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June 19, 2006

№419 超少子高齢社会とNPOの可能性

   タイ人の親子 チェンマイにて
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 先日、2005年度の日本の出生率が1.25と発表になり、大きなショックを与えています。歯止めがかからない少子化、一体どこまで下がるのか分かりません。高齢化よりも少子化の方が、日本の将来に深刻な影響を与えるのではないでしょうか。

 わたしの指導教官である安立清史先生(九州大学大学院人間環境学研究院助教授)が、「超少子高齢社会とNPOの可能性」について、全労済協会の雑誌に寄稿されています。その概要を紹介します。

 日本は超少子高齢社会であるばかりか、すでに人口減少過程に突入した。この超少子高齢社会日本の課題と非営利組織(NPO)の役割について考えてみたい。

超少子高齢社会の理由
 第一に産業構造の転換、第二に家族構造の変化、そして第三に社会構造と価値規範との乖離とくに性別役割分業をめぐるギャップである。これら三つの要因が複合した結果、現在の日本を超少子高齢社会にしたと思われる。
 これらを要約すると、次のようになる。日本の近代化・産業化・高度経済成長は急激に成し遂げられた。この産業構造と家族構造の大転換は、欧米では一世紀以上かかってゆっくり変化したものなのだが、日本ではあまりに短期間であったために、構造と人間の価値規範との間にずれやねじれが生じ、それがなかなか解消されない。
形は近代化されたのだが心は追いついておらず、政策もうまく機能しない状態といえる。その結果、いくつもの問題が日本社会に残されている。

 安立先生は、2005年アメリカのボストン・カレッジでこれらの戦後日本の社会変動と少子・高齢化過程についての授業を行っています。次は学生たちからの質問のエッセンスをまとめたものです。

問題解決の検討
 第一の質問は、日本社会の多様性を増大させることが、超少子高齢社会のソリューション(解決策)であろうという指摘だと思われる。
 超少子高齢社会でいずれ日本が消滅する、などという議論が現れるのは、米国から見ると信じられないことだ。もっと簡単かつ単純な解決策があるのではないか。移民を基本的には受け入れない政策などに典型的なように、日本社会は一種の閉鎖的共同体を形成している(と米国人には見える)。このグローバル化の時代に社会の多様性(とりわけ人種的な多様性)が増大していないということは先進国ではまことに稀なことなのだ。このことをあらためて痛感する。

 第二は、男女間の性別役割分業の再構築が必要だという示唆だと思われる。
 男が外で(長時間)労働し、女が家庭を守り育児や介護を担うという伝統的な性別役割分業がいまだに根強く残っている先進国は数えるほどしかない。(しかもそれらの国々は、イタリアや韓国をはじめ、ほとんど超少子化に直面している)。伝統的な性別役割分業観は女性の社会進出のバリアである。

 第三は、年齢を基準にした社会制度の問題だ。
 「定年制度」は人口構成が若かった時代の産業社会には好都合だった。次々に若い労働力を企業や組織に導入していくには、年齢に応じて一律に退職させていく仕組みは機能的だった。
 しかし現在、定年制度は深刻な逆機能(むしろシステムの安定を脅かす働き)をもたらし始めている。熟練工の不足という事態だけではない。「定年制度」にはもともと「みんないっしょ」の平等な共同体(会社)を作るという効果とともに「人間をその活動ではなく年齢だけで判断する」という「年齢差別」の双方があった。グローバルな競争に直面した企業はもう「みんないっしょ」の共同体では運営できない。定年制度の持つ逆機能がこれから大きくなっていくだろう。

 このように、米国の学生の質問は、米国社会の経験を踏まえたものであることがよく分かる。もちろん日本が米国と同じ社会制度になる必要も必然もない。しかし現在のような超少子高齢社会を根本的に打開するつもりなら、社会制度の根本を考え直す必要があるだろう。

NPOの可能性
 超少子高齢社会日本の直面する課題は大きく解決は容易ではないが、米国の経験から学ぶことができるように思われる。米国も日本と同じような問題を経験し乗り越えてきたからだ。そのキーワードが「アソシエーション」や「民間非営利組織(NPO)」である。
 例えば現在のような人種の多様性や女性の社会進出を下支えしたのは公民権運動やフェミニズム運動時代からの社会運動やそれが転換した非営利組織であった。定年制度の撤廃につながる活動もAARPなどの高齢者NPOの力が大きかった。社会の危機に直面してそれを乗り越える力や活力が、政府や企業の外側から湧き起こってきたところに米国の強さがあった。

 NPOは政府や行政、企業や一市民にできないことに実験的に取り組むことができる社会的な道具(ツール)だ。公平性や平等性といった行政が縛られる枠を飛び越えることができる。また利潤と無関係に活動できるから企業にできない分野に取り組むこともできる。そして個々の市民にはできない社会的な広がりや効果を生み出せる。欧米の社会改革の多くがNPOによって開拓されてきた。それはNPOの提起した提案や改革を社会が取り込んだからだ。
 「団塊の世代」の高齢化は日本のみならず世界的な課題だ。米国のNPOはこぞってベビーブーマー世代の高齢化を大きなチャンスとみて沸き立っている。

 さて日本だが、超少子高齢社会もここまで危機的な状況になれば、むしろ思い切った改革ができる条件が揃ってきたといえる。ピンチはチャンスである。平時であったら「空想的な」と笑われかねないストレートで率直で大胆な解決策が実現可能になるのではないだろうか。
 「団塊の世代」の高齢化の中から、まずNPOが大胆な実験を始めるべきだ。それがこの超少子高齢社会のあり方を根本的に変えるような動きにつながっていくのではないか。

 少々長くなりましたが、以上が概要です。定年後の「団塊の世代」がNPOの主役となって、超少子高齢化社会の日本を変えていく原動力になってほしいものです。

 

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