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March 04, 2006

№316 私の「団塊」流

   チェンマイのワット・プラ・シン
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 47年生まれの団塊の世代、寺島実郎さん(日本総合研究所理事長)のインタビュー記事の抜粋です(2月20日の朝日新聞)。

 一つの世代がもつ「価値観」というのがある。それは時代の流れを受けながら共有され、次の世代、子の世代に影響を及ぼしていく。 残念ながら、団塊の世代のものの見方や考え方は、程度の差こそあれ「経済主義」と「私生活主義」を掛け合わせたような価値観だった。 経済主義は、経済に異様なほど価値をおいた対米過剰依存の拝金主義でもあった。
 個人主義は、体制が抑圧しようが自分の思想、哲学、信仰は守り抜くという気迫に満ちた生き方です。しかし、私生活主義とは、自分の生活空間を守っていたいという程度のライフスタイルであって、個人主義でも何でもない。

 今、団塊の世代は、定年とかいって立ちつくしているが、 「社会の問題に立ち向かおう」と心からいいたい。
 日本は高齢化社会の重要な転換点に立っている。団塊の世代が「笠の雪」になって次代にのしかかるのか、社会を支える側に回るかで、今後の社会は大きく変わる。

 僕は、国家や権力の強制ではなく一人ひとりが主体的に参加する「パブリック(公共)」の重要性をいいたい。 パブリックとは「官」と「民」の間に横たわる概念だが、人間社会は誰かが公的分野を担わなければ成り立たない。その公的分野で何ができるのか。自分の好みや気質に合ったテーマを見つけ、労力、金、知恵、技術を提供しあう。それこそ今日の時代と社会が求めているものなのだ。

 実際、そうした動きは出始めている。会社に埋没してきたオヤジたちが各地で会社を超えた地域ネットワークを作り、環境や地域の若返りなど身近な問題で行動を起こそうとしている。


 団塊の世代である寺島さん自身が、団塊の世代を客観的に考察し、今後の日本社会に対する公的貢献を呼びかけています。同世代へのエールといってもいいでしょう。
 シニアが社会の負担になるのか、社会を支える側になるのか、どちらの道を歩むかで、これからの超高齢社会は大きく異なってきます。高齢社会の重要な転換点を迎えているのです。
 団塊の世代をはじめとするシニアが住み慣れた地域に戻って、ひとりの個人として寺島さんがいう「パブリック(公共)」のために貢献するような日本社会であってほしいものです。わたしもその一員として行動し、支援していきたいと考えています。

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Comments

>団塊の世代を客観的に考察し...
団塊世代の自分たち自信はたいそうに意識して生きているわけでもないのに、哲学的、社会学的になんでも分析したがる人たちは何時の時代にも出てくるんですね。
なんか儲かる商売でも日々考えているのでしょうか?

Posted by: おじゃまもん | March 04, 2006 at 01:03 PM

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