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January 31, 2007

№596 ドイステープ山 一周ドライブ その2

  レストランから見える渓流と滝
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その2
 国道1269号線をそのまま行くとサムンの町ですが、1096号線へと入りMae Rim Valley沿いに走ります。所々には孟宗竹ではありませんが竹林がありますし、谷あいには集落や田んぼが点在しています。
 山岳民族の耕作する野菜畑が山の急斜面に拓かれ、頂上近くまで耕されています。木が伐採されて山全体が野菜畑になっている光景をみると、雨による土砂崩れや、山が保水機能を失うことによる下流の洪水など、自然破壊や災害の一因になっているのではと思ってしまいます。

 道路脇の野菜の直売場では、キャベツ、白菜や瓜などを売っています。Hさんが買われた茹でトウモロコシ(7本10バーツ、約30円)をいただきました。小ぶりで白いトウモロコシです。モチモチした食感で、日本のもののように甘くはありませんが、どこか懐かしい素朴な味です。

 ランチは、渓谷沿いのタイ料理レストランへ。テーブル席からは渓流にかかる滝が眺められ、川風のお陰で暑さを忘れて、しばしの涼を楽しむことができるレストランです。
 訪タイすると一度は食べるグリーンカレーを注文しました。ぷりぷりのエビに、ナス、房ごとの粒胡椒などが入っていて、フードコートで食べる濃厚なものに比べると、さっぱりした味付けです。しかし、ココナッツミルクでマイルド味なのですが、胡椒が効いていて涼しいのに額に汗が浮かんできます。3人分で230バーツ(約700円)と、リーズナブルな食事代でした。

 さらに渓流に沿って1096号線を下ります。途中クイーン・シリキット植物園(№575にて紹介)に立ち寄り、メーサのエレファントキャンプ前を通って、メーリムの町へと降りてきます。国道107号線を右折すると、チェンマイ市内はもうすぐです。
 豊かな緑を楽しみ、涼を求めて、ドイステープ山を一周するドライブコース。お勧めですよ。

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January 30, 2007

№595 ドイステープ山 一周ドライブ

 展望台からSamoeng Forestを望む
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 06年8月、チェンマイでロングステイをなさっているHさんご夫妻の案内で、ドイステープ山を一周するドライブに出掛けました。チェンマイ市内から国道1269号線を走って、ぐるりとドイステープ山を回り、1096号線をMae Rim Valleyに沿って下り、メーリムを経由してチェンマイへ戻ってくるコースです。
 
 市街地から国道108号の大きな道路をしばらく南に走り、1269号線へ右折して西へ。この辺りから郊外の風景が徐々に山の景色へと変わり、それにつれて道路もカーブを描き出し、少しずつ登り勾配になっていきます。
 Hさんの運転で快適なドライブです。天気にも恵まれて周囲の山々の緑も一層色鮮やかです。だんだんと山深くなっていき、チェンマイ市街からみるとドイステープ山の反対側へと回り込んで行きます。

 このあたりの国道沿いには、いくつかの素敵なリゾートホテルが点在しています。 「Bell Villa Resort」 (№585にて紹介)もそのひとつです。休憩を兼ねて「Bell Villa Resort」に立ち寄りました。2階のカフェで緑の濃い周囲の山々を眺めながら、お茶をしました。開け放った大きな窓から吹き込んでくる風が心地よく、このようなリゾートで一度のんびり滞在したいものですね。

 さらに走ると、展望台がありました。標高1000m以上と、このドライブコースの最高地点のようです。屋根付きの展望台からは、西側にどこまでも広がる山々を望むことができ、高山の涼しい風が吹き渡っていきます。「Samoeng Forest」という標識がありました。うっそうとした森は、この先のサムン(Samoeng)の町まで続いているのでしょう。
 見渡す限り、深い森です。山と山が幾重にも重なり合い、空の端を切り取りながら稜線を描いています。森の木々は緑というよりも“碧く”見えます。木から出る精気のせいなのでしょうか、まさに青山です。
 白い雲を浮かべた夏空は、はるかメーホンソンに、そしてその先はミャンマーへとつながっています。そんなことを思わせる雄大な景色です。 

つづく

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January 28, 2007

№594 団塊、帰郷足踏み

  バンコクのクロントイ市場にて
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 07年1月8日の朝日新聞に「団塊、帰郷足踏み」という記事が載りました。

 団塊の世代の大量退職が今年、始まる。地域経済が停滞する地方は、潤沢な金融資産を持つ団塊の世代を呼び込んで再生の起爆剤にしたいともくろむ。同世代の約半数は3大都市圏に住んでいるが、シンクタンクの推測では、引退に向けて生活拠点を移すのは、わずか1%程度、というものです。

 団塊の世代は、進学や就職を機に地方から大都市に出てきた人が多く、定年後、帰郷も考えなくはない。衰退著しい地方の自治体は、団塊の世代の帰郷に期待を寄せる。「団塊1人が移住すれば、住宅購入や観光などの支出にと、1億円の経済効果はある」との話も。
 しかし、自治体の思惑通りにいきそうにない。国立社会保障・人口問題研究所の「都道府県の将来推計人口」に基づき、大和総研が団塊の世代を含む55~59歳層の2015年までの分布の変化を調べた結果、増加する都道府県全体で上昇率は0.9%。県境を越えるのは計9万人にとどまるといいます。

 例えば東北の団塊の世代の場合、10代後半から20代前半にかけて主に東京圏へと移り、その後ほとんど戻っていない。その背景について、慶応大学の大江教授は「妻が地域社会でネットワークを築いているのに加え、首都圏に住む子どもの子育てを手伝うようになり、夫が戻ろうと言っても賛成しない」と指摘する。 

 その一方で、団塊の世代には移住希望が多いとのデータもある。国土交通省が団塊の世代の今後の居住動向について調べたところ、東京圏では移住希望者が40%いた。しかし、大江教授は「実際に移動した、あるいは必ず実現できるという人は、3.1%。60歳を過ぎても働きたいと考える人が多く、仕事を探す上でも移住に踏み切る人はわずかだろう」とみる。


 団塊の世代の定年後の居住地や生き方については、いろいろな調査やデータがありますが、これまでの世代以上に、団塊の世代が国内移住をはじめ、海外ロングステイや海外移住を実行に移すのでは、という予想が多い中、今回の調査は、意外な感じがします。県外への移動が、9万人というのは少ないのではという印象を受けますね。
 しかし、奥さんの意向が大きいという点は頷けるものがあります。海外ロングステイの調査でも、奥さんが反対した場合、実行に移されないケースがよくあるからです。ご主人がロングステイを計画しても、奥さんが趣味の仲間や友人、ボランティア活動など、地域でのネットワークから離れるのを嫌うからです。ましてや海外での生活に関心がなかったり、現地での滞在目的がなかったりすると、なおさらです。
 
 さて、団塊の世代が定年を機に、田舎暮らしを始めるのか、そのまま大都市に住み続けるのか、注目していきたいと思います。
 

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January 26, 2007

№593 チェンマイの「ロティ」屋台

    手際よく焼かれるロティ  
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 チェンマイで「ロティ」屋台を見つけました。夜になるとナイトバザール近くのアサヌーン市場の前で営業しているようです。小さな屋台には「ROTEE」の文字が書いてあり、イスラム衣装を身に纏った若い女性2人が、忙しそうにロティを焼いています。マレーシアに近いタイ南部には多くのイスラム教徒がいますが、タイ北部チェンマイにもイスラムの信者がいるんですね。

 ロティとは、マレー語でパンのことで、イスラム系のお好み焼きというかパンケーキのような食べ物です。こねた小麦粉を薄く広げて延ばしたものを、たっぷり目の油を引いた鉄板で焼いたものです。外側はパリパリしていますが、幾重にも層になった生地の中は、意外にしっとりした食感です。これにカレーを浸けながら食べるのが一般的なようです。
 以前シンガポールのインド人街で、同じような「ムルタバ」を食べたことがあります。これはロティの中に野菜や肉などの具を入れて焼いたものを「ムルタバ」と呼ぶようです。カレー味の効いた具が、美味しかった記憶があります。

 この屋台では、ロティの中にお好みのフルーツをトッピングして焼いていました。なかでも「バナナのスライスと卵」の組み合わせが、一番人気です。小麦粉の生地を調理台に叩きつけるようにして延ばし、手の先で生地を宙にくるくると回しながら、さらに薄く伸ばしていきます。ピザ生地を延ばしていくのに似ています。 薄くなった丸い生地を油を引いた鉄板で焼いていきます。これにバナナのスライスと溶き卵を乗せて、四角に折りたたんで焼き上げます。最後にコンデンスミルクをかけて出来上がりです。お代は20バーツ(約60円)。ここのロティは、日本の縁日に見かけるクレープのようなデザート系ですね。
 あっという間に、次々と焼き上がっていきます。その手際の良さにしばらく見入ってしまいました。焼いている姿が、ある意味パフォーマンスになっていて、どこからとなくお客さんが集まってきた途切れることがありません。あいにく夕食を終えて帰路に着く途中だったので買いませんでしたが、次回はおやつ代わりに食べてみたいものです。

 さて後日、福岡で毎年開催されているアジアマンスの屋台で、 「ロティ・チャナイとカレー」のセットを食べました。「ロティ・チャナイ」は、中身の入っていないロティのことで、インド料理のナンのようにカレーを浸けながら食べました。油を使っている割には、さほどシツコクなく、もちもちとしてそれだけ食べても結構いけます。

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January 24, 2007

№592 バッファロー・ビレッジ その3

     子どもたちの歌と踊り
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その3
 11時になると、今度は「水牛ショー」です。タイの昔の農村を再現したファーム・ビレッジ近くの会場で開催されます。早めに屋根付きの観客席で涼んでいると、アヒルや水牛が土の道をのんびりと歩いています。いかにも田舎の農村の風情です。
 だんだん観客が集まってきました。団体さんや遠足で来ている中高生に多くの家族連れも加わって、観客席はほぼ満席です。子どもたちの歌と踊りからショーが始まります。地元の小学生たち、10数名がカラフルな民族衣装を纏い、太鼓などの演奏に合わせてタイの伝統音楽を歌って踊ります。素朴で可愛い子どもたちです。必要以上にショーアップされていなくて、ローカルな感じで好感が持てます。

 歌と舞踊の後は、子ども遊びのゲームです。子どもたちが円になって、ひとりの鬼が布切れを誰かの後ろに落として、それを拾ってまた次の子に、という日本でいう「ハンカチ落としゲーム」です。見ているとルールもまったく同じです。ブータンにも「メリーゴーランド」という「ハンカチ落とし」に似たゲームがあるといいますから、意外に世界各国に共通な遊びなのかもしれません。
 この子どもたちのショー、平日は学校がありますから、確か土・日だけだったように思います。

      水牛のパレード
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 次は、いよいよ水牛のショーです。このビレッジで飼われている水牛たちが紹介されます。小型の水牛から大きな水牛まで、色もベージュ系から黒々としたものまで、こんなにたくさんの種類がいるんだとびっくりします。でも共通しているのは、形の違いこそあれ、どの水牛も立派な角を持っていることでしょう。
 農機具を乗せた馬車や田鋤きの器具を引いて、観客席の前をパレードしていきます。また、調教された水牛の芸やスタッフによるアトラクションもプログラムに入っていて、なかなか楽しめるショーでした。

 日本のテーマパークのように立派ではありませんが、どこか懐かしさを感じさせる「バッファロー・ビレッジ」です。

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January 23, 2007

№591 バッファロー・ビレッジ その2

  ここで飼われている水牛たち
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その2
 園内の一角には、タイの農村で昔使われていた農機具や手漕ぎの舟などを展示した小屋があります。同じ米作だからでしょう、日本で使われていた農機具に似たものも多く見受けられます。そして、タイの農作業を大きく担っていたのが、水牛たちです。ここでは多くの種類の水牛が飼われていて、後ほどアトラクションのひとつである水牛ショーに登場してくれます。他にも鳥やダチョウまで飼育されています。昔の農家も再現されていますので、辺りは長閑な農村の雰囲気です。

 時間が経つにつれて、少しずつ観光客の姿が多くなってきました。バンコクからでしょうか、タイ人の団体客が大型バスに乗ってやってきます。そのほとんどの人が、06年のプミポン国王の即位60周年を祝って、国王の色である黄色のポロシャツを身に着けています。観光地で目立つようにということかもしれませんが、まるで制服のようです。そして遠足なのでしょうか、地元の中学生たちの姿も多く見かけます。

     和やかな結婚式ショー
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 10時30分になると、「バッファロー・ビレッジ」のアトラクションである「タイ式の結婚式ショー」の始まりです。園内の中心部に、結婚式に参列する村人たちに扮したスタッフがスタンバイすると、観光客が集まってきました。
 中年の女性スタッフのひとりが、お祝いの歌を歌いだすと、男性スタッフが楽器を演奏します。その音楽に乗せて、お祝いの品物を手にした他の女性スタッフたちが陽気に踊り始め、行列になって結婚式の会場まで練り歩き出しました。観光客も釣られるように一緒に踊りながら、行進に加わります。タイの田舎の結婚式は「こんな雰囲気なんだろうな」と感じさせる、庶民的なショーです。

 タイ様式の大きな建物のテラスが式場に使われます。団体観光客の中の男性ひとりが、進んで花婿役を買って出ました。建物の中から花嫁役の可愛らしい女性が現れると、花婿役の男性は仲間から、やんやの喝采を浴びています。確かに羨ましがられるほどの可憐な若い女性でした。伝統的な結婚式の儀式に則って、式は進行していきます。ジャスミンの花でできていると思われる花輪を頭に飾って、その間を“こより”のようなもので結びつけます。きっと夫婦間の契りを表しているのでしょう。
 結婚式の間中、大勢の見物客から、このミスマッチなカップルへの冷やかしや大きな笑い声が絶えません。お陰で賑やかで和やかな雰囲気のまま、無事、結婚式は終了しました。ショーといいながらも、すぐ間じかにタイ式の結婚式の模様が見られて、よい経験になりました。

 つづく

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January 22, 2007

№590 バッファロー・ビレッジ

    ビレッジの美しい庭園
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 タイ中部・スパンブリー県の「バーンタイ・リゾート」ホテルに宿泊した時に、リゾートに隣接した「バッファロー・ビレッジ」に寄りました。水牛ショーやタイ式の結婚式のショーなどのアトラクションがある、ちょっとしたテーマパークと、昔のタイの農村を再現したファーム・ビレッジを合体したような所です。
 バンコク近郊にタイ舞踊や伝統芸能などを紹介する「ローズガーデン」という観光スポットがありますが、それに近いイメージです。しかし、一番の違いは、この「バッファロー・ビレッジ」には美しい庭園があって、多くの水牛がいるところでしょうか。

 「バーンタイ・リゾート」の宿泊客は、無料で入場できます。そのため、一般の入場料金をメモし忘れてしまいました。宿泊した翌朝、「バッファロー・ビレッジ」の庭園を散歩がてらに歩いてみました。リゾートと庭園の裏側は、そのままつながっているので、自由に行き来できるようになっています。
 中央に大きな池を配して、その周囲には手入れの行き届いた素晴らしい庭園が広がっています。敷地内には赤茶色のタイスタイルの家屋が幾棟か建っていて、木々の緑とは対照的ですが、うまく調和し合っています。また、庭園内の草地では水牛がのんびりと草を食んでいました。

 遊歩道をゆっくりと歩きながら、美しい花々や木々の緑を楽しみます。ちょうどブーゲンビリアやハイビスカスの花が咲いていました。花は思ったよりも少なかったのですが、黄色や紫がかった葉を持つ植え込みや、薄緑の木から濃い緑の大木まで様々な緑があって、豊かで複雑な緑色は見る者を飽きさせません。

 つづく

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January 19, 2007

№589 団塊の世代 異国で「自分」探し

  チェンマイのサンデーマーケット
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 朝日新聞の正月版の特集「個性輝く団塊」に、 「海外移住」の事例が載っていました。

 フィリピン南部のミンダナオ島。Tさん(56)と奥さん(61)が島の中心都市ダバオに移り住んだのが05年1月。
海外移住を考えたのは、「年金だけでは日本で暮らせない」という不安、そして「子どもたちに面倒を掛けるわけにはいかない」という思いだった。
 海外旅行好きな奥さんが提案した。奥さんが年金受給者となる60歳をめどに、Tさんは早期退職。大手企業関連会社の経理担当で遅くまで働き、不規則な生活とストレスで体重が増えた。年金で暮らせるのなら仕事を辞めるのは惜しいと思わなかった。
 天井が高く、大きな窓の一軒屋は家賃5万円弱。それ以外の生活費は、2人で10万円ほど。その予算内で週に2,3回はゴルフを楽しむ。規則正しい生活と心の余裕。当たり前のことを取り戻しただけで夫婦は変わった。
 いずれ介護が必要になったら、フィリピン人の介護士を雇う。日本より安心だ、と夫婦の意見は一致した。
 2人は、ここで居心地のいい自分を探し当てた。

 Tさんは、「自分らしい生き方ができるか」が、海外移住のポイントのひとつだとアドバイスしています。「自分らしい生き方」や「自分探し」のきっかけやヒントを見つけるための手段として、海外のロングステイは有効だと、わたしもそう思いますし、これまでこのブログにも書いてきました。やはりロングステイのこの効用や機能を実感している方がいらっしゃるということは、心強いかぎりです。
 ロングステイを通して、自分を見つめ直し、自分探しをしてみる。その結果、「自分らしい生き方」を見つけたり、取り戻すことができるならば素敵なことです。そこから“本当”の第2の人生が始まると言っていいでしょう。

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January 18, 2007

№588 団塊の世代 次の生き方は?

 イサーン地方 ピマーイ遺跡の彫刻
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 朝日新聞の正月版の特集「個性輝く団塊」から、団塊の世代・約4万人(5141人回答)を対象に実施したアンケートの調査結果を紹介したいと思います。
 
 男女共学で平等を意識し、「全共闘」で政治に目覚め、「企業戦士」として高度成長を支えてきた団塊の世代は、第2の人生を前にどこに向かうのか? についてのアンケートです。

 最も興味深い項目は、「第2の人生で一番やりたいことは?」という質問に対する回答です。
第1位は「趣味に生きる」(30.8%)、第2位に「これまで通りに近い仕事を続ける」(18.3%)と、上位を占めています。
 これに「長旅に出る」(11.0%)、「社会貢献(NGO活動など)」(8.6%)、「海外移住または海外ロングステイ」(7.1%)、「田舎に引っ越す」(5.5%)と続きます。「長旅」「海外移住・海外ロングステイ」「田舎暮らし」が、予想以上に上位にランキングされていて、これらを合計すると、23.6%と約1/4近くにもなります。他の世代との比較はありませんが、団塊の世代の「旅行や移住など」への志向が強いことがよく分かります。

 一方、「最も腹を立てていることは?」との問には、 『年金問題』が多くあげられています。 
 「年金保険料を掛けさせるだけ掛けさせ、受給人口が増えるからと受給額を引き下げる」「団塊の世代は社会を牽引してきたのに、超高齢社会をもたらすお荷物のように見なされ我慢ならない」など、年金に対する不満や不安の声が一番多いといいます。
 定年後の生活費を考えた場合、年金だけでは暮らしていけないという『年金不安』が、「田舎暮らしやロングステイ」志向の背景にあるようです。現在のロングステイ志向も、将来の年金不安がその動機や理由のひとつになっているといわれていますが、団塊の世代を契機にして、その傾向はますます顕著になっていくと思われます。

 さて、あなたの次の生き方とは、「趣味に生きる」「就職でまだまだ仕事」「起業でまだまだ仕事」「地域コミュニティなどで社会貢献」「田舎暮らしやロングステイ」のどれを選択しますか?

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January 16, 2007

№587 団塊の世代 地域デビュー

      「えんがわくらぶ」
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 朝日新聞の正月版の特集「個性輝く団塊」から、参考になる事例をいくつか紹介したいと思います。
 
 東京都江東区のTさん(63)は、区の審議会のほかにサークル活動やボランティアなど、60歳で会社を退職してから始めた活動に、会社時代とは違う充足感を感じている。
 会社時代は、朝早く出て深夜に帰宅する「仕事人間」。だが59歳の時、重度の糖尿病を発症した。入院はしないで出勤したものの、定年延長せずに背広を脱ぐ選択をした。最初は治療に専念し、仕事のストレスからも解放されたからか、体調はみるみる回復した。

 気持ちに余裕が出てきた時、 「シニアライフアドバイザー」のことを思い出した。中高年の人生相談などを受ける民間資格で、98年に講座を受けていた。「関東シニアライフアドバイザー協会」に入会し、03年に仲間と企画したのが「定年後の居場所」がテーマの講演会だった。
 居場所・・・・・。自分の周りにも、退職後、家にこもりがちな人は多い。「仕事一筋」で地域に知り合いがいないと、「地域デビュー」も難しい。自分の居場所探しの思いもあり、今度は区の男女共同参画と介護の審議会の委員に公募、「元気シニアの社会参加」の提言書も出した。

 踏み出したステップは次へとつながり出す。娘と同じ30代もいるが、対等な関係だ。「地域で会社時代の肩書きは通用しない」と思う。「わたしの場合、病気をしたから『会社人間』の自分をうまく断ち切って、切り替えられたと思う」。さらに「考えるより一歩を踏み出そう」とアドバイスしています。

 実はわたしもシニアライフアドバイザーです。同じ仲間が主宰するシニアの地域活動グループ「えんがわくらぶ」に加えていただき、微力ながらお手伝いをしています。「えんがわくらぶ」は地域のシニアが集まり、パソコン教室から小学生との昔遊びや給食交流、そして三世代間の交流まで、多様な活動が行なわれています。まさにシニアの地域社会における「居場所」を提供しているといってもいいでしょう。
 中には、定年退職後、自宅に引きこもりがちだった男性が、「会社人間」から「地域人間」へ、つまり“地域デビュー”を果たした会員さんもいらっしゃいます。それには肩書き抜きの一人の人間として、地域の方と付き合えるかが鍵になります。

 また、Tさんのアドバイスにもあるように「最初の一歩を踏み出す」ことが重要だと、タイでロングステイをしている方々から教えられます。一歩を踏み出すとは、ちょっと「やってみる、行動してみる」ということです。自分でやってみると疑問が湧いたり、直接の経験につながります。そしたら自然に二歩目、三歩目が踏み出せて、次のステップへ進むことができるのです。これを続けていけば、気づいた時には、あなたも「地域デビュー」を飾っているはずです。

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January 15, 2007

№586 バーツ高 続く

      BTSナナ駅界隈
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 昨年から続くバーツ高です。年明け12日の東京マーケットでは、1バーツ3.46円まで高騰しています。日本円は米ドルに対して120~121円と最近、円安傾向になっていますが、それでもバーツは突出しています。長くバーツは2.7~2.8円という水準が続いていましたので、2割以上もレートが悪くなっている訳です。これでは1万円を両替しても、3000バーツにもなりません。短期間しか滞在しないわたしでも、為替レートは気になります。

 新聞報道(朝日 06.1.06)によると、バーツ高の傾向はまだ続きそうです。
 タイ中央銀行のタリサ・ワタナゲート総裁は、ドルに対して1年間に17%の急激なバーツ高が進んだ背景について「低金利のもとで膨らんだグローバルマネーが、米国経済の減速と貿易の不均衡を嫌ってアジアに向かっている」と指摘。管理相場制を続ける中国や香港、シンガポールではなく、変動相場制で比較的、市場相場が小さいタイが絶好の投機の対象になっている、と語った。
 そのため、昨年12月にタイに流入する投機マネー対して厳しい資本規制策を発表しましたが、株式市場の暴落を招いたのは記憶に新しいところです。

 タイ在住やロングステイヤーの方は、どのような防衛策を取っていらっしゃるのでしょうか? ロングステイをされている方にとっては、為替レートの変動は、毎月の生活費や滞在費を左右する大きな問題です。ましてや2割も両替後のバーツが目減りしてしまうと大変なことです。「タイは物価が安い」とばかり言っていられません。
 わたしは現地事情に詳しい方に教えていただいた、BTSナナ駅近くの両替商で両替しています。一般の銀行よりもかなり為替レートが良いようです。この春には訪タイしたいと思いますが、そろそろバーツ高にもストップがかかって欲しいものです。

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January 12, 2007

№585 チェンマイ郊外のリゾートホテル

   カフェから見える周囲の景色
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 チェンマイ郊外には、多くのリゾートホテルがあります。中でも有名なのが、「フォーシーズンズ・リゾート・チェンマイ」でしょう。遠くにMae Rim Valleyの山々を望み、ライステラスを囲むようにパビリオンと呼ばれる豪華な客室が、点在する5つ星のリゾートホテルです。

 しかし、チェンマイからドイステープ山の反対側にあたる国道1269線沿いにも、素敵なリゾートホテルがいくつかあります。その中の「Bell Villa Resort」に立ち寄ってみました。
 周囲の豊かな緑に溶け込むようにして、ホテルの本館を中心にお洒落なコテージが立ち並び、その奥には豪華タイプの新館が配置されています。敷地の真ん中には小川が流れ、目に染みるような深い緑や鮮やかな花々とあちこちに建つコテージ群が調和し、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出しています。リゾートの洋風な佇まいは、ここがチェンマイ郊外の山の中ということを忘れてしまいそうです。

 本館2階にあるカフェで、周囲の山と一体になった美しいホテルの景色を眺めながら、マンゴジュースをいただきました。大きく仕切られたカフェの窓には、南国の陽射しを受けて、眩しいくらいの濃い緑が広がります。開け放った窓からは、時折涼しい風が入ってくるので、冷房要らずです。一層フレッシュジュースが美味しく感じられます。

 裏にある新館の方まで歩いてみました。2棟ある建物の間に大きなプールがあります。青いプールのすぐ横まで植物がきれいに植栽されて、いかにもリゾートといった空間です。プールサイドのデッキチェアーに寝そべってのんびりしたら、贅沢なひと時を過ごせることでしょう。

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 ちょうどベッドメイク中の部屋をのぞかせてもらいました。スタッフの話によると、この新館がVilla Suitで一番高い部屋とのこと。
 3ベッドルームで1泊通常13000バーツ(約39000円、税サ別)だそうです。メゾネット形式というのでしょうか、室内は3階建てになっています。1階が広いリビングダイニングになっていて、2階以上が寝室や浴室です。大家族や3組までのグループがゆったりと過ごせるスペースです。キッチン付きなので食事も作れますし、別荘感覚で過ごせる長期の滞在にピッタリの部屋といった感じです。宿泊料もみんなで割り勘にしたら、それほど高いとはいえません。

 このVilla Suit以外にもホテル本館の部屋(3600バーツ)から2ベッドルームのHouse Suit(7000バーツ)など、
人数と予算に応じた部屋が数タイプ用意されています。また、季節によっては格安なプロポーション価格もあるようです。
 機会があれば、こんな静かなリゾートにしばらく滞在したいものですね。


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January 11, 2007

№584 07年 団塊の世代 定年を迎える その2

      天草灘の夕景
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その2
 全国各地の「団塊世代の争奪戦」はとっくに火ぶたが切られている。島根、北海道、秋田などなど。背景には農山村部の深刻な過疎化と高齢化がある。全国の就農者の半分以上が65歳以上で、主力は70代だ。

 都会で生活していた人が移り住んでくれることは、地方の人にとって大きな刺激にもなる。移住者が持つ都会の消費情報が、農産物の産地間競争を生き抜くヒントになるからだ。それが地方の再生・活性化につながってくる。
 幸い団塊の世代の田舎志向は非常に強い。都市住民対象のアンケートでは、4割の人が「定年後はふるさと暮らしをしたい」と答えた。
 しかし、都会育ちのサラリーマンが「晴耕雨読」の夢だけでゼロから農業を始めるのは非常に難しい。甘い気持ちを捨て、一流のプロ農家を目指す覚悟で準備し勉強することが必要だ。

 戦後の高度成長を担ってきた団塊の世代は今、田舎に移り住み、新たに地方の農業と日本の「食」の再生の担い手となることを期待されている。団塊の世代にはリタイアはないのかもしれない。

 現在、耕作が放棄されている農地は38万ヘクタール。中国・四国の全耕作地に匹敵するといいます。それほど農山村部では過疎化が進み、農業の担い手がいないのです。ましてや人口減少時代に入った日本社会です。そのため、地方それも農山村部の過疎化は、一層拍車がかかりそうです。日本を象徴する美しい里山の景色や自然も少なくなっていくのでしょうか。
 そこで脚光を浴びているのが、団塊の世代という訳です。人口減に悩む農村に中高年を移住させ、農業の復興と地方の再生を図ろうとする「団塊世代『100万人農村移住』大作戦」という国民運動もあるそうです。
 団塊の世代が、農業に限らず地域社会の主要なメンバーとして、地方を活性化させる一翼を担っていくことができるのなら、これから迎える超高齢化社会は、豊かで成熟した社会になると思うのですが。

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January 10, 2007

№583 07年 団塊の世代 定年を迎える

   原城址から雲仙岳を望む
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 今年2007年、いよいよ団塊の世代が定年退職を迎え始めます。新聞やテレビなども「団塊の世代」の特集を組むことが、一層多くなってきました。
 05年から人口減少時代に突入した日本社会です。団塊の世代がリタイアし始めると現役世代が減少すると同時に、近年の少子化と相俟って本格的な超高齢化社会へとシフトしていくことになります。集団である同世代の動向が、これまでもそうであったようにこれからも大きな影響力を持っているのです。その意味で、団塊の世代が定年後どのような生き方をしていくかについて、引き続き注目していきたいと思います。

 さて、朝日新聞が発行する「NEXT‐AGE」(06VOL.5)に「めざせ 定年ファーマー!『団塊さん、いらっしゃい』争奪戦」という記事が特集されました。

 「快汗農業!」「北の大地で自分探しを」「空と土の間で生きるという選択」― こんな誘いのキャッチフレーズで、07年からリタイアが始まる700万人の団塊の世代を狙っている。人口減にあえぐ全国の市町村が、人材として丸ごと求めているのだ。
 
 農水省は07年から、その名も「人生二毛作」事業を始める。定年退職した団塊の世代に第2の人生として農業を勧め、過疎が進む農山村に移住させようという計画だ。
 具体的には、次の3段階の作戦を取る。
① まず農業に関心を持ってもらうため、田舎暮らし体験ツアーや、通いながら野菜作りをする市民農園への参加を勧める。
② 住宅付きで、週末だけ農村に泊まる滞在型市民農園へステップアップ。
③ 独立して営農するか、農業法人で働くかの道を選択、農業者として農山村に住み着いてもらう。
 
 市民農園や空き家・遊休農地の情報提供をしたり、住む家や耕す農地を市町村が貸したり、農機具の購入費を助成したり、農業技術を学ぶ帰農塾や就農準備校を各地に作ったり・・・・・と至れり尽くせりの政策を用意している。

つづく

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January 09, 2007

№582 タイ風のお粥

      タイ風お粥のセット
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 正月にお酒やご馳走を食べ過ぎたお腹を七草粥でさっぱりさせて、今週から仕事も本格的になる頃かと思います。そこで今日は、 「タイ風のお粥」の話題です。
 
 ドンムアン空港の国内線ターミナル。チェンマイへ移動する時、午後の便を利用することが多いので、チェックインを済ませた後、ここでランチを食べることになります。タイ料理や日本料理のレストランもありますが、中華やタイ風のお粥をメインにしたファーストフード風のお店がありました。

 日本でもお馴染みの中華粥はともかく、タイ風のお粥は珍しいので、食べてみることにしました。単品もあるのですが、シーフードのお粥にシュウマイとコーラなどのソフトドリンクが付いた「お粥セット」を注文しました。129バーツ(約400円)です。
 中華粥のようにしっかり煮込むタイプではなく、さっぱりした雑炊といった感じです。エビなどのシーフードにネギやパクチーなどの薬味がたっぷりと入っていて、あっさりしています。パクチー大好き人間のわたしにとっては、好みの味です。時々シュウマイをつまんでは、お粥を食べます。タイ風お粥も悪くありません。完食です。

 新空港に移ってから飛行機の時刻表が変更になっているとは思いますが、これまでのTG112便(13:15発)ではランチに軽食が出ていましたので、お昼にはお粥くらいがちょうどよいボリュームかもしれません。
 まだスワンナプーム新空港は利用していませんが、今度はどんな美味しいランチが食べられるのか楽しみです。

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January 06, 2007

№581 沖縄 移住ツアー人気 その2

      石垣島の川平湾
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その2
 国内移住の希望地として、人気の高い沖縄です。光の部分があるとしたら、反対に影の部分もあるものです。
その影の部分ともいえる記事が、06年12月29日の西日本新聞に「南の楽園厳しい現実」という記事が載りました。

 「沖縄県・石垣島にあるハローワークが求職者の出身地を調査した結果、県外出身者が約4割に上ることが分かった。夢を追って移住した人たちが、ハローワークに通う状況が浮き彫りになったといえそうだ」。
 近年、沖縄県が映画「涙そうそう」やテレビ「Dr.コトー診療所」などのロケ地になり注目されている。同ハローワークは「テレビや映画にひかれて移住した人が、職を求めているのでは」と分析している。
 
 06年8月から10月に、同ハローワークを訪れた新規求職申込者636人に調査し、541人から回答があった。
調査によると、約4割に当たる210人が県外出身者だった。東京都出身が31人と最も多く、大阪は18人。神奈川、埼玉、北海道などを含め、計37都道府県に及んだ。
 県外出身者の年齢は20代と30代が多く、団塊の世代は少なかった。

 これほど多くの県外出身者がハローワークに通っているという事実は、沖縄の美しい自然にひかれて移住したものの、「低所得」という厳しい現実に直面しているようです。もちろんハローワークへの求人をするのは若者中心なのでしょうが、中年世代も少なからずいると思われます。
 ライフサイクルの多様化に伴って、国内移住は若者からシニアまで幅広く拡大しつつあるようです。さらに、今年から定年を迎え始める団塊の世代が、これに加わってきます。
 国内移住でも海外のロングステイでも、憧れだけではなく、きちんとした生活設計も不可欠だということをこの記事から教えられます。

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January 05, 2007

№580 沖縄 移住ツアー人気

    竹富島の美しい家並み
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 06年12月28日の朝日新聞の記事からです。

 沖縄県に住んでみたいという県外からの移住希望者を対象とした「沖縄移住下見ツアー」が人気を集めている。南国の島に「楽園」のイメージを求める人々。
 しかし、極端に家賃が安いと思うなど、誤った期待を抱く人も目立つ。関係者からは「移住を望むなら現実をしっかり見つめて」という声も上がる。

 下見ツアーには、神奈川や大阪、名古屋から参加があった。米軍基地や海を見ながら一戸建て用の土地、マンション、介護付き有料老人ホームを貸し切りバスで回った。ツアーは、沖縄ブームを受けて、移住希望者が増えたことが背景。住みたいが沖縄をよく知らない人が多く参加しているという。
 企画したツアーセンターの與那覇社長は「移住者も地元に溶け込み、関わりをもって生きることが大切」と話す。「きちんと知識を得て、楽しく住んで欲しい」。

 沖縄県の統計によると、05年に県内に住民票を移転した人は2002人。98年から増加し続けているという。民間の「沖縄移住支援センター」の阿部代表によると、 「月10万円での生活」や楽園のイメージなどと、実情を勘違いしている人が多いという。「無料の一戸建てを空港周辺で」「那覇周辺で新築を3万円で」。こんな無理な問い合わせもある。
 阿部代表は「多くの人が間違った情報で訪れている。助け合いの精神は強いし、自然は豊かだが、美しい海を見慣れたら、残るのは低所得。お金を選ぶか、環境や県民性のゆとりを選ぶかだと思う」と話している。

 ツアーの参加者は20代の独身女性から、定年後の60代のシニア夫婦まで様々です。国内移住の人気ランキングでも沖縄は1位だったと思いますが、それでも正しい情報が行き渡っていないようです。海外に至ってはことさらでしょう。理想と現実とのギャップはどこにでもあるものですが、国内の移住についても例外ではありません。
 問題は沖縄に住んで何を求めるのか、何をしたいのかということに行き当たるのではないのでしょうか。記事でも言っているように、『美しい海を見慣れたら、残るのは低所得』というのでは、何のために沖縄に移り住んだのか分かりません。 「低所得でも自分の求める何か」が、そこにあるのかが大切なことなのです。
 またシニアにとっては、第二の人生を地元社会に溶け込んで暮らしていけるかが大きな課題と言えるでしょう。
   
つづく

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January 03, 2007

№579 2007年は象年?

   チェンライのワット・プラケオ
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 仏教国タイにも干支があります。古代中国から生まれた干支は、日本だけでなくアジア各国に広まったのです。

 暦注の多くは陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)という古代中国の思想や易から発生し、月日に当てられるようになったもので、その大きな柱となるものが干支です。干支(えと)は、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)の組み合わせです。
 十干はもともと、甲、乙、丙、丁…と、日を順に10日のまとまりで数えるための呼び名(符号)でした。10日ごとに、「一旬(いちじゅん)」と呼び、3つの旬(上旬、中旬、下旬)で一ヶ月になるため、広く使われていました。
 一方、十二支は、もともと12ヶ月の順を表わす呼び名でしたが、やがてこれらに12種の動物を当てはめるようになったものです。
 (国立国会図書館HPより)

 今年は、十二支の12番目、亥(いのしし)年ですが、タイ北部では亥の代わりに「象」になるというのです。チェンライのワット・プラケオを訪れた時に、ガイドのソンブーンさんに教えてもらいました。
 インターネットでも調べてみました。12番目が象で、最後がいのししというのもありましたが、これでは十二支にならず暦がずれてしまいます。両方を描いている寺院もあるようですから、タイ北部では「象」、その他の地域では「亥」と異なっていたり、並存したりいるのでしょうか?

 ご存知のとおり、タイの国の動物は“チャーン・タイ”(タイ象)です。 “チャーン・タイ”が国の動物に選定されたのは、チャーン・タイがタイの歴史・風習と深く関わり寿命が長く、また、昔から平穏な時も戦いの折でも、ひとつの移動手段としてタイ人の生活と密接な結び付きを持ってきたからです。
 (タイ国政府観光庁HPより)

 ちなみにベトナムの十二支は、ウサギの代わりに「猫」が、カンボジアには、タツの代わりに「コブラ」が入るそうですから、十二支が異なるのは、タイばかりではないようです。
 「象年」というのもなかなかいいですね。今度北タイを訪問した時には、「象年」を象徴するものがないか注目したいと思います。


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January 02, 2007

№578 バンコクで同時爆弾テロ

     バンコクの中心街
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 大晦日の31日、バンコクで同時爆弾テロがあったというニュースを、元旦に聞いてびっくりしました。新年早々ですが、バンコクでロングステイなさっている皆様に、お見舞い申し上げます。
 これまでバンコクでは爆弾テロはなかっただけに、少なからずショックを受けているのは、わたしだけではないと思います。

 バンコク発の共同通信からです。
 タイの首都バンコクで、31日午後6時頃、市中心部の戦勝記念塔広場や交番など7ヶ所で次々に爆発物が爆発、3人が死亡し少なくとも20人以上が重軽傷を負った。同時多発テロとみられる。
 犯行声明は出ていないが、バンコクの副知事は新年の祝賀行事をすべて中止すると発表した。日本の有名デパートが並んだ市内中心部の一角では、同日夜、新年を迎えるカウントダウンが行なわれる予定だっかが、中止となったという。

 テレビのニュースでも言っていましたが、タイ南部ではイスラム武装勢力による爆弾テロが頻発していますが、
バンコクでのテロはほとんど前例がありません。06年9月のクーデターで政権を降りたタクシン前首相の支持者によるテロの可能性もあると報道していました。

 今回の爆弾テロは、戦勝記念塔広場やクロントイ市場など、多くの市民や観光客が訪れる場所で発生しています。それだけに市民生活に対する不安や影響は大きいものがあります。
 ちょうど正月休みをバンコクで過ごしている日本人観光客も多い時期ですから、今後のタイの観光やロングステイに影を落とさなければよいのですが。

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January 01, 2007

№577 謹賀新年

    太宰府天満宮の飛梅
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 新年明けましておめでとうございます
 旧年中は、ブログをご愛読いただきまして、ありがとうございます。
 深く感謝しております。
 本年も引き続きご愛読の程、よろしくお願い申し上げます。

 穏やかに2007年を迎え、お正月をゆっくりと過ごされていることと思います。05年の12月が厳しい寒さでしたので、今年は比較的暖かい年の瀬でした。
 タイでロングステイしている方は、どのようなお正月を迎えていらっしゃるのでしょうか。タイの正月といえば、4月のソンクランを指しますが、チェンマイでは、大晦日の夜に旧市街のターペー門でカウントダウンして新年を迎えるそうです。今年も賑わったのでしょうね。

 さて2007年といえば、いよいよ「団塊の世代」が定年を迎え始める年です。団塊の世代がリタイアし始めることで、少子高齢社会にさらに拍車がかかることになります。現役世代が減少し、支える側から支えられる側の人口が増加することで、年金制度をはじめとして医療・介護など、日本の社会保障制度が大きく変化し始めることも意味しています。

 先ほど厚生労働省が公表した「日本の将来人口推計」によると、2055年には、日本の総人口は1億人を大きく割りこんで8993万人、65歳以上の高齢化率は39.6%とダントツの世界一だそうです。「人口減少と高齢化」が同時に、そして急速に進展するのです。それに伴って、日本社会の現在の制度や仕組みが適応しなくなり、新たなシステムを再構築しないといけません。

 もちろん個人の生活やライフスタイルも大きく変化し、多様化していくことでしょう。さらに海外移住やロングステイを希望するシニアの増加が予想されます。その先駆者が「団塊の世代」、しばらくはこの人たちの定年後の動向を注視していきたいと思います。 

 大きな変動のスタートの年、それが2007年なのかもしれません。

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