« №277 国内版「ロングステイ」次々 | Main | №279 大渋滞のバンコク »

January 25, 2006

№278 団塊の世代の村上春樹

 遠くに霞むワット・アルン(暁の寺)
IMG_0557

 小説家の村上春樹氏は、1949年生まれの団塊の世代です。村上氏の小説・エッセイは好きで時々手にします。 エッセイの「村上朝日堂」から最近は長編小説「海辺のカフカ」まで、文庫本を中心に気に入ったものを読んでいます。

 今読んでいるのが、 「やがて哀しき外国語」という文庫本です。村上氏が1991年から約2年半にわたってアメリカのニュージャージー州プリンストンに住んでいた時期のことを書いています。 少々古い話ではありますが、その当時の村上氏の心情やまわりの出来事を記録としてまとめてあります。

 その中の「アメリカ版・団塊の世代」という章からです。

 日本における僕らの世代が今何を一番問題にして、何を実行しているだろうかと考えると、もう一つ明確なイメージがわいてこない。 まあ世の中にはいろいろと頑張っている人もいるだろうし、何もしていない人もいるだろう。 でも実際問題として、大多数の僕と同世代の男性は毎日の仕事がとにかく忙しすぎて、余計なことなんて何もできないという実情ではないだろうか。
(中略)
 でも僕も今度日本に落ち着いたら、何か自分にできることを身近に探してみようという気にはなっている。 これはボランティアとか社会活動みたいなことをするから偉くて、しないから駄目ということではない。 いちばんの問題は「自分にとって何ができるか、自分は何をしたいのか」というのを見つけることだと思う。 別の言葉で言い換えれば、どこまで自分の疑問を小さく具体的にしぼり込んでいけるかということになるかもしれない。 アメリカに来て、いろんな人々(とくに同世代の人々)に会って話しているうちに、そういうことについてわりに考えるようになった。
 僕はずいぶん長いあいだ「世代なんて関係ない。個人がすべてだ」という考え方でそれなりに突っ張ってやってきたわけだけど、僕らの世代にはやはり僕らの世代の独自の特質なり経験なりというものがあるし、そういう側面をもう一度洗い直して、それで今何ができるかということをあらためて考えるべき時期に来ているのかもしれないと思う。

 この文章は、90年代の初めに書かれていますので、村上氏が40代前半の頃の心情を著わしたものです。 プリンストン大学のキャンパスで学生と交流し、小説を書く日々を過ごした滞在は、現在の海外でのロングステイと共通するものがあると思います。
 ちょうどバブル経済の最中で仕事に追われている同じ世代を冷静に見ながらも、自分も同じ世代と同様な特質なり経験なりを持っていると自覚しています。 それは、日本を離れアメリカに永く住み、アメリカの同世代との交流の中で、はじめて意識されたものかもしません。
 そして、団塊の世代の一員としてのアイデンティティを感じながら「自分にとって何ができるか、自分は何をしたいのか」と自分のこれからを考えています。

 これまでを振り返り、自分を見つめ直し、これからの生き方や人生を考える。まさにこれが、海外での生活やロングステイを通して得られるものといえるでしょう。
 今年57歳を迎える村上氏、今はどのような想いなのでしょうか。聞いてみたいものです。

|

« №277 国内版「ロングステイ」次々 | Main | №279 大渋滞のバンコク »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/84814/8278899

Listed below are links to weblogs that reference №278 団塊の世代の村上春樹:

« №277 国内版「ロングステイ」次々 | Main | №279 大渋滞のバンコク »