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February 28, 2008

№823 帰国の朝は快晴

 早朝の福岡空港の国際線スポット
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 08年2月28日早朝、タイ、ラオスから戻りました。前日の夕方にラオス・ルアンパバーンを発ち、スワンナプームでのトランジットが6時間もあったので、少々お疲れ気味です。ルアンパバーンのチェックインから福岡到着まで16時間も。それでも福岡への深夜のフライトでは、2時間ほど眠れたので少しは助かりました。
 1週間とはいえ暖かい東南アジアから帰国すると、キンとした寒さが日本に帰ってきたことを実感させます。外気温2度という朝の冷気を肺一杯に満たしますが、快晴の日差しは明るく春の訪れを感じます。

 短いバンコク滞在でしたが、何組かのロングステイヤーの方々と旧交を温め、みなさん元気で過ごされていて何よりでした。これについては改めてレポートします。
 この時期のバンコクは、乾期から暑期へ差し掛かる頃。昨年はスカッとした晴天続きで暑いものの、日陰は過ごしやすかった記憶があります。今年も天気に恵まれ、朝晩は涼しかったです。

 初めてのルアンパバーン、とても静かで美しい街でした。さすが街全体が世界遺産だけのことはあります。 “アジアの原風景”が、そこにありました。濃い緑に包まれて点在する寺院とラオス式の家屋、そして町を流れる大河メコン。バンコクから来ると、時間がゆっくりと流れていて、まるで昔の古き良き時代へタイムスリップしたよう。
 何といっても早暁の托鉢の行列は圧巻です。北タイで見たことがあるのですが、ここの托鉢は人数からしてすごい。小さな街にこんなに大勢の僧侶がいるのかと驚かされます。毎朝、早起きして青年僧たちの托鉢の光景を目に焼き付けてきました。
 ナイトマーケットは風情があります。鄙びた街で素朴な手工芸品や雑貨を見て回るのは楽しいもの。チェンマイの賑わいには敵いませんが、ルアンパバーンの方が好きです。モン族のシンプルなデザインに魅かれます。

 昼間は寺院めぐりをする他には、何もすることがないのですが、慌しい日常生活から離れて、こんな美しい街でのんびり過ごすにも、時には必要なことです。最もアジアらしいといわれるラオス、人々の純朴な人情にも触れ、本当に行ってよかった。すっかりハマッてしまいました。
 今日からいつもの生活に戻ります。年2回の短いタイ・東南アジア行きですが、わたしにとっては貴重な体験です。少しずつブログに書いていくことにします。ルアンパバーンのことばかりになるかもしれませんが(笑い)

 まずは帰朝報告まで。

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February 26, 2008

№822 魅力的なアオザイ

 ランチ時にアオザイ姿で歩く店員
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 ベトナムといえば「アオザイ」、素敵な民族衣装です。アオザイ姿のベトナム女性を見るのが、ベトナム行きの楽しみのひとつでした。ホーチミン・タンソンニャット国際空港に到着早々、市内へのタクシーチケットを購入する旅行会社のカウンターの女性が青のアオザイ姿でお出迎えです。
 幸先よいと喜んだのも束の間、アオザイを着ているのは、ホテルのフロント、雑貨屋、レストラン、エステやマッサージ屋さんの客寄せなど、仕事や商売上着ている女の子ばかり。街中で一般の女性がアオザイ姿で歩いているのを一度も見かけません。

 元々アオザイとはベトナム語で「長い上衣」の意味。
 18世紀清朝から移入されたチャイナドレスを起源として、ベトナム土着の薄絹のゆったりした長衣の影響を受けて、風土に合った薄い布地で仕立てるようになった。その後フランス領インドシナ時代に改良され、女性用のアオザイは細身でスリットの深いデザインとなり、現在でも正装とされている。
 上衣は「チャイナカラー」と呼ばれる前合わせの立襟で、長袖の体に沿った細身の仕立て。丈は足首にかかるほど長いが、腰骨にかかるくらいの深いスリットが側面にあるため歩行の邪魔にはならない。下衣には上衣と逆に直線的な裁断の白い長ズボン(クワン)の組み合わせで仕立てる。

 高温多湿の気候のため、上衣は一重仕立てで木綿製であることが多く、クワンのみならず上衣にも下着が透けるような薄い生地が用いられることが多い。女性用のアオザイは、縫製に余分を持たせていないために体の線を強調し、美しく見せる服である。一度仕立てたアオザイは、太ると着られなくなるため、ほっそりした体格を保つ事がベトナム女性の風潮となっている。(Wikipediaより)

 とまあ、直接肌を露にすることがないアオザイですが、体の線を強調した薄手の服装なので、大変女性的で魅力的なものです。でもお土産屋さんやレストランでしか見られなかったアオザイ、結局一般の女性が着ている姿はお目にかからないまま。
 しかし帰国後、アオザイが女子高校生の制服になっていることを思い出しました。純白のアオザイを着た女子高生を見なかったことが、ベトナムでの一番の心残りかも。それってやはり“中年オヤジ”の証拠なのでしょうか?

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February 24, 2008

№821 「ソンブーン」でプーパッポンカリー

  大きくて写真に納まらない料理
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 「ソンブーン」といえばプーパッポンカリー、プーパッポンカリーといえば「ソンブーン」と言われるくらい、バンコクでは有名なシーフード・レストランです。

 プーパッポンカリーとは「カニのカレーソース炒め」のことで、タイを代表するシーフード料理と言ってもいいでしょう。タイ独特の分厚い甲羅の泥蟹をカレーソースで炒めて、溶き玉子をからめて仕上げるのがポイント、そのふんわりした食感とマイルドな辛さは堪らない旨さです。辛い料理が苦手な日本人の口にも合うので、タイに行ったら一度は食べたいお奨めの一品です。

 これまで何度か食べたことがありますが、数年前ロングステイの取材でバンコクに行った折、お世話になった日本人の方に案内していただいた「ソンブーン」のスリウォン支店で食したのが、初めてでした。当時は同店の名前どころか、プーパッポンカリーという料理すら知らずに食べたのですが、その美味しさだけは今も忘れません。
 その後、何度か訪タイするうちに同店の名声を聞くようになり、 「あのレストランが『ソンブーン』だったのか」と思った次第。ただこれまで、ソンブーンを再訪する機会がないままに過ごしていました。

 ところが07年9月、やはりロングステイ中の方と夕食を共にしたのが、国立競技場近くの「ソンブーン」の本店です。もちろん本店は初めて。BTSナショナル・スタジアム駅から7~8分歩いたところにある、2階建ての大きなレストランで、店の前にはずらりと車が駐車し、タイ語と英語の表記と「建興酒店」と書かれた赤い看板が目印になっています。
 1階のテーブル席に案内され、「プーパッポンカリー」の他に「シーバスのソイビーンズ・ソース(スズキの醤油煮)」「空心菜炒め」を注文しました。これに二人でビア・シン4本を飲んで、会計は1020バーツ(約3600円)。

 プーパッポンカリーの味は、いたってまろやかでマイルドです。マンダリンホテル近くの「燕酒店」も美味しいけれど、ここのも絶品! 甲乙つけがたい。 日本では味わえない至福の逸品です。
 スズキは醤油ベースなのでさっぱりとして癖もなく、唐辛子ソースでいただきました。空心菜炒めを合間に、ついついビールが進みます。

 こう書いているうちに、今度行く時も食べたくなりました。この記事がアップされる頃にはバンコクで食べているかもしれませんね delicious

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February 23, 2008

№820 バンコクから

    ナナ駅近くのソイ11界隈
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 今日は2月23日、現地時間で午前9時20分、ホテル近くのネットカフェでパソコンで書いています。白人や中東からの旅行者など数名が朝からメールチェックをしています。きっとみんな近所のホテルに宿泊しているのでしょう。

 21日の午後、ほぼ満席のバンコクエアウェイズ816便でバンコク、スワンナプーム空港に到着しました。まだ寒かった福岡から来ても、それほどの暑さを感じません。むしろ寒さから解放されてほっとしたくらい。昼間はかなり暑くなりますが、朝晩は涼しいくらいです。乾期で湿度もそう高くなくて過ごしやすい。今のところ、天気にも恵まれています。
 それでもレストランなどの冷房が強くて、暑いバンコクで風邪を引きそうです。寝るときは長袖のシャツを羽織って、冷房を切って寝ています。

 到着した夜から、早速バンコクでロングステイをなさっている方々との再会です。すでに数組の方の話を聞きました。みなさんお元気です。久しぶりの再会で話に花が咲きますが、しばらく続くバーツ高で生活を見直す方も多いようです。

 実質バンコク滞在も今日まで。明日からはラオス、ルアンパバーンです。ラオスでも書ければ報告するつもりです。
 まずはバンコク到着の報告まで。

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February 21, 2008

№819 今日からタイ・ラオスへ

 機体の後方に遠ざかる福岡市街
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 近年になく寒い今年の2月です。今月11日に太宰府天満宮に行ったところ、境内では一番早咲きの「飛梅」が3分から4分咲きになっていましたが、まだ時々雪が舞う福岡です。
 寒さに強いわたしですが、珍しく暖かいタイが恋しくなってきました。だからという訳ではないのですが、例年通りのこの時期、今日から1週間、タイ・ラオスへ出発します。

 バンコクでは旧知の方々と親交を深める予定です。滅多に行かない東京よりも、年2回行くバンコクは、今や地元福岡の次に親しみを感じる都市になりました。でもその反面、新鮮味がなくなりつつあるのが心配の種ですが。
 そこで最近は、タイ以外の周辺諸国も訪問しています。カンボジア、ベトナム、そして今回は最もアジアの素朴さが残るラオスの北の小都市ルアンパバーンに行くことにしました。

 ルアンパバーンは、ロングステイの適地視察ではなく観光目的。人の奨めもあって街全体が世界遺産というルアンパバーンに一度行ってみようと思ったのです。そんなきっかけでもないと行かないでしょうし、バンコクを拠点に東南アジア各地を旅行する候補地として行くことにしました。北ラオスの鄙びた小さな街ですが、バンコクから直行便が毎日就航していて、アクセスがいいのも大きな魅力です。これまであまり聞いたことのない都市だったのですが、欧米人には人気だと聞きます。

 利用するエアラインは、今回もバンコク・エアウェイズ。このところサービスの良さで同社を利用しています。同社のバンコク経由の路線で行ける都市のひとつが、ルアンパバーンだったという事情もあります。
 それにしても高騰しているのが、燃油サーチャージ、つまり差額の航空燃料代です。1バレル100ドルの原油価格の時代を迎え、今回は約1万4千円もします。せっかく辺鄙なルアンパバーンまでの往復航空チケットが56000円と格安でも、高額な燃油サーチャージが加算されると、ずっしりと負担感が増します。サーチャージのせいで、最近海外旅行の減速感があるのも止むを得ませんね。

 バンコク滞在の方々との再会、そしてはじめてのラオスと楽しみです。それについては、帰国後また報告させていただきます。

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February 19, 2008

№818 機内で迎える朝

 立体的なシルエットで浮かぶ雲仙
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 午前1時(日本時間の午前3時)バンコクからの帰国便、約5時間のフライトです。ジントニックの寝酒と横になれたお陰で、2時間半ぐっすり眠りました。

 機内の騒がしさで目覚めると、もう午前7時。窓のシェードを少し開けると、眩しい朝日と南海のきらめきは、起きぬけの頭をスッキリとさせるには十分です。眼下の海面は夏の朝日を反射してきらきらと輝き、あちらこちらに沸き立つ積乱雲が、鏡のように凪いだ海面に映っています。
 どの辺りなのでしょうか? まだモニターは映画を上映中、GPS表示に切り替わっていないので、はっきりした位置は分かりませんが、到着時間から逆算すると南西諸島付近の東シナ海上空のはずです。
 機内放送によると、福岡到着は定刻より少し早い8時15分とのこと。

 すぐに朝食が配られます。メニューは「ヒスイ麺と豚肉炒め」、クロワッサンとスイカにカスタードパイ。ヒスイ麺はいいのですが、豚肉炒めは結構濃厚でスパイシー。朝から重い食べ物は、朝食にはちょっと合いません。和食とは言いませんが、せめてオムレツにして欲しいですね。といいながら、起きたばっかりなのにいたただきました。

 7時38分、雲間から屋久島らしき島影が見えたものの、またすぐに雲に隠れてしまいました。逆光でしたが、確かに陸地です。44分機体は左に旋回、はるか彼方に九州の南端、開聞岳が見えます。“薩摩富士”とよばれる美しい山容から、間違いありません。いよいよ九州、あと35分で福岡です。
 天草・下田沖の上空から高度を下げ始めます。7時57分長崎市上空、島原半島と雲仙の山々が、朝日を受けて立体的なシルエットになって浮かび上がっています。珍しい光景です。

 そして9月4日8時15分、福岡空港に着陸。既にタイ航空、ベトナム航空、シンガポール航空が先着しています。その日の朝は快晴、機内で25℃と案内がありましたが、もっと暑そうと思いつつ、ボーディングブリッジから入国手続きへと向かいました。

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February 17, 2008

№817 サイアムパラゴンの巨大スーパー

 オープン当初のサイアムパラゴン
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 バンコクのショッピングセンター「サイアムパラゴン」、BTSサイアム駅のホームからその威容や円形の屋根が載ったガラス張りのエントランスを望むことができます。高級ブランド・ショップやレストラン、映画館、デパートなど約300店ものテナントが入店していて、地下にはなんと「サイアム・オーシャンワールド」という水族館まであります。
 05年12月のオープン早々、ちょっとのぞいたことはあるんですが、07年9月ゆっくり歩いてみました。

 初めて行ったのが、1階のスーパーマーケット。エンポリアムと同じ高級スーパー「Gourmet market」でした。まずその広さにびっくり。広すぎて何がどこにあるのやら迷ってしまいます。
 一番興味を引かれたのが、フルーツ売り場です。その種類の多さに2度びっくり。エンポリアムの比ではありません。ドリアンの誘惑に負けそうになりましたが、ホテルの冷蔵庫に買い置きのフルーツがまだ残っているので、ここはぐっと我慢・・・

 ここでお土産を買うことにしました。まず「マカデミアナッツのチョコレート」、タイで買うのも変ですが、母からリクエストされたハワイ製のチョコ、2個で468バーツ(約1600円)です。
 それと以前に紹介しましたダイエット用の「バジルシード」(14.5バーツ、約50円)を4袋、ちなみにこれはわたし自身の分です。
 レジを出ると「FOOD HALL」というフードコートにつながっています。タイ料理はもちろんのこと、いろいろな料理が揃っていて、あちらこちらから美味しそうな匂いがしてきます。それにしても広い! 歩いているうちに方向感覚がおかしくなるくらいです。

 この日は朝から歩き回っていたこともあって、余計に疲れてしまいました。次回はゆっくりと巨大スーパーを探検したいと思います。

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February 15, 2008

№816 チャオプラヤー川の渡し船

   日曜で乗客が少ない渡し船
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 チャオプラヤー川の対岸トンブリー側へ行くのに、渡し船(ルーア・カーム・ファーク)に乗ってみました。川沿いの各所にあって、ター・ティエン桟橋からワット・アルン(暁の寺)への渡し船が有名なので、バンコク観光の際に乗船した方も多いことでしょう。

 今回は、BTSサパーン・タクシン駅下のサートーン桟橋からの渡し船です。サートーン桟橋からは、これまで水上バス(チャオプラヤー・エクスプレス・ボート)を利用して、上流のノンタブリーなどに行ったことがありますが、渡し船は初めてです。
 桟橋でしばらく待っていたのですが、そこは水上バス用で、その右側が渡し船用の桟橋でした。トンブリー側から戻ってきた小さな渡し船に乗り込みます。運賃は2バーツ。定員は110名で、いくつかベンチがありますが、通勤ラッシュ時には多くの乗客は立ったままです。
 しかし、この日は日曜日の早朝とあって乗客はまばらで、タイの若者10人ほどです。慌しさもなくのんびりと出航を待ちます。日曜日で本数が少ないのでしょうか、数分待ってようやく動き出しました。
 チャオプラヤーの流れはグレイ、ベトナムのメコンが茶色だったのとは対照的だなぁと思いつつ、ゆったりと渡っていきます。しかし、感慨にふける間もなく、わずか2分でトンブリー側へ着いてしまいました。あまりの呆気なさに少々拍子抜けの感もしますが・・・ 
 さあ、ここからはタクシーの乗り継いで、ウォンウィエン・ヤイ駅へ向かいます。

 ところで、現在BTSシーロム線の延伸工事が進められていて、08年中にもサパーン・タクシン駅からトンブリ側のタクシン通りまでの2.2kmが開業するのだとか。これでずいぶん便利になりますが、渡し船の乗客は減ることでしょう。でも運賃の安さで、庶民の足として存続するのではないでしょうか。
 
 タクシーでチャオプラヤー川に架かる橋を渡るのもいいですが、時には渡し舟も風情がありますよ。

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February 13, 2008

№815 独立独歩を実践するロングステイ

   Sさんの住むコンドミニアム
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 07年9月、奥様とロングステイ中のSさん(64歳)に1年半ぶりに再会し、食事をご一緒しながら近況を伺いました。
 07年10月で、前滞在地のポーランドからバンコクへ移住して2年を迎えたSさんご夫妻。バンコクでのロングステイの理由は、ポーランドの厳しい寒さで悪化した奥さんのリュウマチを暖かいバンコクで治療することでしたが、その甲斐あって、薬も要らないほど良くなりました。
 そして、タイ語教室に通った成果も上がり、今では簡単な日常会話ができるようになったそうです。 

 ポーランドでの生活が約10年と長かったので、日本・タイ・ポーランド3カ国を客観的に比較する視点が興味深く、とりわけ自宅のコンドミニアム周辺のタイ人の生活を観察していると、面白いといいます。

 たとえば「タイ人はとにかく歩かない」こと。100mが歩く限界ではないかと思うくらい、すぐにバイクタクシーに乗っている。6~8千バーツくらいの給料しかなくても、子どもが小学校まで通うのに、毎日バイクタクシーに乗せている。これだけでも毎月1000バーツも要るだろうのにと思ってしまう。子どもといえば、 「タイ人の親は子どもを甘やかすというか、叱らない」のも気づいた点だそうです。
 そして「タイ人、特におばちゃんは車の運転が下手」なこと。日本でも中年女性の運転は上手とはいえないだろうが、タイ人おばちゃんの運転は特筆もの。自分が離合できないと見るや、ピタリとも動かない。動けないのかもしれないが、バックもしない。そもそもタイの運転免許試験がいい加減だし、子どもが平気でバイクを運転していたりもする。

 そんなタイ人の生活を眺めながら、 “下町の人情”が残っているなぁと感じるそうです。それはポーランド人との共通点でもあります。しかしその反面、タイ人には“自分がよければいい”という利己主義も感じるといいます。

 バンコクの日本人社会からは少し距離を置いているSさんですが、独力で少しずつ知り合いを増やしています。タイ関連のブログをよく読むそうで、そこから知り合いができたり、またポーランドから友人が訪タイし、旧交を温めることもあるとか。
 また、タイで生活する上で必要な情報は、主にインターネットを通して自分で調べています。ビザや運転免許のことをはじめ、医療保険やコンドミニアムの賃貸契約の内容まで、さまざまな生活情報やタイの社会制度などについてです。そこにはやはり、他人任せにしたり依存することのない、長い海外での実生活体験に裏付けられた逞しさを感じます。

 下町人情が残る地区で“独立独歩のロングステイ”を実践しながら、さらに現地社会に溶け込んで交流も深められるものと確信した会食となりました。 

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February 11, 2008

№814 深夜便の眠り方

   朝日を受けて輝く東シナ海
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 いつまで経っても慣れない深夜の帰国便。夜中の1時(日本時間の午前3時)にバンコクを発ち、午前8時に福岡到着、約5時間のフライトです。
 この内消灯時間は、2時間半から3時間ほど。バンコクを出発すると夜食やドリンクサービスがあり、午前7時には朝食ですから、あまり寝る時間はありません。でもここで眠れるかどうかは、帰国後の疲れを大きく左右します。眠れないと帰宅後昼寝をしないと動けませんが、機内で寝ていると帰国した日はそのまま行動できるのです。そもそも機内で眠れないまま過ごすというのは、辛いものです。

 以前タイ航空(TG)に搭乗した時はいつも、ほとんど眠れませんでした。ほぼ満席のため隣にも乗客がいて、狭いシートに座ったままだったからです。そのため香港乗り換えで所要時間がかかっても、昼間フライトするキャセイパシフィック航空(CX)を利用することが多かったくらい。

 しかし06年末にバンコク・エアウェイズ(PG)が福岡に就航したのをきっかけに2度搭乗しましたが、2回とも熟睡できました。初めてのことです。07年9月のフライトでは、約160人乗りのエアバスに乗客は90人ほど。後方のシートをリクエストしたところ、幸いなことに隣のシートに乗客はいません。
 搭乗案内にちょっとしたトラブルはあったものの、ほぼ定刻に出発。日本時間に戻した時計を見ると、午前3時33分にエッグロールの夜食がサーブされました。一緒に白ワインをいただき、さらに寝酒にジントニックを2杯続けて飲み干します。
 機内は消灯され、面白そうな映画が上映されていますが、時刻はすでに4時18分。ここは寝ることにします。横の座席の肘掛を持ち上げ、横3列を独占してベッド代わりに横になります。風邪を引かないように長袖に着替え、毛布を掛けて目をつぶると、いつの間にか・・・ZZZ。

 周囲の騒がしさに目が覚めると、もう7時5分。2時間半は眠っていたことになります。浅い眠りでしたが、その日動き回るには十分な睡眠です。やはり横になれるかそうでないかでは、全然違います。
 窓のシェードを上げると、眩しい朝日ときらきらと輝く南の海が目に飛び込んできました。後1時間足らずで福岡です。

 ちなみに機内で男性に人気のアルコールは、なんといってもビール、その次はウィスキーとのこと。また聞くところによると、PGのクルーの間では私のことを「最後方のシートでジントニックを飲むおじさん」ということになっているらしい。往きの機内でもジントニックを数杯飲むからなのですが、でもジントニックを頼む人、そんなに珍しいのかしら???

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February 09, 2008

№813 ベトナム雑貨に思うこと

 カラフルでかわいいベトナム雑貨
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 近年、日本の旅行誌や女性雑誌にたびたび特集が組まれ、若い女性に人気の「ベトナム雑貨」。プチパリと呼ばれるホーチミン、メインストリートのドンコイ通りには、お洒落なバッグや陶器をはじめ、フレンチ・テイストの薫りのするベトナム雑貨を扱うショップやブティックが集まり、いくつもの買い物袋を下げてショッピングする若い日本女性をよく見かけます。
 雑貨を目当てにベトナムにやってくる旅行者も多く、かわいいサンダルやハンドメイドのシルク刺繍などに人気があるようです。

 いくつかのも雑貨屋をぞいてみました。たしかにお店ごとに個性があり、若いベトナム人のデザイナーによる雑貨たちが、そのオリジナリティーを競っています。
 しかし、全部とは言いませんが、そのデザインと品質からすると、高いと思わざるを得ない値札が付いています。物価の安いベトナムでは、ビックリするような値段で、とても雑貨と言えないものが多いのです。この値段出すんだったら、日本ではもっとよい品質の物が買えると思ってしまいます。

 それでも初めてのベトナムせっかくですから、とある雑貨店でお土産を求めました。白とピンクで蓮の花を刺繍したかわいい巾着で、手縫いなので1点ずつ花の形が異なっているのが魅力です。ちょっとした小物を入れたり、デジカメのケースにもなる大きさで、定価3米ドル(約350円)と値段も手頃。7個で21米ドルと、これなら買えます。
 夜店では値段交渉は当たり前。こ洒落たショップといっても、少しは値引き交渉できるだろうと「Can you discount?」と訊いてみました。その答えは「NO!original」の一点張り。何度頼んでも端数の1ドルさえ、まったく値引きに応じてくれません。“取り付く島もない”とはこのことです。その上、店員の対応と愛想も最悪です。

 「なんだこの店員は!」と、日本へのお土産でなければ店を出るところですが、また炎天下の街中を探し回ることを考えると、ぐっと我慢してさっさと買ってしまうことにしました。最後にブログ用に店内の写真撮影の許可を求めると、これもあっさり拒否。写真の件はともかく、こんなに気分を害した買い物は久しぶりです。
 ドンコイ通りの雑貨屋は、外国人観光客向けの商売、それも高級ブランドショップ並みのプライドの高さにあきれてしまいました。少しかわいいといっても、所詮雑貨なのです。

 後で考えてみるに、こういう商売のやり方が成り立つのは、日本人女性を右代表に買い物客がそうさせているのだと。
 雑誌に載っている写真を片手に、喜んでベトナム雑貨を買いまわる。それも定価のままに。その上「日本で買うよりも安いよね」とバカ正直に有難がっている。実際、隣のテーブルでランチを食べていた女性グループが、そう話していました。本当の価値よりも高値でベトナム雑貨を喜んで買って帰る日本人女性。どこかおかしくありませんか・・・


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February 07, 2008

№812 ベトナム・ドンしか使えないタクシー

   ホーチミン市内のタクシー
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 ベトナムでは米ドルが一般的に流通していて、商店やレストランでも使えます。米ドルで支払いをすると、細かいお釣りはドンで戻ってくるといった具合です。その交換レートは、普通1ドル=16000ドンですが、商店では15000ドンの場合も。
 
 そんなことで米ドルを持っていれば大丈夫なのですが、ひとつ困ることがあります。それはタクシーでは、ほとんどの場合ベトナム・ドンしか使えないということです。ちなみにホーチミンのタクシーは、メーター制で初乗り料金は12000ドン(約85円)~15000ドンと会社によって異なります。

 ホーチミンの中華街チョロンまで、初めてタクシーを利用した時のことです。ホテルのドアボーイが呼んでくれたのは、トヨタ・カムリとホーチミンでは高級車のタクシーでした。初乗りも3万ドンと、料金が高くつきそう・・・
 ホテルから6~7kmほど走ったでしょうか、チョロンの華人寺「天后宮(ティエンハウ)」で降りました。メーター運賃は7万5千ドン(約5米ドル)。そんなに多くのドンの持ち合わせはありませんから、10米ドル紙幣を出したら、わざとお釣りを忘れようとします。まったく! 

 運転手にお釣りを要求すると、どうも米ドルのお釣りがない様子。車を降りて両替に行きましたが、10分以上経っても帰ってきません。やっと戻ってきても両替できなかったらしく、結局軍服のような制服を着た「天后宮」の警備係に、15万ドンと両替してもらって、ようやく運賃を払いました。
 ところで、その様子を車内から伺っていると、警備係はポケットの中から、分厚い札束を取り出していました。どのくらいかは分かりませんが、かなりの金額なのは間違いありません。それは社会主義国家の公務員だからということでしょうか??

 同様に、出国の際の空港へのタクシーも注意が必要です。ホーチミン到着の時は、旅行会社のカウンターで5米ドルのチケットを購入して乗りますので、ドンは要らないのですが、空港へのタクシーは米ドルが通用しませんから、あらかじめベトナム・ドンを用意しておくことをお奨めします。
 なお、使い切れずに残ってしまったドンは、出国するとほとんど紙切れ同然になってしまいますので、ほどほどの金額にしておきましょう。

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February 05, 2008

№811 コロニアル風のホテルたち

  タワーが目印のグランドホテル
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 ホーチミンのメイン・ストリート、ドンコイ通りを聖マリア教会からサイゴン川方面へと下ります。ドンコイ通りは街路樹が続き、チラン公園もあって緑豊かなきれいな通りです。高級ブティックやベトナム雑貨屋さんなどが立ち並んでいます。

 その中でも際立つのが、コロニアル・スタイルのホテルです。市民劇場のすぐ横には、1880年開業という伝統ある「コンチネンタル・ホテル」が建っています。4階建てのその外観は、薄いピンクを基調に、窓枠が白で縁取られていて、各部屋にはかわいいバルコニーが付いています。歴史を感じさせるとともに、お洒落なホテルです。ガイドブックによると、世界の著名人もよく宿泊するのだとか。

 さらに通りを歩くと、ゴードゥックケー通りとの角に「グランドホテル」があります。やはり4階建てですが、ドーム状のタワーがひときわ目立つ、個性的なホテルです。
 休憩がてら、中に入ってみました。ドアマンに迎え入れられると、入り口正面にある昔の映画などで見るアンティークなエレベーターが、すぐに目を惹きます。ロビーはそれほど広くありませんが、重厚な雰囲気が漂っています。ソファーに座って、しばし涼むことに。天井から吊られたファンがゆったりと周り、エアコンが効いていて、汗がすうっと引いていきます。シックで落ち着いたロビーで優雅なひと時でした。

 サイゴン川に面して建つのが、1924年創業の「マジェスティックホテル」です。外観はアイボリー色で、新館が増築されて一段と大きくなったクラシックな建物は、威風堂々とした風格を湛えていています。
 ホーチミンを代表するホテルのひとつでもありますが、亡くなった作家の開高健が、ベトナム戦争を取材した時に定宿にしていたことでも有名です。また屋上のバーは、サイゴン川が望める絶好のポイントとして人気があります。
 
 コロニアル・スタイルのホテル巡りをして、そのロビーのソファーで寛ぐ。ほとんどが高級ホテルなので、宿泊するには敷居が高いとしても、街の喧騒と熱気から離れて、ひんやりと落ち着いたロビーで、往時の雰囲気に浸るのもいいかもしれません。

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February 03, 2008

№810 ランスアン通りのイサーン料理店

ランチ時で賑わうランスアン通りの横丁
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 バンコクの中心部BTSチットロム駅からルンピニ公園に伸びる「ランスアン通り」、緑の濃い街路樹とお洒落なレストランやブティック、高級コンドミニアムが立ち並ぶ、閑静な雰囲気の通りです。バンコクの青山通りともいわれているとか。
 久しぶりに歩くことにしました。タイ国政府観光庁の福岡オフィスが作成した「バンコクウォーカー」というガイド本に「ラープ・ランスアン」というイサーン料理店が紹介されていたからです。

 ガイドの地図を頼りに街路樹の下を歩きます。高級レストランと見間違えるようなスターバックスを通り過ぎ、通りから右手の路地(ソイ)へ。
 ちょうどお昼休みの時間、周囲のオフィスで働くビジネスマンやOLたちが、吸い込まれるようにこの細い路地に入っていきます。そこはお洒落なランスアン通りから一変して、タイの香辛料が漂う庶民的な横丁でした。細い路地にはビジネスマン目当ての屋台や食堂がたくさんあって、月曜日で黄色のポロシャツを着た会社員たちで、どこも一杯です。
 ランスアン通りとは対照的な迷路のようなソイ、そのギャップが面白くもありというところでしょうか。

 右へ左へと曲がりくねったソイを、ランチ風景を眺めながら奥へ奥へ。すると行き止まりでしたが、ガイド本の「右手の民家の方に進め」の指示に従い、何匹か猫がうろついている薄暗い家先をくぐり抜けると、そこがイサーン料理店「ラープ・ランスアン」の敷地でした。まさに路地の奥の奥、ガイド本がないと、とてもたどり着ける場所ではありません。ましてや通りかかるなんてありえない食堂です。

 店の雰囲気は大衆食堂そのもの。でもほとんどのテーブルは、会社員たちでほぼ満席で、この食堂の看板料理「ガイヤーン」(地鶏の炭火焼)を食べています。わたしもガイヤーンを注文しますが、まだ12時20分だといういうのに、早くも売り切れ!トホホ・・・
 ここのオヤジさんが「10時半にオープンしているから、もっと早く来い」と優しく言ってくれますが、ちょっとがっかり。しかし思い直して、 「ソムタム」(青パパイヤのサラダ)と「カオニャオ」(蒸したもち米)を頼むことに。

 「ソムタム」はしっかりした味付けの本格派、付け合せのキャベツやタイ野菜は、よく冷えていてシャキシャキです。「ソムタム」の辛さを和らげるように「カオニャオ」を時々口に運びます。
 それでも辛さに屋外の蒸し暑さも加わって、すっかり汗びっしょりになってしまいました。せっかくホテルでシャワーを浴びたばかりだったのに台無しですが、久々の本格「ソムタム」に大満足です。この2品で40バーツ(約140円)と手軽なランチでした。 
 
 「ソイに名店あり!」とガイドに書いてあります。それを確かめに、もう一度必ず「ガイヤーン」を食べに行きます。

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February 01, 2008

№809 「移住摩擦」沖縄悩む

    竹富島の美しい家並み
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 08年1月28日の朝日新聞の記事からです。

 沖縄で、本土からの移住者を巡る問題が広がっている。住宅の乱開発や旧来の住民との摩擦、行政コストの増加などだ。
 自治体は移住促進の予算を減らしたり、「(沖縄に)理想を描きすぎてはいけない」と忠告したりして、移住者に厳しい姿勢を見せ始めた。転入も減り出している。

「住民票移さず、税取れず」
 石垣市は昨年2月から市のホームページに「石垣島で土地売買、住宅等建築を計画されている皆様へ」と題する注意を掲載している。内容は、上下水道や道路、防犯灯などのインフラの未整備地域は「財政難で当分の間は整備困難」という断り書きだ。移住者からクレームを持ち込まれては困ると、先手を打った。
 市の推計では移住者のうち7千人以上が住民票を移さずに生活している。住民登録者数の約7分の1に相当し、住民税の取りはぐれは億円単位に上ると見られている。市長は「税も納めずに行政サービスを求めるのは控えて欲しい」と憤る。10年ほど前までは本土でのPRイベントなどに予算を計上していたが、近年は移住促進の予算は一切組んでいない。

 元からの石垣島の住民の一人は「新住民には、つきあいを避けたがる人が結構いる」と話す。祭りに参加したくない、子どもが地元の行事に参加させられるのはおかしい・・・ 大都会からの移住者には島の付き合いが負担に感じられるところがある。

 石垣島の南西、高速船で10分の竹富島。人口が増え全国のモデルと言われる竹富町も移住者を手放しで迎えてはいない。町長は「シニア層の移住が増えると、介護保険や老人医療費の給付がかさみ、町や住民の負担が重くなる」と懸念する。竹富町は00~05年の人口増加率が県内1位、全国4位の18%だった。増加分の約9割が、転入による社会増という。

 沖縄県は昨年3月、移住に関するガイドブックを初めて作った。20のQ&Aで構成する内容で一番目立つのが最後の「アドバイス」だ。住まいや就職といった他の項目より一回り大きな活字で「沖縄の情報がいろいろ提供されていますが、理想を描きすぎてはいけません」とくぎをさしたうえで、事前に地域の伝統行事や慣習を十分に知ることが重要と強調。民宿やウィークリーマンションのような所を利用して、移住を試すことを勧めている。
 「移住者をもろ手をあげて歓迎する時代ではなくなりました」。竹富町の職員は言った。(以上、記事抜粋)

 昨年から石垣市が、移住者へ注意を促す内容のHPを開設していることは、ブログでも既報の通りです。しかし市の人口の7分の1も、住民票を移さない新住民がいるとは驚きです。これでは十分な住民サービスが出来るはずがありません。
 国内移住するのなら、移住先で住民税を納めて応分の負担をするのは当然のこと。防犯をはじめ医療や福祉などの住民サービスを享受する訳ですから、記事がいう「良いところ取り」は許されないのです。
 単に理想を求めて国内移住をするのではなく、一人の住民としての自覚と責任が求められるのは言うまでもありません。

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