№1084 博多祇園山笠 09
7月博多の街は「博多祇園山笠」で熱くなる季節です。祭りの期間中は正装となる法被を羽織った男衆たち。仕事が手に付かず、1年で一番熱くなる、これを“山のぼせ”といいます。
「博多祇園山笠」の起源は、仁治2年(1241年)に承天寺の開祖、聖一国師が疫病を鎮めるために、人々が担ぐ施餓鬼棚に乗って、博多津中に甘露水を撒いて回ったのが始まりで、約770年近い歴史があります。祭りのフィナーレ「追い山」では七つの「舁き山笠」が、聖一国師に敬意を表する意味で、住職が見守るなか承天寺前の清道を回っていきます。
ちなみにこの承天寺には、オッペケペー節で有名な川上音次郎の墓所や、また聖一国師によって中国より日本に伝えられたといわれる「饂飩蕎麦発祥之地」の碑が立てられています。さらに承天寺から東へ100メートルほどの堅粕橋のそばには、日宋貿易で富を得た謝国明の墓所があります。
現在の「流れ(ながれ)」という組織は、天正15年(1587年)、太閤秀吉が戦国の兵火で焼け野原と化した博多復興のために行った「博多町割り」により、石堂川と博多川との間に七つの流れを作ったことによります。(山笠振興会のパンフや承天寺のHPを参考)
15日の早暁、5㎞のコースを駆け抜ける「追い山」に向かって「流れがき」「追い山ならし」「集団山見せ」と、日に日に熱くなる博多の町です。1tもの「舁き山笠」を20数名で担いで疾走していく様は勇壮そのもの。観ている方も、鳥肌が立つほど血がたぎります。
今年は、商人の町博多から城下町福岡へ唯一乗り入れる「集団山見せ」の台上がりには、ホークスの元監督王さんが乗られるとか。そういえばホークスがソフトバンクになった時もオーナーの孫さんが、その栄誉に浴していましたね。
これまでハワイをはじめ、オーストラリアやNZ、上海など海外遠征もしたことがある山笠。バンコク都と福岡県は友好提携を結んでいますので、将来バンコクにも遠征するといいのですが。
福博の町を祭り一色に染める「飾り山」を先日見学してきました。その内のお気に入りをアップしますので、お楽しみください。





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