September 16, 2011

№1234 幸せの国ブータン

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 GNH(グロス・ナショナル・ハピネス=国民総幸福)の王国ブータン。

 9月16日の西日本新聞の記事からです。
 今年7月、国連総会は「社会経済開発の達成および測定のために“幸福”という観点をより一層取り入れる」よう全加盟国に求める決議を採択した。

 決議は「幸福の追求は基本的な人類のゴールである」とし、物やお金で測るGNP(国民総生産)やGDP(国内総生産)は人々の真の豊かさを表す指標としては十分でなく、「GNHこそ国連の目指す開発課題に貢献できる」とする。
 国連決議によって、GNHの追求は、貧困の撲滅や環境の持続可能性確保など2015年までに達成すべき八つの目標を掲げた国連の「ミレニアム開発目標」の9番目に追加された。

 そしてGNPの限界について、暗殺直前の68年3月18日、故ロバート・ケネディの米大統領選に向けたスピーチが紹介されています。
 「GNPの中には、子どもたちの健康も教育の質も、遊びの楽しさも含まれていない。詩の美しさも、夫婦の絆の強さも、…私たちの機知も勇気も、知識も学びも。私たち一人一人の慈悲深さも、国への献身的な態度も。要するに、国の富を測るはずのGNPからは、私たちの生きがいの全てがすっぽり抜け落ちている」 (記事抜粋)

 日本社会を見ても、高度経済成長以来これまでGNP,GDP至上主義で走ってきました。しかし今年3月の東日本大震災を契機にして、日本人の心や意識は確実に変化していると思います。お金や物では得られない大切なものがあると、気付き始めています。
 それを象徴するのが、「絆」という言葉でしょう。自分は独りではなく家族や恋人、友人、地域の人たちと繋がっているのだと。

 よく日本人は外圧でしか変わらないと言われます。しかし不幸な天災を福となすような心豊かな日本社会を構築する時機なのです。

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August 23, 2011

№1225 タクシン元首相来日

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 タイのタクシン元首相が、8月22日来日しました。23日の西日本新聞からです。

 東日本大震災の復興支援が目的で、宮城県の被災地を訪問する予定。汚職事件で実刑判決を受けたタクシン氏は、日本の入管難民法の入国禁止対象者に該当するが、日本政府は同氏の影響力や両国関係を考慮し、特別に入国を許可した。

 同氏は「04年にスマトラ沖地震でタイが津波被害を受けた際に日本が協力してくれたお返しに、今度はタイが全力で支援する」との考えを伝えた。

 タクシン氏は、06年の軍事クーデターで失脚した後、汚職防止法違反罪で禁固2年の判決が確定。しかし「裁判は政治的動機によるもの」と訴え、服役を拒み、アラブ首長国連邦のドバイを拠点に事実上の亡命生活を送っている。

 7月の総選挙でタクシン派が勝利し、タクシン氏の妹インラック首相率いる新政権が今月発足。タクシン氏は新政権を「後方支援」する形で、欧州やアジアなど海外での活動を活発化させており、帰国や復権に向けた布石との見方がある。

 タイではクーデター以降、タクシン派と反タクシン派との対立が続いている。今回の来日で日タイ関係の増進を期待する一方で、反タクシン派は入国を認めた日本政府や、日本側にビザの発給を要請した新政権に対する反発を強めている(以上抜粋)。

 まず日本政府の一貫性のない対応は疑問です。いくらタクシン氏の実妹インラック氏が首相に就任したからといって手の平を返すような対応、第一自国の法律を遵守しないなんて・・・
 またタイ国内の対立が再発することが懸念されます。圧倒的支持を受けての新政権、しばらくはタイに平穏が戻ってくると期待していますが、再び治安が危うくならないことを希望します。

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August 18, 2011

№1222 円高でメリット

バンコク・エアウェイズ機 福岡空港にて
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 アメリカ国債のデフォルト(債務不履行)問題に端を発した今回のドル安円高。リーマンショック以降の景気低迷、そして今年3月の東日本大震災による景気停滞、ようやくサプライチェーンの回復に伴って日本経済も上向き傾向かと期待していた矢先の“超円高”です。

 8月18日現在、ネット情報では1ドル76.47円と過去最高水準を伺っています。
 この夏、円高メリットを享受しようと、金券ショップでドル買いをする人たちのニュースが流れていましたが、金券ショップのドルが底をついたとか・・・
 また、海外旅行客が急増するかと思いきや、去年の夏並みだといいます。石油価格の高騰で燃油サーチャージも急騰していて、円高メリットを打ち消してしまっているからです。

 アメリカのデフォルトによる国際通貨「ドル」の崩壊懸念や信用不安、そしてギリシャの財政破綻から連鎖する欧州のユーロ安。日本経済にとっては、国内経済の停滞と相俟って“内憂外患”状態に陥っています。

 あれこれ心配してばかりでは仕方ないので、ここは震災復興による景気回復を期待し、個人ベースではお金を貯め込まないで、当たり前にお金を使うしかないですね。

 ちなみにタイ・バーツに目を転じると、8月17日現在バンコク銀行レートで1万円に対し3813バーツと、2008年12月の3856バーツの最高値に迫る勢いです。
 少なくともわたしはこんな高値で両替したことはありません。ヘタをすると3000バーツ前後のレートもありましたし。

 http://hellobangkokthai.com/12kawase.html

 在タイのロングステイヤーの方々は、昨今の円高メリットを享受されていることと察します。10月、久しぶりに訪タイするので、もうしばらくそこそこの円高水準が続いてほしいものですね。

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July 07, 2011

№1218 タイの総選挙に思うこと

    2005年の選挙の様子
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 タイ下院の総選挙は、7月3日投票が行われ、タクシン元首相の実妹、インラック氏(44歳)を次期首相候補とするタイ貢献党が、アピシット首相率いる与党・民主党を破って圧勝した。これでタイ初の女性首相が誕生することになった。
 5年前のクーデター以降、タクシン派と反タクシン派の対立が新たな局面を迎えることとなりましたが、タクシン元首相がどのように復権を果たすのか、大きな関心事ですね。

 期待に応えられなかったアピシット首相政権の閉塞感を打破したいという国民の意思が表れた結果でしょうが、日本の状況と対比すると、羨ましく思います。
 「変化」を求めても実現できないもどかしさが、今の日本社会には充満しています。元学生運動家?だった菅直人首相、一旦権力を手に入れると「刀折れ矢尽きるまでやめない」と息巻く姿を見ると、こんなリーダーを戴く日本の“不幸”を感じずにはいられません。

 彼が発した「一定のメド」が、小学生の間で流行っているとか。例えば「宿題を忘れて先生から叱られた時、『一定のメドがついたら提出します』」という使い方をするそうです。これに対して大人は、自分の子どもにちゃんと説明ができるのでしょうか? 「菅首相は誤っていると」
 子どもの教育にも悪影響を与える菅首相、日本の憲政史上最悪の首相として、後世に記憶されることと思います。

 そこで思ったこと。まず「日本の総理大臣を直接公選によって選びたい」 私たち国民は、選挙で間接的に総理大臣を選んでいるのですが、首相本人が「辞める」と言わない限り、いつまでも居座られるばかり。とても民意の支持を得た政権ではないにも拘わらずです。
 もっと国民が、国民の代表を選出する責任の重さを感じるためにも、選挙・政治制度を変えねばなりません。

 もうひとつは、 「国民投票」の制度を導入すること。これは“脱原発”議論に関して、ドイツやイタリアなどの例を見るように、国のあり方や将来についての重要事について、必要があれば国民投票を実施できるようにしたいということです。
 ところが現在の日本の制度では、国民投票をする時は唯一、憲法改正の是非を問う時だけです。

 この2つを実現しようとすると、わたしの知る限りでは、日本国憲法を改正するしか方法はありません。
 これまで護憲派だったのですが、憲法9条の精神を堅持しつつ、この2点を改正できるのであれば、憲法改正に賛成です。

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October 26, 2007

№754 「クーデター後のタイ」

      講師の永田さん
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 07年10月21日、バンコク・クロントイスラムの教育支援をする「くるんてーぷの会」の学習会に参加しました。講師は今年7月までの2年間、西日本新聞社のバンコク支局長だった国際部次長 永田健氏。昨年8月バンコクでお会いしてから久しぶりの再会です。タイ駐在から帰国したばかりの永田氏が、 「クーデター後のタイ」という演題で、最新のタイの政情などを語っていただきました。

 昨年9月19日に起きたクーデターですが、バンコク市内は一般的なイメージとは異なる平穏なクーデターであったこと。政変で失脚したタクシン元首相の政策の功罪について。そして国民から敬愛されているプミポン国王のことなど、新聞記事には載らないエピソードを交えながらの分かりやすい説明で、これまで断片的だったタイ政治の現状について理解が深まりました。

 中でも今年12月23日に予定される総選挙の話は、興味深いものでした。永田氏によると、総選挙によってクーデターによる政治のリセット機能が完了し、現在のスラユット暫定政権から民政へと政権が移管されるだろうとのこと。
 元タクシン派が多数入党した「国民の力党」が第一党を狙っていて、その対抗馬がアビシット党首率いるリベラル派の「民主党」、それにクーデターの首謀者ソンティ陸軍司令官が政界入りをし「中道主義党」設立の動きもあるとか。
 今年8月の憲法改正を問う国民投票で暫定政権の方針が支持され、首相の権力集中を防ぐため任期は2期8年まで、そして小選挙区から中選挙区比例代表並立制への変更によって、タクシン元首相の「タイ愛国党」のように議席を独占することは難しそう。一般的な選挙予想では、「国民の力党」も「民主党」も過半数を取れずに、他の党を巻き込んでの連立政権になるのではないかと言われているそうです。
 これまでプミポン国王頼みの政治混乱の収拾や、クーデターによる政治のリセットをしてきたタイ式の政治運営。12月の総選挙をはじめ今後、真の民主主義へと成長していくのか、タイ民主主義の行方が注目されるという話でした。

 最後にタイ最南部のイスラム問題の話題です。80%がイスラム教徒というヤラ・パタニ・ナラティワット3県がタイからの分離独立を求めてタイ政府と対立しています。タクシン時代に両者の関係が悪化し、2004年からの2年半で2300人もの人が、テロにより亡くなっているそうです。日常的にテロが発生していて今も沈静化していません。
 しかし石油などの資源がない地域で、外国人が対象となっていないこともあって、国際社会からの関心が薄いのが現状とのこと。日本人として実際に何かできる訳ではないものの、イスラム問題の動向にも注目してもらいたいという話で学習会を締めくくられました。

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July 02, 2007

№690 止まらないバーツ高

 水上バスでチャオプラヤー川を行く
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 最近、新聞の経済面にある為替レートの数字が気になります。バーツ高が続いていて、1バーツ=4円が目前になっているからです。バーツ高というのもありますが、一方で円安でもあります。対ドルでこの1年ほどで1割下落し、対ユーロでは最安値を再三更新しています。円の実質実効レートは1985年9月以来の低さだといいます。

 07年6月29日の朝日新聞に「アジア通貨危機から10年」という記事が載っていました。
 アジア通貨危機の引金となったタイ・バーツの切り下げから7月で丸10年。危機に見舞われた国々では輸出の増加に伴って、外貨準備が大きく積み上がり、経済が強くなった。だが、うごめく投機マネーは、新興国に新たな課題を突きつけている。
 世界的なカネ余りの中、国境を越えて動き回る投機マネーは、新興国の経済を10年前とは違った形で窮地に陥れる危険をはらむ。
 投機マネーの急激な流入がバーツ高をもたらしている。投資ファンドは、金利の低い日本で資金を借り、アジアに投資。ドル安に加え、円安がアジアの通貨高を後押ししている。06年にアジアの新興国に流れ込んだ民間資金は、99年のおよそ6倍に膨らんだ。
 タイのチャロンポプ財務相は「投機マネーの勢いは、10年前を上回る。だが、対応する適切なすべはない」と言う。

 4円を超えるのは時間の問題かもしれません。長いこと1バーツ=約2.7円が続いていましたから、50%ものバーツ高になります。この夏もタイ行きを計画しているので、バーツの為替レートの動向が気がかりですが、ロングステイヤーやタイ在住の方にとっては直接生活に影響するだけに大きな問題です。バンコクの両替商で両替すると、以前は1万円が3700バーツだったものが、1バーツ=4円になると2500バーツにしかなりません。やはりこの差は大きいですね・・・

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April 07, 2007

№638 タイの「本場の味」 近づく?!

  バンコクの北、ノンタブリーにて
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 07年4月4日の朝日新聞からです。
 安倍首相と来日中のタイのスラユット首相は3日、日タイ経済連携協定(EPA)に署名した。早ければ10月にも発効する。タイは自動車や電機など日系メーカーの生産拠点で、発効で貿易・投資が自由化されれば、国際分業が加速しそうだ。
 農水産品では、日本はマンゴーやドリアンなどの熱帯果実やエビの関税を即時撤廃するほか、タイからの最大の輸入農産品である鶏肉や加工肉の関税を引き下げる。タイからの輸入品の約92%が無税になるとのこと。日本側の抵抗が強かったコメは対象外になっている。

 さて、その関連記事の「本場の味 近づく?!」に注目しました。
 日タイEPAは、ハーブや辛さで人気のタイ料理にも追い風になる。
 日本は、代表的なスープ料理「トムヤムクン」の具材のエビの関税を即時撤廃。「果物の王様」と言われるドリアンやパパイヤなど熱帯果実も無税になり、数%程度は安く手に入りそうだ。
 タイの料理人が日本での就労ビザを取るための条件も「実務経験10年以上」から「5年以上」に緩和される。日本貿易振興機構は、本場のタイ料理店の日本進出や食材のPRの支援を買って出る。

 2国間の通商交渉は、モノの自由化に主眼を置いた自由貿易協定(FTA)から、人やサービスまで目配りしたEPAに拡充されつつある。人、モノ、サービスの集大成でもある「料理」は、EPAの効果を映し出す鏡と言えるかもしれない。

 早ければ今秋10月からEPAが発効すると、タイ料理や南国のフルーツがもっと身近になって「本場の味」を味わうことができそうですね。とりわけドリアン、マンゴー、マンゴスティンなど日本では高価なこれらのフルーツが、手軽に食べられるようになれば本当に嬉しいニュースです。今はタイに行った時にしか、なかなか食べられませんし。もっともそれがタイ滞在の楽しみでもあるのですが。しかし、関税が撤廃されても数%くらいしか安くならないのでしょうかね。
 さらに、タイマッサージ師を含めた「人」の受け入れも今後推進されることでしょう。調印されたEPAが実効あるものとして機能し、タイ国がもっと身近な存在になることを期待したいものです。

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February 16, 2007

№606 日タイ修好 120周年

 アユタヤの日本人町跡の記念碑
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 今年は、1887年に日本とタイとの間に正式な外交関係が結ばれてから120年目に当たることから、 「日タイ修好120周年」になっています。タイでは干支の12年の倍数は特別な年と考えられることも重なって、特に祝賀されているようです。

 タイ国政府観光庁の広報誌「ムアンタイ」(第47号)に「日タイ修好120周年」の記事が紹介されています。
 タイと日本との交流の歴史は古く室町時代の1338年に遡り、足利義満の時に、シャムの船が1年間日本に滞在したという記録があるそうです。
 16世紀末には、豊臣秀吉が南蛮貿易を奨励し、1636年に鎖国令が出されるまでは、御朱印船が交易を担っていました。アユタヤには歴史的に有名な日本人町が形成され、最盛時には1500人もの日本人が居留し、あの山田長政がアユタヤ王朝の国王・ソンタムの信任を得て活躍したのもこの頃です。
 その後長い鎖国の時代を経て、1887年9月26日、ラマ5世チュラロンコーン国王の時、日タイ修好宣言が調印されました。以来、日タイ両国が長期的な友好関係を築いてきたことは、ご承知の通りです。また、日本とタイの皇室・王室の親密な関係も、両国の友好の絆になっています。

 「日タイ修好120周年」を記念して、今年は文化、芸術、科学、スポーツなど幅広い分野で記念イベント等が開催されるようです。すでに1月16日、バンコクにおいて開幕式典が催され、2月27日には東京でも式典行事が行われる予定です。

 タイの日本公館のHPによると、2005年時点で在留届を提出している現地在留日本人は約36300人。前年度比、約4千人増。世界の国別在留邦人数では第7位です。内訳は民間企業関係者が約8割。残りは自由業関係者1150人、学生1500人、永住者750人など。一方で在留届を出していない日本人も多く、長期滞在者は7万人・10万人とも。また、タイへの日本人渡航者数(観光客)も約120万人にも上っています。

 昨年9月の軍部によるクーデターや、年末のバンコクでの爆弾テロなど、このところの不安定な政情や治安が気になるところですが、修好120周年を機に、日タイ両国の友好と交流がさらに発展することを切に期待するものです。

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January 02, 2007

№578 バンコクで同時爆弾テロ

     バンコクの中心街
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 大晦日の31日、バンコクで同時爆弾テロがあったというニュースを、元旦に聞いてびっくりしました。新年早々ですが、バンコクでロングステイなさっている皆様に、お見舞い申し上げます。
 これまでバンコクでは爆弾テロはなかっただけに、少なからずショックを受けているのは、わたしだけではないと思います。

 バンコク発の共同通信からです。
 タイの首都バンコクで、31日午後6時頃、市中心部の戦勝記念塔広場や交番など7ヶ所で次々に爆発物が爆発、3人が死亡し少なくとも20人以上が重軽傷を負った。同時多発テロとみられる。
 犯行声明は出ていないが、バンコクの副知事は新年の祝賀行事をすべて中止すると発表した。日本の有名デパートが並んだ市内中心部の一角では、同日夜、新年を迎えるカウントダウンが行なわれる予定だっかが、中止となったという。

 テレビのニュースでも言っていましたが、タイ南部ではイスラム武装勢力による爆弾テロが頻発していますが、
バンコクでのテロはほとんど前例がありません。06年9月のクーデターで政権を降りたタクシン前首相の支持者によるテロの可能性もあると報道していました。

 今回の爆弾テロは、戦勝記念塔広場やクロントイ市場など、多くの市民や観光客が訪れる場所で発生しています。それだけに市民生活に対する不安や影響は大きいものがあります。
 ちょうど正月休みをバンコクで過ごしている日本人観光客も多い時期ですから、今後のタイの観光やロングステイに影を落とさなければよいのですが。

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September 21, 2006

№508 タイでクーデター!

   王宮前広場から王宮を望む
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 既にみなさんご承知の通り、19日夜バンコクでクーデターが起こり、軍と警察からなる「民主改革評議会」が全権を掌握しました。プミポン国王が、同評議会のリーダーであるソンティ陸軍司令官の暫定首相の就任を承認したことから、クーデターが事実上成功しタクシン政権の崩壊が決定的になりました。
 20日朝、NHKでクーデターのニュースを聞いたときは、正直びっくりしましたが、テレビの映像を見ていてもバンコク市内は比較的平穏ですし、発砲や流血の事態にはなっていないことで、ひとまずホッとしました。

 詳しい情報は各メディアからの報道に任せるとして、バンコクの佐藤さんから市内の様子を教えてもらいました。
佐藤さんからのメールによると“平穏なクーデター”だということです。 
 実は佐藤さん、当日夜9時前にタイ人の友人から「今晩クーデターが起きるから、もし外に居るなら早く家に帰ったほうが良い」という電話をもらっていたそうです。
 「ちょうど毎日夜食に食べる『ヤム』を買いに市場までバイクで出て来ていて、屋台の向かいの店のテレビを見ると『国王賞賛』の特別映像ばかりが流れていて、『ああ、これはもう軍がテレビ局を報道管制下に制圧したもの』とすぐにわかりました。
 NHKはじめBBCや他のUBCを経由して見られる衛星放送も見られなくなっていて、ニュースとしては一切が報道管制されていました」。

 「20日は公務員、学校、金融期間が一斉に休みになったので、道路はガラ空き、バスの乗客もほとんどいないという光景になりました。バンナーのセントラルデパートに昼食に出かけたのですが、全く通常と変らない空気でした。セントラルデパートは家族連れで普段の平日より賑わっていましたし、私共は全く平常に暮らしています。
とても戒厳令下とは思えない普通の状態でした。
 もっとも官庁周辺やタクシンの関連施設、政治関連の施設周辺は物々しい警備になっているようですが、市民も兵士や戦車と記念撮影したり、緊張でピリピリという状態ではないようですね」。

 ところで、わたしのブログのアクセス数もクーデターの影響を受けてなのでしょうか、昨日は約800件もありました。普段は400~500件ですから、約2倍近くにもなり、タイ関連のサイトへのアクセスが急増したことが窺がえます。

 いずれにせよ、軍主導の政権ではなく、総選挙による民主的な政権が早期に誕生することを願っています。それがタイが民主的国家として国際社会からの信頼を回復する道でしょう。
 わたしとしても、政情不安のままでは安心して訪タイしにくくなりますので、早くタイの政治が安定してもらいたいところです。観光客やロングステイヤーの多くもそう願っていることでしょう。

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