October 25, 2006

№532 西日本新聞に載る

     クロントーイ市場にて
20050329_dscf0613

 10月23日の西日本新聞の朝刊にわたしの記事が載りました。「@亜州」というアジア各地で活躍する日本人や日本との交流に関わるアジアの人たちを紹介する人欄です。同社の韓国、中国、タイなどアジア各国の駐在員が持ち回りで記事を書いています。
 バンコクの永田支局長とお会いしたのが今年8月。永田氏がタイのロングステイについての連載記事を書く際に意見を求められたのがきっかけで、バンコクで初めて会いました。その時の写真と意見交換をした時の内容が、今回記事になったという訳です。そして先週も、国際電話で追加取材を受けました。
 当初はもう少し早い掲載と聞いていましたが、9月のクーデター勃発の混乱でこの時期になったようです。

 記事では以下のように紹介されています。
「高齢社会を生きるヒントに」
 九州大学大学院に籍を置き、5年前からロングステイの研究に取り組んでいる。40代半ばで大学院に進学し、自分の『人生の後半』に参考になるような研究テーマとして、定年後海外に移住する人たちに興味を抱き、「高齢社会をどう生きていくか、そのヒントがあるのでは」と調べ始めたのが研究のきっかけだ。

 毎年、タイのバンコクやチェンマイを訪問。こうした現地取材・研究の成果をブログ「シニアの新しい生き方としてのロングステイ」につづっている。「定年後の生き方を考えるための材料を発信していきたい」。

 ブログ名を書いていただきましたので、アクセス数が増えてよりロングステイに関心を持つより多くの方に読んでいただければ幸いです。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 19, 2006

№331 バンコク走遊会 10周年

   10周年記念マラソンの記事
soyukai

 バンコク在住の走ることが好きな人のサークル「バンコク走遊会」が、今年創立10年を迎えました。おめでとうございます!それを記念して、走遊会の会員で「タイロングステイ日本人の会」の理事でもある栗並登紀男さんが、会員向けにメールを配信されました。栗並さんのご厚意によって、その内容を紹介させていただきます。

「走遊会10周年と老化と頑固と」 栗並 登紀男

 月日の経つのは早いもので、97年3月走遊会に入って丁度9年になる。当初はあまり大会には参加せず、もっぱら宴会要員だった。茶々庵の二階がなつかしい。
 年に3回、10km走が始まりだった。当時は毎週ゴルフに出かけ、軽く100を切っていた。いつの間にか、ゴルフは減り、マラソンに傾いた。何故なのか、自分でもわからない。一つ言えることは、ゴルフは同伴競技者に気を使う必要がある。自分勝手には行動できない。時にはナイスショットと褒めることも必要だ。そしていつも握りで、負けて金払うことも必要だ。小心の私?にはどうもそのへんが、あまり性に合わないのかもしれない。
 ところが、長距離走は基本的に、一人でやる運動だ。マイペースで好きなように出来る。仲間も似たような人が多い。世の平均から見ると、変人が多いが世界観が比較的近い。

 タイでロングステイ会に入り、何もしない世話役をやっている。会員は定年すぎのおじさん達が主流である。人間50すぎたら、頑固で、考え方がころころ変わらないほうが良いと思ってはいる。無理して人に合わせて、今さらどうするのと言うのが、小生の考えである。
 ところが、ロングステイ会員の中には、本当に変人がいる。当初は良かった関係が何故か悪化する。腹を立てて脱会する。そして新しい会をつくり、同じようなことをする。

 タイにはミニコミ誌がたくさんある。無料で同窓会、不用品販売、行事の宣伝をしてくれる。皆さんの中で、下記のようなニユースが一緒に掲載されているのを見て、おや!!と思ったひとがいれば、その人は注意深い人です。
(例) VOICE MAIL 25 Jan. 2006
  タイロングステイ日本人の会 月例会のご案内
  ロングステイ タイ暮らしの会 開催
 どちらも暮らしの相談、タイ語、ゴルフ、旅行会、食事会を行います。後者は前者を出た人が新たに作った会です。前者にも二派あってゴルフ大会もそれぞれ行われています。面白いですね。人間、特に男性は常に闘争することによって元気をつけているのかも知れない。女性の世話役が閉口してよく言ってます。男の人ってどうしてこうなんですかねと。

 世話役に代わり宣伝します。皆さん!!! 主催大会はこれで最後かもしれない。10年後まだ生きてますかね。何が何でも、参加してゆっくり走りましょう。
走遊会主催 MAR 26(日)2006
マラソン10km 6:00am ノンタブリ 厚生省
懇親会      6:30pm PANPACIFIC HOTEL

 走遊会10周年記念のため、リレーエッセイを全部コピーした。10年間に66人が書いている。平均一人二回登場。小生出過ぎですが。懇親会で配付します。乞ご期待。  以上
                                   

 「走遊会」で走ることの魅力や、ロングステイ会を通してシニアの長期滞在ぶりがよく分かります。
 3月26日のマラソン大会に参加希望の方、是非どうぞ。先週のバンコク週報に記事が出ていたようです。また、バンコクでロングステイされている方、これから計画される方で、走ることが好き、仲間が欲しいという方は入会されてはいかがでしょう。タイ国日本人会のホームページに「走遊会」のコーナーがあります。 
 http://www.jat.or.th/kakubu/undoubu/soyu.html

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 29, 2006

№282 養老孟司氏の「無思想」という思想

    チェンマイのプラ・シン仏
IMG_0701

 今年元旦の朝日新聞の養老孟司氏のインタビュー記事からです。
 「世界に乱立する壁の本質は何か」についての話で、歴史問題をめぐる日中関係を例にとってこのように答えています。

 つい先週、タクシーに乗ったんですよ。運転手さんが同僚の葬式に行った話をして、お坊さんがたまたま近くを通りかかったから、何の関係もなかったけど聞いたんだって。「死んだらどうなるんですかね」って。坊さん、こちらをぎっとにらんで一言、「死んだらおしめいよ」って言って、向こうにいっちゃった。 「あれはよくできた坊主だ」って言うんだね。
 印象的だったのは運転手の「できた坊主だ」ってコメントで、日本の庶民は、根本的にそう思っているんだよ。神も仏もないって。それは無宗教、無思想を意味しているんですよ。 「無思想」という思想。

 日本以外の国は基本的に全部、中国を含めて「有思想」なんです。思想がある社会は、歴史が現在に介入して当然。歴史は事実じゃなくて思想だから。「歴史はこうだった」というのは、明らかに思想なんです。
 だから靖国問題ひとつ取っても意見が合うわけがない。日本は「死んだら最後、関係ねえ」って社会なんだから。 そこから議論を始めないと、お互い通じるわけがない。

 違う考えがあるときに、180度対立する場面を取って「意見が違う」というのは、極めて非生産的なんです。
90度食い違うようにすればいいんですよ。
 外交でも本来こうあるべきなんですよ、90度ずらしながら自分を主張する。日中が政治問題でもめるなら、では環境問題を話し合おう、ってのが正しい。
 「違いを認めながらやっていく」ことが、一番うまくやる方法なんです。違いがあることが悪いことだって思っている人がいるでしょう。 仲良くするってことは、そういうことではないんですよ。

 「違いを認めながらやっていく」という捉え方は、個人に置き換えても参考になります。 たとえば海外でロングステイした場合でも、滞在する国の文化や習慣など、その違いを尊重することは大切なことです。 日本ではこうだとか、日本より不便だとか、ともすると日本を基準にしてものをいう傾向があります。
 しかし、滞在する国の違いを楽しむというか、「郷に入れば郷に従う」気持が必要だと思います。 不便なことを楽しむ、適切な表現ではないかもしれませんがその国との違いを面白がるような心の余裕があると、その滞在がより有意味なものとなるのではないでしょうか。決して日本の物差しを持ち込んではならないのです。

 異なるものとの壁は外から作られるのではなくて、自分の心の中から生じるものなのです。違いがあるからこそ面白いのです、そして心が躍るのです。 ここはひとつ滞在国のルールに従って“心の壁”を作らずに、のんびりと異文化に浸ろうではありませんか。 そこから新しい価値観が生まれてくるかもしれないのですから。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

November 27, 2005

№222 季節はずれの雷鳴

    バリ島ウブド近郊にて
04033123

 季節はずれの雷鳴で目が覚めました。昨夜から遠くで稲光が白く光っていたのですが、いよいよ近くに来たらしい。バンコクの雷とスコールには及びませんが、それでもこの時期としては大きな雷鳴と激しい雨が降っています。時計を見ると朝とはいえない時間、まだ起きるには早過ぎます。

 雷に起こされた時は、夢を見ていました。その夢は、ブログの記事を書き終わったところで確かにその手ごたえがあったのです。 しかし、どんな内容だったのかは、目が覚めてみると記憶がだんだん遠のいていきます。 まどろみながら記憶をたどるのだけど、とりとめのないいくつか夢を断片的に思い出すだけで、切れ切れになってしまった記憶のパッチワークはどうしてもうまくつながらりません。
 思い出そうとすればするほど、記憶の張り合わせ作業は徒労に終わります。せっかく面白い記事だったはずなのにと思う反面、それは仮想の話なのだから事実の記事にはならないのです。

 このように書くと、何だかブログの記事を書くことに追われているようですが、そんなことはありません。生活の一部になっているから夢にも見るのでしょう。 早朝にブログの記事を書くことが多く、起きるとまずパソコンの電源を入れて、お茶を飲みながらキーボードを叩き始めます。
これまでの取材や思いついた内容のタイトルを書き留めておいたリストの中から、その時の気分で書き始めます。すらすら書けるときもあれば調子が出ない日もあります。 それでも毎朝キーボードに向かうことが、生活のリズムになっているようです。
 小説家の宇野千代さんが、「小説を書くコツは、毎日机に向かうことだ。書きたい日も書きたくない日も」といっていますが、その通りだなと実感しています。この言葉を忘れずに、こうして何とか書き続けています。

 まだ夜は明けきりませんが、ようやく小降りになり雷も通り過ぎていったようです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 08, 2005

№203 タイ人気質 エピソード2

    ナイトバザールの屋台
20050804_dscf0067

エピソード2
 悪いことは続くものです。エステの後、やっとのことでBTSプラカノン駅に到着したのは、待ち合わせから1時間遅れでした。待ち合わせしたタイ人のガイドさんに平身低頭。
 
 駅前の和風料理店「秋吉」のしゃぶしゃぶ、すき焼き食べ放題(330バーツ、約1000円)が、今晩の夕食です。お好みで牛肉、豚肉どちらでも選べます。 最近、この店はタイ人にも人気で、金曜日の8時過ぎということも重なって満席です。
 順番待ちのお客さんが、何組か待っています。およそ1時間待ちとのこと。この近くに他にレストランはありません。仕方なく待つことにしました。7時の待ち合わせが9時の食事になってしまいました。これもあのエステのお店のせいです。まったく!

 半ばあきらめ気味に待つこと約40分。予想よりも早く前のグループが案内され、ようやく次の番になりました。少しは早めに、しゃぶしゃぶにありつけるかと思いきや、なかなか呼ばれません。 その間、食事を終えて会計を済ませるお客さんがいるにもかかわらずです。受付で聞いても「あと20分」と取り合ってくれません。
 おかしいなと思って店内をチェックすると空いている席があるのです。「空いてる席があるじゃないか」と再度交渉すると、悪びれるでもなく「ああそうでしたか」といった感じで席に案内しました。 

 料理や味のレポートはさて置き、なぜ待っているお客さんを案内しないのでしょうか。根本的な接客サービスに問題があるのですが、これもエステのお店と同じく、タイ人の気質「マイペンライ」に原因があるような気がします。
担当者や責任者がいても、その実誰も責任を取らない、「わたしには関係ないこと」そんな感じです。「申し訳ありません。お待たせしました」という謝罪めいた言葉もなく、さもこれが普通、よくあることだという態度なのです。
 一般的に日本人は時間に正確でサービスにも敏感ですが、タイ人はその正反対なのかもしれません。
 一日に2度のメイペンライ、こんな「マイペンライ」はもうたくさんです!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 07, 2005

№202 タイ人気質 エピソード1

     エステ店の個室
20050805_dscf0085

 タイ人気質を表すエピソードを2題。2つともわたしの体験からです。

エピソード 1
 この夏、同じ時期にバンコクを訪問していたTさん親子と3人でエステに行きました。これまでも何回か利用している感じのよいお店です。 予約の時間通りに行くと個室が空いていないということで、予約を入れていたのにと思いつつも、近くの支店へ車で案内されました。 何とかそこで3人とも個室で、2時間のアロママッサージを受けることになりました。
 
 いつもの通りの心地よいマッサージと日中の疲れで、すっかり眠り込んでしまい、起こされてマッサージが終わったことが分かりました。 手早くシャワーを浴びて、Tさん親子を待たせてはいけないと思いつつ待合室に戻ります。既にTさんたちは、ソファーに座って待っていました。
 何か雰囲気が変だなとロビーの時計を見上げると、わたしだけ2時間コースが2時間30分近くも掛かっています。かなりの時間待たせていたのです。その上、本店から支店へ回されたこともあって、予定時間よりかなり遅くなっています。
 この時点で、次の予定である知人との夕食の待ち合わせ時間に間に合いません。 すぐに受付の女性にBTSの駅まで車で送るように頼みましたが、これまた本店からの車を待つ時間がかかり、余計に遅くなりました。 結局、待ち合わせの時間に1時間近く遅くなり、知人に申し訳ないことをしてしまいました。

 最初のエステの本店での対応から、2時間のコースが延びてしまったことや、BTSの駅までの送りの車の手配などの謝罪や説明は、ほとんどありません。「これは仕方がないことです」「そんなに気にしないで」といったスタッフの態度と対応なのです。まさに「マイペンライ」とは、このことでしょう。 都合の悪い時は、いつもこれで済まされてしまい、外国人には評判が悪いそうですが、不運にも遭遇してしまいました。
 急がない時には、これが「マイペンライ、マイペンライ」と自分に言い聞かせることもできますが、約束があるときに限ってと思うとその怒りを持っていきようがありません。
 都合のよい「マイペンライ」は嫌いです!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 05, 2005

№200 祝!200回

 マーケットで花のお供えを売る女性
20050806_dscf0089

 本日11月5日、ブログの記事が200回を迎えました!
 4月にスタートして7月26日に100回になり、それから3ヶ月あまりで200回になりました。 今流行のブログをやってみようと軽い気持ちで始めたのですが、この間ほぼ毎日記事をアップすることができました。
 
 100回の頃のアクセス数は、30~50件にとどまっていましたが、最近では200件を超える日も珍しくありません。 また、九州のフリーペーパー「ワールド・ジョイント倶楽部」にわたしのブログの記事が載り、来週には日経BP社のシニア向け情報サイト「セカンドステージ」にも掲載されることになっています。
 
 このように少しずつ認知度が上がり、より多くのシニアの方、そして団塊の世代を中心としたこれからのシニア世代に「新しい生き方としてのロングステイ」の提案や情報提供を続けて行きたいと思っています。
 これまでの会社中心の人生やタテ社会の人間関係から、地域社会に根ざしたヨコの人間関係の人生へとシフトさせるひとつのきっかけとして、ロングステイが機能するのではないかと考えています。これからもロングステイの機能や効果を紹介、提案していくつもりです。

 正直言って毎日記事を書いていると、どんなことを書こうかネタに困ることもありますが、毎日のアクセス数を励みに300回を目指して書き続けていきますので、よろしくお願いいたします。
 なお、12月下旬には、ネタ探しにチェンマイ、チェンライを中心に取材旅行へ行く予定にしています。

                              感謝

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 16, 2005

№150 豪快なタイマッサージ嬢

 チェーンセンのホテルのインテリア
IMG_0238

 タイマッサージ嬢にも色々な女性がいるという話です。バンコクではその大半が、タイ東北部イサーン地方出身の女性たちです。
 この8月、タイ北部メコン川沿いの町チェーンセンで、豪快なタイマッサージ嬢に出逢いました。 名前は「サフォーイ」ちゃん、22歳。 こんな田舎町には不釣合いな、ちょっと太めだけどカワイイ感じの茶髪の女の子です。制服は着ていなくてTシャツにジーンズ、アクセサリーもたくさんつけています。バンコクのマッサージ店の制服を着た30代の女性を見慣れたわたしには、マッサージ嬢らしくない「サフォーイ」ちゃんに新鮮な印象を受けました。
 
 元々タイマッサージは大好きで、バンコク滞在中には2日に1回は通っています。しかし、今回は忙しかったので、チェーンセンの町で初めてのタイマッサージとなりました。 チェーンセンにもマッサージ店はあるのですが、小さな町ですからホテルまでの夜道は危ないということで、ホテルの部屋に出張して来てもらうことにしました。そこで、やって来たのが「サフォーイ」ちゃんです。

 2時間のマッサージで出張費込みで550バーツ(約1650円)、普通バンコクでは高いお店で400バーツくらいですから、地方の割には少し高いのかもしれません。
 早速、パジャマに着替えて始めてもらいました。タイ滞在が1週間を過ぎて、疲れた体をほぐしてくれます。いつもはここまま眠気に誘われて眠ってしまうのですが、この夜は違っていました。
 今風の女の子の「サフォーイ」ちゃんは、部屋のテレビのチャンネルを好きな番組に変えて、タイ語の番組を見ながらのマッサージです。その上、時々携帯が掛かってくるので、その都度中断します。 こちらもテレビの大きな音量と携帯電話が気になって集中できないのです。

 「サフォーイ」ちゃん、まだ若いので経験が浅いのでしょう、初めは硬くなった体には気持ちいいと思えたマッサージが、体がほぐれるにつれて、だんだん痛くなってきました。 小さく声を出しながらのハードなマッサージと、ゆったりというより忙しない早業の連続です。体格がよさが災いして、とにかく力が強いのです。 この力任せの荒技といつも以上にアクロバティックな体勢で、眠くなるどころか痛さに耐えなければなりません。

 「痛い」とか「ゆっくり」といった簡単な日本語は、バンコクでは通じるのです。しかし、現代っ娘の「サフォーイ」ちゃんには、日本語どころか英語も全く通じません。年も指折り数えて、聞いたくらいなのですから。
「気持ちいい」の意味のタイ語「サバーイ」は知っていても、「痛い」のタイ語は知らないのです。「イタタタ・・・」と呻きながら、ひたすら耐えることしか術がありません。 こんな時は、時間が経つのは遅いものです。このままどうなることやらと思っていると、突然終わったとのジェスチャーです。時間を見ると、まだ80分しか経っていなかったのですが、 「終わってよかった」と正直ホッとしました。 マッサージのスピードが速いので、メニューが早めに終わってしまうのでしょう。こちらも120分続けられたら、明日はひどい筋肉痛で体がバラバラになってしまうところでした。

 料金を受け取った「サフォーイ」ちゃん、一緒に仕事に来ていた仲間のマッサージ嬢が迎えに来て、 「じゃあねー(多分)」と言いながら早々に帰っていきました。 片田舎の小さな町に、今風の若いマッサージ嬢、このアンバランスがおかしくもあり、おもしろい体験をさせてもらいました。
 こんなの初めてです・・・

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 29, 2005

№132 「会社人間」から「地域人間」へ その2

     えんがわくらぶ
03

その2
 「えんがわくらぶ」に入って半年くらい経ち、古賀東小学校の子どもたちと交流するようになって、ようやく肩の力が抜けてきたといいます。昔遊びの竹細工づくりや子どもたちと給食を一緒に食べる給食交流をするうちに「自分らしさ」を取り戻していきました。
 給食交流をしていたある日のこと、ある子どもから真面目な顔で「おじちゃん、どうして頭に毛がないと?」と聞かれた岩井さん。とっさに「おじちゃんも毛が欲しいったい」と答えた瞬間に、 「フッと肩の力が抜けて、心のスイッチが切り替わった気がした」そうです。
 「今までの会社人間の自分のままだったら、そんな答えはできなかったでしょうね。素直な子どもの一言が、自分を変えたんですよ」。これまでの「会社人間」が吹っ切れて、「あるがままの自分」に気づいたのです。これまで周りの目や評価を気にしていた自分から、裃(かみしも)や鎧兜が自然に脱げて、「素の自分」に切り替わったといいます。

 肩の力が抜けてからは、次のステップへ、次の自分へと徐々に変わっていき、他のメンバーとも話しができるようになりました。「新しい仲間ができたことが、一番よかったですね」。それと「 “もう68歳からまだ68歳”へとポジティブな考え方に変わりました」。今では、野菜や花づくりの助手をしたり、町内の老人会で手品を披露したりするまでになったといいます。そして、近所の方とも挨拶や会話ができるようにもなりました。
「えんがわくらぶ」に通ううちに、一週間の生活のリズムが出て、メリハリのきいた生活が送れるようになったのです。今では「えんがわくらぶ」に週2日、パソコン教室に2日、「シニアルネサンス・こが」に1日と、平日のスケジュールは一杯です。

 「子どもとの交流は楽しいですよ」と、笑顔で楽しそうに話をされる岩井さん。他のメンバーが、通い始めた頃とはまったくの別人のようだと、驚くほどの変わりようです。現在は、メンバーから推されて「シニアルネサンス・こが」の会長を務めるまでの「地域人間」ぶりです。
 会社時代を振り返りながら、「仕事漬けの毎日だったので、定年になったら旅行など遊ぶことばかり考えていました。仕事から早く解放されて楽になりたいの一心でしたね」。しかし、いざ定年になってみると「定年は想像以上に寂しいんですよ」としみじみと話されました。 毎日が日曜日といっても、いつも会社の仲間に会う訳にはいかない。付き合いも月に1回のゴルフや飲みに行く程度になってしまう。「それよりいつも地域の仲間と交流する方が、とても楽しいですね」。この言葉が、自分らしい人生に気づき、地域人間になった岩井さんの実感のようです。

 岩井さんのケースでも分かるように、 「会社人間」から「地域人間」へ変わるには、何かの“きっかけ”が必要なのです。
 日本国内では、地域活動や子どもとの交流など、海外ではロングステイというような体験が、そのきっかけやインパクトになる可能性を持っているのではないでしょうか。そのようなきっかけとなる地域活動やロングステイの機会の提供やプログラムの開発が必要だと考えます。2007年から「団塊の世代」が定年退職を迎える今こそ、この課題についての対応は急務となっています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 28, 2005

№131 「会社人間」から「地域人間」へ

      岩井光興さん
03

 これまでタイにおける事例から、ロングステイの機能と個人の生き方の変化を紹介してきました。つぎに、海外ではなく日本国内における事例、ここでは、シニア ライフ アドバイザー(以下「SLA」という)の地域活動を事例にして、個人の生き方の変化について考察したいと思います。

 SLAとは、内閣府主管の財団法人であるシニアルネサンス財団が認定するアドバイザーをいいます。シニアライフ全般にわたる種々の相談のアドバイスや、地域社会における高齢者の生きがい支援活動を実践する役割を担っています。
 SLAの地域活動の先進的な事例として「えんがわくらぶ」を取り上げることにします。「えんがわくらぶ」は、福岡県古賀市の古賀東小学校の敷地内にあり、古賀市の「元気な高齢者づくり」の一環で、地域における高齢者の活動の場として利用されています。シニアが、介護を必要としないで元気に生きられることを目的として、高齢者の生きがいづくりの支援活動を行っています。
 ここでは「えんがわくらぶ」の地域活動をとおして“会社中心の人生から自分らしい人生へ”転回した岩井光興さん(68歳)を紹介します。
 なお、「えんがわくらぶ」は、2003年にNHK総合テレビ「難問解決!ご近所の底力」(脱会社人間成功法)で放送されました。

 岩井さんは、脱会社人間の典型です。「えんがわくらぶ」の2期生で、現在、古賀市久保西行政区の区長を自ら進んで引き受けて、えんがわくらぶで会得した知恵や技を使って地域貢献をしておられるそうです。
 岩井さんは、大手印刷会社の事業部長として海外事業部門の責任者でした。40年間の会社人生は仕事一筋で、その上、夜は接待・日曜はゴルフと、家庭を顧みない典型的な会社人間だったのです。約30年間住んでいる古賀市内の自宅は、一戸建の持ち家ですが、隣のご主人の顔さえ知らなかったといいます。

 岩井さんが定年退職前の60歳の時、奥さまがガンで亡くなられました。家事や近所付き合いもできない上に、奥さまを亡くしたショックから家に引きこもりがちになり、軽いうつ病になってしまいました。そんな様子を心配した元同僚の方が、無理やり岩井さんを「えんがわくらぶ」に連れ出してきたのです。
  「パソコンは触ったことがない、俳句を作ったこともない、農作業もしたことがない私にとって、3,4ヵ月は馴染めずに辛かったですね」と当時を振り返られます。最初のうちは笑顔が出なくて、他のメンバーと話すことも難しかったが、紹介された手前もあって休めなかった。

 つづく

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 06, 2005

№.112  バンコクの空の下から

 今日は、8月6日 バンコク入りして5日目になります。
毎日、曇り空で 時々雨が降ります。 そのため、割合涼しくて、湿度は高いですが30度少し超えた位でしょう。
日本は、35℃と天気予報がいっています。 バンコクの方が、過ごしやしですよ!

 順調にスケジュールをこなしています。
スラム街のNGOの見学、バンコク在住の方との再会、ロングステイ下見ツアーのアテンドや観光、
その合間を縫っての、メールやブログ記事の掲載、など忙しい毎日です。
 また、ナイトバザールなどでのお土産の買い物など、楽しい時間もあります。海賊版DVDも買ってみましたので、
本当に日本で観れるのか、楽しみです。

 おかげさまで、ひとり旅にもかかわらず、朝食以外はいつもどなたかと食事をご一緒していますので、
寂しいことは、全然ないのがありがたいことです。

 明日からチェンマイ移動して、タイ北部の旅です。チェンライ、チェンセーンへ足をのばします。
はじめてのチェンマイ、取材とともに楽しんでくるつもりです。

 インターネットの環境が許せば、またアップします。
まずは、途中報告まで。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 26, 2005

№100 祝100回と8月のタイ行き

  朝のワット・アルン(暁の寺)
03032410


 

祝 100回記念
 

今日7月26日で、4月からのブログの連載が100回を迎えました!
 
 初めは軽い気持ちでスタートしましたが、ほぼ毎日記事をアップすることができました。これからも200回、300回と続けていきますので、よろしくお願いします。

 さて8月2日から11日までの10日間、タイに取材旅行に行くことになりました。7日まではバンコクに、8日からはチェンマイ・チェンライの予定です。
 今回のタイ行きの目的は、タイでロングステイをしている方との再会、ロングステイ・コンサルティング社の佐藤さんとの打ち合わせ、ロングステイ体験中の方とチェンマイへの同行、またバンコクにロングステイの下見ツアーに行く友人のアテンド、そして観光というところです。
 また、バンコクとチェンマイでは、恵まれないタイの子どもたちの教育支援をしているNGOを見学させていただく予定になっています。
 
 チェンマイ・チェンライへは、初めての訪問です。これまでバンコクでのロングステイの取材・調査が主体でしたので、観光もバンコク周辺に限定されていました。タイの北部に位置するチェンマイは、 「北方のバラ」と呼ばれるタイ第2の都市です。ロングステイの適地として、地方都市チェンマイと大都市のバンコクを比較することもできるでしょう。
 気候はバンコクよりも涼しく、タイ北部の代表的な料理は、モチ米を主食にしたカントーク料理になります。さらにチェンライからその先になると、もうラオスやミャンマーとの国境に近くメコン川が流れ、その上流は中国・雲南省へとさかのぼることができる地域になります。 また、北部の山岳地帯にかけてカレン族、リス族、アカ族など多くの少数民族が暮らしています。

 以前から行きたかった北部地方の空気を吸い、風に吹かれると、何かを感じ、また新しい見聞ができるものと楽しみにしています。このブログも100回を迎え、ネタがかなり尽きてきた観もありますので、みなさまに紹介できるネタ探しの旅でもあります。
 タイ北部のインターネットの環境に不明な点がありますし、いろいろな方に会うため過密なスケジュールになっていますので、インターネットカフェに行く時間もあまりなさそうです。よってタイの旅行中、ブログの掲載は不定期になることをご了承ください。

 なお、団塊の世代を初めとするシニアの生き方さがしという意味で、100回を機にブログのタイトルを「タイでロングステイ」から「シニアの新しい生き方としてのロングステイ」に変更させていただきます。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

May 01, 2005

№14 タイ語はできません

20050403_dscf0046


 わたしが取材をお願いしている方は、みなさん日本人のシニアの方です。ですから取材は当然日本語ですみます。タイの方とは直接に接する機会はまだ少ないので、タイ語での本格的な会話は経験したことがありません。しかし、バンコクでコミュニケーションに困ったことはあまりありません。確かに英語がしゃべれるタイ人も少ないようですし、一般的に日本語もほとんど通じません。
 
 困らない理由を考えてみました。 ① カタコトの英語でもなんとかなる。 ② 日本人が行くようなお店や観光スポットには、日本語を理解できる店員さんがいる。 ③どうしようもない時(たとえばタクシーの運転手との行き先や値段交渉など)は、地図を見せたり、数字の筆談で交渉する。
 こんなことで何とかなっています。また、気持ちを込めて伝えようとすると案外伝わるものです。まあ何とかなるというか、気持ちが伝われば理解してもらえるものです。

 わたしが知っているタイ語は、5つだけです!
 サワディ・カー(こんにちは、おはようございます)、コップン・カー(ありがとう)、アローイ(おいしい)、サバーイ(気持ちいい)、マイペンライ(気にしない、何とかなる、そんな意味だとおもいます)
 サワディ・カーとコップン・カーは、すぐ使えますよね。アローイは、レストランや屋台などで、お店のタイ人ににっこり笑ってながら「アローイ」と言えば、もうコミュニケーションできたことになります。
 サバーイは、タイ式マッサージやエステで、「サバーイ」と言えばマッサージ嬢やエステシャンは喜んでくれます。マッサージ嬢はタイ東北部(イサーン地方)などの出身者が多く、簡単な英語と日本語くらいしかできませんので、サバーイで十分です。日本語で「痛い」「やさしく」「強く」くらいは通じます。
 
 これから少しずつタイ語を勉強して、タイ人と簡単な会話ができるようななったら、もっとタイのことを理解できるなと思います。タイでの滞在中に、タイ語を学ぶというのもロングステイの目的のひとつになるのではないでしょうか。
 実はタイ語のCD付のテキストを去年の夏に買ったのですが、そのままになっています。少しは勉強しなくては・・・

| | Comments (0) | TrackBack (0)