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May 31, 2006

№400 祝400回!

    ワット・アルン(暁の寺)
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 ブログを書き始めて4月に丸1年になりましたが、今日5月31日に400回を達成しました
 まだまだ400回ですが、1年365回を目標にしていましたので、感慨深いものがあります。毎朝5時頃に起きて朝食前に記事をひとつ書くことが、わたしの日課になっています。 書き終えると1日の半分の仕事を終えたような充実した気分になって、メリハリの効いた生活をスタートすることができます。それに加えて多くの読者の方に支えられて無事400回を迎えることができました。
 この間、80000件を超えるアクセスをいただきました。最近は少し落ち着いていますが、一日平均400件前後の読者の方がブログを開いていただいています。 深く御礼申し上げます。

 先週は、福岡で開催されたJTBとタイ国政府観光庁(TAT)のロングステイセミナーで講演をしました。 特にTAT主催のセミナーには200人ものシニアの方が参加され、ロングステイへの関心度の高さを改めて実感しました。このセミナーの内容については、後日レポートする予定です。
 
 さて来年2007年からは、いよいよ団塊の世代が定年を迎え始めます。 団塊の世代の定年後の過ごし方、生き方の関心を持っていて、元気シニアとして日本の超高齢社会を支える担い手になることを期待しています。それにはこれまでの会社人間から離脱して、いかにひとりの個人としての生き方ができるかが大きな課題です。
 団塊の世代をはじめとするシニアに方々に「シニアの新しい生き方のひとつとしてロングステイ」を提案しつつ、
ロングステイ実践者のレポート、タイに関するいろいろな情報を紹介していきたいと思います。

 こうしてブログを書き続けることで、少しでも多くの方が読んでくださりロングステイの認知度が上がることにつながるのであれば、大変嬉しいことです。それを心の支えにして500回を目指して毎日一記事ずつ積み上げていくつもりです。そのためにはネタ探しを兼ねて、この夏に取材に行かないといけないようですが。

 これからも初心を忘れずに続けていきたいと思いますので、今後ともご愛読いただきますよう、お願い申し上げます。 読者のみなさまに、あらためて感謝いたします。

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May 30, 2006

№399 退職後は大学で学ぶ パート2

  チェンマイ郊外のリゾートホテル
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 大学や大学院に進学する社会人や、リタイア後大学で勉強しているシニアが増えているということで、昨日西日本新聞の「退職後は大学で学ぶ」という記事を紹介しました。
 この記事を載せる前のことですが、ブログの読者の方からこのようなメールをいただきました。

 はじめてお便りさせて頂きます。
 週に2~3回は「シニアの新しい生き方としてのロングステイ」を楽しみに拝読させて頂いております。
 私は現在52歳で、勤めている企業が今年買収されたのを契機にサラリーマン生活にピリオドをうち、まさしく第二の人生に踏み出そうとしております。有難いことに転職の口もいくつかあったのですが、この一年間程、学生時代も含めて古くからの友人・先輩と会って、今後の人生について情報交換やらアドヴァイスを受けていくなかで、ひとつの方向性が掴めそうな気がしてきました。

 それはサラリーマンとしての第二の人生ではなく、自分を育ててくれた社会に何らかの形で恩返しをしながら生きていけないだろうかという事でした。具体的なアクション・プランとしては、今年の秋か来春から大学院進学を視野に入れております。テーマの方向性としては「NGOを媒体としての団塊の世代の開発途上国への知識移転」を追求したいと考えております。 今一番自分が見えないものは、卒業後、果たしてその様な分野での活動が現実的に可能かどうかです・・・。
 他方、親友で全国紙の記者を辞し大学院進学後、ジャーナリストとして活躍の場を求めている人物がいます。彼からは大学院よりも今実行したい事があれば「勉強よりも実践」を優先すべきだとの助言があります。
 池邉様は九州大学大学院に進学され、かつタイにて現場調査も実施さてているやにお見受けいたしましたので、小生の方向性について何か御助言頂ければ幸甚に存じます。

 このご質問に、このように返信しました。

 いつもブログを見ていただきましてありがとうございます。近日中に「退職後は大学で学ぶ」という内容の記事をアップしようと思っていたところです。
 何事も“思い立ったが吉日”ですし、 “行動することの大切さ”をロングステイの実践者の方々から教えられました。それが自分の人生を豊かで生き生きしたものするキーワードだと思いますし、そして自分の知識や技術を社会のために貢献できたらやりがいや生きがいを感じられることでしょう。

 わたしの場合は、社会に貢献できる専門的知識がなかったので、大学院に進学しました。現在は、わたしが持っている研究内容や情報をブログで紹介したり、専門学校の教壇に立つことで、少しは人のためになっているのではと思っています。
 すでに開発途上国を支援できる技能をお持ちでしたら実行に移されればいいでしょうし、不十分と思われるのなら、大学院で学んでからでもよいのではないでしょうか。何事も始めるのに遅すぎることはないのですから。ご健闘をお祈りいたします。

 思いつくままを書いたので、どれほどお役に立ったかは自信がありませんが、このようなメールをいただいたことは大変嬉しいことです。「自分のやりたいことが見つかったら、まずやってみること」が大切ではないでしょうか。見つかっただけでも、すでに目標の半分は達成しているといっても過言ではありません。後はその目標に向かって行動し実行に移すだけです。
 昨年、わたしが教えている学生に「わたしの夢」という作文を書かせました。ひとりの女子学生がこう書いていました。 「今しかできないこと、今したいことを日々見つけて実行したい」。これが夢だというのです。19歳の学生がなぜこんなことを書けるのかと正直驚きました。まさに人生を生きていくヒントが詰まった素晴らしい言葉だと思います。
 ちなみにこの学生は成績は決して上位ではありませんでしたが、目標とする難関の資格試験に見事合格しました。祝福するとともに、これはまぐれではなく必然だと納得した次第です。

 目標が定まったら、今日から最初の一歩を踏み出し、毎日続けることです。躊躇する必要はありません。実際にやってみると、分かることや発見があります。そこからまた考えればいいのです。軌道修正もOKです。ただし100%完璧にやろうとしないこと、60%で十分合格です。重要なのは60%を「毎日続けること」です。 毎日続けることこそが、“自分らしい人生”につながるのではないでしょうか。

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May 29, 2006

№398 退職後は大学で学ぶ

       アユタヤにて
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 社会人で大学や大学院に進学する人が増えているといいます。わたしもそのひとりです。またリタイア後、大学で勉強しているシニアもいます。そんな中、2006年5月19日の西日本新聞に「退職後は大学で学ぶ」という記事が載りました。

 生涯学習への関心が高まる中、より高いレベルの学びを求めて大学を目指す中高年が増えている。少子化による18歳人口の減少や「団塊の世代」の大量定年を見据え、大学側も受け入れに前向きだ。社会人の門戸は広がっており、シニア対象の特別枠を設ける大学も出始めた。
 
 兵庫県三木市の関西国際大学に今春、60歳以上を対象とする「シニア特別選考」に合格した10人が入学した。人間学部の池尾啓子さん(73)もそのひとり。週4日、大阪市内から2時間かけて通学している。
 高校卒業後、仕事を続けてきた池尾さんは、還暦を機にリタイアし、別の大学の通信教育で社会福祉を学んだ。この時てこずったのが英語。「せっかく勉強したのだから」と卒業後も英会話スクールやラジオの英会話で勉強を続け、ニュージーランドなどでロングステイも経験した。
 外国人と交流する面白さを感じ、次のロングステイを検討中、関西国際大のシニア枠を知った。「一度じっくり学んでみよう」と受験、3年生に編入した。池尾さんの目標は、外国人観光客のボランティアガイド。「日本の歴史や文化も学びたい。若い学生に『ケイコ!』と声を掛けられるのが楽しくて」と目を輝かせる。

 シニア特別選考は、面接などで学習意欲や目的意識を総合的に判断する。 浜名篤学長は「社会経験の豊かなシニア世代の学生がいると、若い学生や教員にも刺激になる。ここで学んだことをぜひ地域社会に還元して欲しい」と期待する。
 学部レベルのシニア枠を設けている大学は、関西国際大のほか、広島大学や長崎ウエスレアン大学などまだ数えるほどだが、大学側の関心も高い。

 社会人入学に関する情報提供を行っている大学入学情報図書館RENAの安井美鈴代表は、「幅広い視野で、体系的に学べるのが大学の魅力。仕事で経験したことを論文にまとめる人もいる。学校の雰囲気や授業内容が合っているか事前に知っておくことが大事で、単位だけを取得する科目等履修生から始めてみるのもいい」と話している。

 さて、大学はシニア特別選抜枠がないと受験できないわけではありません。一般の学生と一緒に受験すればいいのです。特に大学院は筆記試験だけが重視されるのではなく、何を研究したいのか、やりたいのか、明確な目的がはっきりしていることが一番大切です。 「行動するところに道は開かれます」。自分の関心のある分野やこれまでの経験、知識を生かして大学で学ぼうではありませんか。 決して遅すぎることはありません。 “思い立ったが吉日です”

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May 28, 2006

№397 タイのお墓事情

     壁の中の小さなお墓
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 BTSオンヌット駅からそう遠くはないタイのお寺「ワット・ラート」にバンコク在住の佐藤さんに案内してもらいました。バンコクでは各コミュニティ毎にお寺があり、ここもそのひとつです。

 割合広い境内にはタイ様式の本堂や7年間かけて建築中のお堂があって、信者からお堂の屋根を葺く瓦の寄付を募っていました。 日本のお寺のようにお坊さんの子どもが後を継ぐわけではありませんので、地域の住民に支持されているお寺は栄えますが、そうでないと維持できないといいます。その意味では、新築中の立派なお堂は、地域から支持されていることの証なのでしょう。
 また、クティと呼ばれる僧侶の住居には約20人ほどが生活していて、若い僧たちを見かけました。さらに鐘楼があって早朝修行を始める時などに金色の鐘が鳴らされるそうです。

 ちょうどサーラーという東屋のような所でお葬式が営まれていました。タイでは3日、5日、7日間あるいはもっと長い期間をかけてお葬式をするそうで、その期間が長いほど裕福な人たちです。葬儀が終わると、敷地内にある火葬場で荼毘にふされます。

 お寺の入り口から左手の塀には、30センチ四方の大きさで金色に縁取られた額縁のようなものが上下にずらりと並んでいます。小さな区画ひとつひとつがお墓ということで、よく見ると小さな肖像写真と名前が刻してあるのでそれと分かります。
 額縁の部分にはお花が掛けられるようになっていて、脇にはお線香立ても付いています。所々に空いている区画を見ると20cmほどの奥行きの空間があって、ここに遺骨を納めるのです。この小さなお墓といえども裕福な人たちしか買えなくて、お墓を持てない人たちは自宅で保管しているそうです。
 日本でもお墓は高いと聞きますが、タイでもお墓をもとめるのは大変なことなのでしょう。お寺の塀に組み込まれた団地のような小さなお墓を見ていると、なんとなく切ない気持になってしまいました。

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May 27, 2006

№396 チェンライのナイトバザール

 ステージを終えた民族衣装の女性
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 ナイトバザールといえばチェンマイが有名ですが、規模は小さいもののチェンライにもあります。場所は市内のバスターミナル近く、宿泊したWiang Inn Hotelから歩いてすぐのPhahonyothin通りから入った通りがナイトバザールです。

 山岳民族の手作りの織物やアクセサリーなど、いろいろな工芸品を売っている店が並んでいます。 チェンマイがお土産物といった商品が多いのに対して、ここの商品はデザインや作りがそれぞれ違っていてオリジナルな感じがします。
 チェンマイと比べると夜店の数は少なくこじんまりしていますが、その分ゆっくりと品定めができるのできっと気に入った物が見つかるでしょう。掘り出し物さがしにはいいかもしれません。それにどことなく風情があります。

 日本語で「シルバーアクセサリーの店」という看板を見つけました。ここは露店ではなく立派な店構えの日本人の女性が経営するアクセサリー屋さんです。 店頭では職人さんが、火を使って銀のアクセサリーを実演しながら作っています。日本人のオーナーが出てきて商品の説明をしてくれました。なかなかデザインが素敵で、全部ハンドメイドの商品ばかりということです。少々値段は高めですが、わたしが見てもお洒落なデザインが多く女性にとっては素通りできないお店だと思います。それにしてもタイの地方都市で、お店を経営する若い日本人女性がいるのには少しばかり驚きました。

 ナイトバザールの奥は広場のようになっていて、真ん中の屋外のフードコートを取り囲むようにしてステージやキッチン、そしてやや大きめの雑貨類を扱う店もありました。ステージでは民族衣装を着たグループが山岳民族の舞踊や音楽を演奏していて、フードコートで食事をする人たちを楽しませています。ステージを終えたところを捉まえて、きれいな衣装をまとった女性の写真を撮らせてもらいました。

 屋外のフードコートでビールを傾けてタイ北部の郷土料理を食べ、のんびりとナイトバザールの夜店を回ってみる。これが一般的なチェンライの夜の過ごし方なのかもしれません。
 田舎風ですがどこか旅情を誘われるチェンライのナイトバザールでした。

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May 26, 2006

№395 ロンガンのドライフルーツ

袋詰めされたロンガンのドライフルーツ
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 タイ北部へ行くと「ロンガン」の果樹園をよく見かけます。レイシ(ライチ)系の常緑の高木で、ライチやもじゃもじゃした毛の生えたランブータンなんかと同じ仲間の果樹です。 ロンガンを中国語で龍眼、英語ではDragon's eyes Fruitといいます。
 薄い茶色系の皮をむくと、白く半透明な果肉が現れ、その中に丸く黒い種が入っています。そこから中国では”龍の目”と呼ぶのでしょう。 スーパーでは、細い枝についたまま束にして30バーツ(約90円)ほどで売られています。これとよく似たものにランサーという果物もあって、ロンガンの果実がひとつずつバラバラなのに対して、ランサーはブドウのように房状になっています。

 ライチより小ぶりの実を爪で割るようにすると簡単にむけます。瑞々しい果肉を口にいれると、少しのすっぱさと淡い甘さが混じったさっぱりとした味が広がります。ほとんどライチの味と変わりません。食べ飽きない味なので、ついつい手が伸びてしまいます。
 ランブータンも同じような味なのですが、とにかく食べにくいのです。やはり爪で割るようにして食べるのですが、味もほぼ同じです。しかし、中の硬い種の薄皮が果肉にくっついてしまって、なかなか取れないのです。薄皮ごと食べても支障ないのですが、少し渋い味が混ざりますし何より食感が損なわれます。食べにくくて若干イライラしてしまうので、最近は敬遠気味です。

 さて主な生産地のチェンマイへ行くと、ドライフルーツのロンガンが売られています。 ナイトバザールなどでは、種を取り除いた果肉を乾燥させたものを袋詰めにして売っていて、よく見ると生のものがそのまま形で小さくなって飴色をしています。収穫期の関係でしょうか、冬の時期の方がたくさん並んでいたようです。
 ドライフルーツの方がぐっと甘味が増しますが、あの独特のライチ系の風味が後からやってきて、しっかりロンガンの個性を主張しています。 日本では生のロンガンは輸入されていないでしょうから、チェンマイのお土産として喜ばれると思います。

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May 25, 2006

№394 第二の人生も「団塊流」

 メオ族の美しい刺し子の民族衣装
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 2006年5月17日の西日本新聞の記事からです。その概要を紹介しましょう。
 「団塊の世代」の多くが健康に自信を持ち、自宅でパートナーとお酒を楽しむ。自らの葬式も「自分流」で演出しようと考えている―。そんな団塊像が、各社のアンケートから浮かび上がった。来年から大量定年時代を迎えるが、「第二の人生」を自由に楽しもうとする雰囲気が伝わってくる。

 団塊の世代は心身ともに概ね充実しているようだ。ヤクルトが1947~49年生まれの男女400人を対象にした「健康意識調査」によると、心が「とても元気」と回答したのは14.5%。「まあ元気」と答えたのは、全体の81.0%だった。

 「定年後をどうイメージするか」(複数回答)の上位は、「好きなことができる」(41.3%)「働いている」(31%)「のんびりしている」(29.8%) これを男女別にみると“姿勢”の違いが出た。女性は「好きなことができる」(44.5%)「のんびりしている」(36%)が上位で、定年後を前向きにイメージしている。
 一方、男性は定年後も「働いている」と答えた人が最も多く(41.3%)、18.5%が「暇を持て余す」と答えるなど、切り替えに戸惑っている印象を残した。

 このアンケートを見ると、やはり女性に比べて男性の方が、定年後の生き方の具体的なイメージが描かれていないようです。 定年後も「働きたい、働かなくてはいけない」という男性が4割を超えています。しかし「暇を持て余す」と答えた男性が2割近くもいるのです。
 会社という組織の中で仕事中心の生活や人生を送ってきた男性にとっては、“仕事が生きがい”だったり“趣味は仕事”ということも少なくないと思われます。 定年というライフステージを迎えて、その後の20年間どうやって生きていくのかをイメージして構想しなければなりません。 定年で仕事に区切りをつけて終わりではなく、どのようなシニアライフを送るかが、残りの人生を豊かで生き生きとしたものにするか否かの分岐点なのです。
 5年後10年後、どのような自分になっていたいのか、どんなことをしていたいのか、じっくり考えてみる。そこから始めてみてはいかがでしょう。

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May 24, 2006

№393 暖かいタイに健康を求めて その3

   Sさんが住むサートーン地区
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その3
タイのロングステイの課題
 タイでロングステイを始めてみて、その問題点や課題をいくつかあげてもらった。

① まず医療保険の問題がある。
 現在は日本の海外旅行傷害保険に加入していて毎年更新している。 しかし、最近は新規に1年間の契約を申し込んでもなかなか受け付けてもらえないと聞く。
 タイでは医者にかかる費用は安いが薬代が高く、毎月1万バーツ以上支払っている。海外旅行傷害保険を使うこともできるのだが、翌年以降、既往症は保険が利用できないため、高額の医療費が発生したときのことを考えて医療費は自腹で払っている。 現在はリュウマチの医療費はなくなり、年令相応の他の病気の医療費が発生している。
 タイには60歳以上の長期滞在者が加入できる医療保険がないので、タイの日系の保険会社がそのような商品を作ってもらえるとありがたい。

② タイでは手頃な家賃の住宅を探すのが大変である。
 タイの不動産屋は、仲介手数料を大家からもらうのが慣例になっている。安い物件は大家が手数料を少額かほとんど払わないことが多いため、不動産屋は2万バーツ以下の物件を扱っていない。 そこでSさんは自分で手数料を払って、このコンドミニアムを探してもらった。
 予算に見合う気に入った物件を探すのに苦労するが、生活費の中で家賃の占める割合が大きいので、ロングステイの場合住居探しは重要なことであるという。 

③ ロングステイ・ビザの問題
 長期滞在をしようとした場合「先にビザありき」だ。ロングステイビザが取得できるというのも、滞在先としてタイを選んだ理由の一つである。
 在日タイ大使館でロングステイビザを取得しようとすると,申請手続きが煩雑である。しかし、パスポートとデポジットのお金があれば、同ビザをタイ本国で申請すると比較的容易に取得できる。
 ビザの申請はどの国も同じく煩雑なのだが、タイは在日大使館と本国とに大幅な差があるので、在日大使館での申請手続きが簡素化されると、今後申請がしやすくなると思われる。逆にいえば、ロングステイビザ(リタイヤメントビザ)が優遇されているともいえます。

 インタビューした3月末で、まだ5ヶ月間のバンコクでの滞在だが、ポーランドでは10年近く海外生活の経験があるSさん夫妻。 その長い海外生活経験を通して、自分が変わった点について尋ねてみた。
 「日本にいたときよりも物事をはっきりと言うようになったと思います。外国人には日本のように以心伝心では意思が通じないのです。 しかし、はっきり物を言ったからといって後には残りません。」とSさん。
海外生活では、現地の人たちと意思疎通を図るためにコミュニケーションの大切さを指摘します。

 病院通いしながらも、タイの生活を楽しみ、タイ語の勉強にも積極的に取り組まれているSさん夫妻。 明るく前向きに話されるご夫妻の表情から、ポーランドでの生活体験がこれからのバンコクでの長期滞在やタイ社会との交流に活かされるものと確信した。

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May 23, 2006

№392 暖かいタイに健康を求めて その2

  Sさん夫妻が住むコンドミニアム
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その2
 コンドミニアム(2ベッドルーム、70㎡)の家賃は、17000バーツ(約51000円)。水道光熱費を入れると20000バーツくらいになる。毎月の生活費は、Yさんのリュウマチの治療費を含めて最大18万円(約6万バーツ)と目論んでいる。 これは日本での海外傷害保険、生命保険料等の支払いを考慮した上でのもので、現在は、タイ語の授業料が高く予算をオーバーしてしまっている。
 食費は自炊中心なので15000バーツほど。日本の食材を買出しに大きなスーパーにも行くが、周辺の市場でも新鮮な野菜やフルーツなどを買ってくる。 主な収入はSさんの20数万円の厚生年金だが、65歳になるとYさんが国民年金を受給できるようになり、また個人で付保した夫婦年金が多少受け取れる。
                     
 暖かいタイでの生活と治療のかいがあって、リュウマチの症状がかなりよくなってきた。 「ちょっと暑いけど、リュウマチが軽くなってタイに来てよかった」とYさん。 これからは、タイの豊富な食材を使って自慢の料理の腕を振るうのを楽しみにしている。また、タイの人たちに日本料理を教えたり、カービングやタイ料理も習いたいと考えている。
 Sさんは、タイ語を勉強して現地の人たちと交流するのが希望だ。タイ社会と交流するには、まず言葉の問題をクリアしないといけない。買い物ができるくらいの会話力では不十分なので、週4回夫婦でタイ語教室に通っている。 授業料は1ヶ月40時間コースで一人12000バーツとちょっと高いが、日常会話ができるようになるには、4ヶ月くらい通わないといけないだろう。
 タイで生活する以上、現地社会に溶け込んでタイの人たちと交流したいと意欲的なSさん。タイでやりたいことを見つけていきたい。今は小額でも取引ができるタイの株を始めていて、ちょうどいい頭の体操になっている。

 BTSチョンノンシー駅からしばらく歩いたサートーン地区を選んだのは、日本人駐在員が多いスクムビット地区から離れた方がよいとの考えからだ。 スクムビット地区は便利だが、家賃も物価も高い。タイ人の生活に触れるにはタイ人が多く住んでいる下町がいい。当然物価も安いから、無理なく年金生活が送れるだろうと。
 これまでもポーランド人社会で生きてきたし、タイの日本人社会とは適度な距離を保って自然体で付き合っていきたいという。

つづく

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May 22, 2006

№391 暖かいタイに健康を求めて

       Sさんご夫妻
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Sさん(63)Yさん(63)夫妻

ロングステイの状況
 商社に勤めていたSさんは、54歳の時に早期退職して、昨年まで約10年近くポーランドで生活していた。もともと定年退職をしたら、夫婦で”お袋の味”のような店をやってみたいと思っていたが、定年退職後では体力的に難しくなると考え早期退職して店を始めることにしたといいます。
 現役時代に旧東欧を中心に出張する機会があり、そのなかでもポーランドは、緑が多く日本の下町的な人々の性格や人情、また仕事でなく個人の生活を最優先する日本とちがう価値観を持つ人達や国である。たとえば休暇(30日間)は目一杯取って休み、1ヵ所でのんびりと過す。日本人のように目一杯旅行して走り回らない。 このような国ポーランドが気に入り、この国で過すのもよいかなと考え移り住むことにした。

 埼玉県の自宅を売却した資金をもとにポーランドでは日本食レストランを共同経営し、その後ポーランドの置物や日本の陶器などを扱うギフトショップを2年ほど営んでいた。
 しかしポーランドの厳しい寒さのため、奥さんのYさんの持病であるリューマチが悪化した。日本に住む娘さんから、帰国しても物価の高い日本での年金生活は大変だし、同じように冬が寒いので暖かい地域での生活を勧められた。
 Yさんのリューマチの治療のため、温暖な気候(実際は暑い)であること、医療水準が高く日本語が通じる病院があり、また対日感情がよいことなどが、タイを新しい生活の地として選んだ大きな理由である。

 こうして2005年10月より、バンコクでロングステイを始めることになった。1年間有効のロングステイ・ビザを取得しての滞在である。 定住志向はあるものの、一般にいわれる「ロングステイ」は意識していない。健康状態がよければ10年を目安にできるだけ長期に滞在したいと考えている。

つづく

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May 21, 2006

№390 メオ族の村 その2

  熱心に刺繍をするメオ族の女性
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その2
 村の中の斜面の道を歩きます。バラック建ての家が多いのですが、竹を編んで作った壁や葦でできた屋根の家も見受けられます。 所々にお土産を売る店があって、店先では民族衣装をまとったおばちゃんたちが、熱心に刺繍をしています。
 手縫いされた伝統的なデザインの刺繍は微細で美しく、黒地の民族衣装を色鮮やかに飾ります。細かな手仕事で作られた民族衣装がいくつも並べてあって、どれも個性的で艶やかなものばかりです。お土産屋さんによっては、観光客が衣装を着られるところもあって、ちょうどタイ人の女性が着せてもらっていて嬉しそうにしていました。

 村の奥の方には、昔ながらの竹と葦でできた民家や同じ造りの山岳民族の博物館があって、その資料から彼らの歴史や生活ぶりを窺い知ることができます。博物館の中では村の女性たちが、絹の糸を紡ぐ実演をしていました。観光用でもありますが、紡いだ緑色の絹糸は民族衣装の布地に仕上げられるのでしょう。
 その周辺が植物園になっていて、緑の斜面に赤のサルビアや黄色のダリアが鮮やかに咲いています。また、その時には気づきませんでしたが、麻薬の原料になる芥子の花も観賞用として栽培されているそうです。

 集落をぐるりと回ってもとの駐車場の方へ戻ってきます。途中にも乾燥させた薬草や民芸品などを売るお土産屋さんが多く、集落全体が観光で成り立っていることがよく分かります。
 駐車場の前に日本人が経営しているお土産屋さんがあるというので入ってみました。東京の中野出身の男性がメオ族の女性と結婚してお店を経営しているというのです。 手作りの民芸品や民族衣装の品揃えが豊富で結構繁盛しています。とりわけ幾何学的な模様の刺し子の民族衣装が、きれいで目を引きます。
 この日本人男性のアドバイスを受けて、刺繍がされた手作りの手提げバックなどを買い求めましたが、店内には他の日本人観光客も何組か土産物を探していました。
 美しい民族衣装を着た店のオーナーでもある奥さんが実権を握っていて、値引き交渉もいちいち奥さんに相談しなければならないようです。彼曰く「わたしは婿養子ですから」ということでした。

 さて買い物を済ませ、来る時に乗ってきたソンテウの荷台にまた乗って同じ山道を帰ります。雲の中の集落を後にして、だんだんと高度を下げて暑い下界へと降りていきました。

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May 20, 2006

№389 メオ族の村

斜面にへばりつくようにして建つ家々
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 チェンマイの西、ドイステープ山からさらに奥に行ったところに山岳民族のメオ族の村があります。 ドイステープ山の参道からトラックを改造したミニバス、ソンテウに乗り換えて山道を30分ほど走ったところです。
 メオ族へ村へ通じるこの山道を走ることができるのは、メオ族の男性が運転をするこのソンテウだけです。大勢の観光客や車がどっと押し寄せて来ないようにとか、環境破壊にならないようにとかの理由もあるでしょうが、彼らの貴重な現金収入になっているということが大きいのではないでしょうか。 このソンテウの往復の送迎料金300バーツ(約900円)を支払って、ガイドのソンブーンさんと後ろの荷台に乗り込みます。
 手すりにつかまって山道を奥へ奥へと進みますが、だんだんと道が狭くなり一部未舗装の部分もあります。周囲はうっそうとした森林で標高が上がるにつれて、深い霧に包まれることも。 次第にひんやりとした空気に変わり、気温もかなり下がってきて標高の高さを感じます。ソンテウの荷台に揺られること30分、標高1600mのところにメオ族の村はありました。

 村の入り口の駐車場で降りて、入村料10バーツを払って歩きます。山際には雲がかかり、立派とはいえないバラック建ての家々が急な山の斜面にへばりつく様にして建っています。それでも電線が張り巡らされていますから、電気は来ているようです。この小さな村の人口は330人だそうです。
 タイ北部には多くの山岳民族が暮らしています。首長族のカレン族、民族衣装が美しいアカ族をはじめ、リス族、モン族、そしてこのメオ族など主に9部族、約70万人ほどの人口がいるそうです。 多くの部族は、昔中国の雲南省あたりからタイに移り住んだ人たちで、それぞれに独自の文化と習慣を持っています。また個性的で美しい民族衣装や彼らの得意とするアクセサリー、刺繍、民芸品などはよい観光資源でもあります。彼らの生計は主に観光収入から成り立っているのです。

つづく

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May 19, 2006

№388 マンゴーが朝食に出ない理由

 パパイヤにライムを搾って食べます
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 バンコクの多くのホテルでは、朝食にマンゴーは出ないと思われます。パパイヤ、スイカ、パイナップルの3つフルーツが、定番のようです。 わたしの定宿のホテルも、1週間滞在していても毎朝この3種類です。マンゴーはおろか他のフルーツも出たこともありません。
 一番の理由は、これらのフルーツが何といっても安いことでしょう。高級ホテルにはマンゴーはじめ多くの種類を出すところもあるそうです。

 毎日この3種類では飽きてしまうのですが、何度滞在しても頑として他のフルーツを出しませんし、見たことがありません。フルーツのカットの仕方を日替わりにして、目先を変えるだけのことです。 たまには安いフルーツでいいので違うものを食べたいのですが、コックさんにポリシーがあるのではないかというくらい年中これだけです。
 安いというだけでなく、きっと深い理由があるに違いないと睨んでいるのですが、お皿に取ったパパイヤに聞いても答えてくれるはずもありません。バンコクに関する不思議のひとつなのです。その理由について、どなたかご存知ありませんか? 

 “朝のフルーツは金”といいます。ですから仕方なくパパイヤ、スイカ、パイナップルを食べるのですが、お勧めはパパイヤです。タイのパパイヤは大味でそのまま食べてもあまり美味しくありません。
 そこで登場するのがライム(マナオ)です。パパイヤにライムを搾って食べると、ぐっと甘味が引き立って美味しくなります。あらっと思うくらい別ものの味に変化します。これはいけますよ。ぜひお試しあれ。 ということで、最近はスイカやパイナップルは取らずにパパイヤばかり食べています。
 
 しかし、高級ホテルでなくてもマンゴーが朝食で食べられるホテルがあったら泊まりたいものですね。

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May 18, 2006

№387 テニスラケットのような虫取り機

    これがタイ式の虫取り機
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 写真をご覧になって分かるように一見テニスラケットのようですが、実はこれが蚊やハエを取る電気虫取り機なのです。バンコクの佐藤さん宅に伺ったときに写したものです。事務所に何気なく置いてあったので、子ども用のテニスラケットのおもちゃかと思ったのですが、佐藤さんから「タイの虫取り機なんですよ」と教えてもらいました。
 
 柄のところにあるスイッチを入れると高圧電流がネットの部分に流れます。そして飛んでいる蚊やハエをラケットの部分でキャッチすると、パチッという音とともに虫が捕殺されるという仕掛けです。その時ちょっと焦げ臭いそうですが・・・
 これで気になる蚊を一網打尽にできるわけです。日本では液体のカートリッジ式の蚊取り線香が主流ですが、タイでは積極的な捕獲方法なのですね。 ゆったりとしたイメージのタイには似合わないものですが、それだけ虫が多いということでしょう。
 日本でも屋外に蛍光ランプの明かりに集まった虫を高圧電流で退治する機械が設置されていますが、そのハンディタイプというか家庭用がこの虫取り機です。

 しかし、人間が触るとかなりのショックがあるようなので、誤って子どもがネットを触ったりしないか心配ですが、そのような事故は起きないのでしょうかね。ラケットの真ん中には電気をイメージさせるデザインがあるので注意を促しているのでしょうが、子どもには分かりませんしね。 
 ただ蚊取り線香や殺虫スプレーのように部屋の空気が汚れないのが利点だそうです。

 この虫取り機、街中で普通に売っていて値段もそう高くないようです。チャイナタウンを歩いていると、ビニール袋に入って店先に吊るされて売られていました。 “所変われば品変わる”といいますが、虫取り機も変わるのですね。日本でも虫が多い地域には向いているかもしれませんね。

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May 17, 2006

№386 チェンライの王立植物園

    園内のイギリス式庭園
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 チェンライから車で約1時間ほど北へ走った、もうミャンマーとの国境の町メーサイに近いところにタイ王立の植物園があります。タイ語で「スワン・メー・ファー・ルアン」といいいます。
 タイ国政府観光庁のガイドブックによると、タイ北部の開発推進計画の一部として、皇太后が造成を推進したフラワーガーデンで、プラタート・ドイ・トゥン(標高2,000mのトゥン山頂にあり、仏陀の骨が納められているといわれる仏舎利塔)のあるトゥン山麓に広がっています。 園内に設けられた華やかなイギリス式庭園は、タイ国内では珍しく、一見の価値があるでしょう。 また、ランの栽培も盛んに行われていて、年中鮮やかな姿を見せてくれます。まさに百花繚乱の新名所です、とあります。

 以前からわざわざ見に行く価値があると聞いていたので、2005年12月にチェンライからメーサイに行く途中に寄りました。やはり植物園に行くのでしょう、前後には観光客を乗せた車が連なって、かなり長い時間山道を登っていきます。雲がかかるほど標高が高いところに植物園はありました。駐車場に入りきれない車やツアー用のワンボックス車などが、周辺の道路にまで駐車しています。

 入園料80バーツを支払って園内に入ります。最初にランを育てている研究所のような建物を見学するのですが、数多くの試験管が並んでいる中に小さなランが培養され少しずつ大きくなる様子が分かります。 また、この庭園にはランを一同に集めたコーナーがあって、背の高い木々にたくさんのランが寄せ植えしてあり、それは見事なものです。白や紫、斑が入ったものなど、色とりどりの胡蝶蘭が艶やかに咲き誇っています。これだけ多くのランを一箇所で見たのはおそらく初めてだと思います。

 ぐるっと園内を巡ると、ここのメインともいえるイギリス式庭園に出ます。斜面の中央に彫刻を配し、それを取り囲むように緩やかなスロープに沿って、優しい曲線を描いて幾重にも花壇が設えてあります。
人工的な庭園といえども、その優雅な美しさにしばし足を止めて見とれてしまいました。四季を問わず、その季節の花々が咲き乱れているそうです。
 ガイドブックの解説が誇大な表現でなかったことが、実際に来て見てよく分かりました。まさにここは“天上の桃源郷”のようです。 ぜひ一度、足を運んでみてください。

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May 16, 2006

№385 足裏マッサージは全身マッサージ?

    足裏マッサージ中です
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 なぜかこれまで経験したことがなかった足裏マッサージ。疲れた時にはタイ古式マッサージやエステのオイルマッサージなどに通っていましたが、初めて足裏マッサージをやってみることにしました。
 タイ古式マッサージの総本山として有名な「ワット・ポー」公認の看板に釣られて、ホテル近くの「Bai Po Massage」というマッサージ店に入りました。料金は1時間で250バーツ(約750円)です。

 最初にパジャマのズボンのようなものに、はき替えさせられました。タイ古式マッサージでは上下ともパジャマに着替えますが、足裏だけのマッサージなのにどうしてかなと疑問に思いつつ。 40歳くらいの女性が担当してくれました。マッサージ・チェアーに座ると、まず足をお湯で洗ってもらい、それからマッサージ開始です。
 メンソール系のマッサージ乳液をたっぷりと塗りこみながら、足裏から足の甲、膝や太ももまで揉んでいきます。
足裏ばかりをマッサージするのかと思っていたら、そうではなかったのです。どうりでズボンをはき替えるはずです。
 次はマッサージ棒で指先や足裏のツボを押していきます。タオルを当てた上から棒で押すのですが、ツボを刺激してかなり痛いけれど気持いいのです。いわゆる“痛キモ”というやつで、もっと時間をかけてやってもらいたかったくらいです。
 後半は足のリンパ腺に沿って、体重をかけながら手でマッサージしていきます。これもかなり効きます。最後は腕、肩、首、頭、背中まで揉んでくれて全身すっきりです。 1時間でしたがずいぶん体が軽くなって、これは結構はまりそうです。

 さて、バンコクのフリーペーパー「Voice Mail」 (2006.3.22号)に「アロマ講座」の記事が出ていました。
 足の裏は第二の心臓といいます。神様は、足の裏という素晴らしいものを人間に与えてくれました。 なぜなら、足の裏には内臓と繋がる反射区と呼ばれるツボが密集していて、対応する場所を押すだけで、内臓のマッサージをするのと同じ効果が期待できるからです。内臓は素手で触ることはできませんが、足の裏なら誰でも簡単に触れられます。
(中略)
 足裏を刺激することで、全身マッサージに匹敵する癒しを得ることが可能です。末端の血行を促進させることで、全身の血行も促され、疲れや痛みの軽減につながります。

 なるほど、足の裏のツボを刺激することで、体中の血行がよくなるのですね。体全体を揉むよりも効果的なのかもしれません。
 テレビ番組を見ると、足裏マッサージは飛び上がるほど痛いものと思っていましたが、実際には痛みはほとんどありませんでした。足裏が痛くなるほど、もっと強く揉んでほしかったくらいです。タイ式の足裏マッサージは痛くなくて、全身を揉んでくれるので最高です。
 これからはタイ古式マッサージやエステよりこちらに通うことになりそうです。

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May 15, 2006

№384 新書「10年後の日本」

   チェンライの王立植物園にて
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 「10年後の日本」(文春新書)というタイトルの新書を本屋さんで見つけました。 消費税二桁化、団塊の世代の大量定年、学力衰退、500万人のフリーター、年金崩壊、熟年離婚ラッシュ。 『日本の論点』編集部が豊富なデータを駆使し、47項目の社会問題を取り上げ、その未来を簡潔にやさしく解説、という帯の宣伝文です。その中の「鍵をにぎる団塊世代」という章の一部を紹介しましょう。

○第二の人生 ― 世界一長い余生を楽しく過ごす 
 戦後のベビーブームの中で誕生した団塊世代、およそ700万人が職場を離れ、第二の人生へ漕ぎ出そうとしている。再就職できるのは一部に過ぎないだけに(本書ではそう予測している)、彼らにとっては、長い余生をどう過ごすかが切実な問題になってくる。

 団塊といえば、受験戦争世代のはしりで、60年代には学園紛争に燃えたが、やがて当然のように企業へ就職し、経済成長の恩恵を受けた。 典型的な会社人間だった彼らは、定年後も働きたいと願う一方で、田舎暮らしへの憧れや帰農願望も強く、第二の人生をめぐる価値観は一様ではない。ボランティア活動、趣味三昧、新たな事業の展開、大学への再入学、過疎地や海外への移住など、選択肢は広がるばかりだ。

 朝日新聞が東京に住む団塊世代を対象に実施した意識調査によると、老後に暮らしたい場所として「東京」と答えた人が7割(女性8割、男性6割)を占めた。男性の4人にひとりは「故郷」「故郷以外の田舎町」をあげている。別の調査では、田舎暮らしをしてみたい場所の1位は「沖縄県」、次いで「北海道」「長野県」があがった。
 ちなみに女性の方が東京志向が強いのは、ほとんどの場合、夫の故郷に同行するのが嫌だからである。概して団塊世代の男性の多くが、こうした妻の本音に無頓着だ。

 “終の棲家”として団塊世代に圧倒的な人気を誇る東京都は、04年に「団塊の世代の活用についての報告書」を発表した。それによれば、現時点で地域社会と積極的に交流していると考えている団塊世代は多くない。 主な理由は「地元をほとんど知らない」「経験がない」「地域の人と接することが少ない」からだ。
 しかし、「その時(退職期)になったら考えてみたい」「これまでの経験を生かして社会貢献をしてみたい」など、地域活動への参加意欲そのものは旺盛といっていい。ボランティア活動やNPOに対する関心も高まっている。今後は、各地のコミュニティの担い手として、引退後の団塊世代が重要な役割を果たすようになるだろう。

 07年から定年退職を迎え始める団塊世代の「第二の人生」への意識が浮かび上がっています。これまでもそうであったように、団塊の世代の価値観は多様で「第二の人生」への選択肢もさまざまのようです。ただ気になるのが、社会貢献や地域活動への参加意欲は強いものの、地域社会と積極的に交流している人が、現時点ではまだ少ないという点です。
 典型的な会社人間として生きてきた彼らは、自分の住む地域をほとんど知らなかったり、ご近所と接する機会も少なかったりというのが現状かもしれません。こうしてみると「会社人間」から「地域人間」として生きていくには、まだまだハードルが高いようです。

 たとえば、自分の関心がある分野の活動をしているボランティア団体やNPOを調べてみる、できればちょっとでも参加してみる。そんなことから始めてみはいかがでしょうか。 「行動する」ことから、新しい発見があり、気づきがあります。最初の一歩を踏み出すことから、新しい第二の人生が始まるのです。


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May 14, 2006

№383 ジャックフルーツの料理

木の幹から生っているジャックフルーツ
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 ジャックフルーツは、わたしが最も好きなフルーツのひとつです。その姿形からドリアンにも似ていますが、味はまったく違っていてクセのない甘味とさくさくとした食感があって食べ飽きません。いかにも南国のフルーツらしい風味が、ジャックフルーツの魅力です。

 しかし、その名前を知らないだけでなく食べたこともなければ、ましてや木に生っている姿を目にしたことがある日本人は少ないと思われます。少なくともわたしの周りでは、ジャックフルーツを知っている人はほとんどいませんでした。ドリアンよりも大きめのこの果物は、そのままの姿で売られていることがほとんどないからというのが、その理由のひとつかもしれません。
 馴染みがないので見逃してしまうのでしょうが、タイのスーパーではパック入りで普通に売られています。大きな楕円状の実の中には、ややオレンジ色がかった黄色の果肉が詰まっていて、それをほぐすように取り出してばら売りにしているのです。1パック30バーツ(約90円)ほどで売られていますから、見かけたら一度食べてみてください。お勧めします。

 さて、このジャックフルーツ熟したものをそのまま食べるものとばかり思っていたら、チェンマイのフリーペーパー「CHAO」(2005.6.25)のタイ北部の料理を紹介するコーナーで、 「タム・カヌン」というジャックフルーツの料理が紹介されていました。熟す前の青パパイヤを使うタイのサラダ「ソムタム」は有名ですが、ジャックフルーツの料理があることを初めて知りました。その記事からです。
 
 ジャックフルーツをタイ語で「カヌン」というが、北部では「バヌン」と呼ぶ。 発音が「支援を得る」「財産」という単語に似ているため、家の南西方向に植えるとよいといわれている。

 ジャックフルーツ(カヌン)は、北部料理でよく使われる素材だ。ここでいうカヌンは、熟す前のものでフルーツとして食べる黄色の実ではない。まだ小さいものを煮て、細かくして調理する。
(材料)青いジャックフルーツ、トマト、ネギ、パクチー
(ペースト)乾燥唐辛子、にんにく、シャロット、プラーラー(魚の塩辛)、ガピ(エビ味噌)
(作りかた)
 ① ジャックフルーツを皮ごと輪切りにして、沸騰したお湯に入れる
 ② 軟らかくなったら、皮と芯を取る
 ③ 乾燥唐辛子を火であぶって香りを出し、ペーストの材料と一緒に石うすで細かく潰す
 ④ ②を入れ、石うすで潰す
 ⑤ 熱した中華なべで炒め、ネギとパクチーを入れる

 タム・カヌンは、シーチキン・サラダのような見た目をしていて、舌触りもねっとり感が似ている。食感は竹の子を石うすで潰して柔らかくしたよう。

 ジャックフルーツはタイ北部ではよく料理に使われる食材といいますが、この料理どんな味がするのでしょうか。
今度チェンマイに行ったら、一度食してみたいものです。

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May 13, 2006

№382 タイでNGOやボランティア活動

エイズ孤児の施設「バーンロムサイ」
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 これまでタイでボランティア活動を行っているいくつかの施設や団体を見学させていただきました。その中で多くの日本人の方が、タイの社会のために活躍していらっしゃいます。また、インターネットで調べてみると、他にも多くの団体が活動しています。

 まず、バンコク・クロントイ地区のスラム街で活動するNGO「ドゥアン・プラティープ財団」です。 プラティープ・ウンソンタム・秦さんが、1968年に自宅で「1日1バーツ学校」(託児所)を開設して以来、スラムの子どもたちの教育支援とスラムの人々の生活改善に取り組んでいます。
 財団の事務所では、タイ人のスタッフに混じって日本人のボランティアの方がお手伝いをしていたり、日本からボランティアにやってきた大学生が幼稚園で園児の世話をしたりしていました。

 チェンマイをはじめとするタイ北部では、さらにボランティア活動が活発です。
 日本のNPO慧燈が運営するチェンマイ郊外のドイサケット市にある「大坪・慧燈教育学園」もそのひとつです。同学園では、恵まれない少数民族の子どもたちを寄宿をさせながら教育支援を行おうとしています。
 また、やはり教育機会に恵まれないタイの子どもたちへ、日本の里親たちから送られる奨学金を授与する教育里親制度をタイ各地で展開しています。

 同じくチェンマイ郊外にはエイズ孤児の施設「バーンロムサイ」があります。 「バーンロムサイ」は、名取美和さんが1999年に設立した施設で、主に日本からの企業の支援や個人の寄付などを受けて運営されています。 「バーンロムサイ」とは“ガジュマルの木の下の家”という意味で、HIVに母子感染した孤児たち2歳から14歳まで30人の子どもたちが生活しています。
 子どもたちは、将来の自立を目指していろいろなことを学んでいますが、これまで200人近い日本からのボランティアの方々が積極的に協力しているそうです。

 これらのNGOや団体以外にも、ストリートチルドレンの救済活動をしているNGOなど、タイで活躍している団体がたくさんあるのです。

 さて、タイでロングステイする場合のことです。せっかくタイで長期滞在をしているのですから、このようなボランティア活動に関心を持つこともあってよいのではないでしょうか。タイで生活するということは、タイという国にある意味でお世話になっているわけです。
 もし、何かタイの社会やタイの人たちに役に立ちたい、貢献したいと思う方がいらっしゃたら、このような活動に参加や支援をすることもできます。 あるいはタイで直接ボランティアをしなくても、日本からでも支援ができるのです。
たとえば、教育里親制度であったり、子どもたちが作った作品や絵を購入したり、寄付などによる支援です。
 多くの場合、タイのNGOなどを支援する日本のNPOやボランティア団体があるようでし、会員からの支援金や支援物資を集めてタイに送るなどの活動をしています。 ということは、直接でなくても日本からの間接的な貢献やボランティアだってあり得るわけです。

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May 12, 2006

№381 アユタヤのトゥクトゥクはかわいい

    アユタヤのトゥクトゥク
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 トゥクトゥクは三輪自動車を屋根付きに改造したミニタクシーで、その名の通りかわいい乗り物です。 バンコク市内を歩くと、渋滞している道路をすり抜けるようにして走っていたり、客待ちをしているトゥクトゥクをよく見かけます。 個性的でかわいらしい姿からバンコクの風物詩にもなっています。物珍しさもあってか外国人観光客がバンコク観光の一部として乗っているようです。
 バンコクのトゥクトゥクというと、シンガポールのトライショーと並んで、観光客とみると料金をふっかけてくるというイメージがあってこれまで乗ったことがなく、料金メーターがついていて安心のタクシーに乗ることがほとんどでした。でも近くの距離ならば小回りの利くトゥクトゥクが適しています。
 初めて乗ったのは、昨年チェンマイで日本語ガイドのソンブーンさんに同乗してもらってのことです。料金は30バーツ(約90円)くらいから乗れますが、要は交渉次第。決して運転手の言い値で乗ってはいけません。

 バンコクをはじめチェンマイなど地方都市でも走っているトゥクトゥクですが、その土地でデザインが違うようです。
 バンコクのトゥクトゥクは、赤と青や黄色と青など上下2色のツートンカラーに塗られています。前輪はボディの外側に突き出していて、前面のボディ中央に大きなヘッドライト、左右にスモールライトと3連のライトになっています。
 前部は中央に運転席の1席のみ。ハンドルも丸形ではなくオートバイのようなバータイプのものです。むき出しのタイヤとこの運転席を見ていると、昔の日本に走っていたオート三輪のミニ版といった感じです。 後部の客席は1列、進行方向に向かって座ります。2列のものもあるようですが、だいたい3人まで乗れそうです。またその乗降口は左側にしかありません。それ以外の部分は、安全のため金属製のパイプで客席を取り囲んでいます。
 運転席との間には仕切りがありませんし前方を見ながら乗っていますので、その元気な排気音とが一緒になってなかなか臨場感があります。

 一方、アユタヤでも駅前や遺跡群の観光スポットに多くのトゥクトゥクが客待ちをしています。アユタヤ観光に行って気づかれた方も多いと思いますが、アユタヤのトゥクトゥクは、青や黄色など一色にカラーリングされ昔懐かしいミゼットそっくりの形をしています。
 前輪はそのかわいらしいボディの中に隠れていて、運転席は自動車と同じ右ハンドルでその形も丸いものです。客席は後部から乗り降りするようになっていて、左右のベンチシートに横向きに座ります。運転席と客席は仕切られていて、なんとなく荷台に乗っている感覚です。その意味ではチェンマイなどのソンテウの雰囲気に近いものがあります。せいぜい4人乗りというところでしょうか、頭を天井にぶつけないようにやや前かがみの姿勢で座ります。

 同じトゥクトゥクでも、よく見るとその造りやデザインなどかなり異なっていることが分かります。料金をしっかり事前に交渉して、バンコクやアユタヤのかわいいトゥクトゥクに乗ってみてください。

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May 11, 2006

№380 地域のよりあい処 「亀や」

  明るい雰囲気の「亀や」の室内
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 これまで№18,19と№328「ロングステイの経験を地域に活かす」で登場していただいた西 郁子さん(64歳)。 №328は、福岡市博多区吉塚の住宅街で、コミュニティビジネスを始めるという新聞記事を紹介したものでした。
 西さんは、この街で40年以上、美容院を経営してきた2代目。現在84歳になる母親との二人暮らしです。60歳で美容院の経営から退いた後、2003年1月から約1年間、単身チェンマイにてロングステイをした経験がある。

 このロングステイと現役時代の経験を活かして、自分が住む地域でコミュニティビジネスを始めたのです。今回、4月6日にオープンした「よりあい処 亀や」を訪問させていただきました。
 以前から自宅横で経営していたアパートの2室を改装。ご近所の人が気軽に集まって「何でも語り合える場所」、つまり昔から地域共同体にあった「寄り合い」の場所を作りたかったといいます。それが「よりあい処 亀や」なのです。

 通りに面したベージュ色の外壁には、亀がデザインされた「亀や」の看板が掛かっています。ランチのメニュー看板もありますので一見「食事処」のようです。 しかし、引き戸の入り口を入ると、すぐ左手がオープンのキッチンになっていて、食堂というより家庭の台所といった感じで、家庭的な雰囲気に心が和みます。
 その奥には3組のテーブルセットがあって、みんなで語り合ったり、食事やお茶を飲むこともできます。室内は木の風合いが生かされ全体にベージュ系にまとめられているので、お洒落で落ち着いた空間となっています。

 ご近所の奥さんや知り合い7人が交代で集まり、家庭料理中心のランチを出している。デザートも付いて600円です。アフターコーヒーは100円。生ビールも400円と手頃な料金で飲ませてもらえます。営業時間は11時から夕方6時頃まで。グループの予約が入れば、夜も開けているそうです。
 またメンバーが作ったステンドグラスの作品や手作りのバッグ、陶器などが展示販売されています。

 「近所の人が気楽に寄り集まることができる場所」を作りたかったと西さん。この「亀や」は食事処でも喫茶店でもなく、地元の人の情報交換やコミュニケーションの場なのです。
 地域で求められる講座や教室を開くことが主な目的で、お茶や食事は付随的なものだといいます。たとえば、福岡市の「家庭でのゴミ減量とリサイクル」「だまされんばい 悪徳商法」などの出前講座や、コミュニティビジネス講座で知り合った仲間が主宰する書道教室などを計画しています。西さん自身も夏の浴衣の着付け教室を考えているそうです。
 博多の下町の雰囲気を残す吉塚地区ですが、都市化に伴い地域のつながりや人間関係がだんだん薄れていく中、このような講座や教室を中心とした「地域の居場所」として、また地域の問題や課題をみんなで話し合って知恵を出し物事を進めていく、まさに「寄り合い」の役割が期待されています。

 元々行動派の西さんですが、チェンマイでのロングステイ体験も活かされているとおっしゃいます。前向きな考え方を実行に移す西さん、生き生きとしたシニアライフの実践者であり代表者ともいえるでしょう。 そして「行動すること」の大切さを教えてくれています。 

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May 10, 2006

№379 団塊8人が寺子屋塾

  プルメリアの花 アユタヤにて
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 2006年5月4日、西日本新聞の記事からです。
 地域に根ざした「団塊新文化」をつくっていこう。鹿児島に住む団塊の世代の男性8人が今春、異業種交流グループ「団塊寺子屋・夢追塾」を結成した。 焼酎を飲みながら夢を語り合い、若者たちに新しい地域文化を伝えていくことを目指している。 「次世代のお荷物にならず、はつらつと生き抜く」というのが8人に共通する思いだ。

 参加資格は「郷土を国際的な視野で語り、焼酎をこよなく愛飲する団塊人」。 “塾則”は、①健康より元気が一番(病気がちでも元気なら新しいことが始められる) ②故郷の誇りを失わない ③次世代に残す地域文化の構築 の3つだ。 鹿児島シティエフエム専務の米村秀司さん(57)が世話人となり、知り合いの焼酎会社や建設会社の社長、大学教授、ホテルマンらが集まった。

 発足会は4月8日、鹿児島県日置市にある米村さんの自宅庭で開いた。
ねんりんピックに最高齢テニス選手として参加し、会員らが「こんな高齢者になりたい」という石神兼文・鹿児島大学藻元学長(89)も塾顧問として参加。 会員の皆村武一・同大法文学部教授が「海外メディアは明治維新をどう報道したか」をテーマに語った後、中央と地方の格差や地域活性化について意見交換した。

 焼酎は飲めなくてもいい。郷土イコール鹿児島でもない。思い出や体験談など過去の話ではなく、これからどうするかを語り合うのがルールだ。米村さんは「組織で肩書きを持っていた人が定年退職後、地域社会の活動に参加しても、昔の体質が抜けず命令口調になってしまい、結局脱会するケースが多いという。今のうちにいろんな業界の人の話を聞き、新たなことに挑戦していきたい」と話している。


 2007年から定年を迎え始める団塊の世代が、どのようにしたらはつらつと生きられるのかが大きな課題です。「元気で生き生きとした高齢者」になりたいというのは、みな共通の願いだと思います。 それには、退職後肩書きがなくなって、自分の住む地域社会で個人として暮らしていくための工夫が必要です。現役時代の意識やものの考え方を地域に生きるひとりの個人として、少しずつ変化させていかなければなりません。
 この鹿児島の事例のように、異業種の人たちが集まって焼酎を酌み交わし、過去の話ではなく将来の夢を語り合うという取り組みは素晴らしいことだと思います。

 これまでの考え方や生き方を一旦遮断して、現在の自分を見つめ直し、将来の夢を構想する。はつらつとした生き方をするために、このようなプロセスを経ることは、会社中心の人生を送ってきた人にはより有効だと思われます。肩書きを外して、 “素の自分”として新しい人間関係や地域社会での付き合い方を構築し直すことが重要です。 鹿児島の取り組みは、その実践例として期待されます。また海外のロングステイもそのような機能があると考えています。
 団塊の世代のみなさん、少しずつ「はつらつと生き抜く」ための準備を始めましょう。

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May 09, 2006

№378 タイには本当にトンネルがないらしい

タイ北部 少数民族の村へ向かう途中
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 №196で「タイにはトンネルがない?」という記事を書きました。つまりタイの道路にはトンネルがないという意味です。

 タイ全国を車で旅行した経験があるHさんによると、タイには1本のトンネルもないらしいということです。 少なくともHさんは、タイでトンネルを見たことがないとおっしゃいます。
 本当にそうなのかなと思っていたのですが、チェンマイからチェンライへの国道118号線や少数民族が住む標高が1000mを超える山道を走っていてもトンネルには行き当たりません。タイ北部や東北部(イサーン地方)の一部しか走ったことがないので断定はできませんが、興味深い関心事でした。

 そこで、2005年12月にもアテンドしてもらったチェンマイの旅行社のガイド、ソンブーンさんに尋ねてみました。
「タイにはトンネルはないの?」。でも反応がありません。もう一度聞き直すと「トンネルってなんですか?」と逆に質問されてしまいました。そこでトンネルについて、峠道を走る車の中で一生懸命説明するのですが、なかなか理解してもらえません。日本語の理解力が高いにも拘わらずです。
 運転手のウァンさんにもタイ語で「トンネルって知ってるか?」と確認していますが、同じことでした。タイ北部を仕事で走り回っている旅行社の運転手やガイドが、トンネルを知らないし意味も分からないのです。これには正直びっくりしましたが、「タイには本当にトンネルがない」ということに確信に近いものを感じたのでした。

 帰国後、インターネットでタイのトンネルについて検索してみました。やはり道路のトンネルについては手がかりがありません。 しかし、タイの国鉄にはひとつだけトンネルがあることが分かりました。それはバンコクからアユタヤやスコータイを経由してチェンマイまで行く北線にあります。 ランブーンとランパンの間にあるクンタン山に、長さ1345mのタイ唯一のトンネルがあるそうです。(北タイ情報誌 チャオより 2005.6.25)

 鉄道でさえ、一箇所しかトンネルがないのです。日本とタイでは地理的条件の違いからトンネルの必要性も異なってくるでしょう。急峻な山が多い日本では、トンネルなしでは道路も鉄道も建設できないでしょう。しかし、タイに山がないわけではありません。2000mを超えるような山もありますし、もちろん峠道もあるのです。
 タイにトンネルがないとすればその理由は、建設費が高くつくことと施工技術の問題ではないだろうかと思われます。その意味では、日本の土木技術力と公共事業はたいしたものです。

 タイの峠道を走ってみると、どこか日本の道とは違うと感じることでしょう。どんなに標高が高い峠道でもトンネルなしで越えて行きますから、道路の勾配がかなり急なのです。その上かなり曲がりくねっています。
 タイでは一般道路でも高速道路並みのスピードで飛ばしますが、急な勾配のためスピードが上がりません。 ギアを落としてエンジンを吹かして峠道を登ります。荷物をいっぱい積んだトラックなどは、峠を越えていくのに一苦労です。 上りには必ずといっていいほど登坂車線が設置されていますので、トラックなどの遅い車はこちらを登っていきます。
 
 これまで峠道の雰囲気がどことなく日本とは違うなと感じていたのですが、その理由は“トンネルがない”ことだったのです。 トンネルのあるなしで、峠道の印象がこうも違うものなのですね。
 もしタイでトンネルを見たことがあるという方がいらっしゃったら、教えてください。

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May 08, 2006

№377 スラムに水俣の知恵

  迷路のようなクロントイ・スラム
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 2006年5月1日の西日本新聞からです。
 タイの首都バンコク最大のスラム街として知られるクロントイ地区で、水俣病患者の支援団体が技術指導したリサイクル石鹸の製造機が、この10年間稼動し続けている。 急速な経済成長とともにさまざまな環境問題が噴出するアジアで、水俣病の公式確認から50年を迎えた水俣の教訓を生かす試みの一つといえる。

 クロントイの一角にある非政府組織(NGO)「シャンティ国際ボランティア会」 (SVA、本部・東京)タイ事務所敷地に設置された製造機の前で、ふだん作業しているチャロー・ローッパイソンさん(28)がリサイクル石鹸の作り方を説明してくれた。チャローさんはスラムの住民でもある。
 原料は、スラムの住民が持ってきてくれる食用油の廃油。高さ1mある釜に廃油を入れ、カセイソーダと水を加えて煮詰める。固まったら干して、粉砕機で粉末にする。
 廃油を持ってきてくれた住民には、代わりにこの機会で作った粉石鹸を渡す。油の垂れ流しを防ぐと同時に、合成石鹸の使用を減らすのが目的だ。
 
 この石鹸作りの技術をクロントイに伝えたのが、 「アジアと水俣を結ぶ会」 (事務局・熊本県水俣市)事務局長の谷洋一さん(57)だ。 水俣で患者支援活動をしている谷さんは、国内だけでなくアジア全体の環境問題に関心を持つようになり、1983年に結ぶ会を結成。アジア各地で公害の実態調査をするうちに、クロントイにも度々足を運ぶようになった。
 クロントイ地区での住民の生活改善に取り組むSVAと協力し、95年頃に石鹸製造機の設計と作り方のノウハウを伝授した。これが始まりだった。

 それから10年。現在、クロントイの機械で作る石鹸は年間500キロ。大半をタイ南部で無農薬バナナの生産をする生協に卸す。 もちろん、この石鹸作りでスラムの環境が劇的に改善されたわけではない。空き地にはゴミが散乱、雨になると汚水があふれる。 だが、チャローさんの顔を見ると「油ためてるよ」と声を掛けてくれる住民もいる。
 SVAタイ事務局長のアルニー・プロマさん(44)によると、タイ各地のNGOなどから「廃油石鹸の作り方を教えて欲しい」との要望が入るようになり、小型機械を車に積んで出張実習しているという。昨年は津波被害を受けたパンガー県など5ヶ所で実施した。

 この記事に紹介されているように、日本のNGO「シャンティ国際ボランティア会」がバンコクのクロントイ・スラムで活躍しています。同NGOは、プラティープ財団と並んでこのスラムの人たちを支援する代表的な団体です。
 経済成長が著しいアジアでは、経済活動の活発化に伴って、車の排ガスによる大気汚染や工場から排出される産業廃棄物などによる水質汚濁などが深刻になっている。 中国・黒龍江省などで相次いだ工場排水や爆発事故による河川汚染のニュースは記憶に新しいところです。
 バンコクもその例外ではありません。今年2月バンコクは福岡県と友好提携を結び、水質汚濁などの環境問題への取り組んでいます。このような官側の交流にとどまらず、「アジアと水俣を結ぶ会」やNGOなど民間ベースの支援があることは嬉しいことです。
 今後日本人シニアやこれから定年を迎え始める団塊の世代の中には、タイをはじめアジア各国の環境問題の改善に協力する方がさらに増えてくるのではないでしょうか。

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May 07, 2006

№376 青パパイヤサラダ「ソムタム」

付け合せ野菜がついたソムタム(左)
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 「ソムタム」はタイ東北イサーン地方の郷土料理で、まだ熟していない青いパパイヤを野菜感覚で食べる、ちょっとスパイシーなサラダです。 もともと東北地方の郷土料理ですが、タイを代表する国民的料理といった方がいいくらい人気があります。 決して高級な料理ではなく、屋台やフードコートでも30バーツ(約90円)くらいで気楽に食べられる庶民的な料理ともいえます。

 4月25日の朝日新聞の「食在遠近」という記事に「ソムタム」のことが紹介されています。
 「これがなきゃ生きていけない」。イサーン地方と呼ばれる東北部出身の人たちは、こう口をそろえる。
 熟れていない青いパパイヤの千切りを、ナンプラー(魚醤)の塩味とライムの酸味、トウガラシの辛さで味付けする。鉢で混ぜる時、すりこぎでたたくようにする。ソムは「酸っぱい」、タムは「たたく」の意味だ。
 もとはイサーン料理だが、「最も貧しいとされるこの地方からの出稼ぎ者が全土に広め、今やどの街にも屋台があふれる「国民食」だ。
 人気は外国人にも広がり、イサーン料理店には目当ての客が続々。バンコク中心部のとある店では、1日に200~300皿の注文がある。ソムタム専門の調理人が3人。客の目の前で、手つきも鮮やかに仕上げる。
 イサーン出身のケオウィライさん(33)は、母が作るソムタムを毎日食べて育った。「コツは調味料の配分と混ぜ方。どの店よりも美味しいと思う」。


 さて作り方は、木の鉢にトウガラシとニンニクを入れ、すりこぎでつぶす。ナンプラー、ライム汁、砂糖、干しエビ、そして煎ったピーナッツを加えます。インゲン、四つ切りにしたプチトマト、薄く削ったパパイヤの千切りを入れ、混ぜ合わせて出来上がりです。
 盛り付けたソムタムに、インゲンのような豆やキャベツ、バジルなどのハーブが一緒に添えられて出てくることがあります。付け合せの野菜をポリポリとつまみながら食べますが、これは味が単調にならないのでなかなかいいものです。

 ソムタムは、ピリ辛のサラダという印象を持っていたのですが、食べ慣れると案外そうでもありません。好みで唐辛子パウダーを振り掛けることあるでしょうが、それほど多くの唐辛子は入っていません。
 タイ滞在中、定番メニューとなった感のある「ソムタム」、だんだんと病み付きになってきますよ。

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May 06, 2006

№375 タイ・ロングステイ・セミナー

      ワット・ポーにて
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 お知らせです。
 5月27日、西日本新聞社とタイ国政府観光庁の共催でタイのロングステイ・セミナーが開催されます。「もっと知りたい長期滞在事情~タイランド」というセミナーです。 このセミナーの第1部で、わたしが「最近の長期滞在事情」というテーマで講演をすることになりました。わたしに続いて、バンコクからロングステイ・コンサルティング社の佐藤 裕さんが来福され、「タイの受け入れ事情」という内容で話しをされます。
 第2部は「タイで暮らす魅力―長期滞在への取り組み方」についてのパネルディスカッションになっています。 佐藤さんとわたし、そしてタイ国政府観光庁の陣内幸子さんがパネリストになって、西日本新聞社前バンコク支局長の宮原拓也さんがコーディネーターを務められます。

 まだ何を話すか考えていませんが、よい所ばかりではない本音ベースのロングステイ事情、ロングステイ実践者の生の声、生き方や人生のヒントなどロングステイから得られるもの、そのような内容にしようかと思っています。
 現地の状況やビザなどロングステイの実務については、この道の専門家である佐藤さんが、詳しい情報を紹介されることでしょう。データ編は佐藤さんにお任せして、インタビューや取材から感じたこと、得られたものを中心に話しをする予定です。

 福岡での開催になりますが、これからロングステイを検討しようという方や関心がある方は、是非参加してください。お待ちしています。120人の会場と聞いていますが、もし定員一杯で申し込みできなかったという方がいらしたら、前日の26日にもJTB主催のロングステイ説明会(福岡の天神ビル)があります。 こちらでもわたしが講演しますので、ご参加ください。

 セミナーの概要は、以下のとおりです。

・時間:5月27日(土)午後1時30分~
・場所:福岡国際ホール「志賀の間」 (福岡市中央区天神 西日本新聞会館16階)
・応募方法:はがきまたはFAXで。参加費は無料。
・申し込み先:〒810-8721
       西日本新聞社 企画推進部 「タイセミナー」係
       FAX 092(731)5210

・問い合わせ先:西日本新聞社
       「もっと知りたい長期滞在事情 タイランド」係
       TEL 092(711)5491

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May 05, 2006

№374 灼熱のバンコクを歩く その7

    なかなか男前の黄金仏
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その7
 「ワット・トライミット」を目指して歩いていると、右手に立派な中華風の門が見えます。てっきり大きな中華寺と思っていたら、門には「天華医院」の文字が。そして建物の壁にはホスピタルと英語で書かれているのです。ようやくこの大きな建物は病院だということが分かりました。それにしても立派な中華門です。

 間もなく、黄金仏寺院ともいわれている「ワット・トライミット」に着きました。標識がなければ通り過ぎてしまいそうなこじんまりとした入り口です。入り口に比べると境内は意外に広く、タイではいたるところに見られるプーム(祠)が祀ってあったり、ヒンズーの神々の像があったりします。 タイの寺院ではよくあることですが、ここでも仏教だけでなくいろいろな宗教が混在しています。

 窓口で20バーツの入館料を支払い、いよいよ黄金仏とのご対面です。あっけないほど小さなお堂の板の間に大きな仏像が安置されています。やや伏目がちの目線ですが、思っていたより細面のハンサムです。
 タイ国政府観光庁のガイドブックによると、市内の廃寺から現在の場所に移す日、折からの雨で全身を覆っていた漆喰の一部がはがれ、中から高さ3m、重さ5.5t、金の純度60%のまぶしく輝く仏像が現れました。これは、ビルマ軍の略奪を防ぐために漆喰で塗り固められたものと推定されています。
 時価120億円ともいわれている数奇な運命を秘めた黄金の仏像ということです。最近、金の価格が上がっていますので、今の時価に直すともっと高いかもしれませんね。

 お堂には、まだ漆喰で覆われていた当時の写真が掛けてあるのですが、現在と見比べるとふっくらとした顔立ちで、決して男前とはいえません。漆喰の厚化粧をしていたということでしょうか、かなり印象が違います。
 黄金仏の前で信心深い中華系の夫婦が熱心に手を合わせていると、陽気なラテン系の団体観光客が大勢やってきて、狭いお堂の中の雰囲気はそれまでとは一変しました。日本人のツアー客はあまり来ないようですが、欧米系のツアーでは観光スポットなっているようです。
 お堂の外へ出ると、10個ほどの小さな鐘が釣り下げられ自由に鳴らせるようになっていて、鐘にはそれぞれ「招財進宝」「合衆平安」「安民泰国」などの文字が刻まれています。お賽銭をあげて、それぞれの文字を念じながら鐘を鳴らしました。

 ワット・トライミットを後にして、道路の中央分離帯に置かれた大きな龍の作り物や今度は本物の中華門を眺めながら、ようやくファランポーン駅にたどり着きました。時刻は午後1時20分です。朝8時に出発して半日のバンコク市内ウォッチングでしたが、照りつける日差しの中を歩いて十分に疲れましたし、喉が渇きました。
 ここからは地下鉄に乗ってホテルに帰ります。シャワーを浴びて汗を流し、もちろん冷たいビールを飲んで昼寝でもしましょう!
 これにて、このシリーズは終了です。最後までお付き合いしていただきましてありがとうございました。

PS 
 灼熱の太陽の下歩きましたが、1年で最も暑いこの時期に、このような無謀ともいえることはしない方がいいと思います。朝夕ならまだしも、少なくとも暑季の昼間は避けましょう。
 市内を歩き回る時には、まず水と帽子が必需品です。脱水症状や熱中症にならないよう決して無理をしてはいけません。それから車優先の交通ルールですから、車に轢かれないように注意して道路を横断しなければなりません。
 細心の注意を払いながら、しかし好奇心を持ってバンコクの街を歩いてください。

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May 04, 2006

№373 灼熱のバンコクを歩く その6

    フレッシュな生のライチー
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その6
 ヤワラー通りからファランポーン駅へかけての一帯が、チャイナタウンです。見渡すと漢字の看板や文字があちらこちらに見受けられるようになりました。いつに間にかチャイナタウンに入ったという感じで地図を広げていると、中国系のタイ人が「道を教えましょうか(多分)」と親切に声を掛けてくれました。タイ人は親切だといいますが、声を掛けられたのは初めてです。
 ファランポーン駅の方へ東に歩くとだんだんとチャイナタウンらしくなってきます。歩道に立っている電話ボックスは中華風の造りで、屋根には「財」の文字が刻んであります。 さすがチャイナタウン、電話ボックスまでチャイニーズしています。街角では栗を煎って甘栗を売る光景に出会い、思わず足を止めてしまいました。

 ヤワラー通りを歩いていると、中華食材を売る商店が軒を並べる横丁を見つけて入り込みました。狭い通路なので、買い物客とすれ違うのも一苦労です。果物や野菜だけでなく、干しエビや干し貝柱などの乾物類を扱っている店など、通路の両側にはいろいろな食材が所狭しと並んでいて、思わず惹きつけられます。ここなら、あらゆる中華の食材が手に入りそうです。
 蒸し暑い空気と人いきれの中、乾物やザーサイなどからの混然と入り混じった臭いが、肺の奥深くまで充満しむせ返ります。いかにも中華の市場といった喧騒と賑わいです。正にここは“バンコクの中の中国”です!

 この横丁のそばの果物屋さんで、ライチーを買いました。300gくらいで60バーツ(約180円)です。ちょっと高いかなと思いましたが、考えてみると生のライチーを食べたことがありません。いつも冷凍のものばかりです。そう思い直して買うことにしたのです。食べてみると、少し舌がしびれるような感覚がありますが、フレッシュでさっぱりとした味です。冷凍ものとは、やはり一味違います。

 さて時間も12時をまわり、喉の渇きを癒すためにもお昼を食べたいところです。夜になると海鮮中華を出す安くて美味しい屋台が出るのですが、この時間では無理です。仕方ないので、地元の人がお昼を食べている庶民的な中華料理店に当たりをつけて飛び込みました。
 「漢南楼」というシーフード中心のレストランで、買い物にきたらしいおばちゃん達でテーブルは、ほぼ一杯です。レストランのオーナーらしいおばあちゃんが注文を取りにやってきて、シンハビールの大瓶と「香港シーフードヌードル」の小(60バーツ、約180円)を頼みました。

 よく冷えたシンハビールを一気に飲み干します。「うまい!」。この暑さのなか歩いたのと少しの疲れが一層ビールを美味しくさせます。喉を潤し、空腹の胃に沁み込んでいきます。これまでバンコクで飲んだビールで一番うまかったのは言うまでもありません。
 「香港シーフードヌードル」もなかなかの逸品です。細麺にエビ、イカとネギをさっと炒めて、オイスターソース仕上げた料理です。 このネギのシャキシャキ感がたまりません。ビールとも合って、すごく美味しい一品です。このままでも十分美味しいのですが、ここはタイ流に唐辛子パウダーと唐辛子エキスを少々振りかけて食しました。これも悪くありません。
 オーナーのおばあちゃんに「アローイ(美味しいよ)」といっても通じません。中国語で「好吃(ハオ・チー)」と言わないといけなかったみたいです。いずれにしても、地元の人たちで混んでいるレストランに入るという鉄則を守って正解でした。
 
 冷たいビールと美味しい中華に大満足して、最後の目的地「ワット・トライミット」へ向かいます。

つづく

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May 03, 2006

№372 灼熱のバンコクを歩く その5

  チャイナタウンの賑やかな通り
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その5
 ワット・ポーの裏手の入り口と僧房との間の道を抜けて、プラ・ピターク通りからパフラット通りを東へと歩き、次はチャイナタウンを目指します。 ワット・ポーからチャイナタウンまでかなりの距離です。帽子をかぶり、時折ペットボトルの水を含みながら急がずに歩きます。
 11時をまわって太陽は快晴の空高く上り、自分の影がほとんどできません。刺すような陽射しが、地面を容赦なく照りつけます。気温はどのくらいあるのでしょうか、体感温度としては40℃近くという気がします。

 途中、道路の反対側から迷彩服を着たスタッフに声を掛けられました。振り向くと射撃場の看板が見えます。どうやら観光客に実弾射撃させる射撃場のようです。 アメリカや韓国など観光用の実弾射撃場があることは知っていましたが、バンコクにもあるのですね。横目に見つつ立ち止まらずにそのまま歩きます。
 
 パフラット通りに入るとパフラット市場の一角に差し掛かり、急に買い物客が増えました。服や布地を売るインド人が経営する店が多く、インド人街とも呼ばれているようです。 美しいタイの民族衣装も店先に並んでいます。車道側にも露店が店開きをしているので、歩きにくくて前から来る人とすれ違うのも一苦労です。
 市場の中は、服地屋さんばかりです。カラフルな布地が所狭しと並べられ、忙しそうに商品を運ぶ店員や、服地を買い求めにきた女性客で賑わっています。 インドやアラビア風の衣装も仕立ててくれるそうですから、女性の方は一度足を運ばれるのも面白いかもしれません。
 
 チャクラペット通りを渡るとサンペーン・レーンに突き当たりました。地図ではパフラット通りから真っ直ぐの道なんですが、サンペーン・レーンはアーケードになっていて道幅も狭く、両側にはぎっしりとお店が並んでいます。 いかにも古くからの市場といった風情で、多くの人々が通りの入り口を出入りしています。中に入ると通りというよりも、非常に狭い“路地”といった方がぴったりです。
 雑貨、洋服地、靴、おもちゃなどを扱うお店が通りに張り出していて、前に進むのもやっとです。サンペーン・レーン全体が混沌としていて、何か昔の時代にタイムスリップしたような異空間です。
 ずっと通りは続いているようなのですが、狭い通路で歩きにくいのと、蒸し暑く雑然とした空間に閉じ込められたような気がするので、この通りを抜け出しました。ヤワラー通りに出た瞬間、過去から現在に戻ってきた気がしました。何ともサンペーン・レーンは不思議な通りです。

 ガイドブックによると、サンペーン・レーンは古い商店街で、19世紀のバンコクを彷彿とさせる通りなのです。 かってはクーリーと呼ばれた労働者が荷物を運び、彼らに部屋を貸す旅社や娼館が軒を連ねていたそうで、現在でもこの周辺の建物は、その当時の雰囲気を漂わせています。 どうりで昔にタイムスリップしたような感じがするはずです。

つづく

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May 02, 2006

№371 灼熱のバンコクを歩く その4

      偏平足の足の裏
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その4
 これまでワット・ポーには2,3度行っているのですが、涅槃仏の写真を撮り直そうと思い、久しぶりの訪問です。
ここに来るとさすがに団体観光客が多くなり、ガイドさんが先頭に立って案内しています。 なぜかインド人が多く、チャイニーズや日本人の団体さんも歩いています。西欧系の人たちもいますから、世界各国からの観光客が訪れているといっていいでしょう。

 50バーツ(約150円)の入場料を支払い、靴を脱いで久しぶりの涅槃仏とのご対面です。外の暑さとは裏腹にお堂の中はひんやりとしています。 全長49mと大きな仏様ですが、その表情はかすかな微笑みを浮かべて優しい眼差しをしていらっしゃいます。
 なんといっても有名なのが、その巨大で偏平足の足の裏でしょう。長さ5m、幅1.5mもあるそうです。 まず、渦巻状の指紋を持つ同じ大きさの指があって、足の裏は碁盤の目のように108面に仕切られて黒地に細かな螺鈿が施されています。仏像なのに変ですがバラモン教の宇宙観が表現されていて、人物、蓮の花、象や馬などをモチーフにして非常に精巧な細工がなされています。
 実はこの足の裏の写真を撮りたかったのです。以前に来た時のスナップ写真しかなくて、今回はしっかりとアップの写真も撮りました。 この辺りは一番の撮影スポットになっていて、足の裏を含めた涅槃仏全体を撮ろうとする観光客でごった返しています。

 写真を撮り終えて外に出ると、またあの暑さが待っています。寺院には陶器で鮮やかな色に彩られた大小いくつもの仏塔があり、その尖塔が快晴の空に突き刺さるようにして伸びています。涅槃仏のお堂の反対側にある建物に入ってみます。そこには穏やかな表情をした仏様の坐像が安置されていました。仏像の頭上には7匹の龍が控え、その背後には菩提樹を模したものが配してあります。その意味では、ちょっと変わった仏像です。

 そのあと、初めてワット・ポーのご本尊を拝顔しました。団体のツアーではここまで案内しませんから、好きな所を見られるというのは、やはりひとりでぶらっと回る良さでしょうか。 法衣を纏ったきらびやかなご本尊が、暗い本堂の中で浮かび上がっています。高い台座の上で座禅を組み、頭には金色の傘がかけられていて、黄金色に輝いています。厳粛の空気とその神々しさに合掌し、しばらくの間眺めていました。ぐっと気持が落ち着ついてきます。
 本堂内の壁や柱はダーク系ですが、タイの風景など極彩色の絵が描かれていて、より荘厳な印象を与えています。エメラルド寺院内の雰囲気にも似ていますが、こちらの方が観光客も少なく精神的に落ち着ける気がします。

 ワット・ポーに行ったら、有名な涅槃仏だけでなく、ご本尊にも手を合わせてきてください。合掌

つづく

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May 01, 2006

№370 灼熱のバンコクを歩く その3

     広大な王宮前広場
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その3
 慰霊塔の前の大通りを渡ると、そこは王宮前広場です。広場の反対側には王宮の建物といくつものチェディがそびえ、陽を受けて黄金色に輝いています。
 王宮前広場は広大な敷地で、新聞テレビで反政府集会などが開かれている様子をよく見かける場所でもあります。 この日は総選挙直前ですが、平日の午前中ということもあって誰もいません。市民が広場を横切って歩いているだけです。昨夜も集会が開かれたのでしょうか、木の枝に引っ掛かった旗の切れ端のようなものを、公園を管理する係員が長い棒で取ろうとしていました。
 
 広場を回りこんで、国立博物館の前まで歩きます。チケットを買おうと入り口まで行くと、今日はお昼12時からの開館という職員。ガイドブックでは9時から開いているはずなのにと聞いてみると、「昨夜の激しい雨で雨漏りして、今清掃中です」という返事が返ってきました。
 「えー! 国立の博物館なのに雨漏りするの?」とびっくり。貴重な収蔵物が傷まないのか、おもわず心配してしまいました。タイ最高の展示品を誇る博物館ですから、楽しみにしていたのに残念です。

 2時間も炎天下で待つわけにもいきません。木陰のベンチに腰掛けてしばし考えて、先を急ぐことにしました。つぎはワット・ポーです。ここからワット・ポーまでは約2キロ。猛暑の中、歩いたら熱中症になりかねませんから、トゥクトゥクに乗ることにします。
 客待ちをしているトゥクトゥクの運転手と交渉して、ワット・ポーまで50バーツというのを30バーツ(約90円)に値切って、すぐに商談成立です。料金はこんなものでしょうか。
 屋根つきの後部座席に乗りこみ、振り落とされないようにしっかりと支柱を握ります。入ってくる風が涼しくて快適です。 スピードの割にはけたたましい排気音ですが、逆にスピード感があります。観光客で混雑する王宮前の道路を観光バスやタクシーなどの合間を縫って走ります。ちょっとした距離には、タクシーよりもトゥクトゥクの方が向いていると思います。第一、面白くて楽しめます。
 運転手の後ろから左右を行き交う車を眺めているうちに、ワット・ポーに到着しました。

つづく

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