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February 28, 2006

№312 チェンライで米づくり その2

   ていねいに袋詰めされます
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米づくりの状況
 すべてを失った平岩さんは、ここから一念発起して再出発を図ります。 最初に出荷した日本米の評判がよかったので、代理店から米づくりの再開を要請されます。資金を日本からの借金で調達して、また米づくりに取り組んだのです。
 現地の農家を説得して回ったが、農家との信頼関係を築くのが一番の課題であった。以前にも日本人が現地で米づくりをしていたが、農家に米代を支払わない詐欺師だったからです。弁護士を立てきちんと契約書を交わすようにし、信頼してもらうのに苦労したといいます。
 平岩さんは元々会社勤めだったので、自分では米は作りません。タイの農家に日本米の種もみを供給し技術指導をする。そして収穫した米を全部買い取るというシステムを取っています。 米代は、農家が入荷した翌日に現金で払うそうです。「こめや」は、生産された米の一括買取から精米、卸売りまでを一貫して行っています。

 1999年に200ライ(約120ha)ほどの面積から再開しました。初めは、熊本県の農業試験所を退官した方に、現地で契約農家に日本米の技術指導をしてもらった。 現在では500軒もの農家と契約を結び、1900ライ(約1200ha)の作付面積にまで拡大しています。 
 米づくりを再開して6年目の今シーズンまで、毎年50%ずつ出荷量が増加しているとのこと。 チェンライでは二期作なので5~6月、10~11月と年2回の収穫があり、白米ベースで年間1140トンの取扱量を誇っています。
「こめやの米」のブランドで、チェンマイの日本食レストランやバンコクのスーパーなどに卸されていて、そのほとんどがタイ国内で消費される。 供給が精一杯で、需要に追いつかないほどだといいます。

 米の種類は、一番収穫が多い秋田こまち から、ひとめぼれ、人気は高いけれど収量が少ないササニシキ、コシヒカリなど約10種類です。 沖縄の米まで全国の種もみを持ってきて作ってみたが、なぜかチェンライでは日本の寒冷地の品種が合うといいます。朝晩が涼しくなるタイ北部では、東北などで作られている米が合うのかもしれません。
 周辺の農家は、これまでタイ米のもち米を作っていました。日本米に代えると収量は減るものの、高く買い取ってもらえるので農家の年収が増え、年々希望者が増加しているそうです。米づくりをすることで、地域の農家の経済的支援にもなっているわけです。 
 
 翌朝、精米の様子も見学させていただきました。日本製の大きな精米機が2台並ぶ大きな倉庫兼精米所では、朝から多くの人が働いています。 事務の女性3人を含めて、27名ものタイ人の社員を雇っているそうです。若い人が多く、以前里子として教育支援をしていた20代の男性も含まれています。
 日本米には日本製の精米機でないと、うまく精米できないといいます。平岩さんは、米を慈しむように精米の状態を注意深くチェックします。 きれいに精米された米は、スーパーや「こめや」の専用袋に5kgずつ丁寧にパッケージされていました。翌日には出荷されていくのだそうです。

 つづく

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February 27, 2006

№311 チェンライで米づくり

事務所には「こめや」の看板がかかる
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 タイ北部の町、チェンライ郊外で米づくりをする平岩逸雄(いつお)さん。 チェンライから南に約10km、ワット・ロンクンというお寺のすぐ近くに平岩さんの精米所兼事務所があります。 事務所には会社名でもある「こめや」の大きな看板が掛かっています。
 訪問したのは12月下旬、周囲の田んぼは米の収穫が終わって、日本の晩秋のような田園風景が広がっていました。

 タイで美味しい日本米が食べられる、それもチェンライで日本人が作っているという評判を聞いて、今回訪問させていただきました。 平岩さんの米は在タイの日本人に人気で、わたしも昨年8月チェンマイでコシヒカリをいただいていたので、是非一度訪ねてみたいと思っていたのです。 なお、これまでにテレビ朝日の番組「ポカポカ家族」や西日本新聞にも紹介されています。


米づくりのきっかけ 
 平岩逸雄さんは、熊本県球磨地方出身の61歳。奥さん(54歳)とリス族の9歳の女の子と3人暮らしです。
4年前から少数民族の女の子を里子として養育しているのです。 日本では、長女(33歳)と長男(31歳)は独立していて、熊本の実家には実母(85歳)が健在で、ひとり暮らしをしているそうです。

 1997年、平岩さんがチェンライに来て9年目になる。精米機や乾燥機などの農機具メーカーの営業マンとして活躍していたが、定年まであと1年半を残して53歳で早期退職した。
 同郷の知人から「タイで一緒に米を作らないか」と誘われたのが、米づくりのきっかけであった。 タイには勤めていた会社の工場がある関係でときどき来ていたが、観光で訪れたチェンライは気候が温暖で冬もあまり寒くなく、好きな石垣島に似ていて気に入っていたことも後押しした。
 ところが、翌年その日本人からだまされていたことが判明する。共同経営者として役員に登記されていなかったのである。タイ語で書かれた契約書の内容が分からなかったのが原因であった。
 しかし、平岩さんはここで諦めなかったのです。

 つづく

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February 26, 2006

№310 アジア・ハーブ・アソシエーション

     ソイ24にある3号店
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 「アジア・ハーブ・アソシエーション」は、アロマオイルやタイハーブを使ったボディマッサージが体験できる癒し系のマッサージ店です。 特に18種類のハーブをボール状にしたハーバルボール治療は、ここのウリになっています。
 お店の広告によると、ハーバルボール治療とは、木綿の布に丸く包まれたハーブを熱し、身体にゆっくりと押し当てるようにマッサージしていくことで、新陳代謝を高め、老廃物の排出を促し、免疫機能を強化する効果が認められているといいます。

 場所はスクムビット通りのソイ24に本店があります。BTSプロンポン駅から徒歩7分ほどです。ソイ31に2号店、そして05年には同じソイ24に3号店がオープンしていますから、かなりの人気店です。 日本人スタッフがいるので安心ですし、清潔で落ち着ける個室とリーズナブルな価格が人気の秘密になっています。
 男性もOKで手軽に行けてリラックスできるので、これまで2、3回本店を利用しました。タイ古式マッサージと同様ひいきにしています。

 昨年末、オープンしたばかりの3号店に行ってみました。受付には日本人女性や外国人のお客さんが次々にやってきます。予約をしないと待たされることになります。 2時間のアロマオイルのボディマッサージ(1000バーツ、約3000円)を選びました。 ちなみにハーバルボール治療とボディマッサージがセットになった2時間コースでも1200バーツです。
 
 待合室でしばらく待っていると、マッサージ担当の年配女性が個室に案内してくれました。ほのかにハーブの香りがするオイルでマッサージしてもらって気持がいいのですが、どこかこれまでとは違います。いつもはそのうちウトウトと眠ってしまうのですが、気持ち良さもほどほどで、それ以上にはならないのです。
 雰囲気やサービスも悪くないのですが、結局満足感は得られませんでした。 これはどうもマッサージの技術に問題があるように思います。担当した女性はキャリアがありそうな年齢なのですが、まだ慣れていなくて動作がどこかぎこちないのです。それがリラックスできなかった理由のようです。

 低価格で雰囲気もよくて人気を集めている同店ですが、スタッフの教育、研修が十分ではないのでしょうか。 出店を急ぐあまり、スタッフの技術が未熟なのでは本末転倒です。せっかく魅力的なお店なのですから、顧客満足を第一にお願いしたいものです。 次回は本店に行ってみましょう。

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February 25, 2006

№309 団塊の世代 田舎に定住希望

   少数民族メオ族の村にて
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 「団塊の世代の3割 田舎に定住望む」、2月19日の西日本新聞の記事です。

 内閣府は18日、都市と農山漁村の共生に関する世論調査の結果を発表した。それによると、都市部の住民で「週末は田舎で過ごしたい」と考えている人の割合は、2007年から定年を迎える団塊の世代で最も高く、半数近くに上った。また、50歳代のうち3割は定住を望んでいることも分かった。
 調査は、団塊の世代のカントリーライフに対する意識などを探るため、全国の成人男女3000人を対象に初めて実施。

 都市住民で、週末の田舎暮らしを望む人は37.6%。これを年齢別にみると「50歳代」が45.5%と最も多く、
次いで「60歳代」41.4%、「40歳代」36.2%などとなった。
 また、田舎での定住願望が「ある」と答えた人は20.6%で、「ない」は76.0%。年齢別では「20歳代」の30.3%が最多で、「50歳代」28.5%で続いた。
 定住を望む人に何が必要と思うか複数回答で聞いたところ、「医療機関の整備」43.8%、「安価な家屋・土地」43.5%、「必要な情報全般の入手」41.3%が上位を占めた。

 この記事を読んで内閣府のHPを開いてみました。
田舎での定住願望が「ある」と答えた人を男女別でみると、男性(25.7%)が高く女性(16.3%)は低くなっています「ない」と答えた人を職業別でみると、主婦が最も高かったことも含めて興味深い結果です。

 団塊の世代が実際に田舎に定住する場合、いくつかの課題があります。
 第一に、定住する地域に働いたり、活動したりする受け皿があるかということです。 「まだ働きたい」「地域で役に立つボランティア活動をしたい」また「仲間がほしい」という意欲があっても、地域にそれを受け入れる条件や環境が整っているのかが重要になります。それには地域の情報が入手しやすいか、地域に溶け込みやすいかということも関連してくるでしょう。
 第二に、これら意欲がある人たちへの支援の問題です。 田舎で仕事やボランティア活動を希望する人たちへの支援策が必要になります。 住居の情報提供や仕事の斡旋、紹介などに取り組む自治体も出てきているようです。定年後の団塊の世代を取り込もうと意欲的な自治体です。
 仲間づくりについても行政や地元住民、NPOなどのサポートが欠かせません。

 受け入れる側の農山漁村地域の住民は、都市住民が週末滞在することを「良いことだと思う」と総じて好意的です。
 さらに「都市住民の滞在の機会を増やすにはどうすればよいか」について農山漁村地域の住民に聞いています。 「農作業などを体験できる施設や指導できる人材を増やす」(44.8%)「地域ぐるみで協力し合い受入体制の整備を図る」(39.5%)など積極的な姿勢がうかがえます。

 団塊の世代が田舎暮らしで活性化すると地域社会も活性化する、そのようなシステムが出来上がってくることを期待したいものです。


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February 24, 2006

№308 マナオとパパイヤ

  マーケットで売られているライム
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 パパイヤ、スイカ、そしてパイナップルは、ホテルの朝食の定番です。どこのホテルのビュッフェでもフルーツコーナーには、だいたいこの3種類の果物がきまって並んでいます。 高価なものとはいいませんがフルーツの宝庫のタイなのだから、もう少し多くのフルーツを食べたいと常々不満に感じているところです。

 パパイヤは、消化酵素を豊富に含んでいるので朝食には最適です。しかし同じような食感のマンゴなんかと比べると、そのまま食べてもあまり美味しくありません。 まだ完熟していない青パパイヤは、野菜として食べられています。果肉を千切りにしたものが、東北タイの名物料理「ソムタム」という唐辛子の効いたサラダの材料になります。
 沖縄に行くと民家の庭先にパパイヤの木が植えられていたりしますが、タイでも野菜として食する方が一般的なのかもしれません。
 
 完熟したものは、タイではマナオ(ライム)を搾って食べるのですが、そうするとぐっと美味しくなります。 すっぱいライムの果汁とパパイヤとの相性がよくて、パパイヤの味が引き立って甘さを感じるほどです。
 何となくライムと一緒に食べることは知っていたのですが、チェンマイのHさんのお宅で朝食のデザートにいただいた時が初めてでした。オレンジ色した新鮮なパパイヤにライムが添えられていて、口にすると今までホテルの朝食で食べたものとは比べものにならないのです。 特別新鮮で美味しいものを買ってきてくださったのでしょうが、まったく別物でした。パパイヤに対する価値観が変わってしまいました。

 「朝のフルーツは金」といいます。朝食にパパイヤにライムを搾って食べるのが楽しみになりました。

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February 23, 2006

№307 チェンマイのサンデーマーケット

    伝統楽器を弾く子どもたち
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 チェンマイのナイトバザールは有名です。しかし、毎週日曜日にはサンデーマーケットが開かれるというので行ってみることにしました。 ちょうどチェンマイに入った日が日曜日だったのです。夕方からと聞いていましたが、午後4時から開いているというので早速出かけました。
 旧市街の入り口にあるターペー門からワット・プラ・シンへの通りの両側に、数百メートルにわたって露店が並んでいます。 タイ雑貨、工芸品、民芸品や洋服など、手づくりの商品が多いようです。一般の人たちも出店しているのでしょう、和やかな表情で商売を楽しんでいる風です。ナイトバザールと比べると、フリーマーケットのような雰囲気がするのはそのせいでしょうか。 値段もナイトバザールより安いとのことです。じっくり探せば掘り出し物を見つけられるかもしれません。

 マンゴーやイチゴなどのフルーツ、食べ物屋台なども出ていて、練乳をかけたイチゴを食べながら歩いている人も見かけます。 通りは地元の人たちや海外からの観光客で混雑していますが、それぞれ日曜の夕方をゆったりと過ごしているようです。そういう意味では、日本のお祭りの時の縁日を歩いている感じに近いかもしれません。
 通りの所々では大道芸をやっていて大勢の人たちが集まっているので、一層お祭りのようです。 タイの民族楽器を弾く子どもたちの楽団や、少数民族の5歳くらいの女の子がラジカセの音楽に合わせて踊っていたりするのです。

 通りに面したお寺の境内は、食べ物の屋台街になっています。ソムタム(青パパオヤのサラダ)やグリーンカレー、魚のミンチをボイルしたもの、その他初めて見るようなチェンマイの郷土料理まで、どれも美味しそうです。 それにいろいろなスパイスや唐辛子と揚げる油の臭いが複雑に混じり合って、まさにエスニックな空間です。どれも20~30バーツ(約60円から90円)と安くて食べたかったのですが、少しお腹の調子が悪かったのであきらめました。
 結局「カオニャオ・マムアン」を翌日の朝食用に1パック(たしか25バーツだったと思います)買いました。 この「カオニャオ・マムアン」は、パパイヤ(マムアン)ともち米を蒸したもの(カオニャオ)にココナッツミルクをかけて食べるデザートです。 一見ミスマッチのような組合わせですが、タイでは一般的なデザートで、ココナッツミルクとマンゴーの甘さが微妙な風味となって後を引く味なのです。誰が考え出したのか知りませんが、なぜか買ってしまいます。

 そぞろ歩きしながら楽しめるサンデーマーケットです。チェンマイでの滞在が日曜日に重なったら是非歩いてみてください。なかなか面白いですよ。

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February 22, 2006

№306 年金移民 その2

     チェンマイの夕景
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その2
 タイ北部の古都チェンマイ。神戸市出身の元会社員(64)と妻(55)は、03年夏から1年の半分を現地のゲストハウスで暮らす。 年金は月約23万円。地元ラジオでDJをしている夫は「少ない貯金を取り崩さずに年金だけで生活するのが目的」と言う。 ぜいたくしなければ月10万円前後で暮らせる。だが、年4回日本と往復する航空運賃の負担が重い。
 夫「往復の回数を減らしてもらわないと」
 妻「え? そんならもうこっちに来ないわよ。こないに節約して暮らしてたら息が詰まるわ」

 タイも日本からの「年金移民」が増えている。日本での長期滞在ビザ(1年)発給が02年は69件だったが、04年は過去最高の203件に達した。長期ビザを取れない低収入の人も増えている。

 アパートで独り暮らしをしている元会社員の男性(71)は年金が10万円を切る。日本の市役所で老人ホームを紹介された。2人部屋で夜は外出禁止。迷ったが、断った。 今の家賃は約2万1000円。血圧計の電池代まで毎日家計簿につけ、残った分は貯金する。時々食べたくなる塩こんぶや乾燥じゃこは年に一度帰国した時、スーツケースに詰め込む。 「暇でね」とつぶやいて言い直した。「いや、こっちの方がずっといい暮らしができる。NHKの相撲も見られる」
 チェンマイの郊外で、月約1万円でひっそり暮らす男性(58)にも出会った。よれよれの紙を財布から取り出して見せてくれた。社会保険庁のホームページで調べた年金の試算額だ。「60歳 103万円」。あと2年、なんとか生きなければならない。この金額ならタイで暮らしていける。
 
 東南アジア人気のひとつに「生活費が安い」ということがあげられます。 マレーシアとタイの事例のように「年金だけで日本で生活できないから」という理由で、海外のロングステイを決心する方もいるのです。 受入国が期待する「夫婦ふたり、月20万円で豊かな生活」の典型的なロングステイヤーではなく、ここでいう「年金移民」タイプの方が増えているようです。
 近頃、国民の格差が広がっているといわれていますが、生活しにくい日本に見切りをつけて、物価が安い東南アジアで老後を暮らす人が、さらに増えるのではないでしょうか。

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February 21, 2006

№305 年金移民

   チェンマイのマーケットにて
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 今年1月、毎日新聞が「縦並び社会・格差の現場から」というシリーズが連載され、 「海外へ年金移民」という記事が載りました。 この“年金移民”という言葉が気になります。この記事からの抜粋です。

 マレーシア半島西岸のペナン島。39階建てマンションで末永千明さん(63)が独り暮らしを始めて半年になる。 「できればずっとこっちにいたい。ゴルフも始めたのよ」。千葉県君津市で事務員をしていた58歳の時にリストラされた。夫とは早くに死別。娘は結婚した。年金は月13万円。娘の世話にはなりたくない。「生活に余裕はないし、日本に一人いるのも……」。不安はあったが、インターネットで移住先を探した。 

 3LDKの家賃は4万8000円。外食中心の食費は約2万円で済む。ライスとチキンに偏るので生野菜だけは買って煮る。月10万円ちょっとで暮らせるが、日本の住民税や保険料を払えばぎりぎりの生活だ。 ペナンは5年の長期滞在ビザで暮らす人がこの数年で急増し、日本人だけで400人ともいわれる。末永さんのマンションも3年前の2世帯から今は30世帯近くになった。 事業に失敗して年金生活の計画が狂った老夫婦、会社をリストラされ、年金をもらえる60歳まで安く暮らすために来た世帯……。年金不安が海外移住に拍車をかけている。

 マレーシアは、年金が25万~30万円の「中流の上」の世帯を対象に「日本の2倍豊かな生活ができる」と宣伝してきた。 だが、生活保護世帯からの問い合わせも来るため、軌道修正を検討している。「いずれ日本人の路上生活者が出かねない」と政府観光局の関係者は心配する。

 つづく

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February 20, 2006

№304 美白のマンゴスティン石鹸

  マンゴスティン石鹸のパッケージ
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 マンゴスティンは、東南アジアを代表する果物で「フルーツの女王」とよばれています。果実は濃い紫色をした6~7cmくらいの球形で、大き目の緑色のヘタが付いています。やや分厚い殻に爪を立てて2つに割ると、中から真っ白な果肉が出てきます。果肉はいくつかに分かれていて、種がある大き目のものと種無しの小さいものが入っています。 つるっとした食感があり、ほどよい酸味と甘味は「フルーツの女王」に相応しい上品な味です。
 旬を迎える6月頃、スーパーでも山盛りのコーナーができます。量り売りで売られていますが、美味しいものを選ぶにはコツがあるそうです。硬いものは割れないから、指で押してへこむものが美味しいとバンコクのHさんに教えてもらいました。それ以来ハズレはありません。

 このマンゴスティンを原材料にした石鹸をいつものルンピニのナイトバザールで買ってみました。 1個30バーツくらい(約90円)です。 これまではハーブのノニ石鹸を買っていましたが、今回は一緒に並んでいるマンゴスティンにしてみました。 なんでもマンゴスティン石鹸には“美白”効果があると聞いたからです。

 さて、インターネットでマンゴスティンを検索すると、フルーツとしてよりも、なぜか”ソープ”“石鹸”のサイトがたくさんヒットします。それだけ石鹸の素材として注目されているのでしょうか。
 その中の説明書きには、「お肌を清潔に整えると共に防臭効果が高く、日焼けによるお肌の炎症を抑えコントロール。継続して使用すると美白効果が期待できる」とあります。
 「キサントン」という植物に含まれる栄養素に美白効果があるらしいのです。 中でもマンゴスティンの果皮に高濃度で含まれていて、古くから民間薬として、やけど,湿疹,口内炎などに利用されてきたそうです。

 このマンゴスティン石鹸を職場の女性へのお土産にしたのですが、残念ながらまだその効能のほどは聞いていません。 効果があれば、必ずレポートさせていただきます。

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February 19, 2006

№303 なくなったナイトバザールのビアガーデン

     ステージでの生演奏
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 ルンピニのナイトバザールは、タイの雑貨やシルクから海賊版のCD・DVD、ブランドもののコピーまで手軽に買える公設マーケットです。地下鉄の開通後はアクセスが便利になり、ルンピニ駅を出るとすぐ目の前です。
 ナイトバザールは午後3時からオープンしていますが、やはりその名前の通り夜暗くなってからの方が雰囲気が出ます。夕食をとって散歩がてらに見てまわるには、うってつけの観光スポットといえるでしょう。

 ここは、いつもお土産を買う所として重宝しています。シルクのネクタイ、アロマオイルやハーブ石鹸、自分用のCDなど、まとめて買うことができるのです。かならず一度は訪れるといってもいいでしょう。
 ひとりの時は、併設されている千人は座れそうなフードコート兼ビアガーデンで食事をして、ショッピングがお決まりのコースでした。安くて美味しいタイ料理のお店があったので楽しみにしていました。クーポンでビールと2,3品のタイ料理を買って野外のテーブルで食べると、それなりの雰囲気があってよかったのです。
 そして、このビアガーデンの名物は、背が高くて大きなビアジョッキとビール会社の若い女性でした。バドガールのようなミニスカートの白いコスチュームを着た女性たちが、サービスして回っていました。また、ステージではロックバンドの生演奏を聞くことができました。その意味ではおしゃれなスポットだったのです。

 しかし、残念なことに昨年の秋頃クローズになってしまったようです。地下鉄の駅を出ると屋台が軒を並べていて、そこでも食事ができますが雰囲気がまったく違います。わたしにとってビアガーデンとナイトバザールはセットになっていましたから、なくなってみると寂しいものです。
 あの大きなビアジョッキとバドガールがいるビアガーデン、どこかで復活しないですかね・・・

2006.4.16
訂正とお詫び

 ナイトバザールのビアガーデンクローズと書きましたが、営業しています。
この3月に行きましたところ、ちゃんとありました。バドガールも健在です。
 また行く楽しみができました。

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February 18, 2006

№302 ココナッツ・ファーム

  朝日を受け風にそよぐ椰子の葉
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 人気の観光スポット「ダムヌンサドアック水上マーケット」の日本語観光バスに乗ると、途中「ココナッツ・ファーム」に立ち寄るコースになっているようです。 このココナッツ・ファームは、バンコクから西へ1時間以上走ったラーチャブリー県にあります。 「国王の町」の意味を持つラーチャブリー県はココナッツの産地として有名で、国道沿いには大きなココナッツ農園が広がっています。

 途中、観光用のココナッツ・ファームで休憩します。以前は国道の左側にある農園に寄っていたのですが、今回は右手にあるココナッツ・ファームにバスが停まりました。 朝7時前にバンコクを出た大型バスや観光用のワンボックス車が、駐車場に次々と入ってきます。 聞くところによると、こちらの方がガイドさんや運転手さんに無料の朝食サービスがあるので変更になったそうです。

 施設自体はたいしたことはないのですが、最初に大きな房のような椰子の花の説明があり、ココナッツミルクから作る砂糖の製造工程などを見学できます。白い塊の砂糖はかなり濃厚な甘さですが、しつこくはありません。
 また、よく冷えたココナッツ・ジュースを飲んだり、椰子の実の民芸品などを買い求めることもできます。

 実際に農園の中には入れませんが、川や運河から引いた水路を農園の中に張り巡らして、整然と植林されていることが外からも窺がえます。 苗木を植えてから成木になるのにどのくらいの年月がかかるのでしょうか。
 すっと青空に伸びた椰子の木と、朝日を浴びて風にザワザワと揺れる葉を眺めていると、バンコクとは違っていかにも南国タイにいることを実感させられます。
 

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February 17, 2006

№301 村上春樹の旅行記 その2

   チャオプラヤー川の船着場
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その2
 村上春樹氏は、同じ『やがて哀しき外国語』のあとがきに、さらにこう書いています。

 外国で暮らすことのメリット ―といえるかどうかはいささか疑問だけど― のひとつは、自分が単なる一人の無能力な外国人、よそ者(ストレンジャー)でしかないと実感できることだ。 まずだいいちに言葉の問題がある。僕にとっては外国語で自分をきちんと十全に表現することは実際問題として不可能だし、こちらが言いたいことの二割三割しか相手に伝えられないなんてことは日常茶飯事である。それどころか、まったく通じないことだってしばしばある。 外国人というだけではじめから差別を受けることもある。嫌な目にもずいぶんあった。だまされたことだって何度かある。

 でも僕は、そういう目にあうのは決して無意味なことではないだろうと思っている。 少なくとも差別されたり、あるいは部外者として理不尽な排斥を受けたりしている僕は、何もかもをはぎ取られたゼロの、裸の僕だからだ。 たとえ弱者としてであれ、無能力者としてであれ、そういう風に虚飾や贅肉のないまったくの自分自身になることができる(あるいはならざるを得ない)状況を持つというのは、ある意味では貴重なことではあるまいかとさえ感じている。

 そのときはもちろんむかっ腹が立つし、傷つきもするし、「これは僕にとってはある意味では大事な経験なのだ」なんて悠長なことはとても思えないわけだけど、あとになって冷静な気持で振り返ってみると、なんとなくそういう気がする。
 少なくとも僕が日本にいるときにいつも感じさせられた様々のややこしい煩わしさよりは、こういうぎりぎりの個人という資格の上に降りかかってくる直接的な「きつさ」の方が、僕にはまだリーズナブルなものであるように思えるのだ

 
 村上氏は、外国で暮らすことのメリットとして、「自分が単なる一人の無能力な外国人でしかないと実感できること」、言い換えると「虚飾や贅肉のないまったくの自分自身になることだ」といっています。 旅行ではそこまでの実感はわきませんが、永く外国で暮らすということはそういうことなのでしょう。

 海外でのロングステイもここでいう、まったくの“素の自分”になることができるのではないかと考えます。 日本での日常生活から、切り離され遮断されて初めて「虚飾や贅肉のない自分自身」になれるのです。 その上で、これまでの人生を振り返り、自分を見つめ直し、これからの人生を再構築することが可能になるのです。
 自分自身を一人の個人として、客観的に見つめる機会をロングステイが提供している、それがロングステイが持つ機能だと思います。
 その結果、日本で感じる煩わしさよりも、ぎりぎりの個人として外国で暮らした方がリーズナブルと思えるのでしょう。

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February 16, 2006

号外 祝 300回!


 本日2月16日、記事の掲載が300回を迎えることができました!
 昨年4月に書き始め、早いものでもう300回になりました。毎日書き続けていれば、回数を重ねることができるわけですが、それでも感慨深いものがあります。

 昨秋、日経BP社のシニア向け情報サイト「セカンドステージ」に掲載されたり、タイ関連の検索サイトにもリンクしていただいているようで、少しずつ読者の方が増えています。 おかげさまで最近は毎日400~500件のアクセス数があります。

 このように多くの方に読んでいただいていることは、本当にありがたいことです。これからも団塊の世代を中心としたシニア世代に「新しい生き方としてのロングステイ」の提案や情報提供を続けていこうと思います。
 ロングステイが「会社人間から地域人間へ」、タテ社会の人間関係から地域社会に根ざしたヨコの人間関係へとシフトさせるきっかけになれば幸いです。
 
 毎朝アクセス数を見るのを楽しみに、次は1年365回を目指して書いていきますので、今後ともご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

    感謝

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№300 村上春樹の旅行記

アユタヤのワット・ヤイ・チャイ・モンコン
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その1
 村上春樹のアメリカの旅行記『やがて哀しき外国語』のあとがきからです。

 僕はこの本を書く前にも、旅行記のようなものを一度出したことがある。 『遠い太鼓』というのがそれで、僕はその本のなかで約三年に亘るヨーロッパ滞在についての文章を書いた。
 ずいぶん長くそこに滞在していたわけだが、結局のところは、通り過ぎていく旅行者の目でまわりの世界を眺めていたように思う。それがいいとか悪いとか言うのではない。通り過ぎる人には通り過ぎる人の視点があり、そこに腰を据えている人には腰をすえている人の視点がある。
 どちらにもメリットがあり、死角がある。かならずしも、第一印象でものを書くのが浅薄で、長く暮らしてじっくりものを見た人の視点が深く正しいということにはならない。 そこに根を下ろしているだけ、かえって見えないというというものだってある。

 どれだけ自分の視点と真剣に、あるいは柔軟にかかわりあえるか、それがこういう文章にとっていちばん重要な問題であると僕は思う。

 せっかく今度はアメリカという社会に一応「属して」生活しているのだから、何か新鮮なもの、目新しいものにぱっととびついてものを書くだけでなく、少し引いたところから時間をかけていろんなことを考えてみたかったのだ。

 さて、この文章からどのように感じられたでしょうか。
 旅行の場合は、もちろん通り過ぎていく人の目で訪問地を見ているでしょう。それに対して、移住や永住志向の人は、腰を据えている人の視点で眺めていることでしょう。 では、ロングステイしている人の視点はどちらなのでしょうか。

 わたしの場合、せいぜい10日間程度の滞在ですから、どうしても通り過ぎる人の視点になりがちです。 しかし、ロングステイの取材や調査が主な目的ですから、旅行者の目だけでは第一印象のものとなってしまします。 村上氏がいう“少し引いたところ”からインタビューをしたり、事実を見ようと心がけています。まあなかなか難しいのですが。
 ロングステイの場合でも、滞在地の文化や習慣を受け入れる柔軟性、そして自分なりの人生観や価値観に立った視点で、現地社会とかかわることが大切ではないかと、このあとがきから感じた次第です。
 
 つづく

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February 15, 2006

№299 タイ北部の景色は秋色

   道路わきで揺れるススキ
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 お正月も近い12月下旬、タイ北部を走っていると、湿気を含んで雲が低く垂れ込めていた雨期の頃とはうって変わって空は高く、白い綿雲が浮かんでいます。 湿度が低く爽やかな気候もあいまって、日本の秋空を思わせます。

 昨年8月このルートを通った時は、田植え時期を迎え農夫が忙しく働いている田んぼが広がっていましたが、稲刈りが終わって長めの株が残る茶色の田んぼに変わっています。 年が明けると二期作の米づくりが始まるのでしょう。あぜ道や遠くの原野も色を落としてすっかりセピア色です。

 道路脇や河原ではススキの穂が背を伸ばし、風に吹かれて白く揺れています。 山野の木々も濃い緑色の勢いが弱まって、やや黄色味を帯びています。紅葉こそしていませんが、どこか日本の秋の風景に似ているのです。道路沿いには、焼きとうもろこし、もち米のココナッツ蒸し、みかんなどを売る露店が並び、一層秋を感じさせます。

 午後陽が傾いてくると、街路樹や車の影が長くなり、道路には黒いしま模様がいくつも引かれていきます。 暑期のタイでは太陽が真上から照りつけるので、ほとんど影ができませんが、冬至に近いこの時期には影が最も長くなるのです。
 チャンマイに向かって西を目指すと、フロントガラスの正面から眩しい夕日が車内に入ってきます。 夕日が逆光となって樹木や標識を黒いシルエットにして、空気だけでなく道路まですべて黄金色に変えていきます。 道路わきのススキの穂も、その柔らかい日差しを浴びて、一層キラキラと輝いています。

 クリスマスを過ぎた年末のタイ北部で、秋の風情を感じたドライブでした。

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February 14, 2006

№298 団塊の世代が地域に帰るとき

 チャオプラヤー川を航行する運搬船
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 今年1月、朝日新聞の社説に連載された「団塊のあした」というシリーズからです。

 会社人間だった団塊の世代が、定年退職で地域やふるさとに戻ってくる。そのエネルギーを活用する場をつくろうという構想を、今年60歳を迎える民主党の菅直人氏が呼びかけている。これは彼らを取り込もうとする戦略でもあるのですが。

 また約700万人といわれる団塊の世代が、定年退職によって支える側から支えられる側に回る。彼らの退職金や年金を社会全体に回せるかどうか。それが超少子高齢化に直面する日本にとっての重要な鍵だ。 「起業するとしてその出資額は?」という50代男性への千葉県の自治体のアンケートでは、101万円から200万円が最も多かった。
 自治体には、こうした意欲や資金を無駄にしない支援が必要だ。地域でどんな事業や活動が求められているか、どこにどんな仲間や人材がいるか、きめ細かい情報や学びの場を提供することだ。

 支えられる側に回った団塊の世代が今後、どう動くのか。その選択が社会のあり方を変えていく。たとえば年金だ。この世代が生涯にわたって受け取る公的年金は、支払う保険料総額よりかなり多い。現役世代の「仕送り」に頼る賦課方式の年金制度には無理がある。

 「生まれた年ごとに共済保険を作り、皆が加入する。同じ世代同士で助け合う仕組みを設けたらどうだろう」。
日本政策投資銀行の藻谷参事役はこう提案している。
 年金を減額して現役世代の負担を減らし、本当に生活に困っている人には世代内共済保険で給付を補っていく。世代を超えた縦の助け合いに、横の支え合いを加える。不足する分があれば税で補ってもいい。こんなアイデアだ。
 これなら若い世代の不満も解消できるし、引退組の納得も得られるのではないだろうか。検討してみる価値はある。

 このように年金をはじめ、予想を上回る少子高齢化の進展によって日本の社会保障制度が大きく変動しようとしています。 社会保障の枠組みそのものを再構築する時期に来ているようです。
 年金の面からみると、団塊の世代は支えられる側になるかもしれませんが、まだまだ現役として地域社会を活性化させ支えて欲しいものです。 それには、記事でいう地域社会における「きめ細かい情報や学びの場の提供」が重要になります。 つまり、団塊の世代が地域に帰ったときの“受け皿や居場所”が必要なのです。
 この受け皿を拠点にして、地域にどのようなニーズがあり、どのような仲間がいて、自分たちは何ができるのかを考える、そして地域活動へと展開したいものです。 活動を通して地域と関わり社会貢献にもつながる、そんな生き方が団塊の世代の人生を豊かなものとし、地域社会を活性化させていくのです。
 団塊の世代が活き活きと生きていくかどうかに、日本の将来がかかっているといえるでしょう。

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February 13, 2006

№297 道端で売っているプッサ

     みずみずしいプッサ
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 12月下旬、チェンマイからチェンライへ向かう途中の峠の国道沿いに、フルーツを売る露店が所々に出ていました。ガイドのソンブーンさんに聞くと、今が旬の「プッサ」という答えが返ってきました。聞いたことがないフルーツなので、とにかく車を停めてもらいました。
 付近の農家が道路沿いで臨時に売っているのですが、農家の女性たちが今日収穫したばかりのプッサを大きなカゴに入れて運んできます。見渡すと周囲の山腹は果樹園ばかりです。
 
 7~8センチくらいの楕円形をした、みずみずしい緑色のフルーツが山積みになって売られています。 2種類のプッサを味見をさせてもらい、あまり味に差はなかったのですが気に入った方を買うことにしました。 1kgの袋入りで50バーツ(約150円)でした。10個あまり入っています。
 
 後で調べてみると、「プッサ」とはヒマラヤ山麓が原産地と言われているインドナツメのようです。果実は、4cmくらいの卵形のものから、直径が10cm弱の球形のものまで、品種によってさまざまで、熟すると茶色になるといいます。プッサは年に2度開花しますが、雨期初めのころ開花したものは、実がほとんどつきません。8,9月頃に開花したものは、年初頃に食べごろになります。
 
 皮ごと食べられるので、そのままかぶりつきます。白い果肉は水分を十分に含んでいて、梨のようなシャキシャキとした食感です。中にはやや小ぶりの種がありますが、食べやすい果物です。
 味もさっぱりとしてクセがなく、同じく梨に似ていて青リンゴの風味もします、しかし酸味はありません。日本人にも好まれる味でしょう。それほど大きくもなく飽きない味なので、4~5個くらいはすぐに食べられます。
 ドリアンやマンゴといった南国系のやや濃厚で個性の強いフルーツとは、正反対というか対極にあるフルーツといえるでしょう。

 バンコクのスーパーなどでは見かけませんでしたが、旬の時期にタイに行ったら、一度食べてみてください。お勧めです。

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February 12, 2006

№296 福岡・バンコク友好提携

   福岡の国際線ターミナル
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 2月8日福岡県と首都・バンコクが友好提携に調印した、と報道されました。 新聞記事では、福岡県とバンコク双方が新たな国際交流のモデルを目指す今回の友好提携の狙いやメリットをまとめています。

 福岡県が、海外の自治体と友好提携するのは3例目。バンコクは、ワシントンなど12の都市・自治体と提携しているが、日本の自治体との提携は初めて。かっての「とりあえず仲良く」といった交流ではなく、具体的な成果があがる「互いに実益のある交流」を目指している。

(バンコク発)
 順調な経済成長に支えられ、急速な都市開発が続くバンコク。しかしその弱点は「環境」だ。世界的にも悪名高い交通渋滞と大気汚染。都内を流れるチャオプラヤー川にはさまざまなゴミが浮かぶ。人口570万人の大都市にしては、交通機関や下水道などのハード、ゴミ収集といった都市経営ソフトともに未発達で、環境悪化に拍車をかけている。
 バンコク側は大気汚染やゴミ処理にかかわる人材育成に関する協力に期待をしている。アラピック知事も「福岡の『住み良さ』を評価した」と強調している。 さらに「福岡の調和的な発展を(都市政策の)参考にしたい。文化、投資、環境などで双方の協力促進を期待していると話した。
 しかし、バンコク都民の間での福岡の知名度は決して高くない。友好の優先順位を上げるためには、福岡側のアプローチも重要となりそうだ。

(福岡県)
 福岡県は経済、環境、文化など幅広い分野でバンコクとの交流を深め、 「アジアに開かれたフクオカ」を内外にアピールしようと考えている。
 国際交流の相手は従来、中国や韓国が中心だったが、バンコクを選んだのは、東南アジアの政治や経済の中心地で、特定分野に限らず多様な交流が望めるためという。
 友好提携を機に、バンコク側の要請が強い環境政策の支援や企業投資が前進するとみられるが、福岡県側はこれに加え、次代を担う若者の相互理解を重視している。既に若いミュージシャンや小中高生が行き来しており、今後さらに「人の交流」を活発にしたい意向だ。  

 わたしの地元、福岡とバンコクが友好提携を結んだことは喜ばしいニュースです。まず、具体的には環境問題への取り組みが挙げられています。早速バンコクの職員を受け入れ、環境政策の研修を行うようです。 このような官側の交流にとどまらず、ボランティア団体やNGOなどの民間ベースの交流にも支援してもらいたいものですね。
 今回の合意内容がさらに広がり若者の人的交流だけでなく、シニアを含む多くの人がタイへの理解を深め、草の根の交流や国際貢献につながることを願っています。それが、官民が協働する新たな国際交流のモデルになると考えます。

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February 11, 2006

№295 タクシー事情 パート3

   これが問題のタクシーです
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 あまり評判がよくないバンコクのタクシーです。バンコクでは、できるだけBTSや地下鉄を利用しますが、空港と市内間などはタクシーを使います。
 ドンムアン空港に到着するとターミナルの外にあるタクシー乗り場へ向かいます。タクシーに乗る人たちの長い列に並び、受付カウンターで申し込みをします。カウンターで2枚の紙が渡され、指示されたタクシーに乗り込みます。 1枚は運転手用、もう1枚は車のナンバーが記入された乗客用で、何かトラブルがあった時や忘れ物をした時に必要なものです。2枚とももぎ取ろうとする運転手がいるので注意しないといけません。

 もうひとつ、空港からタクシーを利用する場合、50バーツ(約150円)が加算されることを忘れてはいけません。
それに高速道路(トール・ウェイ)の料金が、2ヶ所で60バーツだったと思いますが、これもメーターに加算されます。 これでだいたいバンコク市内まで、300バーツ程度というところでしょうか。

 しかし、やっとタクシーに乗れてホッとするのは早過ぎます。ちゃんとメーターのスウィッチが入っているかどうかチェックしないといけません。日本人と見ると、メーターを入れないで高額の料金を請求する運転手がいるのです。ちなみに初乗り運賃は35バーツです。

 今回、あやうくこの手に引っかかりそうになりました。「高速道路を通って」というと、すぐに「日本人か?」と聞いてきます。 その後は、やれトヨタやホンダの車は素晴らしいとか、なんだかんだと片言の英語で話しかけてくるのです。調子を合わせて話していて、ふとメーターを見るとスウィッチが入っていません。すぐに注意すると、“気づかれたか”という感じでスウィッチを入れたのでした。走り出してから5分ほどの時間だったと思います。
 それからは先ほどまでとはうって変わって、何も話しかけなくなりました。滞在先のホテルは高速を降りると近いのですが、いつもより安かったのはいうまでもありません。
 空港からのタクシーにも注意しましょう!

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February 10, 2006

№294 タイで焼酎

  スーパーに並んでいる日本酒
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 タイでも日本の焼酎がスーパーなどで売られています。チェンマイのスーパーでは日本酒(1.8ℓ)が約1000バーツ(約3000円)ほどですが、焼酎は4合ビンで同じく1000バーツくらいします。 タイでは焼酎の方が高いのです。日本の約3倍の値段になります。左党の人にとって焼酎は高価なお酒となっていますので、お土産に持参すると喜ばれるでしょう。

 元々焼酎は、15世紀頃シャム国(タイ国)のラオ・ロンという米焼酎が、琉球を経由して薩摩に伝わったといわれています。 沖縄の泡盛(あわもり)は、米を原料として黒麹菌によって発酵させた蒸留酒ですが、原料の米はタイ米(インディカ米)が使用されているのです。
 わたしたちが愛飲している焼酎のルーツがタイにあったと思うと、晩酌に飲む焼酎への愛着もわいてきますね。

 2月6日の西日本新聞で、九州の焼酎をタイに売り込んでいる鈴木幸代さんが紹介されています。
 現在、輸入販売を取り扱っている焼酎は鹿児島、宮崎両県の蔵元2社による14種類。 なぜ焼酎をタイで? 「自分がおいしいと思うから。こちらで飲める焼酎の種類が少なすぎて、選ぶ楽しみがなかった。それなら自分でやろうと」
 焼酎の買い付けには、自分で南九州を訪ね歩く。「小さくてもおいしい蔵元さんを、口説き落として輸入させてもらっています」
 今のところタイの焼酎消費は日本人が中心。しかし日本食ブームの影響で、タイ人の焼酎への関心も上がっている。

 現在でもラオ・ロンは、タイの人たちが飲むお酒として愛されているそうですが、まだ売り場に並んでいるのを認識したことがありません。 泡盛と似た味わいといいますから、一度飲んでみたいものです。

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February 09, 2006

№293 労働許可証

     BTSナナ駅周辺
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 以前、ビザについてレポートしましたが、今回は労働許可証(ワークパーミット)についてです。 昨夏、「外国人技術者の労働条件緩和へ」というバンコク発のニュースがありました。つぎのような内容です。

特殊技術などを持つ人材不足を改善するため、政府が外国人技術者への労働条件を優遇する政策を進めている。
タクシン首相が自ら議長を勤めるこの計画は、専門知識を持つ外国人定年者を好条件でタイへ迎えるプランや、
タイ人の知的労働者の育成、そして減少傾向にあるタイ人の単純労働者を補うための途上国労働力の更なる活用法など、グローバル化する世界でいかにして国益につなげていくかが主題とされている。

 この記事に対するロングステイ・コンサルティング社の佐藤氏のコメントです。

 バンコク都内での労働許可申請は、もう驚くほど緩和されています。 私のところでは年100名ほどの労働許可申請代行をしますが、労働許可の業務を会社で扱い始めて約7年間、1名の不許可も無かったというのが実績です。

 タイ人の単純労働者が不足して、近隣諸国の外国人に特別に許可する「外国人労働者カード」なるものを発行しています。 よくニュースで流れるので、タイ人は私たちが取得している「労働許可証=ワークパーミット」とごっちゃになって「あんたも外国人労働者カードってもってるのかね?」とよく聞かれるんです。夢にまで見たとか、プラチナ的存在とかいわれるワークパーミットとは、まるで別物なのです

 このワークパーミット、バンコクと他県では書類の量もかかる時間も桁外れに他県の方が大変なのです。 まさに不公平と言うくらいの大差です。同じ国の行政かと思うくらい違いがあります。

 日本、アメリカ、カナダの3カ国の人だけ最低月額6万バーツ(約18万円)の給与規定があります。でもこれは労働許可を出す労働省の規定ではありません。 滞在許可を出す入国管理局の規定なのです。皆さんよく勘違いしています。
 日本人はお金を持っていそうだから多く税金を納めさせる →水商売から政府まで徹底的に金に執着した「外貨獲得政策?」。 ヨーロッパ諸国の人が一律日本人より最低月額を低く設定されているのは、とにかく??ですね。

 なお、ロングステイ関連のビザでは、タイでは「退職者」と呼びますがいわゆる【ロングステイビザ=OAビザ】・
【リタイアメントビザ=Oビザ】・【年金ビザ=Oビザ】・【就学ビザ=EDビザ】・【タイ人の家族・配偶者=Oビザ】はじめ、とにかカテゴリーが「ノンイミグラントビザ=非移民ビザ」の人は、種類に関係なくワークパーミットが申請できます。 ですからロングステイしながらワークパーミットさえ所持すれば、タイで働くことが出来ます。
 また【ビジネスビザ=Bビザ】は労働できるビザと誤解している人がほとんどですが、これは「ワークパーミットを申請するための入国目的」のビザです。

 ロングステイ関連のビザで、今までの技術や経験を生かして多少ボランティア的に働く、タイに貢献するために働く、自分の生きがいを求めて働く。 この辺は退職後のタイでの生き方、価値観の見つけ方としてキーワードになりそうですね。
 
 さて、ロングステイ・ビザの発給条件に「タイ国内での労働を目的としないこと」という項目がありますが、就職する会社が外国人を必要とする理由が承認されれば、ワークパーミットが許可されるようです。 それには、いままでの職務経験や日本での功績、タイにもたらす外貨獲得ビジョン等、役人を唸らせるような理由書がものをいうわけです。
 専門家佐藤氏のコメント、大いに参考になります。「ロングステイをしながら働く」、いかがでしょう。

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February 08, 2006

№292 パクチーたっぷりのイカのトムヤムスープ

    パクチーがたっぷりです  
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 チェンマイでロングステイ中のHさんお勧めのタイ料理が「イカのトムヤムスープ」です。 チェンマイのシーフードレストランで初めて食べました。
 
 世界三大スープのひとつとされる「トムヤムクン」のトムは煮る、ヤムは混ぜる、クンはエビのことです。“すっぱ辛い”と表現される辛味と酸味、複雑な香りが特徴となっています。このイカ版が「イカのトムヤムスープ」です。 といっても、トムヤムクンのようなにごったスープではなくて透明なスープです。
 
 魚の形をした金属製のスープ皿が、炭火で温められて運ばれてきました。 輪切りにした大ぶりのイカをプリック(青唐辛子)やスライスしたニンニクなどで味付けしたスープに、たっぷりのパクチー(香菜)がかかっています。
 プリプリと弾力のあるイカを食べては、しっかりプリックとニンニクが効いたスープを飲みます。かなりの辛さですが、さっぱりした味と辛味やニンニク風味が妙に後を引いて、また飲みたくなるのです。 その上大好きなパクチーとの相性がすごくよくて、クセになりそうな味です。ついつい手が伸びてしまいます。

 味にアクセントがあって、しつこくない「イカのトムヤムスープ」、ただ辛いだけの料理ではありません。 またひとつ好きなタイ料理が増えました。

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February 07, 2006

№291 チェンマイの日本人社会

    チェンマイ門市場にて
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 チェンマイへはこれまで2回しか取材に行っていません。ですからまだ当地でのロングステイ事情については疎い状況です。 それに個人へのインタビューよりも、ボランティア団体やNPOなどの取材が主になっていることも理由のひとつですが。

 しかし、今回の訪問でチェンマイの日本人社会が予想していたよりも小さいことに気づきました。
 ちなみに在チェンマイ日本国総領事館によると、2005年10月1日現在、管内の在留邦人数が1900人を数えているとのこと。 また、チェンマイ日本人会の会員数は、昨秋で約450名(家族会員を含む)いらっしゃるそうです。 この人数はあくまで正式に在留届けをしている人、あるいは日本人会に入会している人数ですから、届出をしていない人や中短期のロングステイヤーを加えると、もっと多くの日本人が滞在していることになります。

 日本企業の駐在員から、現地の方と結婚して永住している方、ロングステイヤーの方でも短期型や長期型、最近では、少ない年金では暮らせないと日本を脱出してきた“年金移民”型まで、いろいろなタイプの日本人の方がチェンマイで生活をしています。 そのため、バンコクに比べるとロングステイの典型的なタイプを説明しにくいという印象を受けます。         

 そんな中で滞在している日本人の方との会話から、チェンマイの日本人社会が小さいことが分かりました。
 その理由として第一に、あるロングステイヤーや団体の話題になると、ほとんどの人がその人や団体のことを知っていることです。直接、間接を問わずいろいろな情報が入ってくるのでしょう。

 第二に、会話の中で話題になった人や団体の評価が、みなさんバラバラで、どちらかというと正反対であることが多いことです。
 ある方がよい評価をしている団体でも、他の方にとっては悪い評価の話しをされることが何度かありました。評価や評判はすべて同じ傾向にあるとはいえませんが、こうも正反対に評価が分かれるのかと正直驚きました。 それに対して同意すべきか反論すべきか、どのように対応してよいのか戸惑ってしまいます。

 このような意見や評価の相違が、チェンマイにおけるロングステイについて、よい評判と悪い評判の両極に分かれる理由のひとつではないでしょうか。 封建的な“村社会”ではなく、現地社会に溶け込み新しいロングステイヤーに開かれた日本人コミュニティであって欲しいものです。
 小さくても多種多様なロングステイヤーの集団、それがチェンマイの日本人社会かもしれません。
 

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February 06, 2006

№290 寝冷えに気をつけましょう

   チェンマイのゲストハウス
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 今年は例年になく寒い冬ですが、昨年のクリスマスの頃のタイも寒かったようです。 最高気温が23度というのは、バンコクとしてはかなり低い温度だと思います。

 この時期、乾期で涼しいと知ってはいても、半袖が中心で薄手の長袖くらいしか持参していませんでした。 厳寒の日本と比べると暖かいのですが、気温の変化と着る服のバランスが難しくて、到着した翌日からお腹の調子がよくありません。
 何度かタイに来ているのですが、こんなことは初めての経験です。 お腹をこわすような食べ物は口にしていませんし、ミネラルウォーターしか飲んでいませんので、食べ物が原因ということはないようです。

 気温が低いとホテルのエアコンの温度調整も難しくて、温度を上げて弱にして寝たのですが、どうも寒かったようです。 もちろん、タイのエアコンには暖房モードはついていません。
 暑期や雨期は、エアコンをガンガン効かせて暑さをしのぎますが、秋に冷房を入れたようなものだったのでしょう。 その上、夏用のパジャマのズボンをはいていますが、シャツ1枚で寝ましたので、体が冷えたのでしょうね。

 持参した正露丸を飲みましたが、すっきりと直りません。効きはするのですが、次の日もすぐれないのです。 元来お腹は丈夫な方なので、すぐ回復するのですが。
 チェンマイへ移動しても、同じ調子なのです。チェンマイのゲストハウスはバンコクのホテルより室温が低く、ちょっと暖房が欲しいくらいです。 バスタブがないので、ホットシャワーだけでは体もなかなか温まりません。
 
 正露丸もなくなりタイの薬を買ってようやく直りました。 「屋台で食べるな、水道の水を飲むな」とよくいわれますが、気温の変化、とりわけ寝る時の室温調整には気をつけましょう。
 冬に寝冷えというのも時期はずれな話ですが、タイでは涼しい乾期にも注意しないといけないということが分かりました。

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February 05, 2006

№289 団塊の世代 地域リーダーに

   チャオプラヤー川のクルーズ
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 「北九州市、生涯現役夢追塾を開設へ」という記事が、2月2日の西日本新聞に載りました。

 戦後のベビーブーム時代に生まれた「団塊の世代」が2007年から大量に定年退職を迎えることから、北九州市は、定年後の同世代にこれまでの経験を生かしてビジネスや民間非営利団体(NPO)などの分野で活躍してもらおうと、人材育成講座「生涯現役夢追塾(ゆめおいじゅく)」を開設することが一日、分かった。
 趣味を楽しむような従来型の高齢者対策とは違い、経営指導やベンチャービジネス支援の投資事業などに取り組む地域リーダーを育てる。 全国的にも珍しい取り組みで、市は新年度当初予算案に事業費約3800万円を計上する。

 日本の高度経済成長を支え、経験豊富な同世代は、定年後も何らかの形で社会で活躍する場を求めている人が多く、若い世代への技術継承も課題となっている。
 このため、同塾では、地域活性化につながる起業、大学などでの講師、地元ベンチャービジネス支援の投資事業の3コースを設定。 大学教授や証券会社のフィナンシャルアドバイザー、社会保険労務士などを講師に迎え、必要な知識や若手への指導法などを伝授する。講習のほか企業などで現場経験も積む。
 今年6月から来年3月まで週一回、市の施設で開講。北九州市在住か同市へ通勤する50歳以上が対象で、定員90人を予定。受講料は5万円を見込んでいる。
 
 来年からの団塊の世代の定年退職に備え、各地の自治体でいろいろな取り組みが始まっています。 地方の過疎地では、第二の故郷としてこの世代に移住してもらおうという事例が、先日テレビで紹介されていました。
 この記事を読む限り、北九州市の場合、経営指導やベンチャービジネス支援の投資事業など、ビジネス主体の人材養成を目的としているようです。 さらに、地域の活性化を志向したボランティア活動やNPO法人の中心となる地域リーダーの養成や活動の場づくりにも取り組んでもらいたいものです。

 しかし、それ以前に気にかかることがあります。それは「仕事が趣味だ」という仕事人間タイプの方です。関心や意欲がある人は、このような養成講座がなくても自分でどんどん行動されるでしょう。
 仕事人間タイプの方がそのまま定年を迎えると、今までの生活とのギャップが大きくなりがちです。 肩書きがなくなった生活に戸惑い、個人としての生き方が身に付いていないと、家に引きこもりになる場合もあるのです。

 このようなタイプの方こそ、定年後の生活や生き方のついて準備をする必要があります。 本人は自覚してなかったり、なかなか行動に移れないことが多いでしょうから、奥さんや娘さんあるいは友人の協力や、シニアを応援するボランティア団体やNPO法人の支援が欠かせないものとなります。
 少しでも興味や関心が持てる分野の講演会やセミナー、地域活動などの体験参加を勧めてみる、一緒に参加するなどから準備を始めましょう。
 

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February 04, 2006

№288 キングコングとアンジェリーナ・ジョリー


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 現在、日本で公開中の映画「キングコング」と「Mr.&Mrs.スミス」のDVDを買ってきました。 この2つのタイトルのDVDは、まだ発売されていません。バンコクやチェンマイのナイトバザールで売られている海賊版DVDです。 新譜のCDや最新映画のDVDが夜店に並んでいて、どれも100バーツ(約300円)です。

 正規のDVDは、ソフトに組み込まれているリージョン(地域)の違いから、海外で買ってきて日本で見ても再生できないのです。 しかし、このコピーDVDはリージョン・フリーに変換されているので、日本でも見ることができます。正規のDVDが見れなくて、コピーDVDがOKというのが、タイなのです。

  「Mr.&Mrs.スミス」はスパイ・アクション映画ですが、クリアな映像でストレスなく楽しめます。しかし、「英語」を選択して再生したところ英語の字幕が出ません(多分操作に不慣れなせいでしょう)。 もちろん日本語の字幕がないのは当然だとしても、英語の字幕があると少しは理解できるのですが。
 それでもアクションシーンの見所が多く、何といっても美しいアンジェリーナ・ジョリーを見るだけでも価値があります。 以前から共演のブラッド・ピットとのウワサが報じられていましたが、最近彼女の妊娠のニュースが流れたばかりですね。

 もう一本の「キングコング」はこれまでに何度か映画化されてきました。今回は大ヒットした「ロード・オブ・ザ・リング」の監督がメガホンを取ったということで、映像を期待して買ってみました。 それに、言葉が分からなくてもストーリーは知っているわけですから。
 
 ところが、このDVDはオリジナルをコピーしたものではなく、劇場で盗撮したものだったのです。 画面はややセピア色がかっていて、どことなくピントがぼやけています。テレビのCMで流れる映像と比べると明らかに劣っています。
 音声も間接的な音で、フィルターを通したようなくぐもった音です。その上、何度か近くの観客の“咳”が録音されてしまっているのです。 まあ盗撮したものとしては質が高いのでしょうが、「これが盗撮ものか」と変に感心しました。

 こういうDVDに出会うのもタイでの楽しみであり、話しの種にもなります。 ただ、本来コピーDVDは違法なものです。アメリカが、著作権を守るために中国を始めとするコピー天国の国々に対して監視の目を強化するといいます。 タイ政府にもその実態調査の協力を依頼していますので、いつまでも公然と海賊版が売られているとは限りません。
 ですから個人的に楽しむ程度にしておきましょう。

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号外 アクセス数が40000件

 2月3日、節分の日に累計のアクセス数が40000件になりました! ご報告するとともに謹んで御礼申し上げます。
 30000件が1月11日でしたので、この間23日での達成です。毎日400人以上の方が見ていただいていることになります。
 
 1万件までが約半年、2万件までが2ヶ月、3万件までが35日、そして今回が23日です。 一日平均400~500件のアクセスがあって、お陰さまで少しずつ読者の方が増えています。

 みなさま 今後ともご愛読いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。 

                  
                          感謝

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February 03, 2006

№287 「診察室に来た赤ずきん」

  チェンマイのナイトバザールにて 
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 「診察室に来た赤ずきん」は、精神科医の大平 健氏が書いた“物語療法の世界”の本です。 本屋さんで、その面白い表紙のイラストに気を引かれて手にしました。
 この不思議の国の精神科医は、受診にやってくる患者さんに昔話や童話を語ります。昔話や童話が患者さんの疲れた心を癒し、患者さんの目には少年少女時代と同じ輝きが戻るそうです。

 いくつかの物語療法のエピソードが紹介されています。
 仕事に意欲的に取り組んでいた青年が自宅に引きこもりになったのですが、その原因が分からないため、精神科を受診しました。 この時この精神科医は、昔話の「三ねんねたろう」の物語をして治療を行ったのです。(ここでは、この物語の内容は省略しますが、興味がある方はこの文庫本を読んでください)

 人は一生の間に「内省的」な時期と「行動的」な時期を交互に繰り返すものです。そのたびに人生に区切りをつけ新しい人生を歩むのです。普通それは明確には自覚されません。
 失恋のような大きな出来事の後には、ある程度自覚されます。ひとり旅に出る人がいます。単に心の傷を癒すためと考えられやすいのですが、それだけのことではありません。 恋人のいない新しい人生に備えるためでもあるのです。
 親しい人が亡くなった後も、人はひとりになりたくなります。亡くなった人とのつながりを静かに確認するためですが、同時に親しい人を失った後の新しい生活に備えるためです。 三ねんねたろうが長い眠りについたのも、そういえば母親が亡くなった後のことでした。

 多くの人がとかく、悲しい目にあうと日常の活動でそれをまぎらわそうとします。内省的であるべき時期に行動に走ろうとするのです。 それを防止するために、多くの民族が長い喪の期間を定めています。人は新しい人生を生きるために、ときに内省的になる必要があるのです。 失恋の後や親しい人の死の後とは限りません。思い切った飛躍が必要な時は、いつもその飛躍に備えないといけないのです。

 自室に閉じこもった青年の場合も、つらい思いをしたしたから閉じこもったわけではなく、会社が発展を遂げ自分自身も技術的に大飛躍を遂げられそうになった矢先に、閉じこもったのです。 彼は彼なりに飛躍に備えていたのだといえるでしょう。この青年は、三ねんねたろうの物語とこの説明に得心がいき、また出社し始めたのです。

 人には誰にでも「自分の物語」があるのです。幼い時に心引かれた物語が、みなさんの人生を導いてきたことに気づくはずです。人生のおりおりに鍵となったお話があったことに気づくはずです。
 過去に限る必要はありません。人生の節目節目に自分に合った童話や昔話を見つけてください。誰も心の中にも小さな主人公たちがいて、みなさんに呼び出されるのを待っています。 

 人は一生の間に「内省的」な時期と「行動的」な時期を交互に繰り返す、といいます。内省的な時期には無理に行動しないで、次の飛躍に備えないといけないというのです。 みなさんもこれまでの人生で、じっくりと考える時期と積極的に行動する時期をそれぞれ経験したことがあるでしょう。
 とりわけ男性にとって定年退職は、人生の大きな節目ですし転機でもあります。この青年のように、引きこもる定年男性もいると聞きます。 その意味で、定年を内省的な時期と捉えて、すぐに行動しないで新しい人生に備える時と考えることができます。

 次の飛躍に備える「内省的な時期」、いいではありませんか。大切なことだと思います。ロングステイもそのひとつのきっかけになるかもしれません。 そして、これからの人生を導く「自分の物語」を見つけて、新しい人生へ大きく羽ばたきましょう。
  

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February 02, 2006

№286 アユタヤのゾウは早い

   王様気分のゾウ乗り体験
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 約3年ぶりのアユタヤ。 久しぶりに世界遺産の遺跡群を歩いてきました。アユタヤ王朝は1350年に成立し、ビルマ軍の侵略によって滅びたのが1767年ですから、それほど古い遺跡ではありません。しかし、レンガの赤い色と徹底的に破壊されたせいか、永い歴史を感じさせる遺跡群です。

 そんなアユタヤ歴史公園の一角でゾウに乗ることができます。いつも利用しているウェンディツアーの「帰りクルーズのアユタヤ観光」ツアー(大人1800バーツ・約5400円)に参加したところ、以前はなかったのですが「ゾウ乗り体験」が付いていました。
 チェンマイ近郊のゾウのトレッキングに比べると、ほんの体験程度ですが、それでも初体験の方にはお勧めです。通常料金は、10分間で300バーツ、20分で400バーツするそうです。

 黒の帽子に赤と黄色の衣装を着たゾウ使いが肩に乗り、同じ色の布地と飾りを付けられたゾウの背中には、二人乗りの座席が固定されています。 さらに座席の上には赤のレース地の日傘までついていますので、観光用とはいえ、まるで王様気分です。
 階段を登った乗り場からシートに乗り込み、ゆっくりと歩き出すと、座席が大きく左右に揺れ始めます。 舗装道路横の固い歩道のため歩くスピードが速くなって、その分座席が大きく揺れているのです。

 チェンマイではトレッキングコースが山野のぬかるんだ道ですから、ゆっくりと歩きます。その上、道端の草を食べながら文字通り道草をしますので、ゆったりとしたペースです。 それと比較すると、都市型コースのアユタヤはあわただしいのですが、遺跡を遠望しながら写真を撮ったりして、それなりに楽しめます。
 降りるとサトウキビのえさをもらって、小象にあげるのも楽しみのひとつです。すぐに長い鼻を伸ばして、籠のサトウキビを取ろうとします。
 あっという間のゾウ乗り体験ですが、手軽に乗れますのでアユタヤ観光のついでに是非どうぞ。 子どもさんや若い女性に、きっと喜ばれることでしょう。

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February 01, 2006

№285 団塊の世代 地球のどこかで輝こう

   チェンマイの慧燈教育学園
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 1月13日、朝日新聞の社説に載った「団塊のあした」というシリーズからです。

 新たな活躍の舞台を海外に求める熟年層が増えている。  
 独立行政法人、国際協力機構(JICA)が「シニア海外ボランティア」事業を始めたのは90年のことだ。 55カ国で延べ約2500人が活躍している。

 仙台市の柏木修さん(58)は、アフリカ南部にある世界で最も貧しい国のひとつ、マラウイへ電気事情改善のため派遣された。昨年10月までの2年間のボランティア体験を踏まえ、JICAにこんな提言をした。
 派遣期間をもっと柔軟にすることはできないか。派遣中に国内に残る老いた両親を見守る仕組みがあれば、志願者はさらに増える。 「団塊の世代を有効に活用すれば、今後の日本の国際協力の大きなパワーになる」。柏木さんはそう確信する。

 また、財団法人 日本シルバーボランティアズ(JSV)は、05年までに65カ国へ3500人を超える人たちを送り込んだ。 農林水産や鉱工業など、分野は多岐にわたる。

 政府の途上国援助(ODA)をはじめ、日本は財政面では国際社会にかなりの貢献をしている。 なのに「金ばかりで顔が見えない」との批判が絶えない。さまざまな援助の現場で、今まで以上に顔の見える国際協力を心がけなくてはならないだろう。
 
 団塊の世代は、高度成長の主な担い手だった。それゆえ「モーレツ社員」「社畜」などと揶揄されもした。 しかし、経済力や技術など、成長の果実も手にしたはずだ。思い切って広い世界へ飛び出してみよう。 必要とされる場が、この地球上にはまだまだある。
 以前、シニアボランティアの説明会に参加したことがありますが、予想以上に参加者が多いので驚いたことがあります。それだけ海外ボランティアへの個人の関心や意欲が高いことがうかがえます。 ただこの記事にもあるように、意欲があっても派遣内容や期間など条件がなかなか合わないだろうと感じました。

 JICAやJSVのボランティアだけが、海外のボランティアではありません。もっと身近なところでボランティア活動はできると思うのです。 インターネットで海外で活躍するボランティア団体やNGOを探すことだってできます。ロングステイしている滞在地で、地元の活動に参加することも可能でしょう。
 よく調べると、いろいろな所で多くの日本人が海外で活躍していることがわかります。自分が参加したい活動を探してみてはいかがでしょう。 わたしもタイで日本のシニアが活躍できる団体やNGOを調べて紹介していきたいと考えています。
 

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