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October 18, 2007

№749 貧困の中から生きるエネルギー その2

  クロントイ・スラムの狭い通路
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その2
 タイ・ロングステイへのもうひとつの視点です。滞在中にバンコクやチェンマイなどの街中を歩いたり、タイ国内や東南アジア各地を旅することもあるでしょう。近年のタイやベトナムなどの経済発展という光の部分ではなく影の部分、つまり貧しい人たちの暮らしを垣間見たり、彼らと接する機会もあると思います。
 たとえば、バンコクにはクロントイ・スラムをはじめ多くのスラムがありますし、チェンマイではストリートチルドレンや教育機会に恵まれない少数民族の子どもたち、さらに施設に暮らすエイズ孤児もいます。カンボジア・アンコールワットに行くと、遺跡めぐりの車窓から見える農村風景は貧しさそのものですし、必死に土産物を売ろうと寄ってくる小さな子どもたちの姿に心を痛める経験もするわけです。

 このようにわれわれ日本人を含めた外国人観光客・滞在者と現地の最下層の人々、その貧富の差の対比に驚かされます。その一助として金銭的支援をしたり、ボランティア活動のきっかけになる場合もあるでしょう。しかし、このすごい貧富の差を自分の目で見る経験も、極貧の中でも生きている逞しさを知る経験も、長期滞在中の重要な発見です。
 最近格差が拡大しているといわれる日本社会ですが、日本では見えなくなったこのような貧困や困窮、そして貧しさゆえに必死に生きる姿から学ぶことは多いはず。つまりわれわれ日本人が、この貧しさから“再び生きる力とは何か”を再発見するということです。

 高度経済成長によって物質的には豊かになり、中流意識が浸透した日本人の意識。経済的に豊かになった代わりに、どこかで何か大切なものを、忘れたり失ってしまったりしているのではないでしょうか。
 終戦後の貧しかった時代を知る団塊の世代から上の世代、その貧しさこそが、日本の経済発展を支えただけでなく、個人の生きる力の源泉でもあったと思うのです。しかし、経済的な豊かさを手に入れ、長年会社や仕事中心の人生を歩むにしたがって、本来の生きる力が衰えたり萎えたりしてはいないでしょうか。

 定年を迎え始めている団塊の世代、これからの生きる指針を探しきれていないとしたら、貧困の中にこそ真の生きる力があったこと、このエネルギーをタイ・ロングステイを通して、もう一度学び直すことが必要だと思います。

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