October 15, 2011

№1240 天草西海岸の夕陽

     天草の夕陽 2005
20051007_dscf0064

 6年ぶりの天草行きの目的のひとつは、西海岸の夕陽を眺めることでした。天草は「日本の夕陽百選」にも選ばれている夕陽スポット。写真は2005年10月7日の夕景です。 今回の写真は容量オーバーでアップできませんでした。ごめんなさい。

 名湯下田温泉そばの展望台には、40人くらいの見物客。水平線に沈んでいく夕陽に見入っています。

 雲ひとつない西空と天草灘が、次第にオレンジ色に染まっていきます。最後は水平線上の薄雲に隠れてしまいましたが、見事な夕陽ショーでした。

 唯一残念だったのは、6年前のように上空に少し雲があれば、日没後美しい残照が観られたのですが・・・
 でも毎回違う夕景だから面白い!

 タイは、現在未曾有の洪水というニュースが連日流れています。11月には乾期を迎えるでしょうが、今月末までは予断を許さない状況とか。

 一方、日本は本格的な秋を迎え、紅葉などの景色、味覚とも1年で最もいい季節です。タイ在住のみなさま、日本の秋を満喫されてはいかがでしょうか?

| | Comments (0)

August 31, 2011

№1229 「宇土櫓へ」

     重厚な姿の宇土櫓
Dscf0172

 “武者返し”の美しい石垣を眺めながら、国指定の重要文化財「宇土櫓」へ。この櫓を登るのは初めて。本丸の西北隅、20mの高石垣の上に建つ3層5階、地上約19mの櫓で、天守並みの構造と大きさを誇ります。
 西南戦争でも難を逃れ、当時のままの姿を保っています。

 内部は一般公開されているので見学しない手はありません。入口手前の白壁にはいくつもの銃口が開いています。また中に入るとすぐに敵の攻撃に対する「石落とし」の仕掛けがあって、石垣をよじ登る敵に石を投げ落とす訳です。

 うす暗い内部、所々ろうそくのような灯りに照らされた室内は、ありし日々を彷彿させる雰囲気。清正はじめ武将たちが、今にも出てきそうな感じです。

 すり減って黒光りした階段を一歩一歩登ります。降りてくる人と譲り合いながら。急で狭い階段も敵の攻撃から守るためでしょう。登りつめると四方を見渡せる最上階に出ます。
 風が吹き抜けて汗を乾かせてくれます。西には金峰山、東には天守閣が聳えています。そして南北は市街地が見渡せて、気分爽快です。
 しばし涼んで降りることにしました。

 熊本城、改めて見学してみると、新たな発見があるものです。九州新幹線の全線開通によって、中国・関西方面からの入園者が増えているとか。天守閣こそ再建されたものですが、日本の名城のひとつ。広い城の敷地を歩くだけでも400年前にタイムスリップできます。

 緑溢れ名水の街熊本は、美しい街です。
 市電に揺られて水前寺公園へ、そして美味しい馬肉や名物からし蓮根に舌鼓。ゆるキャラ「くまモン」も市内のあちこちで歓待してくれることでしょう。

| | Comments (0)

August 26, 2011

№1226 熊本城本丸御殿

     熊本城の天守閣
Dscf0154

 在タイのみなさん、残暑お見舞い申し上げます
 8月も下旬、流石の猛暑も峠を越したかの感があります。少しずつ秋の足音が聞こえてくる頃です。
 一時帰国されることがあれば、秋の九州へ。温泉、グルメと日本の秋が待っています。

 つばめで熊本へ。どうしても熊本城は外せない観光スポットです。城内へ入るのは10数年ぶりでしょうか、とりわけ3年前に落成した「本丸御殿」がお目当て。

 須戸口門から割引料金の400円を支払って順路を登りつめると、天守閣前の広場に出ました。夏の蒸し暑さの中というのに、観光客で一杯です。一緒に写真を撮ろうと人気者の甲冑姿の武者。清正のお手植えといわれる大銀杏の緑が目にも鮮やかです。

 さあいよいよ「本丸御殿」です。加藤清正によって創建されましたが、明治10年の西南の役で焼失しました。
 まずは吹き抜けの「大御台所」から大広間(対面所)。そして豊臣秀頼が登城した時に使用される「昭君之間」、さすがに贅を尽くした造りです。

 中でも面白いのが「闇り通路」(くらがりつうろ)。御殿への正式な入口なんですが、うす暗い地下通路になっています。このような地下通路を持つ御殿建築は、全国にもあまり例がないとか。夏でも石垣に囲まれた通路は涼しいほどです。

 見学を終え、茶店でお抹茶セットを頂いてしばし休憩。つぎは創建当時のまま残っている宇土櫓へと向かいます。(つづく)

(お詫び)写真の大半が、1Mを超えていてアップすることができませんでした。

| | Comments (4)

July 15, 2011

№1220 「舁き山 疾る」

     一番山笠 「西流」
110707_039

 博多祇園山笠のフィナーレ「追い山」。15日早暁、博多の街を七つの“舁き山”が疾りました。

 今、テレビ中継を観ながら記事を書いていますが、「櫛田入り」をする勇壮な“舁き山”を観る度に、胸が熱くなってしまいます。画面を通しても、 “山のぼせ”と言われる男衆たちの熱気が伝わってきます。
 
 さて前夜は、七つの舁き山の中心に位置する博多座で、
大河ドラマでご存知の通り「天璋院 篤姫」を観てきました。お目当ては、篤姫を演じる国仲涼子。生で見る彼女、本当に可愛らしかったです。
 
 また、観劇の前後に博多座周辺の舁き山も見物することに。翌朝に迫った「追い山」に向けて、街の雰囲気も緊張感が漂っていました。

 地元の人なら誰もが知っている「山笠があるけん、博多たい!」。 まさに的を得た成句です。よか街「博多」、国内の方はもちろんのこと在タイの方々も是非、一度おいでください。
 沿道で観ると、男性は“血沸き肉踊り”、女性は男衆の“男気”に惚れること、間違いありませんよ。

 なお、昨日の写真をFacebookに掲載しています。

 http://www.facebook.com/media/set/?set=a.108426612586095.17248.100002562711586&l=23e5f0b39e
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.111841872244569.19153.100002562711586&l=ca5f3f7510

| | Comments (0)

February 27, 2011

№1213 太宰府の飛梅

110225_028

 春の陽気に誘われて、2月25日太宰府天満宮に行ってきました。お目当ては、見頃を迎えた御神木の「飛梅」を観るため。毎年の恒例行事なのですが、今冬の寒さの影響で、例年より10日ほど開花が遅くなっています。

 『東風吹かば においおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ』。菅原道真が、大宰府へ西下の時、京の紅梅殿の梅に詠まれた有名な歌ですが、梅花は、はるばるとみあとを慕って配所大宰府の菅公のもとに飛んできました。それが、「飛梅伝説」です。(天満宮のHP引用)
 
 「飛梅」は、本殿の右前すぐにあって、境内数千本の梅の中で最も早く開花する白梅の古木です。境内の梅はまだ3分咲きでしょうか、しかし、「飛梅」は満開。芳しい香りを漂わせて凛と咲き誇っています。
 天満宮は、四季折々に美しいのですが、何と言ってもいち早く春を感じられる梅の頃が、一番です。

 ところで太宰府天満宮は、神社であると同時に道真公の墓所でもあることをご存知ですか? 天満宮のHPには、次のような解説があります。

 「太宰府天満宮は、菅原道真(すがわらみちざね)公(菅公)の御墓所の上に社殿を造営して、その神霊を御奉祀する神社で、『学問の神』『至誠の神』として世の崇敬を集めています。

 延喜3年(903)2月25日、菅公は謫居(たっきょ)の地、南館(榎寺)において清らかな御生涯を終えられました。その後、御遺骸を牛車に乗せて進んだところ、間もなくその牛が伏して動かなくなりました。これは、菅公の御心によるものであろうとその聖地に御遺骸を葬りました。京より追従した、門弟味酒安行(うまさけのやすゆき)は延喜5年ここに祠廟(しびょう)を創建、次いで左大臣藤原仲平は勅を奉じて大宰府に下って造営を進め、延喜19年に御社殿を建立しました。」

110225_037_2

 偶然にもこの日は、菅原道真公の命日。ちょうど「梅花祭」という神事が執り行われているところ。社殿では、正装した神職と巫女さんによる楽舞が奉納されており、神聖な雰囲気の中、しばし優雅な舞に見入っていました。

 最後は、毎月25日にだけ売られるという名物の「よもぎの梅が枝餅」をパクつくのも楽しみの一つです。

 在外のロングステイヤーの方も日本の春を楽しんでください。

| | Comments (0)

January 19, 2010

№1182 ブータン断念・・・

   福岡空港を離陸するTG機
Dscf0008

 2010年を迎えて、1月も早19日。九州・福岡でも雪が舞う1年でも一番寒い季節です。

 しかし、そろそろ春3月のアジアの訪問地を決めないといけません。まだ随分先のような気がしますが、目的地によっては飛行機の予約が取れないことがあるからです。
 ということで、これまでに訪問したことがない国や都市を、つらつらと思い浮かべながら候補地を考えた結果、ブータン王国はどうかと思った次第。

 早速、調べてみました。ネパールの東隣にあってヒマラヤ山脈に抱かれた小国ですが、GDP(国内総生産)的な経済的な豊かさよりも「国民総幸福量」という“心の豊かさ”を国の方針に掲げるブータン王国。
 “どてら”に似た民族衣装「ゴ」を纏った子どもや大人たちの穏やかな笑顔。そして、どこか昔の日本の田舎の風景を思い出す写真など、好奇心を掻きたてられます。

 バンコクから国営の「Druk Air」のフライトがあることが分かり「しめた!」と、さらにいろいろ調べていたのですが、「観光目的でブータンに入国するためには、政府は個人の自由旅行を基本的に認めておらず、旅行会社が催行するツアーに参加するか、個人旅行の場合でも、旅行会社を通じて手配旅行を組むしか方法がない。また、ブータン入国に際しては、出発前にあらかじめ滞在期間、宿泊先、旅程、入国経路などを決めた上で、現地のエージェントを通じてブータン政府にビザを申請する必要がある。」とあります。
 その上「1日当たり200~240ドル以上の滞在費を前払いしていることが条件になっていて、支払いが完了しないとビザが下りません」と解説されています。

 ネットで調べる限りでは、ブータンへのツアー料金は1週間くらいで30万円以上もしますし、毎日2万円以上も使うような個人旅行は、中年貧乏旅行のわたしにはとても無理なこと。外国人観光客が落とすお金が、貴重な国家収入になるのは理解出来ますが、やむなく断念するしかありません。いつの日にか行けることを信じて。

 では代替の訪問地をどうするか、悩ましいところです。例えばインドの高原都市バンガロール、先ごろ世界最高の高層ビルが完成した中東ドバイ、さらにはアジアとヨーロッパの交差点トルコのイスタンブールなど・・・
 決まるまでもう少し時間が掛かりそうですね。

| | Comments (0)

September 26, 2009

№1124 タイ国際航空の機内サービス その2

   嬉しいデンファレのサービス
Dscf0022

その2
 チノパンにはいくつもの赤い染みが・・・
 すぐにきれいに拭き取ってしまわないと、赤ワインの染みは取れなくなってしまいます。ホットタオルをもらって、何度も何度も叩くようにして拭きますが、なかなか赤い斑点消えません。
 これも旅のエピソードと、平謝りの若いCAを慰めます。緊張感でテンパっているYさん「もう少し肩の力を抜いて、リラックスして仕事しましょうね」。

 スパイシーな香りのするチキン料理を前にして、10分近くも拭き取り作業です。手も疲れてくるほどやってみましたが、どうしても薄っすらと染みが残ります。仕方ありません。ここらであきらめて、そろそろ食事に戻ることに。
 スパイスの効いたチキンとカシューナッツのバランスがよくて、そこそこ美味。赤ワインと合います。これに野菜炒めの付け合わせと、タイ風炊き込みご飯。
 オードブルのスモークサーモン、クリームチーズを付けて食べるのは、わたし好みです。これまたワインが進みます。

 食後は、お決まりのジントニックですが、少し薄めな感じでバランスが悪い。それにライムでなくてレモンというのも残念。2杯目ももう一つ。今思えば、バンコクエアウェイズのジントニックは美味しかった!!
 3杯目を頼もうと、コールボタンを押しますが、なかなかやって来ない客室乗務員。その上タイ人のCAには微笑みもありません。「リストラの風でも吹いているんじゃないの?」と思うくらい、サービスの質が落ちています。接客に余裕がないのです。出てきたジントニックは、氷は少ないし単なるジンの水割りでした・・・

 しかし、良かったサービスもあります。到着前のホットタオルとランの生花のサービスです。ジャスミンの香りのするホットタオルは、ジンの酔いで昼寝をした後には爽やかで、スッキリと目が覚めます。
 コサージュにしたデンファレのプレゼントも、嬉しいサービスです。以前はなかったような気がしますが、持ち帰ってホテルの部屋に飾りました。

 14時48分、無事スワンナプームに到着。ほとんどショックを感じないソフトランディングに拍手!
 
 ロイヤルブルネイ航空へのトランジット。4時間半もあります。さてどう過ごしましょうか・・・

| | Comments (0)

September 22, 2009

№1122 タイ国際航空の機内サービス


Dscf0013

 福岡からバンコクへの直行便は、バンコク・エアウェイズが休航して以来、タイ国際航空しかありません。経由便だとキャセイや中華航空などがありますが、やはり時間的なことを考えるとタイ航空ということになってしまいます。

 さて09年8月の搭乗記。この日のTG649便は、満席に近い乗客でした。Eチケット購入時の予約していた後方部の66Jがわたしの座席ですが、幸いなことに隣には誰も来なかったので、窓側のシートに移ります。これでバンコクまで4時間50分のフライトが少し楽です。
 定刻よりやや遅れて11時58分、離陸。腕時計を2時間遅らせてタイ時間に。高度34000フィート、速度850㎞。沖縄から台湾経由のルートのフライト予定ですが、東シナ海上空はよく晴れて、快適な空の旅になりそうです。

 間もなくドリンクサービスが始まり、まずハイネケンで喉を潤します。長時間かかったチェックインや、離陸まで蒸し暑かった機内だったので、一層美味しく感じられるのかもしれません。
 お代りのビールをもらう時に、日本人の若い客室乗務員(CA)に機内食のメニューを尋ねると「ビーフの照り焼き」か「スパイシーチキン」との答え。迷うことなく「チキンをお願いね」とリクエストしました。最後部に近い座席のため、メニューを選択できないことが多いからです。

 すると彼女、何を勘違いしたのか「特定のお客様だけ、早く機内食を配る訳にはいきません! 前方から順番に配膳していますので」と思いもよらぬ返事が返ってきました。
 「あのね、早く持って来てとは言ってないの。メニューを選べないのは困るのでリクエストしたんです。もちろん配膳は順番通り待ちますよ」。 「それなら分かりました」と、やっと意味が理解できた様子。新人キャビンアテンダント君のようです。

 11時15分、ようやく機内食がサーブされました。満席に近いので仕方ありません。お願いした通りのタイ風チキン。さぁ食べようとした瞬間、彼女が注いだ赤ワインがグラスから飛び散りました。悪い予感と同時に、左足にチノパン越しに冷たい感覚が伝わりました。
 そうです、こぼれた赤ワインがズボンを濡らしていたのです・・・

 つづく

| | Comments (0)

August 03, 2009

№1097 今年はブルネイへ!

 TG機 スワンナプーム空港にて
2009_013

 ここ数年2月と8月、タイに行くのが恒例になっていて、そろそろ8月の計画を立てないといけません。バンコクを拠点にタイ国内はもちろんのこと、東南アジア各地の取材や観光のプランを考えるのは楽しいことですが、次はどこへ行こうかと頭を悩ます問題でもあります。
 この夏は、初めマレーシアのKLやマラッカ、可能ならば高原リゾートのフレイザーズ・ヒルのスケジュールを考えていたのですが・・・

 先日バンコクのフリーペーパー「DACO」のバックナンバー245号(08年7月発行)の特集記事が目に留まりました。タイトルは「ひとっとびで会いましょう」、バンコク発の海外直行便リストが載っていて、東南アジアはもとより、スワンナプーム空港からノンストップで飛べる世界各地への路線が紹介されていました。インドや中東、ヨーロッパにオセアニア、そして南アフリカやマダカスカルにもフライトがありますから驚きです。

 その中で、魅かれたのがボルネオ島北部にある「ブルネイ王国」です。
 DACOの記事によると「500年以上も王室遺産を受け継ぎ、文化と伝統が根付く豊かな国ブルネイ。
 夕闇に浮かび上がるモスクはなんとも幻想的。世界最大の水上集落と世界最大の王宮が隣り合わせている。その光景はぜひ見ておこう。
 世界有数のお金持ち国は、ごはんも美味しいらしいよ」とあります。

 調べてみるとブルネイは人口37万人、面積は三重県ほどの小さな国ですが、石油や天然ガスなど豊富な地下資源を有する経済的に豊かな国です。
 私が知っていることは、国家元首のボルキア国王は世界有数の資産家ですし、国民には所得税が課せられていないということ。それに首都バンダリ・スリ・ブガワンには東南アジア最大といわれる遊園地があることでしょうか。それも以前は入園無料だったことです。
 反対に初めて知ったことは、敬虔なイスラム教の国ブルネイには、一切アルコールが販売されていないことです! ブルネイ航空の機内でもアルコールの提供は一切ありません。
 これには「参ったなぁ・・・」と思っていましたが、イスラム教徒でない外国人には一定量のお酒の持ち込みが認められていることが分かって一安心。スワンナプームの免税店でどっさり買いこまないといけませんが(苦笑)。

 それはともかく壮大なモスクと水上集落とのコントラスト、一歩郊外に出ると、マングローブの林やキャノピー・ウォークが楽しめる熱帯雨林の自然公園など、好奇心が一杯の国ブルネイ。一度は行かずに居られません。 その次は中東ドバイ、アフリカ東岸の島マダガスカルもいいですね・・・

| | Comments (2)

July 08, 2009

№1084 博多祇園山笠 09

     中洲流れの舁き山
090706_014

 7月博多の街は「博多祇園山笠」で熱くなる季節です。祭りの期間中は正装となる法被を羽織った男衆たち。仕事が手に付かず、1年で一番熱くなる、これを“山のぼせ”といいます。

 「博多祇園山笠」の起源は、仁治2年(1241年)に承天寺の開祖、聖一国師が疫病を鎮めるために、人々が担ぐ施餓鬼棚に乗って、博多津中に甘露水を撒いて回ったのが始まりで、約770年近い歴史があります。祭りのフィナーレ「追い山」では七つの「舁き山笠」が、聖一国師に敬意を表する意味で、住職が見守るなか承天寺前の清道を回っていきます。

 ちなみにこの承天寺には、オッペケペー節で有名な川上音次郎の墓所や、また聖一国師によって中国より日本に伝えられたといわれる「饂飩蕎麦発祥之地」の碑が立てられています。さらに承天寺から東へ100メートルほどの堅粕橋のそばには、日宋貿易で富を得た謝国明の墓所があります。

 現在の「流れ(ながれ)」という組織は、天正15年(1587年)、太閤秀吉が戦国の兵火で焼け野原と化した博多復興のために行った「博多町割り」により、石堂川と博多川との間に七つの流れを作ったことによります。(山笠振興会のパンフや承天寺のHPを参考)

 15日の早暁、5㎞のコースを駆け抜ける「追い山」に向かって「流れがき」「追い山ならし」「集団山見せ」と、日に日に熱くなる博多の町です。1tもの「舁き山笠」を20数名で担いで疾走していく様は勇壮そのもの。観ている方も、鳥肌が立つほど血がたぎります。

 今年は、商人の町博多から城下町福岡へ唯一乗り入れる「集団山見せ」の台上がりには、ホークスの元監督王さんが乗られるとか。そういえばホークスがソフトバンクになった時もオーナーの孫さんが、その栄誉に浴していましたね。

 これまでハワイをはじめ、オーストラリアやNZ、上海など海外遠征もしたことがある山笠。バンコク都と福岡県は友好提携を結んでいますので、将来バンコクにも遠征するといいのですが。    
 福博の町を祭り一色に染める「飾り山」を先日見学してきました。その内のお気に入りをアップしますので、お楽しみください。

     「大江山酒呑童子」
090706_017

 歌舞伎十八番 「助六由縁江戸桜」
090706_029

| | Comments (0)

より以前の記事一覧