりも割安なので、短中期の滞在にはお勧めです。
 1泊からも利用できるところもあり、1週間・1ヶ月間単位で契約をします。 宿泊費は長期になるほど割安になりますが、およそ1ヶ月5万バーツ(約15万円)から7,8万バーツ(20万円以上)と一般的に高めです。 インターネットでの予約や現地の不動産会社から紹介してもらうとよいでしょう。

 Sさん夫妻が、今年7月中旬から1ヶ月間滞在していた高級サービスアパートメント「センターポイント・ランスワン」を訪問させていただきました。 BTSチットロム駅からランスワン通りを10分ほど歩いたところに建つ高級サービスアパートメントです。
 ランスワン通りは、バンコク市内でも静かな並木がある緑豊かな通りです。 ルンピニ公園に程近いので、散歩やジョギングには最適です。 東京でいうと青山といった雰囲気で、各国のレストランやブティックなどお洒落なお店がたくさん並んでいます。 バンコクでも指折りの高級住宅街といっていいでしょう。

 20階建ての高層階の部屋を訪問しました。部屋は見晴らしが良く、1ベッドルームで85㎡あってかなりの広さです。 冷蔵庫、電子レンジ、洗濯・乾燥機付きで、1ヶ月76000バーツ(約23万円)です。水道代は含まれていますが、これに電気代とタイの付加価値税7%が別途要ります。 もちろん調理器具や食器類なども一通り揃っていますので、和食などの自炊ができます。
 ちょっとした食料品やお酒は、1階のミニスーパーで売ってますし、日本食の食材は、チットロム駅前のセントラルデパート内のスーパーでほとんど揃います。

 室内はシンプルですが、明るい内装や品の良い家具・調度類は、落ち着きが感じられます。ゆっくりと滞在するには、よい雰囲気の室内です。 寝室は大きなベッドが入っても余裕がありますし、バスルームも広くシャワーブースも付いています。部屋全体がゆったりしていて、狭さや圧迫感は感じません。
 館内には、屋外プール、ジャグジー、フィットネスセンターなど五つ星ホテル並みの施設が充実していますし、チットロム駅までの無料送迎もあるそうです。

 このランスワンと同じセンターポイント系は何箇所か運営していますし、このような快適で高級なサービスアパートメントが市内各地にはたくさんあります。 予算に余裕がある方は、地域と料金をもとに希望のサービスアパートメントを探すことができるでしょう。

センターポイント・ランスワン
 43 SOI LANGSUAN, PLOENCHIT ROAD BANGKOK 10330
 TEL:(662)658-7444 / FAX:(662)658-7488-9

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November 13, 2005

№208 タイで奨学金贈呈

     お元気な調理事長
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 今年7月に佐賀県基山町にある浄土真宗本願寺派 因通寺の住職で、NPO「慧燈(えとう)」の調 寛雅(しらべ かんが)理事長(85歳)にお会いした。また、8月にはチェンマイ郊外のドイサケット市にある「大坪・慧燈教育学園」も見学させていただきました。
 このタイで恵まれない少数民族の子どもたちの教育支援をしているNPO慧燈の記事が、11月9日の西日本新聞に掲載されましたので紹介したいと思います。

 NPO「慧燈」のメンバーが、7日タイ東北部のウドンタニ県を訪れ、奨学金を地元の中学生や高校生に手渡した。仏教系のNPO「慧燈」は、タイの貧困家庭の子どもたちを対象に、教育費の仕送りなど教育支援活動を続けている。
 7日、ウドンタニ県ノーンスーン郡の中学校を訪れた一行は、会員からの寄付で集めた奨学金28万バーツ(約84万円)を子どもたちに渡した。 調理事長によると、奨学金は高校生50人と中学生33人分。中学校で行われた奨学金伝達式で、調理事長は「戦争のない世界にするために、ともに手を携えて頑張りましょう」と挨拶。 地元の教育関係者も出席し「タイの将来を背負う人材を育てることができる」と感謝を表明したという。(バンコク発)

 わたしが訪問したのは、タイ北部に建設中の寄宿舎付きの学園でしたが、NPO「慧燈」は、タイ東北部でも教育支援を行っているのです。 10年以上に亘る第二次世界大戦の遺骨収集活動がきっかけになり、タイに恩返しする意味で、タイの未来を担う子どもたちの就学を支援することにしたといいます。
 12月には、ドイサケットの学園を再訪したいと思いますし、今後とも微力ながら協力していきたいと考えています。

 NPO「慧燈」の活動に関心がある方は、一度ホームページをご覧になってください。

「特定非営利法人 NPO慧燈」
ホームページ  http://ww7.tiki.ne.jp/~intuji
Eメール  intuji@mx7.tiki.ne.jp

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November 12, 2005

№207 もち米の竹筒蒸し

   チェンライ近郊の農村風景
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 チェンマイからチェンライへ向かう途中、単調な道路を走るうちに、うとうとと眠っていました。 その時、車が減速して目が覚めました。何事かと思うと、農村が点在する田園地帯の道路わきに車が停車します。
 眠気まなこで車外を見ると、道路わきで何か物を売っている露店には10歳くらいの女の子が店番をしています。 ガイドのソンブーンさんによると、この辺りの名産の「もち米の竹筒蒸し」を売っているとのこと。 地元の名物で美味しいという竹筒蒸しを、おやつ代わりに買うことにしました。

 よく見ると、道路の両側には農家自家製の「もち米の竹筒蒸し」を売る露店が所々にあります。 日本でも地方でぶどうや梨など果物の時期になると臨時の直売所ができますが、それを想像していただければ分かりやすいと思います。
 
 直径3センチ、長さ30~40センチほどの竹筒の中に、蒸したもち米が詰まっています。 ココナッツミルクともち米を混ぜて竹筒に入れて、そのまま蒸しあげた、この地域の名物のお菓子なのです。 竹も蒸されて柔らかくなっているので、もち米が露出するように筒の端から竹をむしっていきます。
 上手にむくコツをソンブーンさんから教えてもらうのですが、どうしても竹筒の内側にある薄皮が、もち米にくっついて残ってしまいます。その薄皮が、もち米からなかなか離れません。薄皮にもち米が一緒にくっついてきます。仕方ないので薄皮ごと食べて、後で口から出すといった具合です。

 白のもち米と赤米の2種類があって、わたしのは白米の方でした。味はココナッツミルクの甘さと風味がもち米にほどよく染みていて、美味しいです。モチモチとした食感とほのかな甘さが後を引いて早く食べたいのですが、食べにくいのが何とももどかしいのです。
 それでもタイ北部の田舎の素朴な味を楽しめました。

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November 11, 2005

№206 「2007年問題」とロングステイ その2

     ローズガーデンにて
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その2

 これまでのタイでの調査やいろいろな方のインタビューから、ロングステイが持っている役割や機能を考えてみます。

 ロングステイの機能のひとつとして、これまで会社中心の人生を送ってきた男性が、定年を機に日本での日常生活を離れた海外で、これまでの人生を振り返り、自分を見つめ直し、これからの人生を再構築する“ヒントやきっかけ”が得られるのではないかと考えています。
 つまりロングステイは、日本での生活や社会の基盤から切り離され、第2段階の海外での生活をとおして、本人の社会的役割をリストラクチャリング(再構築)し、第3段階である帰国後の生活で、これからの人生に活かす新しい社会的役割を再創造する機能があると考えられます。
 それは、ロングステイによる日本の社会構造からの解放というインパクトが、本人を一旦日本社会から切り離した上で、その関係性のない海外という異文化の空間と時間を媒体として、改めて社会との関係や社会的役割を再検討する機会を与えているからです。

 とりわけ団塊の世代は、定年とともにこれまでの「タテ社会」の人間関係ではなく、地域における「ヨコ社会」のネットワークを形成することが課題になってきます。 会社人間から地域人間にシフトするきっかけとして、ロングステイの体験によって、これまでの人生をリセットしこれからの人生を考えるヒントが得られるかもしれません。
 団塊の世代が、定年後タイでのロングステイによってリフレッシュし何かを得て、日本に帰国して地域社会に戻り「地域人間」として生きていく。これまでの「タテ」の人間関係から、個人と個人がつながった「ヨコ」の人間関係やネットワークができたら素晴らしいことだと思います。
 それこそが“元気で明るい高齢社会”を創造するのではないでしょうか。

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November 10, 2005

№205 「2007年問題」とロングステイ

  
    チェンマイ門市場にて
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その1
 最近、2007年から60歳の定年退職を迎え始める「団塊の世代」が、注目されています。 団塊の世代は、1947年から49年の3年間に生まれた683万人の人たちをいい、その前後の世代の出生数よりも倍近い世代です。
 団塊の世代が、定年を迎え高齢者の仲間入りをし始めると、その数の多さから今後の消費拡大が期待される一方で、職場での技術の継承ができないことや年金の増大などが心配されている。いわゆる「2007年問題」である。

 しかし、11月7日の西日本新聞で、団塊の世代の“名付け親”である堺屋太一さんは、2007年問題によって「大増税が必要」「年金の大幅引き下げも不可避」という悲観論は当たらないと寄稿しています。
 勤勉に働いてきた団塊の世代が、定年後はまったく働かないとは考えられない。60代はまだ元気、大部分は定年後も働きたいし、働くだろうと予想しています。 定年によってこれまでの終身雇用・年功賃金の縛りから解放され、安価で自由な労働力として働き続けるというのです。
 再就職しても所得は減少するのですが、所得の低下以上に子どもの独立や住宅ローンの完済などによって、支出がそれを上回るほど減少するために、かえって可処分所得は増えると予想しています。

 そして、定年後重要なことは、本当の「好き」を見つけることだと強調しています。何時間やっても飽きない趣味、誰にでもしゃべりたくなる事柄を見つけて、同好の士を募る。 人間、好きは上手、60歳からはじめても70歳までにはひと角の通になり、仲間の期待と尊敬を集めるはずだ。世の中は、職場職業でつながる職縁社会から、同好の士が集う好縁社会に転換するだろうと、団塊の世代にメッセージを送っています。

 さて、ここで問題なのは、堺屋さんがいうこれまでの職場職業でつながる職縁社会から、同好の士が集う好縁社会に、どのようにして転換できるのかということです。 自然に社会がシフトしていく訳ではなく、これから定年を迎えようとする個人、一人ひとりの問題であり、課題なのではないでしょうか。
 職縁社会、つまり企業や組織というタテ社会を機軸にしてきた人間関係から、会社組織を離れた地域社会などにおいて、ヨコ社会の人間関係やネットワークづくりをどうやって構築するのかという課題です。個人と個人が、肩書きののないひとりの人間として、この記事でいう本当の「好き」を通した関係を取り結べるこかということです。
 そのひとつの対応としてのロングステイを考えたいと思います。

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訂正とお願い

 読者のみなさま

 いつもわたしのブログを読んでいただき、指導してくださる読者の方からご指摘がありました。
確認しましたところ、記事の内容に誤りがありましたので、訂正するとともに謹んでお詫び申し上げます。 訂正は、以下の2箇所についてです。

 №201 お昼に野点弁当
 「バンコクには、何でも2000軒もの日本料理店があって味を競っているのです。」

 №55 和食はバンコクで
 「バンコクには、2000軒もの日本料理店があって」

 この中にある「2000軒」は誤りで、正しくは「200軒」です。 №55の「和食はバンコクで」の記事を書いた時に、資料から誤って転記したものと思われます。それをそのまま№201「お昼に野点弁当」にも記載してしまいました。
 データを確認しないまま、掲載したことを深くお詫びいたします。 データについては、今後さらに確実にチェックして記事を書いていきますので、よろしくお願いいたします。

 さて、次はお願いです。
 昨日から日経BP社のシニア向け情報サイト「セカンドステージ」に紹介していただいたところ、昨日一日だけでもこれまでの約2倍のアクセスありました。 つまり新しい読者の方が、初めてわたしのブログを訪問していただいているわけです。
 現在まで、タイでの調査・取材を中心に200回の記事をアップしております。ロングステイを実行している多くの方へのインタビューやタイについて感じたこと、エピソードなど多くの話題に関するバックナンバーがありますのでご一読していただければ幸いです。

 つたない文章ですが、今後ともみなさまに読んでいただけるブログを作っていきたいと思います

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November 09, 2005

№204 日経BP社の情報サイトに載る!

    チェンマイの蘭園にて
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 昨日11月8日、わたしのブログ「シニアの新しい生き方としてのロングステイ」が、日経BP社が運営するシニア向け情報サイト「セカンドステージ」に載りました。

 「セカンドステージ」は、日経BP社が今年の6月に立ち上げた、人生の後半戦を応援し、支援するWebサイトです。 人生設計、学び、健康、快適生活、エンタテーメントなどの分野で、充実した人生を送るための情報提供やリアル・イベントなどを開催しています。 50代からの起業や生きがい探し、移住やリフォームなどの生活情報から、スポーツや音楽、写真、料理などの楽しみまで、豊かな生き方を支援する『おとな』のためのサイトです。(HPの紹介文より)

 「セカンドステージ」の中の「大人のブログ探訪」という連載コラムに掲載されています。 この連載コラムは、シニアが注目している話題やいろいろな物事にチャレンジしている方のブログを紹介するものです。
 コラムではわたしのブログをロングスティを調査・研究しているブログとして、実際にロングスティを送られている方の体験談、現地レポートなどを交えたレポートをつづっていると、紹介していただいています。

 10月には、九州のフリーペーパー「ワールドジョイント倶楽部」に記事を載せてもらいましたが、このようにいろいろなメディアに取り上げていただけることは、ありがたいことです。 より多くの方にわたしのブログを知ってもらい、読んでいただければ幸いです。 感謝。


 「セカンドステージ」のWebサイト 
  http://nikkeibp.jp/style/secondstage/

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November 08, 2005

№203 タイ人気質 エピソード2

    ナイトバザールの屋台
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エピソード2
 悪いことは続くものです。エステの後、やっとのことでBTSプラカノン駅に到着したのは、待ち合わせから1時間遅れでした。待ち合わせしたタイ人のガイドさんに平身低頭。
 
 駅前の和風料理店「秋吉」のしゃぶしゃぶ、すき焼き食べ放題(330バーツ、約1000円)が、今晩の夕食です。お好みで牛肉、豚肉どちらでも選べます。 最近、この店はタイ人にも人気で、金曜日の8時過ぎということも重なって満席です。
 順番待ちのお客さんが、何組か待っています。およそ1時間待ちとのこと。この近くに他にレストランはありません。仕方なく待つことにしました。7時の待ち合わせが9時の食事になってしまいました。これもあのエステのお店のせいです。まったく!

 半ばあきらめ気味に待つこと約40分。予想よりも早く前のグループが案内され、ようやく次の番になりました。少しは早めに、しゃぶしゃぶにありつけるかと思いきや、なかなか呼ばれません。 その間、食事を終えて会計を済ませるお客さんがいるにもかかわらずです。受付で聞いても「あと20分」と取り合ってくれません。
 おかしいなと思って店内をチェックすると空いている席があるのです。「空いてる席があるじゃないか」と再度交渉すると、悪びれるでもなく「ああそうでしたか」といった感じで席に案内しました。 

 料理や味のレポートはさて置き、なぜ待っているお客さんを案内しないのでしょうか。根本的な接客サービスに問題があるのですが、これもエステのお店と同じく、タイ人の気質「マイペンライ」に原因があるような気がします。
担当者や責任者がいても、その実誰も責任を取らない、「わたしには関係ないこと」そんな感じです。「申し訳ありません。お待たせしました」という謝罪めいた言葉もなく、さもこれが普通、よくあることだという態度なのです。
 一般的に日本人は時間に正確でサービスにも敏感ですが、タイ人はその正反対なのかもしれません。
 一日に2度のメイペンライ、こんな「マイペンライ」はもうたくさんです!

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November 07, 2005

№202 タイ人気質 エピソード1

     エステ店の個室
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 タイ人気質を表すエピソードを2題。2つともわたしの体験からです。

エピソード 1
 この夏、同じ時期にバンコクを訪問していたTさん親子と3人でエステに行きました。これまでも何回か利用している感じのよいお店です。 予約の時間通りに行くと個室が空いていないということで、予約を入れていたのにと思いつつも、近くの支店へ車で案内されました。 何とかそこで3人とも個室で、2時間のアロママッサージを受けることになりました。
 
 いつもの通りの心地よいマッサージと日中の疲れで、すっかり眠り込んでしまい、起こされてマッサージが終わったことが分かりました。 手早くシャワーを浴びて、Tさん親子を待たせてはいけないと思いつつ待合室に戻ります。既にTさんたちは、ソファーに座って待っていました。
 何か雰囲気が変だなとロビーの時計を見上げると、わたしだけ2時間コースが2時間30分近くも掛かっています。かなりの時間待たせていたのです。その上、本店から支店へ回されたこともあって、予定時間よりかなり遅くなっています。
 この時点で、次の予定である知人との夕食の待ち合わせ時間に間に合いません。 すぐに受付の女性にBTSの駅まで車で送るように頼みましたが、これまた本店からの車を待つ時間がかかり、余計に遅くなりました。 結局、待ち合わせの時間に1時間近く遅くなり、知人に申し訳ないことをしてしまいました。

 最初のエステの本店での対応から、2時間のコースが延びてしまったことや、BTSの駅までの送りの車の手配などの謝罪や説明は、ほとんどありません。「これは仕方がないことです」「そんなに気にしないで」といったスタッフの態度と対応なのです。まさに「マイペンライ」とは、このことでしょう。 都合の悪い時は、いつもこれで済まされてしまい、外国人には評判が悪いそうですが、不運にも遭遇してしまいました。
 急がない時には、これが「マイペンライ、マイペンライ」と自分に言い聞かせることもできますが、約束があるときに限ってと思うとその怒りを持っていきようがありません。
 都合のよい「マイペンライ」は嫌いです!

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November 06, 2005

№201 お昼に野点弁当

     豪華な「野点弁当」 
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 いつも海外に出ると、その国の料理、そこでしか食べられないメニューを注文していました。 幸いわたしはきらいな食材がなく、辛いものでもOKですから、海外で日本食が恋しいと思ったことは一度もありません。 もちろんバンコクでも例外ではなく、いろいろなタイ料理を食してきたわけです。
 ところがバンコクには、何でも200軒もの日本料理店があって味を競っているのです。それも安くて美味しいお店がたくさんあるといいます。 ですから在バンコクの方に連れられて、和食を食べる機会が増えました。

 数ある日本料理店の中でも、BTSチットロム駅近くのインターコンチンネンタルホテル地下の「日本亭」のお昼はお奨めです。 お昼のランチには、リーズナブルな値段で美味しい料理をいただけます。天丼とうどんのセットなど、ランチメニュー(200バーツくらい)がたくさん揃っていて十分満足できます。

 今年8月には、ロングステイの下見や体験にやってきた知り合いの方を「日本亭」に案内しました。 バンコクの和食のレベルを知ってもらいたいこともありましたが、みなさんタイ料理にうんざりしていた頃でもあったからです。
 みなさんに「野点弁当」(480バーツ、約1500円。税サ込み)を勧めました。三段重ねになっていて、お重を開けるのが楽しみです。 ご覧の通りの豪華版で、箸をつけるのがもったいないくらい、きれいで上品な盛り合わせです(今度は写真を撮りました)。

 味は、日本の高級店と比較しても遜色ありません。目と舌で味わいながら、ゆっくりといただきました。もちろん、みなさん大満足されたのは言うまでもありません。 これと同じお弁当を日本のホテルで食べたら、5000円くらいするのではないでしょうか。バンコクは、まさに和食天国なのです。
 和食が恋しくならないわたしにとっても、バンコク滞在の楽しみがひとつ増えました。これからも食べ歩きして、美味しい日本料理店を探すことにしましょう。
 

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November 05, 2005

№200 祝!200回

 マーケットで花のお供えを売る女性
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 本日11月5日、ブログの記事が200回を迎えました!
 4月にスタートして7月26日に100回になり、それから3ヶ月あまりで200回になりました。 今流行のブログをやってみようと軽い気持ちで始めたのですが、この間ほぼ毎日記事をアップすることができました。
 
 100回の頃のアクセス数は、30~50件にとどまっていましたが、最近では200件を超える日も珍しくありません。 また、九州のフリーペーパー「ワールド・ジョイント倶楽部」にわたしのブログの記事が載り、来週には日経BP社のシニア向け情報サイト「セカンドステージ」にも掲載されることになっています。
 
 このように少しずつ認知度が上がり、より多くのシニアの方、そして団塊の世代を中心としたこれからのシニア世代に「新しい生き方としてのロングステイ」の提案や情報提供を続けて行きたいと思っています。
 これまでの会社中心の人生やタテ社会の人間関係から、地域社会に根ざしたヨコの人間関係の人生へとシフトさせるひとつのきっかけとして、ロングステイが機能するのではないかと考えています。これからもロングステイの機能や効果を紹介、提案していくつもりです。

 正直言って毎日記事を書いていると、どんなことを書こうかネタに困ることもありますが、毎日のアクセス数を励みに300回を目指して書き続けていきますので、よろしくお願いいたします。
 なお、12月下旬には、ネタ探しにチェンマイ、チェンライを中心に取材旅行へ行く予定にしています。

                              感謝

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November 04, 2005

№199 アカ族の村

   萱と竹でできたアカ族の家
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 タイの山岳地帯を中心に多くの少数民族が住んでいます。タイ北部を中心に大きく9つの少数民族がいて、その数75万人といわれています。 “首長族”で有名なカレン族、美男美女が多いリス族、広く分散しているモン族、アカ族、ヤオ族などが代表的な部族です。 今年8月の訪タイでは、いくつかの少数民族の村を訪問しました。高原の町ドイメサロンの近く標高1500メートルの高地に、カレン族、アカ族、ラーウ族の集落が隣接するように点在しています。 “首長族”のカレン族は既に紹介しましたので、今回はアカ族の村を取り上げることにします。

 アカ族の集落は、萱葺きの家が山の斜面に張り付くようにして並んでいます。およそ30戸ほどでしょうか。人口は約200人といいます。数年前にようやく電気が引かれたそうですが、水道はなく山水を引いてきているようです。 テレビのアンテナも所々に立っています。こんな山奥でも電波が届くのですね。
 家々は、萱葺きの屋根に、竹を交互に編んだものを壁にしている質素なものです。 家の中は薄暗くてよく見えませんが、床はなく地面にそのまま生活しているようです。しかし、萱や竹で造られた家は通気性に優れているのでしょう。
 
 村にはほとんど人影はなく、昼間男たちは山へイノシシ狩りや畑仕事に出ています。とうもろこしや米、タロイモ、野菜をはじめ、ライチ、ロンガンなどの果物が主な作物です。 
 雨が降るとすぐにぬかるみそうな赤土の道を歩いて、村を一周します。時々、にわとりの親子が出てきて歩き回っています。数羽のかわいいヒナが、ピイピイ鳴きながらよちよち歩くそばを親鳥がついて回ります。 こちらがヒナに近づこうとすると、親鳥が警戒してきます。昔は日本でも田舎の家にいくと、にわとりが庭先を歩いていた風景がありました。懐かしく思い出されます。
 
 アカ族は、その素晴らしい民族衣装が特徴です。黒の服地にきれいな刺繍を施し、銀色の金属を貼り付けた個性的な民族衣装です。 同じように装飾された女性用の帽子が、とりわけ美しく目を引きます。アカ族はアクセサリーなどの装飾品を作るのが得意で、村の入り口でお土産として売っています。どれもシンプルですが手作りのオリジナルのものばかりです。ナイトバザールで売っているものとは趣も違いますし、彼らの貴重な現金収入源でもありますので、現地で買うのがお勧めです。 値段も手頃で、少しおまけしてくれます。日本へのお土産として喜ばれるでしょう。
 店番をしているのは、孫を背中に背負ったおばあさんたちばかりで、若い女性は見かけません。若い人たちは現金収入を求めてチェンライなど都会へ働きに出ているそうです。きれいな民族衣装を着た若い女性を期待していたのに残念! 若い女性への期待は、“首長族”のカレン族に譲ることにしましょう。 

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November 03, 2005

№198 国王と王妃の誕生日

  市内各所にある王妃の写真
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 8月12日は、シリキット王妃の誕生日です。またこの日はタイの母の日にもなっています。王妃の誕生日はタイ国民の母の誕生日ということでもあるのでしょう。

 今年の8月初旬に10日間ほどバンコク・チェンマイと回りましたが、市内各所やホテルまた寺院など、至る所に王妃の写真が大きく掲げられ、花などで美しく飾り付けられていました。 国民のタイ王室への尊敬と敬意が伝わってきます。日本の皇室に対する想いとは、かなり異なっていることが感じられます。
 バンコク市内では、特にラチャダムヌーン通りと王宮周辺が最も華やかで、夜にはイルミネーションが輝き、誕生日当日は盛大なお祝いのセレモニーが行われるそうです。

 5年ほど前、初めてバンコクを訪問した時は、12月の初めでプーミポン国王の肖像画が飾ってありました。国王は、現王室チャクリー王朝のラーマ9世です。 12月5日が、プーミポン国王の誕生日なのです。ちょうど国王の誕生日にバンコクに滞在することになったのです。テレビでも大きくお祝いの番組を流していた記憶があります。
 プーミポン国王は、「国民の父」として崇められていて、国民の絶大な尊敬を集めています。もちろん、この日はタイの父の日です。
 
 プーミポン国王は1927年生まれですから、今年で78歳になられます。1946年に19歳で即位されていますので、その在位は60年近くになります。 国王は200年続いているチャクリー王朝にかっての栄光を取り戻し、その卓越した知性と人格で国民の信頼と尊敬を得ているのです。
 以前、国内の政治が混乱した時、当時の首相と対立している野党党首?をお呼びになって、政情の安定化を諭されるシーンが放送されたことがありますが、ひざまずいて国王の話を聞く首相の姿は、非常に印象的でした。
 このように、タイの王室に対する国民の尊敬と想いを感じられる王妃と国王の誕生日の頃です。

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November 02, 2005

№197 ロイ・クラトーン

   城壁が残る古都チェンマイ
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 ロイ・クラトーンは、毎年11月頃に行われるタイの代表的なお祭りです。もうそろそろロイ・クラトーンが始まる時期です。この時期のタイには行ったことがないので、実際に見たことがありません。 ロングステイを経験した方の話ですと、とてもきれいなお祭りだそうです。

 ロイ・クラトーンとは、陰暦12月の満月の夜(今年は11月15・16日あたりのようです)に、農民の収穫に恩恵深い水の精霊(ピー)に感謝を捧げ、また罪や汚れを水に流し、魂を清めるお祭りのことです。 (タイ国政府観光庁のパンフレットより)
 ピーとは、精霊、お化け、魂など実体はないが存在感だけはある幽体のことをいい、神の概念の総称でもあるようです。民家の庭やホテルなど各所に見られる祠(サン・プラ・ブーム)に花を飾り、線香を焚き、食べ物を供えて祀ってあります。旧そごう前のエラワン・ブームは有名ですね。
 人々は、バナナの葉や紙で作った「クラトン」という灯篭をロウソクや線香、そして花で美しく飾り、お祈りをしながら満月を写す水面に流します。川はクラトンの灯りで光のラインとなり、美しい夜を創りあげます。
 その起源は13世紀のスコータイ時代に遡るといわれていて、4月のソンクラン(水掛け祭り)とともに、タイでは最も重要な行事です。 華やかな山車のパレードが市内を行進し、あちらこちらで爆竹が鳴りロケットや花火が打ち上げられます。(JTBのパンフレットより)

 日本にも精霊流しのお祭りで灯篭を川に流す風習がありますので、そのような感じかなと思います。多くの灯篭が川に浮かんで明かりが灯っている様は、さぞかし美しく幻想的な光景でしょう。
 とりわけチェンマイのロイ・クラトーンは美しいと聞きます。テレビで見たことがありますが、紙で作った大きな風船にロウソクを点けて、熱気球と同じ原理で夜空に飛ばすのもこのお祭りの時です。 ロウソクの火が灯った数多くの風船が夜空に高く舞い上がる様は、どんな光景なのでしょう。どこまで高く上っていくのでしょうか。 ロウソクが燃え尽きるまで、ふわりふわりと満月の夜空を漂っているのでしょうね。ぜひ一度、見てみたいものです。

 日本国内でもそうですが、お祭りやイベントの時に旅行に行くのはいいですね。お祭りの熱気や雰囲気を直に味わうことができます。 ただし、ソンクランの方は水掛け祭りですから、びしょ濡れになる覚悟で行きましょう。

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November 01, 2005

№196 タイにはトンネルがない?

   チェンライのきれいな道路
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 昨日につづき、道路の話題をもうひとつ。

 タイ全国を車で旅行した経験があるHさんによると、タイ全土には1本のトンネルもないらしいということです。少なくともHさんは、タイでトンネルを見たことがないとおっしゃいます。 ですから峠道の雰囲気がどことなく日本とは違うなと感じていたのですが、トンネルがないことがその原因だと合点がいきました。
 どんなに標高が高い峠道でもトンネルなしで越えて行きますから、道路の勾配がかなり急なのです。それまで高速道路並みのスピードで飛ばしていた車も急な勾配のためスピードが上がりません。 ギアを落としてエンジンを吹かして峠道を登ります。荷物のいっぱい積んだトラックなどは、峠を越えていくのは一苦労です。上りには登坂車線が設置されていますので、トラックなどの遅い車はこちらをふうふう言いながら登っていきます。
 
 日本ですと勾配が急になり過ぎないように、ある程度配慮された道路の設計がなされていて、どうしてもそれ以上は無理だなという地点まで来るとトンネルが掘られてる訳です。 ですから日本の峠道というと、最も標高が高い地点つまり峠の部分はトンネルになることが多くなります。現在の日本では、タイに比べて峠を越えるのに苦労するということは比較的少ないのではないでしょうか。 割合スピードを維持しながら峠を越えていけるのが日本の道路です。
 それでもかなりの山奥の道路でも、舗装しているタイの道路はたいしたものです。 やはりこれだけ道路を整備している国は、他に東南アジアにはないでしょう。

 タイにトンネルがない、または少ない理由は、建設費が高いことと施工技術の問題ではないだろうかと思われます。やはり日本の土木技術力と公共事業はすごいですね。
 トンネルのあるなしで、こうも峠道の印象が違うものだと妙に感心した次第です。

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