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July 30, 2007

№705 アプサラ・ダンスショーのレストラン その2

    優美なアプサラの踊り
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その2
 次第にレストランのテーブルは団体観光客で埋まっていきます。日本人はじめ韓国人に中国人などのアジア系、フランス人を中心にヨーロッパ系のお客さんも大勢です。わたしの隣の席に座ったドイツ人のシニア夫婦、珍しそうにカンボジア料理を食べていますが、あまり口に合わないのか食が細いのか、その大柄な体格ほど食が進みません。
 しばらくして何種類かのフルーツをお皿に取ってきたご主人。その内のミニバナナを口にした途端、驚きの声を上げました。もちろんドイツ語なのでよくは分かりませんが、きっとこうこう言ったはずです。 「こりゃ、食えないぞ、造り物だ!」。目の前の奥さんもびっくりすると同時に大笑い。「あなた、歯は折れなかった?」と言ったのではないでしょうか。ご主人もそれにつられて笑い出しました。いくらドイツ語を理解できなくても、隣で見てればそれはすぐ気づきます。こちらも思わず笑ってしまい、笑いを堪えるのに一苦労です。後からフルーツ・コーナーを見に行ってみると。やはり置物のバナナの房から1本だけ無くなっていて、留めてあった針金が飛び出しています。一体どんな力で、もいできたのでしょうか。なかなか取れなかったと思うのですが・・・

 そんなハプニングもあり、お腹も一杯になった頃、そろそろ「アプサラ・ダンス」ショーの時間です。 「アプサラ」とは“天女”を意味し、その姿はアンコール遺跡の各所にレリーフとして見ることができます。クメール文化の美の象徴である「アプサラ」を舞踊にして、神々に捧げたのが「アプサラの舞」で、海水の泡から生まれた水の精「アプサラ」が、天女となって花園に舞い遊ぶという優雅な踊りです。
 クメール舞踊の起源は9世紀にまで遡りますが、ジャワ島のヒンドゥー文化に影響を受け、さらにインド文化がそのルーツだと言われています。15世紀、アンコール王朝がタイに滅ぼされた際に宮廷舞踊団がタイへと連れ去られ、アユタヤ朝の娯楽になったそうです。70年代のカンボジア内戦によって、踊りの先生や踊り子の90%が処刑されてしまい、存続が危ぶまれた「アプサラ・ダンス」ですが、辛うじて生き残った数人の先生たちによって復活したとのこと。

 カンボジアの木琴ロニアット・アエック(タイの舟形をした打楽器「ラナート」と同じもの?)を中心とした伝統楽器が演奏する音楽に乗って、美しい衣装をまとった踊り子たちが踊ります。ショーは「ココナッツ・ダンス」に始まり、「漁師の踊り」「猿と馬の踊り」「カスタネットを使った男女の踊り」、そして「アプサラの舞」などの演目で、クメールの伝統文化に触れられた時間でした。もちろんタイ舞踊と似ていてその違いはよく分かりませんが、やはり優美な「アプサラの舞」には魅了されます。細かな手の動きなどステージの目の前で鑑賞できて幸いでした。
 1時間のショーが終演し、満ち足りた気分のまま「ジャスミン・アンコール」レストランを後にして夜の街へ。特に当てもなくお洒落な飲み屋街「バーストリート」や賑やかな屋台をのぞきながらぶらぶらと。こうしてシェムリアップ滞在2日目の夜が更けていきます。

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July 29, 2007

№704 アプサラ・ダンスショーのレストラン

   レストラン内のステージで
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 アンコール・ワット観光をした後、夜はクメールの宮廷舞踊「アプサラ・ダンス」のショーを観ながらディナーというのが、定番のコースです。シェムリアップ市内のレストランやホテルでは、毎晩のようにダンスショーが行われていて、ビュッフェ・ディナーをいただきながら「アプサラ・ダンス」を楽しむことができます。
 初めてのカンボジア、一度は観なければと旅行会社の現地ツアーに申し込むことにしました。アンコール・ワット観光ツアーに参加した特典で、料金は5米ドル(通常は10米ドル)と格安です。ビュッフェ・ディナーにダンスショーが付いて、この料金ですから利用しない手はありません。

 案内されたのは、「ジャスミン・アンコール」というレストラン。市内では唯一の24時間営業で、中央奥のステージを中心に、200人は収容できそうな大きなレストランです。前から2番目の座席に通されました、ステージはすぐ目の前です。ラッキー!
 ダンスショーが始まるのは19時30分、それまでの約1時間近くが食事タイム。50種類はあろうかというビュッフェ・スタイルのカンボジア料理をいただきます。魚や野菜のフライにカンボジア風焼き鳥、それに空心菜炒めをはじめ、とにかく野菜を中心にしっかりと、味もなかなかです。細めんのビーフンもさっぱり味でいけます。昼間の観光で消耗したせいか、食が進みます。短期間の滞在ですから、できるだけ色々な種類の料理を少しずつお皿に取ることにします。
 他にはタイでも売っている焼きバナナ、甘すぎず意外に美味しかったのですが、その場で作ってくれるソムタムはナンプラーが効き過ぎているためか塩辛くて残念でした。

 ビュッフェなのでデザートも普段食べない「亀ゼリー」のような真っ黒いゼリーに挑戦、何事も経験です。予想通り色と同じく炭のような味がします。後でガイドブックを調べてみると「漢方の仙草ゼリー」らしいことが分かりました。あまり漢方臭くないとありますが、少しにしておいた方が正解と言っておきましょう。
 人気があったのは、ミルクのアイスキャンデーです。氷を入れた金属製の製造機にミルクと木の棒を差し込んだ小さな容器を並べてアイスキャンデーを作るというもの。子どもの頃に食べた昔懐かしい味がします。
 別注文のビールは、久しぶりにシンガポールの代表的なブランド「タイガービール(3.5米ドル)」を飲んでみましたが、カンボジアの「アンコール」の方がホップが効いていてわたし好みの味です。

つづく

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July 27, 2007

№703 脱出する英国人

 カンボジア、バンテアイ・スレイ遺跡
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 07年7月6日の朝日新聞に、ゆとりを求め海外移住する英国人が急増しているという記事が載っていました。

 欧州で経済が最も好調な国のひとつの英国を捨て、海外に移り住む人が急増している。「第二の人生」に踏み出した退職者だけではない。競争社会に嫌気がさし、ゆとりのある「スローライフ」を求める中間層の流出が目立つ。

 ロンドンで3月末、英国人に海外不動産を売り込む大規模な見本市が開催され、3日間で2万人以上が訪れた。トラブル増加を懸念する英外務省が職員を派遣し、ビザの種類、医療や年金といった社会保障制度や税制の違いなど、移住先での暮らしに必要な情報を提供した。
 主催者が来場を期待しているのは持ち家があって、年収3万~5万ポンド(約750万~1250万円)の層。「収入の割りに生活の質を実感できない人たちが増えている」という。昨年6月の世論調査では、英国を出たい理由として「生活の質」が37%で最多。次いで「気候」32%、「高い生活費」24%だった。 
 政界は世論の動きに敏感だ。与党労働党は、生活の質の向上が中間層の支持をつなぎ留めるカギとみて「幸福度」を示す指標の開発を目標に掲げる。最大野党の保守党も「国内総生産(GDP)」だけでなく、人々の幸せを追求する時が来た」(キャメロン党首)。

 英国の代表的なシンクタンク、公共政策研究所(IPPR)が今年まとめた報告書「海外の英国人」によると、国外に定住している英国人は推定約550万人。1年のうち数ヶ月を国外で過ごす約50万人を加えると、人口6千万人の10人に1人が「脱出組」になる。 
 特徴的なのは、移住先が世界中に散らばっていることだ。報告書によると、1万人以上の英国人が暮らす国は41カ国で、欧州諸国でも飛び抜けている。退職世代はスペインをはじめビザが要らない欧州連合(EU)域内をめざし、働き盛りはオーストラリア、米国、カナダへの移住が目立つ。政府統計では、05年に海外に移り住んだ英国人は19万8千人。移住者から帰国者を引いた流出数は10万7千人で、5年前の5万7千人に比べ倍増した。第2次大戦直後の生活苦を逃れるための移住ブーム以来、最大規模とされる。移住者の約1割は不動産を購入するという。EUの東欧拡大にも刺激され、西欧に比べ安いブルガリアやルーマニアの物件も人気が出ている。
 IPPRは好景気が続く限り、毎年10万人前後が流出、移住熱は今後5年は衰えそうにないとみる。 「今回は英国の不動産価格の高騰と強いポンドが、生活の質を求める富裕層や中間層の背中を押したのではないか」と分析している(以上記事から)。

 米経営コンサルタント会社が発表した2007年の世界主要都市の生活費番付で、モスクワに次いで2位にランクされるロンドンです(ちなみに東京は前年の3位から4位に)。生活費の高いロンドンでは収入の割りに「生活の質」を実感できない人たちが、海外移住を目指しているといいます。持ち家がある人たちは、高騰する不動産市場を背景に自宅を売却したり、賃貸にしてその家賃収入で海外の滞在費を賄っているようです。それにしても全人口の10分の1もの国民が、それも富裕層を中心に海外に流出することは、英国内の空洞化につながることにもなり、ある意味異常な状況ともいえます。

 一方、戦後最長の経済成長が続いているといっても「生活の質」を実感できないのは日本とて同じことですが、事情は大きく異なります。正規雇用を減らして人件費などのコストをカットしたり、超低金利の恩恵を受けたりして好決算を計上する企業とは異なり、国民の多くは所得は増えず、その豊かさを実感できないどころか、逆に社会格差が開きつつあります。そして最近の円安です、海外での生活費も決して安くないとなれば、ロングステイに対するハードルやリスクも高まります。英国とは対照的です。
 しかしお金で買える、あるいは充足できるとは限らない「生活の質」、つまり自分にとっての「幸福度」について、もう一度見直してみる必要があると考えさせられる記事でした。

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July 25, 2007

№702 日本人入国者減少

   スワンナプーム空港に到着
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 タイのニュースをインターネットで検索していると、 「訪タイ外国人 日本減少・ロシア急増」という記事が目に留まりました。

 2007年1~5月にバンコクのスワンナプーム国際空港からタイに入国した外国人は、前年同期比2.7%増の414.4万人だった。
 東アジアからは、日本(4.6%減、46.1万人)、中国(21.7%減、30.8万人)、シンガポール(13.2%減、15.1万人)などが前年割れとなり、6.2%減の189万人。
 ヨーロッパからは、フランス(28.8%増、13.4万人)、スウェーデン(18.2%増、10.3万人)、ロシア(40.1%増、9.7万人)が急増したほか、全体で12.8%増の128.4万人に伸びた。ロシアからは短期訪問のビザ免除で避寒客が増えた。
 中東からは23.6%増、14.9万人、米国人は3.1%減、23.7万人、インド人は14.3%増、19.2万人、オーストラリア人は19.4%増の17万人だった。

 ユーロ高のヨーロッパや経済成長が続くロシアなどが増加するなか、日本はじめアジア各国が数を減らしています。そこで2006年の状況を調べてみると、
 タイ観光庁(TAT)によると、06年にタイを訪れた外国人旅行者は前年比20%増の1382.2万人だった。05年の旅行者数がインド洋大津波の影響で落ち込んだ反動で大きく伸びた。
 国・地域別で最も多かったのはマレーシアで15.8%増の159.1万人。次いで日本が9.6%増131.2万人、韓国33.9%増109.3万人、中国22.2%増94.9万人。
 欧州では英国が9.9%増の85.1万人と最多。次いでドイツ16.9%増51.7万人、フランス16.1%増32.1万人、スウェーデン37.3%増30.6万人だった。米国は8.5%増の69.4万人、オーストラリア28.2%増55万人、インド20.5%増46万人。ロシアは82.6%増の18.8万人と急伸した。

 2006年は堅調だった日本は、今年に入って減少していることが分かります。さらに、このような記事も。
 不動産大手の米CBリチャードエリスによると、タイの引退者向け長期滞在ビザ(ロングステイビザ)の取得者は2004年が7890人、05年が1万673人だった。06年1~7月は1万2092人で、中国人が2217人と最多。以下米国2098人、英国1265人、ドイツ1185人、日本802人だった。 
 ロングステイビザの申請者はその数を順調に伸ばしているようですが、日本人は少なくて中国人の半分にも満たないとは意外です。この記事では国ごとの増減は分かりませんが、入国者数と同様に日本人の取得数が減少しているかもしれません。その理由は、最近の円安・バーツ高です。

 7月20日現在、為替レートは1バーツ=4.22円と一気に4円を超え、バーツ高の勢いはまだまだ衰える気配を見せていません。急激なバーツ高はタイへの観光客だけでなく、現地に滞在するロングステイヤーの生活も直撃しています。生活費は安いと言えなくなってきたタイでのロングステイを諦めて帰国したり、計画を見送る人も出始めていると聞きます。
 タイ政府は個人のドル預金口座解禁など財界団体の提案によるバーツ高対策を発表していますが、どこまで効果が上がるのか、バーツの為替レートの動向が気になる毎日です。

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July 23, 2007

№701 伸縮する湖トンレサップ その3

      水上家屋の集落
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その3
 河口を出ると土色の川の水が、植物性プランクトン色でしょうか薄緑がかった水へと変わっていきます。河口から湖岸に近い水上には、たくさんの水上家屋があちらこちらに浮かんでいます。あるエリアに集中していますが、一定の距離をおいて波もなく静かな湖面に浮いています。筏の上に造られたもの、双胴船のような構造のもの、ドラム缶を周りに抱えているものとそれぞれですが、どの水上家屋も質素というより粗末な造りです。嵐でも来たらひとたまりもないでしょう。
 水上家屋の合間を縫って近くから見ると、普通の民家では魚の生簀があったりアヒルを飼っていたりしていますし、薬屋さんに飲み水屋さん、ガソリンスタンドなどもあります。1軒1軒は離れていても一つの町として機能していることが分かります。乾季が進んでもっと水が引くと、この辺り一帯も陸地になるとか。そうすると町全体がさらに沖合いに移動するわけです。
 ソープアンさんによると、水上生活者のほとんどがベトナム人とのこと、その数約10万人とか。ベトナムから密入国した人もいるでしょうから、戸籍もないのかもしれません。まさに“漂う人たち”です。

 “湖上の町”を抜けて、沖合いへ。最大で琵琶湖の10倍もの面積になり、平均でもカンボジア国土の7%を占めるという広大な湖です。ただ薄ぼんやりと水平線が見えるばかりで、逆光のため灰色の水と霞んだ空との境目がはっきりしません。沖合いで漁をしている漁船の黒いシルエットで、かろうじてその辺りが水平線だと分かります。エンジンを停めて漂いながら、この豊饒な湖の穏やかな表情をしばらく眺めていました。

 クルーズでは水上カフェに立ち寄ります。カフェといってもお土産屋さんといった風情で、コーラやジュースを売っているといったところです。店内には漁具やトンレサップ湖に生息する魚類の図鑑が展示されていて興味を惹かれます。水槽では「プレイ・ドンムレイ」というカサゴに似た淡水魚が泳いでいます。「象の魚」という意味のこの魚、人間が醜い魚に変えられたという悲しい伝説があるのだとか。大きな鯰が生簀で飼われていますし、ワニも皮革用に養殖されています。
 階段を登った屋上は展望台になっていて、ここから広大な湖や水上家屋の集落の全景も見渡せます。1階の庇の上では、お土産品や料理として出すのでしょうか、自家製のエビや魚の日干しが作られていました。

   湖に曳かれて行く水上家屋
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 元来た川を戻る途中、さらにトンレサップ湖が小さくなるのに備えてでしょうか、水上生活者の家が小船に湖に向かって曳かれて行きます。2月末、まだ家の正面には中国正月の祝いの札や紙が貼ってあります。雨季と乾季トンレサップ湖の伸縮に伴い、毎年こうやって水上を家を移動していく姿に人々の生活の営みを実感しました。
 アンコール遺跡群を巡る乾燥した大地から、水に親しんだ1時間あまりのクルーズ。その対照が面白いのですが、それだけトンレサップ湖がカンボジアの人々の生活を支える「命の湖」ともいえるでしょう。

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July 21, 2007

№700 伸縮する湖トンレサップ その2

   小さなクルーズ船と船頭さん
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その2
 まもなく、道路を左に折れて未舗装路へ。途端にあの赤い土ぼこりが舞上がり、道沿いの粗末な家々が赤土色に塗れています。これらの家々は水田で稲作をする農家や湖で漁業を営む漁師さんたちの家とのこと。雨季には水没するでしょうから、家も移動するのか、乾季だけの仮住まいなのかもしれません。粗末な家でも屋根にアンテナが立っていて、バッテリー電源でテレビを見ている人もいますし、軒先の日陰で昼寝したり近所の人たちと談笑したり、暑い午後を思い思いに過ごしています。
 乾季で湖が縮小しているので、クルーズ船の船着場はまだ先、赤い色の道が続きます。周辺には潅木が生い茂っていて、雨季にはここが湖底に沈んでいるとは、想像しにくい景色です。

 水揚げした魚を売買する小さな市場が見えてきた辺りから、観光客を乗せてきた車やバスが駐車していますので船着場が近いことが分かります。多くの車がつかえて前に進めなくなり、ここで車を降りて船着場まで歩きます。1週間前にここに来たソープアンさん「船着場が先週よりも、もっと遠くなっています」。そうです、まだまだ湖が小さくなり続けているのです。
 船着場といってもそこはまだ湖岸ではなく川岸で、大小さまざまの観光船が川岸に繋がれていて、その中でも一番小さそうな8人乗りの木造船に乗り込みます。小さくても私ひとりの貸切ボートです。船首部分の左側に車と同じハンドル式の舵が付いていてここで操船します。船頭さんがエンジンを始動させ、東南アジア最大のトンレサップ湖のクルーズに出発です。

   係留されている体育館船
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 水量が少なく土色に濁った川を下ります。船底やスクリューが接触してしまいそうなくらい水深が浅そうです。同じように湖に向かうクルーズ船、漁を終えて戻ってくる漁船が狭い川をすれ違うこともあって低速で進みます。川に入って泳いだり小魚を採る子どもたちの姿も見受けられます。
 途中、病院、小学校、中学校などがありますが、すべて船上に建造されている移動式のもので川岸に係留されています。これらはトンレサップ湖に住む水上生活者やその子どもたちのための施設なのです。各国政府や国際機関の援助で建造されたものが多く、赤い外観で2階が体育館になっている船は、日本政府の援助によるものとのこと。バスケットボール場の船は、曳かれて下流へと移動していました。
 川を下ること約15分、次第に視界が開けてきて、いよいよトンレサップ湖が見えてきました。

つづく

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July 19, 2007

№699 伸縮する湖トンレサップ

   雨季になるとこの水田も湖に
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 東南アジア最大の湖「トンレサップ湖」。カンボジアの中央部に位置し、約300種類もの淡水魚が生息していて、人々に豊かな湖の恵みをもたらしています。漁業が盛んでオールド・マーケットに行くとトンレサップ湖で採れた魚が売られていて、その豊かさを窺うことができます。カンボジアで魚といえば、大半はここの淡水魚を指すでしょうし、小魚からはナンプラー(魚醤)が作られることで有名です。また雨季にはメコン川の水が逆流して流れ込んで、湖の面積が乾季の数倍にも膨れ上がり、伸縮する湖としても知られています。

 現地のクロマーツアーの観光コースでトンレサップ湖クルーズに出かけました。午前中はバンテアイ・スレイなどの遺跡を見学し、ランチを挟んでトンレサップ湖行きです。シェムリアップ市内から南に車で30分くらい。2月末、乾季のこの時期は湖が小さくなっていますので、クルーズ船の発着場がある湖岸まではかなり距離があるとのこと。
 オールドマーケットから一路南を目指し、シェムリアップ川沿いの道路を抜けていきます。シェムリアップ川は緑色に濁ってどんよりと流れがなく、川沿いにはバラックの粗末な家が並んでいます。道路の反対側は住宅地になっていて、小ぎれいな家も見えますが、ほとんどは高床式の庶民的な家々です。

 郊外に出てしばらく走ると、緑の田んぼが見えてきました。見渡す限り、稲の緑が美しい水田が広がっています。ジャングルの深い緑とは異なり、瑞々しい緑色です。シェムリアップに来て一番美しい景色と言ってもいいでしょう。その美しさから肥沃な土地だということがすぐに分かります。
 ガイドのソープアンさんが「雨季が終わった11月頃、湖が最も大きくなり、この辺りが湖岸です」と説明してくれました。乾季に干上がって栄養分がたっぷり堆積した土地は、豊かな水田となるのです。他の土地では水が少ない乾季には稲作が行われていませんでしたので、雨季に水没してしまうこの一帯とでは、稲作の時期が反対ということになります。
 沿道には水上レストランがあちらこちらに建っています。広大な水田地帯に水上レストランもないだろうと場違いな風景なのですが、雨季にはここまで湖が広がってくるんだなという証明でもあります。

つづく

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July 17, 2007

№698 初めて眠れた深夜便 その2

     東シナ海上空にて
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その2
 周りの騒がしさで目が覚めました。すでに機内の照明が点けられ朝食の準備をしたり、通路は後部のトイレに行く人たちで混んでいます。時計を見ると6時45分、2時間半も眠っていたことになります。横になっていたので、これまでで一番よく眠れました。こんなに熟睡できるんだったら、深夜の帰国便の辛さも緩和されます。これで次回もバンコク・エアウェイズで決まりですね。でも乗客が少ないから横になれた訳で、搭乗率が悪くて運休にならないように願いたいものです。みなさん、少しは乗りましょうね。
 目が覚めて腕が痒いと思ったら、眠っている間に蚊に刺されていました。機内に紛れ込んでいたタイの蚊です。カンボジアだって一度も刺されなかったのに、帰国直前の機内でとは、何ということでしょう。予防接種をしていないので、ちょっと心配・・・ 

 GPSのモニター画面は、奄美大島近くの東シナ海上空を飛行中と表示しています。高度11300m、時速951km、あと1時間余りで福岡に到着です。窓のシェードを上げると、ちょうど日の出を迎えるところでした。雲海の彼方から日が昇り、空と雲を茜色に染めていきます。

 慌しく朝食が運ばれてきました。オムレツ、ハム、フライドポテトにトマト、ブロッコリーが付いています。パパイヤ、ザボンのフルーツやヨーグルトもあって悪くありません。夜食を食べてから4時間も経っていない割には、しっかりといただきました。
 飛行機は鹿児島から天草、長崎へのコースを進みます。九州上空は雲も切れ、霞んでいますがよく晴れていてます。天草辺りから高度を下げ始め、朝日を受けてキラキラと輝く有明海から、雲仙・島原半島が黒いシルエットのように浮かび上がっています。
  玄界灘の海岸線のシルエット
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 7時41分、唐津上空を通過。福岡空港まであと9分という表示です。玄海灘に浮かぶ島々や美しい海岸線を眺めながらのアプローチです。朝もやに包まれた沿岸一帯の景色は、地図の鳥瞰図をそのまま眺めている様です。博多湾からのヤフードームや福岡の街並みが、少し懐かしく感じられます。
 定刻より少し早めの7時56分に無事着陸。続いてホーチミンからのベトナム航空機が降りてきました。4時間40分間のフライトです、帰国便は早いですね。3月1日の早朝、快晴の福岡は春とはいえ冷え込んでいるようです。長袖の上着を羽織って、タラップを降りました。キンとした冷気が肺を満たす時、帰国したことを実感する瞬間です。

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July 16, 2007

№697 初めて眠れた深夜便

   福岡に到着した「Guilin」号
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 バンコクからの深夜便は、ほとんど眠れなくていつも辛いものです。せっかく早朝に帰国しても自宅で昼寝したりで、その日は何もできずに終わってしまいます。

 07年2月、初めてバンコク・エアウェイズに搭乗しました。帰国便はAM1:00発のPG815便です。バンコク市内からタクシーを飛ばしてスワンナプーム空港へ。チェックイン後、出国手続きを終えて同社のラウンジで休憩することにしました。時刻は11時10分、まだ1時間はゆっくりできます。無料のコーヒーを飲みながら、ラウンジ内のパソコンでメールチェック、ちょうどいい時間の過ごし方です。これまで出発待合室で疲れた体に眠気を覚えながらじっと待っていましたから、このラウンジは本当に助かります。
 12時を回って、洗面所で歯を磨き顔を洗い機内で眠られる準備を済ませて、そろそろ出発ゲートD1aへ。ラウンジの冷蔵庫に冷やしてあるミネラルウォーターを機内用にありがたく1本いただきました。

 出発ゲートから専用バスで駐機場へ。中小航空会社の同社の便のほとんどは、ボーディングブリッジから直接搭乗するのではなく、駐機場までバスで移動してタラップを登ります。機材はシェムリアップ・バンコク間で乗った「Guilin」号、就航地の中国・桂林の名前が付いています。同社にはエアバス320が3機しかないという事情もあって再搭乗になりました。
 ようやく機内に入ったのが0時55分、定刻より遅れそうです。最後尾から3番目のシート、乗客の中ではわたしが一番後ろの席です。タイ人の団体客が20~30人いますが、乗客は60人前後でしょうか。乗客が少ないせいか小さな機体はすぐに動き出し、1時15分には夜空へと離陸しました。

 アナウンスによると、福岡までの所要時間は4時間55分。往きより1時間も短い飛行時間です。離陸すると歯ブラシ、アイマスク、耳栓のセットが配られました。ビジネスクラスでは普通のことですが、エコノミークラスでは珍しいサービスです。
 続いて夜食にサンドイッチかピザのサーブです。サンドイッチとビールをもらいました。ビールは日本のスーパードライですが、何故かまずく感じられます。タイのビールに慣れてしまって、久しぶりの日本のビールが美味しくなかったのかもしれません。さらに少しでも眠れるようにジントニックを2杯もらって、早めに寝ることにしました。幸いわたしの隣には誰も座っていませんので、横の3席をベッド代わりに横になりました。タイ航空はいつも混んでいて満席に近いので、3席とも独占できるのは初めてのこと。横になれる幸せを実感します。

 窓から半月が見えます。夜空を見上げると、月明かりのせいで満天の星とまではいきませんが、多くの星が輝いています。高度が高く大気が薄いので、ほとんど瞬きません。眼下には絨毯のように敷き詰められた雲海が広がり、月光を浴びて青白く浮かんでいます。幻想的な光景です。
 時刻は日本時間で4時10分。窓のシェードを閉め、目を閉じることにしました。そしていつの間にか・・・

つづく

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July 14, 2007

№696 フルーツ屋台でマンゴー

  カラフルなフルーツが山積みに
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 シェムリアップ市内を貫く国道6号線沿いには、アンコールワット観光客向けの大型ホテルが並んでいて、その合間に宿泊客目当てのレストランやマッサージ店、安宿のゲストハウスなどが営業しています。中には露店や屋台もあちこちに見受けられます。

 シェムリアップ滞在の2日目の夜、カンボジアの伝統舞踊アプサラのディナーショーを観た帰り、国道沿いで夜遅くまで開いているフルーツ屋台をのぞいてみました。マンゴーにマンゴスチン、ランブータン、ドラゴンフルーツ、パイアップル、オレンジなど黄色、赤、緑、色とりどりの南国のフルーツが積まれています。
 裸電球に照らされた鮮やかなフルーツが暗い夜道に浮かび上がって、電燈に寄ってくる虫たちのように吸い寄せてられてきたお客さんたちで大繁盛です。やはりディナーショーの帰りでしょうか、大型の観光バスから降りてきたツアー客も珍しそうに寄ってきます。その大半は韓国人観光客で、試食用のマンゴスチンやタマリンドを食べては、大声の韓国語が飛び交い圧倒されます。彼らの一番人気はマンゴスチン、それにランブータンやドラゴンフルーツなどをビニール袋に詰めては大量に買っていきます。

 わたしの目当てはマンゴーです。カンボジア滞在2日目の夜だというのに、これまで食べたフルーツはパパイヤ、パイナップル、スイカというホテルの定番で、まだまともなフルーツを口にしていません。どうしてもマンゴーが食べたかったのです。
 団体ツアー客の嵐が去るのを待って、1個黄色くて大ぶりなものを選び量ってもらいました。3000リエル、約80円くらいです。食べやすいようにカットしてもらい、ホテルに持ち帰っていただきました。完熟ではないものの瑞々しくて美味しいマンゴーです。少し酸味もあってさっぱりとした甘みに、あー幸せ! わたしにとって南国のフルーツを食べる時が、東南アジアを実感する時でもあります。

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July 12, 2007

№695 バムルンラード病院の案内パンフ

ホテルのようなバムルンラードのロビー
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 「慣れない土地での生活や仕事のストレス、辛いタイ料理、暑さ― 。タイに住んでいると、いくら気をつけていても体調を崩しがちです。日本ならすぐに病院に行くのに、タイでは勝手が分からないために、ガマンしていませんか?
 健康こそ生活の基本。 『初めての海外暮らしで外国の病院に行くのも初めて。タイの病院って、一体どうなっているの?』というあなたの疑問にお答えします」
 これは、バンコクの私立総合病院「バムルンラード」の日本人向け案内パンフレットの表紙に書いてある文章です。このパンフの概要を紹介しましょう。

受付方法
 北館2階にある「日本人顧客サービス課」では、診察手続きや日本語通訳の手配、診察予約など、すべて日本語で対応してくれるため、言葉に自信がない方も安心して来院できます。通訳はタイ人14人。日本人1人。
 初診時にはパスポートか、加入している海外旅行保健証書が必要です。タイの大手私立病院では、ほとんどの保険会社の保険を取り扱っている。保険でカバーされる治療範囲は契約内容により異なるため、自分で保険会社に確認する必要がある。一般的に持病の治療、健康診断や予防接種、歯科、美容整形、出産関係などは保険適用外。
 自費なのか海外旅行保険や日本の健康保険を利用するのか、窓口ではっきり伝えると手続きがスムーズに進みます。受付、診察、支払い(処方薬の受け取り)という流れは日本と同じです。

診察時も日本語でOK
 英語もタイ語もできない、という方でも、診察時には日本語通訳が付くので安心です。
 日本語を話す医師もいますが、片言レベルから日本人と同レベルに日本語を話す医師まで様々です。

医療レベルとサービス
 タイの医療レベルは「特定の私立・国立病院の技術レベルは米国並み」と言われています。 
 日本の現制度では、保険適用外の治療(実費治療)と適用される治療との混合診療を禁じているため、最新の医療が受けにくい状況です。一方タイではそうした規制がないため、最新の医療機器を導入し、治療に使うことができます。
 また、優秀な医師が有名病院に集中していることから医師のこなす症例が多く、技術が高いことも利点です。
 患者向けのサービスも充実しています。院内に患者とその家族向けのサービスアパート「BHレジデンス」や「BHスーツ」を完備。さらに、入院などで入国管理局に出向くことのできない方やそのご家族のために「ビザ延長カウンター」でビザ延長の代行業務を行っています。

健康に過ごすために
 タイでは、下痢や発熱、嘔吐といった症状で来院する日本人が多いようです。体調を崩してしまったら病院に行くことが一番ですが、毎日を健康に過ごせるなら、それに越したことはありません。
 また、日本語が通じるとはいえ、タイの病院で日本とまったく同じ治療サービスを受けることができるとは限りません。この点をしっかり頭に入れておく必要があります。 
 無理をせず、バランスのよい食事と適度な運動、十分な睡眠をとり、健やかなタイ生活を送りましょう。


 4ページの簡単なパンフですが、分かりやすくまとめてあります。ホームページも世界各国の言語で書かれていますし、日本人始め外国人の患者の受け入れに積極的なことがうかがわれます。
 このパンフはタイ国政府観光庁に置いてあったものですが、同病院のホームページにも日本語の案内がありますので、参考にしてください。
 http://www.bumrungrad.com/thailand-hospital/htm/jp/main.asp

 また、このブログの「№644 医療は国境を越える」でも、バンコクの医療事情についての週刊東洋経済の記事を紹介しています。

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July 10, 2007

№694 不安材料は病気や言葉

   バリ島の美しいライステラス
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 07年6月30日の朝日新聞に海外ロングステイの特集記事が組まれていました。

 退職後の暮らし方として、海外で暮らす「ロングステイ」という滞在型の長期旅行が注目されています。日本よりも物価の安い海外で、部屋を借りて自炊するなどして生活費を抑えれば、お金をそんなに使わずに滞在することができます。近年、タイ、マレーシアをはじめ、アジアでロングステイする人が増えています。

 読者モニター2595人に海外に長期間滞在してみたいと思うかどうか尋ねたところ、希望する人(51%)とそうでない人(49%)がほぼ半分に分かれました(希望する人の中には「したことがある人」が6%もいらっしゃいます。決して少なくない数字です)。
 「はい」「滞在したことがある」の理由で多かったのは「自然を楽しみたい」(44%、複数回答)「気候のよいところで暮らしたい」(41%)と快適さを求める人が多く、「安く暮らせる」(19%)などの経済的理由を上回りました。 滞在したい国・地域は、ニュージーランドやオーストラリア、ハワイといった英語圏が人気で、アジアを選んだ人は少数でした。治安がよさそうな国や、よいイメージを持っている国を選んだ人が多いようです。

 一方、ロングステイを望んでいない人の理由で多かったのは「病気やケガが不安」(57%)「言葉や文化になじめない」(53%)「治安や盗難が心配」(46%)でした。
 「一番の心配は言葉の壁。病気の症状をうまく説明できるか心配だ」(70歳女性)といった回答が多くありました。計画を立てていたのに病気や親の介護などで実現できなくなったという人もいます。「夢は早めに実行に移すことをお勧めしたい」(57歳女性)。


 回答者は朝日新聞の読者モニター、その年齢層が分からないのですが、若い年代もかなり含まれているようです。多様な回答があってなかなか興味深い結果です。とりわけロングステイ財団のアンケート調査とは希望国がずいぶん異なっていて、マレーシア、タイが10位以下と意外に人気がありません。オセアニア、ハワイ、ヨーロッパなど観光地として人気がある国が、そのままロングステイ希望国の上位を占めています。その理由として、経済的理由や「人間関係に煩わされない」(13%)より「自然を楽しむ」「気候のよいところで暮らす」など快適さを求める傾向の方が強いことからも分かります。
 
 他にも「夫婦でスペインに4年半ほどロングステイした。人生の大きな宝物だ」(67歳男性)という経験者の賛成論がある一方、「物価が安いという理由で生活拠点を海外に移すのは、人間としてさびしい」(49歳男性)、「海外で年金を受給するのはやめてほしい。日本経済の役に立たずに海外に流出してしまう」(43歳男性)といった厳しい意見も寄せられています。
 さらに海外ロングステイを「老後資金に余裕のある団塊の世代の夫婦にしか縁のない話」と、冷めた目で見ている人も何人かいました。 「自分が年金を受給するころには、そんな悠長なことを言っていられない」(36歳女性)。若い世代のロングステイに対する率直な意見も紹介されています。

 個人の多様な価値観の広がりの中、シニアの新しいライフスタイルともいえる海外ロングステイです。団塊の世代の定年退職をきっかけにロングステイ人口が増加すると予想されますが、今後成熟した日本の高齢社会に根付いていくとは限らないようです。若い世代の意見にもあるように、将来の年金不安や格差社会の拡大といった問題に大きく左右されることでしょう。
 “豊かな”ロングステイが定着していくのか、“年金移民”タイプが増えていくのか、まさに将来の日本社会をそのまま反映したものになるに違いありません。

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July 08, 2007

№693 Thon Krueng レストラン

  タイ舞踊 昨年のタイフェアにて
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 タイ料理レストラン「Thon Krueng(トン・クルアン)」、07年8月西日本新聞の永田さんに案内していただきました。バンコク駐在が長い永田さんお勧めのレストランです。もちろんわたしは初めてですが、在住の日本人にとってはお馴染みのお店のようです。
 場所はBTSトンロー駅からスクンビットのソイ55(ソイ・トンロー)をしばらく走ったところ。夜暗くなって車で移動
しましたので、そこがどこなのか分かりませんでしたが、同店でもらった名刺を後日調べてみて初めて分かった次第。夜は特に駅から歩けるような近場のレストランしか行きませんので、現地事情に詳しい方から教えていただくお店は、新鮮ですしありがたいことです。
 お洒落なオープンエアのテーブル席もありますが、冷房の効いた室内へ。室内はどちらかというと家庭的な雰囲気、地元のお客さんでほぼ満席です。

 永田さんにお勧めの料理をお任せしました。 「白身魚と野菜の青胡椒炒め」「ココナッツ風味の鳥のトムヤムスープ(多分トム・カー・ガイ)」「ソムタム(青パパイヤサラダ)」「カオニャオ(蒸したもち米)」、これにシンハビール3本ほど。インターネットでは“まろやかな味付けで日本人好み”と紹介されていましたが、「白身魚と野菜の青胡椒炒め」は、かなりの辛さで本格派です。どの料理も美味しく満足しました。これで600数十バーツと、値段もリーズナブル。 
 車でないと不便な場所ではありますが、また行ってみたいタイ料理レストランです。

 ところで話が盛り上がり料理の写真を撮るのを忘れてしまいました。すみません。なお同レストランのHPがあるようですが「ぐるなび海外版」にも紹介されています。
 http://www.gnavi.co.jp/world/asia/bangkok/8113027/?sonet

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July 06, 2007

№692 追い山とともに梅雨が明ける

    勇壮な「追い山」 2005
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 今年も博多では「山笠」が始まりました。7月1日の山笠や身を清める海砂を浜に取りに行く「お汐井取り」に始まり、15日早暁の「追い山」でフィナーレを飾ります。 「追い山」とは、豊臣秀吉が行った博多の町割りを元にした7つの流れ(町の集合体)が、5kmのコースを駆け抜けそのタイムを競うものです。また1日からは市内各地の14ヶ所で華やかな「飾り山笠」も公開されています。
 これまでもタイ在住の読者の方に日本の祭りと季節感を感じていただこうと、「博多祇園山笠」を紹介していますので参考まで(№439,89)。

 さて6月までの空梅雨で水不足が心配されていた北部九州でしたが、7月に入ると山笠の開幕を待っていたかのように一転して大降りの雨となりました。渇水で減少していた水源地のダムの貯水量も一息ついたようです。今週から来週にかけても雨模様の予報で、山笠の期間中はずっと雨空が続きそうです。
 雨は山笠見物には不都合なものですが、山笠のかき手(担いだり押したりする人たち)にとっては、ありがたいものです。というのも1トンもの山笠です、僅かな時間しか担げませんし、暑いとすぐに体温が上昇してしまいます。かき手に沿道から「勢い水」が浴びせられるのは体温を下げるためですし、雨の方が体力の消耗が少なくて済みます。山笠と雨は切っても切れない関係と言ってもいいでしょう。
 また「追い山」が夜が明けきらぬ午前4時59分にスタートするのも、一日で最も気温が低い時間帯を考慮してのことです。因みに、なぜ59分かといいますと、初めの「流れ」だけ博多の祝い歌「祝いめでた」を歌う時間に1分要するからです。

 「追い山」が終わる15日頃には、例年梅雨が明けると言われています。梅雨空の下、勇壮な「追い山」に向けて段々と盛り上がってくる博多の町です。

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July 04, 2007

№691 手荷物が遅い新空港

    新空港4階の出発フロア
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 滑走路のひび割れ問題を始め、何かと欠陥や問題が指摘されるスワンナプーム新空港です。その一方で巨大空港が100%完璧に開港することは世界的にみてもほとんどないのだから、問題点は少しずつ改善していけばいい。よくやっている方だという好意的な意見もあります。賛否両論あるということは、それだけ新空港が期待され注目されていることの証なのでしょう。
 スワンナプーム空港で初めて入国したのは、アンコールワット観光を終えてシェムリアップからPG910便で到着した時です。夜9時過ぎ定刻より遅れて到着したものの入国審査はスムースに終了し、手荷物を受け取りにターンテーブルへ。
 ドンムアン空港の場合、入国審査の時間が掛かっていたとはいえ、ターンテーブルへ行くともう手荷物が出てきていることが多かったのですが、スワンナプームでは出てきません。真新しいターンテーブル近くのイスで待つこと、約30分。確かにバンコク・エアウェイズの駐機スポットはターミナル・ビルから離れていますが、それでも時間が掛かり過ぎです。手荷物だけでなく乗客も到着ターミナルまで専用バスで移動してくるわけですから同じことです。
 たまたま不運にもPG910便だけが遅かったのか、いつも遅いのかははっきりしませんが、夜遅く疲れて到着した乗客にとってはストレスが溜まってしまいます。手荷物を受け取りさえすれば、もうタクシーに乗ってバンコク市内に行くだけなのですから。ハード面での問題点が話題になることが多いですが、ハンドリングを始めとするソフト面の改善も必要なようですね。

 やっとのことで手荷物を受け取りタクシー乗り場へ。幸いなことにタクシー待ちの列もなく即乗れました。時刻は10時15分。わずか25分でスクンビット・ソイ11のホテルに到着です。ちなみに高速代・空港手数料を含めて295バーツ(約1050円)。ドンムアンより少し高くなりましたが、ほとんど問題ありません。

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July 02, 2007

№690 止まらないバーツ高

 水上バスでチャオプラヤー川を行く
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 最近、新聞の経済面にある為替レートの数字が気になります。バーツ高が続いていて、1バーツ=4円が目前になっているからです。バーツ高というのもありますが、一方で円安でもあります。対ドルでこの1年ほどで1割下落し、対ユーロでは最安値を再三更新しています。円の実質実効レートは1985年9月以来の低さだといいます。

 07年6月29日の朝日新聞に「アジア通貨危機から10年」という記事が載っていました。
 アジア通貨危機の引金となったタイ・バーツの切り下げから7月で丸10年。危機に見舞われた国々では輸出の増加に伴って、外貨準備が大きく積み上がり、経済が強くなった。だが、うごめく投機マネーは、新興国に新たな課題を突きつけている。
 世界的なカネ余りの中、国境を越えて動き回る投機マネーは、新興国の経済を10年前とは違った形で窮地に陥れる危険をはらむ。
 投機マネーの急激な流入がバーツ高をもたらしている。投資ファンドは、金利の低い日本で資金を借り、アジアに投資。ドル安に加え、円安がアジアの通貨高を後押ししている。06年にアジアの新興国に流れ込んだ民間資金は、99年のおよそ6倍に膨らんだ。
 タイのチャロンポプ財務相は「投機マネーの勢いは、10年前を上回る。だが、対応する適切なすべはない」と言う。

 4円を超えるのは時間の問題かもしれません。長いこと1バーツ=約2.7円が続いていましたから、50%ものバーツ高になります。この夏もタイ行きを計画しているので、バーツの為替レートの動向が気がかりですが、ロングステイヤーやタイ在住の方にとっては直接生活に影響するだけに大きな問題です。バンコクの両替商で両替すると、以前は1万円が3700バーツだったものが、1バーツ=4円になると2500バーツにしかなりません。やはりこの差は大きいですね・・・

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July 01, 2007

№689 ホテルのプールは塩素だらけ

 きれいなプールも泳ぐのは要注意
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 カンボジア・シェムリアップでは国道6号線沿いのアンコール・ホテルに滞在しました。最終日、遺跡めぐりやトンレサップ湖観光を終えてホテルに戻ってきたのが、16時40分。バンコク行きの飛行機に乗るには、ホテルを18時に出発すれば十分間に合います。
 その前に昼間の汗と土ホコリを落としたいので、ホテルのプールと併設のシャワーを使うことに。既に部屋をチェックアウトしているので、ガイドのソープアンさんに交渉をお願いしてプールとシャワー使用のOKをもらいました。

 預けていたスーツケースから水着と着替えのシャツを取り出してプールへ。外へ出ると塩素特有のきつい臭いが鼻を突きます。そのままプールサイドを歩いて、更衣室にある温水シャワーを浴びてサッパリしました。まだ出発まで時間があるのでプールサイドのデッキチェアーに寝そべって、のんびりすることにしました。タイ訪問では、いつも水着を持参しているのですが、これまでプールで泳いだことがなかったので、初めて役に立った水着です。

 プールには欧米系の中年女性グループとシニア夫婦の先客がいて、泳いだり読書したりそれぞれ楽しんでいます。横になってデッキチェアーから眺めると、プールの青くてきれいな水と快晴の青空、そして西日を受けて一層ベージュ色が濃くなったホテルの建物のコントラストが鮮やかです。それに椰子の葉が風にそよぐと、気分はもう南国のリゾートです。

 せっかくですから泳ぐことにしました。プールの水は温かくて気持ちよく泳げます。5分ほど浸かってから上がると、何か変なのです。下を見ると水色の水着がグレーに変色しているではありませんか。もうびっくりです。そうプールの塩素で見事に漂白されてしまったのです。なんと強烈な塩素、これでは全身消毒です! たった5分でこんなに色が変わるなんて、一体どれだけ塩素を入れているのでしょうか。
 もちろんこれまでも海外のホテルのプールで泳いだことがありますが、こんな経験は初めてのことです。古い水着とはいえ、これでは買い換えなければいけません。リゾート気分もすっかり吹っ飛んでしまいました。ここだけかもしれませんが、シェムリアップのプールにはくれぐれも気をつけましょう!

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