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June 02, 2008

№876 リタイア後の人生

 カンボジア、バンテアイ・スレイ遺跡
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 「『超』リタイア術」(野口悠紀雄著)からです。

(リタイア後は、実りを収穫する時)
 リタイア生活でもっとも重要なのは、「何をするか」である。「会社人間」といわれる人の多くが、退社したとたんに生き甲斐を失ってしまうという。それでは、折角実現した豊かな時間を無駄にしてしまう。何のために苦労してきたのかわからない。

(これまで出来なかったことをやる)
 年金も健康も、確かに重要だ。これらが退職後生活の基盤であることは間違いない。しかし「リタイア後人生」というのは、それだけのことだろうか? 年金と健康さえ確保できればよいのか? もっと重要なものがあるのではなかろうか?
 何が大事かは人によって違うだろうが、一般的な言葉でいえば「生活の張り」だろう。大げさにいえば「何のために生きるのか?」ということである。

 「リタイア」とは、「何も仕事をせずに年金だけでブラブラ過ごすこと」ではない。「生活のために自己を犠牲にする仕事からは解放されること」だ。したがって「リタイア後」とは、「すべての時間を自己実現のために使える期間」のことだ。
 「やりたいこと」は、人によってさまざまだろう。趣味の世界に生きたい人もいるだろうし、世界中を旅行したい人もいるだろう。地域社会に貢献したいという人もいるだろう。あるいは、外国語の勉強も楽しい。若いときの外国語の勉強は、試験や仕事のための「投資」であるが、年をとってからの勉強は、「消費」である。これまでは「投資」が必要なためにできなかったことを、何でもよいからやればよい。
 
(豊かな成熟社会を実現できるか?)
 年齢構成で見て日本社会が高齢化することは、避けられない。これは、日本社会に根本的な影響を与えるだろう。これまでの日本は、毎日のように新しい建物が建ち、日々めまぐるしく変化していく社会だった。街には若者が溢れ、企業もピラミッド型の年齢を維持できた。これからの日本は、それとは異質の社会になる。

 しかし、それは、日本が衰退してゆくことを意味するものでは必ずしもない。多くの人が充実して満ち足りた生活を送れる成熟社会になることを意味するのだ。単なる衰退に向かうか、それとも成熟した充実に向かうかは、リタイア年齢に達した人々がどのように生きるかで決まる(以上抜粋)。


 大半のページを現在の年金制度が、いかに問題が多いかを解説している同書ですが、リタイア後の生き方についても参考になる点が大いにあります。
 高齢化が急速に進むだけでなく、予想以上の少子化によって人口減少時代に突入した日本社会です。2055年には日本の総人口は9千万人を割り込み、65歳以上の高齢者率が40%を超えると推計されています。つまり2.5人に1人が高齢者という“超高齢時代”を迎えることが、現実味を帯びてきました。
 その時、活力が失われた社会になるのか、高齢者がいきいきと生きられる心豊かな社会になるのかは、著者が言うように「リタイア後、どのように生きるか」にかかっているのです。

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Comments

人間は50歳で退職し、人生を生活のためでなく生きるべきという説があります。
五木寛之著「林住期」幻冬舎です。
男も女も50歳になったら、旅立つべきだそうです。

Posted by: city | June 02, 2008 at 10:30 AM

タイでロングステイしている人には限りある財産を
細く長くの精神で生活している人も少なくないようです。
所謂、ケチケチ生活ですね。
自分の金の少しの部分でも他の人、例えば
出来ればタイの若い人たちの奨学金として応援することで
新たな生き方が発見できるかも・・・
Money can buy happiness,you spend it others.

Posted by: メタボ | June 02, 2008 at 11:52 AM

■P.F.ドラッカーの『ネクスト・ソサエティー』―ポスト金融危機を生き抜く知恵
こんにちは。私のブログでは、金融危機後「健全な社会」を作り出すことが、健全な実体経済を取り戻す最短の道であることを訴えてきました。しかし、多くの人の頭の中「経済・金融」というキーワードで埋め尽くされ、「社会」など何も関係のないことと思っているかのようです。そんなことはありません。私だけの訴えでは多くの人は振り向いていただけないようなので、私のブログでは自らを社会生態学者であると称したドラッカーの著書「ネクスト・ソサエティー」について取り上げてみました。また、一方ではあまり関係ないように見える、今回ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏のここ数年の辛らつな「ブッシュ批判」は、形こそ違え結局は「健全な社会」を作くるどころか壊してきたことに対する批判だったと思います。結局は、クルーグマン氏も「健全な社会」を作りだすべきことを主張していたのだと思います。ポスト金融危機には、すでに過去とは違う社会に突入した先進国の「異質な社会」に対するインフラ革新、システム革新が必要不可欠だと思います。詳細は是非私のブログをご覧になってください。

Posted by: yutakarlson | October 17, 2008 at 02:52 PM

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