September 08, 2009
夜のサイアム・パラゴン

09年8月、「タイロングステイ日本人の会」の理事、福岡丈夫さんにお会いしました。今年4月、会のメンバーの飲み会に参加して以来の再会です。
ナナ駅近くスクンビット・ソイ5にある居酒屋「徳利」に案内していただきました。ここは福岡さん行きつけのお店のひとつ。
会の近況やブルネイでの体験談で盛り上がった中、話題はゴルフへ。現在「日本人の会」の会員数は百数十名という大所帯で、毎月1回のゴルフコンペには、いつも40~50名の参加者があるといいます。
先ごろの8月18日には、第85回の「日本人の会」のゴルフコンペが盛会の内に開催され、その模様が現地のフリーペーパーに掲載されました。記事を引用すると「無風、猛暑の中、何んと82歳の浅野がネット72で優勝。小西、岩崎が入賞。ゴルフを愛し、親睦を求める方はどなたでも参加大歓迎」(THANONT GOLF VIEW AND SPORT CLUBにて。43名参加)とあります。それにしても85回もの回数を重ねられているというのは驚きでした。
シニアのタイロングステイで欠かせないのが“友人とゴルフ”。福岡さんも会のメンバーと週2、3回コースに出られるとか。それも格安の料金でプレイできるタイならではのことでしょう。
ゴルフが大好き、そしてゴルフ仲間や友人も作りたいとお考えの方、そしてバンコクでロングステイをしてみようかと検討されている方、ロングステイヤーの親睦を深める「日本人の会」に参加されてみてはいかがでしょうか。
なおゴルフコンペに参加ご希望の方は、山田理事(089-033-2208)または福岡理事(089-223-9575)まで。またタイにおけるロングステイに関しても遠慮なくお問い合わせ下さい。
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August 11, 2009
バンコクの夕景

08年7月に腎臓の摘出手術を受けられたSさん。今年3月末バンコクに到着したその夜、夕食のテーブルを囲んで、その後のご様子を伺いました。
昨年8月にお会いした時は、手術からまだ間もなくて療養中でしたが、今回はすっかり元気になられたお顔を拝見して一安心。 「3カ月毎にエコーや血液検査など定期的な健診がありますが、今は普通の生活をしています。好きなお酒もぼちぼちです」。
そして「今年3月には、夫婦二人で12日間のマレーシアの旅を楽しんできました。バンコクからペナンまでは鉄路、そしてキャメロンハイランド、KL、マラッカ、ジョホールバルまでバスで南下し、シンガポールが最終目的地というコース。あまり無理をせずに各地に2泊ずつのゆったり旅です。これから毎年、アンコールワットをはじめ、ベトナムやラオスなど東南アジア各地へ旅行をしたいですね」とSさん。
日常生活について
午前中は、ニュースをインターネットで閲覧したりメールのチェック、あるいはお気に入りのブログの記事を読んだり。そして読書をして過ごすそうです。夕方は日課の散歩。奥様は「ロングステイ日本人の会」のタイ語教室に週1回通われています。
買い物は近所の商店で野菜を買い、その他日用品などはサラディーンのスーパー「TOPS」まで行くことが多いとか。食生活は朝食にパン、昼食にはうどんなどの麺類が好みで、夕食は時には外食もしますが奥さんの和食の手料理、これが基本パターンです。
また最近の円高バーツ安は、バンコクで生活する者にとってはプラス要因で大いに助かっているとおっしゃいます。
すでに3年半のバンコク・ロングステイを経験されたSさん。この間日本に帰国したのは1度だけで、今後もタイでの長期滞在を続ける予定とのこと。 「マレーシア、ペナンなどもロングステイの適地だと思いますが、やはり狭い日本人社会。その点大都会のバンコクは、自由で気楽に生きられます。他者の目を気にしないでよくて住みやすい。そこが気にいっています」とSさん。
美味しいシーフードとビールで話も進んだのは言うまでもありません。健康を回復されて何よりの再会となりました。今後ますますのご健勝をお祈り申し上げます。
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July 28, 2009
緑豊かなチェンマイの街

タイ国政府観光庁でいただいた小冊子「ロングステイ失敗しないための心得」。NPO法人リタイアメント情報センターが“ロングステイ初心者”のために手引き書として、まとめたものです。
冒頭にこうあります。
仕事を離れて、美しい海の南国でのんびり暮らす・・・。ロングステイブームは退職後のシニアの夢を大きく広げました。ちょっとした資金と計画性があれば、誰でも憧れの海外生活が楽しめる、それはお仕着せの海外旅行とは違った解放感と豊かさにあふれた経験を期待させるものであった。しかし「年金でメイド付きの豪華な生活ができる」とマスコミが騒ぎ始めた頃から、歪みが生じてきました。
(中略)本冊子では「海外は危ないからロングステイは危険だ」などと決め付ける気はさらさらありません。リスクは常にあります。日本と同じ治安の良さを求めることは無意味です。しかし、安売りのパック旅行では決して得られない解放感や感動がそこにはあります。一方でロングステイは「生活」でもありますから、そこでは「旅行者」でありながら、賢い「消費者」「生活者」であることが求められます。
本冊子は、つまらないリスクを避けて、より充実したロングステイを楽しめるような“賢い初心者”になるためのガイドブックです。
また次のように書いてあります。
「年金で暮らせるロングステイ」、つまり生活防衛の手段としてのロングステイを求める人々にとって、本書はあまり役に立たないだろう。投資や利殖のシステムの一部としてロングステイを位置づけるような人々に対しても同様といえる。
まず、海外でどのような暮らしをしたいのかが前提にあり、積極的に生きがいや楽しみ方を発見したいと考える人々が、そのために手持ちの資金を有効に使うという意味において、初めて「安く効率よく生活する」という手段が生きてくるのだと私たちは考えている。
その他にも「初心者のための海外長期滞在ガイドライン」や、生きがい発見のための「日本語を教えるボランティア活動」を推奨しています。最後にはガイドラインの賛同事業者・団体の紹介もあって、これからロングステイを検討しようという方には心強い存在です。
ロングステイに関する相談窓口もあるようなので、関心がある方はどうぞ。
Eメール kaigai-c@retire-info.org
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June 30, 2009
エカマイ駅近くの「黒田」

09年4月、タイロングステイ日本人の会の理事・福岡丈夫さんに久しぶりにお会いしました。今回誘っていただいたのは、会のメンバーの飲み会で、情報交換を兼ねて定例的に開催されているとのこと。会場はBTSエカマイ駅に近い日本料理店「黒田」です。
集まったのは、わたしを入れて8名。50代から70代と年齢は幅広く、経歴や出身地もばらばら。単身の方や夫婦一緒の方と滞在スタイルも異なります。焼酎を飲み交わしながら、近況報告や生活情報の交換など、自由闊達な雰囲気で盛り上がりました。
主な話題は、ゴルフや最近の生活ぶり。話を伺うほどに、みなさんの個性やロングステイの様子がよく分かります。自由な生活を謳歌されていることや、仕事や人間関係に気を遣う現役時代とは違って、意見や主張もかなり強い場面が何度かありましたが、これもロングステイヤ-同士の飲み会ならでは。
たくさんの話の中で、とりわけわたしの隣に座っていたAさんの言葉が印象的でした。
「わたしは現役時代ずっと仕事人間で、30年間も早く退職したいと思い続けていました。定年前に早期退職し、やっと単身でバンコクでのロングステイを始めたんです。ところが長年の夢をいざ手に入れてみると、孤独感と女性との交際トラブルでストレスが溜まる日々です。まるで握りしめた拳から砂がこぼれるようですよ・・・」。
スポーツで汗を流しゴルフもエンジョイされているAさんですが、これもロングステイの光と影かもしれません。
さて、このような集まりがあれば、単身のロングステイヤ-でも仲間ができたり、有用な情報を入手することができますし、孤立する可能性も減ることでしょう。また機会があれば、参加させていただきたいものです。
なお福岡さんは、熟年日本男性のタイ・カンボジア移住事情を取材した「老いて男はアジアをめざす」 (著者・瀬川正仁)に紹介されていらっしゃいます。
会のHP
http://www.thailongstayjapanese.com/index.html
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June 22, 2009
たわわに実るマンゴー

北部九州地方は、6月10日に梅雨入り宣言したものの真夏のような晴天が続いていますが、21日からやっと雨が降り始めました。一方バンコクも、暑季が終わり本格的な雨季に入ったとか。
雨季といえばタイはフルーツの季節でもあります。マンゴーにマンゴスティン、ドリアンなどがスーパーやマーケットでは山積みに売られていて、とりわけマンゴスティンは今が旬。何と1Kgが約20バ一ツ(約60円)と、うらやましい限りです。
近年日本でも生マンゴスティンが手に入るようになりましたが、ヤフーオークションで1Kgが1900円。これでも安い方。しかしクール便の送料を加えると約3000円、1個当たり200円以上にもなってしまいます。バンコクでは1個5円くらい。これでは現地で食べるしかありませんね・・・
それではとヤフーオークションで「宮崎完熟マンゴー」を落札したのに味をしめて、次に山形のさくらんぼ「佐藤錦」。これは6月下旬が収穫時期ですから、間もなく送られてきます。そしてさらに7月下旬、岡山の「清水白桃」を狙っているところです。南国のフルーツが食べられない分、日本の高級フルーツを格安でゲットできないかと、日々考えている今日この頃です(笑い)
閑話休題
ロングステイの状況について。バンコク在住の方からのメールです。
「最近、日本へ行った人や日本から来られた方の情報を総合すると、経済状況や雇用関連では、まだタイの方がマシという話が多いです。しかし、ここ2ヶ月タイの政情に新型インフルエンザが追い討ちをかけた状態で、ロングステイはかなり落ち込んでいるというのが実感ですね」。
それに「日本人特有の『海外へ出かけて、もし自分自身が感染者になったりしたら、世間様に顔向けが・・・』とか、 『この時期では、周囲の猛反対がありそうで切り出せない』というように、慎重に様子見という状況の話が多いです」。
また「タイでは高級料理店が軒並みに客足が落ち込み、閉店するところも出てきました。特に日本料理店は過当競争で、もうやり過ぎという感もありましたからね。市民生活では、みな1ランク落とした外食にしているようです」。
タイの政情不安に始まり、昨年秋のアメリカの金融不安に端を発した大不況、そして4月からの新型インフルエンザの蔓延と、タイの観光やロングステイには逆風が吹くばかりです。
暖かいタイでは、新型インフルエンザの心配はさほどではないと思われるものの、今後3年くらい世界的な流行が続くとの見方もあります。毎年インフルエンザが猛威を振るう日本の冬には、案外タイに避難するのがいいかもしれませんね。
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May 29, 2009
お元気な様子で一安心

タイ・ロングステイ7年目を迎える篠原絢司郎さん(72歳)に、09年4月にお会いしました。バンコクに行く度、つまり半年毎に近況を伺っていたのですが、今回は1年ぶりの再会です。
本来であれば、かねてより建築中だったナコンパトムの新居に訪問するはずだったのですが、今回もバンコクでお会いすることに。遅くとも昨年夏までにはナコンパトムへ転居されると聞いていたものの、転居の知らせがないまま今年春に。Eメールは使われないため連絡が取れない状態になってしまい、万が一と思って現住所に電話したところ、まだバンコクにお住まいだった次第です。
タイムズスクウェア内のいつものレストランでランチをご一緒しながら、その経緯を伺いました。
篠原さんの話によると、工事を請け負っていた建築会社が、08年8月に倒産してしまったとのこと。タイではよくある話らしいのですが、社長のギャンブルが原因なのだとか。元々同年4月に完成予定だったのが延び延びになっていて、9割方完成してところでの出来事。人の紹介で契約した会社という事情もあって、日本のように売り上げや信用状態をチェックできなかったことや、遠いナコンパトムの工事の進捗状況を常に把握できなかった面もあるそうです。
契約金額の8~9割は支払済み。しかしまだ内装工事などが残っていて、新規に別の業者に頼むとさらに金額が必要だとおっしゃいます。
今後の対応については思案中とのこと。できれば転売したいところですが、未完成物件なのとバンコクから離れた地方都市ということで転売しにくい状況で、不動産会社はやや消極的といいます。当面様子を見て、完成させるか転売か、今年中に判断するつもりだそうです。
「人生いろいろ。今回みたいにうまく行かないこともあるけど、そうそう悪いことばかりでもありませんよ。ここはタイ、楽天的に考えています」と篠原さん。こちらが心配するほど悲観的ではなくて安心しました。
そういう事情で、ここしばらくはバンコクでのロングステイを継続する予定です。以前からの日本語のプライベートレッスンは続けていらっしゃいますし、日本語教室での教師ボランティアも再開することになったと、後日聞きました。
ところで当日は少々風邪気味の篠原さん、普段から薬局で市販の風邪薬を服用されていて、ほとんど病院には行かないそうです。それでも来タイ以来、初めて人間ドックの検査を受診したところ、特に問題はなかったとのこと。ちなみにサミティベート病院での検査料は、4万バーツ弱だったとか。
建築会社の倒産というトラブルにも拘わらず、それでも前向きな思考。落ち込むことなく物事を肯定的に捉える姿勢は、まさに見習うべきでしょう。楽天的な性格と言ってしまえばそれまでですが、とりわけシニアにとっては重要な要素だと思います。それこそ明るく元気に過ごせるヒントかもしれません。
今後とも健康で順調なタイ・ロングステイを願うばかりです。次回の再会を約してお別れしました。
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March 11, 2009
マレーシア本土方面を望む

その7
・インタビューを終えて
Aさんご夫妻の話を伺って感じたことは、私が考えてきた典型的なロングステイの実践者ということでした。それはAさんが、“自分の生き方探し”として海外ロングステイを選択したことに関係します。
一般的に、長年働き続け定年を迎えるにあたって「第二の人生をどのように生きていくのか」というのは、個人にとって大きな課題です。この人生の課題に対するひとつの解決方法として、海外のロングステイを媒体とした生き方探しをずっと取り上げてきました。
ここではロングステイを、これまでの人生を振り返り、現在の自分自身を見つめ直し、これからの人生を再設計するきっかけになるものとして位置づけてみる。そして、生き生きとした新しいシニアの生き方を発見するための手段や手がかりとしてのロングステイを提案するということです。
現役時代、会社や仕事中心の人生を送ってきた男性にとって、定年後の生き方を見出すのは容易ではありません。それは、定年によって会社や組織における人間関係、職業役割などから解放されるものの、これまでと日常生活や生活環境が変わらず、現役時代の意識や考え方を引きずったままでは、新しい人間関係や社会的役割を構築するのが容易ではないからです。
そこで、会社を中心とした“タテ社会”から自分の住む地域の“ヨコ社会”のメンバーとして、生きていくための意識や考え方へシフトさせるきっかけや仕掛けが必要になってくる。このシフトさせる仕掛けとして、海外のロングステイを媒体にしようという試みなのです。
日本社会での日常生活、会社や組織、人間関係などから、一旦切り離され、遮断される生活スタイルが、何より海外ロングステイの最大の特徴です。ロングステイによって切り離され、遮断されるということは、同時に日本社会における周りの目や評価からも切れ離されることになる。そのために外向的な出来事に囚われることなく、内向的なこと、つまり自分自身をじっくりと見つめ直す機会にすることができます。この特徴を活かして、リタイア後の人生の課題を考えようというのです。
そういう意味でAさんの考え方や行動が、上記のようなロングステイと重なるところが多いと思ったのです。十分な準備とともにリタイア後の生き方を考えた上で、ロングステイを選択し実行されました。その結果「精神的な安定や心のやすらぎ、ゆとり」を感じているとおっしゃいます。また「ロングステイは、残された人生の生き方の選択肢の一つだ」とも。このロングステイ実践者の言葉に、我が意を得たりという思いと同時に勇気付けられました。
また忘れてならないのが、家族とりわけ夫婦間の関係や絆を再構築するという問題です。
海外では日本社会の他者との関係から遮断されることで、夫婦が協力しながら生活しなければならない環境になります。夫婦が向かい合い協力し合う生活が、夫婦間の関係を見直す契機となって、本来の協働関係を再構築しているのです。言い換えると、日本では社会に対して外向きになりがちな夫婦関係から、ロングステイを通して内向きの夫婦関係にシフトする効果があるようです。
色々なことを考え、気づかされたインタビューでもありました。改めてAさんご夫妻に御礼を申し上げたいと思います。感謝。
最後に、ご夫妻のような素敵なロングステイヤーが後に続くことを願って、締めくくりにします。
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March 09, 2009
コンドミニアム内のプール

その6
・ロングステイ体験を通して
「ペナン滞在中は日本のしがらみや束縛感から解放されて、のんびり過ごしています。ここでは人生や生活を楽しもうという気持ちになれるんです。そして経済的な心配がないからなんですが、精神的に安定して穏やかになり、心の余裕やゆとりを感じますね。ただ帰国すると、元に戻ってしまうのですが(笑)。
日本では味わえない体験ができて、ロングステイを実行して本当に良かったと思っています」とAさん。
そして「ロングステイは田舎暮らしなどと同様に、残された人生の生き方の選択肢の一つだと思いますし、日本を離れて外から日本を客観的に見たり、その良さを知るよい機会ですね」とも。
「アドバイスとしては、日本社会や人間関係から離れてしまうだけに、海外生活ではいつも以上に夫婦間のコンビネーションが大切になります。
また、妻の定年を待ってロングステイを実行しましたが、それまで5年間の準備期間が大きかったですね。意識面での準備ができて、現役からリタイア後の生活、つまりロングステイへの移行がスムーズにできました。
元々、若い頃からテニスやゴルフなどスポーツ各種、マージャンにパソコンと趣味は多彩でしたし、時間を有効に過ごす工夫、楽しみを作る習慣は身に付いていたと思いますが」と十分な準備が大切とおっしゃいます。
最後に「私は40年間、病院スタッフとして勤務してきましたが、過労のドクターや高齢の重篤な患者さんと、長年接してきたことが、これからの人生を考えるきっかけでした。
そして55歳頃から“自分の生き方探し”を考え始めました。リタイア後の人生を楽しみたい、これまで頑張ってきた人生にご褒美を。それを具体化したのが、ロングステイだったのです」という言葉が心に残りました。
つづく
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March 05, 2009
テラスからの素晴らしい眺め

その5
・ペナン生活について
「ロングステイと言っても、観光の延長上の気持ちで滞在しています。そして、ペナンにお世話になっている意識で生活しています。例えば、お金を使うことも現地社会に役立ちますし、生活費を安くあげようとは思っていません。日本と比べて生活費が安く済む分、遊ぼう、旅行に行こうという志向ですね」とAさん。
奥さまは「気候が良くて住みやすいです。春・秋は日本がいいなと思いますが、ペナンでは年中、半袖短パンで居られるのは楽です。とりわけ季節毎の衣替えをしなくて済むのは、女性にとって助かりますね」。
遠く離れたペナンでも、日本の情報は不自由なく入手できるそうです。マレーシアの有料衛星テレビ放送「アストロ」に加入(88RM/月、約2600円)していて、NHKと契約しなくてもNHKワールドの衛星放送が見られます。
そして、ADSLを利用したソニーのロケーションフリー・システムは、2万5千円の機器を購入するだけで、日本の民放テレビがリアルタイムで視聴できます。わたしも実際に拝見しましたが、日本で自宅のテレビを観るのと全く変わりませんでした。
また、PCでインターネットやEメールはもちろんのこと、日本の家族との電話については、無料の音声通話サービス「スカイプ」を利用しています。海外生活ではこれらの通信手段は必須ですし、使いこなせると海外にいても情報格差はありません。
・ペナンの日本人社会
こちらでは、近所付き合いや町内会といった日本のしがらみがなく、何でも夫婦2人で決められる生活です。コンドミニアムの日本人同士の付き合いはありますが、ペナンの日本人社会と適度な距離を保っています。卓球を楽しんだり情報交換し合ったり、あまりベッタリにならない程度の交流で、グループや派閥を作らないよう心掛けているそうです。
ロングステイヤーの集まりとしては、現地日系企業が運営するサークル「トロピカル」「ペナン・ココナッツクラブ」の2つがあるとのこと。各種イベントや交流会、ヨガ・料理教室、さらに病院見学会、弁護士セミナーと、趣味から実用的な生活情報まで、利用の仕方によっては役立ちそうです。
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March 03, 2009
Aさん夫妻 中央は管理人

その4
・ロングステイのきっかけ
Aさんは、病院職員として永年勤め、定年後も1年半嘱託として勤務し、共稼ぎの奥さんの定年を待って、ロングステイをスタートさせました。
55歳の頃、新聞のコラムで「タイ・チェンマイとオーストラリア・パースのロングステイ」特集記事を読んだのがきっかけ。それからロングステイを老後のライフスタイルとして具体的に考えるようになり、候補地を下見するなど約5年間、情報収集したそうです。
その結果、定年後日本で働くのも良いが発想を転換し、円高差益による恩恵等々で物価の安いアジアで生活すると、生活レベルを下げずに十分に暮らせると思い至ったといいます。
元々永住志向はありませんが、ペナンはもちろんのこと他の滞在地を含めて、この先10年間はロングステイを継続したい。これまでの蓄えを使い切ってもいいと思っています。将来健康が不安になったら、KLにある日本人専用老人ホーム「ナースロッジ日本」に入居するのも選択肢のひとつ。入居費はひとり約10万円/月。いざとなれば医療や介護ケアが受けられるそうです。
・ペナンに決めた理由
ロングステイ滞在地を決めるにあたっては、KL、キャメロンハイランド、コタキナバル、そしてタイ・バンコク、チェンマイといつくかの候補地がありました。
しかし生活コストが安い、治安がよい、ゴルフ事情やマリンスポーツができること、そして空気がいいこと。これらの条件が一番揃っていたのが、ペナンだったのです。ただ「ヘイズ」と呼ばれる山火事を原因とするインドネシアからの煙害に悩まされることがあるとか。
・キャメロンハイランドについて
マレーシアで人気のキャメロンハイランドは、標高が高いので思ったより寒く、雨季が長いこともあって、比較的短期間の滞在者が多い。日本の夏、冬の季節、つまり避暑や避寒目的でロングステイしたい人には向いているそうです。
そのためか「ペナンより年齢層の上の方も多く滞在しています。でも皆さんお元気な方ばかり。もっとも元気だから来られるんでしょうが、ロングステイするとまた元気になるという相乗効果があると感じます。しかし、年齢的に高血圧など持病持ちの方もいらっしゃいますが、日本と比べると気温差が小さく暖かいので症状が軽くなるようですね。また花粉症もないです」と奥さま。
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February 28, 2009
明るくて開放感のある室内

その3
・生活費など
このコンドミニアムは、05年1月に3ヶ月契約で入居して以来、その後1年契約で更新しているとのこと。3ベッドルームにバス・トイレ、ランドリー、キッチン、そしてリビングダイニングの間取り。これに家電製品から家具まですべて備え付け。これで家賃は1200RM/月(約3万6千円、光熱費は別)と、日本では考えられない安さです。バンコクよりも安い。
その上、この素晴らしいロケーションですから文句なし、言うことありません。わたしも住みたいと思ったくらいです。
収入は夫婦2人の年金です。通常の生活費としては、家賃込みで約3000RM(約9万円)ほど。これにゴルフや遊び、時々の旅行費を加えると、トータル日本円で平均15~20万くらいとのこと。基本的な生活費が、夫婦二人で9万円とは、やはり格安な家賃が大きく貢献しています。
飲料水は配達してもらっていて、18.9㍑入りで5RMと高くありません。割高なビールも、安く手に入るルートがあるとか。
「日本の自宅はそのままにしているので、ペナンとの二重生活です。そのためトータルの生活費は、日本にいる時と変わりません。しかし、今のレベルのペナン生活が20万円以内でやれるという、心の余裕というか軽さがありますね」とAさん。
健康には注意していて、毎朝ストレッチや腹筋運動を欠かさず、体力維持を図っています。また日常生活はメリハリを付けて、リズムを失わないように心掛けているそう。平日はテニスに、フェイシャルやマッサージ、そして週1回のゴルフと予定を入れるようにしますが、週末はのんびりといった具合です。
ゴルフはマレーシア本土まで行くことが多く、2人で100RM以内、1人約1500円ほどでプレイできるとか。そして2ヶ月に1回ペースで、周辺各国への旅行を楽しんでいます。
つづく
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February 26, 2009
威容を誇るエデン・シービュー

その2
・バトゥ・フェリンギのご自宅
途中、いつも買い物に利用するというタンジュン・ブンガのマーケットを見学した後、バトゥ・フェリンギに到着しました。バトゥ・フェリンギまでは、ジョージタウンから車で30分位でしょうか。
ご自宅は小高い丘の上に建つ「エデン・シービュー」、3棟・約300戸からなる大きなコンドミニアムです。セキュリティーは万全。そしてプールやジム、テニスコートも完備していて、夫婦や家族連れに向いています。
各部屋のオーナーが賃貸に出しているケースが多くて、居住者よりも長期滞在者の方が多いといいます。日本人のロングステイヤーも平均で30組ほど滞在しているとか。訪問してみて分かったことなのですが、以前ブログで紹介したご夫妻も同じコンドミニアムで、親しい間柄だったのです。
最高気温は30度前後と過ごしやすく、周辺は緑に囲まれリゾートの雰囲気たっぷり。その上静かでのんびりできる環境ですから、自然派志向の方にはぴったりです。車があれば、生活に不自由は感じません。
コンドミニアム17階のご自宅からは、マラッカ海峡の美しい海、緑豊かな山や岬を一望できる素晴らしい眺望が広がっています。また西向きのテラスから眺める夕陽が素晴しく、その美しさが刻々と変化していくそうです。ここからの景色が気に入ったのが、入居の決め手になったといいます。 「このロケーションは、代えがたい価値があります」とAさん。
テラスに出ると、心地よい海風が吹き渡っていて涼しいくらいです。時にはテラスでお茶を飲んだり、食事をすることもあるんだとか。部屋の中にも風が入り、クーラーは必要ありません。もちろんクーラーは付いていますが、天井扇で十分に涼しい。ちなみにこの時の室温は27.5度。さらっと湿度も低く、過ごしやすさを実感しました。
まさに快適な住環境、ここに決められた理由が、なるほどと納得です。
あまりに気持ちがいいので、爽やかな風が吹くテラスで話を聞かせていただくことにしました。
つづく
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February 24, 2009
バトゥ・フェリンギのビーチ

マレーシア・ペナンでロングステイをなさっているご夫婦にお会いしました。静岡出身のAさん(65歳)夫妻です。
奥さま(63歳)が運営されているホームページ「野次馬ばなな ペナン ロングステイ」を読ませていただいたのがきっかけ。その内容がペナンでの暮らしぶりから現地情報まで豊富だったので、早速メールを差し上げたところ、快くインタビューに応じていただいた次第です。
08年8月末、バトゥ・フェリンギのご自宅まで訪問したのですが、自家用車でジョージタウンのホテルまで迎えに来ていただきました。土地不案内とはいえ、本当に感謝!
車中でも現地の基礎的な知識などを教授してもらいながらの移動です。ペナンでのロングステイは、05年1月に始めて約3年半。その間05年8月に、最長で10年間滞在可能なビザ「MM2H(マレーシア・マイセカンドホーム・プログラム)」を取得したとのこと。
現在、日本の住民票は抜いて在留届けをしての滞在です。したがって国民健康保険には未加入(帰国時に再加入)、海外旅行傷害保険を契約しているそうです。
帰国するのは、年に1~2ヶ月ほど。ペナン滞在中は東南アジア諸国を周遊しますが、帰国した折にはヨーロッパなど世界各地を旅行することも。
Aさんの話によると、ペナンには推測で約700人の日本人ステイヤーがいるのではないか。だいたい夫婦ふたりでの滞在が8割、単身が2割といったところ。
その内バツーフェリンギでは80%が、車を所有しているといいますから驚きました。バンコクとは大きな違いです。現地で購入する人と、日本から持ってくる人と半々くらい。車があると買い物だけでなく、マレーシア本土へのゴルフや旅行には大変便利。ちなみにAさんは、日本から移送した組で、諸費用を含めて40数万円の輸送費が掛かりましたが、MM2Hを取得して6ヶ月以内だと輸入関税は免税になるそうです。
またガソリン価格は、この時点で2.55RM(約75円)と日本の約半額。東マレーシアで原油を産出することに加えて国が補助しているため、ガソリン価格が安いのだとか。
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January 31, 2009
高層ビル群の中のプール

その2
Mさんは、コンドミニアムの第1号の入居者だったそうで、その状況について詳しい話を伺いました。
「バンコクの開発業者から、完成したとの連絡を受けたので、6月末に訪タイしましたが、日本人の感覚としては、まだ未完成の状態でした。全館完成していると思っていたら、最上階は工事中で、ジムもまだ使えない。工事関係者が常時出入りするので騒々しいし、数機あるエレベーターも満足に使用できませんでした」
「息子さん家族にも手伝いに来てもらって、内装工事やら住めるようにするまでの1ヶ月間は、近くのサービスアパートに滞在していました。やっと入居できたのが、7月27日のことです。
それから日用品から家具や家電製品に至るまで、一から全部揃えました。ようやく最近、落ち着いてきたところです。
本当にタイへの熱意が冷めてしまうほど大変で、この2ヶ月間、観光どころではありませんでした」とMさん。
「その他に困ったことは、契約に関わる連絡や交渉についての問題です。例えばこんなことがありました。
コンドミニアムの契約金額は、頭金3分の1、完成時に残り3分の2という取り決めでした。当初送金については、円または米ドルの外貨建てと言われていたのに、実際にはバーツ建てでもよかったのです。通貨の種類によって、こちらの資金繰りの予定が大きく狂ってしまいます。
こんな具合にやりとりがスムーズではない上に、担当者が代わると話がつながらなるし、新しい担当者もすぐに言い訳をする。あるいは時間を守らないのも平気といった、タイ人気質にストレスが溜まることも多かったですね」
「それに、新居の引渡し交渉から登記手続き、またバーツ建ての銀行預金など、すべてタイ語ですから、専門家に依頼しないと個人では難しいと感じました。やはり海外での不動産購入は大変です」
しかし「契約から3年かかって、ようやく入居できました。色々なトラブルはあったものの、開発業者が倒産することもなく、無事引渡しを受けられたので、ホッとした部分もあります」
「この2ヶ月、入居手続きに明け暮れましたが、次回からはゆっくり過ごしたいと思います。これまでと同様日本とタイを行き来するスタイルで、1~2ヶ月程の滞在を少なくても年2回、予定しています。1年単位の長期ステイは考えていません」
Mさんはこれまで、バンコクでの滞在にはサービスアパートを利用してきましたが、今後はこのコンドミニアムがロングステイの拠点になる訳です。食料品などのお買い物は、アクセスの良さを生かしてBTSでサイアム・パラゴンのスーパーマーケットまで出掛けられるとか。
お話を伺った3日後には、もう福岡に帰られるということでしたが、次回からは快適なバンコク・ライフを楽しんでいただきたいものです。
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January 29, 2009
落ち着いた雰囲気のリビング

08年8月下旬、このブログの№37・38に登場していただいたMさん(64歳)と、バンコクで久しぶりに再会しました。福岡在住のMさんとは、もちろん福岡でお会いする機会が多いのですが、バンコクでは初めてのこと。
というのも、かねてより購入されていたコンドミニアムが完成し、引渡しを受けるため6月末から訪タイしているMさんを、新居に訪問させていただくことになったからです。しかし、ようやく新居に生活用品や家具などを揃えられたばかりで、慌しい時期にお邪魔してしまいました。
場所は、シーロムエリアのBTS駅前に聳え立つ高層コンドミニアム。駅の階段を降りると目の前ですから、アクセスの良さは申し分ありません。
立派なロビーにはスタッフが常駐し、来客や入居者の対応などホテルと同じようなサービスが提供され、セキュリティも万全のようです。館内にはプールやスポーツジム、子どもの遊戯具も完備していて、設備面でもホテル並み。バンコク中心部の高層ビル群を眺めながら、汗を流すことができる贅沢な環境です。
Mさんのお宅は、30数階建ての15階にあります。エレベーターの階数表示には13・14階がありませんので、実際は何階建てなのか、よく分かりません。
間取りは2ベッドルーム、2バスルームにリビングダイニング、広さは90㎡ちょっと。大理石の床と落ち着いた色調の内装が、より高級感を醸し出しています。冷蔵庫、オーブン、電子レンジは備え付け。木目の大きなキッチン収納を備えた台所は、広くて使いやすそうです。
しかし壁紙は、自分の好みで選べるものの、自費で施工しないといけません。それに室内の仕上げが、細かな所で雑なところも気になるとおっしゃいます。
管理費は2年分の先払い。日本のマンションと同程度の費用で、他に電気、水道料金が必要です。ちなみにガスは、電磁調理器のため使用していません。
つづく
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December 20, 2008
バトゥ・フェリンギのビーチ

その4
・ロングステイを経験して
ペナンでは、毎日のように運動ができ、健康的な生活を送っています。そして、滞在中はすべて自分たちの自由な時間ですし、ゆったりと時間が流れる気がするとおっしゃいます。日本に戻るとホッとする反面、すぐに日常的な煩雑さに引き戻されてしまい、なかなか自分たちだけの時間という訳にはいきません。
一方でペナンに来ると、こちらも「我が家に帰ってきた」という実感が沸くそうです。その意味でペナンは、時間的にも精神的にも寛げる第2の自宅になっています。 「日本とペナン、2つの人生を持っていて、何だか得した気分です」と節子さん。
現在年2回のペナン・ロングステイという生活スタイルを変更して、2年後には日本の冬3ヶ月間の1回にしようかと検討中です。夏は沖縄の宮古島か石垣島で、国内ロングステイを計画しているとのこと。“海がきれい”というのがその理由で、シュノーケリングを楽しむのが目的とか。
・最後に
日本とペナン、季節によって2つの生活を上手に使い分けながら、趣味のテニスや山歩き、国内外の旅行などを楽しむ荒木さんご夫婦です。
ペナンでは日本での雑念や煩雑さから解放された自由な時間が、精神的なゆとりを引き出す。そして、スポーツ中心でアクティブなライフスタイルが健康を生み出す。それがご夫妻の“生き生きとした若さ”の秘訣だと確信しました。
なお奥様が、お二人の旅行記をHPで公開なさっていますので参考まで。
http://www.kct.ne.jp/~alicia/
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December 19, 2008
コンドミニアムからの素晴らしい眺め

その3
・ペナンのよいところ
まず、海と山が望める自然豊かなペナンの風景は、バンコクにはない開放感があります。そして自然だけでなく、旧市街が世界遺産に指定されるように歴史や、お祭りやイベントなど多様な文化にも親しめるのもよい点です。
中華やマレー料理など食べ物の種類が豊富。さらに都会の良さや便利さも享受できる、そんな色々な要素が揃っているのがペナンなのです。
また、マレーシアがイスラム教の国だからといって、特に違和感はありません。善行を勧めるイスラムの教えや教育のおかげで、かえって治安がいいと感じるほどです。
しかし、何といっても気に入っているのは、テニスと山歩きが十分にできることです。山歩きで知り合ったマレー人やチャイニーズの仲間もできました。他民族国家のマレーシアですが、マレー人が一番にこやかでフレンドリーとのこと。
生活面では、食材をはじめ物価が安いことがペナンの魅力です。外食はあまりせずに自炊中心、現地の素材で和食系の料理を作られています。普段の買い物は歩いて行ける地元商店で十分に間に合うそうで、魚や野菜は安くて新鮮。
また、ネットで注文できる日本食材の宅配サービスがあって、時々利用されています。少し割高なもののペナンの日本人にとってはありがたい存在になっているとか。
ところで、ペナン以外のロングステイ候補地を何箇所か下見したことがある荒木さん。コンドミニアムの家賃が一番安くて、セキュリティーもしっかりしていたのが、やはりペナンだったそうです。
バンコクで見た3つの物件は、どれも狭くて清潔感がないのに割高。プーケットはリゾートのせいか家賃は25万円位とハワイ並みに高かった。ペナンと同じマレーシア国内のコタキナバルも家賃は高いといいます。インドネシアのバリ島は、一戸建てで2万5千円と格安なのですが、1年間の長期契約しかないのと、鍵が付いておらず安全面で難点がありました。
タイだから、マレーシアだからということで、ペナンを滞在地に決めた訳ではありません。東南アジアの人気ロングステイ地を実際に見た上で、自分たちの滞在期間やライフスタイルをはじめ、家賃・生活費の安さなどの面でも、ペナンが最も適っていたのです。
つづく
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December 17, 2008
清潔感のある室内、眺望もよい

その2
・生活について
ペナン島北部のビーチリゾートのバトゥ・フェリンギは、高級ホテルや高層コンドミニアムが建ち並び、欧米系の観光客やロングステイヤーにも人気のエリアとなっています。
その高台にあるコンドミニアム「エデン・シービュー」が、滞在中のご自宅です。ここは夏は25組、冬になると50組もの日本からのステイヤーが滞在するほどの人気だそうです。
コンドミニアムの契約は、5年目を迎えます。3ベッドルームで、広さは90数㎡、家賃は1100RM(約36000円)と
格安。日本に帰国し空いている期間は、ロングステイの下見や体験に来られる方に1ヶ月単位で短期賃貸するとのこと。とても合理的な方法です。
ペナン滞在中、各地を旅行する費用は別として、毎月の生活費は、家賃込みで9~10万円と意外なほど経済的です。ちなみに電気代は月1500円と安く、NHKの衛星放送が2400円、電話代1500円、電話回線利用のインターネット接続料300円と、日本と比べると格安なので、さほど生活費が掛からないのも頷けます。
また、ペナンの日本人ステイヤーの中には、日本から移送した車に乗っている方もいますが、短期間の滞在ということもあって、交通機関はいつもバスを利用しているとのこと。
さて、荒木夫妻の趣味はスポーツ、中でも好きなテニスと山歩きで、毎日アクティブなペナン・ライフを送っていま
す。コンドミニアム内のテニスコートは1時間2RMと手軽に利用できるので、平日は2~3時間テニスを楽しみ、そして、土日は山歩きというのが日課です。
ペナン島北西部は国立公園に指定されるほど、自然豊かなエリアになっています。自宅があるバトゥ・フェリンギ周辺も緑の濃い山々に囲まれ、約5kmの遊歩道が整備されていて、山歩きするには最適なロケーションだそうです。
また、格安航空会社のエアアジアを利用して、マレーシア国内やバリ島、オーストラリア(パース、メルボルン)などへの旅行と、ペナンの地の利を生かしたロングステイもエンジョイしていらっしゃいます。ペナンの安い生活費で浮いた年金を、旅行費用に充てることができるのだとか。
つづく
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December 15, 2008
アクティブな荒木さんご夫妻

08年8月末、マレーシア・ペナンでロングステイをなさっている、荒木一康(66歳)さん、節子(63歳)さんご夫妻を訪問しました。真っ黒に日焼けされたご夫妻にお会いすると、年齢よりも随分若い印象を受けるだけでなく、アクティブな滞在ぶりがうかがえます。
・きっかけ
荒木さんご夫妻は、岡山県の在住。03年6月以来ペナンでのロングステイは、これまでに9回を数えます。平均年2回のペース、期間にして6ヶ月から最大8ヶ月間をペナンで過ごしています。
しかし、最初はロングステイという意識はなくて、ペナンでロングステイを始めたのは偶然でした。ご主人の定年退職を機に、奥さんの生まれ故郷・新潟で短期間暮らしてみたいと住宅情報をネットで調べる内に、たまたまペナンのコンドミニアムに行き当たったのがきっかけとか。
初めから「マレーシアに行こう」ではなく「結果としてそうなった」というのが実情とのこと。
そして1ヵ月間のペナン滞在で、すっかり病み付きになったといいます。その時、同じコンドミニアムの隣室に滞在していた日本人ステイヤーとの親交も、ペナンが気に入った大きな要因になりました。
実際に滞在してみて、自分たちの志向やライフスタイルに一番合っていたのが、ペナンだったのです。
ところで、マレーシアには「マレーシア・マイ・セカンドホーム(MM2H)」というロングステイビザがあって、ペナンで長期滞在する日本人の多くは、MM2Hを取得しているといいます。
しかし、日本に居を構え、ペナン以外にも国内外の旅行を楽しむご夫妻にとって、3ヶ月間ノービザで滞在できるというのは魅力的で、MM2Hを取得しなくても十分な期間だとか。ちなみにタイの場合30日間ですから、ノービザでの滞在期間の差は大きいものがあります。
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November 21, 2008
クロントイ市場にて

その2
病気の話は、今回初めて伺った次第。お会いした時は、手術後1ヶ月半ほどでしたが、少し痩せられたものの元気なご様子に安心しました。お好きなアルコールは控えられていて、食事をご一緒しながら体験を語っていただきました。
「タイの医療技術は、日本と同じレベルだとしても、海外で受診することに不安感がありますね。日本の病院で診察を受けていればどうであったか、早期に見つけられていたか? という思いが残ります」。
「まず、専門ドクターの能力の問題です。せっかくCTスキャンなどの最先端の機器で検査をしても、その結果を解読する能力がどうなのか疑問です。A,B病院ともに約4ヶ月間、この間も血尿が続いているにもかかわらず、なかなか原因が掴めなかったのですから」。
「もう一つは、言葉の問題です。病院を選ぶ時に日本語のできる医師がいるか、通訳要員が多いかで選びます。今回もメインの受診科は、日本語のできる医師がいることを確認して決めています。日本の医学部卒のドクターで、もちろん日本語でやりとりできました。
しかし日本語が出来ない医師とは、通訳を介しても言いたいことや内容がどうしても正確に伝わっていない。また細かなところやニュアンスが違っている。そんなもどかしさを感じます。
このような意味で、日本と医療技術以外の問題もありますね」とSさん。
バンコクの医療事情について、実体験に基づく貴重な話を伺えました。一日も早く体力を回復されて、順調なタイでのロングステイを継続していただきたいものです。
さて予想外の海外での手術、「自分は大丈夫だろう」と思っていても、誰しもその可能性がある訳です。バンコクではなく、帰国して検査・手術を受ける方もいらっしゃるでしょう。
しかしいずれにしても、Sさんのように海外旅行傷害保険に加入するなど、病気やケガ等、万が一への備えが必須であることを改めて実感した次第です。
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November 19, 2008
シーロム通り界隈

08年8月、1年ぶりにSさん(65歳)に再会し、近況を伺いました。前滞在地のポーランドから、この10月でバンコクでのロングステイが3年を迎えるSさん夫妻です。
奥さんの持病のリユーマチは、治療薬の副作用のために中途で服用を止めました。しかし、暖かいバンコクの気候が合ったのか症状が改善し、今年2月には2泊3日のアンコールワットの旅を楽しまれたとか。
奥さんが健康を取り戻し、旅行も楽しめるほど順調なロングステイでしたが、昨年11月頃からSさんは体調を崩します。原因不明の血尿が続いたのです。
4ヶ月半、A総合病院で受診し、精密検査(2日間の検査入院で12.3万B)を受けましたが、結局その原因は分からず仕舞い(総計17.4万B、@3.4、約59万円)。
3月末にB病院へ転院し、7月初旬まで再検査しても原因が見つからず、7月中旬にCTスキャン検査をしたところ、左の腎臓に腫瘍があることが判明したのです。そして即座に、同病院で腎臓と尿管の摘出手術を受けることになりました。
手術前検査、手術と10日間の入院で、費用は30万B(@3.17、約95万円)。B病院での総計(36.6万B、116万円)。これらの検査費用と医療費は、すべて日本の海外旅行傷害保険で対応できたそうです。
また、再発予防のために抗がん剤の投与を始め、10月末まで続けました。この費用が35.2万B(約112万円)。なお、抗がん剤投与の治療費の一部は、旅行傷害保険の有効期間180日を超えたため、自己負担になったとのこと。
今回の治療費の総計は、保険、自己負担ともで89.2万B(約287万円)ということです。
手術後しばらくして、毎日歩いてリハビリを続けていらっしゃいましたが、現在は普通の生活に戻られています。
つづく
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September 21, 2008
いつもと変わらぬソイ11界隈

今年に入ってタイロングステイへの関心や需要が、停滞していると感じています。団塊の世代の大量退職に伴うロングステイ需要が期待したほどではないことに加えて、タイの物価上昇や燃油サーチャージの急激な高騰などのマイナス要因が、その理由です。
そして最近の政情不安も影を落としていると思います。ちょうど今回の旅行中に発令された「非常事態宣言」もさらにタイへのイメージダウンを加速させることに。NHK衛星放送の「海外の安全情報」でタイの「非常事態宣言」のニュースがトップに流れてくるのですから、心配しない方がおかしいでしょう。
そこでこの8月、改めてロングステイ・コンサルティング社代表の佐藤氏にロングステイの近況について、訊いてみました。
「ロングステイについての問い合わせは、以前と同じくらいあります。しかし、クーデター以降の政情不安と燃油高騰のあおりを受けて、実際にロングステイを実行するお客さんは、出足が鈍く影響を受けています。
一番の原因は、報道や外務省、大使館の危険情報で、とにかくタイ、とりわけバンコクが危険というイメージが先行しています。それに加えて、何も燃油がこんなに高い時に行かなくてもという心理が働いていて、今は様子見という状況ではないでしょうか」。
しかし「物価高の影響は、日本人の生活費水準からすると、限定的なものと思います。ひと頃40B/Lを超えていたガソリン価格も、今は29B/L(9月は27B台まで下落)と落ち着いてきましたし」と佐藤氏。
政情不安だけでなく、やはり燃油サーチャージの高騰は、海外旅行客に止まらず、ロングステイを計画、準備している層にまで影響をもたらしているようです。
わたしも、できることならこんな高い燃油サーチャージを払ってまで行きたいと思いません。取材目的というのと、この時期しかまとまった休みが取れないので仕方ないというのが本音です。出発期日を限定しない方にとって、安くなるのを待ってからというのは当然のことです。
ちなみに全日空の成田発は、7月からタイの燃油サーチャージを往復で4万円に値上げし、タイ国際航空(TG)も7月から、福岡・バンコク往復で3万3千円と、一気に2万円もの値上げを実施しました。わたしが今回も利用したバンコク・エアウェイズ(PG)でも約2万円です。それでもPGは、燃油高騰による赤字によって福岡路線を9月末で休航してしまいます。
最近は100ドル/バレルまで下落してきた原油価格ですが、現地のニュースによるとタイの航空各社は、当面価格の動向を見守るとして燃油サーチャージの値下げに慎重な姿勢です。値上げには敏感でも値下げには慎重ということなのでしょうか? タイへの観光客誘致のためにも、早急な対応をしてもらいたいところです。
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September 03, 2008
緑豊かなWATERFORD RAMA 4

バンコクでのロングステイを始めて6年目を迎える澤井勇(70歳)さん・理恵子(66歳)さん夫妻。BTSプロンポン駅近くから、プラカノン駅方面のコンドミニアムに転居されたということで、1年ぶりに再会し、お宅にお邪魔させていただきました。
・住居、生活費について
プロンポン駅から徒歩15分の所にある「WATERFORD RAMA 4」が、新しい住まい。大きな門をくぐり、運河に架かる橋を渡ると、豊かな緑の中に7~8階建てくらいの建物が林立しています。500戸もあるといいますから、かなり大きなコンドミニアムです。住民はタイ人の中流層やヨーロッパ人が多いとのこと。
敷地の出入り口の守衛室には5人が常駐し、建物に入る際にも専用カードが必要ですから、セキュリティも万全。
引っ越したのは07年の7月、同じコンドミニアムに住む知人の紹介だったそうです。1階の部屋には小さな庭まで付いていて、家賃は2LDK、水道光熱費別で1万8千バーツ(約6万円)。これまでの1LDKよりも広くて、室内が明るく感じます。これでも8千バーツも安くなったとか。
買い物は地元の商店や市場、ロータスのミニスーパーで賄います。時には鮮度のいい魚を買いに徒歩20分のジャスコまで行くことも。地元の商店は、とにかく野菜が安くて新鮮。どれも5~10Bと、プロンポンのフジスーパーの何分の1しかしません。 「以前は買い物に便利だったけど、高い食材を買っていたものです」と理恵子さん。言葉は十分には通じませんが、商店のおばちゃん達ともすっかり顔馴染みです。
住宅費と食費が安くなったお陰で、毎月の生活費は4万バーツ(約13万2千円)。これまで6万バーツ掛かっていたといいますから、かなりの節減です。ロングステイを始めた頃、1バーツ2.7円だったのが、最近では約3.3円ですから、今回の転居がもたらした経済的効果は大きいものがあります。バーツ高対策としても有効だったといえるでしょう。
・日常生活について
昨年11月から、健康のために夫婦で始めたというウォーキング。週に2、3回午前中の涼しい内に、プロンポンまで歩くのだそうです。かなりの距離で1時間15分掛かりますが、帰りに買い物や用事を済ますというのが、いつものスケジュール。
また、バンコクでロングステイをする日本人シニアの集まり「タイロングステイ暮らしの会」の会員でした。しかし同会が解散した後、内部組織だった「レディースクラブ」(約30人)は活動を続けていて、仲のよい奥さんたちとの交流を図っています。月1回の食事会や親睦会に10人ほど集まるそうです。
日本人コミュニティとも適度な関係を保ち、健康維持にも配慮する澤井さんご夫妻。そしてあれこれ心配したり、あまり物事にもこだわらないように拝察します。それがタイで長く暮らせるコツかもしれませんね。
もう5年はバンコクで暮らす予定とか。健康でロングステイを続けて欲しいものです。
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August 14, 2008
アユタヤ ワット・チャイワッタナラーム

65歳以上の高齢者が、日本の総人口の21.5%という高齢社会です。そして「人生80年」が当たり前の時代となり、定年後の人生が20年もあるという長寿社会でもあります。
この長寿社会において、07年から定年を迎え始めた「団塊の世代」を筆頭に、会社や仕事中心に人生を歩んできたシニア予備軍にとって、これからの人生をどのように生きるかは大きな課題です。
現役時代、いわゆる“会社人間”や“仕事人間”の男性は、人生の中心だった仕事から離れてしまうと、やりがいや生きがいを喪失しやすく、高齢期をいかに生き生きと過ごせるかは、本人だけではなく家族や地域、ひいては日本社会にとっても決して無縁とは言い切れません。
心豊かで成熟した高齢社会にしていくには、高齢者が元気で生き生きとして、社会と繋がっている、社会に貢献していくイメージ、つまりアクティブ・エイジングが重要になってきます。
現役時代からリタイア後の新しい生き方の準備をしてきた人は大丈夫でしょうが、定年を境目に家庭や地域社会に放り出された男性は、簡単には新しい生き方の指針を見出せないかもしれません。
そこで、仕事中心の生き方から、新しい価値観や生き方にシフトさせるきっかけや仕組みが必要と考えます。その具体的な方法として、海外での生活体験が有意義と考え、ロングステイを提案してきたところです。
先頃、新しい生き方へシフトさせるきっかけとして、バンコクのロングステイ・コンサルティング社が中心となって、 「人生リセットプログラム」を始動させました。同社のHPより一部紹介します。
「今までの自分自身を振り返り、心のよろいを脱ぎ捨てて自己のアイデンティティを確立し、新しい自分に気づくための一歩を踏み出す指針を掴みます」
このようなかたへ
・ 何とかしなければいけないと思いつつ、退職前の肩書きや会社のブランドから脱却できないでいるかた
・団塊の世代を中心とする世代で、半生を会社に捧げ、会社人間となってしまったかた
・定年退職や早期退職するが、自分がどうしたら良いのか考えつかないかた
・今まで仕事に追われ、自分のやりたい事が成し遂げられなかったかた
・自分の人生を今まで無駄に過ごしてしまったのではないか?と考えているかた
・別の世界へ行って、利害関係のない人に自分自身のことを聞いてもらいたい、アドバイスを受けたいと思っているかた
・いやなことばかりで身も心もリセットしたいと思っているかた
研修費用: 98000バーツ/お一人税込み
詳しくは、同社のHPでどうぞ
http://www.longstayconsulting.co.th/reset-top.php#link1
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July 26, 2008
ロングステイ財団が実施しているロングステイ希望滞在国の調査(2006年度)によると、永らくトップだったオーストラリアを抜いてマレーシアが第1位、そしてタイが第3位に入っています。
2004年の同調査では、マレーシアが2位、タイが5位でしたから、それぞれ順位を上げ、インドネシアもベスト10入りと、近年アジア各国の人気ぶりが際立つ結果となりました。
第1位 マレーシア 第6位 カナダ
第2位 オーストラリア 第7位 スペイン
第3位 タイ 第8位 インドネシア
第4位 ニュージーランド 第9位 イギリス
第5位 ハワイ 第10位 アメリカ
アジア人気の理由は、まず気候が温暖なこと、日本から近いこと、そして何より物価が安く生活しやすいことが挙げられます。
さらに忘れていけないのは、マレーシア、タイをはじめアジア各国には長期滞在者用のリタイアメント・ビザが用意されている国が多いことです。これまで1位だったオーストラリアにもリタイアメント・ビザ制度がありましたが、「リタイアメント投資家ビザ」に変更になり、より多額な自己資金が必要になったことが、順位を下げた大きな理由と思われます。
他にも近年は豪ドルに対して日本円が安くなり、相対的に生活費が上昇していることもあるでしょう。
さて、人気の理由が似ているマレーシアとタイですが、その違いの一つは宗教。マレーシアがイスラム教、タイは仏教です。我々日本人にとっては仏教の方が親しみを感じ、文化的にも近いと思うのですが・・・
では、両国の人気の差はどこにあるのか? それはノービザでの滞在日数がタイの30日に対して、マレーシアが90日と、これが大きな差になっているようです。
1年以上の長期滞在希望者は、両国とも一般的にロングステイ用のビザを取得するでしょうが、例えば日本の夏と冬を海外で過ごしたいという方にとって、マレーシアの場合ノービザで約3ヶ月滞在できます。つまりロングステイ・ビザを申請することなく、手軽に年2回のロングステイを楽しむことができる訳です。手続きの手間や費用も掛けずにロングステイしたいというニーズは少なくないでしょう。
しかし、これだけがマレーシアとタイの人気の差なのか? まだ行ったことがないマレーシア、人気の秘密を探しに一度取材に行ってみましょうか。
チェンマイ郊外フォーシーズンズ

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July 11, 2008
チェンマイのワット・プラ・シン

ブログの読者の方から、海外ロングステイに関する新書が出版されたとの情報をいただきました。そこで早速、本屋に行って購入することに。
タイトルは「年金夫婦の海外移住」(出井康博、小学館)。帯封には(アジアの楽園に脱出した日本人たちの「夢」と「現実」)とあります。
前書きを読んでみると、2年前でしたか、週刊ポストに短期連載された記事を加筆、再編集したものでした。たしか、女性目的だったり、不動産からみで騙されたりといった、チェンマイで暮らす“懲りない日本人シニア男性たち”が、いかにも週刊誌的に取り上げられていた記憶がよみがえってきました。
続けて、 「海外生活には、日本で味わえない楽しみもある反面、苦労もつきものだ。『光』と『影』があるとすれば、本書では現地で暮らす日本人が直面した問題や失敗談に焦点を当てるように心がけた」とあります。
同書では、最近急速に人気を集めている東南アジア、今や海外ロングステイ先として人気№1のマレーシアをはじめ、タイ、フィリピンに焦点を当てて、事例ごとに紹介していきます。
その多くが、トラブルに巻き込まれた事例や失敗事例といわれるケース。すべてのロングステイヤーが、そんな体験をしている訳ではないでしょうが、東南アジアでのロングステイに注意を促したり、警鐘を鳴らすという意味では、有意味なのかもしれません。関心がある方は、ご一読を。
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July 02, 2008
高層マンションのプールサイドにて

「たったひとりの再挑戦」(50代早期退職者の行動ファイル)という文庫本が、08年5月文藝春秋社から発行されています。03年に発行された単行本を再編集して、文庫版にしたものです。
本書には、会社を早期退職した36人の方が登場しますが、退職する理由はさまざまで、自発的に辞める方からリストラで退職する方まで。
これら早期退職者のその後の生き方が紹介されているのですが、最後の第7章「海のかなたの活路」で、トリを務めるのが、バンコクでロングステイをなさっている長谷川久さん。その記事からです。
サラリーマンが50代半ばで退職して、その後はいっさい働くことなく、いつまでも快適な暮らしを営めるものなのか。
気がかりはいくつかある。刺激なき退屈な生活に耐えられるのか。退職金と預貯金だけで、生活が維持できるのか。毎日自宅で過ごすとなると、散歩していてもご近所の視線がうっとしく感じられるのではないのか・・・
元キャノンの長谷川久さんと妻の信子さんは、日本を脱出して新たな生活に踏み切った。退職金と預貯金から毎月約20万円を取り崩していき、70歳になるまでタイに住む「15年定住計画」を立てたのである。
「タイで15年暮らせると分かって、もう金銭欲も出世欲も名誉欲も消えました」
長谷川さんは、バンコク郊外のバンナ地区の超高層マンションを55歳からの住まいにした。
(中略)
タイの異文化の中に身を投じ、お互い理解を深めながら暮らすという、退職後のライフワーク「わがグローバル・
スタンダード」に挑んでいると、日本人に問われているのは、カネよりも実直な生き方であると分かってきたという。 (一部抜粋)
まだ買ったばかりで、長谷川さんの所を読んだところですが、目次からすると、なかなか興味深い内容です。早期退職だけでなく、定年後の生き方を模索している方には、参考になりそうな本書です。
ちなみに、長谷川さんはわたしのブログにも登場していただいています。
最後に、バンコクでのロングステイ計画が達成されるようエールを送ると共に、ご夫妻のご多幸と健康をお祈りいたします。
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June 18, 2008
同社の小田原さん

08年2月、バンコクの日系人材派遣会社「パーソナル・コンサルタント・マンパワー社」を訪問しました。同社では人材登録した若いタイ人を対象に教育研修の一環として日本語教室を運営し、現地に進出している日系企業への就職を支援しています。
いつもブログに登場していただく篠原さんも、ここの教室で日本語教師のボランティアとして活躍されていたので、ご承知の読者の方も多いと思います。同社ディレクターの小田原さんに、日本語教室の状況や日本人シニアに関する情報を教えていただきました。
企業からの日本語ができるタイ人への需要は、相変わらず多いといいます。現在、土日に開講する日本語教室の生徒数は60~70人ほどで、ボランティアの日本語教師が6人。主にバンコク駐在員の奥様が交代で担当していますが、リタイア組の男性も1人いらっしゃるとか。ホームページを拝見すると、ちょうど日本語教師を募集中でした。
人材登録しているのはタイ人ばかりではありません。2~300人もの日本人が登録していて、20代から50代までが中心ですが、定年後の方もいるそうです。毎日のように登録についての問い合わせがあり、 「タイで働くことへの関心が高まり、タイで就職すると言う垣根が低くなっています」と小田原さん。
それに対する日系企業からの求人(電気・機械系の職種)も増えていて、60歳以上のシニアでもエンジニア出身だと需要があるので、就職できる可能性が高くなるといいます。
定年を迎えても働きたい、できれば自分の技術やキャリアを活かして海外生活や国際貢献をしたい、と考えている方にとっては、いい情報ですね。
さて、趣味の分野について。海外ロングステイするのはいいが、趣味を通した友人や交流が欲しいという方への情報です。バンコクには「くるんてーぷかるた会」「五行歌の会」「短歌会」等のグループが活動しています。 「五行歌の会」は今春新たに発足しました。ちなみに小田原さんも「くるんてーぷかるた会」のメンバーです。
またこれらの会では、日本語学科があるタイの大学で学生との交流を通じて、日本文化を紹介する活動を行っているところもあります。
http://www.personnelconsultant.co.th
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May 27, 2008
いつもお元気な篠原さん

バンコクでのロングステイが6年目となる篠原絢司郎さん(71歳)に、08年2月お会いしました。バンコクに行く度に近況を伺っています。
かねてより建築中だったナコンパトムの新居がようやく完成する見込みで、4月にはバンコクから引越しする予定とのこと。
現地の子どもたちに日本語を教える夢を描く篠原さんですが、果物や野菜づくりの計画も持っています。約1000坪と広い自宅敷地の内、半分ほどの面積を畑にして、色々な野菜を栽培しようというのです。食料を自給自足し「自分の口は自分で」というのが目標とか。
元々、年金や生活費など将来の日本社会への不安を感じていたことも、タイロングステイを実行した要因のひとつだといいます。その意味で「野菜づくりで自給自足の生活」は、篠原さんのタイロングステイ構想を具体化することでもあるのです。
さてこれまで5年以上にわたって、単身のロングステイを実践してきた篠原さんです。バンコクで安全に暮らす秘訣、注意している事などを紹介してもらいました。
何といっても「夜のひとり歩きをしない」こと、ロングステイを始めてからずっと続けています。それは、トラブルに遭いたくないのは当然ですが、もしも警察沙汰になった場合、1年毎に更新するロングステイビザの延長が心配だからです。それ故、とにかく事件に巻き込まれないように気をつけているそうです。
バンコクの治安が悪いという訳ではありませんが、 「危険は常にある、何があってもおかしくない」という緊張感をいつも持って行動しているといいます。たとえば外出する時には、所持金を3ヶ所に分散していますし、いつも護身用の防具を携帯しているという用心深さです。実際に被害に遭ったことはありませんが、不審者に後を付けられた経験はあるのだとか。
一般的にお金を持っていると思われている日本人、それも高齢者を狙う犯罪者がいてもおかしくありません。海外で生活する場合「油断しないこと。そして慎重な行動が必要だ」とアドバイスをいただきました。
話を戻しますが、ナコンパトムでの新生活を楽しみにする篠原さん。今頃はもう転居していらっしゃることでしょう。バンコクからナコンパトムへ、タイでのロングステイは新たな段階へ進もうとしています。
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May 13, 2008
チェンマイの政府観光庁

先頃、タイ国政府観光庁から「アジアの楽園 タイで暮らそう」というロングステイの小冊子が作成されました。バンコク・チェンマイ・プーケット3ヶ所の人気滞在地を中心にロングステイに関する情報が提供されています。
サービスアパートメントやコンドミニアムなどの住居情報から、「日本語スタッフが常駐する病院」までタイ滞在中に必要な生活情報が充実していますし、実際にロングステイをしているシニアご夫妻のインタビューや1ヶ月の生活費の目安も紹介されていて参考になります。わたしがこれまでお会いしたご夫妻も載っていらして、お元気そうで何よりです。
30ページほどの冊子ですが、ロングステイに必要な情報がコンパクトに詰まっているスグレ物です。ヘタなガイド本を買うよりも余程役に立つことでしょう。とりわけ情報収集や下見からロングステイビザの申請までの「タイ・ロングステイ手続きガイド」は、段階ごとに分かりやすく解説されています。
そして何よりも、各施設や病院などの住所や連絡先、ホームページのURLなど具体的なデータが充実しているのがいい。そのまま利用できるほど実用性が高いものです。
この冊子は無料ですし、東京、大阪、福岡の各オフィスに常備されていますので、タイ・ロングステイに関心がある方は、問い合わせてみてはいかがでしょうか。
タイ国政府観光庁のHP
http://www.thailandtravel.or.jp/
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May 09, 2008
ウォーキングで健康的な宮本さん

その2
生活の安定と将来への見通しも得られたことで、精神的にも落ち着いてきた宮本さん。アンチエイジングを実践する毎日です。朝5時に起床してストレッチと腹筋に1時間、それから8時までベンチャシリ公園内でウォーキングというのが日課。日本で永年続けていたウォーキングを再開しました。
運動に加えて、3食とも自炊をして食べ過ぎないよう食生活にも気をつけているので高血圧の心配もありません。体重を約5㎏減量して65㎏へ。その結果ロングステイを始めて以来、病気に掛かったことはなく健康に過ごしています。
昼間は暑いので自宅でネット検索をして過ごし、午後はお昼寝に充てます。夕方4時頃から買い物などのために外出し、夜10時には就寝するという健康的な生活です。
単身でのロングステイでも寂しいことはないといいます。特にタイ人や日本人との交友関係はなく、したがって携帯電話の必要性も感じません。 「人との付き合いが煩わしいし、一人暮らしの自由な生活が好きなんです」「今の生活は快適で、人生で一番幸せな時期ですね」と宮本さん。
“毎日が日曜日”といいながら、規則正しく生活ぶりで、自立した単身ロングステイを謳歌していらっしゃいます。
この1年をかけてバンコクでの“生活基盤とライフスタイル”を確立したといってもいいでしょう。その反面「滞在中、何をするか(目的)」を探し出してはいません。
高齢にも拘わらず中国などで日本語教師のボランティアを現役で活躍中の実姉から「あなたもやってみたら」とハッパを掛けられるとのこと。しかし「現役時代ずっと働いてきたので、しばらくは“のんびり”するのもいいか」とも思うし、特別退屈している訳でもない。
これまでバンコク市内各所のビデオや写真を撮って編集してきました。これからも何か興味の矛先を探そうと考えています。また今年後半からは、タイ国内旅行やアンコールワットに行ってみたいとも。
今後の滞在予定は、日本で契約した損害保険会社の海外障害保険の契約期間5年(残り4年)までが、一区切りになりそう。ロングステイ中の一番の心配事は健康、そして病気やケガに伴う医療費の問題ですが、保険に加入していることで安心感があるので、それほど心配していません。
その後どうするかは、健康次第ですが、健康であれば継続したいとのこと。
最後に、ロングステイを通して「自分が変わったことや自分自身について気がついたこと」を伺った。
「東京で暮らしていた頃は、常に心の底に不安感みたいなものがあって、何をするにしても今ひとつ楽しめないというような状況でした。
しかし、こちらに来て一年と少々が過ぎた今、その不安感が少なくなって来た様に感じています。もちろん超老人(勝手に80歳以上をこう呼んでいます)になった時の事も考えないではないのですが 今はこのひと時の安定感に浸ってタイの一人暮らしを楽しみたいと思っています」。
宮本さんの“安定感”の理由を考えてみました。
第一に、経済的な安定と将来の生活設計の見通しがついて、心の安定感につながっていること。第二に、規則正しい生活と運動で、健康を維持できていること。そして、バンコクでの都会生活に溶け込んでいること、などが挙げられます。
ますます健康で充実したロングステイを続けられることを願って、インタビューを終えました。
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May 07, 2008
アパートの外観

08年2月、バンコクで単身のロングステイを始めて約1年4ヶ月の宮本良光さん(70歳)に1年ぶりに再会し、この1年間の滞在の状況について伺いました。
宮本さんの現在の住まいは、スクンビット・ソイ26にある1DKのアパートメント。これまでのソイ39のアパートは広くて快適だったのですが、1年契約が終了するのを機に07年11月に引っ越しました。その理由は、住居費が軽減できること、すぐ近くに公園があって毎朝ウオーキングをするのに便利なことなどです。
そして、アパートのあるソイ26が、緑豊かな通りなのも理由のひとつ。さらに4階の部屋からの眺めがいい。 「周辺の環境、利便性、建物の造作それぞれ気に入っていて、予期せぬ特別の事態が生じない限り、ここに住もうと思っています」。
アパート探しは独力で。賃貸物件の情報雑誌を参考にして10件近く見て回って決めました。1ベッドルームの家具付きで、家賃は1万8千B(約6万円)。無料の衛星放送、水道代は定額の300Bなど、以前のアパートと比較すると月に7~8千バーツほど安くなったといいます。
また無線LANのインターネット回線も、別料金ですが月額720Bで利用できます。
毎月の生活費の目安は4万5千B(約15万円)。この生活費だと厚生年金で賄えるそうです。東京の生活は毎月20万円近く掛かっていました。
元々、タイロングステイを実行した一番の理由は、将来の生活への不安があったことでした。東京での生活を続けた場合、個人年金が終了する75歳以降の生活費が不足してしまいます。そこで75歳まで貯金と個人年金を使わずに生活できるのがタイでした。つまり、将来に備えて物価の安いタイでのロングステイを選択したということです。なおかつ、タイの銀行に預金すると半年定期で2.2%の利息が付くのも魅力です。
ところが最近バーツ高が進展し、その対策として家賃が安いアパートへ転居した側面は大きく、事実お金の心配がなくなって、落ち着いた気持ちで生活が送れるようになったそうです。
つづく
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April 22, 2008
スクンビット・ソイ11界隈

バーツの為替レートは、07年7月に3.77円/Bまでバーツ高が進みましたが、最近はドル安の影響を受けて少し落ち着いたとはいえ、約3.3円/Bと高止まりしたまま推移しています。今や2.7円/Bは遠い過去の話になってしまったようです。
タイ・ロングステイの魅力として「物価が安い」ことが挙げられますが、バーツ高と物価の上昇に伴って、生活費が嵩むようになったという話をよく聞くようになりました。年金を日本からタイに送金している場合、バーツによる入金額が以前に比べると2割ほど目減りしているといいますから、その影響を大きく受けています。
とりわけ永住も視野に入れてタイで長期滞在をしている方にとって、バーツ高による生活費の上昇は、今や切実な問題です。今後の資金計画にも支障が出ますし、計画を変更せざるを得なくなったり、中にはロングステイを断念して日本に帰国する方もいるとか。
そこでロングステイを継続するために、いろいろな対策が練られています。特に効果があるのが、家賃が安い住居への引っ越しです。手頃なコンドミニアムを探すことや、都心部からやや郊外へ転居することもあるでしょう。スクンビット地区ならプロンポン周辺ではなくエカマイやプラカノンなどオンヌット方面へ引っ越すという具合です。
例えばプロンポン駅周辺のコンドミニアムが家賃2万5千バーツとして、同じような物件が郊外では1万8千バーツほどという例もあります。7千バーツといっても毎月のことですからバカになりません。わずかな生活費を節約するよりも住居費の低減が大きな効果をもたらします。言い換えるとバーツ高に対する生活防衛策ということかもしれません。
そして、郊外への引越しで思わぬ効果があるようです。それは食料品をはじめ生活用品の物価が安くなるということです。プロンポンのフジスーパーで買い物をしていたものが、郊外では地元の商店で食料品を買うと、かなり安く買うことができます。特に野菜などは何分の1の値段でより新鮮なものが買えるといいます。
ただ郊外へ転居する場合の課題もあります。よりタイ人社会の中で生活することになりますから、現地社会に溶け込む努力がさらに必要となりますし、「治安が大丈夫な地域なのか」チェックもしなければなりません。その上で、生活レベルを維持しながら、生活費を節約する工夫が求められています。
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April 03, 2008
ルアンパバーンのメインストリート

バンコクには邦字新聞「バンコク週報」をはじめ、「DACO」などのフリーペーパーも多数あり、最新現地情報が得られて大変便利です。さらに日本国内でもタイ情報フリーマガジン「D‐MARK」(タイ語で『とても良い』)が、創刊されています。福岡のタイ国政府観光庁に置いてあったのを1部いただいてきました。
同誌の第4号に、ロングステイ財団の「ロングステイ調査統計2007」の概要が紹介されていました。同調査は、日本人の海外長期滞在について、3000名以上のサンプルから得られた最近の動向です。
・年齢は50歳代(38%)、60歳代(30%)が中心(70歳代は7%弱)。平均年齢は男性57.4歳、女性49.7歳と低下傾向にある。
・海外滞在経験者は32%であり、全体の滞在希望国・地域は、「安・近・暖」のアジアにシフトし、マレーシア(第1位)、タイ(第3位)、インドネシア(第8位)、フィリピン(第11位)が躍進している。
・不安に思うことは医療(25%)、言葉(21%)、治安(21%)が上位。
・従って入手したい情報も医療、住居交通情報、緊急時の対応、異文化の注意情報の順。
・希望滞在期間は3ヶ月未満が58%、3~6ヶ月未満が18%。また経験者の実際の滞在期間は3ヶ月未満が45%、3ヶ月~1年未満が19%。
滞在希望国について。04年の同調査ではマレーシアが2位、タイが5位でしたので、それぞれ順位を上げています。インドネシア、フィリピンに至ってはもっと下位ランクでしたから、アジア各国の躍進ぶりが際立ちます。
日本から近くて温暖、そしてなにより物価が安いのが人気の理由ですが、わずか3年の間でもその傾向は益々顕著になっていて、将来の年金や生活不安を反映していることが伺えます。現在の年金支給だけでは生活できない、また将来に備えて元気な内は生活費が安いアジアで暮らして貯金を取り崩さないようになど、切実な理由からアジア・ロングステイを希望する方が増えているのかもしれません。
ロングステイ志向は“海外でのんびり派”よりも“生活費切り詰め派”の方が、マジョリティになるのもそう遠いことではないかもですね。
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March 24, 2008
原田さんとわたし

08年3月8日、福岡市天神のアクロスで福岡県国際交流協会主催の「タイ・ロングステイ」セミナーが開催されました。その講師をわたしと、バンコク・クロントイスラムの教育支援をする「くるんてーぷの会」の代表原田君子さんの二人で務めました。参加者はタイやロングステイに関心があるシニアを中心に約30名、男女ほぼ同じ割合です。
第1部は、原田さんの「タイの紹介」について。タイ全般の基礎知識やボランティア活動を写真を用いて分かりやすく説明されます。さすがに慣れていらっしゃる、少々プレッシャーを感じます。
中でも原田さんお手製のタイ米を使った炒飯の試食は、セミナーの雰囲気が和むとともに、タイ気分を味わうことができて好評でした。セミナーでタイ料理を味わえるとは憎い演出ですね。
さらに「自分の誕生日は何曜日?」という話も参加者の興味を引いているようでした。タイでは自分の誕生日の曜日を知っているのは当たり前。タイ人は寺院では曜日毎の守護神にお参りをしますし、プミポン国王は月曜日生まれなので、国民が月曜の色「黄色」のポロシャツを着ているという具合に、タイ人にとって誕生日の曜日というのは重要なことなのです。
タイの慣習や文化を理解することの大切さを説いて話を締めくくられました。
そして、わたしが受け持つ第2部のタイトルは「タイのロングステイ - シニアの新しい生き方として」。タイでのロングステイを通して“自分の生き方探し”をしようというのがメインテーマです。シニアの定年後の生き方や生きがいについて、それをロングステイという方法・手段で探してみる、あるいはヒントやきっかけを掴むという視点の話で進行しました。
実際にロングステイをしている方の事例を紹介しながら、「新しい生き方探しのロングステイ」を提案させていただきましたが、どうしても堅い話になりがちなのが反省点、もっと改善しないといけません。それでも1時間、みなさん熱心に聞いてくださったのが救いです。
最後はみなさんの質問に応える形式で、 「タイの現実やロングステイの実際」について、原田さんと協力しながら説明しました。タイの治安状況から医療事情、さらにボランティア情報の収集方法まで、具体的な質問が多く寄せられました。
またタイロングステイの理由としては、・暖かい・物価が安い・ゴルフ・福岡から近い・精神的に豊かな国・リタイア後のライフスタイルとして・ボランティア・タイで新規事業など、多岐にわたっています。
わたしにとって、参加者のみなさんが描かれているタイやロングステイへの想いが伝わってくるセミナーとなりました。その想いに少しでもお役に立っていれば幸いです。
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March 21, 2008
№831掲載の内容について、事実に基づかない表現や法的にも問題となる可能性がありとのご指摘がありました。ついてはロングステイコンサルティング社の社会的信用、名誉を毀損する恐れがあること、ご迷惑をお掛けしたことについて、管理者として同社及び関係者の皆様に深くお詫び申し上げます。
ビザの件については、同社の佐藤氏から以下のコメントがありました。読者に誤解を与えたり、一部間違った表現がありましたので訂正させていただきます。
「 『今年から夫婦でOビザを取る時に、両方に80万バーツの預金がなければ取れなくなりました』について。
『ビザ変更申請』に限定される規定で、1年ビザにはこのような規定はありません。『ビザ変更申請』に限って言えば、これは今年からではなくて、制度が出来た時からそうでした。
1年ビザの申請では、夫婦どちらかに『海外から送金された原資の預金』『規定の年金額』『預金と年金』で合計80万バーツ以上に達していれば、日本大使館発行の戸籍の記載事項証明『婚姻証明書』で現在申請が認められています。『取れなくなりました』という表現は、上記のような説明を加えた場合に限り使うべきで、多くの方に誤解を与え適切ではありません。
1年ビザについては、入管内部で意見が分れ、『婚姻証明書』が“可、不可”と頻繁に変わった時期が、昨年有ったことは事実です。
『ツーリストビザの一般的解釈としては、定住者ではない』ということが重要だと思います。
私の日本での入管の業務経験からも常識的な見地からも、観光目的でのツーリストビザや所謂ノービザ(ポンパン30=ポー30)の在留資格で、一定の住居を構え、所謂ロングステイをしている人は、明らかに観光をしているとは言えず、入国時に申告した内容は虚偽であり、与えられた『在留資格』を逸脱して、厳密には『資格外活動』でタイの入国管理法に違反していると言えます」。
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March 13, 2008
スワンナプーム空港のモニュメント

先日ブログに「№829 タイロングステイは停滞気味?」という記事を掲載したところ、バンコク在住のロングステイの先駆者の方からメールをいただきました。
「最新のプログの中で取り上げられたタイのロングステイ事情ですが、ロングステイビザ(ノンイミグラントOビザ)収得が20%伸びているとの話ですが、あれは事情があります。佐藤氏はこの伸びによってタイのロングステイヤ一は増え続けている要因にあげていますが、私の考えでは観光ビザ収得が非常に厳しくなっているのが原因と思います。
実は私も 2月にこのOビザを収得しました。それは私が毎月のように海外に出るから、観光ビザではその度にリ・エントリ一ビザを取らねばならず非常に面倒だからです。
現在、観光ビザ収得は非常に厳しい状態です。ほとんどシングルしか取れません。つまり 3ヶ月に一度は観光ビザ収得に海外に出る必要があります。それでも確実に取れるという保証はありません。海外に出てムダ足になる可能性もあります。
だから預金のある人は1年間いなくても、Oビザ収得に走る。しかし、今年から夫婦でOビザを取る時に、両方に80万バ一ツの預金がなければ取れなくなりました。これはかなり厳しいしばりで、タイ政府は本気でロングステイヤ一を呼ぶ気があるのか疑問に感じてしまいます。ですから私の場合、銀行口座のない家内はOビザが取れません。
私のマンションでは最大5組のロングステイ夫婦がいましたが、今は私どもだけです。確実にロングステイは減っています。 理由は二つ、『バ一ツ高と観光ビザ収得の難しさ』からです。
ご存知と思いますがビザなし入国も制限があり、ますますタイから人は離れていきます。多分、これからはビザなしで90日滞在できるマレ一シアへロングステイの人気は移るでしょう」。
ロングステイに関するビザの実情を語られています。観光ビザ収得の難しさは、バーツ高もあわせてタイ・ロングステイの逆風になっているようです。実際にロングステイをなさっている方の実感は切実ですし、より現実に近いのかもしれません。本当に貴重なご意見ありがとうございました。
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March 10, 2008
広大なスワンナプーム空港

タイロングステイに対する需要や意欲が、最近やや停滞気味のような気がします。期待された団塊の世代の動きがそれほどでない上に、バーツ高による生活費の上昇や燃油サーチャージの高騰などの理由が挙げられます。
それ以外にも、どこか日本社会の暗い世相や雰囲気を反映していないでしょうか? たとえば、将来への不安感や明るい夢を描きにくいとか、あるいは格差が拡大する社会とか。
わたしの地元福岡では「毎年9月に開催される『アジアマンス』に多額の税金を使うのは贅沢だ。福祉などもっと貴重な財源を充てるべき分野がある」という声があるといいます。格差社会の拡大と、このような市民意識の高まりも相まって「海外ロングステイでのんびり」といった“心の余裕”がなくなりつつあるかもしれません。あるいはそういった社会風潮を背景に、家族はじめ周囲の賛成も得にくい空気や環境になっていないでしょうか?
08年3月1日の朝日新聞に、次のような記事(抜粋)が載っていました。
「08年1月の消費者物価が急騰する中で、ガソリンや灯油に加え、相次ぐ小麦製品の値上げなどに対する生活防衛意識が高まっている」。
中でも気になったのが「外国パック旅行への支出が33.4%の大幅減となる一方、国内パック旅行は17.5%増になった。総務省は『(航空運賃に上乗せされる)燃油サーチャージが高額な海外旅行をやめ、国内に振り返る客が出ているようだ』と分析する」という部分です。物価上昇による生活防衛意識の高まりで、海外旅行にも影響が出始めています。
そこで2月、バンコクでロングステイ・コンサルティング社代表の佐藤氏にロングステイ事情を聞いてみると、長期のロングステイヤーは増加しているとのこと。ロングステイ・ビザを必要とする1年以上の滞在希望者は、毎年20%伸びているとか。
「06年のクーデター後の政情不安やテロ事件、そして最近のバーツ高や燃油サーチャージの高騰に伴う影響は、ロングステイには感じられません。タイに行こうと決めた人は、多少のことがあっても来ますよ」と佐藤氏。
現時点では、いくつかのマイナス要因は、1年未満のロングステイや一般の海外旅行に限定されているようです。
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February 23, 2008
ナナ駅近くのソイ11界隈

今日は2月23日、現地時間で午前9時20分、ホテル近くのネットカフェでパソコンで書いています。白人や中東からの旅行者など数名が朝からメールチェックをしています。きっとみんな近所のホテルに宿泊しているのでしょう。
21日の午後、ほぼ満席のバンコクエアウェイズ816便でバンコク、スワンナプーム空港に到着しました。まだ寒かった福岡から来ても、それほどの暑さを感じません。むしろ寒さから解放されてほっとしたくらい。昼間はかなり暑くなりますが、朝晩は涼しいくらいです。乾期で湿度もそう高くなくて過ごしやすい。今のところ、天気にも恵まれています。
それでもレストランなどの冷房が強くて、暑いバンコクで風邪を引きそうです。寝るときは長袖のシャツを羽織って、冷房を切って寝ています。
到着した夜から、早速バンコクでロングステイをなさっている方々との再会です。すでに数組の方の話を聞きました。みなさんお元気です。久しぶりの再会で話に花が咲きますが、しばらく続くバーツ高で生活を見直す方も多いようです。
実質バンコク滞在も今日まで。明日からはラオス、ルアンパバーンです。ラオスでも書ければ報告するつもりです。
まずはバンコク到着の報告まで。
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February 13, 2008
Sさんの住むコンドミニアム

07年9月、奥様とロングステイ中のSさん(64歳)に1年半ぶりに再会し、食事をご一緒しながら近況を伺いました。
07年10月で、前滞在地のポーランドからバンコクへ移住して2年を迎えたSさんご夫妻。バンコクでのロングステイの理由は、ポーランドの厳しい寒さで悪化した奥さんのリュウマチを暖かいバンコクで治療することでしたが、その甲斐あって、薬も要らないほど良くなりました。
そして、タイ語教室に通った成果も上がり、今では簡単な日常会話ができるようになったそうです。
ポーランドでの生活が約10年と長かったので、日本・タイ・ポーランド3カ国を客観的に比較する視点が興味深く、とりわけ自宅のコンドミニアム周辺のタイ人の生活を観察していると、面白いといいます。
たとえば「タイ人はとにかく歩かない」こと。100mが歩く限界ではないかと思うくらい、すぐにバイクタクシーに乗っている。6~8千バーツくらいの給料しかなくても、子どもが小学校まで通うのに、毎日バイクタクシーに乗せている。これだけでも毎月1000バーツも要るだろうのにと思ってしまう。子どもといえば、 「タイ人の親は子どもを甘やかすというか、叱らない」のも気づいた点だそうです。
そして「タイ人、特におばちゃんは車の運転が下手」なこと。日本でも中年女性の運転は上手とはいえないだろうが、タイ人おばちゃんの運転は特筆もの。自分が離合できないと見るや、ピタリとも動かない。動けないのかもしれないが、バックもしない。そもそもタイの運転免許試験がいい加減だし、子どもが平気でバイクを運転していたりもする。
そんなタイ人の生活を眺めながら、 “下町の人情”が残っているなぁと感じるそうです。それはポーランド人との共通点でもあります。しかしその反面、タイ人には“自分がよければいい”という利己主義も感じるといいます。
バンコクの日本人社会からは少し距離を置いているSさんですが、独力で少しずつ知り合いを増やしています。タイ関連のブログをよく読むそうで、そこから知り合いができたり、またポーランドから友人が訪タイし、旧交を温めることもあるとか。
また、タイで生活する上で必要な情報は、主にインターネットを通して自分で調べています。ビザや運転免許のことをはじめ、医療保険やコンドミニアムの賃貸契約の内容まで、さまざまな生活情報やタイの社会制度などについてです。そこにはやはり、他人任せにしたり依存することのない、長い海外での実生活体験に裏付けられた逞しさを感じます。
下町人情が残る地区で“独立独歩のロングステイ”を実践しながら、さらに現地社会に溶け込んで交流も深められるものと確信した会食となりました。
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January 17, 2008
漁港マハチャイの渡し船

・ロングステイの目的
宏さんのロングステイの目的は「何もしないこと」。
国立大学を卒業後、1965年に名古屋の企業に就職し、産業用機械のエンジニアとして永年活躍してきました。まさに日本の高度経済成長を支えてきた世代です。 “やるならとことんやらないと気がすまない性分”も相俟って、仕事中心に生きてきた会社人間だったと振り返ります。現役時代は忙しくて、海外旅行へもほとんど行ったことがありませんでした。
高校時代はラグビーに打ち込み、大学時代にはヨット競技で国体にも出場した経歴を持つ堺さんです。結果を出したい、最後までやり抜く性格を物語っています。その反動として、リタイア後は違う生き方をしてみたいと思うのも自然なこと。バンコクでのロングステイを通して、現役時代とは違った新しい生き方を実践しているのです。
・1年過ごしてみて
これまで病気に罹ったことはなく、よく歩くので日本にいる時よりも健康になった気がするそうです。
また季節毎に衣替えしないのも良いといいます。ただ暖かく季節感がないので、以前よりも鈍感というか、繊細さがなくなったかも。言い換えると“大雑把、怠け者”になった気がするそうです。タイ式に言うと「マイペンライ的(まあ、いいか)」と思えるようになり、せかせかとしなくなったそうです。 「だんだんタイ化しているのかもしれません」と堺さん。
「それこそ『何もしない』目的は達成ですね」と尋ねると、 「こちらの方が、自分らしい生き方かも」と、にっこり微笑まれました。
健康に問題なく嫌にならない限り、バンコクでのロングステイを継続するつもり。今後、カンボジア、マレーシア、シンガポールなど東南アジア諸国も回ってみたいと夢はふくらみます。
・まとめ
「何もしないこと」が目的、これも立派なロングステイの目的だと思うのです。ただ無目的に過ごすのではなく、自らの意思で決めた目的ですから。
とりわけ会社人間だった方には、これからの生き方を考える上では重要なことです。仕事中心の人生をシフトさせ、これまでとは違った生き方を模索する内に、きっと何かの気づきがあるに違いありません。それには日本の日常生活から離脱し、心身ともにリラックスできる温暖なタイでのロングステイは、有効な手段と言えるでしょう。
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January 15, 2008
若々しい堺さんご夫妻

07年9月、バンコクでロングステイ中の堺 宏さん(66歳)公子さん(62歳)ご夫妻に話を伺いました。ご夫妻は福岡在住で、ご両親、子どもさんはいらっしゃいません。
朝日新聞やタイ国観光庁のセミナーがきっかけで、2000年の年末から3週間のロングステイ体験ツアーに参加したのが最初とか。その後5年前に、堺さんがリタイアしたのを機に、毎年ノービザで滞在可能な1ヶ月間、バンコクでロングステイを続けていました。
まず、欧米系よりもアジアが好きだったこと。治安がよく、あまり時差がない。友人がバンコクに駐在していること。そして何といっても福岡から直行便があって気軽に行けること、などがタイをロングステイ先に選んだ理由です。
・ロングステイの状況
06年6月から本格的なロングステイをスタートさせ、ロングステイ・ビザを既に1回更新して滞在中です。その間、維持管理のためにも自宅マンションを賃貸にしている関係上、少なくとも2年間はバンコクに滞在する予定とのこと。
在留届を提出してのロングステイです。日本の健康保険は加入していませんが、1年更新の損害保険会社の保険を契約しています。
そして07年6月、フリーペーパーで見つけたプラカノン駅近くのコンドミニアムに転居しました。2ベッドルーム・75㎡で17000バーツ(約6万円)とリーズナブル。日本人はじめ各国の人が入居しているそうです。以前のコンドミニアムは1ベッドルームで3万4千バーツと割高な上、住民は日本人駐在員だけでつまらなかったのも転居の理由とか。
バンコクでは2万バーツ以下の物件は儲からないので、不動産屋が紹介しません。そのためフリーペーパーを利用するのは有効な手段です。堺さんによると、最近のバーツ高で「夫婦ふたりで20万円」のロングステイは難しくなりつつあるそうで、長くバンコクに滞在するロングステイヤーの中には、割安な物件に移る人が多くなっているといいます。
この1年間、BTSを利用してバンコク市内を回って市民の生活ぶりをウォッチングしたり、自分たちに必要な生活情報を収集したりの日常です。他にはホアヒンでの短期滞在や、クラビ、チェンマイなどタイ国内の旅行を楽しんでいます。
生活費は月4万バーツ(約14万円)。これからも年金の範囲内でやっていく計画で考えています。1年間タイ料理教室に通った奥さんが、マーケットやスーパーで仕入れた現地食材を使っての自炊が中心。日本食には特に拘っていないそうです。
半年間タイ語教室に通ったご夫妻ですが、なかなか身に付かないとのこと。自宅のあるプラカノン周辺ではタイ語しか通じませんが、言葉が分からなくても何とかなると、バンコクで暮らせる自信が出てきたとか。
また、バンコクでロングステイをする日本人シニアの集まり「タイロングステイ暮らしの会」に入会し、料理教室に参加しています。日本各地からのロングステイヤーと知り合うことができ、その交流が面白いといいます(なお「暮らしの会」は、07年12月で解散したとのこと)。
つづく
なお、本日800回を迎えることができました。今後ともよろしくお願いいたします。
感謝。
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January 07, 2008
カンボジア バンテアイ・スレイ遺跡

2年ほど前から「AHA体験」という言葉を聞くようになりました。脳科学者の茂木健一郎氏が、テレビなどで紹介していたと思います。
ネットで調べると「AHA体験(aha! experience)」とは、次のように解説されています。 「わかったぞ」という体験を表す言葉として、人間の脳の不思議な能力を表すキーワードとして、最先端の脳科学で注目されています。普段の言葉で表せば、「ひらめき」や「創造性」とでも名付けられるような脳のはたらきが、アハ!体験なのです。
アハ!体験では、0.1秒ほどの短い時間に、脳の神経細胞がいっせいに活動して、世界の見え方が変わってしまいます。神経細胞がつなぎ変わって、「一発学習」が完了し、今までと違った自分になってしまうのです。たとえば、偶然新聞で目にした情報で、長年の疑問が解ける。テレビ番組で出されたナゾナゾの答えが、電車に乗っていて突然わかる。あるいは「腑に落ちる」こともそうです。
私たちは、毎日少しずつ「アハ!」(ああ、そうか)の階段を上ることで、知識を広げたり、ものの見方を深めたりすることができるのです。
茂木氏によると、人間の脳には「まず行動する、そして気づき、最後に受容する」という一連のメカニズムがあるといいます。まず「行動」しないと何も始まりません。外に出てみる、誰かと会う、芸術に触れる、本を読む、スポーツをする、とにかく何かやってみる。すると、ふとしたきっかけで気づくことがある。これが「AHA体験」です。
この「気づき」を高めるのには、「リラックス」が何より重要だそうです。心の余裕がないと、なかなか「そうか!」や「ひらめき」にはつながりません。「リラックス」が「気づき」を支えていると言ってもいいでしょう。
「気づき」によって学習した体験を積み重ねることで、新しい価値観を生み出したり、人生を豊かにすることができるのです。
さて、どうすればリラックスできるのか、心の余裕を持つことができるのか、という課題です。人それぞれ、リラックスする方法やストレス解消の仕方があるでしょう。そのひとつとして、ロングステイも有効な手段だと思います。
「まず行動する、そして気づき、最後に受容する」という脳のメカニズムに、ロングステイはよく適合したライフスタイルです。というのは、日本の日常生活を脱出して海外に身を置いてみる、すると非日常の空間で心身ともにリラックスして、「ああ、そうか」という気づきが生まれやすくなることでしょう。そして、気づきを今後の人生や帰国後の生活に活かしていく。このロングステイの機能が、脳のメカニズムにピッタリと適うからです。
「AHA体験」のことを知った時、「ああ、そうか! ロングステイに似ている」と気づいたのでした。これこそ「AHA体験」ですね。
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December 17, 2007
ハンドマジックを披露していただく

07年10月でバンコクでのロングステイが5年を迎える篠原 絢司郎さん(70歳)。9月初めに再会して、いつものようにランチをいただきながら近況を伺いました。
8月にバンコクの西の街ナコン・パトムに自宅兼日本語教室の建築を始め、順調にいけば来年2月頃には引越しできそうとのこと。「ただタイでは工事が遅れるのは日常茶飯事なので、少し遅くなるかも」と篠原さん。
新居では農園で野菜を作ったり、地元の子どもたちに日本語を教えながら、得意の木工で竹とんぼや竹馬を一緒に作りたいと計画しているそうです。また、バンコクに比べて交通が不便なナコン・パトムではバイクに乗ろうと、タイの運転免許を取得したり、木工用の電動のこも購入する予定とかで、新居での生活の準備に余念がありません。
これまでバンコクの自宅周辺でしたしくなったタイ人に日本語のプライベートレッスンをしてきた篠原さんですが、ナコン・パトムでも継続するつもりです。
レッスンで大切なのは、生徒とのコミュニケーション。独学で勉強した手品が、コミュニケーション・ツールとしてとても有効だとおっしゃいます。現役時代から特技のハンドマジックを披露して、親しくなったり友だちになるきっかけにしていたのを、日本語の授業でも応用しているのです。
「教えよう、教えようでは生徒は面白くありません。いかに相手の心を開かせるか。それにはまず自分が楽しいか、そしたら生徒も楽しいはず。言葉は分からなくても、手品を使うと心が通じるんです。そして最後に一番パッピーなのは私なんですけどね」と篠原さん。
タイ人のパートナーの実家があるナコン・パトムで、第二の人生をスタートする篠原さん。「自分で日本語教室を開設し、日本語を教えることでタイ人と交流し、タイ社会に役立ちたい」という夢を、いよいよ実現しようとしています。
さらに「生涯現役で明るく前向きに、そしてこれからの人生を悔いの残らないように生きたい」という夢も叶えようとしているのです。
建築工事が遅れていなければ、次回お会いするのは、ナコン・パトムの新居かもしれません。
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December 07, 2007
黒川温泉の露天風呂

07年12月2日、朝日新聞日曜版の記事からです。
一つの観光地に長期滞在して余暇を過ごす「ロングステイ」は、海外ばかりではない。国内ロングステイを広げようと、自治体と旅行会社が協力して取り組み始めた。団塊の世代の大量退職で、今後の市場の拡大を期待する。
「心とからだをリセットするプチ湯治」。大分県の竹田市観光ツーリズム協会が企画した5泊6日のロングステイは、旅館でくつろぎ、温泉につかってゆっくり過ごすのが基本だ。退屈しないように、老化防止や星空観察などの体験講座もあり、地域コンセルジュ(案内人)という肩書きの協会職員が滞在中の相談に乗る。費用は宿泊と朝食代などで4万5千~7万4千円。
九州では、ほか7地域でも観光協会などが、 「おとなの長旅・九州」という名称で約1週間の長期滞在客を募っている。
企画した観光コンサルタントは「ロングステイに興味があっても『海外では言葉や食事が心配』と二の足を踏む人が少なくない。団塊の世代が定年を迎え、需要は増える」と語る。
JTB系のシンクタンクが06年、全国の50歳以上の約2700人にインターネット上で聞いた調査では将来、国内でロングステイをしたいという回答は63%だった。
同シンクタンクは、山梨県北杜市や山形県西川町など3つの自治体と一緒にロングステイ型の旅行商品の開発を進めている。06年には「ステイタス」という名前で試験的に募集、近く本格的に売り出す。
北杜市の観光課長は「60~70代の人が主なターゲットだが、首都圏が近いので、ストレスで疲れた会社勤めの人にも来てもらいたい」と話す。
課題は採算だ。複数の宿泊、観光施設の協力が欠かせず、商品開発に手間が掛かる。一方、1泊当たりの宿泊費を抑えないと利用者は増えない。おとなの長旅、ステイタスとも国の資金援助を受けている。
記事のアンケートにあるように、海外よりも国内ロングステイの方が、需要が大きいと思います。言葉や食事だけでなく、滞在が長期間になっても医療機関や社会保障などの問題が、国内ではほとんどないのが大きな魅力で、実行しやすくハードルが低いといっていいでしょう。
しかし記事を読む限り、紹介されている国内ロングステイは、まだ“旅”の延長線上の商品という印象です。少し長めの旅から“長期滞在、そして暮らし”へと、軸足がシフトしてくることを期待したいところです。
単なる長期間の旅に終わらないためには、受け入れ側の自治体の態勢づくりや滞在中のプログラムの充実が欠かせません。さらに地元の人たちと交流する仕掛けがあれば、滞在地を訪問するリピーターが増加し、中にはその土地で暮らし始める人が期待できるのはないでしょうか。そのための第一歩が、記事にあるような試みであることを願っています。
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December 04, 2007
チャオプラヤ・エクスプレス・ボートから

「何か新しいことをやってみたい、今までの自分を変えてみたい」と思っているシニアの方たちがいます。定年を迎えて「ようやく長年の会社や仕事中心の生活から解放されたのだ。これからが自分の人生、自分のしたいこと、やってみたいことを自由な時間を使って取り組みたい」あるいは「会社・組織に縛られずに、第二の人生を自分らしく生きたい」と思うのは自然なことです。ところが「どうしたらよいのか分からないとか、でも変えられない」という人たちが、多いのも現実なのです。
それはなぜでしょうか? 日本の日常生活の中では、いつもの決まった思考や行動パターンをなかなか切り替えられるものではないからではないでしょうか。それが仕事や会社生活を通して染み付いた習慣であり、生活そのものなのです。あるいは周囲の目や世間体、そして自分に対する評価などを気にして、変えにくいこともあるでしょう。このように長年にわたって形成され、蓄積されてきた思考や行動パターンを、どこかで切り替えてあげる必要があります。
そこで“心のスイッチ”を切り替えるための装置が、海外のロングステイというわけです。自ら変われないのであれば、先に外の生活環境から変えていこうという試みです。これまでの思考や行動パターンをなかなか切り替えられなくても、生活環境を変えることはできるでしょう。
ロングステイは、保守的で新しいことにチャレンジするのに消極的な人でも、自分を取り巻く環境そのものを入れ替えてしまうことで、これまでの物の考え方や価値観をがらりと変えてしまう可能性を秘めています。つまり海外で暮らすことによって、日本社会との関係や日常生活から一旦遮断され、また気になる周囲の評価などから解放されることで、これらの外的要因の下に隠れていた自分らしさを表層に浮かび上がらせることができるという可能性です。これまでの型にはまった考え方、生き方から脱却し、自分らしさを取り戻すよいチャンスが、ロングステイともいえます。
ロングステイによって、従来の思考・行動パターンを切り替えるための環境を整え、自分を拘束してきたしがらみや価値観をリセットし白紙に戻して、まっさらなキャンバスの上に自分らしい生き方や新しい人生を描くことも、決して不可能なことではありません。
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November 26, 2007
歴史を感じさせる中央郵便局

ベトナムの南都ホーチミン、人口は約600万人を超えます。緑濃い街路樹やコロニアルスタイルの高級ホテル、中央郵便局、聖母マリア教会などに、かってのフランス植民地の面影を残していて、ベトナム雑貨とともに日本人、特に若い女性に人気がある街です。また近年は、政府のドイモイ政策によって急速な経済発展を遂げつつあります。
07年8月初めてのホーチミン、せっかくの訪問ですから、事前に日本人シニアのロングステイ情報はないかとネットで調べたのですが、これといった情報は見つかりませんでした。そこでロングステイの視点で街を歩いてみることに。
まず、社会インフラがまだまだです。特に交通手段はタクシーが中心、バイクタクシーやシクロはシニアには向いていませんし、もちろんバンコクのBTSや地下鉄のような鉄道網はありません。
街中はインターロッキングの舗道が多いのですが、ずれたりしてデコボコばかりで歩きにくく、バンコク同様バリアフリーには程遠い状況です。その上、街頭は路上で飲食したゴミが散乱していて、清掃員のおばちゃんが市内のあちこちで片付けをしている光景を見かけます。
日常の買い物です。物価はバンコク並みかそれ以下に安いのですが、市内中心部のスーパーマーケットは国営百貨店やゼン・プラザ内などに限られていて、コンビニもあまりありません。ベンタインなどの市場やコンビニ代わりの個人商店くらいしか見当たりません。もっとも郊外の団地・住宅街にいけばスーパーがあるようですが。またネットカフェも分かりづらく、探すのに一苦労です。
住居について。ホテルに関しては市内のホテル数が少なく、部屋数も中小クラスが主体です。その上設備の割には宿泊料も高い。中級で40米ドル、高級ホテルは最低100米ドル以上もするので、ロングステイには不向きです。また下手をすると窓なしの部屋をあてがわれたりします。20米ドル前後のミニホテルもありますが、バックパッカー御用達といったホテルです。郊外にはサイゴンサウスという賃貸の高層住宅が登場し始めているようですが、ロングステイに適した住居はまだまだ発展途上のようです。
忘れてはならないのが、ビザです。ベトナムにはタイ、マレーシアのようなロングステイ・ビザはありません。現在15日までならノービザでOKですが、それ以上の滞在になると観光ビザ(30日間・シングル)を申請しないといけません。現地で旅行会社に依頼すると3ヶ月のマルチビザを新規取得できるとか。 経済面では急激な発展を遂げているといっても、そこは社会主義の国、長期の滞在にはまだ門戸が開かれているとは言いがたい状況です。
ミニホテルに泊まって安い食事で済ませば、バンコク以下の生活費で仕上がるかもしれませんが、日常生活は不便と言えそう。また、バンコクと同じ快適さを求めようとすると、インフラ(ロングステイ用住居を含む)が遅れているだけにタイ以上にお金がかかることでしょう。
ベトナムに来てみると、改めてタイはシニアがロングステイしやすい国であることに気づかされます。
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November 06, 2007
巨大なバムルンラード病院

その2
Yさんは、現役時代の企業の健康保険組合に継続加入し、健康保険を利用している。70歳まで継続できるそうだ。バンコクでのリハビリに掛かる医療費は健康保険の還付請求ができるが、海外では介護保険制度を利用することができない。年金から天引きされるため介護保険料を支払っているだけといいます。 「健康保険と同じように海外での介護費用もせめて50%くらい認めてもらいたい」。または「タイに日本人向けの介護施設ができないものか」とYさん。
2000年にスタートした介護保険、まだ間もなく止むを得ない面はあるものの、「保険料は徴収するが利用できない」というのは、確かに制度上の不備である。この5年間、タイにリハビリにやって来る日本人は増えていないし、介護のために日本を出ようという発想もないのではと指摘します。その発想もないから、介護保険制度の不備も置き去りになったままなのかもしれません。
人件費が安くメイドや専門の介護スタッフを雇うことも可能なタイ。リハビリ費用を含めた生活費が年金内で賄える上に、手厚いリハビリが受けられるというのは、実は合理的な発想なのです。
Yさんは、介護やリハビリのためにタイに来る日本人が増えれば、その声が政府にも届いて制度の不備が是正されたり、タイでサポートする人や施設も出てくるのではないかと期待しています。現在のリハビリは医療(3割負担)としてですが、もし介護保険が適用(1割負担)になると介護としてのリハビリを受けられることになるのです。
諸外国とのEPA(経済連携協定)の中で、フィリピンからは看護師や介護士を日本に受け入れることが決まっています。しかし将来、外国人労働者受け入れに伴う不安や問題、また日本人介護士の待遇低下を招くよりも、行くことが可能な方はタイに行った方が早いし、そのような問題も少なくなるのではないか。そのネックになるのが介護保険適用の問題なのです。
タイに来れば、本人は手厚い介護が受けられるし、その上費用も少なくて済む。日本政府にとっても介護費用の抑制になる。個人と国、双方にとってメリットがある訳です。外国人の介護士を受け入れる前に「海外での介護についても保険適用にする」、こちらの方が先決問題だと教えられました。
なお、03年のインタビューの内容は、№35に載せています。
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November 05, 2007
ホテルのような豪華なロビー

福岡県出身のYさん(66歳)、02年10月からバンコクでのロングステイを始めて約5年になります。その前年、奥さんが脳出血で倒れ、冬が厳しい長野ではなく駐在経験がある暖かいバンコクでのリハビリを選択したのです。
07年9月、毎日リハビリに通うバムルンラード病院で、4年半ぶりに再会しお話を伺いました。バムルンラード病院はバンコク有数の先進医療を誇り、患者は欧米をはじめ中国系、中東のイスラム系と世界各国からの患者を受けている総合病院。ホテルと見間違うような豪華なロビーに、日本人専用の受付、スターバックスやマクドナルドも入っている巨大病院でもある。
このバムルンラードに月曜から土曜、奥さんのリハビリのために通う。午後2時から2時間、セラピストが一人、時には補助がもう一人付いてリハビリをする。日本よりも人手や時間を掛け、2時間で1300バーツ(約4500円)と費用も安い。ちなみに日本では40分で7000円(内自己負担3割)だった。その上、セラピストの教育もしっかりしていて、同病院のリハビリ技術に満足しているとYさん。
少しずつ成果が上がり、今年7月にはドイツへ3週間の旅行に行けるほど、奥さんの意欲が出てきたそうです。バンコクで一緒に生活する娘さんと、奥さんが倒れて以来、初めての海外旅行。ミュンヘンに住む姪を訪ね、バリアフリー化された交通機関、駅のエレベータやスロープのある歩道、それに地元の人の親切もあって、車椅子での移動に問題なかったとのこと。
ところで、Yさんは「タイロングステイ日本人の会」の会員で、会のゴルフ幹事も務める。ゴルフの月例会には会員と奥さんら40人ほどが参加して親睦を図っている。バンコクから車で1時間以内のパブリックゴルフ場を涼しい早朝からスルーで1ラウンド回るのだそうです。料金はキャディーフィーを含めて700~800バーツとリーズナブル。
また毎月の会の例会にも出席して、友人との旧交を温めているバンコク滞在です。
つづく
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October 18, 2007
クロントイ・スラムの狭い通路

その2
タイ・ロングステイへのもうひとつの視点です。滞在中にバンコクやチェンマイなどの街中を歩いたり、タイ国内や東南アジア各地を旅することもあるでしょう。近年のタイやベトナムなどの経済発展という光の部分ではなく影の部分、つまり貧しい人たちの暮らしを垣間見たり、彼らと接する機会もあると思います。
たとえば、バンコクにはクロントイ・スラムをはじめ多くのスラムがありますし、チェンマイではストリートチルドレンや教育機会に恵まれない少数民族の子どもたち、さらに施設に暮らすエイズ孤児もいます。カンボジア・アンコールワットに行くと、遺跡めぐりの車窓から見える農村風景は貧しさそのものですし、必死に土産物を売ろうと寄ってくる小さな子どもたちの姿に心を痛める経験もするわけです。
このようにわれわれ日本人を含めた外国人観光客・滞在者と現地の最下層の人々、その貧富の差の対比に驚かされます。その一助として金銭的支援をしたり、ボランティア活動のきっかけになる場合もあるでしょう。しかし、このすごい貧富の差を自分の目で見る経験も、極貧の中でも生きている逞しさを知る経験も、長期滞在中の重要な発見です。
最近格差が拡大しているといわれる日本社会ですが、日本では見えなくなったこのような貧困や困窮、そして貧しさゆえに必死に生きる姿から学ぶことは多いはず。つまりわれわれ日本人が、この貧しさから“再び生きる力とは何か”を再発見するということです。
高度経済成長によって物質的には豊かになり、中流意識が浸透した日本人の意識。経済的に豊かになった代わりに、どこかで何か大切なものを、忘れたり失ってしまったりしているのではないでしょうか。
終戦後の貧しかった時代を知る団塊の世代から上の世代、その貧しさこそが、日本の経済発展を支えただけでなく、個人の生きる力の源泉でもあったと思うのです。しかし、経済的な豊かさを手に入れ、長年会社や仕事中心の人生を歩むにしたがって、本来の生きる力が衰えたり萎えたりしてはいないでしょうか。
定年を迎え始めている団塊の世代、これからの生きる指針を探しきれていないとしたら、貧困の中にこそ真の生きる力があったこと、このエネルギーをタイ・ロングステイを通して、もう一度学び直すことが必要だと思います。
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October 17, 2007
アユタヤのワット・チャイワッタナラーム

タイ・ロングステイの目的は人それぞれ、何でもいいのです。難しく考える必要もありません。自分の好きなことや趣味、たとえば、ゴルフ、温泉や遺跡めぐり、のんびりしたい、タイ舞踊やタイ料理を学ぶ、タイ語の勉強、暖かいタイで病気の療養、リハビリなど、さらにボランティア活動や草の根の国際交流まで、思いつくものだけでもいろいろあります。
しかし、何かもうひとつ物足りない、食い足りないという方もいらっしゃるでしょう。とりわけまだまだ現役、あるいはリタイアして間もない団塊の世代や比較的若い年代の方です。
そこでひとつの提案です。タイ・ロングステイで「自分の生き方探し」をしてみるということです。タイでのロングステイを通して、これまでの人生を一新(renewal)したり、再生(rebirth)してみてはいかがでしょうか。
日本から地理的に遠く非日常の海外でありながら、身近な存在で親しみやシンパシーを感じさせてくれるタイ。
それは、タイの人々の優しさと微笑み、日本の原風景を思い起こさせるタイの田舎の風景、古き良き昔の日本を懐かしく感じさせるタイ庶民の生活、そして同じ仏教に根ざした宗教観など、他の東南アジア諸国より優れて日本人の精神や心情に訴えかける要素をタイという国が備えているからです。言い換えると、日本人が失いかけている何かが、まだタイには色濃く残っていると感じられるのです。団塊の世代をはじめとするシニア予備軍にとっては、自分が育ってきた時代を思い出したり、ほっとしたりできるのがタイともいえます。
このような特長を有するタイの環境に身を委ねながら、慌しい現代の日本社会とは対極の、ゆったりとした時間が流れるタイでの長期滞在。ロングステイを通して、これまでの自分をじっくりと振り返り、自分自身を見つめ直し、そしてこれからの生き方を考えることができる、そのための条件をよく備えているのがタイという国なのです。
つづく
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October 11, 2007
ガイヤーンや焼き鳥を焼く屋台

バンコクのロングステイヤーに「どうして九州、それも福岡からの人が多いのですか?」と尋ねられたことがあります。
この質問に対するわたしの答えとして。
毎日バンコクへの直行便があり手軽に往き来ができること。タイ国政府観光庁が東京・大阪と並んで地方都市福岡にもあること、そのためタイの情報が直接入手できること。 “アジアに開かれた都市福岡”を基本施策に掲げている市が、毎年9月「アジアマンス」を開催していて、市民がアジアを身近に感じ親近感を持っていること。
これらの理由を総合して、ロングステイの対象地としてのタイは、東京の人にとっては候補のひとつかもしれないが、福岡の人にとって主要な対象国になっていること。
他にも元々福岡は開放的な土地柄であること、といくつかの理由が思い浮かびますが、もうひとつもの足りません。
後日ふと気づいた理由、それは福岡の街には多くの「屋台」があることです。天神や中洲を中心に市内には約200軒もの屋台があるという福岡は、日本最大の屋台の街でもあります。夜の屋台で焼き鳥、おでんを肴に焼酎を飲む、そして豚骨ラーメンを食べる、これは福岡市民にとって日常であり、当たり前の生活なわけです。
東南アジアではもっと庶民の食生活に密着した屋台。とりわけ早朝から夜遅くまで路上で営業し、その場で食事をしたり、自宅に持ち帰ったりするバンコクの屋台は、福岡出身の人にとっては興味を引かれる光景ですし、シンパシーさえ感じるに違いありません。
久しぶりに福岡の屋台で飲んでみると、その雰囲気はバンコクの屋台と変わりません。ヤワラー(中華街)の海鮮屋台と福岡・長浜屋台が似ているのです。食事をしお酒を飲みながら語らうお客の様子、料理を出す屋台の人、共通の雰囲気があります。メニューの違いと福岡では氷入りのビールが出ないという差はあれど、庶民的な屋台のよさは同じなのです。バンコクの屋台は、福岡の人にとって日常そのものと言っていいでしょう。
「福岡の屋台がタイ・ロングステイヤーを生む」、独断ではありますが、わたしの新説です。
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August 09, 2007
澤井夫妻 ご自宅にて

02年11月からバンコクでのロングステイを始めて5年目を迎える澤井勇(69歳)さん・理恵子(65歳)さん夫妻に、07年2月久しぶりにお会いして近況を伺いました。フジスーパー近くのコンドミニアム(1LDK,70㎡)が、バンコクでの住まいです。
お二人にとってタイ語教室に通うのが、日課になっている。06年の夏、日本人ロングステイヤーのグループ「暮らしの会」のタイ語教室で勉強した後、現在は「ソーソート(泰日経済振興協会)」主催のタイ語講座を、週1回受講している。「タイ語で日常会話ができたらいいな」というのがきっかけとか。しかし、単語はともかく文章となると難しいし、タイ人と話す機会が少ないこともあって、なかなか物にならないそうです。コミュニケーションを取るだけならば、英語の方がいいかもしれないと思う反面、教室に通うことで日常生活に張りがあるとおっしゃいます。
タイ語の教室は週1回ですが、毎月のように日本からの来客があるので、結構忙しい毎日を過ごしている。また「暮らしの会」の仲間と温泉などへの日帰りや1泊旅行も楽しんでいるとか。
健康面では、これまでに大病はなく歯やアレルギーの治療を受けたくらいで、特に不安はない。昨年、勇さんはエカマイのスクンビット病院でCT検査などの人間ドック(1万バーツ)を受診し、今年は奥さんも受診を予定しています。ロングステイを始めて一度も帰国していないので、日本の国民健康保険には加入していません。そのため病院で治療を受ける場合は実費になるそうです。
生活費は年金で賄っていますが、最近のバーツ高の影響を受けて、毎月3万円ほど目減りしているとか。今のところ、何とかやっているものの、年金でロングステイしている人の多くは困っているのではと心配されます。
5年目を迎えるバンコクでのロングステイを振り返り、「日本を離れて失ったものがあるかもしれない。それに大阪の自宅はそのままにしていて気がかりなこともありますが、タイに来たからこその経験をしました。それはタイでの新しい方との出会いや巡り合いで、私の“人生の財産”になっています。日本にいたままだったら、きっと経験できなかったでしょう」と理恵子さん。そして「人と人とのつながりで、自分が変わり成長できました。充実した生き方によって、今後の人生の可能性も広がりました」。生活環境を変えることで、自分の人生の可能性を伸ばすことができたといいます。
日本の日常生活を離れ、海外でのロングステイ体験や出会いを通して、これまでになかった新しい視点や価値観が生まれてくる。そして改めて自分の生き方や人生を見つめ直しているのです。
新しい生き方をタイ・ロングステイによって切り拓いてきた理恵子さん、日本に帰りたいという気持ちは起きないといいます。当初の計画通り、10年間を一区切りにタイに滞在する予定とか。ロングステイを継続するか、帰国するかを10年経った時点で考えるとのこと。ちょうど半分に差し掛かったところですが、最後に「タイ語の勉強も含めて背伸びせずに、焦らずゆっくりと過ごしたい」と笑顔で話しをされました。
なお、№152~154にも澤井夫妻の記事を載せています。
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July 27, 2007
カンボジア、バンテアイ・スレイ遺跡

07年7月6日の朝日新聞に、ゆとりを求め海外移住する英国人が急増しているという記事が載っていました。
欧州で経済が最も好調な国のひとつの英国を捨て、海外に移り住む人が急増している。「第二の人生」に踏み出した退職者だけではない。競争社会に嫌気がさし、ゆとりのある「スローライフ」を求める中間層の流出が目立つ。
ロンドンで3月末、英国人に海外不動産を売り込む大規模な見本市が開催され、3日間で2万人以上が訪れた。トラブル増加を懸念する英外務省が職員を派遣し、ビザの種類、医療や年金といった社会保障制度や税制の違いなど、移住先での暮らしに必要な情報を提供した。
主催者が来場を期待しているのは持ち家があって、年収3万~5万ポンド(約750万~1250万円)の層。「収入の割りに生活の質を実感できない人たちが増えている」という。昨年6月の世論調査では、英国を出たい理由として「生活の質」が37%で最多。次いで「気候」32%、「高い生活費」24%だった。
政界は世論の動きに敏感だ。与党労働党は、生活の質の向上が中間層の支持をつなぎ留めるカギとみて「幸福度」を示す指標の開発を目標に掲げる。最大野党の保守党も「国内総生産(GDP)」だけでなく、人々の幸せを追求する時が来た」(キャメロン党首)。
英国の代表的なシンクタンク、公共政策研究所(IPPR)が今年まとめた報告書「海外の英国人」によると、国外に定住している英国人は推定約550万人。1年のうち数ヶ月を国外で過ごす約50万人を加えると、人口6千万人の10人に1人が「脱出組」になる。
特徴的なのは、移住先が世界中に散らばっていることだ。報告書によると、1万人以上の英国人が暮らす国は41カ国で、欧州諸国でも飛び抜けている。退職世代はスペインをはじめビザが要らない欧州連合(EU)域内をめざし、働き盛りはオーストラリア、米国、カナダへの移住が目立つ。政府統計では、05年に海外に移り住んだ英国人は19万8千人。移住者から帰国者を引いた流出数は10万7千人で、5年前の5万7千人に比べ倍増した。第2次大戦直後の生活苦を逃れるための移住ブーム以来、最大規模とされる。移住者の約1割は不動産を購入するという。EUの東欧拡大にも刺激され、西欧に比べ安いブルガリアやルーマニアの物件も人気が出ている。
IPPRは好景気が続く限り、毎年10万人前後が流出、移住熱は今後5年は衰えそうにないとみる。 「今回は英国の不動産価格の高騰と強いポンドが、生活の質を求める富裕層や中間層の背中を押したのではないか」と分析している(以上記事から)。
米経営コンサルタント会社が発表した2007年の世界主要都市の生活費番付で、モスクワに次いで2位にランクされるロンドンです(ちなみに東京は前年の3位から4位に)。生活費の高いロンドンでは収入の割りに「生活の質」を実感できない人たちが、海外移住を目指しているといいます。持ち家がある人たちは、高騰する不動産市場を背景に自宅を売却したり、賃貸にしてその家賃収入で海外の滞在費を賄っているようです。それにしても全人口の10分の1もの国民が、それも富裕層を中心に海外に流出することは、英国内の空洞化につながることにもなり、ある意味異常な状況ともいえます。
一方、戦後最長の経済成長が続いているといっても「生活の質」を実感できないのは日本とて同じことですが、事情は大きく異なります。正規雇用を減らして人件費などのコストをカットしたり、超低金利の恩恵を受けたりして好決算を計上する企業とは異なり、国民の多くは所得は増えず、その豊かさを実感できないどころか、逆に社会格差が開きつつあります。そして最近の円安です、海外での生活費も決して安くないとなれば、ロングステイに対するハードルやリスクも高まります。英国とは対照的です。
しかしお金で買える、あるいは充足できるとは限らない「生活の質」、つまり自分にとっての「幸福度」について、もう一度見直してみる必要があると考えさせられる記事でした。
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July 10, 2007
バリ島の美しいライステラス

07年6月30日の朝日新聞に海外ロングステイの特集記事が組まれていました。
退職後の暮らし方として、海外で暮らす「ロングステイ」という滞在型の長期旅行が注目されています。日本よりも物価の安い海外で、部屋を借りて自炊するなどして生活費を抑えれば、お金をそんなに使わずに滞在することができます。近年、タイ、マレーシアをはじめ、アジアでロングステイする人が増えています。
読者モニター2595人に海外に長期間滞在してみたいと思うかどうか尋ねたところ、希望する人(51%)とそうでない人(49%)がほぼ半分に分かれました(希望する人の中には「したことがある人」が6%もいらっしゃいます。決して少なくない数字です)。
「はい」「滞在したことがある」の理由で多かったのは「自然を楽しみたい」(44%、複数回答)「気候のよいところで暮らしたい」(41%)と快適さを求める人が多く、「安く暮らせる」(19%)などの経済的理由を上回りました。 滞在したい国・地域は、ニュージーランドやオーストラリア、ハワイといった英語圏が人気で、アジアを選んだ人は少数でした。治安がよさそうな国や、よいイメージを持っている国を選んだ人が多いようです。
一方、ロングステイを望んでいない人の理由で多かったのは「病気やケガが不安」(57%)「言葉や文化になじめない」(53%)「治安や盗難が心配」(46%)でした。
「一番の心配は言葉の壁。病気の症状をうまく説明できるか心配だ」(70歳女性)といった回答が多くありました。計画を立てていたのに病気や親の介護などで実現できなくなったという人もいます。「夢は早めに実行に移すことをお勧めしたい」(57歳女性)。
回答者は朝日新聞の読者モニター、その年齢層が分からないのですが、若い年代もかなり含まれているようです。多様な回答があってなかなか興味深い結果です。とりわけロングステイ財団のアンケート調査とは希望国がずいぶん異なっていて、マレーシア、タイが10位以下と意外に人気がありません。オセアニア、ハワイ、ヨーロッパなど観光地として人気がある国が、そのままロングステイ希望国の上位を占めています。その理由として、経済的理由や「人間関係に煩わされない」(13%)より「自然を楽しむ」「気候のよいところで暮らす」など快適さを求める傾向の方が強いことからも分かります。
他にも「夫婦でスペインに4年半ほどロングステイした。人生の大きな宝物だ」(67歳男性)という経験者の賛成論がある一方、「物価が安いという理由で生活拠点を海外に移すのは、人間としてさびしい」(49歳男性)、「海外で年金を受給するのはやめてほしい。日本経済の役に立たずに海外に流出してしまう」(43歳男性)といった厳しい意見も寄せられています。
さらに海外ロングステイを「老後資金に余裕のある団塊の世代の夫婦にしか縁のない話」と、冷めた目で見ている人も何人かいました。 「自分が年金を受給するころには、そんな悠長なことを言っていられない」(36歳女性)。若い世代のロングステイに対する率直な意見も紹介されています。
個人の多様な価値観の広がりの中、シニアの新しいライフスタイルともいえる海外ロングステイです。団塊の世代の定年退職をきっかけにロングステイ人口が増加すると予想されますが、今後成熟した日本の高齢社会に根付いていくとは限らないようです。若い世代の意見にもあるように、将来の年金不安や格差社会の拡大といった問題に大きく左右されることでしょう。
“豊かな”ロングステイが定着していくのか、“年金移民”タイプが増えていくのか、まさに将来の日本社会をそのまま反映したものになるに違いありません。
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June 21, 2007
世界遺産アユタヤにて

その2
さて07年2月、タイでボランティア活動に参加しているAさん(60歳代の女性)に話を伺いました。未亡人のAさんは、タイに来るまで日本でパートとして働いていたが、タイの日系企業に就職していた息子さんが現地で結婚したのを機にロングステイを始め、現在3年目を迎えています。
タイで暮らし始めて1年経った頃、フリーペーパーに載っていたある施設の案内ガイドのボランティア募集に応募しました。タイ語は勉強しても上達しないし、タイ社会に日本語で役に立ちたいと思ったのが、その理由だとか。また「タイで生活しよう」という意識で滞在しているので、 “生活の目標”が欲しかったとも。それまでは何もやることがない生活だったといいます。
タイの歴史に興味があったことと、知らない国のことを勉強するのは自分のためにもなるという軽い気持ちで応募したのですが、実際に案内ガイドを経験してみると、見学者に十分な説明ができるのか、きちんと質問に答えられるのか、不安だそうです。
ボランティアは月に1~2回。案内ガイドのグループはタイ在住の女性が中心で、Aさんがロングステイヤーでは初めてのメンバーです。タイではボランティアの門戸は決して広いとはいえませんが、ロングステイ・ビザを取得していて1年以上居住する方であれば、十分ボランティアは可能だといいます。
初めはボランティアすること自体に一生懸命でしたが、タイの歴史や宗教を知れば知るほど難しくて、もっと知識を増やさなければと勉強が大変だそうです。ボランティアは月に1~2回ですが、それ以外の日でもタイの最新ニュースなども含めて勉強に余念がないAさん。
2年目を迎えた案内ガイドのボランティアです。勉強で苦労することが多いものの、もう少し続けてみようと。それはボランティアを通して生活にハリが出て、やりがいや充実感を感じられるからといいます。今もし辞めてしまったら、またすることがない生活に逆戻りしてしまうことが不安だそうです。
最後にボランティアを希望する方へのアドバイスをいただきました。まず健康であること。そして見返りを望まないこと、言い換えるとやってあげているのではなく“自分自身のため”を意識することが大切。後は本人のやる気。こういう方にはボランティアはお勧めだそうです。
せっかくのタイ・ロングステイ。より充実したロングステイ・ライフにボランティアを加えてみてはいかがでしょうか。
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June 20, 2007
タイ様式のジムトンプソンの家

タイでのロングステイの目的は、人それぞれですし色々あります。ゴルフや趣味を楽しだり、のんびり過ごしたりするのもいいでしょう。しかしそれだけでは物足りない、生活にメリハリを、あるいはタイ社会に役に立つことをしたいという思いでボランティアを希望する方も多いのではないでしょうか。これまで何度も紹介しているシニア男性も、日本語教師のボランティアで生き生きとしたロングステイを実践していらっしゃいます。
調べてみるとタイで活動している財団法人や各種団体などが、日本人のボランティアを募集しているようです。たとえば「ジムトンプソンの家」や「バンコク国立博物館」などには、案内ガイドをするタイ在住の日本人ボランティアがいます。フリーペーパーやホームページには、ガイドのボランティアについての詳しい内容や案内の曜日・時間などが掲載されています。
本格的なボランティアをするには、公認の財団法人のメンバーになることや、活動に長期間しかも定期的に参加できるといった条件があるでしょうし、なによりボランティア活動を目的としたボランティア・ビザが必要になります。 「ビザがなくてもボランティアであれば、どんな種類のものでもOKだと勘違いしている人が多い」とロングステイ・コンサルティング社の佐藤さん。それにタイ社会でのボランティアはタイ語が必須ですから、どうしても日本語でできるボランティア活動に限定されることが多くなるでしょう。一般的なロングステイヤーの場合、短期間でもできるものやイベントなどのお手伝いが中心になるかと思います。
つづく
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June 04, 2007
バンコクの北ノンタブリーの市場

07年5月19日から朝日新聞に掲載されたタイ、マレーシアのロングステイについての記事。その3、4回目にタイの事例が紹介されました。
本格的なロングステイを考える人たちに、ある旅行コンサルタント社は「下見ツアーを利用して現地の視察を」とアドバイスする。
タイのチェンマイ。Aさん(61)と奥さん(56)は、約1ヶ月の下見ツアーに参加した。Aさんは元電器機械メーカー勤務。出張で何度も東南アジアを訪れ、いずれ住みたいと思っている。昨年はマレーシアで家賃や物価を調べた。
初日は、車で観光しながら市内の病院や日本食を揃えるスーパーマーケットを回った。生活習慣病を抱えたAさんにとって、いざという時の病院はぜひ見ておきたい場所だ。一方で、早速夜市に出かけ食堂の魚料理を楽しんだ。「会社にいた頃と違い、今は何もかも見たいという気持ち。心にゆとりができた感じです」とAさん。
翌日は朝からタイ語の勉強。日常会話程度はできるようにツアーを企画した旅行会社が必修にする。午後は待望のマンションの下見をした。4件見た中で、チェンマイの名所ドイステープ山がテラスから一望できる部屋にひかれた。45平方メートルで家賃5万円ほど。光熱費と食事代を加えても月約12万円。日本で暮らすのと、さほど変わらないと試算したようだ。
「仕事中心の日々を離れて、まだやっていなかったことがたくさんあると気づいた。時間が足りない」とAさん。
バンコクで2週間の個人旅行に初めて挑戦したのは不動産業のBさん(55)と奥さん(55)。子どもが手を離れ、肩ひじ張って頑張るのにも疲れたというBさん。「そろそろ経営を若い人に譲ろう」と考え、しがらみから解放される海外で暮らそうと、まずタイを見てみることにした。
バンコクからローカル線に乗り近郊に足を伸ばした。市場では気に入った布地を値切ることにも成功。「英語もタイ語もできないけど、皆優しいから何とかなりそう」と奥さん。
しかし、バンコク市内で治安がよく日本人が暮らすのに便利な場所となると、生活費は予想以上に高い。
「日本よりちょっとぜいたくしたい」というふたりが気に入ったのは、広さ113平方メートル2LDKの高級マンションだった。欧風の家具とジャグジー風呂、共用のスポーツジムもあり家賃28万円。日本食が恋しくなってのぞいた日本食材店では、サケの切り身一切れが約350円だった。生活費は50万円近くかかるかもしれない。
「メードの一人でも雇えるかと思ったのに・・・。これなら、今の家を売り払ってこないとダメかも」とBさん。
チェンマイとバンコクの生活費の差にはびっくりですが、バンコクのマンションがよほど一等地にある高級マンションなのでしょう。50万円では日本以上に生活費がかかってしまいますね。
いずれにしても自分が希望するロングステイプランを実行した場合、どのくらい生活費がかかるのか、病院は大丈夫か、住居は快適で問題ないかなど、十分に下見することが重要です。トラブルの予防やこんなはずではなかったとならないためにも納得するまで自分の目で確認しておくことです。
また紹介されたご夫婦のように、定年後これまでできなかったことをやってみたい、日本のしがらみから解放されて海外で暮らしてみたいという理由でロングステイを検討するシニアが多いようです。団塊の世代の大量退職でさらに拍車がかかるかもしれませんね。
なお、この2組の夫妻は同紙の3月10日夕刊にも紹介されています。
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May 28, 2007
理事として多忙な福岡さん

「タイロングステイ日本人の会」の理事を務める福岡丈夫さん(66歳)。福岡さんはバンコクでロングステイを始めて5年半。毎年ロングステイ・ビザを更新して、奥さんと2人での長期滞在である。年に2、3回ほど帰国するほかは、ほとんどバンコク暮らし。「日本人の会」の仲間と、週に2、3回のペースでゴルフを楽しむ生活である。
07年2月に再会して「日本人の会」の近況やロングステイの動向などお話を伺った。
今年から始まる団塊の世代の大量退職に伴って、最近同世代からのメールでの問い合わせが増えているといいます。中でも多い質問は、バンコクでの生活費、会の活動内容、ビザの手続きや医療事情のことなど。また事前にインターネットなどでよく調べている人が増えているとか。詳しい情報を収集することでロングステイへの過大な期待やミスマッチを防止するのに役立っているようだ。
新しくバンコクにやってくるロングステイヤーの感想を一言。 「やっと日本社会を離れてきたのに、まだ日本でのことや現役時代を引きずっている人が多い。せっかく来たんだから、もっとバンコクでのロングステイを楽しめばいいのに」と時々感じるそうです。
また、ロングステイを検討している方へのアドバイスもいただきました。まず情報収集をしっかりしてくること。こんなはずではなかったとならないためにも、タイ国政府観光庁などで情報を集めたりアドバイスを受けたりすることが大切。もうひとつは、滞在目的をはっきりと持つこと。やはり生活費が安くて暮らしやすいだけでは、続かないそうです。
福岡さんは、ロングステイを失敗に導かないために、1~2ヶ月間ほどのロングステイ体験を勧めています。一般的に夫婦間の主導権を奥さんが持っていることが多く、お試し体験で奥さんがバンコクでの生活を気に入ればロングステイがうまくいきやすいとか。
さらに「団塊の世代が定年を迎えて、タイでロングステイを実行する人が多くなるでしょう。まだ働く意欲を持った人も多いはずです。専門的な知識や技術を持っている方ならば、非常勤でもいいから現地で働くのもいいかもしれません」。
日本人の会としては、会員数の増加が予想される団塊の世代の受け入れが今後の課題となりつつあり、理事としてますます忙しい福岡さんです。
「日本人の会」や福岡さんについての問い合わせは、次のとおりです。
Eメール:tmfukuoka@hotmail.com
携帯電話:089-223-9575
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May 25, 2007
台湾中正国際空港

5月19日の西日本新聞の記事からです。
「団塊の世代」の大量定年退職で増加する日本の退職者をターゲットに、台湾の観光局や各自治体がロングステイ計画を進めている。後発組の台湾最南部・屏東県政府は、「まず知名度アップから」と日本人の作家や写真家らに2ヶ月間ホームステイしてもらい、その作品を通じて屏東を売り込む事業に乗り出した。
ロングステイ客誘致は台湾当局の観光客倍増計画の一環。中部南投県埔里(プーリー)などが先行して日本人長期滞在者誘致を推進している。これまで自治体を後押ししてきた観光局も先月、当局主導型の事業計画を策定した。
屏東県は、バシー海峡を望む人気のリゾート地・墾丁やマグロ漁で有名な東港など観光資源は豊富だが、国際空港がある台北からは遠く、訪れる日本人観光客は多くはない。そうした現状を変え、来訪者を増やそうと、同県はホームステイする日本人作家を公募し、今年3、4月の2ヶ月間、滞在事業を行った。
屏東県に滞在したのは、台湾に関する著作がある作家・平野久美子さん、鹿児島県出身のライター有川真由美さんら9人。9人は一般家庭に滞在し、県政府が企画する観光地ツアーや先住民集落訪問を行う傍ら、それぞれ取材活動を行った。
滞在中に台湾各地に足を伸ばしロングステイ計画を取材した平野さんは「単純な観光型長期滞在ではなく、農漁業技術者の退職後の滞在先として可能性がある」と指摘する。有川さんは「屏東は、風景や人情も南九州に似て親しみがわく。ただ、日本向けの情報が不足しているので、そこが鍵では」と話した。
昨年春にロングステイ客受け入れを始めた南投県埔里には、これまで400人以上の日本人が3日~1週間程度、体験滞在している。ただ1ヶ月以上の長期滞在はおらず、「定住」実現へビザなどの条件整備が課題。
このため、観光局も当局主導の事業に乗り出した。都市型と田園型の滞在地をそれぞれ5ヶ所前後選び、今年末までに150人程度のロングステイ希望者に体験滞在してもらう方針だ。
これまで台湾はロングステイ先として、あまり注目されてきませんでしたが、有望な候補地だと思います。まず何といっても近いこと。タイ・マレーシアなどアジアのロングステイ人気が高まっているのは、日本から割合近くて直行便も多いことも理由のひとつです。福岡からだと台北まで2時間。台湾新幹線の開通によって高雄までのアクセスも良くなっています。
また温暖な気候で過ごしやすく、中華料理も口に合うでしょうし、親日的で日本語も多少通じるとなると、シニアのロングステイ先としての条件を備えているといえます。
記事にあるビザの問題も、06年から55歳以上の日本人退職者を対象にした長期滞在査証(ビザ)制度が実施されています。5万米ドル以上の財力証明が要りますが、180日間有効で期間中は繰り返し出入り可能です。ホテルやコンドミニアムなどインフラの整備が必要でしょうが、台湾の今後の動向に注目したいものです。
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May 22, 2007
アンコールワットの美しいデパター像

07年5月19日の朝日新聞に、温暖でしのぎやすい気候と治安のよさで人気のあるタイ、マレーシアのロングステイについての記事が載りました。その1回目です。
リゾート地などで、時には数ヶ月ほどのんびりと過ごす海外旅行「ロングステイ」。定年前後のいわゆる団塊の世代が挑戦している。滞在先はオセアニアや北米のほか、タイ、マレーシアなどのアジアが増えている。それぞれの土地で、部屋を借りて自炊もする。買い物や小旅行はバスや鉄道を使う。退職金や年金をより有効に活用する試みだ。ロングステイ財団の04年の調査では、観光などを目的として海外で14日以上滞在した60歳代は約13万5千人。過去5年間で約1.4倍の伸びを示しているという。
クアラルンプールから北へ200kmのところに、ロングステイで人気のキャメロンハイランドはある。 「マレーシアの軽井沢」とも呼ばれる標高約1500mの高原リゾートで、1年中穏やかな気候に恵まれていることから、日本の夏と冬を逃れてきたシニア世代であふれる。
現地には情報交換のための2つの日本人グループがあり、日本にいる人も合わせ約1500人が参加する。会員はここ数年で急増しているという。町には日本語のメニューを置いた現地人経営の飲食店だけでなく、日本の食材店もある。客が置いていった醤油のびんやみその袋を見て、品揃えを学んだそうだ。
元商社マンのYさん(66)と奥さん(66)夫妻がこの土地を訪れるのは11回目。定年後に訪れるようになり、今回は3ヶ月の滞在だ。110㎡のマンションで、光熱費込み家賃約6万円。1プレー約800円のゴルフ代を含め、出費は月に約15万円程度に収まる。
Yさんはゴルフを平日週3回。最近は、自然保護団体が行う植林やゴミ拾いなどにも参加するようになった。日本語教師の奥さんは週3回ボランティアで、若者に日本語を教える。地元ホテルのオーナーが会議室とお茶を無料で提供し、教室を応援してくれている。
記事によると、キャメロンハイランドではマンション建設のために、あちこちに削られた赤い山肌が目に付くそうです。Yさんも「自分勝手なんだけど、本当はもうこれ以上来て欲しくないんだけどね」と漏らしています。
現地の日本人グループの会員数が、日本にいる人も含めて1500人とはびっくりです。キャメロン人気の高さが窺われます。Yさん夫妻のようにボランティアなどで地元の人との交流や社会貢献で、現地社会に溶け込むのはいいことですね。
団塊の世代をはじめ、急増するロングステイ人口。日本人だけの村や社会を作らずに現地社会に溶け込み共存していくことが、増加する日本人ロングステイヤーが受け入れられる重要なキーワードだと思います。
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May 04, 2007
宮本さんが撮られたタイ桜の写真

その2
・今そしてこれから
バンコクに来てまだ3ヶ月と滞在期間が短いこともあるが、タイに住んでいるというほとんど実感がないといいます。それは「外国で暮らすことへの敷居が低くて身構えることがないし、外国人も同じ人間だという思いがあるから」と宮本さん。また「国内外どこに住んでも一緒ですよ。タイだからと特別に意識していないので、日本で暮らしているのと同じ感覚です。一大決心をして来た訳ではないし、引越しただけという感じですね」とも。
また、ひとりでいることは苦にならないし、寂しくないとおっしゃいます。人がたくさんいても個人同士の関わりは少ない都会が好きで、賑やかな空間や喧騒の中で暮らしたいという理由でバンコクを選択した。チェンマイも検討したが、交通手段など不便な点が多いので敬遠した。元々「田舎でのんびり」志向はなくて「都会暮らし」志向なのだそうです。
チェンマイではあるロングステイ団体に現地の話を聞きに行ったが、どことなく会の雰囲気がおかしかった。タイに来てまで煩わしい人間関係に関わり合いたくないので、バンコクでもロングステイの団体には入会せずに、これからも気楽な一人暮らしの予定です。
ロングステイの一番の心配事は、医療の問題です。現在は国民健康保険を脱退し、滞在中の病気やケガに備えて日本の民間損害保険会社の海外障害保険に加入している。通常の1年ではなく5年間の長期契約で、死亡を除く病気・ケガによる通院・入院が対象となっている。まだバンコクで病院にかかったことはないものの、やはり一人暮らしでの病気は不安なものです。
バンコクで在留届を出してロングステイ中の宮本さんですが、特に日本が恋しいこともないので、今後何年間かは滞在する予定。場合によっては永住もあるかもしれないとのこと。
最後に、お話を伺った印象は、まず考え方や生き方が柔軟だということです。一般的な同世代の方よりも物事や周囲にとらわれない自由な考え方をされているのではないでしょうか。また別の言い方をすると、自分らしさを大切にしながら自分の考えを実行に移していく方でもあります。そして明るく朗らか、しかも行動派というのが宮本さんの全体的な印象でした。
このように積極的で独立独歩タイプの方だから、あまり躊躇することなくロングステイを実行できるのだろうか、ではそうでないタイプの方はどうしたらロングステイを決意したり、これまでの生き方をチェンジさせることができるのだろうか、という思いを感じながらのインタビューでした。
まだバンコクでのロングステイを始めて間もないので、ロングステイを通してどのような考え方や気持ちの変化があったのか、残念ながら今回は聞くことはできませんでした。この点については、1年後くらいにじっくりと話を伺いたいものです。
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May 02, 2007
宮本良光さん

07年2月、バンコクでロングステイ中の宮本良光さん(68歳)にお会いしてお話を伺いました。06年11月から単身のロングステイを始めて3ヶ月余りでのインタビューです。
宮本さんは、山口県徳山市の出身、東京の企業で60歳の定年まで勤め上げた後リタイアした。子どもはなく、2年前に離婚してからは一人住まいに。特に近隣との交流もなかったといいます。タイへ出発するにあたり、家財道具は必要な物だけを残して日本で整理した。そして事前に、日本でロングステイ・ビザを取得してタイにやってきました。東京のタイ大使館に出向き、自分で書類手続きをしたそうです。
・ロングステイの状況
住まいはプロンポン駅から徒歩20分、ソイ39にある1LDKのアパート。フジスーパー2号店へも徒歩5分と便利なロケーションです。このアパートには、留学中の学生やバンコクで働いている若い人など2~3戸、日本人が入居しているが、シニアのロングステイヤーはいないとのこと。
10畳の寝室に15畳ほどのリビング・ダイニングと、一人住まいには十分の広さがあり、家賃は家具付きで2万バーツ(約7万円)。これに電気代、電話料金、NHKの受信料などが別途かかる。毎月の生活費は約15万円を予定していて、貯金と厚生年金・個人年金で賄うつもりです。
料理が趣味という宮本さん、朝夕は自炊してお昼は外食というのが一般的な食生活です。和食よりもタイ風の料理を作ることが多く、タイ料理教室にでも通おうかと意欲的である。もちろん掃除、洗濯をはじめ身の回りのことは何でも自分でこなしている。
午前中はインターネットでメールチェックやニュースを読んだり、あるいは読書や音楽を聞いて過ごしている。午後はウォーキングをするのが日課になっていて、街を歩きながら花の写真を撮っている。花の写真は日本の友人への手紙に添えるそうで、次はタイの乗り物や看板など撮る予定とか。
・ロングステイの動機
ロングステイをしようと思った理由は、まず若い頃からの海外志向、 「外国暮らしの夢」を実現したかったことだといいます。滞在希望地としてサンフランシスコ、スペインのコスタ・デル・ソル、中国の青島など数箇所あったが、所得制限をはじめビザの条件などロングステイの受け入れ体制が整っていなかったり、物価が高かったりで合わなかった。その中で最も自分のロングステイ条件を満たしていたのがタイだった。これまで何回か訪問して馴染みがあり、タイ料理が口に合ったことも後押しした。
そしてロングステイの一番の理由は、将来の年金への不安があったことです。東京での生活を続けた場合、75歳で個人年金が終了するため、それ以降の生活費が足りなくなる。かといって東京と比べて生活費のかからない日本の田舎には住みたくなかった。それは昔ながらの人間関係が煩わしく思えたから。ところが75歳までタイで生活していれば、貯金と個人年金を使わずに済むといいます。つまり将来の生活に備えて、物価の安いタイでのロングステイを選択したということです。
実家のお寺は、すでに甥が継いでいて、ロングステイを実行するにあたって、特にしがらみはなかった。弟が反対したり友人たちも心配したが、元々兄弟の中では変わり者と見られていた面もあって人とは違う行動を取ったとしても、大きな障害にはならなかった。
ちなみにロングステイ情報を収集するにあたっては、タイ在住やロングステイ経験者のサイトは大変役立ったそうです。ロングステイを始めてからも同じですが、準備段階からもインターネットは重要な情報収集のツールといえるでしょう。
つづく
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April 06, 2007
チャオプラヤー河畔の風景

その2
ただここで問題なのは、永年身についた肩書き付きの生き方から、素のひとりの個人としての生き方にチェンジできるかということです。現役時代から少しずつ趣味やボランティアなどで、仕事以外の活動や仲間を広げて、“個人としての生き方”を準備してきた方は、定年を迎えても地域社会にソフトランディングしやすいでしょう。しかし、そうでない方にとっては「会社人間」から「地域人間」へ上手くシフトできるかというと、そう簡単ではないと思われます。
例えば定年後、自分の住む地域でいろいろな活動に参加して「わたしは、元○○会社の○○部長をやっていました」などと自己紹介する話をよく耳にします。どうしても現役時代のクセが抜けないのと「わたしという個人」をきちんと見出せていないからです。一個人同士の人間関係が基本である地域社会において、こういう自己紹介では溶け込めません。
現役時代は、勤めている会社名や役職名が当り前のように刷り込まれていた名刺です。会社名と役職だけで自分という人間を理解してもらえますが、会社や組織を離れた時、自分に相応しい自己紹介とは? つまり自分という人間をどのように表現するかということです。
わたしの知っている例として、定年退職後、自宅で引きこもりがちになっていた男性が、「会社人間」から「地域人間」へ、つまり“地域デビュー”を果たした方がいらっしゃいます。この方も例に挙げたような自己紹介をしていたといいます。その方の経験によると、肩書き抜きの一人の人間として、地域の方と付き合えるかが鍵だとおっしゃいます。言い換えると「過去を捨て、自分の身一つになる」ことが、定年後の新しいステージで生きるコツのようです。
それにはまず、これまでの肩書きを捨てて、個人としての自分を見つめ直してみることが重要です。そして、そのためのインパクトを与えられる、きっかけや仕掛け作りが必要になってきます。
その意味で、会社人間のまま地域社会にハードランディングしないために、地位や肩書きを外すトレーニングとして、そして“個人としての生き方”を探すきっかけとして、海外の生活環境に身を置くロングステイは有効な方法のひとつだと考えます。
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April 04, 2007
タ・プローム遺跡のデバター(女神)

今年2007年から「団塊の世代」が定年を迎え始めます。すでに定年後の生活設計や計画を立てて、十分な準備をしている方もいらっしゃるでしょうが、 「どのようにして過ごそうか」と青写真を描けないでいる方も少なくないでしょう。仕事中心の人生を送ってきた、いわゆる「会社人間」や「仕事が趣味」タイプの方に多いのではと容易に想像できます。また「定年後の過ごし方をどうやって見つけたらいいのか分からない」と思っている人も多いのではないでしょうか。
そういう意味で「会社人間」タイプの人にとって、定年後の人生をどのように生きるのかは大きな課題になります。また人生80年時代ですから、後の20年をいかに生き生きと過ごすかは、本人の問題というだけでなく、家族や地域社会にとっても深く関係しています。
では「会社人間」だった男性が、具体的にどうやって地域社会と接点を持つことができるか、「地域人間」になれるのかという問題を考えてみたいと思います。
現役時代、会社や組織の一員として上下関係を中心とした“タテ社会”を生きてきた男性が、今度は自分の住む地域社会、つまり個人と個人のつながりが重要視される“ヨコ社会”のメンバーとして、定年後の第二の人生を歩むことになるわけです。スムーズに地域社会に溶け込むことができればいいのですが、現役時代の肩書きがなくなって、ひとりの個人として地域社会の人たちと接することはなかなか難しいようです。
それは永年その地域で暮らしていても、ご近所の人の顔を知っているくらいで、ほとんど交流がないという人が多いからです。これまで学校のPTA活動や地域活動を通して、横のネットワークを築いている奥さんたちと比べると、会社中心に生きてきた男性にとって地域でのネットワークは十分とは言えません。
その意味で、定年後は自分の地域に根ざした「地域人間」としての生き方が必要ですし、一層重要になってきます。
つづく
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March 31, 2007
ますますお元気な篠原さん

07年2月、バンコクで5年目のロングステイを迎える篠原 絢司郎さん(70歳)に今回もお会いしてきました。日系の人材派遣会社の若いタイ人に日本語を教えてきた篠原さんですが、昨年11月で一旦区切りをつけて、現在はバンコクの西方の街ナコン・パトムに自宅兼日本語教室の建築に向けて設計を進めています。
ボランティアの日本語教師を辞めた今でも、卒業生から時々連絡があり食事をしたり交流を続けているそうです。日本語教室では折り紙や手品を披露するなど、できるだけコミュニケーションを図ることで日本語を理解してもらいたいという熱意が学生たちに伝わった結果なのでしょう。
「自分に求められているものがある、役に立つことができる」という思いから、ナコン・パトムで計画中の自宅に日本語教室を開設するつもりです。教室には地元の子どもから大人まで希望者をできるだけ受け入れたいとのこと。
自宅の庭には果物や野菜を植え動物を飼い、生徒たちと一緒に育てたり世話をしたりという楽しい構想を描いています。そして日本語を教えるだけでなく、貧しかった時代に日本人が本来持っていた「日本人の心」を伝えたいといいます。タイ人学生に教えてきた経験から、同じ仏教国の土壌で教育を受けているのでお互いを理解しやすく、きっと自分の気持ちや思いがタイ人に通じると確信しているそうです。気持ちが通じ合うことが、何よりも嬉しく、やりがいや気持ちの張り合いにもなっているとおっしゃいます。
篠原さんのこの熱意の原点は、数年前に来日していた中国人研修生に日本語を教えた経験にあります。それは研修の修了式の際に「先生から日本人の美しい心をもらった」という手紙を研修生からもらったのです。このような経験が篠原さんの日本語教師のボランティアを支え、継続させる原動力になっているそうです。
「ボランティア活動を通して日中や日泰の橋渡しに少しでも役に立っていると、実感できることが嬉しいんです」。そして「夢や目標は自分で作っていくもの。誰も与えてはくれませんからね」という篠原さんの生き生きとした表情が印象的でした。次回お会いするのは、ナコン・パトムの新居かもしれません。
まとめ
「社会から必要とされている、やることがある」ということは、孤立することなく社会とのつながりがあると同時に、リタイアしてからも新しい社会的役割を創出しているということです。社会との関係を維持して、人や社会から必要とされ喜ばれることが、篠原さんの生きがいにつながっているのです。これは高齢期における生き生きとした生き方の重要なポイントだと思います。
また「夢や目標は与えられるのではなく、自分で見つけること」。その夢を日本語教師のボランティアやタイでのロングステイを通して見つけることができました。つまり、自分で行動する中から見つけ出したのです。
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March 28, 2007
朝の通勤ラッシュ 国道6号線

パート2
3.停電について
大手ホテルでは、停電対策として自家発電(バッテリー)を使っています。うちの会社でも、デスクトップPC用に小さいバッテリーを使っている人もいます(そのへんの電気屋ですぐ買えます)。シェムリアップでは停電は日常茶飯事ですが、長時間のものは半年に1~2度でしょうか。殆どは数分で復旧します。
4.住居について
シェムリアップに1件だけ外国人用コンドミニアムがあります。場所は今回管理人が滞在したアンコールホテルから西へ2~300mくらいのところ。ただ欧米人ばかりで日本人はいません。このコンドミニアムに私の知り合いの知り合いが住んでいて、どの部屋に住んでいるかは不明ですが、800$/月だそうです。セキュリティもしっかりしているようです。
www.angkoroasis.com
☆ HPを見ましたが、プール付きの高級ホテルのような立派なコンドミニアムですね。間取り図を見るとバスタブはないようですが。
一戸建てですが、今現在は2~300万円も出せば、それなりの新築が建ちます。土地も値上がりの傾向はあるけど、まだ空きが多いし、日本人にとってはそれほど高い金額ではないと思います。
土地については、外国人の登記は認められていません。住居は大丈夫のようです。外国人が土地を買う場合は、信頼できるカンボジア人に名義を借りて買う場合が多いようです。不動産屋も増えてきています。
www.angkorrealestate.com
☆ 不動産屋のHP、若干読みづらいものの日本語の表示があって、賃貸や売り物件など写真付きで載っています。
住居の賃貸については、1年、3年、5年などの契約があるそうです。その期間によって前金が変わります(3年は3か月分とか)。途中で引っ越す場合は、罰金が発生するそうです。
最後に、シェムリアップは発展途上で、日本と同等の施設や快適さを求めるにはかなり厳しいですが、それなりに面白い街ではあると思います。
urikoさん、貴重なシェムリアップの生活情報を提供していただきまして、ありがとうございました。感謝!
Uriko's Happy Go Lucky
http://blog.goo.ne.jp/happy_uriko
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March 27, 2007
アンコール・トムの南大門

パート1
現地でカンボジア生活をブログで紹介しているurikoさんから、シェムリアップについての追加情報をいただきました。最新の現地情報です。
ただしご本人によると、これらの情報は公共機関に確認したわけではなく、周りの在住者に聞いたり、自分が見聞きした狭い範囲でのものなので、本当に正しいか、そして全ての人に当てはまるかは定かではないとのこと。その点ご了承ください。なお、☆の部分は、管理人のコメントです。
1.遺跡について
外国人は遺跡入場券が必要なので、在住者でもその都度払わないとなりません(1日券:20$、3日券:40$、7日券:60$)。さらに、最近は取り締まりが厳しくて、入場券のない外国人は遺跡のチェックポイント(入場券を買う場所)より先には、たとえ遺跡に入らなくても行けません。
ただ午後5時半以降は、自由に行き来できます。旅行会社やNGOには特別の入場券を発行していますが、通常の外国人にはそういったものはありません。
2.ビザについて
商用ビザ(1ヶ月25$)は国外に出なくても延長可能です。最大延長期間は1年で、1年毎の更新となります。商用ビザは働く予定のない人でも、空港で簡単に取れます。つまり商用ビザは、誰でも取れて、誰でも延長できるということです。私たちのように会社勤めの者は、会社が代行してくれるので詳細は不明ですが、審査等はないそうです。1年の延長費は250$くらい?
☆ ということは、30日滞在可能な商用ビザを1年間まで延長し、さらに1年毎更新していけばいいということになります。誰でも簡単に取れて延長できるのであれば、実質的に長期滞在ができるということですね。それも審査なしで。タイでは、ビザなし入国の場合半年間で通算90日以上の滞在は認めないとか、外国人への労働許可証の発給についての審査は厳しいのですが。
つづく
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March 16, 2007
バンコクの北、ノンタブリーの船着場

07年3月10日の朝日新聞の記事からです。
リゾート地などの海外に長期間滞在する旅行、「ロングステイ」が人気だ。ブームの牽引役は団塊の世代。ロングステイ財団によると、04年に観光などを目的として海外で14日以上滞在した60歳代は約13万5千人。過去5年間で約1.4倍の伸びを示しているという。1月から2月にかけて、タイ、マレーシアで気ままな時間を過ごす熟年夫婦たちを訪ねた。
ということで3組の夫婦が紹介されています。将来の東南アジアへの移住の調査を兼ねてチェンマイに1ヶ月滞在した兵庫県の夫婦。ロングステイにあこがれて今回初めて個人旅行でタイにやって来た大阪の50歳代の夫婦。ゴルフが好きでマレーシアの複数の町を渡り歩く「マルチハビテーション」を実践する神戸の夫婦たちです。
この記事は、夕刊の一面を使っての特集です。それだけロングステイに対する関心が高まっていることの証でもあります。記事の内容よりも3組の夫婦の滞在ぶりを伝える大きなカラー写真が印象的ですね。今年から大量退職し始める団塊の世代です。どのくらいの数の団塊世代がロングステイを実行しているのでしょうか、具体的なデータは示されていませんが、これまでよりもロングステイ人口が増えるのは確実でしょう。
しかし、記事ではブームと相俟って、現地でのトラブルが増加していると指摘します。そのために「治安や物価などを勉強して、事前に現地を視察するべきだ」とアドバイスしています。
この記事で紹介されているように、個人ごとにそれぞれの滞在スタイルがあります。自分のプランを実現させるためには、十分な準備と下調べ、何よりもはっきりとした目的を持つことが重要です。そして有意義なロングステイを過ごして欲しいものですね。
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March 15, 2007
マーケットに並ぶ新鮮野菜

その3
重要なビザについてです。カンボジアに入国するには、短期間であってもビザが必要です。基本的に観光ビザ(T)と業務「ビジネスビザ」(E)の2種類。ビザは発給日より3ヶ月間有効で、1回に限り入国日より1ヶ月間の滞在が可能です。出国し再度入国する場合は、改めてビザを取得しないといけません。ただし観光ビザは1回だけ延長が可能です。プノンペンにある入国管理局国家警察で手続きをすると、さらに1ヶ月間の延長が認められます。(カンボジア大使館のHPを参照)
仕事や業務でない限り、観光ビザを申請します。事前に日本で取得できますが、入国の際に空港や国境でもその場で申請してビザの許可がおります。写真を2枚用意して、飛行機の機内で配布される申請用紙に記入すればOKです。手続きも難しくありませんし、待ち時間も10分ほどです。日本の旅行社などに依頼するよりも費用も安く済みます。観光ビザの申請料は20米ドル。
カンボジアにはタイやマレーシアのようなロングステイ用のビザはありません。したがって観光ビザの延長をしても最大2ヶ月ということになります。ビザの面でも長期滞在に適しているとは言いにくいですね。さらに滞在したい場合は、一旦出国して再入国ということになりますが、その都度20米ドルが必要になります。
今度は生活環境の面です。
シェムリアップの街を歩けばすぐ気づくのですが、国道6号線の歩道や一歩入った道路は赤土の未舗装路です。赤土は細かな粒子で車が通ると赤い土埃となって舞い上がるため、道路に面した木々や家は赤く染まっています。家の窓は開けられないし、洗濯物も道路近くには干せないでしょう。それに目や喉も気になりますね。またコロニアルスタイルの街の印象は汚い感じはしないのですが、道路脇や歩道にはゴミが散乱しています。
飲料水は、もちろんミネラルウォーターを飲むことになりますが、必ずしも上水道が整備されているとは言えないようです。一般のカンボジア人は井戸水を沸騰させて飲用しているとのこと。ホテルではお風呂やトイレの水は心配要りませんが、一戸建てとなるとどうなのでしょう?
それから停電もしばしばです。滞在中、一晩に3,4回も停電しました。幸い短時間で復旧しましたが、パソコンなんか使っているともう大変ですね。長時間だと冷蔵庫の食料品も心配です。
このようにロングステイの条件としてマイナス面のことを書きましたが、悪い点ばかりではありません。
まず人が優しい。素朴で素敵な笑顔で接してくれました。そしてカンボジア料理が美味しいのも見逃せない点です。基本的にタイ料理系なのですが、タイ料理ほど辛くありません。やや甘口の味付けで日本人に合っています。マーケットの食材も豊富で、近くのトンレサップ湖で採れた魚介類も並んでいて物価も安い。
メータータクシーは走っていませんが、トゥクトゥクやバイクタクシーで手軽に移動できます。慣れると風を受けて快適な交通手段ですね。
また郊外を走ると、アジアの原風景といった景色が広がっています。ゆっくり、まったりアジア好きな方は、はまってしまうかもしれません。
はじめてのシェムリアップ訪問で、僅かなことしか分かっていません。提供できる情報はこの程度ですが、発展途上の街ですので、これから少しずつ社会インフラが整備されると思います。一度アンコールワット観光を兼ねて、シェムリアップの街を自分の目で確かめてはいかがでしょう。
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March 13, 2007
滞在したアンコール・ホテル

その2
実際にシェムリアップの街を歩いてみると、シニアのロングステイはまだまだ難しいと感じました。その理由をいくつか。
まず住居です。ガイドさんの話によると、外国人向けのアパートやコンドミニアムはないとのこと。アメリカ人やフランス人、そして韓国人などの外国人は、一般的に一戸建てを借りて住んでいるそうで、家賃は500米ドル程度。カンボジアの治安は流動的なので戸建ての場合、セキュリティーなどの面も考慮しないといけません。そうするとホテルに長期滞在するという方法でしょうが、観光地のホテルですからそう安くはありません。中級ホテルで1泊50米ドルくらいからで、1ヶ月単位の契約については不明です。
過ごし方の面からいうと、娯楽施設はあまりなくゴルフ場に限られているようです。調べた限りでは2ヶ所。まず06年7月にオープンした「ポーキトラ カントリー・クラブ」。運営は高級ホテルのソフィテルロイヤルアンコールが行っていて、場所はシェムリアップ市内から車で40分程度のプオ・ディストリクトに位置しています。
2つ目は「アンコール・ゴルフリゾート」で、06年12月にオープンしました。空港とシェムリアップ市内の間、国道6号線のすぐ近くにあり立地が大変良い場所です。
しかし、ゴルフ以外にこれといった楽しみはなさそうなので、現地で何をするかが一番の課題かもしれません。シェムリアップ周辺にはアンコールワットはじめ、素晴らしいクメール遺跡が点在しているので、じっくりと遺跡巡りをしたり研究するには向いています。遺跡好きの方には最高の場所ですが、それ以外の方はさてどうするか? 短期間の滞在であれば観光していればいいのですが、長期間となるとすぐに飽きてしまうでしょう。
次は医療について。カンボジアは都市部でも医療機関の整備が東南アジアで最も遅れていると言われています。わたしが契約した海外旅行保険のガイドブックを見ると、プノンペンには2,3のクリニックがありますが、シェムリアップにはキャッシュレスで受診できる提携病院はありませんでした。市内にはジャヤヴァルマン7世病院やシェムリアップ州病院など割合大きな病院がありましたが、ただ医療技術レベルや日本語が通じるかは不明です。
しかし、現地で暮らすurikoさんの情報では、国際基準の総合病院「ロイヤル・アンコール国際病院」が今年5月にオープンするとのこと。同病院はタイでもトップレベルの医療技術を誇るバンコク病院と提携しているそうですから、医療面での不安がかなり解消されることが期待されます。
つづく
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March 12, 2007
バーストリート付近で

アンコールワット観光の拠点都市シェムリアップ(Siem Reap)。州の人口は約15万人。国際空港があり、バンコクやベトナム・ホーチミンへも多くの定期便が乗り入れています。市の南10kmには東南アジア最大の湖であるトンレサップ湖が広がっていて、生息する魚類の数は300種とも。
現在は永く続いたカンボジア内戦から平和を取り戻し、10年ほど前からアンコールワット観光が復活すると、外国人観光客が増加するにつれて観光客向けのホテルやレストランが次々に建設されています。観光業を軸に発展を続けているシェムリアップです。
07年2月、初めて訪れたシェムリアップをロングステイの視点で眺めてみました。事前にインターネットで調べたり、現地の旅行社やガイドさんにも聞き取りをしましたが、結論から言うと「日本人シニアのロングステイヤーはいない」ようです。ホテルや旅行会社など観光業で働く若い日本人が、生活している程度に止まっています。もしどなたか情報があれば教えていただきたいですね。
インターネットで探し当てたのですが、カンボジア生活をブログで紹介しているurikoさんに、日本人シニアのロングステイの状況や可能性を尋ねてみました。以下はurikoさんからのコメントです。
「シェムリアップは発展途上で、まだシニアがロングステイできるような環境にはないと言っていいと思います。働く外国人にとっても環境が整っているとは言い難く、外国人が快適に過ごせるようになるには、まだ時間がかかると思います。数日滞在するにはいいのですが、住むのにはちょっと・・・という感じでしょうか。
シェムリアップの日本人は200人位いるとか聞きますが、定かではありません。この街全体が観光業で成り立ってますので、ほとんどが旅行会社やホテルなど観光関係か、NGOや遺跡関連でしょうか。
プノンペンにはいくつかの高級ホテルが、ロングステイ用のプランを持っています。(ヒマワリ、インペリアル・ガーデン、インターコンチネンタル等)ちなみにインターコンは、1ヶ月2000$~だそうです。
シェムリアップでは、昨年から今年にかけて高級ゴルフ場が相次いでオープンしました。あとバンコク病院と提携している、初の国際基準の総合病院「ロイヤル・アンコール国際病院」が今年5月にグランドオープン予定です。
徐々にではありますが、環境は整ってきていると言っていいのかな?」
urikoさんのブログです。シェムリアップの生活の様子がよく分かります。
http://blog.goo.ne.jp/happy_uriko/m/200702
つづく
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February 24, 2007
人気の石垣島・川平湾

07年2月17日の西日本新聞に「移住ブームに石垣島参った」という記事が載りました。
移住ブームに沸く沖縄・石垣市で、個人の土地取引が急増している。今後の団塊の世代の移住も見越し、基盤整備が追いつかないなどのトラブルを懸念した市役所は、ホームページで注意を呼びかけている。
http://www.city.ishigaki.okinawa.jp/110000/110100/tochi/index.html
石垣市ホームページには、このように書かれています(抜粋)。
新石垣空港建設問題が解決し着工した今、土地取引が増加する傾向にあり「ミニバブル」と報道されています。
今回の土地取引増加は、企業資本だけでなく「移住」ブームを背景とした個人取引が増えている点にあります。マスメディアの過熱気味な「沖縄移住」情報等により、島々の温暖な気候や青い海、緑豊かな自然景観、独特な沖縄文化に憧れ、癒しを求めて移住される方々が増えています。
その受け皿として、既成市街地や集落近辺でのアパートやマンションなどの建築が増加しておりますが、島の全域で宅地以外にも農地の売買仲介を含む不動産物件が売買され、地価高騰の一要因と報道されています。
戸建てを望む多くの方々は、郊外の海の見える高台や、海辺近くでの土地確保や住宅建設を要望する傾向にあります。道路など一定の整備がなされた地域であればご希望はすぐにでも実現できますが、これまで住宅のない地域では、道路舗装や電気通信、水道などのインフラ整備がなされておりません。
折から団塊世代の大量退職を目前に控えています。つきましては、石垣島への移住を希望され、土地売買や住宅等建築を計画している皆様には、次の点にご注意いただきトラブルを未然に防いでいただきますようお願いいたします。「自己決定・自己責任」の原則は、行政用語ではありません。不動産購入の計画や実践は慎重に、自己責任が原則です。くれぐれもご注意ください。
以下、生活排水による河川や海の汚染、ばらばらの建築物建築によって自然景観を損なうなど、具体的な注意を促しています。その内容から「移住」ブームによる影響が、深刻になりつつあることが窺えます。
石垣島には、一度行ったことがありますが、暖かく食べ物も美味しくのんびりと過ごすにはとても住みやすそうな島です。確かに国内で移住するならこういう所だなと思いました。沖縄本島から遠く離れていても東京、大阪などへの空の定期便がありますし、石垣市はバス路線や病院などの基本的な社会インフラも整っています。
そして、何といっても日本語が通じる国内ということは、日常生活のコミュニケーションに困らないばかりか、医療保険や介護保険をはじめとする社会保障制度をそのまま享受できるということです。その意味では、何も海外へ飛び出す必要はないわけです。わざわざ海外移住のリスクを冒すよりも、国内に居ながら自分の目指す移住の目的が、石垣島で達成できるのであれば「移住」ブームが起きるのも当然かもしれません。
しかし、移住にあたっては、トラブルを起こさないことは当然として、現地社会に適応し、溶け込むことが重要になります。海外のロングステイでも同様ですが、 “住まわせてもらっている”意識が不可欠なのです。
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February 14, 2007
BTSチョンノンシー駅周辺

その2
2ヶ月間のロングステイ期間中、1回2時間のレッスンを週3回、英会話教室に通うのが日課でした。これで生活にメリハリがついたといいます。
将来の本格的な長期滞在に備えて、これまで日本でタイ語教室で学んでいたMさんです。タイ語ではなく、なぜ英語なのかについて、聞いてみました。「日本で勉強したタイ語を現地で使ってみても、なかなか実用にならないのです。タイ人の喋るスピードについていけないというか、聞き取れません。教室でのタイ語と実地のタイ語には、やはりギャップがあるということでしょうか。実際にタイで生活する中で、タイ人と日常的に交流しないと身に付かないものですね」とおっしゃいます。
そこでホテルやレストランなどでも通じる英語の方が実用的、と考えて英会話教室とのこと。それに日本語しか話せない日本人よりも英語を話せる方が、タイ人の接し方が丁寧であったり、評価が高くなり一目置かれることもあるそうです。
また、市内のネットカフェに定期的に通って、インターネットを使ったり、メールチェックすることも日課になりました。慣れない日本文字がないキーボードに悪戦苦闘しながらも、タイ人スタッフに教えてもらいながら、次第に覚えていきました。
日本にいる家族や友人たちと連絡をするのに、Eメールはシニアにとっても不可欠と言えるでしょう。とりわけ単身のロングステイの場合、孤立したり孤独を感じたりしないためにも、Eメールでの親しい人とのコミュニケーションは重要なことです。
他にも、チャオプラヤー川の水上タクシーを利用して、少しずつ行動範囲を広げていったり、これまで行ってなかった観光地にも現地の日本語観光ツアーに参加して過ごしました。
健康状態ついては問題ありませんでしたが、湿疹と目に「ものもらい」ができた時だけは、バムルンラード病院に通院しました。もちろん海外旅行保険を使ってのことで、もし大病を患った時に備えて、実際に現地の病院にかかることは、よい経験になったとのこと。
同病院は、日本語の通じる受付がある病院のひとつで、スムーズな治療が受けられたそうです。ちなみに皮膚科と眼科の診療費は、併せて4日間の通院で、日本円にして約15000円。
実はMさんは、BTSチョンノンシー駅近くのコンドミニアムを購入していて、08年の夏には完成予定です。「完成しても当分は日本と行ったり来たりの生活になるのかな」とおっしゃいますが、今後の予定は、健康状態など、その時の状況をみて考えるそうです。
今回のロングステイで「大きなトラブルや問題がなく生活できたことが、自分ひとりでも生活できる自信がついた」とおっしゃいます。つまり、きちんとした計画と準備、しっかりした宿泊施設に滞在して夜の一人歩きなどしないなど、安全面に気をつければ、単身女性のロングステイでも大丈夫だということです。これからロングステイを計画している方にとって、よいアドバイスになることでしょう。
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February 13, 2007
タイといえばプー・パッポン・カリー

このブログの№37・38に登場していただいたMさん(62歳)に久しぶりにお会いし、昨年秋のバンコクでのロングステイの様子について話を伺いました。
06年10月下旬からクリスマスまでの2ヶ月間、単身での長期滞在です。これまで息子さん家族や友人と一緒に1ヶ月程度のロングステイを何回か経験していますが、ひとりで長期間の滞在は初めてです。
日本からインターネット予約でプルンチット駅近くのサービス・アパートメントを手配したそうです。これまでの滞在経験で土地勘や現地事情も頭に入っていますので、サービス・アパートの予約も手馴れたもの。
サービス・アパートはバンコク中心地に近く、周囲には各国の大使館がある高級住宅街の立地です。女性にとっては安全なエリアというのも重要な要素になります。住居費はワンルームのステューディオタイプの部屋で1ヶ月15万円。小さなキッチンが付いていますので、自炊もできます。
食事は基本的に自炊。近くのセントラルデパートなどから豆腐や納豆、野菜などの食材を買ってきて、和風の食事を作っていましたが、それでも1日1回は、ランチを中心に外食を楽しむことに。ランチは手軽で美味しいフードコートを見つけて、好きなタイ料理を選んだり、夕食は同じ時期にロングステイをしていた友人夫妻と一緒に外食を楽しんだりと、食生活に変化を持たせる工夫をされたようです。
2ヶ月間の滞在中、外食で日本食(お寿司)を食べたのは1回だけとのこと。すっかりタイ料理に馴染んで飽きなかったそうです。特にココナッツミルクを使った料理が気に入っていて、トム・カー・ガイ(鳥のトム・ヤム・スープ)やグリーンカレーは定番メニュー。プー・パッポン・カリー(カニのカレーソース炒め)やソムタムなども欠かせないメニューです。
つづく
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February 04, 2007
チェンマイのサンデーマーケットにて

その2
同じくロバート・H・スガさんのコラム(CHAO 79号)からです。
チェンマイ・ロングステイライフの会(C.L.L)という組織がある。チェンマイでロングステイしている人たちの集まり「もういい会」から分かれた人たちである。
会員はチェンマイに個人で長期滞在するエリートと自認し、会員資格や会則は自らを律するに厳しいようである。しかしこれが行き過ぎたとも言えないが、会員個人の私生活や信条などに対する批判や食い違いで、役員や会員の間でいくつかの内紛を経験している。その結果、創立当時の役員や会員の中で、今でも会に残っている人は少ないと言われる。現在は会員間の親睦福祉をモットーとして、対外的な活動はほとんどないようである。(中略)
この他にも、地元情報誌には○○協議会とか××フォーラムなどと、日本人会員を募集している広告を見かけるが、多くは不動産販売などの企業が販促にために主宰するものが多いようである。
また、各種のボランティア団体、少数民族などを対象とするNGOがある。さらにスポーツや趣味教養の小さなグループもあるが、大きくなればトラブルも増え、分裂・解散があると聞く。
わたしもC.L.Lのチェンマイ・プラザホテル横の事務所(現在は移転)を訪問して、話を伺ったことがあります。ゴルフや趣味などの部会活動が盛んなこと、新しくやって来るロングステイヤーの相談に乗っていること、日本語の書籍の図書コーナーもありました。さらに、現地の詳しい生活情報を掲載した「チェンマイ 生活ガイド」まで発行しています。
確かにチェンマイ・ロングステイヤーの団体としては、しっかりした組織ですし活動も活発です。しかし、このコラムにもあるように、いろいろな方から会員間の内紛の話も聞きました。どの話がどこまで本当なのか、困惑してしまい、このブログの記事にはできないままです。
チェンマイにはたくさんの団体やグループがあるようですが、その一員になる場合、このような事実を認識しておくべきでしょう。また、前回に書いたように、せっかく日本のしがらみから解放されたと思ったら、チェンマイで新たなしがらみや人間関係に悩むことにもなりかねません。
あくまで、ロングステイは“独立独歩”の心構えが不可欠です。つまり、他人に頼り過ぎず、自己責任で行動することが肝要なのです。かといって誰とも付き合わないということではなく、現地で知り合った仲間や日本人社会とも適度な距離感を持って、交流するといいのではないでしょうか。
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February 03, 2007
チェンマイのターペー門

北タイの情報誌CHAO 76号に掲載されていた、ロバート・H・スガさんの「ロングステイ・チェンマイ」というコラムからです。
「日本人は群れたがる」とよく言われます。日本人は個人的な群れが目立つ一方、外国人のそれは宗教やチャリティのグループを作って社会的な活動をしているようです。(中略)
海外生活を目指す人々の中には、日本での複雑な人間関係やしがらみから、解放されたいと思っている人が相当数あります。しかし、実際に現地に来てみると、言語の習慣や違いから孤独や孤立を感じ出すようです。
日本語が聞こえて来ると「日本の方ですか?」で始まって、友だちの輪ができて広がっていく。しかし、こんな簡単な理由で発生した輪は壊れやすく、大きくなるに従って日本と同じしがらみどころか、いがみ合いに発展することもあるようです。
2003年、私はバンコクでロングステイをなさっている日本人シニア40数名に、アンケート調査をしたことがあります。
まず、海外から見た日本社会に対する意識を聞いてみました。 「日本では人間関係がわずらわしい」と思うが32%、「ややそう思う」を入れると69%と7割近い結果でした。会社や地域社会などの人間関係をわずらわしく感じる意識が、予想以上に高いことが分かります。このような意識が、ロングステイを実行する要因を後押ししているのではないかと考察されます。
つぎに「ロングステイの目的」についてです。回答をみるとロングステイの目的は多様で、いろいろな目的があるようです。中でも、日本の「しがらみや煩わしさからの解放」「現地の人たちとの交流」といった目的が、年代を問わず多い結果が出ました。つまり「解放志向」や「交流志向」が強いのです。もちろん「ゴルフ・スポーツなど」の活動的な滞在目的や、「自然の中でのんびり」という、のんびり志向も多いのですが。
このようにアンケート調査から、日本社会に対する意識やロングステイの目的に「日本のしがらみから解放されたい」という傾向が強いことが分かりました。
しかし、冒頭のコラムにもあるように、実際に日本のしがらみから脱出してきても、かえって孤独を感じたり、仲間やグループができても日本と同じような人間関係やしがらみに縛られてしまうことがあるようです。
バンコクではほとんどなかったのですが、チェンマイでのインタビューでは、このような話や事例をよく耳にしました。せっかくのロングステイ、上手くいくか否かを分けるのは、案外、現地での日本人社会との付き合い方や人間関係にあるのかもしれません。
つづく
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December 26, 2006
チェンマイのナイトバザールにて

その4
・今後の予定
まず「2年間ロングステイをしてみる、そしてその時点でどうするのか見直す」というのが、今後の予定だそうです。これは、あまりロングステイに賛成ではなかった奥さんと、できるだけ長い滞在を希望するご主人との合意点なのです。 しかし、Zさんは、そう長く住んでいなくても、この家が“我が家”のようだと、すっかりチェンマイでのロングステイに馴染んでいらっしゃいます。
また、将来的に二人の子どもたちに介護の面倒を掛けるつもりはないとのこと。その意味で、自分たち「団塊の世代」の将来の介護問題として「介護ケアのあるロングステイ・ビレッジ」のリサーチをして欲しいとの発言もありました。それは、元気な内から自分自身の将来の介護に対する準備を始めておこうという考えからです。
・まとめ
日本では仕事が忙しく、地域社会とあまり関わりがなく、身軽な立場だったZさん夫妻。それゆえ「リタイアしても地域の高齢者とライフスタイルが違うので溶け込めないし、また老け込んでしまいそうので地域のシニアグループに入りたいとも思いません」といいます。このように、定年後、Zさんと同じような意識を持つ同世代が多くなることが予想されます。
ある意味、Zさんは早期リタイアした後「自分の住む地域ではなく海外での生活を、団塊の世代の新しいライフスタイルとして実践している」といえるかもしれません。ロングステイが決してハードルの高いものではなく、いろいろな人生の選択肢の中のひとつだ、ということをZさんの話から強く感じました。
それを裏付けるように「友人と話をすると、我われ団塊の世代のロングステイへの関心は高いようです」とZさん。そこには、日本が汲々として住みにくくなっていることや、同世代が日本社会を冷静に観ていることも背景にあると思われます。さらに「これまで勉強でも仕事でも競争をしてきた世代ですが『もう競争はいいかな』という気がしています」とも。
団塊の世代がリタイアして、本格的にロングステイを始めると、これまでとは違う新しいロングステイのスタイルを作っていく可能性があると思います。これまでも、団塊の世代がその時代の新しい流れや文化を創ってきたように、ロングステイを新しいタイプのものに変えていくのかもしれません。
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December 25, 2006
チェンマイのフルーツ屋台

その3
・チェンマイでの過ごし方
「タイ社会に対しては『お邪魔させてもらっている』という感謝の気持ちを持って滞在しています」とZさん。その根底には、20数年前ドイモイの時代のベトナムに滞在したことが原体験になっているといいます。
普段は庭の手入れをしたり、ドライブに出かけたりと少しずつチェンマイの生活にも余裕が出てきて、Zさんは“男の料理”に取り組み始めました。奥さんのお得意が和食ならば、ご主人は「北タイで食べる南イタリア料理」を目指していらっしゃいます。
実はお邪魔したこの日のランチに、美味しい南イタリア料理をご馳走になりました。「冷製リゾット」や「フレッシュトマトで和えた極細麺のスパゲッティ」など数品、どれも自ら腕を振るった本格的な料理ばかりです。とてもチェンマイに来てから始めたとは思えない味で、料理へのこだわりが窺える逸品でした。今後、ますます料理の腕を上げられるに違いありません。
日本では、ほとんど厨房に立つことはありませんでした。仕事で忙しかった時には、できなかったことを何かやってみる、挑戦してみる、その具体的なものが“料理”だったという訳です。
Zさんは、 “田舎暮らし”への憧れが強く、日本国内でも地方を回っては田舎暮らしの適地を探していました。結局いくつかの候補地の中からチェンマイを選択したのですが、チェンマイでの生活に余裕が出てきたら、より自給自足的な生活や心豊かな生活をしたいという思いを実現するために、さらに北方の町チェンダオでのロングステイも検討しているといいます。
チェンマイでの付き合いは親しい友人に限定して、日本人社会とは適度の距離感を保って過ごしています。ロングステイのグループや団体にも参加していません。
せっかく日本の人間関係から脱出してきたのに、チェンマイでも日本と同じような社会関係や人間関係に関わりたくないというのが正直な気持ちなのです。チェンマイの日本人社会は狭いので、例えば誰と誰とが食事をしていたというような話まで、すぐに広まってしまうといいます。 「日本人は『噂話と元の肩書き』なしでは、会話が成り立たないことが多いのですよ」とZさん。
つづく
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December 22, 2006
Zさんのご自宅

その2
ロングステイの状況
現在はチェンマイ市街地のムバーン(一戸建ての住宅団地)内の賃貸住宅に、日本から連れて来た大型犬と2匹の猫と一緒に生活しています。
まず、今年1月の1ヶ月間、ロングステイの下見と体験を兼ねてチェンマイのコンドミニアムに滞在しました。その時、チェンダオに住む旧知の日本人の友人に、この住宅の紹介から契約まで手伝ってもらい、3月末より本格的にロングステイを開始したのです。
築25年と少々年数を経ていますが、堂々とした風格のある洋風のお屋敷です。4ベッドルームに4バスルーム、敷地面積80坪。これで家賃は月に25000バーツ(約75000円)と格安です。
一切の家具は、気に入ったものを見つけてはこちらで購入。家電製品も同様です。ですから初めの2ヶ月は、家の手入れや家財道具を揃えたりと多忙な毎日だったそうです。
毎月の生活費は20万円を目安に考えていらっしゃいますが、まだ滞在し始めて日が浅いので、何かと出費がかさんで30万円ほどかかっているそうです。しかし、このムバーンは市内中心街にも近く、静かで落ち着いた雰囲気なので大変気に入られているとのこと。
ご夫妻ともタイ料理が大好き。庶民的な屋台料理にも慣れて、お昼によく食べに行きますが、ふたりでだいたい100バーツで済むそうです。また、チェンマイで手に入る野菜やフルーツは新鮮で美味しく、滞在中の食生活は不自由なく満喫されているようです。
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December 21, 2006
バンコク上空からチャオプラヤー川

ロングステイのきっかけ
06年8月、この3月からチェンマイでロングステイ中のZさん夫妻のご自宅を訪問しました。Zさん(58歳)は1948年生まれの団塊の世代。日本には就職している息子さん2人を残して、3歳年上の奥様とふたりでの長期滞在である。なお、双方のご両親ともに既に他界されているとのこと。
Zさんの趣味は、車のコレクションと奥様という愛妻家である。一方の奥さんは料理、特に和食が得意だそうです。日本では経理を担当する奥さんと自営業を営んでいたので、自宅とオフィスの両方で、ずっと夫婦一緒の生活を送ってきた。ということで、ご夫妻の仲の良さがうかがえます。
若い内でないとできない仕事だったので、Zさんは60歳を前に早めに廃業することにしました。かといって転業して他の仕事をするつもりもなく、リタイア後のライフスタイルとして興味があり、数年前から研究していたロングステイを実行することにしたのです。奥様は「仕事か何かしていないと早く老けてしまう」と初めは反対でしたが、Zさんの決心は変わりませんでした。
夫婦とも都心のオフィスで働いていて地域社会との関係は希薄だったので、リタイア後どこで生活しても一から人間関係を築くことになること、そしてふたりの息子さんも、両親と離れて生活することで自立するだろうという思いもあったといいます。
ロングステイの候補地として、オーストラリアや将来介護の面で安心なフィリピンなども考えましたが、新婚旅行でタイを訪れて以来、プーケットやサムイなどリゾートを中心に何度か家族旅行で来ていたこと。
また、Zさんは何度かバイクで1ヶ月単位のツーリングをして、タイ国内のほとんどを回った経験があって慣れていたこと。さらに、恵まれている人がそうでない人を援助する仏教の“タンブンの精神”が気に入っていたことなどもあって、タイ・チェンマイを滞在地に決めたといいます。
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December 15, 2006
チェンマイのフォーシーズンズ

06年12月12日の朝日新聞に「『セブで老後』実は土地未購入」という記事が載りました。
リゾート地として有名なフィリピン・セブ島に分譲住宅を持てるという募集に応じて、契約金を支払ったものの、
計画が実行されていないとして、契約者が現地法人を実質的に経営していたフィリピン在住の日本人らを相手取って民事訴訟を起こす、というものです。
被害者は50~70代の退職者。「24時間マンツーマン介護システムや現地病院とも提携している」ことが魅力だったのですが・・・
さらに記事では、こう書いています。
海外で老後を過ごすロングステイセミナーには、団塊の世代が目立つ。最近、物価が安く医療や介護が充実してきた東南アジアに人気が集まっている。
その一方、トラブルも絶えない。不動産売買をめぐる例が最も多く、不当に高い値段で不動産を購入させられたり、他人名義で物件を登記したりするケースがあるという。他国でのトラブルのため、泣き寝入りするケースが多い。
海外のリゾート地などに長期滞在する「ロングステイ」が関心を集めているが、専門家は「今回のトラブルは氷山の一角」だとして注意を呼びかけている。そのため「バンコクなどでは、数ヶ月滞在できる賃貸マンションの建設が相次いでおり、そのような施設で暮らしてから選択することを勧めたい」とアドバイスしています。
“日本人が日本人を騙す”トラブルが、新聞に大きく取り上げられました。チェンマイでは、このようなトラブルを時々聞いていたのですが、フィリピンでも同じような被害が起きました。来年からの団塊の世代の大量退職に伴って、同様な被害が増える恐れがあります。
被害者には専門家の1級建築士の方もいたのですが、 「海外の物件なので、得られる情報が少なかった」とおっしゃいます。また、他の被害者は「日本人なのでつい信用した」とも。実は“日本人だから”というのが、落とし穴なのです。タイでは日本人は土地を購入できまないように、海外では不動産取引についての契約や法律が違うことも多いのです。
アドバイスにあるように賃貸のコンドミニアムなどで、何回かロングステイを体験してみて、自分に合った滞在スタイルを見つけることです。くれぐれも“うまい話”には飛びつかないようにしましょう。
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December 01, 2006
チェンマイのナイトバザール

その2
チェンマイでの過ごし方のひとつして始めたのが、ブログによるロングステイ情報の発信でした。「何もやることがないのも困ります」と板垣さん。自分でビザを取得するのに苦労した経験から、困っている人に役立てばという思いから情報を提供することにしたのです。 タイではビザ関係の法律や運用がよく変更になるので、その都度最新の情報を提供されています。
ほぼ毎日ブログに記事を載せていて、他にもチェンマイの生活情報から入院した時の体験談や医療費のことまで幅広い話題に及びます。ご自身の経験から書かれた記事は、数多いチェンマイ関連のブログの中でも大変参考になりますし、貴重なものです。
チェンマイのロングステイについて、いろいろなアドバイスをいただきました。
・食事について
板垣さん自身、タイ料理は大丈夫なのですが、シニアとりわけ単身男性にとって食事が合う合わないは大きな問題だといいます。夫婦の場合は日本食を中心にして自炊ができますが、シニア男性には毎日自炊をすることはかなりのハードルになりかねません。
・騙されないコツ
「特定の人だけを信用しないこと」「人に頼りすぎないこと」とズバリおっしゃいます。 “日本人が日本人を騙す”とよく言われるチェンマイです。やはり自主独立というか独立独歩の心構えが重要だということです。
今後とも単身男性のロングステイヤーの増加が予想されるとおっしゃいます。それは、日本社会の歪みから脱出したい人や家族などのしがらみの少ない単身男性はタイにやって来やすいという理由です。言い換えると、日本から流れてくるという意味ではなく、人生の選択肢として第2の人生をチェンマイで暮らそうというシニアが増えるというのです。そして、高齢期をひとりでは生きていけない日本人男性が、タイ女性をパートナーにしてタイ社会に溶け込むようなケースもあるでしょう。
ただし「いずれの場合でも有意義に時間を過ごせるかが、大きな課題になります」と板垣さん。
最後に、板垣さん自身もそうなのですが永住志向の方にとって、「ロングステイ・ビザが認められなくなると長期滞在できなくなりますから」とビザの関する法律の変更が一番不安なことだと付け加えられました。
板垣さんのブログ「チェンマイ雑記帳」
http://blog.chiangmai-life.net/
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November 30, 2006
板垣トシオさん

チェンマイからビザの取得などロングステイに関する詳しい情報をHPやブログで発信している板垣トシオさん(56歳の独身)。06年8月、チェンマイの日本人ロングステイヤーが多く住むアパートでお会いしました。
チェンマイでロングステイ・ビザ(OAビザ)を取得してから3年3ヶ月の長期滞在になる板垣さん。日本ではコンピューター会社でシステム・エンジニアとして活躍していたが、深夜まで残業が続く毎日を送っていた。仕事のストレスや緊張感から酒を飲まないと眠られないほどの激務だったといいます。
そんな時にできた会社の早期退職制度に応募して、チェンマイでロングステイを始めることにしたのです。日本では早期退職して何もしていないと、世間体や周りの目がうるさいので、日本のしがらみから脱出しようと思ったのが、ロングステイのきっかけでした。
チェンマイへは8年前に休暇で旅行に来たことがあり、それ以来のタイ人の友人もいて馴染みがあったので、滞在地にしたそうです。東京の自宅はそのままにし、生命保険も海外で適用される契約だけを継続し、医療保険はタイで新規に契約することにしました。
「日本で遣り残した仕事は何もない」。敗残兵ではなく、やることはやったという思いが強いので、チェンマイにやって来て精神的にずいぶん楽になったといいます。 「こちらに来て本当によかったです。お陰でいつも見ていた勤めていた会社の夢を見なくなりました。チェンマイの生活の方が、よっぽど人間らしい暮らしです。過労死してもおかしくない日本社会の方が異常ですよ」としみじみと語られました。
ストレスがなくなって、無理に飲んでいたお酒の量も4分の1に減り、タイの居酒屋バービアで楽しみながらお酒を飲めるようになったといいます。そして「先のことはどうなるか分からないが、用事があるとき以外は帰国するつもりはない」というのが、現在の心境だそうです。
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November 24, 2006
チェンマイのフォーシーズン・リゾート

今年8月、チェンマイを訪問した際にお会いしたTさんにチェンマイのロングステイ事情について、お話を伺いました。Tさんはシニアではなく、まだまだ現役世代。その中で印象に残ったのが、今後ロングステイを検討している方へのアドバイスです。
Tさんは「シニアの方は『自分が要介護状態になったらどうするか』をちゃんと考えてから来てください」と力説します。ロングステイ中の危機管理や態勢をどうするかが重要だといいます。つまり“リスクマネジメント”の問題です。
具体的には医療・生命保険の証券、預金通帳など大切なもの保管場所、そして緊急時の連絡体制や、介護が必要になった場合のことを子どもと十分話し合っているか、などです。 また単身での滞在の場合、お互いの健康をチェックし合える信頼できる友人がいるかも重要なポイントになります。
一方、子どもの側からも、ロングステイ中に親が倒れた時「誰が世話をするのか、介護はどうするのか」を想定していないといけません。
実はTさん自身、実父の介護の問題に直面した経験を持っているのです。リタイア後バンコクに滞在していた父親が、脳内出血で倒れたため、Tさんのいるチェンマイまでの搬送や病院での療養生活、その後の自宅での介護まで、大変な経験だったといいます。
「予期せぬ緊急事態が実際に起きた時、どう対応するのか、事前に検討したり準備して置かないといけない」とおっしゃるTさんの話は、実体験に基づいているだけに説得力があります。
今は元気であっても急病や事故などに遭った時どうするのか、滞在中のリスクマネジメントの重要性を改めて実感したTさんのアドバイスでした。みなさんも実際に起こり得ることとして、一度考えてみましょう。
なお、Tさんの奥様が介護の状況を綴ったブログが公開されていますので、参考までに。
「海外介護奮闘記」
http://care.licnx.biz/
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November 15, 2006
日本語教室での授業の様子

その2
「これからの人生を悔いの残らないように生きたい」、これは篠原さんの希望であり、今後の目標でもあります。もっとやりたいことがあると意欲満々です。それは「自分で日本語教室を開設して、タイの社会に役立ちたい」という夢です。
近況をお聞きすると、バンコクから西へ車で1時間ほどのナコン・パトムに家を新築して、来年夏には完成予定とのこと。1000坪あまりの敷地に自宅と野菜農園、そしてここに日本語教室を開いて地元の子どもたちに教える計画だそうです。この辺りの事情は今夏テレビ放送されたので、ご存知の方も多いと思います。
タイ人のパートナーと一緒に、彼女の実家のあるナコン・パトムで、第二の人生をスタートしようとされています。「自分の人生を大切に」しながら、新天地でこれからの人生を切り拓こうというのです。そこには、タイ人女性が目的というのではない、新しいタイプのシニアの生き方を感じさせられます。つまり「生涯現役で明るく前向きに生きていきたい」といった意欲が感じられるのです。
テレビの録画を見たある方は、「あれだけの突き抜けた自由さと明るさが、シニア世代こそ必要なのかも」と感想を述べられました。まさにその通りで、篠原さんの個性だと言ってしまえばそれまでですが、「物事にこだわらない、明るい性格」は大いに見習うべき点です。
「高齢者だから、シニアだから」といった思い込みやレッテルを貼るのではなく、「シニアでもできることは何でもやってみる」姿勢にこそ、“明るく元気なシニアの生き方”のヒントがあるのではないでしょうか。
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November 14, 2006
ますますお元気な篠原さん

バンコクに行くと必ずお会いするのが、篠原さん(69歳)です。これまでも何度かブログで紹介しています。今年8月にもタイムズ・スクウェアのタイレストランでお昼をご一緒しました。わたしが地元福岡の西日本新聞や東京のテレビ局に紹介し、ご協力していただいたことへのお礼を兼ねての再会です。
毎年ロングステイ・ビザを更新しての長期滞在ですが、この10月でバンコクでの単身ロングステイは満4年になり、5年目を迎えています。
篠原さんのロングステイの目的のひとつは、日本語を教えることです。毎週土曜日、日系の人材派遣会社でタイの若い人たちにボランティアで日本語を教えています。
週1回の日本語教室で不規則になりがちな生活にメリハリが付き、若い人たちと接することで、いつお会いしてもハツラツとされています。この辺りが、篠原さんの“元気の源”のようです。
篠原さんのモットーは「元気でいきいきと生活すること」、あと10~20年は健康に生きたいといいます。“太く長く生きて、ポックリ逝く”、それが理想だそうです。そのためには、自分の生活に責任を持って生活することを心がけています。
永住志向の篠原さんは、日本の健康保険と介護保険を脱退しています。実質的に日本の医療や介護サービスを受けるチャンスがないというのがその理由ですが、健康管理も自己責任という考えからです。
年金のタイへの送金手続きからロングステイ・ビザの更新まで、自分のできることは何でもやる篠原さん、その姿勢はロングステイにとって重要な要因だと教えられます。
なお、タイの若い人たちに日本語を教えている篠原さんの記事が、西日本新聞のHPに載っています。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/longstay/
つづく
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October 31, 2006
リゾートから見える田園風景

その2
旅装を解きシャツとショートパンツになって、ベランダの椅子にゆっくりと足を伸ばすことにしました。屋台で買ってきたガイヤーンの串焼きをつまんで、ビアチャーンで喉を潤します。ようやく人心地がついてきました。
午後の時間をボーとして過ごします。ヤシの枝を揺らす風が心地よく、鳥のさえずりがあちこちから聞こえてきて、ハチドリのような小さな鳥も木々の間を飛び回っています。プルメリアの白い花やコテージの間に植えられた緑を眺めながら過ごします。ベランダの椅子に腰掛けのんびりしていると、まったりしてきてビールのせいもあるのでしょうが、だんだん眠気に誘われます。
日本から遠く離れたタイの片田舎で、 “何も考えず、何もしないで過ごす”というのは贅沢な時間です。こうしているとゆっくり時間が流れているようです。 頭の中を空っぽにしていると、取りとめのない想いが浮かんでは消え、また脈絡のない想いがひとつ浮かんできます。それは遠い昔のことだったり、これから先何をしようかなといったぼんやりしたものだったりです。
いつも慌しい生活に慣れていて、のんびりなどできないかもと思っていたのですが、案外そうでもありませんでした。自然と気持ちが落ち着いてくるから不思議です。
日本の日常生活から切り離された場所、つまり非日常的な空間と時間の中に身を置いてみる、身を任せてみるというのは、実際こういうことなのだと初めて感じたのでした。
たった2泊の滞在でしたが、退屈することなく過ごすことができました。日常的な物事やしがらみから遮断され、何もせずにボーとしてみる。そして自分自身を振り返ったり、見つめ直したりしてみる。そんなロングステイの過ごし方をお勧めします。意外な気づきや発見があるかもしれませんよ。
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October 30, 2006
タイ式コテージが並ぶ

今年8月、バンコクから北西へバスで2時間余り、スパンブリー県にある「バーン・タイ・リゾート」に2泊しました。 国道から徒歩で10分くらい入り込んだ場所にあり、田園地帯が見渡せるタイ式のコテージホテルです。
わざわざこんな片田舎のリゾートに行くかというと「何もしないで、ボーとする」ことが目的です。 タイの滞在中、しっかりスケジュールを入れていて、いつも慌しく動き回ります。日本と同じペースで行動するので、タイでのんびり過ごしたことは、ほとんどありません。また、普段何もせずに過ごす習慣がないので、たった2泊といっても本当に退屈せずに居られるのか、早く帰りたくなるのではと、行く前から少々不安な気持ちです。
午後2時半に到着。でもフロントには誰もいません。さすがタイの田舎のリゾート、のんびりしています。フロントの前がオープンエアのレストランになっていて、その先には長閑な田園風景が開けています。またレストランの隣は大きなプールで、いかにもリゾートホテルの雰囲気です。
ようやく買い物から帰ってきたフロント係のラモーンさん。チェックインして、2泊分の宿泊料2300バーツ(約6900円・朝食付き)を先払いします。平日だと1泊950バーツというプロモーション価格もあるようです。
高床式のタイスタイルのコテージが約20棟ほど並んでいて、フロントに近いコテージに案内されました。部屋の下のコンクリートの土間には、切り出した大きな木を利用したテーブルと椅子があり、ハンモックも設えてあります。ハンモックは子どもの頃の憧れでしたから、ここで昼寝をしたら気持ちいいことでしょう。
こじんまりしたコテージの階段を上がり室内へ。木製の床に竹を編んだ壁、室内はシックな色調で統一されていて、いかにもアジアチック。真っ白なカーテンとベッドのシーツがひと際清潔な印象です。
エアコンは付いていますし、NHKは見られませんが小さなテレビと冷蔵庫もあります。毎日ミネラルウォーターが2本サービスされて、冷たいビールも飲めるので一安心。バスルームは広く、お湯もちゃんと出ますので大きなバスタブにゆっくりと浸かれそうです。これにドライヤーと歯ブラシがあれば言うことなしですけど・・・
でも全体としては、シンプルですが好感の持てる落ち着いた部屋で、快適に過ごせそうです。
つづく
「バーン・タイ・リゾート」のHP
http://www.buffalovillages.com/en/showbaan/th_resort_promote.htm
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October 28, 2006
ワット・ポーの涅槃仏

その4
ロングステイの「喪失と解放、再構築、再創造」という3段階の機能が、新旧の社会的役割をより円滑にシフトさせるという仮説は、まだ実証している段階です。それは、タイの場合、より長期や永住志向が強く日本に帰国した方が少ないからです。
しかし、海外の生活環境に身を置くことで、地位や肩書き抜きの個人として生活するトレーニング効果が十分に期待できます。ロングステイ後、日本に帰国して地域社会との関係が変化し、脱会社人間として地域社会にソフトランディングできる可能性が高くなるのではないでしょうか。言うならば、職業社会から地域社会へ移行する過程で、ロングステイが中間緩衝材の役割を果たすことになります。
まとめとして、ロングステイが、新しい社会的役割を再構築し再創造することそのものに、社会的な価値や意味があるといえるでしょう。加齢にともなう社会的役割の移行・縮小過程において、ロングステイが新しい生活行動として現われ、その役割や機能を担っているのです。
さらに、ロングステイの機能が個人への機能に止まらず、急速な高齢化が進展する日本社会において、マジョリティとなりつつある高齢者が変化することで、社会が変わり、社会全体が変容する可能性があると考えます。
したがって、高齢社会への適応や順応という課題に対して、ロングステイは社会的役割を再社会化し再統合する機能を有する、先端的・先駆的な一事例であると同時に、ひとつの示唆を与えているともいえるでしょう。
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October 27, 2006
チャオプラヤー川

その3
地域社会にハードランディングしないために、 “個人としての生き方”を探すきっかけのひとつとして、海外でのロングステイは有効な方法だと考えます。
ロングステイにはいくつかの機能があるのですが、ここではロングステイを経験した本人に対する効果や機能に焦点を当てて話を進めます。
仕事中心の人生を送ってきた、いわゆる会社人間の男性にとっての定年後の役割実験として、ロングステイを捉えることができます。つまり、ロングステイは会社人間であった定年後の男性によく当てはまり、より効果のある限定的なモデルと考えられるのです。
なぜなら、定年まで仕事という社会的役割を中心に生きてきた男性は、定年と同時にその職業役割を喪失するため、職業役割に取って代わる新たな社会的役割を創出する必要性に迫られます。この移行期間において、ロングステイが社会的役割を再構築(リストラクチャリング)する機能を果たしているからです。もっともこの機能は、本人がそのように意図する場合にプラスの効果を持つ機能ではありますが。
インタビュー調査の事例から、ロングステイは、第1段階の日本での生活や社会の基盤から離れて、第2段階の海外での生活をとおして社会的役割を再構築し、第3段階である帰国後の生活で、これからの人生に活かす新しい社会的役割を再創造する機能があると考えています。
それは、ロングステイに伴う日本の社会構造からの解放というインパクトが、本人を一旦日本社会から切り離した上で、その関係性のない海外という異文化の空間と時間を媒体として、改めて社会との関係や社会的役割を再検討する機会を与えているからです。これまでの日本社会との関係性から切り離され解放されるからこそ、これからの新しい社会的役割を発見しようとするのです。
このように、定年後の社会的役割の縮小過程において、 「喪失と解放、再構築、再創造」というロングステイの3段階の機能が、ひとつの組み合わせとなって新旧の社会的役割をより円滑にシフトさせる機能を担っているという仮説を提示することができます。
つづく
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October 24, 2006
イサーン地方のピマーイ遺跡

その2
では「会社人間」だった男性が、具体的にどのようにして地域社会と接点を持つことができるかという問題を考えてみたいと思います。
会社や組織の一員として上下関係を中心とした“タテ社会”を生きてきた男性が、自分の住む地域社会、つまり個人と個人つながりが重要視される“ヨコ社会”の一員として、定年後の第二の人生を歩むことになるわけです。
スムーズに地域社会に溶け込むことができればいいのですが、肩書きがなくなってひとりの個人として、地域社会の人たちと接することはなかなか難しいようです。永年その地域で暮らしていても、ご近所の人の顔を知っているくらいで、ほとんど交流がないという人が多いからです。
これまで学校のPTA活動や地域活動を通して、横のネットワークを築いている奥さんたちと比べると、会社中心に生きてきた男性にとって地域でのネットワークは十分とは言えません。
そこで「会社人間」から地域に根ざした「地域人間」へのシフトすることが必要になってきます。趣味を通して仲間を作ったり、地域活動やボランティア活動に参加してみることもいいかもしれません。また地域の問題に取り組むNPOを立ち上げたり、コミュニティ・ビジネスや起業することもあるでしょう。自分の興味や関心のある分野の活動に参加することで、仲間ができて地域社会との関わりを持つきっかけになることでしょう。これ以外にもいろいろなきっかけや方法があると思います。
ただしここで重要なことは、永年身についた肩書き付きの生き方から、素のひとりの個人としての生き方にチェンジできるかということです。現役時代から少しずつ趣味やボランティアなどで、仕事以外の活動や仲間を広げて、“個人としての生き方”を準備してきた方は、定年を迎えても地域社会にソフトランディングしやすいでしょう。
しかし、そうでない方にとっては「会社人間」から「地域人間」へ上手くシフトできるかというと、そう簡単ではないと思われます。自己紹介で「昔、○○会社の○○部長をしてました・・・」ということでは地域社会に溶け込めないのです。
つづく
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October 23, 2006
アユタヤのワット・チャイワッタナラーム

2007年から「団塊の世代」が定年を迎え始めます。約700万人ともいわれる世代です。その多くは定年後も働き続けると思われますが、多様な価値観を持つ世代でもあります。NPO法人を立ち上げたり起業する人、ボランティアや地域活動などで、第二の人生を送ろうとする人たちも出てくるでしょう。そして、リタイアして趣味に専念したり、田舎暮らしや海外のロングステイを始める人など、様々です。
すでに定年後の生活計画を立てて十分な準備をしている方もいらっしゃるでしょうが、どのようにして過ごそうかと青写真を描けないでいる方も少なくないでしょう。仕事中心の人生を送ってきた、いわゆる「会社人間」や「仕事が趣味」タイプの方に多いのではと容易に想像できます。
「会社人間」タイプの人が、定年後の人生をどのような生き方をするのかは大きな課題です。人生80年時代ですから、後20年をいかに生き生きと過ごすのかは、本人の問題というだけでなく、家族や地域社会にとっても深く関係しています。
急速に進行する少子高齢社会においては、シニアが孤立するのではなく地域社会と関わりやつながりを持って生きていくことが重要です。支援や介護の必要な高齢者は地域や社会全体で支える。そして元気なシニアは、何らかの形で地域社会への役割を担っていたり貢献したりする、その結果として、人に喜ばれ感謝されることで、本人もやりがいや生きがいを実感できることにつながるでしょう。
「シニアも社会を支える一員として生きる」ことは、本人にとっても地域社会にとってもプラスです。暗いイメージで語られることの多い少子高齢社会ですが、豊かで成熟した高齢社会にするには、マジョリティーであるシニアがいかに地域や社会と関わっていくかに懸かっているのではないかと思うのです。
つづく
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October 17, 2006
チェンマイ大学のキャンパス

チェンマイの日本人滞在者というとシニアのロングステイヤーが注目されることが多いですが、若い留学生も多いようです。チェンマイにはいくつかの大学がありますが、国立のチェンマイ大学は、世界15カ国の大学と国際交流協定を結んでいて、その数は70を越えています。
このうち交換留学の制度を設けている日本の大学も多く、特に少子化で生き残り競争が激しくなっている私立大学などは、大学の特徴にしたり学生に訴求する狙いもあって留学制度の導入に積極的なようです。日本の大学に在籍したまま、留学協定を結んでいる大学で取得した単位が卒業単位に認められる制度もあります。
このような制度は、留学中も休学する必要のないことが魅力になっていて、学生の留学促進に一役買っているようです。たとえばタイ語の語学研修を目的にしたり、タイ北部や山岳地方でのフィールドワークを通して、タイの社会問題や文化に関する研究など、いろいろなテーマに取り組むことができます。
わたしのブログにも、タイに関する研究をしている大学生や大学院生から問い合わせのメールが入ることがあります。チェンマイに長期滞在する日本人を色々な研究テーマからアプローチしようとする学生たちです。その都度、意見交換をしていますが、なかには現地で活躍する日本人の方やボランティア団体を一緒に取材や調査したこともありますし、また卒業論文のアドバイスをした学生もいます。
わたしが知る限り、チェンマイはじめタイに留学する学生は、男子よりも女子学生の方が多いような気がします。
もちろん欧米の英語圏の留学が一番多いのでしょうが、タイなどの東南アジアも隠れた人気があるようです。
チェンマイでの留学経験がきっかけとなって、タイが気に入って何度も訪問したり、長期滞在する学生もいます。
わたしの知り合いの学生も例外ではなく、タイ・フリークになったり、バンコクで働くことになった女子学生もいます。チェンマイで歩いている若い日本人は、案外このような留学生なのかもしれません。
どうもタイにはまるのはシニアばかりではないようですね。
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October 06, 2006
チェンマイ旧市街の城壁

その3
「ロングステイしてみて自分が変わったところ」を聞いてみました。
「『毎日が日曜日』が身に付いてきました」とご主人。チェンマイで暮らしてみると、時間がゆっくりと流れている感じがするといいます。永年の会社生活から解放されて、タイ式ののんびりしたライフスタイルに慣れてきたということなのでしょう。
奥さんは「日本にいる時のような煩わしい付き合いがなくて、精神的に楽に暮らせる」とおっしゃいます。 夫妻ともに既に老親はなく日本には兄弟だけなので、それほど親戚付き合いをしていないし、特に年賀状も出していないそうです。日本を出発する時には、家具などの生活用具一式を処分してきたといいます。
荷物が多かったこともあるのでしょうが、日本でのしがらみを断ち切る象徴的なことのような印象を受けました。
また、朝食はご飯と味噌汁の和食ですが、タイ料理は口に合っていて夕食を外で楽しむことも多いとか。その分夕食の支度をしないで済みますし、暖かいタイでは掃除や洗濯も含めて家事が楽なのは、女性にとってありがたいとおっしゃいます。家事の負担が軽くなったというのも、精神的に楽になった要因のひとつのようです。
海外駐在を含めて転勤が多かったTさんご夫妻。「リタイア後、どこで暮らすのか」に対する答えとして、タイでのロングステイを選択しました。日本の地域社会で新たな交友関係や人間関係を構築するよりも、精神的に解放される海外での生活を選んだのです。親戚をはじめ、地域社会での煩わしい付き合いが、リタイア後の生活にとって少なからず阻害要因になっていることが窺えます。
これはTさんご夫妻に限ったことではなく、地域社会とどう関わりながら生きていくのかは、仕事や会社中心から地域社会中心になるリタイア後の生活にとって、現役時代より大きなウェイトを占めることになります。
地域社会の一員としてどのように地域に根ざして生きていくのか、あるいは海外でのロングステイを人生の選択肢のひとつにするのか、これから定年を迎える世代にとって、意外に大きな課題なのかもしれません。
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October 04, 2006
チェンダオのエレファント・トレッキング

その2
チェンマイでのロングステイ
ご主人は、趣味のスポーツ(テニス、バドミントン、ゴルフ)を通して現地で知り合った友人たちと楽しむ毎日です。お話を伺った日もテニスの後のようでしたが、週に3回テニスで汗を流すそうです。テニスコートの使用料が40バーツ/時と安く、手軽に楽しめるのもタイならではです。日焼けした顔と引き締まった身体から実際の年齢よりも若く見えますし、生き生きとされています。
一方奥さんは、山岳民族のカレン族の中高生たちと交流していらっしゃいます。チェンマイで中学・高校に通うカレン族の生徒寮を作って運営している日本人の方がいて、その生徒たちと交流しているそうです。
日本人のロングステイヤー18名の会員が集まり、毎月1回例会を開いて、この生徒寮の支援をしています。例えば、お正月には門松や雑煮を作って日本文化を紹介したり、チェンマイ動物園に連れて行ってあげたりと、年数回のイベントを開いています。
また、普段も会員同士のお付き合いがあって、交友関係の輪が広がっているようです。
今後の予定を尋ねると、 「元気な内はチェンマイに滞在していたいですね。チェンマイ人の笑顔が素敵で、柔らかく接してくれるんです」と奥さん。 チェンマイは緑が豊かで、湿気が少なく気温も高くなくて過ごしやすい。物価が安く、そして昔の日本の雰囲気が残っていることも気に入っているそうです。
ただし、歩道に段差があって歩きにくかったり、道路が横断しにくいといった欠点もあるそうですが。
つづく
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October 03, 2006
チェンマイのナイトバザールにて

06年8月、2年前からチェンマイでロングステイをなさっているTさんご夫妻に話を伺った。
ご主人(67歳)は、永く勤めた会社を60歳で定年退職した。その後再就職してアルバイトとして働いたが、2年前にリタイアしたのをきっかけに、タイでのロングステイを実行に移しました。
奥様(61歳)は専業主婦。ご主人の現役時代、家族でブラジルに6年間駐在したことがあり、海外生活の経験がロングステイへのハードルを低いものにしているといいます。言葉が通じるポルトガルでのロングステイも検討したが、飛行機で16時間と遠いので躊躇した。しかし、何よりもタイ・フリークの娘さんの強い勧めがあって、タイを選択したとのこと。
実際に暮らしてみると、ブラジルと同じ赤土の大地で風土が似ていて、タイに親しみを感じているとおっしゃいます。
04年5月から2ヶ月間バンコクに滞在したが、暑くて騒々しいのでロングステイ地としては向いてなかった。バンコクでは「タイロングステイ日本人の会」に入会し、チェンマイのロングステイ情報が入手できたので、そのままチェンマイへ。
チェンマイでは、現在シェラトンホテル近くのコンドミニアムに滞在している。2ベッドルームで家賃は14000バーツ(約42000円)、毎月の生活費は15万円前後だそうです。ちなみに岡山の自宅は貸しているとのこと。
ロングステイの理由
長いサラリーマン生活を通して非常に転勤が多かったため、これまで親しい友人が少なかった。また、自宅を構える岡山という地域社会で、どのようにリタイア生活を送ろうかと思案していた。
そんな頃「年金で暮らせるロングステイ」という本を読んだことをきっかけに、“お試し的”にロングステイしようと急に決心したといいます。 「日本にいるよりも海外という知らない土地でロングステイした方が、意外に友人ができるのではないかと思ったのです」と奥さん。実際、ご主人のテニス、バドミントン、ゴルフを通して、多くの友人ができたそうです。
つづく
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September 28, 2006
チェンマイのナイトバザールにて

「チェンマイ・ロングステイは独立独歩で」の記事に対して、賛否両論のコメントをいただきました。反対意見には少々へこみましたが、それぞれ参考になるコメントで、御礼申し上げます。
ここで、少しわたしの思いを補足させていただきます。正直このようなチェンマイ・ロングステイに対する批判的とも取れる記事は書きたくなかったのです。しかし短期間といえども、わたしがチェンマイで直接見たり聞いたりした事実を情報として提供したかったので、敢えてこの記事を書きました。ネガティブな情報も書かないといけない時があります。
しかし、同じ事実でもネガティブな視点で書くことは容易なことですが、このタイトルでお分かりなように意図的に前向きなものにしたのです。それは、これからチェンマイでのロングステイを検討したり計画している方に、警鐘を鳴らすとともにアドバイスの気持ちを伝えたかったからです。無防備ともいえる他者に依存しようとするチェンマイ・ロングステイ予備軍が多くいらっしゃることへの懸念から、この記事を書いたともいえるでしょう。
ですから、少なくとも現在チェンマイでロングステイをしていらっしゃる方の個人的批判をするつもりはないのです。
はっきりと言えることは、わたしが知る限りの事実を事実として伝えることに意味があると考えたのです。それをどのように受け止めるかは読者のみなさんにお任せします。その意味で、いろいろな意見は受容しますが、それに対するコメントは控えたいと思います。
最後に繰り返しになりますが、海外での生活はあくまで「自己責任」が原則なのです。
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September 26, 2006
緑の多いチェンマイ市街

その2
第2の理由は「日本人が日本人をだましたり、だまされたり」というようなトラブルが多いことです。 チェンマイでロングステイを始めようとする方が、現地事情に詳しい日本人や団体、あるいは邦人の会社などを頼ろうとするのは自然なことです。しかし、そこが落とし穴で、親しくなって信用した日本人や会社から、だまされるといったトラブルが後を絶たないといいます。
特に不動産の取引に絡むトラブルが多いようです。タイでは外国人は土地が買えません。ですから一戸建ての家は日本人名義では購入できないのです。たとえば、信用してタイ語で書かれた売買契約書にサインをし代金を支払ったら、その土地や家が他人名義の登記であったなどの例です。
また、チェンマイの生活情報や知り合いを得ようとして入会したある団体が、悪徳不動産業者と関係していたという話もあります。その意味で、チェンマイでのロングステイを支援してくれる、本当に信頼できる団体や企業があるのかどうかはまったく疑問です。
そして第3は、単身男性のタイ女性絡みのトラブルです。 離婚や死別した中高年男性が、タイ女性をパートナーとして第二の人生を幸せに過ごす方もいらっしゃいます。このケースを別にすると、そのほとんどが“タイの若い女性が目当て”と言ってもいいでしょう。特にチェンマイはその傾向が強いようです。
これはこれで、その方の生き方なのでしょうが、タイ女性にだまされるケースは日常茶飯事です。女性名義で家を買ってあげたら乗っ取られたとか、別に若いタイ男性の恋人がいたとか、枚挙に暇がないくらいです。この辺りは、某週刊誌の特集記事の方が詳しいでしょう。
たとえば「若いタイ女性といい思いができたのだから、その家は彼女にプレゼントするつもり」で考えないと、“だまされた”ということになってしまうのではないでしょうか。 “だまされた”のか否かは、その方の考え方次第とも言えます。つまり、タイ女性とお付き合いするならば本人の心構えがポイントなのです。
このようなトラブルなどへの対応策としては、日本で情報収集するなど十分な準備をしておくことでしょうか。そしてチェンマイでのロングステイを希望するならば、まずバンコクでタイの生活や慣習に慣れてから、チェンマイに移動することも有効な手段かもしれません。
当り前のことですが、海外での生活は「自己責任」が前提なのです。 いずれにせよ、チェンマイでのロングステイには、より慎重で自立した行動が、求められることは間違いないようです。
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September 25, 2006
チェンマイ空港への着陸前

シニアのロングステイ先として人気のチェンマイです。マスコミが盛んに取り上げることもその理由ですが、バンコクほど暑くなく、緑が多くて過ごしやすい。昔の日本を想い起こすような街の風情や物価の安さなども相俟って、チェンマイに滞在してみたいという声をよく聞きます。なるほどチェンマイの魅力は、このようにいくつも挙げることができます。
しかし、本当にそうでしょうか? わたしはチェンマイでのロングステイに少なからず疑問を感じています。もし、チェンマイでのロングステイを希望されるのであれば、他人に頼らない自己責任での滞在の覚悟が必要だと考えます。他者に依存する生活スタイルではなく、 “独立独歩の生活ができるか否か”が、ロングステイの成否を大きく左右すると思うのです。これはロングステイ一般に言えることですが、とりわけチェンマイでは重要な要因です。
なぜ“独立独歩”でないといけないのか、いくつか理由があります。
まず、チェンマイの日本人社会は「ムラ社会」だということです。 以前(№472、473)にも書きましたが、小さなチェンマイの日本人社会では、お互いの悪口を言い合ったり、足を引っ張たりすることがあります。あるいは派閥を作ったりすることも。
今時、日本の田舎にも存在しないような封建的なムラ社会が、チェンマイには存在しています。悪い面での日本社会の縮図を見る思いがします。小さな日本人社会であるがゆえに、濃厚な人間関係が成立しているようです。
せっかく日本を離れての海外生活なのに、チェンマイのムラ社会の浸かり過ぎるのは、いかがなものかと思われます。
つづく
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September 12, 2006
バンコクの入国管理局

1年間有効なロングステイ・ビザですが、 「夫婦での更新に注意が必要になった」とロングステイ・コンサルティング社の佐藤さんからアドバイスをもらいました。注意が必要なのは“日本でロングステイ・ビザを取得して来た場合”で、タイで取得した場合は問題ありません。
ロングステイ・ビザ発給の条件に、「タイ国内の銀行に80万バーツ(約240万円)以上の預金残高があること」「年金による月収が65000バーツ以上あること」、もしくは「預金残高と年金による年収の合計が80万バーツ以上であること」のいずれかを満たしていることというのがあります。
日本でロングステイ・ビザを夫婦で申請する場合、二人で80万バーツ以上の預金があればよいのですが、1年後タイで更新する時には、今年6月から一人80万バーツ、つまり二人で160万バーツの預金残高が求められるようになったというのです。これまではタイの日本大使館の発行する「婚姻証明書(Marriage Certificate)」があれば、80万バーツの追加なしに更新できていたのです。
早速、佐藤さんがイミグレーション(入国管理局)に問い合わせたところ、元々「夫婦で80万バーツでよいという条文はない」ため、厳格に運用していて変更になった訳ではないという回答だったそうです。
「タイに来てロングステイ・ビザを依頼されるお客さんには、夫婦それぞれ80万バーツの預金を用意してもらって申請しているので問題ないのですが、日本で取得して来た方が、1年後タイで更新しようとした時に問題になっているんです」と佐藤さん。そのため、ビザの有効期限の間際になって、慌てて資金を準備しないといけない状況が発生しているといいます。
確かに規定を読むと、夫婦二人で80万バーツでよいとは書かれていないそうです。日本にあるタイ大使館の寛大な運用で認められているのでしょうが、タイで更新する場合は二人で160万バーツ必要になることを周知していないのは問題のように思えます。
日本よりもタイで申請する方が、手続きが簡単ですぐに発給してもらえると言われているロングステイ・ビザです。1年後このようなことで困らないためにも、今後はタイに行ってから申請した方がよさそうですね。 しかし、1年後タイで更新する場合でも安心しないでください。生活費などに使わずに一人80万バーツの預金残高がないといけませんので。
(追記)
この記事をアップしようかと思っていたところ、佐藤さんから緊急のメールが届きました。
「入国管理局が9月1日の会議で、リタイアメントビザの夫婦の更新については、また元に戻して、大使館が本人の申請に基づいて戸籍謄本から作成する『婚姻証明書』があれば、配偶者の一方に80万バーツの預金や年金が無くても更新を認める決定をし、何の告知や掲示もなく4日から運用されています。 (誰も知るすべがありませんよね)」。
「また例の如く、意見投書、苦情や抗議の嵐で急遽撤回したものと思われます。入管はじめ、あらゆる役所の「気分的な変更」等もすべて、やってダメならすぐ止めるで、全てに計画性がないものなのです。いつもの無責任パターンですが、申請者はとんだ災難です」。
ということで、元の通りに戻ったそうです。「いや~、タイはとにかく疲れるんですよ」と佐藤さん。まったくその通りですね。やれやれ・・・
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September 07, 2006
バンコク支局長の永田さん

06年8月、バンコクに駐在している西日本新聞の永田記者に会いました。 この7月7日から7回シリーズで同紙に連載された「ロングステイという選択」という記事の取材で、メールのやり取りや電話で話してはいたのですが、今回バンコクでお会いしたのが初めてです。
昨年8月にバンコク支局長として着任してちょうど1年。こちらに来て覚えたというタイ語で、日常生活をこなしているそうです。
同社では古くからバンコク支局を置いていて、市内のエカマイにオフィス兼自宅があるそうです。普段はタイの政治・経済をはじめ各方面の記事を配信する忙しい毎日を送られています。
案内していただいたタイ料理レストランで夕食を食べながら、ロングステイについての情報交換をしました。タイのロングステイと、その目的をめぐる状況について尋ねたところ、 「『何もしない』ことをロングステイの目的にしている人たちがいる。この人たちを見ていると複雑な気持ちになるが、全否定するつもりはない。これまで日本社会に貢献してきたのだから、タイ人に迷惑さえかけなければ、そういう生き方もあっていいのかなという気もするんです。
ロングステイが必ず『意義のある』ものでなければならないかどうか、まだ私の中でも答えは出ていません。いずれにせよ、ロングステイで『意義のあることとをする』のも『しない』のも、本人の選択だということです」と永田さん。
わたしにとって一番印象に残る話でした。
永田さんの方からは「ロングステイに向かない人とは?」という質問がありました。この時わたしが答えた内容は、7月の連載の続編である8月9日の「番外編」の中に、「海外生活で失敗しないコツ」のひとつとして紹介されています。残念ながらこの記事はHPに掲載されていないようなので、ブログの№476をご覧になってください。
その他にもいろいろな話で盛り上がり、時間の経つのも忘れてしまうほどでした。しかし、いつもお忙しい永田さんは、この夜もタクシン首相の記者会見があるということで、早めに会場に向われました。またバンコクでゆっくりとお会いしたいものです。
なお、「ロングステイという選択」は同社のホームページで読むことができますので、ご一読ください。この種の記事をHPで後日まで公開しているのは、珍しいことだそうです。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/longstay/
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September 02, 2006
オーナーの山口誠さん

その5
「トロピカーナ」は、訪問する前にイメージしていたよりも明るく、フランクな雰囲気のアパートでした。これは本当に意外なことでした。実は日本を脱出しないといけなかった人たち、言い換えると、どこかアウトローな人たちが、寄り集まって身を隠しながら暮らしているようなアパートをイメージしていたのです。
ところが、そのような先入観とは正反対に、個人個人が適度な距離感を保って自由に生活しているように感じられます。付かず離れずの住人同士の関係が成立していて、それはまた暗黙の了解でもあるようです。
そこで忘れてならないのが、オーナーの山口さんの存在です。築3年と建物が新しいこともありますが、山口さんの大らかでゆったりした人柄が「トロピカーナ」を明るく自由な空間にしているようです。 どこか味わいのあるキャラクターが、住人同士をうまくつなぎ合わせているのでしょう。サロンに降りてくる入居者にちょっとした声を掛けたり、時には入居者と一緒に出かけることもあるといいます。単なる管理人や経営者ではない役割を果たしている山口さんです。
その意味で「トロピカーナ」の住人たちが「自分さがし」や「生き方さがし」にやって来ているとすれば、うってつけのアパートと言えるでしょう。
緑に囲まれて静かで落ち着いた環境、そして何よりも居心地の良さそうな雰囲気の「トロピカーナ」。もしわたしがチェンマイで単身のロングステイをするならば、ぜひ暮らしてみたいアパートでした。
次回は、もう少しゆっくりと「トロピカーナ」のサロンに“答え”を探しに行きたいと思います。
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September 01, 2006
部屋から見える中庭の緑

その4
アパート「トロピカーナ」の住人の話では「何もしないで生きる」ことは、ロングステイのよい所かもしれないとも言います。その意味では、ここの住人たちは“気ままな生活を楽しむ人たち”ともいえるでしょう。
確かにロングステイには、そういう面もあるでしょうが、これまでわたしは「目的を持つことがロングステイを成功させる大きな要因」と言ってきましたし、またそう信じています。 しかし、ここの住人たちは具体的な目的がなくて「何もしないで生きる」というのでしょうか。素朴で基本的な疑問に行き当たりました。
アパートを辞した後も、しばらくそのことを考えていたのですが、ひょっとすると「トロピカーナ」の住人たちにとっては「何もしないで生きること」が、ロングステイの目的なのかもしれないと気づきました。 「何もしないで生きる」ためにチェンマイにやって来て暮らしているのではないかという訳です。
そうだとしても他の疑問が湧いてきます。たとえば、日本のしがらみや煩わしい人間関係から脱出してきたものの「チェンマイでの気ままな生活で今度は孤独にならないのだろうか。言い換えると、「人間関係のバランスをどのあたりで取るのだろうか」、また「自分らしさ(アイデンティティ)を維持できるのだろうか」といったような疑問です。
人間は“社会的な生き物”だといいます。ひとりでは生きていけない、他者や社会とのつながりの中で生きていける存在なのです。そしてマズローによると、人間はまず生理的欲求や安全の欲求が満たされると、所属や愛情の欲求を志向し、さらには社会的承認や自己実現の欲求を希求する存在だと言っています。
そう考えると「トロピカーナ」の住人たちは、今「自分さがし」や「生き方さがし」をしているところかもしれません。 これは仮説ですし、住民の方々からもそのようなことを意識した話はありませんでした。
しかし、みなさん、それぞれ日本社会を脱出したかった、しなければならなかった理由があるはずです。日本での日常生活や煩わしい人間関係から離脱し、遠く離れたチェンマイで癒されたり、精神的なリハビリをしたり、「自分さがし・生き方さがし」の過程にあるのではないでしょうか。そして「自分らしさ」を取り戻した上で、「他者や社会とのつながり」を求めるようになるのではないでしょうか。
その足がかりとして、ひとりでは生きていくのが物足りなかったり、所属の欲求を満たすために「トロピカーナ」に日本人ロングステイヤーが集まり、サロンに集っているように思われます。
「トロピカーナ」のサロンには、その答えがあるようです。
つづく
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August 31, 2006
明るく清潔な室内

その3
たまたまサロンに居合わせたSさん(54歳)にも話を伺うことができました。Sさんはチェンマイに来て、まだ2ヶ月目。バンコクに6ヶ月滞在してチェンマイにやって来たといいます。日本では消防署に勤務していたSさん。05年末で早期退職し、日本でロングステイ・ビザを取得して、ロングステイを実行に移しました。
公務員だったため63歳から年金が支給されるそうですが、それまでの間、退職金やこれまでの蓄えで生活できる滞在地として物価の安いタイを選択したそうです。
2人の子どもは独立し、奥さんとは離婚の予定とか。家族や仕事を全部日本に置いて、タイで暮らすことを決断しました。日本での堅苦しい生活からタイでの自由な生活へと、大きく人生を転回させたのです。 Sさんは、家庭よりも個人の生活を優先させたことに悔いはないと言います。そして、永住志向のロングステイで将来日本へ帰国するつもりはないとこと。
その点チェンマイは生活費が安いだけでなく、環境面でも住みやすく、のんびりしている所が気に入っているそうです。
ロングステイの目的を訊いてみると「何もしないで生きる」こととおっしゃいます。 「チェンマイに来たばかりなので、ここでの暮らし方を『トロピカーナ』の先輩たちに指導してもらっているところです」とSさん。
日本社会を離れて間もないせいか、今後のロングステイの見通しは、今のところはっきりしないようです。タイ国内や国外の旅行に行ってみたいという希望はあるものの、ロングステイの次のステップが明確ではありません。
現在は、まだ日本の生活からのリハビリ中かもしれません。 もう少し時間が経って自分自身を客観的に観る余裕ができると、「何をしたい、どうしたい」という気持ちが出てくるのだと思います。
Sさんは、先輩の住人たちを観ながら、これからの自分の生き方を取捨選択していくのでしょう。
ところで「何もしないで生きる」とは、どのような意味があるのでしょうか?
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August 30, 2006
「トロピカーナ」のサロン

その2
アパート「トロピカーナ」の1階のフロアは、事務所兼サロンになっています。アパートの玄関と通路でもあるのですが、タイル貼りで広めのスペースが取ってあり、風が吹き抜けるのでエアコン要らずの涼しい場所です。その一部に設えてあるタイ風のテーブルセットが、「トロピカーナ」のサロンです。
午前中の遅い時間に、ぽつりぽつりと住人の方がサロンに降りて来ては、新聞を読んだり寛いだり、それぞれ好きなように過ごされています。早めに外出して用事を済ませて戻ってくる人、夜遅くまでの深酒でようやく起きてきた人など、様々です。
長く暮らしていると、みんな顔なじみになって、サロンは世間話をしたり情報交換をしたりする「トロピカーナ」の“居場所”になっているようです。 しかし個人としては、思い思い好きなように暮らしているといった風情です。一人では淋しいので話し相手が欲しいのは分かりますし、かといって必要以上にお互い干渉しないということなのでしょう。
サロンを通りかかる人を拝見すると、50代の方が多いようですが、中には40代前半の方もいらっしゃいます。
この39歳で早期退職したという40代前半の方から、少し話を伺いました。
「チェンマイでの滞在は2年半。特に何もせずに、のんびり過ごしています。タイ人ののんびりしているところ、いい意味での無関心なところが、わたしの性分に合っていて居心地がいいんですよ」と、チェンマイでの自由な生活を満喫していらっしゃる様子です。今後のことは、特に考えていないとのこと。
お名前や40歳前に早期退職した理由までは聞けませんでしたが、日本を脱出してチェンマイでロングステイをしている現役世代の若い日本人がいる事実にちょっと驚きました。
つづく
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August 29, 2006
緑が多い「トロピカーナ」

その1
チェンマイ旧市街の北側の外周道路から少し入った所に、アパート「トロピカーナ」はあります。 東側の緑豊かな中庭に面して、まだ新しく白い3階建てのアパートが「トロピカーナ」です。ツインの部屋が20室、日本人ロングステイヤーでほぼ満室とのこと。
たまたま空いている部屋を見学させていただきました。部屋の広さは3.8m×7m、シングルベッドが2つと窓側には机が置いてあります。単身のロングステイだと十分の広さがありますし、短期滞在でしたら2人でも大丈夫です。窓からは中庭の木々が風に揺れているのが眺められて、落ち着いた雰囲気の部屋です。
テレビ、冷蔵庫、エアコンは備え付けてあります。テレビは衛星放送のNHKワールドが観られますし、アパートで取っている読売新聞を読むこともできます。流しはありませんが、240Vなので電気コンロでご飯も炊けますし、ほとんどの料理ができるそうです。ですからタイ料理が口に合わず日本食しかダメという人は、部屋で自炊する人が多く、日本食堂で済ませる人もいるとか。
毎月の家賃は5000バーツ(約15000円)と格安です。単身の長期滞在者にとってはありがたい家賃と言っていいでしょう。これに5バーツ/kwhの電気代と月50バーツの水道代(井戸水なので安い)が加算されます。
「トロピカーナ」の経営者の山口 誠さん(52)によると、入居者全員が日本人。できるだけ長期契約という希望者が大半で、1組だけが二人住まい、その他の方は単身(内1名は女性)のロングステイヤーだといいます。ほとんどの方がリタイア組ですが、とりわけ50歳前後の早期退職者が多いそうです。
「住人のみなさん、それぞれ個性的な方ばかりですよ。年に1~2回、日本に帰国されているようです。ロングステイ・ビザを取得している人は、約半数ですかね。そうでない方はミャンマーとの国境の町メーサイまで行って再入国しています」。
山口さんにいろいろ話を伺っているうちに、「トロピカーナ」の住人の方々が、一人ひとりと1階のサロンに降りて来られました。
つづく
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August 18, 2006
水上マーケットにて

06年8月9日の西日本新聞に「ロングステイという選択 番外編」という記事が載りました。これは、7月7日から7回にわたって連載された記事の続編ともいうべきものです。
その中で“海外生活で失敗しないコツ”として、 「現地と日本の『違い』を面白がる人は長続きするが、『日本ではこうなのに』と『違い』を否定的にとらえる人は長続きしないのではないか。『日本を引きずらない』ことが大事」という、わたしのコメントを紹介してもらっています。
実は、このコメント、8月2日の夜にバンコクでお会いした永田支局長に話したものですが、もう少し詳しく書いてみましょう。
反対に、失敗しやすいタイプやロングステイに向かない人といった方が分かりやすいでしょうか。「『日本ではこうなのに』と『違い』を否定的にとらえる人」とは、日本社会の習慣やルールをそのまま現地社会に持ち込もうとする人のことです。言い換えると、現地社会に溶け込もうとしない人でしょうか。タイの文化や生活習慣を理解したり、タイ人の生活ぶりに関心を持つことが大切です。
実際に短期間でもタイに滞在してみると、習慣の違いやタイ人の“マイペンライ(気にしないで)”の対応に腹が立つことがあります。しかし「ここは日本ではなくタイなんだ」「タイという国に滞在させてもらっているんだ」とちょっと冷静さを取り戻して、日本との違いを面白がるくらいの心の余裕を持つくらいで、ちょうどいいのではないかと思います。
そして、もうひとつ失敗しやすいタイプは「目的がない人」です。海外でロングステイする場合「タイで何をするのか」が最も重要な課題になります。「物価が安くて生活しやすい」だけではダメです。目的がないと長続きしませんし、必ず失敗するといっていいでしょう。
目的は何でもいいのです。難しく考える必要はありません。たとえば、ゴルフ、タイの温泉や遺跡めぐり、タイ料理教室に通うなど自分の好きなことを目的にするといいと思います。好きなことだと続けられまし、生活のリズムが単調にならずにメリハリが出てくるでしょう。
「目的」を持ち「滞在国に溶け込もう」とすれば、ロングステイをエンジョイできて、充実した長期滞在になるに違いありません。
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August 15, 2006
チェンマイを走るソンテウとバイク

その2
これまでの訪問で、日本で取り上げられるチェンマイのよいイメージとは、まったく異なるチェンマイの実像を垣間見ることになりました。
何故日本から離れた海外で、このような「ムラ社会」が形成されるのでしょうか。日本人が長年培ってきた特有の気質なのでしょうか。海外にいるが故の解放感、周囲からの縛りや拘束の緩さがそうさせるのか、それともそういう傾向のある人たちが、日本を脱出して集まってくるのでしょうか。
この「ムラ社会」の中で人の噂話や悪口を言う、それでいて一人で生きていくのも難しい日本人。 「付かず離れずの適度な距離感で付き合うことが大切」と、チェンマイでも何度も耳にしました。 しかしその実態はというと、とかく群れたがる、グループや団体ができると派閥を作って権力に執着する傾向があるようです。
バンコクでもこの傾向はありますが、地方都市チェンマイは小さなコミュニティだけに、その人間関係はより濃密なものになっています。
元々日本の村には、そのしがらみから抜け出せないものの、共同体としての機能がありました。運命共同体としての支え合いの機能があったはずです。 ではチェンマイではどうか。はっきりは分かりませんが、支え合っているかというと疑問です。
ところで、北タイ情報誌「チャーオ」の№79に取り上げられた大気汚染やごみ問題など環境問題が深刻化するチェンマイです。また、今後もロングステイの人気滞在地であることが難しいとの指摘もありました。
それよりも私は、この「ムラ社会」に起因する“居心地の悪さ、住み心地の悪さ”を懸念しています。 住んだこともなく、わずか3、4日の取材で断定的な物の言い方はできないのは承知していますが、この後味の悪さは否定できません。
確かに噂話や悪口を言う人たちばかりではありませんし、団塊の世代をはじめとする新しいロングステイヤーも増えてきています。今後チェンマイの日本人社会が変わる可能性に期待したいところです。
外からチェンマイの日本人社会を眺めてみたら、こういう見方をもあるということで読んでいただければ幸いです。
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August 14, 2006
チェンマイ空港に着陸直前

今回でわずか3回目のチェンマイ訪問なのですが、感じたことがあります。それは「チェンマイの日本人社会はムラ社会」だということです。 もちろん、これはある側面や断面であり、一部分しか当てはまらないかもしれませんが、その点について書いてみます。
ロングステイの希望滞在地として人気のチェンマイです。たしかにバンコクに比べると緑が多く気候も涼しく、大都会にはない地方都市のよさがあり、物価も安い。このような魅力が最近注目され、チェンマイのロングステイ人口はますます増えているようです。
しかし、実際にチェンマイでいろいろな方に会って話しを伺っている内に、どこか居心地の悪さを感じてしまうのです。それは、チェンマイの日本人社会に存在している濃厚な人間関係に起因していると思い当たりました。
例えば、取材をする中で「特定の方について、ある人は褒めたかと思うと、その一方で別の人は悪口を言う」ことが度々ありました。永く滞在している人ほど、そういう傾向があるように思います。取材をする毎にこのような例に直面しますから、こちらはどのような対応をしてよいのか、その都度困惑してしまいます。
他にもチェンマイの狭い日本人社会での足の引っ張り合いや、だましたりだまされたり。いい話はあまり聞きません。ですから日本人同士助け合うということは、期待できそうにないというのがわたしの実感です。
日本のしがらみや人間関係を断ち切って、わざわざチェンマイにやって来た方も多いはずです。なのにチェンマイには、日本の封建的なムラ社会が、より凝縮した姿で形成されていると感じます。やっと日本を脱出して来たのに、そこには昔ながらの人間関係が複雑に絡み合った「ムラ社会」が存在しているのです。
チェンマイは、どこかで誰かとつながっていたり、知り合いだったりする小さな日本人コミュニティです。このコミュニティの中で親睦や共助の関係が構築されるといいのですが、実際はどうもその逆のように思います。
つづく
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July 31, 2006
天草・下田温泉からの夕日

№433の「国内版ロングステイ・二地域居住」で6月25日の西日本新聞記事「滞在型観光 九州で実験」を紹介しました。国土交通省が、団塊の世代の大量退職で新たな観光市場になると期待される1週間以上の長期滞在型観光について、その環境整備を行う初めての実証実験を今年9月から九州で実施するという内容です。
その続編として、九州のロングステイはどうすれば成功するのか。そのヒントを求めて、ロングステイの先進国でもあり、滞在国としても人気のマレーシアに学ぶという記事が7月16日に掲載されました。
記事ではマレーシアが成果をあげている3つの要因をあげています。第1に、独自の文化や特色を打ち出していること。これには長期滞在中のプログラムや面白い活動を提供したりすることを含んでいます。
第2に、物価の安さ といっています。第3は、不動産の投資対象としても魅力的。たとえばプール付きの3LDKのマンションでも600万円といいます。
まとめに、モハマド・ナジブ副大臣は「宿泊施設や交通アクセスなど受け入れ設備を整え、地域の物産や文化の特色を出した上で、国民全員が観光客に親切にすることが大切だ」と強調していると伝えています。
確かに「長期滞在中のプログラムや面白い活動の提供」については参考になりますね。これについては、ロングステイの目的や何をして過ごすか、に関係するからです。
しかし、なぜ海外のマレーシアを取り上げているのでしょうか? 海外のロングステイを希望する人と、日本国内の移住を求める人とは、ニーズや層も違うような気がします。
海外のロングステイ志向は、最近東南アジアが注目されている物価の安さを理由にした生活のしやすさというのは、もちろんあるでしょう。しかし、異文化体験や国際交流、日本を脱出してのんびりしたい、しがらみから解放されたい、など多様な目的ですし、日本ではできないことを海外で経験したいというニーズだと思います。
それに対して日本の国内移住は、定年後は都会生活を離れて自然豊かな地方で生活したい、土と親しんで野菜や米作りをしたいなど、就農志向や田舎暮らし志向が多いのではないでしょうか。
九州でのロングステイを成功させるには、海外ではなくまず国内の先進地である北海道の取り組みの方が参考になると思うのですが・・・
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July 26, 2006
ご自宅のある高級サービス・アパート

その2
奥さんの敏子さんは、駐在時代から「サリカ会」という絵画教室を主宰し、週に1回自宅で教室を開いている。14人のうち10人がタイ人の生徒さんで、上流社会の奥さんたち(タイ語でクンジンという)が多く、お昼には料理教室も兼ねて日本・タイの料理を楽しんでいるそうである。
毎年1回、サリカ会の展覧会を開催している。敏子さん自身も個展を開いていて、その売り上げはシリントン王妃の支援する社会福祉グループに寄付をした。「趣味の絵をとおしてタイ人の奥さんたちとの交流が楽しく、さらに社会貢献につながっていることが嬉しい」といいます。
敏子さんは、タイでいきいきとした生活ができていると実感している。それは第一に、趣味の絵を楽しんでいること、第二に、絵画教室など現地に人たちとの交流でタイ社会に溶け込んで、いろいろな経験ができること、などがその理由です。そしてタイ人との付き合いの方が、会社の人事などのしがらみがなく、かえって気を使わなくてよいといいます。
敏子さんは、個人教授でタイ語を学んでいるので日常会話に困らない。タイ語を話せることが、現地の人たちとの交流や付き合いをより積極的に、そして親密なものにしている大きな要因のようです。
タイ語を話せると、どこに行っても困らないし行動範囲も広がる。その意味で、敏子さんは、ロングステイをより充実したものにするポイントは「言葉」だとアドバイスしてくれました。
感想
塩谷夫妻のロングステイのスタイルは、対照的です。塩谷さんの日常生活は仕事や会社が中心であり、現地社会との交流や付き合いも仕事関連が多い。
タイ語の勉強やボランティア活動に本格的に取り組むのは、リタイア後になりそうである。塩谷さんにとってはリタイア後の生き方のほうが課題かもしれない。しかしロータリークラブの活動や敏子さんというよいお手本がいるので、そのハードルはあまり高くないことでしょう。
一方の敏子さんは、絵の趣味をとおした交流やボランティア活動、それにタイ語を学んでいて、タイ社会に溶け込もうとする前向きな姿勢がうかがえます。まさに一市民としてタイ社会に馴染んでいるといえるでしょう。それにはタイ語が話せること、つまり地元の人たちとコミュニケーションがとれていることが、重要なポイントになっていると思われます。
元気の源は、塩谷さんの「仕事とお酒」に対して、敏子さんは「絵」が中心になっているといいます。ここにも普段の生活ぶりが、反映されています。
塩谷夫妻は、仕事中心の人生を送ってきた男性と、趣味や地域との交流に積極的な女性という、日本の夫婦の典型なのでしょう。 この日本の夫婦の典型的な特徴は、タイでのロングステイにおいても基本的に変わらないようです。
しかし、夫妻の生活ぶりやインタビューから、お互いの考え方や生き方を尊重している精神的な余裕が感じられました。これはタイの生活環境がもたらすロングステイの機能のひとつかもしれません。
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July 25, 2006
塩谷ご夫妻

バンコクでは駐在経験のあるロングステイヤーの方が多くいらっしゃいます。日本企業の駐在員として数年間バンコクに滞在したことがある人たちです。定年退職後そのままタイでロングステイを始める方や、一旦帰国してタイが気に入ってまた戻ってくる方もいます。
このような駐在経験者として、塩谷行雄さん(70歳)と奥様の敏子さん(67歳)に話を伺いました。なおこの内容はインタビューした2003年3月時点のものです。
塩谷さんは、現役時代に7年間バンコクでの駐在経験がある。定年退職後の現在、現地のタイ企業で共同経営者として活躍しながら長期滞在を続けている。また、バンコクには旧帝大出身者のゴルフ会があり、母校の東北大学(青葉会)の会長をはじめいくつかの役職を務めている。
スクムビット通りのBTSプロンポン駅から10分ほど歩いた閑静な住宅地に建つ高級サービス・アパートメント(280㎡)に、敏子夫人との二人住まいである。バンコクの滞在は、この時点で5年目を迎えていて、後1~2年は仕事を続ける予定という。
ロングステイの状況と今後の予定
塩谷夫妻のロングステイの目的は、主に仕事である。 「仕事が趣味」という塩谷さんは、企業の経営者として忙しい毎日を送っている。 「これまで会社中心の生活を過ごし、仕事が楽しみの人生を歩んできた」塩谷さんは、まさに日本の高度経済成長を支えてきた世代なのである。
塩谷さんは、工場のあるアユタヤ工業団地の協議会会長を務めるかたわら、在タイ日本人がメンバーであるバンコク地区のロータリークラブの会員として、現地社会にも貢献している。具体的な活動として、日本の財団法人から放置自転車をタイに送ってもらい、タイ東北部(チャロン県)の中学生たちに寄贈し、また同ロータリークラブからも車椅子を贈っている。 このようなロータリークラブの活動をとおしてタイ人との交流があり、仕事関係では華僑出身の中国系タイ人との交流が主体になっている。
現在の仕事からリタイア後しても、健康なうちはタイでのロングステイを希望されている。仕事中心でやってきたので特にロングステイの目的はないが、読書やタイ語の勉強を楽しみながら、ロータリークラブの活動を続けたいといいます。
つづく
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July 22, 2006
ピマーイ遺跡の彫刻

タイに関する情報収集の方法として、タイ国政府観光庁(TAT)の資料やホームページを活用すると便利です。
東京、大阪、福岡にオフィスがあり、TATの発行した公式資料がたくさん揃っています。タイ国内の観光地やロングステイの滞在地についての資料は、本屋さんの観光ガイドブックよりも詳しいデータといってもいいでしょう。
その中でロングステイに関する「公式ハンドブック」が、2005年に発行されています。 コンパクトな作りながら、よくまとめられていて、ガイドブックの内容をPDFデータにしたCD-ROMまで付いています。
主なコンテンツを紹介すると、まずロングステイをなさっている5組のインタビュー記事があります。実際の滞在の様子が分かりますので、参考になるのではないでしょうか。
つぎにロングステイに関する情報です。主な滞在候補地や各種ビザの内容が詳しく説明されています。さらに生活費の目安から、住居や医療機関、食事・食材など具体的な生活情報が載っていますから、実際滞在した時に役立つことでしょう。
第5章の「ロングステイで何ができる?」は、このガイドブックの特徴であり最も優れている点です。 たとえば、タイ国内旅行やゴルフをはじめ、絵画・陶芸、社交ダンスなどの趣味、タイ料理にカービング、タイ舞踊などタイ文化に触れることや語学やタイの大学で学ぶことまで、多彩なメニューが紹介されています。
それぞれについて、カルチャースクールや同好会の連絡先が書かれていますから、すぐに入会して同好の方と一緒に活動することができます。
「ロングステイしたいけど何をして過ごそうか」と方には、すごくいい役立ち情報ですね。本屋さんに並んでいる観光ガイドブックには書いていない内容です。
巻末には地図と一緒に日本大使館などの政府機関や各県人会の連絡先、ホテル・サービスアパートメントの情報、ゴルフ場の案内等など、イエローページとして使えるコーナーがあり、最後には簡単なタイ語の会話集まであります。会話できなくてもタイ文字で書かれていますので、このハンドブックを見せれば通じるはずです。
このようにロングステイのお役立ち情報満載の公式ハンドブックです。在庫があれば無料でいただけますので、ロングステイを検討されている方、お近くのタイ政府観光庁に問い合わせてみてください。
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July 16, 2006
チェンマイのドイステープ山にて

その2
№438で西日本新聞にタイのロングステイ記事「ロングステイという選択」が7回シリーズで連載されているとお知らせしました。最終回の7月15日には、わたしのことにも触れていただきましたので紹介します。
(生き方を見直す契機)
ロングステイを学術的な研究対象にしている人がいる。九州大学大学院 人間環境学府の博士課程に在学中の池邉善文さん。 しばしばバンコクに足を運び、滞在者にインタビューやアンケートをして「ロングステイの社会的機能」について考察している。
池邉さんは、ロングステイの持つ第一の機能を「仕事中心の人生を送ってきた『会社人間』の男性が、職業役割に代わる新たな社会的役割を再構築するための実験」と規定する。これまで所属していた日本社会から、いったん切り離されることが、自主的、能動的に自分の役割を創造する動機付けになるという。
「現地でボランティアやNPO(民間非営利団体)活動を始めたという人も多い。高齢化社会というと暗いイメージで語られるが、マジョリティー(多数派)は元気シニア。その人たちがどう暮らすか。ロングステイの中に、ヒントがある」
異国で戸惑いながらも、自分の居場所を探す中高年たち。一休みした後、どこへ向けて歩いていくのか。決めるのは自分だ。太陽は傾き始めたが、日暮れにはまだ間がある。
これは記事の一部です。他にもいろいろな事例が紹介されています。
同社のホームページでこの連載記事を読むことができますので、ぜひご一読ください。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/longstay/
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July 13, 2006
栗並登紀男さん

2006年3月、バンコクで久しぶりに栗並登紀男さん(69)にお会いしました。栗並さんは、02年5月に退職し、一旦リタイアしてそのままバンコクでロングステイをしていましたが、03年2月、駐在時代の人脈の紹介でアユタヤにあるコンテナ関連の会社に再就職し、今も現役で働いていらっしゃいます。
そのかたわら「タイロングステイ日本人の会」の理事を務めたり「バンコク走遊会」の会員として元気に走っています。
お会いしたのは、スクムビット通りソイ18の奥まった所にある日本料理店の「網元」。仕事を終えてアユタヤから駆けつけていただいた栗並さんと、鯵の刺身などを肴に酒を酌み交わしながら、近況を伺いました。
まずは、3月26日に開催された「バンコク走遊会」10周年の記念マラソンの話題に。 走遊会には現在30名の会員がいて、バンコクの西ノンタブリー県の10kmのコースで、会員のみなさんが健脚を競ったそうです。
また6月の18日には元オリンピックマラソンランナーの増田明美さんを招いて、プーケットでマラソン大会が開催されるとのこと。地震や津波から復興したプーケットを内外にPRするためで、走遊会のメンバーも参加して協力するそうです。このマラソンの模様はテレビで放送されていましたね。 なお、後日の栗並さんからのメールによると、体調を崩して参加を取りやめられたらしく残念なことでした。今度の7月16日(日)のパタヤマラソンはどうしようかと思案中らしいです。
次に「タイロングステイ日本人の会」の話題です。会員数は約100名と横ばいの状況。 入会しても1,2回月例会に参加して、もう現地事情が分かったと次回から来ない人が3分の2いるのが、伸び悩みの原因とか。 一方で月例会には出ないが、ゴルフ仲間が欲しくてゴルフコンペにだけ参加する方もいらっしゃるそうです。
会の仲間と上手くやっていくコツは、 「昔の会社や肩書きのことを言わないこと」と栗並さん。「オレは昔・・・」などと始めるとダメです。日本社会をそのままタイにまで持ち込んでしまわないことが大切とおっしゃいます。なるほどその通りで、一人ひとりの会員が肩書き抜きの立場で付き合ってこそ、親睦が深まるのだと思います。
この他にもタイの九州大学の同窓会である「ガーオ会」の話やら、栗並さんの大学時代の懐かしい思い出話、
バンコク在住で福岡にゆかりのある方の話など、遅くまで盛り上がりました。
もうしばらくは働いてバンコク暮らしが続くとのこと。ますます健康に留意されて、マラソンに日本人の会の活動にとご活躍をお祈りいたします。
「バンコク走遊会」のホームページ
http://www.geocities.jp/soyukaibkk/_geo_contents_/index.html
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July 09, 2006
№438で、7月7日から西日本新聞にタイのロングステイ特集が掲載されているとお知らせしました。全7回、来週の土曜日15日までです。
この記事が同社のホームページで読むことができます。ぜひご一読ください。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/longstay/
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July 08, 2006
ワット・アルン エクスプレスボートから

お知らせです。
昨日7月7日から西日本新聞の朝刊にタイのロングステイ特集が掲載されています。全7回、来週の土曜日15日までです(日・月は休み)。昨年8月、バンコクに赴任された永田支局長が現地で取材したロングステイの事例や実態が、紹介されることと思います。
永田支局長は、わたしへのメールに次のように書かれています。
「日本のテレビ番組などでは、タイのロングステイが天国のような取り上げられていますが、池邉さんのブログでもご指摘の通り、メリットもあればリスクもあるのが外国暮らしだと思います。そこで、メリットとリスクの双方を、過不足なく読者に提供する記事が書けたら、と考えつつ取材しています」
その第1回目として、バンコクで奥様のリハビリ目的のロングステイをなさっている山田耕三さんが紹介されています。わたしも3年前にインタビューさせていただきまして、その内容をブログの№35「暖かいバンコクでリハビリ」に書いています。
また、先週は支局長から国際電話をもらい、ロングステイについての修士論文やアンケート調査について話をさせていただきました。その内容は、最終回(15日の土曜)に登場するとのことで、楽しみです。
実はこの8月タイでお会いして、ロングステイやタイについての情報交換をする予定にしています。
これまでもタイの現地事情を小まめに分かりやすく伝えていらっしゃる永田支局長です。7回にわたるタイのロングステイ特集を楽しみに読ませていただきたいと思います。
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July 03, 2006
マーケットに並んでいるマンゴー

「滞在型観光 九州で実験」という新聞記事が、2006年6月25日の西日本新聞に載りました。また同じニュースがNHKでも放送されました。
国土交通省は、団塊の世代の大量退職で新たな観光市場になると期待される1週間以上の長期滞在型観光について、その環境整備を行う初めての実証実験を今年9月から九州で実施することを明らかにした。
実験参加地域は、長期滞在用に宿泊施設の低料金化や体験型の滞在プログラム、公共交通機関の利便性向上策を検討中。実験参加者に体験リポートを書いてもらい、全国に先駆けた九州型の長期滞在観光の在り方を探る。
実験に参加するのは、別府、阿蘇、雲仙、佐世保・波佐見、五島の5地域。同省によると、首都圏と福岡都市圏の団塊の世代を主な参加者に想定。宿泊施設は、長期滞在向けに朝・夕食がない泊食分離型とし、別府では別荘も活用する。宿泊料金は施設で異なるが、阿蘇では1週間(6泊)で18000円という低料金もある。
長期滞在に必要なプログラムも、各地域が特色を生かしたテーマ型の体験メニューを用意。
五島は定置網体験などの「海の収穫祭」を実施。佐世保・波佐見は「窯元弟子入り」やハウステンボスでのオリジナルのオルガン製作などを計画。雲仙は野菜収穫と地元農家との夜なべ談義などを用意。阿蘇の「心身再生プログラム」は、黒川、小田、杖立などの温泉をめぐる地域内路線バスの乗り放題券を用意する。
国交省によると、2007年からの団塊世代の大量退職で、地方に長期滞在する観光客増加や、年間のうち農村などに1~3ヶ月程度滞在する「二地域居住」と呼ばれる生活様式が都市住民に広がると予想される。北海道では民間旅行会社が移住誘致の長期滞在ツアーを実施している。
同省は「九州には豊富な体験・交流の素材があり、テーマ型の長期滞在の可能性を探る適地」と評価、九州での実験を決めた。
この記事を読むと、今回の実験がまだ観光の延長上の長期滞在のような印象を受けます。しかし「二地域居住」といわれる国内版のロングステイを視野に入れている点は注目されます。
年間1~3ヶ月、農村で生活体験するライフスタイルが、今後かなり定着するのではないでしょうか。この実験が「二地域居住」に必要なプログラム開発につながることを期待したいものです。
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June 24, 2006
チャオプラヤー川のエクスプレスボート

在タイの日本大使館のホームページをのぞいてみました。その中に在留届の調査統計がありましたので、その状況を紹介します。
外国に3ヶ月以上滞在する日本人は、在留届を最寄りの在外公館に出すことを義務づけられています。在留届を出していると、タイ国在留の日本人が不慮の事故や事件、災害に遭遇した際の安否の確認、日本国内の連絡先への緊急連絡といった援護活動に役立つと案内があります。
またインターネットからも申請できます。
http://ezairyu.mofa.go.jp
2005年のタイの在留邦人数は36,327人です。2004年の32,442人から3,885人の増加(約12%増)となり、国別では第7位だそうです。 年度別にみると、1975年5,952人、1985年7,852人、1995年21,745人、2000年21,154人と通貨危機の影響で2000年では一旦減少しますが、近年は再び増加に転じています。
在留日本人の内訳です。
長期滞在者
(1)民間企業関係者及びその家族 28,530名
(2)報道関係者及びその家族 160名
(3)自由業関係者及びその家族 1,147名
(4)留学生・研究者等及びその家族 1,474名
(5)政府関係者及びその家族 904名
(6)その他 3,366名
永住者 746名
長期滞在者の大半が、民間企業の駐在員とその家族ですね。この方たちのほとんどは届けをしているでしょうが、留学生などの若者やロングステイヤーの多くは出していないのではないでしょうか。 3ヶ月以上の滞在は届けないといけませんが、これら未提出の邦人を含めると実数は5~6万人ともいわれています。
また永住者数が意外に少ないと思うのですが、実際はどうなのでしょう。
都・県別 在留日本人数
1. バンコク 26,991名
2. チョンブリー 2,063名
3. チェンマイ 1,543名
4. パトゥムタニー 852名
5. アユタヤー 739名
6. サムットプラカーン 452名
7. プーケット 441名
8. ラヨーン 347名
9. ノンタブリ 357名
10. ナコンラチャシーマー 301名
11. プラチンブリー 300名
12. チェンラーイ 207名
13. ナコンパトム 129名
14. コーンケーン 119名
15. ロッブリー 99名
その他 1,094名
つぎに在留日本人の県別の内訳をみると、やはりバンコクが26,991人と全体の74%を占めています。そしてチョンブリー 2,063名、チェンマイ 1,543名と続きます。 チョンブリーは、自動車メーカーの工場などが多いところと聞きますので、その関連の社員なのでしょう。チェンマイより多い邦人が滞在しています。
それ以外の県にも少数ながら邦人がいますから、もしかするとタイ全県に日本人がいるのかもしれませんね。
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June 17, 2006
イサーンの田園風景

「2005年版農業白書」が閣議決定され、団塊の世代に就農を期待するという記事が出ました(西日本新聞 2006.6.6)。その記事の抜粋です。
白書では国内農業は農家の高齢化、耕作放棄地の増大など危機的な状況にあると指摘。農業の担い手確保の一環として、07年以降、定年退職を迎える団塊の世代に強い期待を示した。
具体的な対応策としては、農業法人の設立や集落営農の組織化の組織化の促進を挙げている。さらに新規就農者については近年、団塊の世代など中高年が中心になっている点に注目し、「意欲と能力のある人材を、多様な形態で農業労働者として確保していくことが重要」と指摘。 都会で暮らしてきた団塊の世代で定年後に「田舎暮らし」を希望する人などを対象とした農業研修の充実や、集落営農支援といった施策を通じて、中高年層の就農を促していく方針を打ち出した。
2005年度版農業白書は、定年退職を迎える団塊の世代に、後継者難に苦しむ農業を担う「戦力」と、食料品の消費をリードする「顧客」の2つの視点から熱い視線を送っている。
新たに農業を始めた人は03年で約8万人。今後、農業を支える人材として参入の期待が高い39歳以下の若者層が約1万2千人なのに対し、団塊の世代を含む50歳以上の中高年層が約5万9千人と7割を超えた。
白書は、こうした中高年層の農業への関心が高いことを踏まえ、団塊の世代の定年退職者らについて、単独での農業経営だけでなく集落営農の一員として携わってもらうなど、さまざまな形態での就農に期待を込めた。
また、消費に視線を転じると、世帯当たりの食料消費支出を世帯主の年齢別で見た場合、55歳以上が全体の半分以上。白書は、団塊の世代が高齢化していくと「消費動向に与える影響力はさらに強まる」と展望する。
団塊の世代の食については、若者層が費用の安さや美味しさにこだわるのに対し、安全で健康によい食品や国産品に向かう傾向が強い。このため白書は「消費の特徴や食の志向を的確にとらえ、積極的に需要を発掘・創出していく重要性が高まっている」と強調した。
来年から定年退職を迎える団塊の世代への注目度が高まっています。いわゆる2007年問題です。大量退職による労働者不足や、少子化もあいまっての将来の社会保障制度などの問題です。1947年からの3年間で700万人以上といわれる団塊の世代が、一斉に社会を支える側から支えられる側に回ったのでは、日本の社会構造は大きく変貌してしまうことでしょう。 そのような背景も踏まえての05年度の農業白書になっているのではないでしょうか。また農業従事者の減少がそれだけ深刻なのでしょうが。
定年退職後「田舎暮らし」や「国内移住」を希望する中高年は多いといいます。永年の都会での生活を離れて、故郷に戻ったり終の棲家を求めて田舎でゆっくり暮らしたいという人たちです。海外でロングステイをする人よりも、言葉や医療などの問題から国内移住を実行する人の方が圧倒的に多いと思われます。
ここでも「地方に移り住んで何をするのか」が一番の課題になることでしょう。趣味で田畑を耕すのではなく、農業の担い手になるのもいいかもしれませんね。
いずれにせよ団塊の世代が、農業をはじめその地域を活性化する一員になってもらいたいものです。
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June 16, 2006
街中のフルーツ売り

ちょっと前になりますが、朝日新聞に「団塊さん争奪作戦」という記事が載りました(2006.3.19)。
団塊の世代の大量退職が始まる07年に向けて、都道府県の多くが06年度予算に「誘致」のための新企画を打ち出した。人口減に悩む自治体は、田舎暮らし体験ツアーや就業支援策を掲げ、移住による地元の活性化をめざす。 都市部でも技能を持つ退職者の再就職のあっせんに力を入れる。緊縮型予算が目立つ中で、各自治体は約700万人にのぼる団塊の世代の退職者の争奪に知恵を絞っている。
2万人に手紙
「宮崎に来んね、住まんね、お誘い事業」「『住んでよし』おおいた暮らし支援事業」― 各県の予算書には、団塊の世代に移住してもらうための事業名が並ぶ。
例えば佐賀県。「ネクストステージを佐賀県で」という名の就職支援事業に4745万円を計上した。県にゆかりのある県外在住者らを対象に県が職探しを手伝い、現役で働ける人を呼び込んで、培った能力を県内で発揮してもらう狙いだ。県内企業の求人情報を県のホームページに掲載したり、起業する人に創業資金を助成したり、県庁に担当職員を置いて移住に向けた生活相談を受けたりする。
人口減に悩む島根県は昨年3月以降、東京や大阪などに暮らす県出身者約2万人にUターンを呼び掛ける手紙を出した。同封したアンケートの回答を参考に、無料職業紹介、住居の相談やあっせん、農業技術指導など3850万円を計上。県地域政策課は「団塊の世代の大量退職をきっかけに、高齢化と過疎化に歯止めを掛けたい」と力を込める。
都市部も対抗
争奪戦は都市部でも同じだ。
愛知県は「熟練技能士活用促進事業」に482万円つける。技能を持つ退職者を「人材バンク」に登録し、技能継承を求める企業に紹介する仕組みを作る。
千葉県も、定年退職者らが就農する際に生産技術の指導や経営計画の助言をする事業を新年度から始める。
民間と連携も
香川県は「団塊世代誘客対策事業」に1千万円。退職後に旅行が増えると見込み、旅行会社と連携して団塊の世代向けの旅行商品の開発を目指す。「観光産業の活性化で税収増にもつなげたい」。
北海道も昨夏から道内の76市町村と協力。旅行会社に委託して道内で最長1カ月暮らすモニターを募集し、首都圏や関西在住の13組が4市町に滞在した。
「ふるさと回帰支援センター」が04年に実施した都市住民対象のアンケートによると、回答者約2万人の4割が「ふるさと暮らしをしたい」と答えた。 人気の移住先は、1位、2位の沖縄と北海道以外は長野や神奈川、千葉、静岡など、都会に近く自然も豊かな県が上位を占めた。
いよいよ2007年から、団塊の世代が定年退職を迎え始めます。アンケート結果にもあるように定年を機会に「ふるさと暮らし」を希望する人たちが多くいるようです。 そして、地方分権の時代といわれている今日、その担い手の一員として団塊の世代の経験や技能が期待されています。その内の「ふるさと暮らし」希望者を各県が争奪戦を繰り広げ始めているのです。
国内移住人口の方が、海外ロングステイよりも多数派を占めることでしょう。どの県や地域に団塊の世代の国内移住希望者が移り住むことになるのか、その動向が注目されるところです。
明日も国内移住関連の記事を紹介します。
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June 14, 2006
アユタヤの遺跡群

5月のロングステイ・セミナーの前に多くの質問が寄せられ、その中に「ロングステイ情報の集め方はどうしたらいいか」という質問があったそうです。
なんといってもタイ国政府観光庁(TAT)の資料やカウンターでの相談が、一番役に立つ情報が得られると思います。オフィスは東京、大阪、福岡の3ヶ所です。 またインターネットには、TATやタイ国大使館をはじめ、多くのタイ関連のサイトがありますから、関心のある分野の情報が入手できるでしょう。
ロングステイヤーや現地で暮らしている方などのホームページやブログも多数あります。ヤフーなどの検索サイトから「タイやロングステイ」などのキーワードを入力して検索すると、多くのサイトがヒットするはずです。
とりわけ佐藤さんが代表を務めるロングステイ・コンサルティング社のホームページには、ロングステイに関する実務的な情報が満載です。バンコクの生活情報やロングステイ・ビザの申請から労働許可や会社設立の手続きまで、ここまで載せてもいいのだろうかと思うような専門的な情報が公開されています。ぜひ参考になさってください。
http://www.longstayconsulting.co.th/
チェンマイのロングステイ関連では「チェンマイ・田舎・新明天庵だより」というブログがあります。チェンマイのフリーペーパーの編集者の方が、在住者ならではの視点から現地情報を提供なさっています。お勧めです。
http://chaocnx.seesaa.net/category/795316.html
ついでにわたしのブログも参考にしてください。これまでの取材や調査を通して得られた内容や、タイの滞在中に見聞したことなどを、わたしなりに紹介しております。すでに400回以上のタイトルをアップしていますので、多少なりともお役に立つ内容もあると思います。
実際にタイでロングステイする場合も、インターネットから得られる情報は非常に役に立ちます。タイにいながらにして日本の最新ニュースがすぐ分かりますので、情報から孤立することはありません。その上、Eメールを使って日本の家族や友人との連絡も簡単にできます。 バンコク市内にはたくさんのインターネットカフェがあり、1分1バーツ(3円)くらいの料金です。わたしもいつも利用しています。
ところでロングステイに関する本がたくさん出回っていますし、テレビ番組でも取り上げられることがあります。その中で特に注意しないといけないのは、セレブで優雅なロングステイを毎日楽しんでいる風のテレビ番組があったりしますが、これはあくまでテレビ向けの演出が多いようです。
わたしが知っている方もそのような演出でテレビに出演されましたが、実際にはごく普通の生活をしていらっしゃいます。 決して誤解してはいけません。念のため。
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June 13, 2006
バンコクへ向かう機内から

5月27日のロングステイセミナーのパネルディスカッションで、 「ロングステイに向かない人」というテーマがありました。このテーマについて少々触れてみたいと思います。
佐藤さんは、 「日本の生活をそのままタイに持ち込む人」はロングステイに向かないといいます。1日のスケジュールがないと落ち着かない人、スケジュール通りに進まないといらいらする人などです。つまり、することがないと落ち着かない、何かしていないとダメな人ということでしょうか。 “郷に入れば郷に従え”といいますが、タイのゆったりとしたリズムに合わせることが、タイで生活する上では大切なのです。
わたしもこのタイプに近いのかもしれません。いつも短期間の滞在なので仕方ないのですが、普段の日本のリズムで行動しますし、予定通り進まないとイラつきます。 また、明日の予定がないと「何をしようか」と考えてしまう方です。今のままでは、長期の滞在は無理なようですね。
永年タイで生活していると、日本との生活習慣の違いやタイ人気質に腹が立つことばかりだという佐藤さん。タイは一番好きな国でもあるが、その意味では一番嫌いな国でもあるといいます。たとえば、車を後ろから追突して降りてきた運転手が「マイペンライ(気にしないで)」ということも。追突しておいて「気にしないで」はないだろうと怒ってみても、ここは日本でなくタイなのです。タイではこんなものかと受け入れて、なかば諦めることも必要なようです。
次は、わたしが考えるロングステイに向かない人です。失敗しやすいタイプともいえるでしょう。
第一に、現地社会に溶け込もうとしない人でしょうか。タイ人と交流しないまでも、タイの文化や習慣を理解したり、タイ人の生活ぶりに関心を持ったりすることが大切です。習慣の違いやタイ人の対応に腹を立てるのではなく、両国の違いをおもしろがるといったくらい心構えで、ちょうどいいのではないかと思います。
二番目は、目的がない人です。長期滞在をして、タイで「何をしたいのか」が最も重要な課題です。物価が安くて生活しやすそうだけではダメです。目的がないと必ず失敗するといっていいでしょう。
目的は何でもいいのです。ゴルフ、遺跡めぐり、タイ舞踊やタイ料理、タイ語の勉強、あるいはボランティア活動など、自分が好きなこと興味があることを目的にされるといいと思います。好きなことだと続けられ、ロングステイがきっと充実したものになるに違いありません。
もっと挙げればキリがありませんが、ロングステイに向かない典型的なタイプを紹介しました。
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June 11, 2006
ハワイ州観光局のHPより

2006年6月2日の西日本新聞にハワイ・ロングステイの記事が載りました。その一部からです。
定年退職後はのんびりと常夏の島で過ごしませんか-。米国・ハワイ州観光局は、日本の団塊の世代をターゲットにして、ロングステイ客の誘致に力を入れている。 セールスポイントは、過ごしやすい気候や英語が話せなくても不自由しないハワイらしさに加え、手頃なコンドミニアムが増えている点や医療水準の高さ。
最近は2週間以上滞在し、短期旅行とはひと味違う「趣味の暮らし」や「ゆったり観光」を楽しむ人も増えているという。
コンドミニアムは1日、1週間、1ヶ月という単位で借りることができる。ひと通りの家具やベランダを備え、建物内にはテニスコート、売店、プールがある場合も。寝室1部屋タイプ(40~50㎡)だと、月額料金1500~2500ドル(168000~280000円)程度と手頃。
ロングステイ財団の2004年のアンケートでも希望滞在地の第3位と相変わらずの人気です。
また、夫婦ふたりで滞在した場合、ハワイの1ヶ月の生活費は約35万円という調査結果が出ています。一番の人気滞在国のオーストラリア(パース)が約22万円、アジアのマレーシアが約16万円、タイが約14万円ですから、かなり割高な生活費がかかります。もちろん日本で生活するよりも高くつきます。
コンドミニアムの料金が16万円から28万円というのは、決して手頃ではないですよね。生活費が高いはずです。
アメリカの場合、ノービザでの滞在期間は観光目的で3ヶ月ですが、ロングステイ向けの長期ビザはありません。ですから長くても3ヶ月の滞在を繰り返すことになります。
ロングステイ財団やこの新聞記事でもいっていますが、2週間以上の滞在をロングステイと称していますから、
ハワイの場合3ヶ月以内の比較的短期間の滞在が多いのかもしれません。
ハワイの方が日本での生活費より高いわけですから、ずっとここで生活したいという人は経済的に余裕のある一部の方に限られるのではないでしょうか。それに比べるとタイの場合、半年・1年の滞在は普通ですし、永住希望の方もいらっしゃいます。 もちろんビザの違いもありますが、タイの生活費の安さが長期間の滞在を可能にしているともいえます。
ハワイのロングステイは、生活するというよりも旅行の延長上の滞在に近いものかもしれません。 一口にロングステイといっても、滞在地によってそのスタイルはさまざまのようです。
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June 09, 2006
チェンマイの早朝

「タイの治安はどうですか?」と、よく質問されますし、今回のロングステイ・セミナーでも話題になりました。 「タイは安全ですか?」と聞かれれば、「安全です」と答えるでしょう。ただし日本と同じ感覚や行動を取らないという前提がつきます。
TATの陣内さんは、 「日本でしないことは海外でもやらないが鉄則」とおっしゃいます。旅先では舞い上がってしまって、観光気分で普段はしない行動をすることもあるでしょうが、長期滞在をする場合は慎重な態度と行動が求められます。 “おのぼりさん”的な観光気分ではなく、タイで暮らしている意識で長期滞在することが大切ではないでしょうか。そうすれば自ずと地に足がついてスキがなくなり、周りから狙われることも少なくなると思います。
ロングステイ・コンサルティング社の佐藤さんも「日本は世界でも例外的に安全な国なんです。タイに限らず海外では事件や犯罪は多発していますので、安全に対する意識を持たないといけません」。 さらに「タイは車優先の交通ルールですから、注意して道路を横断しないといけません。日本のように車は止まってくれません。その上、人間の命の値段が10万バーツ(約30万円)というお国柄ですから、交通事故に遭っても少額しか補償されません」。
次はわたしのコメントです。日本でも同じことですが、人通りが少ない路地や夜のひとり歩きをしないことです。特に、夜女性がひとりでタクシーに乗ってはいけません。運転手による犯罪が頻発しているといいます。
それから日本人が日本人を騙すこともあるようです。チェンマイ辺りでは先に滞在している日本人が、新米ロングステイヤーに親切にして安心させ、詐欺まがいのトラブルが多いと聞きます。特に不動産をめぐるトラブルが目立ちます。外国人(日本人も)はタイでは土地を購入することができませんので、ウマイ話には乗らないことです。
またタイ人女性と仲良くなって、家を購入して女性の名義にしたとたんに乗っ取られることもよくある話です。 これをトラブルとみるか、男の勲章とみるかは、その方次第なのでしょうが・・・ いずれにしても不動産に絡む話には十分な注意が必要です。
海外では「自分の身は自分で守る」、つまり自己責任で行動する心構えが必要になります。
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June 08, 2006
イサーンのピマーイ遺跡

ロングステイの目的についても、ロングステイ・セミナーのテーマのひとつになりました。TATによると驚くべきことに「何をやったらいいのでしょう」と問い合わせる人もいるそうです。 こういう方には逆に「タイに何をしに行くのですか?」と尋ねたくなります。
わたしのブログ読者の方から、次のようなコメントをいただきました。
海外ロングステイが成功するか否かは、次の2点にかかっています。 ①「現地で何をして過ごすのか」 ② 食事 です。 毎日が日曜日になりますから、日中、何をして時間を過ごすかが最大の問題です。
ボランテイア、スポーツ・・・特に趣味も無く、単に暇を潰すしか無い方には、海外のロングステイは苦行になります。
また、食事も重要なポイントです。タイ食が口に合う方は10%もいません。当初は美味しいと感じられたタイ食も、時間がたてば、日本食一辺倒になってきます。お年寄りであれば尚更です。
単に物価が安いことを求めて、海外ロングステイへ行かれた方は、99%日本へ逆戻りです。
まったくその通りだと思います。目的は何でもいいのです。難しく考える必要はありません。自分の好きなことや趣味を滞在中の目的にされるといいと思います。たとえば、ゴルフ、温泉や遺跡めぐり、タイ舞踊やタイ料理、タイ語の勉強、暖かいタイで病気の療養、リハビリなど、さらにボランティア活動や草の根の国際交流まで、思いつくものだけでもいろいろあります。
好きなことだと続けられまし、生活にもメリハリが出て、生活が単調にならずにリズムも取りやすくなることでしょう。
繰り返しになりますが、ロングステイをする場合「タイで何をするのか」が最も重要な課題です。最近はロングステイの滞在希望地として、アジアの国々が上位にランキングされていますが、物価が安くて暮らしやすいというのが人気の理由です。しかし物価が安くて生活しやすそうだけではダメです。滞在目的がないと必ず失敗するといっていいでしょう。
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June 06, 2006
有名なオリエンタルホテル

今回のロングステイ・セミナーの一番のねらいは、 「ねばならない」的な条件が多数あるように見えるロングステイのステレオタイプを崩し、ハードルを低くし間口を広げることです、とTAT(タイ国政府観光庁)の陣内さん。 その話を聞いたとき、そんなにロングステイを堅苦しく考えている方が多いのかと疑問に思いました。
しかし「ロングステイ・ビザ(あるいは他のビザ)を取らないと、長期滞在を始められない?」など、このような問合せが多数TATにくるのだそうです。びっくりしました。また、一度もタイに行ったことがないのに、ロングステイを決断しようとする方もいると聞きました。
まずは気楽に観光ツアーや下見ツアーに参加して、タイがどんな所なのか自分の目で見て、タイの空気を吸ってみて、直接タイを肌で感じてくることが大切です。
そこでタイが合っているとか、好きだなと思ったら、少しずつ滞在期間を延ばしたり、タイ国内各地を回ってみたりするのが第2段階です。30日間はビザなしで滞在できるのですから。
だんだん慣れてきたら、自分で飛行機のチケットやホテルの予約などもできるようになるでしょう。滞在中もスーパーなどで物の値段を確かめたりして、 「生活の視点」で滞在することが大切です。もし他の国でロングステイの候補地があったら、同じようにその国を直接感じてみましょう。 その上で、タイでロングステイをするかどうかを決めたらいいのです。
ここまで来れば現地の状況もかなり分かってくるので、具体的な長期滞在のプランが立てられるのではないでしょうか。ロングステイへのハードルもぐっと低くなっているはずです。
そして第3段階の本格的にタイで長期滞在を始める時に、ロングステイ・ビザを取得したらいいのです。
最近はタイの方がビザが取得しやすくなっていて、申請した即日に許可が下ります。
少しずつステップを踏んで、海外でのロングステイが自分に合っているのか、よく見極めてから出発しましょう。
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June 05, 2006
水上マーケットにて

5月27日福岡で開催されたタイ国政府観光庁主催のロングステイセミナーに、わたしと一緒に講師としてロングステイ・コンサルティング社の佐藤裕氏が出席されました。その折にロングステイ・ビザの申請や銀行口座開設の最近の状況について、話しをされましたので紹介します。
ロングステイ・ビザ
これまでロングステイ・ビザをタイで申請した場合、許可が下りるまで1~2週間くらいかかっていたものが、申請したその日に下りるようになりました。これまでも日本でするよりもタイで申請した方が楽だったのですが、ノービザ(30日間滞在可)でタイに行ってからでも十分に間に合います。
さらにパスポートとタイの銀行に開設した口座の通帳があれば、それでOKです。健康診断書などの書類も現地で揃えることが可能です。 健康診断書は、ビザ変更申請する当日に5~10分ほどで受領できます。日本でロングステイ・ビザ申請のものとは全く異なり、ほとんど問診のみです。
日本での煩雑な手続きに比べると、はるかに簡単になりました。これから申請する方にとっては朗報ですね。
銀行口座の開設
以前バンコク在住の読者の方から、このようなコメントをいただきました。
バンコク銀行の日本語HPでは、3月までは「旅行者でもパスポートだけで口座開設ができます」と大きく書いてあったそうです。ただし、取引妙味が無い外国人客が来たら「労働許可証の提示」を求めて、口座開設を断る口実にしても良い、とも書いてあったようです。
ところが、4月2日に中央銀行から通達が出て4月10日頃になってHPが書き換えられ、 「旅行者は口座開設ができません。口座開設には労働許可証か1年ビザが必要です」となったようです。
2003年にも、今回と同様の措置が取られたことがあったことがありました。いずれもバーツが急騰した時で、バーツ高騰を阻止するために海外からの投機資金を制限する目的で、口座開設を制限する動きになったようです。
佐藤さんが、この件についてバンコク銀行の本店に確認したところ、確かに旅行者は銀行口座の開設ができなくなっているそうです。 現時点でバンコク銀行で口座を作ろうとすると、在留証明書、日本から送金したという送金証明書、現地で身元保証をしてくれる会社の証明書などが必要となります。これでは旅行者やロングステイ・ビザを取得しようとする人は、口座を開くことができません。
そこでひとつの方法を教えてもらいました。それは、東京と大阪にあるバンコク銀行の支店で口座開設の申し込み手続きをするのです。バンコク銀行の日本の支店は、バンコクに書類を郵送してバンコク銀行の本店に口座を開設してくれます。その新しい通帳が日本に送られてくるということです。日本の支店に口座ができるのではなく、バンコクの本店に口座が開かれます。
なお、日本から開設依頼する口座は定期預金のみですが、ビザの自己保証の口座としては定期預金のままで構いません。ただ、定期預金はATMカードが無いので、ビザ申請後、普通預金に振り替えることもできます。
これまでも中央銀行からの通達はちょくちょく変更になっているので、また制度が変わるかもしれません。 しかし、ロングステイ・ビザを取得するには、タイの銀行口座に80万バーツの送金が必要になりますので、口座を開設できないとなると困るわけです。当面は日本の支店で手続きをしないといけないですね。
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June 02, 2006
ワット・ポーにて

その2
佐藤さんとわたしの講演につづいて、「タイで暮らす魅力 -長期滞在への取り組み方」というテーマでパネルディスカッションを行いました。 西日本新聞の前バンコク支局長 宮原拓也氏をコーディネーターにTATの陣内さん、佐藤さんとわたしの4人でのパネル討論です。
最初にロングステイをするにあたって大きな問題となる住居選びとその探し方、そして毎日の食事をどうするかのテーマです。
第一の住宅選びは高級サービスアパートメントからタイ人が一般的に暮らしているアパートまでピンキリですが、自分の予算と希望の間取りなどを考慮した上での物件探しとなります。 タイの不動産屋はその手数料を大家から貰うのが慣例になっているので、安い物件を扱っていません。信頼のできる不動産業者に頼むことと、いかにして予算に見合う物件を探すかが鍵になります。
第二の食事については、毎日口にするものですから重要な問題でしょう。いくらタイ料理が美味しいといっても毎日では飽きてしまいます。シニアにとってはなおさらです。 日本食材を買ってきて自宅で料理するのもよいでしょうし、バンコク市内にたくさんある日本食レストランで手軽な値段で和食を楽しむこともできます。
また、近所のスーパーで、日本の食材も含めて品揃えや値段を把握することも必要ですね。
さらに滞在中の医療や医療保険の問題、日本から年金を送金する方法など、多岐にわたるパネルディスカッションになりました。
タイで契約できるシニア向けの医療保険はあまりないので、日本で海外旅行傷害保険に加入するのが一般的であること。国民健康保険が適用されるので、帰国後、タイで支払った医療費の還付請求ができること、などが紹介されました。 ただし、医療費全額が還付されるのではなく、日本の医療報酬基準に基づいた医療費になるので注意すべきでしょう。
1年以上長期のロングステイをする場合、申請すると年金をタイに送金することが可能です。
手続きについては、社会保険庁のホームページを見ると窓口で直接お尋ねくださいとなっていますので、最寄の社会保険事務所で確認されるといいでしょう。
まとめとして、TATの陣内さんから「まず一度タイを訪問してみることです。現地の空気を吸い、自分の目で確かめてくる、タイを直接肌で感じてくる。その上で長期滞在するかどうか決めてみては」というアドバイスがありました。
休憩なしで2時間あまりのセミナーでしたが、みなさん熱心に聞いておられ、またメモを取る方も多くいらっしゃいました。このようなシニアのロングステイへのニーズに応え、正しい情報の提供とサポートが必要だと、このセミナーから実感した次第です。 今回のセミナーが、参加されたみなさまのロングステイに対するハードルを低くして、ロングステイを実行する一助になったのであれば幸いです。
これからも切り口を変えて、ご要望にお応えできるロングステイセミナーが開催されるよう提案していきたいと思います。 なお、セミナーの中で特にお知らせしたいテーマについては、別途記事にしていく予定です。
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June 01, 2006
講演をする佐藤裕氏

その1
2006年5月27日(土)、タイ国政府観光庁(TAT)と西日本新聞社主催のロングステイ・セミナーが、福岡で開催されました。 「もっと知りたい長期滞在事情 ~タイランド~ 」というセミナーのタイトルです。
当日は早くも梅雨のような雨にもかかわらず約200人の参加者があり、会場はほぼ満員の盛況ぶりでした。当初120人の参加者を予定していましたが、予想をはるかに上回る参加申し込み者があったため、急遽会場のセッティングを変更して対応したとのこと。それでもお断りした方がいらっしゃったそうですから、最近のロングステイへの関心度の高さがうかがえます。
プログラムは、わたしとロングステイ・コンサルティング社の佐藤裕氏の講演とパネルディスカッションの構成です。
わたしには「最近の長期滞在事情」を話してくれということで、今年から話題になりつつある“年金移民”の話を交えながら、マレーシア、タイなどアジア各国の人気が上がっていることを説明しました。
次いでロングステイの実践者の方へのインタビューを事例にしながら、夫婦ふたりの場合、男女それぞれ単身の場合などケースごとに紹介しました。 さらに、研究成果の中からロングステイにはどのような役割・機能があるのかや、ロングステイから得られることについて解説させていただきました。
いくつか話しをしましたが、ロングステイの滞在目的を持つことが重要であること、ロングステイに行くことが目的ではなく、ロングステイがこれからの生き方や人生を考えるヒントやきっかけになってほしいことに重点を置きました。
続いて佐藤さんが「タイの受け入れ事情」について、最新の情報や実務的な内容を講演されました。
佐藤さんは、年間ロングステイ関連のお客様400人ものビザの申請を扱っている専門家で、その実務を通しての注意点やアドバイスがありました。 とりわけビザの申請手続きや銀行口座の開設について、最近の変更点を中心とした解説があったので、参加者の方にとっては有益な情報になったことでしょう。
また、タイの医療、治安からロングステイに向いていないタイプや滞在中に注意すべき点などについても、実例を挙げながら説明がありました。
つづく
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May 24, 2006
Sさんが住むサートーン地区

その3
・タイのロングステイの課題
タイでロングステイを始めてみて、その問題点や課題をいくつかあげてもらった。
① まず医療保険の問題がある。
現在は日本の海外旅行傷害保険に加入していて毎年更新している。 しかし、最近は新規に1年間の契約を申し込んでもなかなか受け付けてもらえないと聞く。
タイでは医者にかかる費用は安いが薬代が高く、毎月1万バーツ以上支払っている。海外旅行傷害保険を使うこともできるのだが、翌年以降、既往症は保険が利用できないため、高額の医療費が発生したときのことを考えて医療費は自腹で払っている。 現在はリュウマチの医療費はなくなり、年令相応の他の病気の医療費が発生している。
タイには60歳以上の長期滞在者が加入できる医療保険がないので、タイの日系の保険会社がそのような商品を作ってもらえるとありがたい。
② タイでは手頃な家賃の住宅を探すのが大変である。
タイの不動産屋は、仲介手数料を大家からもらうのが慣例になっている。安い物件は大家が手数料を少額かほとんど払わないことが多いため、不動産屋は2万バーツ以下の物件を扱っていない。 そこでSさんは自分で手数料を払って、このコンドミニアムを探してもらった。
予算に見合う気に入った物件を探すのに苦労するが、生活費の中で家賃の占める割合が大きいので、ロングステイの場合住居探しは重要なことであるという。
③ ロングステイ・ビザの問題
長期滞在をしようとした場合「先にビザありき」だ。ロングステイビザが取得できるというのも、滞在先としてタイを選んだ理由の一つである。
在日タイ大使館でロングステイビザを取得しようとすると,申請手続きが煩雑である。しかし、パスポートとデポジットのお金があれば、同ビザをタイ本国で申請すると比較的容易に取得できる。
ビザの申請はどの国も同じく煩雑なのだが、タイは在日大使館と本国とに大幅な差があるので、在日大使館での申請手続きが簡素化されると、今後申請がしやすくなると思われる。逆にいえば、ロングステイビザ(リタイヤメントビザ)が優遇されているともいえます。
インタビューした3月末で、まだ5ヶ月間のバンコクでの滞在だが、ポーランドでは10年近く海外生活の経験があるSさん夫妻。 その長い海外生活経験を通して、自分が変わった点について尋ねてみた。
「日本にいたときよりも物事をはっきりと言うようになったと思います。外国人には日本のように以心伝心では意思が通じないのです。 しかし、はっきり物を言ったからといって後には残りません。」とSさん。
海外生活では、現地の人たちと意思疎通を図るためにコミュニケーションの大切さを指摘します。
病院通いしながらも、タイの生活を楽しみ、タイ語の勉強にも積極的に取り組まれているSさん夫妻。 明るく前向きに話されるご夫妻の表情から、ポーランドでの生活体験がこれからのバンコクでの長期滞在やタイ社会との交流に活かされるものと確信した。
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May 23, 2006
Sさん夫妻が住むコンドミニアム

その2
コンドミニアム(2ベッドルーム、70㎡)の家賃は、17000バーツ(約51000円)。水道光熱費を入れると20000バーツくらいになる。毎月の生活費は、Yさんのリュウマチの治療費を含めて最大18万円(約6万バーツ)と目論んでいる。 これは日本での海外傷害保険、生命保険料等の支払いを考慮した上でのもので、現在は、タイ語の授業料が高く予算をオーバーしてしまっている。
食費は自炊中心なので15000バーツほど。日本の食材を買出しに大きなスーパーにも行くが、周辺の市場でも新鮮な野菜やフルーツなどを買ってくる。 主な収入はSさんの20数万円の厚生年金だが、65歳になるとYさんが国民年金を受給できるようになり、また個人で付保した夫婦年金が多少受け取れる。
暖かいタイでの生活と治療のかいがあって、リュウマチの症状がかなりよくなってきた。 「ちょっと暑いけど、リュウマチが軽くなってタイに来てよかった」とYさん。 これからは、タイの豊富な食材を使って自慢の料理の腕を振るうのを楽しみにしている。また、タイの人たちに日本料理を教えたり、カービングやタイ料理も習いたいと考えている。
Sさんは、タイ語を勉強して現地の人たちと交流するのが希望だ。タイ社会と交流するには、まず言葉の問題をクリアしないといけない。買い物ができるくらいの会話力では不十分なので、週4回夫婦でタイ語教室に通っている。 授業料は1ヶ月40時間コースで一人12000バーツとちょっと高いが、日常会話ができるようになるには、4ヶ月くらい通わないといけないだろう。
タイで生活する以上、現地社会に溶け込んでタイの人たちと交流したいと意欲的なSさん。タイでやりたいことを見つけていきたい。今は小額でも取引ができるタイの株を始めていて、ちょうどいい頭の体操になっている。
BTSチョンノンシー駅からしばらく歩いたサートーン地区を選んだのは、日本人駐在員が多いスクムビット地区から離れた方がよいとの考えからだ。 スクムビット地区は便利だが、家賃も物価も高い。タイ人の生活に触れるにはタイ人が多く住んでいる下町がいい。当然物価も安いから、無理なく年金生活が送れるだろうと。
これまでもポーランド人社会で生きてきたし、タイの日本人社会とは適度な距離を保って自然体で付き合っていきたいという。
つづく
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May 22, 2006
Sさんご夫妻

Sさん(63)Yさん(63)夫妻
ロングステイの状況
商社に勤めていたSさんは、54歳の時に早期退職して、昨年まで約10年近くポーランドで生活していた。もともと定年退職をしたら、夫婦で”お袋の味”のような店をやってみたいと思っていたが、定年退職後では体力的に難しくなると考え早期退職して店を始めることにしたといいます。
現役時代に旧東欧を中心に出張する機会があり、そのなかでもポーランドは、緑が多く日本の下町的な人々の性格や人情、また仕事でなく個人の生活を最優先する日本とちがう価値観を持つ人達や国である。たとえば休暇(30日間)は目一杯取って休み、1ヵ所でのんびりと過す。日本人のように目一杯旅行して走り回らない。 このような国ポーランドが気に入り、この国で過すのもよいかなと考え移り住むことにした。
埼玉県の自宅を売却した資金をもとにポーランドでは日本食レストランを共同経営し、その後ポーランドの置物や日本の陶器などを扱うギフトショップを2年ほど営んでいた。
しかしポーランドの厳しい寒さのため、奥さんのYさんの持病であるリューマチが悪化した。日本に住む娘さんから、帰国しても物価の高い日本での年金生活は大変だし、同じように冬が寒いので暖かい地域での生活を勧められた。
Yさんのリューマチの治療のため、温暖な気候(実際は暑い)であること、医療水準が高く日本語が通じる病院があり、また対日感情がよいことなどが、タイを新しい生活の地として選んだ大きな理由である。
こうして2005年10月より、バンコクでロングステイを始めることになった。1年間有効のロングステイ・ビザを取得しての滞在である。 定住志向はあるものの、一般にいわれる「ロングステイ」は意識していない。健康状態がよければ10年を目安にできるだけ長期に滞在したいと考えている。
つづく
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May 11, 2006
明るい雰囲気の「亀や」の室内

これまで№18,19と№328「ロングステイの経験を地域に活かす」で登場していただいた西 郁子さん(64歳)。 №328は、福岡市博多区吉塚の住宅街で、コミュニティビジネスを始めるという新聞記事を紹介したものでした。
西さんは、この街で40年以上、美容院を経営してきた2代目。現在84歳になる母親との二人暮らしです。60歳で美容院の経営から退いた後、2003年1月から約1年間、単身チェンマイにてロングステイをした経験がある。
このロングステイと現役時代の経験を活かして、自分が住む地域でコミュニティビジネスを始めたのです。今回、4月6日にオープンした「よりあい処 亀や」を訪問させていただきました。
以前から自宅横で経営していたアパートの2室を改装。ご近所の人が気軽に集まって「何でも語り合える場所」、つまり昔から地域共同体にあった「寄り合い」の場所を作りたかったといいます。それが「よりあい処 亀や」なのです。
通りに面したベージュ色の外壁には、亀がデザインされた「亀や」の看板が掛かっています。ランチのメニュー看板もありますので一見「食事処」のようです。 しかし、引き戸の入り口を入ると、すぐ左手がオープンのキッチンになっていて、食堂というより家庭の台所といった感じで、家庭的な雰囲気に心が和みます。
その奥には3組のテーブルセットがあって、みんなで語り合ったり、食事やお茶を飲むこともできます。室内は木の風合いが生かされ全体にベージュ系にまとめられているので、お洒落で落ち着いた空間となっています。
ご近所の奥さんや知り合い7人が交代で集まり、家庭料理中心のランチを出している。デザートも付いて600円です。アフターコーヒーは100円。生ビールも400円と手頃な料金で飲ませてもらえます。営業時間は11時から夕方6時頃まで。グループの予約が入れば、夜も開けているそうです。
またメンバーが作ったステンドグラスの作品や手作りのバッグ、陶器などが展示販売されています。
「近所の人が気楽に寄り集まることができる場所」を作りたかったと西さん。この「亀や」は食事処でも喫茶店でもなく、地元の人の情報交換やコミュニケーションの場なのです。
地域で求められる講座や教室を開くことが主な目的で、お茶や食事は付随的なものだといいます。たとえば、福岡市の「家庭でのゴミ減量とリサイクル」「だまされんばい 悪徳商法」などの出前講座や、コミュニティビジネス講座で知り合った仲間が主宰する書道教室などを計画しています。西さん自身も夏の浴衣の着付け教室を考えているそうです。
博多の下町の雰囲気を残す吉塚地区ですが、都市化に伴い地域のつながりや人間関係がだんだん薄れていく中、このような講座や教室を中心とした「地域の居場所」として、また地域の問題や課題をみんなで話し合って知恵を出し物事を進めていく、まさに「寄り合い」の役割が期待されています。
元々行動派の西さんですが、チェンマイでのロングステイ体験も活かされているとおっしゃいます。前向きな考え方を実行に移す西さん、生き生きとしたシニアライフの実践者であり代表者ともいえるでしょう。 そして「行動すること」の大切さを教えてくれています。
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May 06, 2006
ワット・ポーにて

お知らせです。
5月27日、西日本新聞社とタイ国政府観光庁の共催でタイのロングステイ・セミナーが開催されます。「もっと知りたい長期滞在事情~タイランド」というセミナーです。 このセミナーの第1部で、わたしが「最近の長期滞在事情」というテーマで講演をすることになりました。わたしに続いて、バンコクからロングステイ・コンサルティング社の佐藤 裕さんが来福され、「タイの受け入れ事情」という内容で話しをされます。
第2部は「タイで暮らす魅力―長期滞在への取り組み方」についてのパネルディスカッションになっています。 佐藤さんとわたし、そしてタイ国政府観光庁の陣内幸子さんがパネリストになって、西日本新聞社前バンコク支局長の宮原拓也さんがコーディネーターを務められます。
まだ何を話すか考えていませんが、よい所ばかりではない本音ベースのロングステイ事情、ロングステイ実践者の生の声、生き方や人生のヒントなどロングステイから得られるもの、そのような内容にしようかと思っています。
現地の状況やビザなどロングステイの実務については、この道の専門家である佐藤さんが、詳しい情報を紹介されることでしょう。データ編は佐藤さんにお任せして、インタビューや取材から感じたこと、得られたものを中心に話しをする予定です。
福岡での開催になりますが、これからロングステイを検討しようという方や関心がある方は、是非参加してください。お待ちしています。120人の会場と聞いていますが、もし定員一杯で申し込みできなかったという方がいらしたら、前日の26日にもJTB主催のロングステイ説明会(福岡の天神ビル)があります。 こちらでもわたしが講演しますので、ご参加ください。
セミナーの概要は、以下のとおりです。
・時間:5月27日(土)午後1時30分~
・場所:福岡国際ホール「志賀の間」 (福岡市中央区天神 西日本新聞会館16階)
・応募方法:はがきまたはFAXで。参加費は無料。
・申し込み先:〒810-8721
西日本新聞社 企画推進部 「タイセミナー」係
FAX 092(731)5210
・問い合わせ先:西日本新聞社
「もっと知りたい長期滞在事情 タイランド」係
TEL 092(711)5491
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April 20, 2006
ますます若々しいSさん

2002年10月からバンコクでロングステイを始めて4年目を迎えるSさん(69歳)と、3月下旬に再会しました。
単身でロングステイをしながら、毎週土曜日に日系の人材派遣会社で日本語を教えているボランティアの日本語教師です。 1週間に1回のペースで生活にリズムが出て良いといいます。「若い人に教えるので気持ちが若返る」というあたりが、Sさんの若さの秘訣のようです。
昨年夏以来の再会でしたが、そのはつらつとした表情からは来年70歳とは思えない若さを感じました。
ランチを食べながら、近況を伺うとともにタイ社会についての感想を伺いました。
「タイは階級社会の国ですが、タイ人は上流の人たちを羨むわけではないし、また人の生活や人生とも比べていない。自分なりの幸福を見つけ出している」。 「 “自分なりの人生を楽しんでいる”のがタイ人で、お金がなくても明るく心から幸せそうだ」とおっしゃいます。
言い換えると「物事に執着しない・こだわらない、くよくよしないという」ことであり、それこそが「マイペンライ」なのだと、改めて実感させられたといいます。 つまり、心配してもどうにもならないことは心配しないのがタイ人なのです。 「タイ人は人生の達人ですよ。人生の生き方を学ぶことができます」とSさん。
それに対して日本人は会社の上司、家族や近隣など周りを気にしながら生きていると指摘します。
Sさんは自身の人生を振り返りながら、「自分もそのような日本人だったけど、タイ人に人生の生き方を教えられましたね。タイに来てみると、そんな日本的な考え方がばからしく思えます」。
「特に日本の男性は見習うべきですね。定年になったら一度は海外で生活してみるといいんですよ。みなさん将来の年金のことなど、いろいろ心配しますが、自分ではどうしようもないことは悩まないことです。 悩むことも必要ですが、悩みすぎて落ち込むことほど意味のないことはありませんね」と、海外に出てみて気づくことが多いとおっしゃいます。
加えて「悔いのない人生を送るためにも、自分がやっておきたいと思ったことは何でもやっておくべきです。」と、シニア男性に対してアドバイスとエールをいただきました。 ロングステイの実践者の言葉は、その生活体験に裏づけされたものだけに、一層説得力がありました。
Sさん自身もタイでのロングステイを通して「人生の達人」になられているようです。
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April 12, 2006
バンコクのワット・ポー

海外で長期のロングステイする場合、どのようにして年金を受け取るかについてです。これは日本から住民票を移し、海外に転出する在留届けをしているケースです。
年金の送金方法について、社会保険庁のホームページなどで調べてみましたが、具体的な内容や方法の案内はなく「年金については管轄の社会保険事務所に問い合わせてください」とあります。まあもっともな答えなのですが、これまでよく分からないままでした。
しかし、バンコクで実際に年金を受け取っているSさんから話を伺いましたので、簡単に紹介します。
結論として、直接海外で現地の銀行口座に送金してもらうことができるということです。
まず、社会保険事務所で海外で年金を受け取るのに必要な書類をもらってください。 この書類に振り込んで欲しい海外の銀行口座を記入します。ですから事前に海外で口座を開設しておく必要があります。
つぎに「在留届」をしてください。そして現住所がタイにあることを証明する「在留証明書」を発行してもらい書類に添付します。 アソーク通り(スクンビット ソイ21)のサーミットタワー9階にある日本大使館領事部で手続きができるそうです。
書類が整ったら社会保険事務所に申請をして終了です。受理されると指定した海外の銀行口座に振り込まれます。 ただし、現地通貨(タイの場合はバーツ)で送金されますから、為替変動の影響を受けることになります。最近は円安・バーツ高なので、振り込まれる金額が目減りしていると嘆いていらっしゃいました。
以上のようなSさんからのお話しでした。
これは送金方法についての概略です。また、個人ごとに年金の事情も異なってきますので、必ず社会保険事務所の窓口で問い合わせされることをお勧めします。
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March 16, 2006
いきいきとした西さん

3月14日、西日本新聞の「現役時代の経験 地域に生かす」という記事で、シニアのコミュニティビジネスが取り上げられています。 この中に以前ブログ(№18,19)で紹介した福岡市の西郁子さんの記事が載っていました。
西さんは、2003年1月から約1年間、チェンマイでのロングステイ経験があり、そのインタビューをブログで紹介したのです。以下は新聞記事の全文です。
福岡市博多区吉塚の住宅街では、中高年の女性たちが、「食事をしながら気軽に何でも語り合える場」をつくろうと、CB(コミュニティビジネス)に漕ぎ出そうとしている。
中心は、この街で40年以上、美容院を経営してきた西郁子さん(64歳)。60歳を過ぎて引退したが、以降も家の中で過ごすよりも人とかかわり続けたかった。自分に何ができるか考えて思い浮かんだのが「地域に住んでいる人が、何となく集まれる場所」だ。
レストランよりも気楽に、日ごろの悩みを語り合ったり、うっぷんを晴らしたりできる場所が、街角にあってもいい。
そんな思いで市のセミナーに参加し、CBのノウハウを学んだ。
出店先は、約20年前に建てて経営しているアパ-トの一室だ。住宅金融公庫から借金をして改装。テーブルなどはリサイクル店で安く買った。木の風合いを生かした内装は、公民館よりもおしゃれな雰囲気を演出している。
店名は、「食事処」ではなく「寄り合い処 亀や」にした。15席ほどの店内では、惣菜類やお茶を出し、住民が趣味で作った手芸品なども展示販売する。4月にも開店する予定で、美容院時代の顧客や近所の知人ら10人ほどの女性が手伝ってくれている。
84歳になる母は当初、賛成しかねていた。西さんは「確かに、年金があれば生活に困ることはない。CBを始めても、失敗するかもしれない。それでも何もせずに後悔したくはない」と主張した。今では母も「私もレジ打ちの練習ばせんとね」と励ましてくれる。
西さんたちは、「将来ここで洋裁が得意な人とか英会話ができる人なんかに講座を開いてもらうのもいいね」と胸を膨らませている。
「地域に住んでいる人が、何となく集まれる場所」というのは、いいですね。つまり「地域の居場所」ということだと思います。地域に根ざしたシニアが、地域にみんなが集まれる居場所を作るというのは、素敵なことですね。
「寄り合い」とは、もともと農村集落を運営するための会議のことで、全員参加して知恵を出し合い物事を進めていたのです。西さんにお尋ねすると「寄り合うことによって、些細なことでも解決できる糸口ができるのではないかと『寄り合い処』になりました」とのこと。
また「亀や」の由来については、「人に優しかったおばあちゃんの名前と、『かめとうさぎ』から歳をとってもゆっくり目的を持って進んでいきたいという私の願いを込めました」ということです。
そして「何もせずに後悔したくはない」というのは、いかにも西さんらしい言葉です。わたしのインタビューでは、こうおっしゃいました。 「年だからと思わないで行動してみる、何でもやってみる」と。これこそが、西さんの身上なのです。実際に行動に移してみる、やってみると意外にできてしまうともおっしゃいます。
その行動力の底流には、若い時よりも今の方が時間を大切にしたいという思いがあるのです。それが、いきいきとした西さんの生き方であり、元気の素なのです。
そして忘れてはならないのは、ロングステイの経験もきっと活かされていることでしょう。前向きな考え方を実際に実行する西さんに拍手を送りたいと思います。 「行動すること」の大切さを教えてくれます。
開店後、是非訪問させていただきます。楽しみです。
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March 09, 2006
民族衣装を着たチェンマイ美人

ロングステイの影の情報
熱病に浮かされたような感もしないでもない「チェンマイ・ロングステイ」。 TVや雑誌等で手を変え品を変えて取り上げられる「チェンマイ・ロングステイ天国」・・・
こちら現地のチェンマイに定住していると「大本営発表」のようなロングステイ天国なる喜びの情報は、私にはさほど耳に入ってこない。むしろ事情に疎い新参ロングステイヤーが、定住ベテラン日本人から直接または間接的に、大なり小なりの騙しにあった被害の噂話の方が、あちこちで密かに語られているようだ。
半分面白がって、半分馬鹿にして・・・。
まあ、被害が噂話として伝わると、尾ひれが付いて大きくなる場合が多いし、眉唾物も多い。話半分、否、話4分の1とまで、慎重に受け取ることが必要であろう。 それにしても、事情に疎い“新参ロングステイヤー”が大なり小なりの騙しやペテンに遭うケース(話も含めて)が、ごろごろ転がっている。
考えようでは、新参者が“騙しやペテン”にまったく遭わずにロングステイするのは、かなり困難な気さえしてくるほどだ。 断っておくが、海外で「日本人が日本人を騙す!」のは、何もチェンマイに限らず、世界各地の日本人社会で今も昔も起こっていること。その当り前さが、当り前に知らされないのが「チェンマイ・ロングステイ」の危うさの一つではなかろうか? いわゆるロングステイの注意点(マイナス情報)が、「シニアの新しい生き方としてのロングステイ」(注 わたしのブログのことです)のブログにも出ています。 内容を読むと、やはり「チェンマイ」は、とりわけ「長期定住日本人」に注意しないといけないと、日本でも考えられている傾向がありますね。
だがすぐに、これも“危ういかも”と脳裏をよぎった。リタイヤした年配でも男は男、可能ならば女遊びをしたくなるのは古今東西変わらないかも。
チェンマイ市内では、日本人の持っているであろう懐のお金に(多分?)、笑みを投げかけて近づいてくる若い女性は少なくない。 それを、「チェンマイのチェンマイゆえの甘い誘惑」とでも言おうか、それにずるずるとはまっていくパターンは枚挙に暇がない。 実際にそうなっている旦那単身ロングステイヤーも少なからずおられると、ちらほら耳に入ってきている。
今後もさらに流行ると確実視されているチェンマイ・ロングステイ。なにもそれはご夫婦でのロングステイだけではなく、むしろ主人だけの単身ロングステイもある。 あるばかりでなく、ますます増えて、割合的にはご夫婦より上回るのかもしれない。
ロングステイの実態について、現地に在住している方ならではの記事ですね。 タイで人気の滞在地であるチェンマイのロングステイには、 “光と影”の両面があるようです。
夫婦ふたりの典型的なロングステイヤーもいれば、男性の単身ロングステイもある。最近では、年金だけでは暮らせないという理由で日本を脱出してくる「年金移民」タイプの方までいらっしゃいます。
また、その滞在目的もさまざまです。 さらに長期に滞在している日本人が後からやってくる日本人を騙す不動産のトラブルや、タイ女性にまつわる話しも多いようです。 それらを全部ひっくるめてチェンマイらしさというか、チェンマイ・ロングステイの特徴なのかもしれません。
チェンマイが自分の“居場所”としてふさわしいかどうか、ロングステイの“光”の部分だけを見ないで“影”の部分も認識して、検討しなければいけませんね。
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March 08, 2006
チェンマイ郊外のフォーシズンズリゾート

チェンマイ郊外で田舎暮らしをしていらっしゃる山内恵二さんの「チェンマイ・田舎・新明天庵だより」から、チェンマイのロングステイ事情に関する記事を紹介させていただきます。 山内さんは、北タイ情報誌「CHAO」編集者でもあり、いつも貴重な情報をいただいています。
典型的ロングステイヤーは多いのか?
ひと口にロングステイといっても、チェンマイ市内には実にさまざまな形のロングステイヤーがおられるようです。定年退職や早期退職などで自由の身になり、御夫婦や単身で長期 滞在する、典型的ともいえるロングステイヤー。 その方々にも、2通りのタイプに分かれるでしょう。
一つは、あくまで日本に住居がありチェンマイを南国別荘暮らし感覚で長期滞在しているが、年に数回は気候の良い日本で短期間過ごす。このタイプの人は、それを可能にする経済的余裕や住環境があるからでしょう。
もう一つは、一応でも日本の生活をたたんで、こちらで曲がりなりにも腰を据えて本当の長期滞在をなさっている方。このタイプの人は、日本に帰るというか、行く場合は基本的にはなくなるでしょう。
次に、典型的ロングステイの範疇に入らないリピート短中期滞在者も、かなりの数おられるようです。 1ヶ月からせいぜい長くても3ヶ月滞在しては、日本に戻って金と暇が出来ればまたやってくる。この繰り返しです。 これは30歳から50歳代の、それも男性の方々がほとんどであろう。
そして、チェンマイにはロングステイでない、定住日本人もかなりの数にのぼってきているようです。 タイ人配偶者を得て定住している。いわゆるミヤノーイ(妾さん)と暮らしている定住者。
日本語教師やホテル・ツアー会社などに、正式あるいは闇バイトとして一定の仕事を得ながら定住している。
こちらの日本企業に派遣されている日本人などがあげられます。
このように考えると、典型的なロングステイヤーは、チェンマイの全体の日本人の中では、むしろ少数派ではなかろうか。そんな気がしないでもありません。
つづく
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March 02, 2006
大根菜を洗うリス族の女性

日本野菜の畑
「こめや」の事務所からチェンライ市内の方へ車で約10分、日本野菜を栽培する畑に案内していただきました。
広さ2ライ(約1ha)の畑いっぱいにきれいに畝が盛り上げられ雑草もなく、よく管理されていることが分かります。
たくさんの種類の日本野菜が栽培されていて、なす、きゅうり、トマトをはじめ、里芋や山芋まであります。なかでもキャベツ、大根、ごぼうなどの秋野菜が青々と育っていて収穫期を迎えています。 きゅうり、トマトは年中採れるそうですが、さすがに涼しいこの時期やや元気がなさそうです。その反対にこの時期、秋野菜が立派に育っているわけです。
この畑は地元の農家から土地を借りて、自分の楽しみで野菜作りを始めたということですが、だんだんとその種類が増えていきました。日本の種を持ってきて栽培しているのですが、土地や気候も合うのでしょう。日本でみる畑とまったく同じです。日本ほど寒くならないので、夏野菜も年間を通して収穫できるのはいいですね。
今では採れた野菜を地元の日本料理店などに卸していて、その新鮮さが喜ばれているそうです。手作りのビニールハウス内には、青じそが柔らかそうな葉を広げています。これもお寿司用に出荷されるとのこと。
平岩さんと一緒に畑の世話をしているのが、住み込みで働いているリス族の3人です。少数民族の若者を雇い、畑の敷地内の住居で生活しながら働いてもらっています。少しでも彼らの職場を確保する願いも込められているのです。ちょうど若い女性二人が、朝収穫したばかりの大根菜を水洗いをしていました。このみずみずしい青菜を漬物にするのだそうです。
また、大きな大根もたくわん漬けにして商品化しています。
直接米を作っていない平岩さんですが、ここでは野菜づくりに精を出しています。日本とものと比べると2倍はありそうな大玉キャベツを前に、嬉しそうに説明されます。 やはり土と接して野菜を育てている平岩さんは、生き生きしていました。
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March 01, 2006
平岩逸雄さん 事務所にて

チェンライでの生活と今後
チェンライにも「日本人会」があり、正式には「チェンライ日泰協会」といいます。平岩さんは日本人会の会長を務めています。 リタイア組を中心に80数名の会員が在籍し、年に3~4回の例会を開催している。この12月25日には、餅つき会を兼ねてクリスマス・パーティーを開きました。 日本人シニアとタイ人女性との子どもたちがいて、家族揃っての餅つき会は盛況でした。
現在、平岩さんはタイで会社を経営しているのでビジネスビザで滞在していて、労働許可証(ワークパーミット)も取得しています。
チェンライで米づくりをしてよかったことは、第一に会社勤めに比べてストレスがないこと、第二にお金もうけをしないでよいことだといいます。 そんなに黒字を出さなくてもよくて、普通に生活できるだけの収入があればよいと考えているそうです。お金の心配をしないことが、ストレスを感じないことにもなるのでしょう。
反対に困ることは、タイ人を使うことの難しさだとおっしゃいます。 仕事はまじめにするが、指示されたことだけで考えることをしない。またタイ独特の用事休暇や休養休暇などがあるが、そのような休暇を取る際に当日連絡してくるのです。 病気で休むわけではないのだから、事前に申し出をしないタイ人気質に少々困惑気味のようです。
ところで平岩さんは、4年前から少数民族の女の子(9歳)を里子として養育しています元々、日本にいる時から里親を7,8年間継続していました。その時の里子がもう25歳になっていて、「こめや」の社員として働いているそうです。
しかし、里親制度には問題があると指摘します。というのは「里子に会うために実際に来てみると、日本での情報と現地の実態が違うことに気がついたのです」。 年間3万円の教育支援をしていたのですが、里子が実際にいくらもらっているのか日本にいると分からないし、報告もなかったのです。 聞くと見るとは大違いで、毎年仕送りしたお金が、どこに誰にどのように使われているのか全く分かりませんでした。
そこで、奥さんともよく相談して「それなら100%見えるように、子どもを自分の家に住まわせて学校に通わせよう」と考え、本当に貧しい家の子どもを引き取って勉強をさせることにしたのです。
これはタイ北部で梅の植林ボランティアをしている梅林先生の持論でもありますが、「人からの資金でやるのはボランティアではない。ブローカーに過ぎない」と実感した。 「つまり、自分のお金や自分の体力でやるのがボランティアなんです」。自分で行動することが大切だと平岩さん。
その後、里子を探していたところ、自分の畑に働きに来ていた母子を見て、その子(当時5歳)を気に入った。その子の実母は出産後亡くなっていて、後妻さんに育てられていたのでした。 すぐに村長さんを仲介人にして交渉し、里親の承諾を得ることができたのです。
夏休みや冬休みには実家に帰しています。引き取って満4年になりますが、本人が希望すれば進学させたいといいます。親がIDカードを持っていないので、この子にもありません。IDカードがないとチェンライ県から外へ出られないのですが、私立の学校ならば進学できるのです。
最後に「将来はどうされますか」と平岩さんに尋ねたところ、「いずれは帰国しないといけないかな」という答えが返ってきました。 というのは、熊本の実家で一人暮らしをしているお母さんのことが心配だからです。それと先祖代々の田畑や屋敷もあって、平岩さんが後を継がないといけないという事情もあります。
しかし、できるだけタイの地域社会への貢献を継続していただきたいものです。
感想
「自分で行動する、とことんやってみる。そして諦めない」というのが平岩さん。
事業を通して、低所得のタイの農家の経済的支援を行い、個人としては里親となって教育の機会に恵まれない子どもの支援をする。 なかなかできないことですが、持ち前の粘りと根性でやり遂げてきたのだということが伝わってきました。
個人であっても自分ができることとできる範囲で、チェンライにしっかりと根を張って生きている平岩さんです。
そして、これからロングステイを計画する人へ、次のようなアドバイスをしています。
まず第一に、目的を持つこと。日本での経歴や技術を活かすような過ごし方が大切だといいます。特に地方では農業指導などのボランティアが必要とされているのです。
第二に、現地でだまされないようにすることです。日本人が日本人をだますことがありますし、単身の男性はタイ女性に注意しないといけません。 タイ人から日本人はお金を持っていて“打ち出の小槌”だと思われているのです。その意味で友人を作ったり現地に慣れるために、最初は「日本人会」に入会することを勧めています。
つづく
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February 28, 2006
ていねいに袋詰めされます

米づくりの状況
すべてを失った平岩さんは、ここから一念発起して再出発を図ります。 最初に出荷した日本米の評判がよかったので、代理店から米づくりの再開を要請されます。資金を日本からの借金で調達して、また米づくりに取り組んだのです。
現地の農家を説得して回ったが、農家との信頼関係を築くのが一番の課題であった。以前にも日本人が現地で米づくりをしていたが、農家に米代を支払わない詐欺師だったからです。弁護士を立てきちんと契約書を交わすようにし、信頼してもらうのに苦労したといいます。
平岩さんは元々会社勤めだったので、自分では米は作りません。タイの農家に日本米の種もみを供給し技術指導をする。そして収穫した米を全部買い取るというシステムを取っています。 米代は、農家が入荷した翌日に現金で払うそうです。「こめや」は、生産された米の一括買取から精米、卸売りまでを一貫して行っています。
1999年に200ライ(約120ha)ほどの面積から再開しました。初めは、熊本県の農業試験所を退官した方に、現地で契約農家に日本米の技術指導をしてもらった。 現在では500軒もの農家と契約を結び、1900ライ(約1200ha)の作付面積にまで拡大しています。
米づくりを再開して6年目の今シーズンまで、毎年50%ずつ出荷量が増加しているとのこと。 チェンライでは二期作なので5~6月、10~11月と年2回の収穫があり、白米ベースで年間1140トンの取扱量を誇っています。
「こめやの米」のブランドで、チェンマイの日本食レストランやバンコクのスーパーなどに卸されていて、そのほとんどがタイ国内で消費される。 供給が精一杯で、需要に追いつかないほどだといいます。
米の種類は、一番収穫が多い秋田こまち から、ひとめぼれ、人気は高いけれど収量が少ないササニシキ、コシヒカリなど約10種類です。 沖縄の米まで全国の種もみを持ってきて作ってみたが、なぜかチェンライでは日本の寒冷地の品種が合うといいます。朝晩が涼しくなるタイ北部では、東北などで作られている米が合うのかもしれません。
周辺の農家は、これまでタイ米のもち米を作っていました。日本米に代えると収量は減るものの、高く買い取ってもらえるので農家の年収が増え、年々希望者が増加しているそうです。米づくりをすることで、地域の農家の経済的支援にもなっているわけです。
翌朝、精米の様子も見学させていただきました。日本製の大きな精米機が2台並ぶ大きな倉庫兼精米所では、朝から多くの人が働いています。 事務の女性3人を含めて、27名ものタイ人の社員を雇っているそうです。若い人が多く、以前里子として教育支援をしていた20代の男性も含まれています。
日本米には日本製の精米機でないと、うまく精米できないといいます。平岩さんは、米を慈しむように精米の状態を注意深くチェックします。 きれいに精米された米は、スーパーや「こめや」の専用袋に5kgずつ丁寧にパッケージされていました。翌日には出荷されていくのだそうです。
つづく
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February 27, 2006
事務所には「こめや」の看板がかかる

タイ北部の町、チェンライ郊外で米づくりをする平岩逸雄(いつお)さん。 チェンライから南に約10km、ワット・ロンクンというお寺のすぐ近くに平岩さんの精米所兼事務所があります。 事務所には会社名でもある「こめや」の大きな看板が掛かっています。
訪問したのは12月下旬、周囲の田んぼは米の収穫が終わって、日本の晩秋のような田園風景が広がっていました。
タイで美味しい日本米が食べられる、それもチェンライで日本人が作っているという評判を聞いて、今回訪問させていただきました。 平岩さんの米は在タイの日本人に人気で、わたしも昨年8月チェンマイでコシヒカリをいただいていたので、是非一度訪ねてみたいと思っていたのです。 なお、これまでにテレビ朝日の番組「ポカポカ家族」や西日本新聞にも紹介されています。
米づくりのきっかけ
平岩逸雄さんは、熊本県球磨地方出身の61歳。奥さん(54歳)とリス族の9歳の女の子と3人暮らしです。
4年前から少数民族の女の子を里子として養育しているのです。 日本では、長女(33歳)と長男(31歳)は独立していて、熊本の実家には実母(85歳)が健在で、ひとり暮らしをしているそうです。
1997年、平岩さんがチェンライに来て9年目になる。精米機や乾燥機などの農機具メーカーの営業マンとして活躍していたが、定年まであと1年半を残して53歳で早期退職した。
同郷の知人から「タイで一緒に米を作らないか」と誘われたのが、米づくりのきっかけであった。 タイには勤めていた会社の工場がある関係でときどき来ていたが、観光で訪れたチェンライは気候が温暖で冬もあまり寒くなく、好きな石垣島に似ていて気に入っていたことも後押しした。
ところが、翌年その日本人からだまされていたことが判明する。共同経営者として役員に登記されていなかったのである。タイ語で書かれた契約書の内容が分からなかったのが原因であった。
しかし、平岩さんはここで諦めなかったのです。
つづく
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February 22, 2006
チェンマイの夕景

その2
タイ北部の古都チェンマイ。神戸市出身の元会社員(64)と妻(55)は、03年夏から1年の半分を現地のゲストハウスで暮らす。 年金は月約23万円。地元ラジオでDJをしている夫は「少ない貯金を取り崩さずに年金だけで生活するのが目的」と言う。 ぜいたくしなければ月10万円前後で暮らせる。だが、年4回日本と往復する航空運賃の負担が重い。
夫「往復の回数を減らしてもらわないと」
妻「え? そんならもうこっちに来ないわよ。こないに節約して暮らしてたら息が詰まるわ」
タイも日本からの「年金移民」が増えている。日本での長期滞在ビザ(1年)発給が02年は69件だったが、04年は過去最高の203件に達した。長期ビザを取れない低収入の人も増えている。
アパートで独り暮らしをしている元会社員の男性(71)は年金が10万円を切る。日本の市役所で老人ホームを紹介された。2人部屋で夜は外出禁止。迷ったが、断った。 今の家賃は約2万1000円。血圧計の電池代まで毎日家計簿につけ、残った分は貯金する。時々食べたくなる塩こんぶや乾燥じゃこは年に一度帰国した時、スーツケースに詰め込む。 「暇でね」とつぶやいて言い直した。「いや、こっちの方がずっといい暮らしができる。NHKの相撲も見られる」
チェンマイの郊外で、月約1万円でひっそり暮らす男性(58)にも出会った。よれよれの紙を財布から取り出して見せてくれた。社会保険庁のホームページで調べた年金の試算額だ。「60歳 103万円」。あと2年、なんとか生きなければならない。この金額ならタイで暮らしていける。
東南アジア人気のひとつに「生活費が安い」ということがあげられます。 マレーシアとタイの事例のように「年金だけで日本で生活できないから」という理由で、海外のロングステイを決心する方もいるのです。 受入国が期待する「夫婦ふたり、月20万円で豊かな生活」の典型的なロングステイヤーではなく、ここでいう「年金移民」タイプの方が増えているようです。
近頃、国民の格差が広がっているといわれていますが、生活しにくい日本に見切りをつけて、物価が安い東南アジアで老後を暮らす人が、さらに増えるのではないでしょうか。
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February 21, 2006
チェンマイのマーケットにて

今年1月、毎日新聞が「縦並び社会・格差の現場から」というシリーズが連載され、 「海外へ年金移民」という記事が載りました。 この“年金移民”という言葉が気になります。この記事からの抜粋です。
マレーシア半島西岸のペナン島。39階建てマンションで末永千明さん(63)が独り暮らしを始めて半年になる。 「できればずっとこっちにいたい。ゴルフも始めたのよ」。千葉県君津市で事務員をしていた58歳の時にリストラされた。夫とは早くに死別。娘は結婚した。年金は月13万円。娘の世話にはなりたくない。「生活に余裕はないし、日本に一人いるのも……」。不安はあったが、インターネットで移住先を探した。
3LDKの家賃は4万8000円。外食中心の食費は約2万円で済む。ライスとチキンに偏るので生野菜だけは買って煮る。月10万円ちょっとで暮らせるが、日本の住民税や保険料を払えばぎりぎりの生活だ。 ペナンは5年の長期滞在ビザで暮らす人がこの数年で急増し、日本人だけで400人ともいわれる。末永さんのマンションも3年前の2世帯から今は30世帯近くになった。 事業に失敗して年金生活の計画が狂った老夫婦、会社をリストラされ、年金をもらえる60歳まで安く暮らすために来た世帯……。年金不安が海外移住に拍車をかけている。
マレーシアは、年金が25万~30万円の「中流の上」の世帯を対象に「日本の2倍豊かな生活ができる」と宣伝してきた。 だが、生活保護世帯からの問い合わせも来るため、軌道修正を検討している。「いずれ日本人の路上生活者が出かねない」と政府観光局の関係者は心配する。
つづく
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February 09, 2006
BTSナナ駅周辺

以前、ビザについてレポートしましたが、今回は労働許可証(ワークパーミット)についてです。 昨夏、「外国人技術者の労働条件緩和へ」というバンコク発のニュースがありました。つぎのような内容です。
特殊技術などを持つ人材不足を改善するため、政府が外国人技術者への労働条件を優遇する政策を進めている。
タクシン首相が自ら議長を勤めるこの計画は、専門知識を持つ外国人定年者を好条件でタイへ迎えるプランや、
タイ人の知的労働者の育成、そして減少傾向にあるタイ人の単純労働者を補うための途上国労働力の更なる活用法など、グローバル化する世界でいかにして国益につなげていくかが主題とされている。
この記事に対するロングステイ・コンサルティング社の佐藤氏のコメントです。
バンコク都内での労働許可申請は、もう驚くほど緩和されています。 私のところでは年100名ほどの労働許可申請代行をしますが、労働許可の業務を会社で扱い始めて約7年間、1名の不許可も無かったというのが実績です。
タイ人の単純労働者が不足して、近隣諸国の外国人に特別に許可する「外国人労働者カード」なるものを発行しています。 よくニュースで流れるので、タイ人は私たちが取得している「労働許可証=ワークパーミット」とごっちゃになって「あんたも外国人労働者カードってもってるのかね?」とよく聞かれるんです。夢にまで見たとか、プラチナ的存在とかいわれるワークパーミットとは、まるで別物なのです。
このワークパーミット、バンコクと他県では書類の量もかかる時間も桁外れに他県の方が大変なのです。 まさに不公平と言うくらいの大差です。同じ国の行政かと思うくらい違いがあります。
日本、アメリカ、カナダの3カ国の人だけ最低月額6万バーツ(約18万円)の給与規定があります。でもこれは労働許可を出す労働省の規定ではありません。 滞在許可を出す入国管理局の規定なのです。皆さんよく勘違いしています。
日本人はお金を持っていそうだから多く税金を納めさせる →水商売から政府まで徹底的に金に執着した「外貨獲得政策?」。 ヨーロッパ諸国の人が一律日本人より最低月額を低く設定されているのは、とにかく??ですね。
なお、ロングステイ関連のビザでは、タイでは「退職者」と呼びますがいわゆる【ロングステイビザ=OAビザ】・
【リタイアメントビザ=Oビザ】・【年金ビザ=Oビザ】・【就学ビザ=EDビザ】・【タイ人の家族・配偶者=Oビザ】はじめ、とにかカテゴリーが「ノンイミグラントビザ=非移民ビザ」の人は、種類に関係なくワークパーミットが申請できます。 ですからロングステイしながらワークパーミットさえ所持すれば、タイで働くことが出来ます。
また【ビジネスビザ=Bビザ】は労働できるビザと誤解している人がほとんどですが、これは「ワークパーミットを申請するための入国目的」のビザです。
ロングステイ関連のビザで、今までの技術や経験を生かして多少ボランティア的に働く、タイに貢献するために働く、自分の生きがいを求めて働く。 この辺は退職後のタイでの生き方、価値観の見つけ方としてキーワードになりそうですね。
さて、ロングステイ・ビザの発給条件に「タイ国内での労働を目的としないこと」という項目がありますが、就職する会社が外国人を必要とする理由が承認されれば、ワークパーミットが許可されるようです。 それには、いままでの職務経験や日本での功績、タイにもたらす外貨獲得ビジョン等、役人を唸らせるような理由書がものをいうわけです。
専門家佐藤氏のコメント、大いに参考になります。「ロングステイをしながら働く」、いかがでしょう。
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February 07, 2006
チェンマイ門市場にて

チェンマイへはこれまで2回しか取材に行っていません。ですからまだ当地でのロングステイ事情については疎い状況です。 それに個人へのインタビューよりも、ボランティア団体やNPOなどの取材が主になっていることも理由のひとつですが。
しかし、今回の訪問でチェンマイの日本人社会が予想していたよりも小さいことに気づきました。
ちなみに在チェンマイ日本国総領事館によると、2005年10月1日現在、管内の在留邦人数が1900人を数えているとのこと。 また、チェンマイ日本人会の会員数は、昨秋で約450名(家族会員を含む)いらっしゃるそうです。 この人数はあくまで正式に在留届けをしている人、あるいは日本人会に入会している人数ですから、届出をしていない人や中短期のロングステイヤーを加えると、もっと多くの日本人が滞在していることになります。
日本企業の駐在員から、現地の方と結婚して永住している方、ロングステイヤーの方でも短期型や長期型、最近では、少ない年金では暮らせないと日本を脱出してきた“年金移民”型まで、いろいろなタイプの日本人の方がチェンマイで生活をしています。 そのため、バンコクに比べるとロングステイの典型的なタイプを説明しにくいという印象を受けます。
そんな中で滞在している日本人の方との会話から、チェンマイの日本人社会が小さいことが分かりました。
その理由として第一に、あるロングステイヤーや団体の話題になると、ほとんどの人がその人や団体のことを知っていることです。直接、間接を問わずいろいろな情報が入ってくるのでしょう。
第二に、会話の中で話題になった人や団体の評価が、みなさんバラバラで、どちらかというと正反対であることが多いことです。
ある方がよい評価をしている団体でも、他の方にとっては悪い評価の話しをされることが何度かありました。評価や評判はすべて同じ傾向にあるとはいえませんが、こうも正反対に評価が分かれるのかと正直驚きました。 それに対して同意すべきか反論すべきか、どのように対応してよいのか戸惑ってしまいます。
このような意見や評価の相違が、チェンマイにおけるロングステイについて、よい評判と悪い評判の両極に分かれる理由のひとつではないでしょうか。 封建的な“村社会”ではなく、現地社会に溶け込み新しいロングステイヤーに開かれた日本人コミュニティであって欲しいものです。
小さくても多種多様なロングステイヤーの集団、それがチェンマイの日本人社会かもしれません。
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January 31, 2006
夜明け前 帰国する機内から

1月25日の西日本新聞の記事からです。
台湾の外交部(外務省)は今年2月1日から、55歳以上の日本人退職者を対象にした長期滞在査証(ビザ)制度を実施する。 180日間有効で、期間中は繰り返し出入りできる。台日の交流促進と台湾当局の観光客倍増計画に基づくもので、来年から大量退職が始まる「団塊の世代」を主なターゲットにしている。
対象は、日本国籍を持つ55歳以上の退職者で、申請には年金受給証明書、警察の無犯罪証明書、5万米ドル(約580万円)以上の財力の証明などが必要。 同行する配偶者の年齢制限はない。180日間を超えての滞在延長はできない。これまでも短期観光はビザ不要だが、滞在期間は30日に制限されている。
台湾は日本人観光客の誘致を積極的に推進。自治体の中では、紹興酒の産地として知られる中部の南投県埔里が、日本人退職者の長期滞在受け入れに向けて、日本語サービスなどの整備を進めている。
南投県埔里(プーリー)は台湾のちょうど中央部に位置し、台北から高速バスで2時間40分程かかります。 海抜380~720mのところにあって、有名な観光地日月潭への入り口の町でもあります。
アジアでは退職者等向けの長期滞在ビザ制度は、タイ、マレーシア、フィリピンなどが設けています。 台湾も本格的に日本のシニア(特に団塊の世代)の受け入れに本格的に取り組み始めたわけです。今回の制度は、タイの場合と同じような手続きのようですが、5万米ドルはちょっとハードルが高いですね。
台湾はこれまでロングステイの対象地として、あまり注目されてきませんでした。 しかし、何といっても近いのが魅力的ですし、友好的で親近感もある国です。
温暖で過ごしやすく日本語も少しは通じるとなると、日本のシニアには人気が出ることでしょう。 いずれにしても、滞在国の選択肢が増えることは歓迎すべきことです。
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January 24, 2006
石垣島の川平湾

1月16日の朝日新聞より。
一つの場所に2週間から数ヶ月とどまり、現地の文化に触れる長期滞在型観光「ロングステイ」。 行き先として海外だけでなく、北海道や沖縄など国内も注目されている。治安や言葉の不安がなく、オフシーズンなら価格も安いのが魅力。 「学習する」「体験する」「交流する」をキーワードに新商品も出始めた。
JTBは今夏から、北海道大、弘前大、山口大と共同で、50歳以上を対象に、現地に滞在しながら地域史や環境を学ぶ「シニアサマーカレッジ」を開く。 たとえば、山口大は、約2週間かけて幕末史や秋芳洞の環境を学習、週末に現地を訪ねるオプショナルツアーなどを検討している。
地域貢献を模索する地方国立大にJTBが提案したのがきっかけ。講座は大学が企画、同社が参加者を集め、現地への交通、宿泊手配などを引き受ける。募集開始は4月頃の予定だ。
「毎夏どこかの大学で勉強を楽しむという新しい定年後の人生設計。リピーターを獲得し、全国に広げていきたい」と地域ビジネスプロデューサー。
地中海クラブ(クラブメッド)はこの冬、シニアを対象に、沖縄・石垣島のリゾートの8日間と15日間のロングステイプランを試験的に発売した。三線教室、八重山伝統みんさー織り体験、石垣焼陶芸体験、マングローブ植樹のエコツアーなど八重山文化の体験プログラムを盛り込んだのが特徴だ。閑散期のため8日間でひとり11万円からと通常より3割安という。
同社は今夏に向け、北海道ツアーも検討中だ。広報担当は「国内でロングステイの魅力を知ってもらい、次は海外へ出かけてもらえば」と話す。
団塊の世代の大量定年退職を前に、このようなロングステイ商品がますます増加するでしょう。ロングステイ財団の季刊誌にも多数の国内外のロングステイツアーが同封されるようになりました。この記事にあるクラブメッドのパンフも入っていました。
確かに国内のロングステイは、治安や言葉だけでなく病気になっても海外よりは安心というメリットがあるので、より注目されるようになったと思います。 また、地方大学との連携で公開講座などが受講できるのも、“学び”志向の強いシニアにとって大きな魅力です。生涯学習型のロングステイ・プログラムをもっと開発してもらいたいものです。
しかし、旅行会社の商業主義に乗せられたロングステイでは、単に長期の観光ツアーになりがちです。 ロングステイは、この記事にある「長期滞在型観光」ではなく「長期滞在」なのです。つまり、「観光」よりも生活に軸足を置いた「滞在」なのです。
そして、個人が目的を持って主体的に過ごす滞在こそ重要なことです。あくまで主役は“あなた”なのです。 観光の延長でなく、自分が関心のある分野の学習や体験、そして交流をしてみてはいかがでしょう。
国内でも海外でも、自分の日常生活から切り離された場所に、一定期間わが身を置いてみましょう。 その体験、経験から、気づきや新しい考え、価値観が生まれてくるのだと思います。それが、これからの人生を生きていくヒントやきっかけになるかもしれないのです。
それこそが、ロングステイの本当の意味ではないでしょうか。
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January 22, 2006
アユタヤのワット・プラ・シー・サンペット

先日「マレーシアが2位に躍り出た理由」という記事を載せましたところ、早速みなさまからコメントをいただきましたので、その内容を紹介したいと思います。 ロングステイ財団の季刊誌「LONG STAY」の特集記事では、もうひとつマレーシア人気の本当の理由が分からなかったのです。
その一番の理由は、マレーシアはノービザで3ヶ月間滞在できるということです。タイが30日間ですので、その差が大きな理由となっているというご意見です。
バンコクやチェンマイに滞在している日本人の多くの方がビザの延長や取得に苦労されているとよく聞きますので、なるほどと得心がいきました。 バンコクからはカンボジアへの「ビザ延長ツアー」が毎日出発していたり、チェンマイからミャンマー国境のメーサイまで毎月出かけたりと、何かと大変です。 それに対して“ノービザで3ヶ月”というのは、大変魅力的ですね。
さらに、タイのロングステイビザの1年間に対して、「マレーシア・マイ・セカンド・ホーム」プログラムという5年間有効なビザ(毎年の更新が必要)があります。 この間何度でもマレーシアに入国して、希望する期間自由に滞在できますので、これも海外のロングステイには大きなアドバンテージになっていると思われます。
第二の理由は、女性の受け入れにやさしいかどうか、ということです。
マレーシアではトイレのクリーン化運動を展開して、清潔感を売りにしているそうです。タイは主要な観光地でもトイレの汚い所が多いですから、これは女性にとって大きな理由になりそうです。
言い換えると、マレーシアは清潔でクリーンだというイメージアップに力を入れているわけです。ほかにも「タイより貧乏くさいイメージ少ない」というご意見もありましたので、国のイメージというのは意外に重要なことだと思います。
ある読者の方からは、このようなコメントもいただきました。
「タイ人よりマレーシア人の言動の方が、日本人にとって理解しやすいと言えないでしょうか? その背景には、かつて西洋社会の植民地になったことやルックイースト政策などが挙げられるのではないかと思うのですが…。
私自身はタイに住んで13年になりますが、今でもタイ人の考えを理解するのは大変です。」
永年タイに生活されていても、タイ人を理解するのはなかなか大変なのですね。 それだけタイという国が奥深いという見方もできますが、日常生活でのトラブルの原因や住みにくさにつながることもあるかもしれません。
みなさま、貴重なご意見ありがとうございました。
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January 18, 2006
フォーシンズ・リゾート・チェンマイ

ロングステイ財団の季刊誌「LONG STAY」(2006年冬号)の「マレーシアが2位に躍り出た理由」という特集です。
2004年に実施されたロングステイの希望滞在国調査によると、マレーシアが第2位に躍り出ました。 2000年の調査では10位、1993年の調査ではまったく名前さえみられなかったのですから、これは驚異的な躍進といえるでしょう。
財団が最初に調査した1993年は、ハワイが圧倒的な人気でした。ハワイのロングステイは、この時代のステータスシンボルだったのです。 カナダ、オーストラリア、アメリカ西海岸などが上位を占め、アジアの国はひとつも入っていませんでした。
次の2000年の調査では、シドニーオリンピックの効果もあってオーストラリアとニュージーランドが上位になっています。 この頃になると、ロングステイというライフスタイルがかなり浸透し、「一般化」してきた時期といえるでしょう。
ロングステイの目的としては、現地の人の「生活や習慣に触れ」「交流をしてみたい」とか、「自然でのんびりしたい」という回答が多くなっています。
そして最近の2004年になると、アジアの国が希望滞在国のトップ10入りをして大きな変化をみせています。
マレーシアが2位、タイが5位、フィリピンが10位と、なかでもマレーシアの躍進が目立ちます。
アジアの各国が、ロングステイの滞在希望先の登場するようになってきた最大の理由は、 「物価が安い」ことです。 今や海外ロングステイが、普通の所得の人たちにとって普通の感覚でできることに変わってきていることが分かります。
今後、 「行きたい国から、住みたい国」へと、ロングステイがますます大衆化していくことでしょう、とまとめています。
さて、本題の「マレーシアが2位に躍り出た理由」についてです。 マレーシアに人気が集まっている理由はいくつかあります。
第一に、滞在施設やゴルフ場といった設備が先進国並なのに、物価が日本の約3分の1であること。英国風の建物が多く国全体が清潔で、州都には最新の設備を備えた病院があります。
加えて政情が安定していて、治安が極めてよいこと。さらに対日感情がよいことも挙げられるでしょう。 さらに、平和な他民族国家でのんびりした風土である点なども、隠れた人気の理由です。
けれども最大の理由は、日本と同じような暮らしが割安な値段ででき、気候もよいことです。ますます注目されるアジアのロングステイのキーワードは、「安・近・暖」といえるでしょう。
ここに書いてあるマレーシアの人気の理由は理解できるのですが、ほとんどタイにも共通するものです。ですからタイも5位にランクされているのでしょう。 でもタイ以上にマレーシアが躍進している理由が、この記事からはもうひとつ分かりません。 この疑問は昨年から感じていることで、明快な理由はわたしにもはっきりしません。
マレーシアで調査したことがないので当然なのですが、どなたかマレーシア人気の本当の理由を教えてください。
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January 12, 2006
チャオプラヤー川から見る王宮

ビザの更新や延長は面倒だ。いっそのこと永住権を取得したら、という記事です。
永住権の申請要件
① ノンイミグラントの1年ビザを継続して3年以上所持している人。
② 同ビザのカテゴリーは、
・投資 ・就労またはビジネス ・タイ人または永住権者との親族関係のある人 ・専門家
① ②の要件を満たさない人は申請できないので、ロングステイビザの人は不可です。
申請時期
毎年1回、12月の公示された日から年末の業務日まで、バンコクの入国管理局と地方入管で受け付ける。
入国管理局手数料
申請料7600バーツ(約23000円)。不許可でも戻りません。許可された場合、191400バーツ(約57万円)!
メリットは?
① 一生タイで暮らせる。もうビザを気にしなくてよい。でも出国の際、リエントリー許可(3800バーツ/マルチ)の他に当局の認証(1700バーツ/年)を得なければならない。
② タイの国籍を取得する資格ができる。もちろん日本国籍のままでいい。
③ 労働許可の申請要件が、ノンイミグラント・ビザの場合より軽くなる。
④ 公開株式会社の取締役に就任する場合、タイ側に所属できる。
小さいながらも100%自己資本でやりたいビジネスこそ、この恩恵が欲しいのですが・・・
⑤ 刑事事件の有罪判決を受けると、通常は強制的に国外退去となり、ブラックリストに載って再入国は望むべくもありませんが、永住権を持っていると、それがない。
永住権の日本人の枠は年間100人です。入管手数料の19万バーツですが、ビザの更新・延長は1900バーツ/年ですから、100年分に相当します。 これでも永住権に興味あり?
という「DACO」のロングステイ特集の記事です。
申請要件や手続きはともかく、19万バーツは高いですね。更新手数料の100年分に相当するということは、事実上永住権は出さないといっているようなものですね。
しかし、定年後もタイで働きたいという人にとっては、就労やビジネスというカテゴリーは気になるところです。 労働許可証(ワークパーミット)についても、近いうちに記事にしたいと思います。
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January 11, 2006
ドンムアン空港での入国審査

1年間の滞在許可がもらえる長期滞在用のビザが、日本でもタイでも取得できることが分かりました。 では、日本で取るのか、タイで取るのか、そのあたりの事情を前回同様「DACO」の記事から紹介したいと思います。
まず、日本で申請した場合です。
メリットとして、次のような点が挙げられます。
① ロングステイビザであれば、空港に入国した日から1年間の滞在が許可される。
② 入国回数がMultipleなので、ビザの期間中何度でも出入国を繰り返し、入国の度に1年間の滞在許可がもらえる。
ですから、理屈上、ビザの有効期限ギリギリに再入国すれば、ひとつのビザで2年近く滞在できることになります。 この点を、東京のタイ大使館に尋ねると、「理屈の上ではそうなります。でも有効期限ギリギリに入国して、の日から1年くれるかどうかは、タイの入管の係員の裁量に委ねられます」と注意書きがあります。入管の担当官次第ですから、お勧めの方法ではないでしょうね。
デメリットとしては、
① 以下のような書類を揃えるのが煩雑。地方に住んでいる人にとっては移動費や宿泊費がかさんでしまう。
② 都道府県警の鑑識課に行き、指紋を採られ無犯罪証明書を発行してもらう。その間、約1週間。
そしてそれを日本の外務省で認証してもらう。
③ 国公立病院にて健康診断。これも外務省で認証。
④ 80万バーツの残高証明書を英文で、それを公証人役場で認証を受ける。残高は申請する月の最新のもの。
このような記事を読むと、すごく大変な気がしますが、個人の力でやっている方もいらっしゃいます。外務省の認証なども郵送で可能と聞きました。詳しくはタイ国政府観光庁に問い合わせてみましょう。
では、1年間の滞在が許可される長期滞在用のビザを、タイで申請した場合です。
メリットは、
① 日本ですることは、自分が利用している銀行口座からバンコク銀行の日本支店を経由して、タイのバンコク銀行本店に80万バーツ以上を送金するだけでいい。
(送金先はバンコク銀行でなくてもいいが、日本に支店があるので便利で安心)
② タイで用意するのは、パスポートと申請書、写真、タイの銀行の残高証明書とその金額が海外から送金されたという証明書、健康診断書である。
③ ビザなしで入国しても、30日以内にリタイアメントビザに変更可能。
デメリットとしては、
① 自分で入管に行って手続きをするのは、非常に煩雑。しかし代行業者に依頼する場合は手数料がかかる。
② 滞在期間はあくまで入国から1年間。その後は再延長をすることになる。
以上のような記事です。
現地のフリーペーパーだから仕方ないのですが、少し中立的な内容に書き換えたました。原文ではタイで申請した方がいいですよという趣旨が行間からにじみ出ています。
それぞれのメリット・デメリットがあるでしょうが、自主独立の精神の方、手続きが面倒ではない方などには、日本で申請してもいいのでは、というのがわたしの意見です。何事も経験です。
ロングステイを実行しようという方には、それくらいの気概があってもいいのではないでしょうか。
つづく
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January 10, 2006
スクムビット・ソイ11

外国に入国する場合、基本的にビザ(査証)が要ります。タイのビザに関しての記事が、バンコクの無料情報誌「DACO」(第170号)に載っていましたので紹介します。
あらかじめ在外公館で入国査証を得て入国することが原則です。ただし、日本国籍を有する人がタイに入国する場合、ビザがなくても30日間の滞在許可が得られます。 普通の観光旅行では、このノービザが適用されているわけです。
ロングステイを希望する場合、日本のタイ公館で必要なビザを申請すると、タイプ「Non-immigrant」のカテゴリー「OA(通称ロングステイビザ)」が発給され、1年間の滞在許可がもらえます。 ビザの有効期限は90日で、それ以内に入国しないとビザは無効になります。
発給条件は、以下の通りです。
①満50歳以上であること。
② 80万バーツ以上の預金がタイ国内の銀行口座にあること。もしくは年金による月収が65000バーツ以上ある。または預金と年金の年額の合計が80万バーツ以上である。
③ 過去にタイへの入国を拒否されたことがないこと。
④ 日本国籍もしくは日本の永住権を持っていること。
⑤ タイ国内での労働を目的としないこと。
このビザの申請には、県警や外務省からいくつかの書類を揃える必要があり、なかなか大変です。 そこでノービザや観光ビザでタイに一旦入国してから、このビザを取り直す手もあります。
ところで、タイの入国管理局には日本でいう「OA(通称ロングステイビザ)」は存在しません。その代わりがカテゴリー「O」で、タイでは一般的に「リタイアメントビザ」と呼ばれています。 つまり、日本で発給されるとカテゴリーOA(通称ロングステイビザ)、タイで発給されるとカテゴリーO(通称リタイアメントビザ)となるのです。
つづく
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December 13, 2005
Hさんのコンドミニアム

その2
チェンマイでは、ゴルフ中心の生活です。タイとニュージーランドをロングステイの滞在地として選んだのもゴルフが楽しめるという理由からです。 ニュージーランドでは、9ホールの国立のパブリックコースが近所にあって毎日ラウンドしていたそうです。年会費16000円で会員になると、無料でプレーができます。 日本やタイでは、ゴルフを接待や社交の場として贅沢なものとされていますが、ニュージーランドはゴルフをスポーツとして捉えているので、安くプレイができるのです。
チェンマイのゴルフ場は、終身の会費として20万円、そして1ラウンド約400バーツ(約1200円)で回ることができます。 プレイ代は40バーツしか要らないのですが、キャディーフィーやチップが350バーツもかかって、「まるでキャディーさんのためにプレイしているようだ」とHさん。 それでも現地で購入したシビックを駆って、チェンマイ近郊やチェンライのゴルフ場まで足を伸ばしているそうです。
食生活は、和食中心に自炊されています。 わたしも滞在中奥様の手料理で美味しい朝食をいただきました。お米はチェンライで作られている日本のコシヒカリです。熊本出身の平岩さんがチェンライでコシヒカリを栽培していて、「米屋の米」のブランドでタイ国内で販売されているものです。豆腐などの日本食材もほとんど揃いますので、純和風の朝食を食べさせていただきました。日本の食卓と同じです。
時には自宅前のタイ料理店やシーフードを食べに行くそうです。内陸部のチェンマイにも新鮮な魚介類が運ばれていて、美味しいシーフード料理が楽しむことができます。 チェンマイでは魚介類を期待していなかっただけに、正直驚きました。リーズナブルな値段で新鮮なシーフード料理が食べられますので、バンコクと比べても遜色ありません。
物価はバンコクより安いといわれていますので、食費を含めた生活費の面でも、チェンマイは生活しやすいといえるでしょう。
「北方のバラ」と呼ばれる緑豊かなチェンマイで、ロングステイを楽しんでいらっしゃるHさんカップルでした。
なお、11月初めに福岡に一時帰国されたHさんとお昼をご一緒しました。一旦チェンマイに戻ってロイ・クラトーンのお祭りが終わったら、ニュージーランドに行かれるとのこと。 クリスマスやお正月はロトルアの自宅で迎えられるそうです。これから夏を迎えるニュージーランドもいいでしょうね。
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December 12, 2005
素敵なインテリアの室内

チェンマイとニュージーランド・ロトルアの2箇所でロングステイをしているHさんカップル(№61・62で紹介)。 年間を通じて、この2箇所で交互にロングステイをなさっているので、日本にはほとんど帰国されません。 3月から5月までの3ヶ月(NZのビザの関係)をロトルアで過ごし、6月から2月までをチェンマイに滞在する計画だそうです。
シンガポール航空グループの「シルクエア」に乗って、チェンマイからシンガポールを経由し、ここからはシンガポール航空でNZのオークランドへのフライトです。 バンコクでのトランジットなしで、直接シンガポールへ飛ぶことができます。
前回2004年7月のインタビューはバンコクで行ったものでしたが、その後タイでの生活拠点をチェンマイに決められたので、この8月滞在されているコンドミニアムを訪問させていただきました。
チェンマイ市内を流れるピン川にほど近く、コンドミニアムの周りはお寺や学校そして豊かな緑に囲まれたロケーションです。 12階ほどのコンドミニアムの最上階、つまりペントハウスがHさんのお住まいです。玄関前は広いホールになっていて、最上階らしく日差しが差し込む明るいスペースです。 部屋は、3ベッドルーム・2バスルームのゆったりとした室内です。
永く空いていたことや手を入れないといけないこともあって、家賃は月に10000バーツ(約3万円)と格安です。 Hさんの話によると、チェンマイの高級コンドミニアムは、2ベッドルームで20000バーツ(約60000円、電気水道代別)が一般的な家賃だといいます。
コンクリート打ちっぱなし状態の室内のリフォームに100万円かかったということです。そのため内装は新築同然で、これから腰を落ち着けて住むには快適です。 また、チェンマイで揃えた上品で趣味のいい家具や置物などの調度類が、部屋を落ち着いた雰囲気にしています。
南向きの窓からは、チェンマイを囲む青い山々を遠望できて、周囲の住宅街の木々がまるで森のように盛んに生い茂っています。 深い緑の風景と心地よい風は、バンコクでは味わえないものでしょう。この景色は、心を落ち着かせ、地方都市の良さを実感させてくれます。チェンマイがシニアのロングステイ地として人気が高いはずです。
つづく
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December 10, 2005
緑のチェンマイ市街

海外でロングステイする場合、新しい知り合いや趣味を通して仲間をつくりたいという方もいらっしゃるでしょう。
情報誌「DACO」の記事などから、タイで活動しているいくつかの団体や会を紹介します。
「タイロングステイ日本人の会(TLSJ)」
すでにブログの第32、33回で紹介しましたが、この会は、会員同士が協力して助け合う互助的なボランティア団体です。 会員は、ロングステイをしている人、タイ駐在の経験があり、定年後そのままバンコクで長期滞在している人たちで、2004年7月時点で120名を数えています。
「日本人の会」は、会員同士の親睦を図るとともに、これからロングステイをする個人への生活支援を目的としたグループでもあります。 タイでロングステイを希望する人たちに、会員の経験とネットワークを使って、長期滞在ビザの取得の手伝いや住宅・医療情報などを提供しています。 初めてバンコクを訪れる人にとって、信頼できる相談窓口といえるでしょう。
住所:Living Corner Prince Hotel 1537/1 New Petchburi Road Bankok (事務局)
電話:02-255-2848
Eメール:ktomiko@net.net.th
「懇話会」
「懇話会」は、現地駐在員が会員の「日本人会」の厚生部にあるサークルです。 タイ在住が長い人たちで構成されていますが、日本人会に入会すれば誰でも参加できます。
新年会、講演会、旅行会などが開催されています。
(日本人会内 0-2236-1201)
「ホシの会」
会の意味は、タイ語で「60(ホックシップ)」。訛った発音とそろそろお星様になる日が近いという洒落が由来です。 現在、会員数は約40名。入会条件は、60歳以上で仕事や志をしっかり持っている人。
2,3ヶ月に1度、集会を開き、お互いの近況報告や会員の専門分野の講演、相談などを行っています。 知的好奇心と志ある人たちとの交流を目的とする会です。
(荻原さん 01-408-4395)
チェンマイにも「チェンマイ・ロングステイライフの会」(CLL)という団体があります。そのホームページから紹介しましょう。
CLLクラブは、2002年12月に設立され会員を募集しています。2005年4月末の会員数は約100名です。チェンマイやその近郊に在留されている日本人およびその家族間の親睦を図り、タイ国民との交流を主たる目的としています。 そして、当クラブの会員や新規に当地に在留を希望される人たちに対して、チェンマイに関する正しい情報を提供する非営利の任意団体です。
部活動としては、広報部、業務部、文化部、スポーツ部、および事務局があり、会員により活発な部活動が行なわれています。
また、毎月、第1・第3土曜日の12時から、チャンプアクホテルのレストランにて昼食会を兼ねた月例会を開催しています。 最新の情報の提供や、会員相互の情報交換を行うとともに、いろいろな相談ごとも受け付けています。 時々、チェンマイ領事もゲスト参加され、日本の外務省情報や、チェンマイに関する新しい情報も提供していただいております。
はじめての方も、自由に参加してください。
http://www011.upp.so-net.ne.jp/nakanishi-chmai/cllclub.html
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December 01, 2005
アユタヤにて

その3
「ガーオ会」とは、タイの九州大学の同窓会です。九州大学を1963年に卒業された栗並登紀男さんが、会長を務めていらっしゃいます。 栗並さんからメールで送られてきた地元誌の「ガーオ会」の記事を紹介します。
九州大学の同窓会の名称として名付けられた「ガーオ会」とは、タイ語の“9(ガオ)”から取っているそうです。また非常に近い発音で“進歩する(ガーオ)”という意味も兼ねています。会員は、親しみをこめて同窓会の愛称として「ガーオ会」を使うそうです。
栗並会長によると「同窓会は、今から20年ほど前、数名の卒業生から始まり、現在は約25名の会員で構成されています。タイで活躍している九大の卒業生は、理工系を中心に在タイ歴が長い方が多いようです。活動としては、食事会を年に数回と忘年会、新年会を開催しています。」
また「旧七帝大ゴルフコンペが年に4回(3・6・9・12月)開催されています。旧七帝大とは、北大、東北大、東大、名大、京大、阪大、九大のことをいい、この七大学から各校3名ずつの代表が、12月に開催される七帝VS早慶コンペに出場し交流を深めています。 ガーオ会の成績は、いつもビリ近くですが、払った会費を取り戻すべく、飲みかつ喋ることでは他校に引けを取りません」
さらに「九大生は田舎者が多く純朴で、それでいて芯が強い人が多い」とその校風を語っています。
食事会では、理工系と少数派の文系が専門分野を超えて、酒と話で盛り上がるそうです。在タイの九大のOBで、「ガーオ会」を知らない方は、一度顔を出して箱崎キャンパスの頃を想い出してはいかがでしょう。
今年11月中旬現在、キャンパスの木々は、色づいて秋の装いですよ。
○問い合わせ・入会連絡先
栗並登紀男
℡ 0-1643-3118 Eメール kurinami@cscoms.com
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November 30, 2005
栗並さん夫妻

その2
奥さんの佐枝子さんは、日本で活動していた趣味やボランティアをこちらでも続けていて、忙しい毎日を送っている。 それは、ギターやバドミントンのサークルと「子ども図書館」のボランティアである。「子ども図書館」は「日本人会」が設置していて、週に1~2回子どもに絵本の読み聞かせをしている。
佐枝子さんは、日本と同じくらいタイが気に入っている。それは、 ①自由な時間が多いこと、②ゆったりとした生活ができること、③日本と同じ趣味ができること、などの理由による。
夫妻とも、タイの現地社会との交流は広くなく、会社関係のつきあいが中心になっている。栗並さんは、タイ語を個人教授で習っていて仕事には役に立っているという。 奥さんは、タイ語はできないので地元の人との交流はあまりなく、趣味やボランティア活動をとおしてのつきあいが主である。
タイの人は、日本人にたいしても親切でやさしく差別感もない。これがタイが住みやすい一番の理由ではないだろうかと佐枝子さんはいう。 タイ語で「うるさくしない」意味の “マイペンライ”という言葉があるように、タイは相手がすることを受け入れて個人を拘束しない社会である。時間にルーズな面があったりするが、相手にかまわないので近所つきあいも楽である。
それに比べると日本は窮屈に感じられる。このような意味で、タイではつきあいや人間関係のわずらわしさから解放されていると感じるのではないだろうか。
まとめ
趣味の運動が栗並さんの元気の素になっていて、タイの生活では仕事とのバランスがとれているようである。現在の会社を退職しても、運動やボランティア活動に生きがいを見出して、充実したロングステイを過ごせるに違いないと思われる。
佐枝子さんは、日本での趣味やボランティアをこちらでも続けられることが、喜びや生きがいになっているという。生活のリズムが日本と変わらないのがよい影響を与えているのであろう。 そして、趣味やボランティア活動のために外へ出て、いろいろな人との交流ができている。日本人のなかには引きこもる人が一部いるようだが、出て行かないと何もできないし、新しい仲間もできないとアドバイスする。
永年の在タイの経験から、タイに初めてのシニアが、そのまま移住するにはハードルが高いのではと指摘する。
事前にタイが自分たちに合っているかどうか下見をして、しばらくは日本を本拠地にしたロングステイを勧めている。 なかにはタイの生活に馴染めずに帰国する人たちもいる。その多くの場合、女性は柔軟性があってたくましいが、男性の方が柔軟性に欠けているようだ。
栗並夫妻のインタビューから、タイの社会に順応するとともに、仕事、趣味、ボランティア活動など程よくバランスがとれた生活が重要であると教えられる。 これがロングステイを順調に続けられる秘訣かもしれないと実感した。
なお、このインタビューは、2003年3月に行ったものである。
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November 29, 2005
栗並登紀男さん

ロングステイの状況について
栗並登紀男さん(67歳)は、1963年九州大学を卒業後、大手化学会社に入社し、主に経理畑を歩んできた。 1974年から77年、1990年から94年、1996年から2002年までの通算13年間、バンコクに駐在した経験がある。 2002年5月に退職し、一旦リタイアしてそのままバンコクでロングステイをしていた。
その後、駐在時代の人脈の紹介で、2003年2月にアユタヤのコンテナ関連の会社に再就職し、現在はバンコクから通勤して働いている。BTSチットロム駅からほど近い市内中心部のサービス・アパートメント(月3万バーツ)に奥さんと二人住まいである。
栗並さんは「タイロングステイ日本人の会」の理事を務めていて、さらに九州大学の同窓会や趣味のマラソン(「バンコク走遊会」に所属)をとおしての交友関係が幅広い。
タイでの過ごし方や今後の予定について
しばらくの間、今の経理の仕事を続ける予定である。それは、仕事があるうちは働いた方がよいと考えているからで、仕事が生きがいになっている。
退職後の計画ははっきりしていないが、バンコクでロングステイを続けたい。その理由として、①日本に帰っても仕事がないこと、②暖かい気候、③物価が安いこと、④タイの社会の方が自由度が高いこと、(たとえば、日本のマラソン大会はかなり早くから申し込みをしないといけないが、タイでは手軽に参加できる。)などをあげている。
健康な間はのんびりとバンコクで過ごし、健康に不安を感じるようになったら日本に帰国することになるだろうと、夫婦ともに思っている。
リタイア後は自分の時間が取れるので、趣味の運動(走ることと水泳)を続けることとボランティアの計画を持っている。運動は健康によいし、マラソン大会では同世代の日本人で同好の仲間が多い。
ボランティアについては、「日本語教師」の準備を始めていて、ソーソート(泰日経済技術振興協会)の日本語教師のセミナーに参加した。 この日本語教室には日本語を上手に話せない子どもが多いので、「日本人会」の子弟(幼稚園児から中学生まで)を対象に、バイリンガルに育てることを目的として土曜日(月2回)の午前中に開講されている。そのクラスのアシスタントとして、ボランティア活動をして社会に恩返しをしたいと考えている。
「バンコク走遊会」HPの中の「TOKIOの部屋」
http://www.geocities.jp/soyukaibkk/_geo_contents_/tokio.html
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October 27, 2005
魚をくわえたシーサー

その2
もっと本格的な沖縄のロングステイを楽しみたい方には、石垣島の方がお勧めです。
八重山諸島は、沖縄本島から400km以上離れていて、台湾との国境沿いに島々が点在しています。 石垣島、西表島、小浜島、与那国島などがあり、石垣島は人口46700人余りで八重山諸島の中心の島です。
石垣島は、日本最南端であり日本最西端に位置し、年間を通して温暖な海洋性亜熱帯気候に恵まれています。そのため、シニアにとって避寒地としても、酷暑の夏には避暑地としても適していると思われます。唯一心配なのは、台風がよく来ることでしょうか。
いくつか石垣島のロングステイ地としての適性を考えてみました。 第1に、石垣島には国内主要空港から直行便が飛んでいるので、離島にもかかわらずアクセスが良く移動がしやすいことです。福岡からもANAの定期便が毎日1便あり、約2時間のフライトで到着です。
第2に、病院や施設などの医療・福祉施設が整っていることです。石垣市は大きな町で、都市としての機能や社会インフラが整備されています。島内にはバス路線が多く足の心配がありませんし、スーパーやコンビニも国内と同じようにあって買い物の心配もありません。
第3に、賃貸のマンションやアパートも数多くあることです。家賃など詳しくは調べていませんが、バスの車中から市内には新しく駐車場付きのマンション・アパートが多く見受けられます。ある程度長期の滞在に適した市内の賃貸物件を探すことは、それほど難しいことではないでしょう。
最後に、観光やアクティビティにも優れていることです。石垣島にはその美しさで有名な川平湾がありますし、すぐ目の前には竹富島もあります。 西表島や小浜島、それぞれに自然が豊かで、観光以外にも釣りやダイビングなども楽しめます。アクティブ派の方にはうってつけです。
以上にような長所は、沖縄本島や宮古島などにも当てはまると思います。
国内のロングステイのメリットとしては、まず言葉や習慣の違いがなく、治安の心配がないこと。 そして、国内ということで食事の面など日常生活上の変化が少なく、医療や年金の制度も同じように受けられることなどが挙げられます。
海外のロングステイの候補地とともに、国内のロングステイも検討する価値があるのではないでしょうか。
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October 26, 2005
花に囲まれた竹富島

その1
ロングステイは、“海外での長期滞在”に限定することはないと思います。定年退職に伴って田舎に戻る人、住みやすい場所を見つけて地方へ移る人なども多いでしょう。 いわゆる定年帰農とか国内移住といわれるものです。仕事中心の人生を送ってきて、定年後は、農業や園芸などの土いじりや趣味の実現や自然に囲まれてのんびり田舎暮らしをしたいというニーズが増えているようです。
海外のロングステイを実行する人よりも、国内のロングステイを選択する人の方が多いのではないでしょうか。
各地の自治体では、地域の活性化や過疎地対策のために、団塊の世代が定年を迎えるのをターゲットにしてシニアの誘致に力を入れています。 先日テレビで北海道の取り組みが放送されていました。北海道に3000世帯が移住してくると5000億以上の経済効果が生まれるといいます。
札幌市郊外の当別町では大規模なシニア用の住宅団地が開発されて、日本各地から多くのシニアが移住してきています。北欧風の大きな住宅に安い土地代が魅力で、300万円で1600坪という林付きの広大な土地を手に入れられます。その上、雄大な自然を満喫できて、札幌まで近いことが売りのようです。しかし、冬の寒さが大きな課題になっているようです。
国内で1年中温暖な気候といえば、沖縄でしょう。10月14日から1泊で沖縄の石垣島と竹富島に行ってきました。バースデイ割引を利用して往復25000円です。映画「ニライカナイからの手紙」のロケ地になった竹富島に行ってみたかったのです。
石垣港の離島桟橋から高速船でわずか10分のところに浮かび、面積5.4K㎡、人口340人の小さな島です。
村の集落はほぼ島の中央にまとまっていて、集落内の道には白い砂が敷き詰められて、歩くと“キュキュ”と心地よい足音を立てます。サンゴを積み上げた石垣に守られて昔ながらの赤瓦の民家が建ち並び、家ごとに「シーサー」が屋根の上でその個性を主張しています。 ブーゲンビリアやハイビスカスの花、ガジュマルなどの屋敷林に囲まれた美しい集落は、沖縄の古き良き町並みを残しています。観光客向けの水牛車が時折行きかい、島の人たちも穏やかでにこやかに挨拶してくれます。
心地よい南の風に吹かれながら島内を散歩していると、いつもより時間の流れがゆったりとしていることに気づきます。 今回は台風の余波で天気に恵まれませんでしたが、白砂と青い海、美しい夕日に満天の星、三線の音色に泡盛を傾けて夜を過ごすなど、日常では味わえない体験です。
ここでは民宿だけが宿泊施設なので長期の滞在は難しいでしょうが、 この“美ら島”でのんびり過ごすしてみるのもいいかもしれません。
つづく
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October 14, 2005
雲仙地獄の真知子岩

その1 フルムーン・パスで国内旅行
2005年10月6日から、1泊2日で雲仙・天草に行ってきました。
バンコクから一時帰国中のHさん夫妻を案内する旅でもあります。Hさん夫妻は、駐在時代を含めると10年以上もバンコクで長期滞在をしていらっしゃいます。 現在は、バンコク郊外の賃貸のコンドミニアムで生活し、年に数回日本の自宅に帰国されます。
これまで、地の利を生かしてバンコクを拠点に東南アジア各地を旅行されてきました。中国の雲南省やチベット、ネパール、インド、モルジィブ、マレーシア、ベトナム、バリ島など、ほとんど廻られているそうです。中でも海はモルジィブ、山はネパールがお勧めとのこと。
しかし、最近は、帰国時にJRのフルムーン・パスを使って、ご夫婦で1週間から2週間の日本の国内旅行を楽しまれています。 その理由として、第一に、狭い日本とはいえ、自然豊かな山河や長い歴史を持つ土地・町など、名所旧跡が至る所にあり、その意味で日本は広いと感じること。 第二に、同じ場所に行っても季節によってその表情が変わり、日本の四季の美しさを改めて感じることを挙げられています。
そこで今回は、ロングステイヤーが日本に帰国する目的や楽しみのひとつとして、また海外の長期滞在を経て日本を巡ってみると、これまでとは違う視点や感じ方があるのではないかという提案として、このシリーズはいつもと趣向を変えて日本国内の紀行記にしたいと思います。
Hさんは、いつもフルムーン・パスを最大限に活用して、時刻表を縦横に駆使し国内旅行のスケジュールを立てていらっしゃいます。いかにしたら有効期間内でより多く廻れるか、新幹線やブルートレイン、そして在来線の特急を乗り継いでの旅です。特にブルートレインは、寝ている間に遠くまで行けるので便利だそうです。 そして、ほとんどの列車のグリーン車に乗れますから、こちらが心配するほど疲れないとのこと。
全国グリーン車の旅、参考にされてはいかがでしょうか。
明日からは「雲仙・天草の旅」編です。
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September 22, 2005
マーケットで売られているハスやバラ

これまで多くのロングステイをしている日本人シニアの方にお会いして、話を伺ってきた。多くのシニアが、色々な動機やきっかけでロングステイを実行されている。
これらの多くの方から話を伺っていると、“ある共通項”に気がつきます。それは、みなさんが「行動する人」という事実です。いたって当たり前のことですが、「高齢期の生き方」として基本的で重要な示唆を含んでいると思われます。なぜなら「アクティブ・エイジング」とも言い換えられる、前向きの生き方に通じるものだからです。
100歳近くまで活躍された小説家の宇野千代さんは、90歳の頃「行動することが生きることである」というタイトルのエッセイを書いています。
その冒頭は、 「頭で考えるだけのことは、何もしないのと同じことである」という一文で始まります。まさに人の生き方の本質を突いた文章ではないでしょうか。 そして、人間の考えることは、その人の行動によって引き出されることが多いといいます。つまり、考えてから行動するのではなく、行動が思考を引き出すというのです。
巻末の解説では、 「本当はみんなそうしたい、そうありたいと思っているのだ。だけれど、なかなかそうはいかない。そうできるのは特別の人だとして、自分についてはあきらめているのである」とあります。
果たして本当にそうなのでしょうか? わたしがインタビューしたシニアの方は、“特別の人”ではありませんが、あきらめていません。そう“行動している人”なのです。
では、「行動する人」と「そうでない人」を分けるライン、分水嶺はどこにあるのでしょうか? それは案外難しいことではなくて、 「ちょっとした一歩」「最初の一歩」を踏み出すか、踏み出さないかの、わずかな差ではないかと、“行動している人たち”から教えられます。
身近なこと、ちょっといしたこと、自分でできることを、今日から始めて続けることです。それが永い年月の間に、行動しないことに比べて大きな差となって現れてくるのではないでしょうか。
また、宇野さんはこうも言っています。 「どんなことでも、先ずすることだ」と。嫌いなことでも辛抱して、しているうちに上手くなるというのです。
小説家である宇野さんが、「小説は誰にでも書ける。それは毎日、ちょっとの時間でも、机の前に座ることである」と言っています。 書こうと思っている時だけに座るのではなく、書こうとは思っていない時にでも座る。毎日、この机の前に座るということが、小説を書くことの基本であり、コツなのです。
この中にこそ、人生の生き方のヒントがあるのではないでしょうか。
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September 20, 2005
澤井勇さん

澤井理恵子さんのご主人の澤井勇(66歳)さんは、定年退職後の1年間休養した。永年にわたる会社生活を終えて、すぐに新しい生き方を見出すことが難しかったからである。この1年は、定年後の生き方を改めて考え直す良い機会になった。
これからの生き方についていろいろ考えるなかで、老親の長寿への願いを優先して具体化したものが、バンコクでのロングステイであった。実際に滞在してみると「ロングステイは、定年後の生き方としていいかもしれない。これからの人生をじっくり考えよう」と思ったという。
バンコクの生活に慣れて落ち着くにつれて、修さんは、これからの生き方の「夢」を少しずつ描き始めている。まず、タイ語を学びたいという。基本的な読み書きと会話をマスターして、5年後をめどに日本人観光客のガイドとしてボランティア活動をしたいと考えている。ボランティア活動をとおして、多くの日本人にタイのよさを伝えたいそうである。
勇さんは、老親の長寿を支援するロングステイを契機として、自分自身の定年後の生き方を改めて見つめ直そうとしている。そして新しい生き方を模索し、その姿を具体化しようと努めている。ロングステイが、自分の人生を見つめ直し、“気づき”の機会を与えているようである。勇さんが定年後の生き方が見つけにくいと指摘するように、特に男性にとってロングステイは、自分の人生を見つめ直すよい機会かもしれない。
澤井勇さんのインタビューから、ロングステイが個人の生き方や人生を見つめ直す“気づき”の機会を与える媒介機能を有しているのではないだろうか。
「タイロングステイ日本人の会」の世話人を務めるSさんは、リタイア後の一般的な日本人男性について、つぎのように述べている。
これまで多くのロングステイをする日本人を見てきて、「入会される会員さんに言うんですよ。過去の肩書きは捨ててくださいと。ひとりの人間として、みんなと付き合いましょう。分からないことは謙虚に聞いてください」という。
現役時代の肩書きや地位を引きずったまま、定年後を過ごす傾向がある男性にとって、重要な助言である。また、これは海外での長期滞在をスムースに過ごすためのポイントである。同時に、日本の日常生活から遠く離れた生活環境だからこそ、実行しやすいことなのかもしれない。
ロングステイが、日本での会社や組織との関わりを海外まで持ち越すことなく、また人間関係にわずらわされない環境に身を置いて、自分自身を見つめ直す機会になっているのではないだろうか。 ロングステイは、「自分らしい自分」や「本当の自分」をもう一度見つめ直すチャンスなのである。これもロングステイの機能のひとつといえよう。
また、澤井勇さんのケースは、ロングステイが定年後の生き方を改めて見つめ直す良い機会であると同時に、新しい生き方への助走期間としても機能しているといえるだろう。
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September 19, 2005
滞在中のコンドミニアム

その2
ロングステイを経験して感じること
理恵子さんは、日本での色々な“しがらみ”から解放されて、タイでは心がいやされるという。幸いなことに親戚関係や土地、お墓といった日本人特有のしがらみはなかったが、友人や近隣の人たちとの人間関係にいつも気を遣ったり、煩わしさを感じたりしていた。
しかし、タイに来てみると時間がゆっくりとしていて、のんびりとした気分になり、精神的にリラックスしている自分を感じる。日本の生活に比べるとタイは不便なところが多いが、精神的にいやされる国である。
タイで生活してみて、「人間の本当の幸せとはなにか」を考えてみると、多少不便なことがあっても「心ゆったり」と暮らすことと思うようになった。日本でのしがらみから解放されて、「自分の人生」を大切にしようという勇気と根性が出てきたという。 「一般的に、日本人にはそれぞれのしがらみがあって、ロングステイを決断しにくいと思います。このしがらみから離れて、自分らしい人生を歩むことが、本当の幸せではないでしょうか」と理恵子さん。
インタビューについてのまとめ
ロングステイの本来の目的は、両親の長寿を願ってのことであった。しかし、タイでの滞在をとおして、これまでの自分から新しい自分に変化していることに気づいた。つまり、タイのゆったりとした環境の中で生活してみると、日本での煩わしさやしがらみから解放されている自分に気づき始めたのである。当初から日常生活の煩わしさからの解放を求めて行動を起こした訳ではなかったが、それは偶然の産物でありロングステイの思わぬ効果であった。
理恵子さんは、周りの人間関係などに影響されて、自分を見失いがちであった人生を振り返り、「自分の人生」という視点からこれからの人生を切り開きつつある。自分らしさを取り戻して、いきいきとした新たな人生を歩もうとしている。理恵子さんにとって、日本を離れ海外で長期滞在することが、「自分の人生」を見つめ直し、気づきがあり、そして行動を起こそうとする契機になっているようである。これらの点で、ロングステイが、個人の生き方や人生を見つめ直す“気づき”の機会を与えているといえるだろう。
では、「自分の人生」の気づきの背景とは、何であろうか。普段の生活上のしがらみや人間関係の煩わしさなどが、その背景にあるのではないだろうか。現代では「個性」が重視される傾向があるものの、客観的に自分を見つめる機会は、案外少ないのかもしれない。慌しい日常生活の中では、自分自身や自己を見失いがちなのである。
日常的な日本の生活を離れ、非日常的なタイの生活を体験することで、リフレッシュし、精神的な落ち着きが得られているのであろう。その上で自分自身を見つめ直しているのではないだろうか。
これらの点から、ロングステイを実行する動機として、日常の煩わしさからの解放や“いやし”などの精神的なものを求める傾向があると考えられる。
なお、母親のマキ子さんは、2004年11月バンコクにて急逝されました。 合掌
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September 18, 2005
自宅でくつろぐ澤井夫妻

澤井理恵子さんのケース
2003年3月のインタビューから
澤井理恵子さん(63歳)は、先に紹介したMさん夫妻の娘さんである。理恵子さんは専業主婦で、すでに子どもは独立し大阪市内に夫婦二人で住んでいた。ご主人の澤井勇さん(66歳)は、関西の電鉄会社に長年勤務していたが、定年を迎えて現在はリタイアしている。2002年11月より、バンコクにて両親のMさん夫妻と二世代同居で長期滞在を始める。
ロングステイに至った経緯
バンコクでのロングステイを実行した第一の理由は、母親のマキ子さん(故人・仮名)の療養目的と、温暖なタイで両親に長生きしてもらいたいという思いからである。両親ともに高齢であり要介護になった場合、タイで介護をする予定であった。
そして一番大きな理由としては、10年来香港に在住している息子の智幸さん(仮名)から、日本よりもアジアは住みやすく健康に良いからと強く勧められたことである。
そもそも理恵子さんにとって、15年ほど前、智幸さんのアメリカ人の友人が、澤井家にホームステイしたことがきっかけになっている。その智幸さんの友人と言葉が通じなくても心と心の交流ができ、「家族の絆や愛情」を教えてもらった。そういう経験をとおして、物事に対する視野が広がったという。新しい価値観や人生観が生まれてきたことが遠因となり、ロングステイという新しいライフスタイルへの関心につながっているそうである。
ロングステイの状況
長期滞在が4ヶ月経過した現在、マキ子さんの健康が回復するにつれてバンコクでの生活も落ち着いてきた。これまで澤井さん夫婦は、旅行で一度タイに来たことはあったものの、日本を離れる前はタイに知り合いもなく不安であった。しかし、両親が健康を取り戻した姿を見て、ロングステイ用のビザに切り替え、今ではタイに永住する心づもりである。
ロングステイ用のビザの手続きが煩雑なこともあり観光ビザで入国したが、佐藤氏(ロングステイに関するコンサルティング会社の代表)が、ビザの変更手続きから生活上の困ったことまでフォローしてくれるので非常に安心である。 現地の生活に慣れるまでは支援をしてくれる人が必要であるという。佐藤氏のような存在があって支援してくれることが、長期滞在を安心して続けられる理由のひとつになっている。
タイに生活してみて、ロングステイに対する理想と現実のギャップは少ない。それは佐藤氏の支援によって不安なことや心配がなくなり、安心して生活できるからだろう。物価が安いこと、人が穏やかでのんびりしているので、日本人を歓迎してくれること、そして暖かい気候などの点でタイの生活に満足している。物価が安いため、生活費は二組の夫婦の年金で賄えているそうだ。特に暖かいお陰で、冬の時期に困っていた手荒れがなくなり、肌のしわも気にならなくなったという。女性の悩みに予期していなかった効果もあって、温暖な気候に感謝している。
つづく
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September 02, 2005
チェンマイの蘭園

このタイトルで以前アップしたのですが、その記事の追加版です。
観光目的で30日以内の滞在の場合、ノービザで入国することができます。ですから通常の1週間程度のツアーであれば、ビザは要らないわけです。
30日以上の滞在になると、ビザが必要になります。長期滞在用のビザには、ツーリストビザ、年金ビザ(ノンイミグラント ビザO)、ロングステイビザ(ノンイミグラント ビザOA)、そしてタイ国内で申請するリタイアメントビザ(ノンイミグラントビザO)などのビザがあります。
ここでは、ロングステイビザを取り上げて説明することにしましょう。
ロングステイビザは、50歳以上の方が対象になり、ビザの有効期間は1年間で、日本(東京、大阪の大使館・領事館に申請)で取得することができます。また、タイで1年ずつ更新することも可能です。ですから毎年更新を続ければ、何年も滞在できることになります。
必要な書類として、以下の3点の内のひとつを添付しなければなりません。第1に、「年金証書コピー(公証人の認証要)」です。それは、 月65,000バーツ(約20万円)、年80万バーツ(約240万円)以上の年金額で、3カ月以内の発行のもの。
第2に、「タイ国内銀行の残高証明書(英文公証人の認証要)」で、預金残高が80万バーツ以上で3カ月以内の発行のものです。第3に、タイ国内銀行の残高証明書と年金証明書等(公証人の認証要)で、80万バーツ以上で、同じく3カ月以内の発行のものです。
つまり、タイの国内銀行に80万バーツ以上の預金残高があるか、年金額が年間に80万バーツ以上あることが要件になります。
その他に、「犯罪履歴証明書(外務省認証要)」つまり犯罪歴がないことの証明書が要ります。添付書類として、3カ月以内発行の戸籍抄本、住民票、パスポートが要ります。さらに、「国公立病院発行の英文健康診断書(外務省認証要)」も必要になります。
「犯罪履歴証明書」まで要るのか、何だかたいへんそうだし、面倒だ、そんな気もします。しかし、個人で申請できますし、タイで更新手続きもできます。「シニアのロングステイ」というタイトルで紹介したSさんもそのひとりです。
さて、ここからが追加した内容になります。
★日本を含めた海外から80万バーツ以上をタイの自己名義の口座に送金してあれば、ノービザ(入国後7日以内に申請)かツーリストビザで入国後、ビザの変更申請をすれば「リタイアメントビザ」に変更できます。
変更手続きの代行を依頼する場合、日本から持参するのはパスポートと送金で80万バーツ以上が記帳された通帳のみで、タイ到着後銀行からの証明書取得の手続はあるものの日本での申請と比べ格段に楽です。★
この方法は、なかなか便利で楽なようですね。 この手続きが自分には難しそうだという方には、申請を代行してくれる会社がありますので利用されるとよいでしょう。
バンコクでは、ロングステイコンサルティング(タイランド)株式会社という会社があります。
URL :http://www.longstayconsulting.co.th/
Eメール:info@longstayconsulting.co.th
制度や内容が変更になることもありますので、ロングステイビザの手続きや問い合わせは、
タイの大使館・領事館やタイ国政府観光庁へどうぞ。
URL :http://www.thaiembassy.jp
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August 24, 2005
熱心に授業を受ける生徒さん

その2
今回、2005年8月の訪問では、Sさんの日本語教室を見学させていただきました。BTSアソーク駅から徒歩7,8分のところにあるサーミット・タワービルの「パーソネル・コンサルタント・マンパワー」社内のセミナールームでの授業です。
10人くらい入れる教室で、わたしは後ろの席で授業の邪魔にならないよう見学させていただきます。土曜日の午前中の授業にやってきたのは、5人の若い女性でした。1コマ90分の授業が12回で、基礎コースが修了とのこと。この日は第2回目の授業でしたが、どの生徒さんもかなり日本語が理解できます。既に日本語を勉強していたり、日系企業に勤めながらレベルアップのために授業を受けている生徒さんが多いようです。
コピーされたテキストをもとに、授業が進められます。Sさんのユーモアとウィットに富んだ話し方で、教室の雰囲気も和やかでスムースに進行します。ホワイトボードを使って、簡単な代名詞や時制の違い、さらに数字など、日本語の基礎を学ぶ授業でした。
日本語だけで授業をする方法もあるそうですが、Sさんは、もちろん日本語、英語、タイ語を交えた独自に工夫した教え方ということです。日本語の基礎を学ぼうという生徒に日本語だけの授業はハードルが高いし、内容も理解できなくなり脱落する生徒が出るそうです。そこで考えだしたのが、3つの言語を混ぜた方法だったそうです。タイ語や英語が入ると、生徒もすぐ理解できるようでした。
また、生徒の方からも分からない点は、積極的に質問します。よりよい職場や条件を目指して、学習意欲が高いようです。
授業に取り組むSさんの表情は、明るくいきいきとしたものでした。こうしてタイの人たちと交流し、タイの社会に貢献をしているSさんです。 近い将来には、バンコクから西へ50キロほど離れた、ナコン・パトムの町に転居して、前からの夢である自前の日本語教室を開校する計画があるそうです。 タイの子どもや日本語を学びたいという人たちに、自前の教室で日本語を教える日も、そう遠いものではないようです。
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August 23, 2005
日本語を教えるSさん

このブログの「シニアのロングステイ」で紹介したSさん。今回の滞在でも再会しました。バンコクでの単身のロングステイを実行して、今秋10月で丸3年を迎えてようとしています。
この間、何度か現地でお会いしましたが、その都度生き生きとした印象を受けました。この3年近くのロングステイの状況を振り返りながら、Sさんが教壇に立つ日本語教室の見学記を紹介します。
2004年7月のインタビューから
ロングステイの状況
1年4ヶ月ぶりの再会でしたが、はつらつとした表情のSさんは、ますます若返えられた印象です。その溌剌としたSさんの態度は、どのようにして生まれてくるのでしょうか。再会した第一印象から受けた疑問でした。
バンコクでのロングステイが2年近くになり、さらに継続して永住を希望しているため、タイの「在留届け」を出している。現在、日本に住民票はなく、公的介護保険も脱退しているといいます。
タイの人材派遣会社「パーソネル・コンサルタント・マンパワー」が、人材登録しているタイ人を対象に日本語教室を主宰していて、その教室でボランティアの日本語教師をしている。交通費と昼食代は出るそうです。生徒は日系企業に就職を希望している20代のタイ人で、ほとんどが女性である。「若い人ばかりなので、気持ちが若返る。」という。Sさんの若さの秘訣は、このあたりにもあるのでしょう。
毎週土曜日、11:10からの90分の授業を受け持っていて、 「授業を持つことで日常生活のリズムとメリハリが出て、気持ちにも張りがありますね」とSさん。また、親しくなった近所の人たちに日本語のプライベートレッスンも継続している。
日常生活においては、読書を楽しんでいる。日本から400冊の本を持ってきていて、月に5冊のペースで読んでいる。日常生活のリズムは、自分自身で作るようにしている。TVは持っていないし、日本語新聞も定期購読していない。フリーペーパーや日本語新聞が備えられている所で時々読むくらいで、最近の政治情勢や出来事など日本の情報をあまりご存知ありません。
日本の情報に疎くなる不安よりも、タイの社会の一員として現地に根ざした生活ができているということかもしれません。そのため、お土産で持参する週刊誌は、日本についての最新情報源として喜ばれます。
また、運転免許証も日本で国際免許を取得し、こちらでタイの国内免許(5年間有効)に切り替えているそうです。
インタビューのまとめ
このようにロングステイの目的であった日本語教師のボランティアを着実に実行し、個人ベースの国際交流を実践している。それも独力でそのチャンスを見つけ、創り出している行動力は素晴らしい。明るく気さくな性格、そして好奇心と積極的な行動力が、単身でのロングステイの原動力となっているようです。
長期のロングステイを通して、タイ語の必要性を強く感じているという。なんとかタイ語でコミュニケーションができると、タイ人の友人ができるようになり、生徒以外にも食事を一緒にする地元の友人が二人できた。タイの社会に溶け込み、親しい友人との交流から、自分らしさを実感し、いきいきした生き方を実践できているのでしょう。これらがSさんの若さの大きな理由といえるのではないでしょうか。
Sさんのポリシーは、「やりたいことをやりたいうちにやる」ことだという。考えるよりも行動することが大切で、考えすぎても駄目である。最初の第一歩を踏み出すことが何より重要だ。これは長年の営業職の経験から身についた習慣や考えであるという。この意味で「自分らしい生き方」の具体化として、ロングステイという生き方を実行できたのでしょう。
Sさんは、まさに“男性単独タイプ”の実践者であり、先駆者といえるでしょう。男性単独タイプは、定年後の奥さんと離婚・死別した60代の人たちが主体で、ロングステイに関心を持ち、実行する傾向が高まっています。自分探しなどサムシングを求めてのロングステイが増加しつつあるのです。
つづく
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August 12, 2005
エレファント・キャンプ(チェンマイ)にて

「彼らが日経新聞を捨てた朝」(加藤 仁)より 同じく文藝春秋 2005年4月号に掲載された記事の中から、ロングステイに関する内容を紹介しましょう。
団塊の世代は、60歳以降の人生をどのようにして送るのか。「定年が楽しみ」という団塊の世代の男性が、実に85.4%もいるという調査結果もある(2004年8月、博報堂エルダービジネス推進室調べ)。筆者だけでなく、わたしも意外な感じがします。
存分に仕事をやりとげたというよりも、完全燃焼ではなく定年後はビジネスではない土俵でリターンマッチを展開しようとする人たちも多いのではないかと、筆者は理解しています。 このことを裏付けるように回答者の半数以上が、「ビジネスから離れ、のんびりと自分の世界を楽しみたい」と脱・背広をしているといいます。
現時点で、団塊サラリーマンは、定年に向けてどのような一歩を踏み出そうとしているのか、いくつか例を挙げていますが、そのひとつを見てみましょう。
「定年後にじっくりと海外旅行をしたい」と通信機器メーカーに勤めるサラリーマン。ただし、名所旧跡のつまみ食いをするようなパッケージツアーではなく、長期滞在して現地の生活も体験したいということで、インターネットから情報を収集している。
ロングステイ財団主催のセミナー参加者の平均年齢が、以前の63歳から今年から突然、58歳に下がっているという。団塊の世代のロングステイに対する関心の高さが伺える。
これまで多くの定年退職者のインタビューをしてきた筆者は、次のように書いています。
「定年後、仕事をするにせよ、遊ぶにせよ、学ぶにせよ、奉仕するにせよ、大切なのはそうした営みを自分にふさわしくカスタマイズ(最適化)していくことであると、みなさんに教えられました」。
長期滞在型の旅行(ロングステイ)にしても、各人各様のカスタマイズ化が進み、後続世代からも共感が得られるようなモデルが生まれたら、新しい余暇文化が生まれるでしょう。
最後に、先輩である数多くの定年退職者を取材して、筆者が知らされたのは、 「定年後こそ、その人の底力が問われる」ということであると締め括っています。
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July 20, 2005
バンコク郊外のナコン・パトム・チュディ

その3
ロングステイを経験して得られたもの
「これまでのロングステイを通して悪かったことは特になく、ほぼ満足している。一番良かったことは、数年間かけてニュージーランドの地域社会に溶け込み、現地の友人ができたことだ。」今後とも同じようなペースでロングステイを続けたいという。
380万人の人口の90%近くを白人が占めている国で、生活の基本事項として心がけている点を3つあげられた。
1.黄色い東洋人として、軽んじられることのないように毅然と生きる。
2.日本人だけで固まることなく、積極的に現地の人たちと付き合う。
3.誠実に生き、人とのかかわりを大切にする。
これらは、ニュージーランドでの生活体験から学んだ「生き方」である。夫妻の実体験から生まれた信条には、重みが感じられた。日本人の良くない例としての生き方とは対極にある。瀬戸夫妻の生き方は、海外で長期滞在をする人たちだけではなく、世界の一員として日本人が、改めて見直さないといけない示唆を含んでいるのではないだろうか。
インタビューのまとめ
瀬戸さんは、ロングステイについての心構えを「その国でどのように生きていくのかが大切だ。それがないと単なる旅行になる。」と説く。どのように生きていくかは、個人の価値観やライフスタイルによってそれぞれ異なるだろう。しかし、何らかの目的を持ってその国に滞在することが、より現地の社会を理解し、より地域社会との交流を促すことになるのではないだろうか。つまり異文化の社会に溶け込み、個人と社会をむすぶ絆や連帯感が生み出されてくるのではないだろうか。
夫妻は、ロングステイの先駆者として海外での長期滞在を楽しみながら、これまでのシニアにはあまりなかった個性豊かなライフスタイルを確立している。単に先進的な生き方というだけではなく、これからのシニアのライフスタイルとして、ひとつのモデルになるのではないだろうか。
また、「探していた死に場所として、今ではニュージーランドがよいと思っている。」と語る言葉の背景には、祖国の日本に裏切られた想いと、日本人としてのアイデンティティの狭間に揺れながら生きてきた複雑な胸中がにじみ出ている。
瀬戸さん夫妻とのインタビューは、日本人とキューイのライフスタイルや人生の捉え方の違い、日本とニュージーランドの社会の違いがあぶりだされてくるものであった。また、戦争の体験をふまえた価値観を持つ現在のシニアの生き方の事例でもあった。
今後シニアの仲間入りをしてくる団塊の世代が、どのような価値観を持つシニアになり、どのように社会との関わり合いを持つのだろうか。これからも注目していきたい関心事である。
昨日、瀬戸夫妻は1ヶ月のロングステイの予定で、バンコクへ出発されました。来月にはバンコクで再会します。
バンコクにロングステイしてみての感想、ニュージーランドとの比較など、ゆっくりと聞かせていただこうと思います。その内容については、帰国後ご紹介することにします。
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July 19, 2005
瀬戸英龍夫妻

その2
ニュージーランドについて感じること
まず、フレンドリーな国民性であること。特に中年以上の人はやさしく、快く日本人を受け入れてくれる。これまで差別を受けたことはない。そして、女性や高齢者がいきいきとしている。
また、キューイ(ニュージーランド人)は、生活や人生をエンジョイしながら働いている。人生を楽しむために働いているといった風で、ゆとりさえ感じる。ひとつの職に執着しないし、生活を大切にしている。たとえば、働くべき時には働くが、基本的に残業はしないし長期の休暇をとる。夕方5時になるとすぐに仕事をやめたり、店を閉めたりするが、けじめのつけ方がきちんとしていると考えるべきであろう。日本人が、人間性を無視したような時間外労働が多すぎるのとは対照的である。
夫妻の共通した認識として、ニュージーランド人の生活ぶりから「心の豊かさ」を感じるということであった。
さらに、ニュージーランドは原発を持たず、同盟国のアメリカといえども核の寄港を許さず、反核の国是を厳に貫いている。極東の原発列島の市民としては、この島国の気骨に触れて感慨深いものがあるという。
ロングステイを通して日本や日本人に感じること
日本社会を外から見て、感じること。①立身出世や組織のための時間外労働が多すぎる。②働くことの矛盾を日本人は感じない。ひとつの職に執着し、家庭を顧みずに働く。③日本人は勤勉である。独創的ではないが、協調して物づくりをする。これらは、キューイが生活や人生を楽しんでいるという感想とは対照的である。
また、ロングステイを経験して、日本人の良くない点を改めて認識したと夫妻はいう。「日本人が、つくづく嫌になりました。中年・老年の彼ら彼女たちの多くは、自己中心的で、旅行をしても他国と他国人を知ろうとせず、他国に学ぼうともしない。日本の出来事だけを後生大事に持っている。」
たとえば「毎年のように、数ヶ月も滞在しながら、日本人だけでゴルフし、日本人だけでマージャンし、日本人だけで食事し、日本人だけで集まる。言葉はできても現地の人とは付き合わない。興味がないのだと言う。私たちが機会を作ってあげても、それをきっかけにして、現地に溶け込む努力はしない。」このような日本人が多いという。
「けれども、これは望ましいことではありませんね。日本の地域社会に置き換えてみると、ことは明瞭になります。日本のあるところに、アジアかアフリカあたりのある国から来た人たちがたむろしていて、同国人だけで行動し、地域の日本人とはまったく交流を持たない場合、日本人がどのように感じ、どのように噂するか。よくあるケースではありませんか。たちまち、密かな排斥運動が起こるであろうことは、眼に見えています。日本人が嫌うことを、日本人自身が外国でやってはいけません。」と嘆く。
ロングステイを実行する理由のひとつとして、これまでの一般的な観光目的の枠だけにはまらず、趣味や語学の勉強あるいは異文化との交流、ボランティア活動というような能動的な動機があるのではないかという仮説が、ここではあてはまらない。
さらに続けて、「自分だけが大切で、他人の迷惑にはまったく鈍感で、自分が世話になっている者(すなわちボランティアとしての私たち)への感謝や心遣いなど、カケラも感じられません。人の厚意を利用しないのは損だという損得勘定だけで、なりふり構わず、 “旅の恥は掻き捨て”旅行を楽しむことに心がけているように、私たちには見受けられます。」このことがやりきれないのだという。本来、日本人が持っている良さを失ったような態度や振る舞いを強く危惧された。
ニュージーランドにやってきたら、「自分たちはお客様だ。」という意識や、旅が併せ持つ非日常的な感覚を異国の地にそのまま持ち込む日本人像が浮かび上がってくる。
つづく
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July 18, 2005
早朝のワット・アルン

明日19日、福岡空港からバンコクへ、1ヶ月のロングステイへ出発されるSさんご夫妻。ニュージーランド・クライストチャーチで永年ロングステイを実行されている。今回は、アジアのタイでロングステイの適地探しの体験型長期滞在である。
Sさん(69歳)は、自身の半生を振り返りながら、つぎのような自己紹介をされた。
「1936年、中国東北部(旧満州)ハルピンに生まれ、ロシアの人々や風物も散見される美しい混血の街並のなかで、10歳まで過ごした。終戦直前の突然のソ連軍の侵攻と、日本軍の日本人を置き去りにしての逃亡に始まる逃避行。生きて“祖国”なる異郷の土を踏むことのできた“在満少国民”の一人です。」
「立教大学を卒業し、報知新聞社に一年間勤務。その後、父の出身地の長崎で教員になり、小学校を振り出しに中・高校での勤務を経て定年を迎えました。現在は遙か南のニュージーランドに遊行して、今なお生を愉しんでいます。」
「妻は長崎生まれの長崎育ち。カトリックのみか原爆の幼児洗礼まで受けており、生粋の“内地”の人と言えましょうか。地元の短大を卒業し、長崎県庁に35年間奉職。定年まで3年を残して早期退職し、ロングステイに同行するようになりました。」
ロングステイの動機と実行した理由
これまで、ヨーロッパ各国をはじめ多く海外旅行へ出かけて、ロングステイの適地を探してきた。ニュージーランドを選んだ理由はいくつかある。①南半球にあり、日本とは季節が逆になり、避寒地として適している。②オーストラリアよりも涼しく、冬でもあまり寒くない。③人ごみを避けて人口が少ないところに住みたかった。④坂道に町の長崎とは違い、クライストチャーチは平坦な町である。⑤自然が豊か。⑥治安が良い。⑦非核三原則を守っている。以上のような理由による。
さらに、Sさんは、次のようにいう。「わたしは、満州で日本という国に捨てられた棄民です。また、同じような体験をさせられるのではないかというおそれを抱き続けている。若いときは、自分の人生や日本に対して希望を持っていたが、今は日本という国の将来に不安を感じている。たとえば、北朝鮮にしてもいつミサイルが飛んでくるのかわからない。原子力発電所が標的にされるかもしれない。また国から捨てられるという体験は、二度と味わいたくない。そうなる前に、今度はわたしの方が日本を捨てるのです。 “生活する場所と死に場所”探し をして、比較的安全な場所としてニュージーランドという国を選んだんです。」と最後にSさんが話した理由は、自身の原体験に基づいた印象的なものであった。
奥さんが、ニュージーランドを選んだ理由を次のように付け加えた。①まず、きれいな自然環境のなかで生活できる。特に水がよい。②日本の約4分の1と物価が安く、生活費がかからない。③15年前にニュージーランドを旅行した時、豊かできれいな自然が気に入り、それ以来、定年になったら住みたいと思っていた。
ロングステイの目的と現在の状況
1996年より、ニュージーランドの南島の最大の都市であるクライストチャーチで、ロングステイを続けている。当初のロングステイの目的は、語学学校に通って英会話を習得することであった。語学学校や隣人たちと自分たちの生活の中からの付き合いをきっかけに、地元の人たちと交流するようになり、10人ほどの友人ができた。長期滞在する日本人とばかり付き合わず、現地の人たちとの食事やパーティにできるだけ積極的に参加している。友人たちとの「心のつながり」を大切にしながら、この数年間で友好関係が広がってきた。今では、ニュージーランドの地域社会に溶け込むことが、ロングステイの主な目的になっている。
現在、2軒の住宅を所有し、半年ずつ日本とニュージーランドで過ごす生活を繰り返している。ガーデンシティといわれるクライストチャーチで、ガーデニングや自然が豊かな街での散歩を楽しみながら生活している。また、ボランティアとしてロングステイのために訪れる日本人に、語学学校や宿泊に関する手配や情報提供などの手伝いをしているという。
つづく
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July 06, 2005
ココナッツ・ファーム

今後の計画と課題
この10年間、ロングステイの準備を着々と進めてきたが、定年まであと1年を切り、実行しようという時期になって、以下のような現実的な問題点が出てきている。
(1)2001年、直前までゴルフをするほど健康で元気だった父が87歳で急逝し、自宅近くの老健施設に入所している病弱な母を残したまま、長期間のロングステイは難しいこと。
(2)これまで仕事や家庭を支えてきた妻への感謝の気持ちを含めて、夫婦ふたりでロングステイを実行する計画であったが、最近は妻が反対している。ロングステイに対する思いが、必ずしも夫婦間で共有されていない。妻には妻自身の生活や人生の目標が別にあり、墨絵の趣味や盲導犬のブリーダーのボランティアを通して、友人や地域コミュニティとの個人的な人間関係を築いていることが、反対の理由である。
このように家庭環境の面で、ロングステイを実行する条件がなかなか整わない。
すぐには本格的なロングステイをスタートできないものの、あわてずにゆっくりと時間をかけてやっていきたいという。最初は単身で2週間から1ヵ月程度の滞在を繰り返し、両国間を行き来することになろう。現在、福岡のタイ語学校にも通って、さらに語学力のレベルアップを図るため、滞在中現地においてもタイ語を勉強する予定である。
ところで生前とても元気だった父の死によって、自分自身の高齢期の人生のあり方をあらためて見つめ直す機会になった。その意味で「ロングステイを介して、これからの生き方を問い直そうと思っています」という。
さらに日本語教師のボランティア以外にも、ロングステイの目的を幅広く検討したい。たとえば、70歳の日本人がリーダーを務めるタイで活動している九州のNGOの手伝いなどを考えている。また、電力技術指導者としての自身の経験を活かして、技術指導のためにタイを訪れる日本人の世話をするボランティア活動も視野に入れている。
インタビューの感想
タイに対する永年にわたる仕事上の関係や個人的な交流が基盤にあるとはいえ、Yさんのロングステイの計画や行動力は、特に定年退職前後の男性にとって、リタイア後の生き方の模範になるのではないだろうか。
しかし一方で、綿密な準備を進めてきたにもかかわらず、家庭環境の面で問題点が浮上している。そのため当初の計画通りにロングステイを実行することが、現実的には難しくなっている。これはYさんに限らず、病弱な老親を抱える家庭やこれから高齢期を迎える夫婦間に内在する典型的で一般的な問題や課題ではないだろうか。本人の事情というより、このような家庭環境の理由で、海外でのロングステイを実行できない人が多数いると思われる。
ロングステイという切り口が、家庭が抱える問題を表面化させたともいえよう。
Yさんのインタビューの「誰が老親の面倒をみるのか」という問題について、日本人の儒教的な倫理観が根底に流れていて、公的介護保険制度だけではなかなか解決できそうにない問題である。病弱な老親に対する家族の支援や心の交流の問題が、夫婦や家族にとって心理的にも大きなウェイトを占めていることがうかがえる。
さらに、永年連れ添った夫婦間においても、高齢期に対する人生観や価値観の相違が生じている。これに関して、男女間の生き方や生きがいの対象の相違や、夫婦間よりも個人の価値観のほうが重要視されつつある点は注目される。ロングステイの計画に関して夫婦間で温度差があることについては、「97年に妻が乳ガンを患うなど健康問題から、年をとるに伴い妻の気持ちも変化してきた。」と健康問題に影響されたことが大きいという。
Yさんのその後
この記事を掲載するに際して、久しぶりにYさんに連絡することができた。Yさんによると、単身で年2回、1ヶ月単位のロングステイを実行しているそうである。日本語教師のボランティアは、短期間の滞在なので実行できないが、上級レベルをめざしてタイ語の勉強を続けている。
奥さまは、足を痛められていることと、盲導犬のブリーダーのボランティアがあって、なかなかご一緒できないそうである。
これからの予定など、詳しい話を近いうちに伺いたいものです。
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July 05, 2005
運河沿いの民家

Yさんは現在62歳、電力会社の技術者として活躍してこられたが、定年を迎え第一線から退いている。なお、このインタビューは、2002年1月のものである。
ロングステイの動機、きっかけ
1974~79年の5年間、電力の技術者として国際協力事業団(JICA)からタイに派遣され、バンコク市近郊に滞在していた。派遣先のタイ電力公社(PEA)では、地方の未点灯集落の解消を目指して技術指導にあたり、タイ国内の電化普及に携わっていた。
滞在期間中に3人の子どものうち2人目が現地で生まれた。タイ電力公社の仕事仲間やタイ人の友人もできて、帰国後もプライベートを含め度々訪問している。2001年のクリスマス休暇には娘2人を連れて行き交流を続けている。また、タイ友好協会に入会して、福岡に滞在するタイ人留学生と親睦を図ったり、タイ国政府貿易センターとのつながりもある。このようなタイに対する長年にわたる関係や親近感から、50歳の頃から、リタイア後の人生をタイで過ごしたいと考えるようになった。
また、「福岡日豪協会」の活動にも永年関わってきた。この間「中高生ホームステイ交流」のプログラムで、福岡日豪協会の会員の子弟を引率して、8回オーストラリアを訪問している。一般的にオーストラリアはロングステイ先として人気が高いが、自分にとってはタイの方が肌が合っている。オーストラリア人は素朴で日本人の気性に似ているところがあり、街もきれいで好感がもてるが、長期間滞在すると飽きてしまう。
一方、タイの街は雑多で、路地や店にはいろいろな物があふれていて好奇心をそそられる。その風景は、いかにも“アジア”を実感させてくれる。マレーシアやインドネシアのイスラム文化にはなかなか馴染めないが、多くの仏教寺院を訪れるたびに、寺院の内部の空気や雰囲気に心が落ち着く。日本と同じ仏教国ということで性分に合うことが、タイを希望している理由のひとつである。
これまでの準備の経緯
リタイア後の生活の準備として、これまで培ってきた仕事やプライベートな交流をさらに深め、タイとのパイプを太くして現地での再就職に役立たせようと考えていた。しかし、定年後も会社や組織に束縛されることに抵抗感があり、現地での再就職は思いとどまった。
1998年頃からは、タイでロングステイをするにしても、現地の生活を楽しみ、毎日ゴルフばかりするような生活だけでは物足りないと思うようになった。 「どのような目的を持ってタイに行くのか、残りの人生をどのように生きるのか」がロングステイをする上での課題であった。
この思いを満たす何かを探していたところ、個人の自由な立場からボランティアをしたいと考えるようになった。具体的な準備として、2001年から日本語教師のボランティアをめざして通信講座を受講しており、資格試験を受験する予定である。定年退職後は福岡の日本語学校の教壇に立って、教えるスキルを身につけたい。
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June 28, 2005
ワット・アルン

その2
インタビューの感想
荒川祥司さんのタイでの生活や人生は、マラソンを中心に回っている。「マラソンは、生きがいそのものです。苦しいトレーニングも楽しみ」という。次の大会に備え、練習の量や計画を考えながら走ることが、楽しみになっている。荒川さんの走ることにたいする真摯な姿勢は、生きることへの情熱を感じさせる。
そして、走ることが単に個人の趣味にとどまらず、リタイア後はNGO活動をとおして、さらに社会貢献に結びつけようとしている。走ることで「タイロングステイ日本人の会」や「走遊会」などの多くの友人や仲間と交流している。趣味のマラソンが、いろいろな人たちとの交流を促し、交流の輪を広げるなかで、これからの生き方を考え、将来の目標をはっきりと描き出しているのである。
では、荒川さんを動かしている要因とはどのようなものであろうか、なぜ走ることが、自己実現につながっているのだろうか。
第一に、走ることで体力を維持し、健康であると実感していることが考えられる。「走ることの魅力は、元気で生きていることを実感できることですね」という。走ることが生きている実感を与え、元気に走れることが生きている証になっているという意味であろう。
第二に、自分の目標を持ち、それに向かって努力し達成していくことに、満足感や充実感を味わっていることではないだろうか。その目標が大きな心の支えになって、いかに目標を達成するかを楽しみながら、厳しい練習に励み大会に臨んでいる。
第三に、走ることが、社会貢献につながっていることであろう。走ることが趣味に終わらずに、社会貢献に結びつけ、そこにリタイア後の生き方を見出そうとしている。社会貢献が自己実現の方法のひとつになっているのである。
これらいくつかの要因が、荒川さんの生き方を特徴づけている。自分の目標を立て、その目標に向かって努力し達成していく過程に、人生や生活の充実感を味わっているのである。
自己実現の“場”の創出
荒川さんの事例から、ロングステイが持つ機能について考察したい。
荒井さんは、「マラソンは生きがいそのもの」という。走ることで体力を維持し、健康であることを実感している。そして、マラソン大会の出場や自己記録の更新など、自分なりの目標を持ち、その目標に向かって努力し、達成することに、満足感や充実感を味わっているのである。
走る趣味をとおして「タイロングステイ日本人の会」や「走遊会」など多くの友人と交流を深めている。荒川さんをはじめ在タイの名古屋大学のOBが集まって、定期的に九州大学とのOB対抗戦を行っている。また、走る仲間が集まりバンコク市内でマラソン大会を開催したり、海外の大会に一緒に参加したりしている。マラソン大会をきっかけにした出会いを大切にし、交流を深めていることがわかる。
このような交流の輪を広げるとともに、リタイア後NGO活動に参加することによって、社会貢献に結びつけようとしている。これからの生き方や将来の目標についての設計図をはっきりと描いているのである。
バンコクでの長期滞在が、走ることを媒体にして、自己実現の“場”を作り、提供しているのではないだろうか。ロングステイが、個人の自己実現を支援する場になっていて、次のステップとして、NGO活動をとおした社会貢献につながっているといえよう。個人と社会とを結ぶパイプとなって活動することが、荒川さんの人生のさらなる目標である。
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June 27, 2005

荒川祥司さん(67歳)は、電気器具関係の日系企業の社長を務めている。タイに来る前に、日本で中小企業診断士として活躍していたが、現地法人の経営立て直しのため転勤してきた。バンコクでの滞在期間は、2005年で通算13年目を迎えている。
現在、バンコク市内のサービス・アパートメントで、単身生活を送っている。日本では奥さんと母親が同居しているが、すでに子どもは独立している。近いうちに会社生活から退く考えである。
ロングステイとマラソン 仕事以外のプライベートの時間は、シニアのロングステイヤーの団体である「タイロングステイ日本人の会」で交流の輪を広げるとともに、マラソン大会出場をめざして趣味のジョギングに汗を流している。
「走遊会」というサークルに参加していて、「日本人の会」の友人をはじめジョギング仲間と、毎日一緒に走ることが日課になっているという。滞在しているサービス・アパートメントの周辺は緑が多くて走りやすく、市内では大きな公園のルンピニ公園まで行って、涼しい早朝のうちに練習している。時にはメンバーとBTSの全線(47km)を6時間半かけて走ったり、タイ国内の各地で開催される市民マラソンに参加したりしている。練習や大会で顔を会わせ、顔見知りになることで仲間が増えていく。日本にいる友人も含めて、Eメールでマラソン大会の情報交換や近況報告の連絡を取り合っていて、仲間同士で励まし合うこともあるそうである。
また、日本人のバンコク在住の60歳以上でつくる「敬老会」というサークルにも入会して、会員同士の親交を温めている。こうして長い単身生活でも孤立せずに、趣味をとおして多くの友人と交流し、健康的な生活を送っている。
“走る”きっかけは、47歳の時、趣味で始めたという。50歳になって、その区切りとして「ホノルルマラソンを走ろう」という目標を立てて実行した。その後、節目ごとに目標を立てて、年に3~4回フルマラソンを走っている。タイ国内の大会だけでなく、海外のマラソン大会(ホノルル、ボストン、ゴールドコースト、ベルリン、ロンドンなど)にも毎年1回、出場している。ちなみに、ベストタイムは、3時間42分ということである。
自分の年齢を考えながら、あと何回フルマラソンを走れるだろうかと思う。現在、フルマラソンの大会出場回数は29回を数え、50回まで出場することを目標にしている。70歳になった時、どこの大会で走り、どのくらいのタイムで走れるのか、年齢ごとの楽しみがあり、その目標が大きな心の支えになっているという。
走ることを活かしたボランティア
リタイアの時期は、自分で決められるのだが、会社の後任者がいないのではっきりしていない。また、日本にいる母親が健在なので、単身赴任を終えて日本に帰国するのか、冬の寒い期間だけでもバンコクでロングステイをするのか、それぞれ選択肢のひとつであるが、今のところ決めていない。
しかし、将来の人生計画は明確で、これから色づけをするだけという。それは、リタイア後は、趣味の走ることをエンジョイしてマラソンに専念することである。具体的には、引き続きマラソン大会に出場するとともに、スポーツNGOの「ハート・オブ・ゴールド」に参加して、走ることと団体の運営に携わることで社会にお返しをしたい。
「ハート・オブ・ゴールド」は、会長がマラソンランナーの有森裕子さんで、日本の医療関係団体が協賛しているNGOである。毎年12月、カンボジア・アンコールワットのマラソン大会を開催している。これまでに6回の大会を開催し、カンボジアの対人地雷のキャンペーンを行っている。マラソン大会の収益金などからキャンペーンの基金を拠出したり、地雷で義足が必要になった人たちを励ましたり支援活動を続けている。
荒川さんは、「スポーツNGOを受け皿として、個人と社会とを結ぶパイプ役となって活動することが夢です」という。そのために、一緒に走っている仲間や、マラソン大会への出場をきっかけにした出会いを大切にし、個人的なつきあいを続けている。「走る」趣味をとおして、いろいろな人たちとの交流や仲間づくりの役に立ちたいと考えている。
なお、このインタビューは、2003年3月に行ったものである。
次回につづく
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June 18, 2005
今後のロングステイの予定
NZ(ニュージーランド)とタイで、それぞれ半年ずつロングステイすることが、理想的と考えている。日本には確定申告のために、年度末に1週間くらい帰国する程度になろう。
「NZでは語学学校で日本語を(有料)、タイではボランティアでやりたい。」また、「タイでは、音楽をとおした国際交流、ジャズミュージシャンの交流ができたら素敵なことである。そのような交流の機会やチャンスがあったらいいですね」と、Hさんは非常に生き生きとした表情を浮かべられた。
お話しの最後に、NZやタイという新しい環境で、 「自分たちの新しい人生を再構築したい」というHさんの言葉が、非常に印象的であった。
インタビューの感想
韓国くらいしか海外旅行の経験がないYさんが、なぜロングステイを実行したのだろうか? 「子どもさんたちが反対しませんでしたか」という問いに対しては、「ロングステイをすると決めてから、話しましたから」という答えが返ってきた。このインタビューは、ほとんどHさんひとりから伺ったものであり、Yさんは正式な夫婦ではないという遠慮からか、取材の最後に挨拶したくらいである。
Yさんは、典型的な日本女性といった控えめな印象の方である。今回の取材では、Yさんがロングステイを実行した詳しい理由は、聞けずじまいのままである。その理由は、事実婚という形で、高齢期の男女が、日本の地域社会で同居生活を継続することに抵抗があったのではないだろうか。
親族や近隣など周囲の目を気にしたり、気を遣ったりするよりも、日本から離れた海外の生活環境の方が、心安らかに自分たちの生活ができると考えられたのではないだろうか。「自分たちの新しい人生を再構築したい」という言葉が、そう物語っているように思われた。もしそうだとしたら、シニアの再婚というライフステージで、ロングステイを人生の選択肢として選んだ新しい事例といえるでしょう。
また、Hさんには国際交流やボランティアへの意欲があった。地元との交流やボランティアの紹介システム・プログラムがあれば、ロングステイの目的や生きがい支援になるものと考えられる。この点で、定年後の男性の経験や技術を活かすロングステイ・プログラムがないため、その必要性が強く実感された。この問題については、ロングステイの大きな課題である。
なお、お二人は、現在チェンマイをタイの生活拠点として、NZのロトルアと交互にロングステイをしていらっしゃいます。

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June 17, 2005

2004年7月バンコクで、HさんとYさんのシニアカップルにお会いした。
Hさん(70歳)は、1975年から25年間、福岡でジャズクラブを経営していたジャズミュージシャン(ビブラフォン奏者)である。40代のひとり息子さんがいる。Yさん(64歳)は、福岡県出身で3人の子どもと10人の孫がいる。ふたりとも配偶者と死別していて、2年前に知り合い現在一緒に生活している。
NZ(ニュージーランド)とタイの両国で半年ずつのロングステイを計画し、福岡市内のHさんの自宅を売却した資金を元に、NZ北島の温泉地ロトルアに土地付き住宅(200坪、3ベッドルーム)を2004年初に購入した。今回の訪タイは、ロングステイの適地を探しが目的ということであった。
ロングステイの理由と現在の状況
Hさんは、仕事柄これまで渡米する機会が多く、40代の頃から将来は外国に住みたいという想いが強くなった。約25年前からカナダ、オーストラリア、スペインなどを対象地として具体的に検討していたが、先妻がガンで亡くなり計画を断念していた。
知り合ったYさんも海外生活への想いがあって、将来の海外生活について、ふたりとも意気投合した。Yさんの希望地であるNZを個人旅行で訪問し気に入ったので、ロトルアに自宅を購入した。そして、2004年3月より5月までの3ヶ月間、ロトルアでロングステイを本格的に開始する。
スパ(年会費400NZドル)で温泉を楽しんだり、ゴルフを満喫したりの毎日を過ごしている。とりわけHさんは大のゴルフ好きで、ロングステイの第一の目的と条件は、ゴルフができることであるという。「ガバメント・ガーデン」というパブリックコースでは、年会費225NZドルを払うとプレー代は無料である。ゴルフが思う存分できる所というのも、ロングステイ地を選定する大きな理由になっている。
また近隣の住民とも交流があり、留守宅を任せる間柄である。なお、滞在費用、生活費は、Hさんの貯蓄とYさんの厚生年金を充てているそうである。
NZは距離的にも時間的にも日本から遠いこと、またNZドル高の影響で、生活費は必ずしも安くないという経済的な理由、そして年間を通して滞在できるビザが取得できないなどの理由から、アジアにもう1ケ所拠点を探し、第二の滞在地としてタイを選択した。
マレーシア、フィリピンなども検討したが、ロングステイビザが取得できることが、タイに決めた最も大きな理由である。他にも食事が美味しいこと、ゴルフが安価なこと、人間がやさしいこと、仏教国で違和感がなく、治安が良いことなどがあげられる。気がかりなのは、言葉の問題だけであるが、これから勉強するつもりだという。
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June 06, 2005
自宅の玄関

その2
今後の予定やロングステイについての考え方
早期退職して間もないこともあり、しばらくはのんびりして長期の休暇をエンジョイしたい。釣りが趣味なので、えび釣りなどを楽しみタイ人の釣り仲間を作りたい。将来的には高校教師(電気)の知識や経験を活かして、学校での授業や交流をするようなボランティアにも興味がある。
64歳になると年金が満額支給されるので、それまでの8年間タイで長期滞在し、その後帰国する予定である。
Nさんは、ロングステイを実行できるか否かは、日本での“しがらみ”を断ち切る勇気があるか、そして住宅ローンや子どもの教育などの現実的な問題を抱えているかどうかと考えている。職場の同僚の大半は、ロングステイに関心があり、自分の計画を羨ましがっていた。教員は、ロングステイに対する潜在的なニーズが高いのではないだろうか。
また、日本ではロングステイが一般的なライフスタイルでないので、家族や周囲の理解が得にくいだろうし、言葉の問題でタイでの長期滞在が続かない人もかなりいるのではないかと感じている。
日常の足のピックアップ・トラック

インタビューの感想
日本人のロングステイは、スクムビット通りを主体に市内の中心地域に滞在する人たちがほとんどの中で、Nさんの超地元密着型ロングステイは異色なスタイルである。本当の意味での草の根国際交流を志向している。その行動力は心強い存在であり、Nさんのような個性的な滞在スタイルが増えることを期待したい。
また、タイ語を勉強したり、近隣の人や工事現場を興味深く観察する好奇心があり、チャレンジ精神旺盛なNさんである。
さらにボランティアへの強い意欲があった。ボランティアの紹介システムやプログラムがあれば、ロングステイの目的や生きがい支援になるものと考えられる。この点で、定年後の男性の経験や技術を活かすロングステイ・プログラムがないため、その必要性が強く実感された。
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June 05, 2005
Nさんのケース
Nさんは、鳥取県出身の56歳。離婚後独身で、独立した子どもが3人いる。県立高校の教師として教鞭をとっていたが、早期退職制度を利用して2004年3月で退職し、4月からバンコク市郊外のバンクンチャン地区(市内中心部より車で約1時間)にて、単身でロングステイを始める。
自宅でパソコンに向かうNさん

ロングステイの動機
10年前からこれまで数回、タイに観光で来ていて、日本語ガイド(タイ人女性)と親しくなった。訪問するうちに、タイへの親近感からロングステイをしたいと考えるようになった。早期退職制度の創設はちょうど良い機会だと思い、その申し込み期限が、2003年7月までだったので早期退職を決意したという。定年の60歳まで待ちきれず、元気なうちにと思ってロングステイを実行した。
鳥取という地方の封建的な地域性から、ロングステイは、周囲からとんでもない行動に受け止められた。もちろん同居している長男や親族は、早期退職やロングステイに反対した。安定した給与があって、何も辞めなくてもということだろうし、毎月かなりの額の生活費を出していたので、両方の意味で経済的損出が大きいというのが、反対の理由であった。しかし、同居していると長男夫婦に気を使うし、年齢的にも自立して欲しかったので意志は変わらなかった。また、卒業生が頻繁に訪ねてくるので、煩わしい面もあった。「総括すると“日本のしがらみからの脱出”ということになるでしょう。しかし、自分が長男ではなかったので、お墓や仏壇などの世話をする必要はなかったことは幸いであった」
3階建てのタウンハウス

ロングステイの現在の状況
懇意の日本語ガイドさんの名義で、2003年に1棟13戸あるタウンハウス(3階建て4LDK,約150㎡、100万バーツ)の現在の住居を購入した。(注 日本人、つまり外国人は土地付きの住宅は購入できません) その3階にはガイドの弟夫婦が、同居している。郊外の住宅団地なので、ガイドの弟さん所有のピックアップトラックを買い物などの足として使っている。わたしもこの車で、近くまで迎えに来てもらいました。この住宅団地は、日本人をはじめ外国人がほとんど住んでいなくて、タイ人の中流階級のサラリーマン層が多く住んでいる地域とのことです。
「日本人ばかりのコンドミニアムは好きではない。せっかくタイに来たのに、わざわざ“日本人村”に住む必要はないし、冒険心もある」 隣近所のタイ人たちとの挨拶や簡単な会話を交わすようになり、一緒に飲んだり、カラオケや屋台へ食事に行ったり、日常的な交流をする地元密着型滞在スタイルで過ごしている。
現在、パソコンが友だちになっている。家計簿や自宅前の工事現場の写真記録を作って楽しんでいる。また、タイ語を独学で覚えているところである。 “習うより慣れろ”で近所の人たちとの実践会話で鍛えている。とにかく、タイ語を覚えることが生活の目標であり、元気の素でもある。そして生活の場を広げ、現地社会に密着、根付いていきたいという。
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May 26, 2005
福岡丈夫(たけお)さん(64歳)

福岡さんは、「タイロングステイ日本人の会」の理事である。2005年3月、福岡さんが長期滞在しているBTSナナ駅近くのサービスアパートメントで待ち合わせをした。昨年7月、「日本人の会」の理事の方々と会食して以来、8ヶ月ぶりの再会である。前回はゆっくり福岡さんと話をすることができなったので、夕食をご一緒しながら話を伺う。
福岡さんは、大手家電メーカーを定年退職した後、現役時代に駐在経験があるバンコクでロングステイを始めて3年が過ぎている。
「日本での交友関係は、リタイアしているにもかかわらず、会社のOB会でも現役時代の上下関係を引きずったままです。日本では、なかなか個人と個人の付き合いができないんです。それが嫌でバンコクに来ました」という。 「日本人の会」は、肩書き抜きの個人同士の付き合いである。現役時代のことは言わないのがルールである。
また、子どもがいないことも、ロングステイを実行できた理由のひとつである。
会社や組織を離れた定年後の男性は、自己紹介をする時に、元の肩書きや地位を言うことが多い。地域社会との関係が希薄で、リタイア後にしたいことや目標が見出せない男性にありがちなことである。
一旦、日本社会での関係やしがらみから離れ、まったく関係性がないタイで長期滞在をすることが、新たな人間関係やネットワークを創ることを通して、新しい高齢期の生き方を再構築する機会を与えているのではないだろうか。
そうだとすると、この意味での機能が、ロングステイにあるといえるでしょう。
年に2,3回大阪に帰国するが、ほとんどバンコク暮らしである。奥様は、日本とタイを行ったり来たりという。福岡さんは、「日本人の会」の友人たちやコンペで、週に2,3回のペースでゴルフを楽しんでいる。
会では、ゴルフの他に囲碁、マージャンなどのクラブ活動が盛んである。現在、会員数が120名を超え、組織の拡大と若い世代を入れようということで、理事を5名から9名に増やして、活動の一層の充実を図っている。
こうして「日本人の会」の理事としても忙しい毎日を送っている福岡さんである。
福岡さんや「日本人の会」についての問い合わせは、次のとおりです。
Eメール:tmfukuoka@hotmail.com
携帯電話:0-9223-9575

グランドダイヤモンド(サービスアパートメント、手前のビル)
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May 25, 2005

その2
こうして、Mさんは、いろいろなことを始めた。ゴルフ、英会話、タイ語の勉強、そしてバンコクでのロングステイである。「60の手習いですよ」とにこやかにMさん。タイ人と親しく交流して、ロングステイをより実のあるものにしたいと、英会話とタイ語の勉強を始めている。
2005年初めのバンコク滞在中に、シーロム地区のコンドミニアム(約80㎡、2LDK、日本円で約2700万円)を契約した。たまたま滞在中に思いたって、同行していた息子さんと相談の上、購入を決めた。
思い切ったことであったが、コンドミニアムを購入することには、自分自身を意識的に行動させる意味合いが込められている。タイは相続税がないので、節税対策にもなるという。3年後の完成とかなり先なので、それまではサービス・アパートメントの滞在になる。
バンコクでの滞在期間は、毎回約1ヶ月。郵便物の受け取りの関係で、そう長く滞在できない。タイから日本への通信方法は、携帯電話とEメール、インターネットである。最近、国際電話が直接かけられる携帯電話に切り替えたので、バンコクで携帯電話をレンタルする必要がなく便利である。それにサービスアパートのビジネスセンターからホットメールを使って、息子さんや日本の友人とEメールでやりとりをする。シニアのロングステイにとって、とりわけEメールやインターネットは、必須である。
海外から、家族や友人との連絡、日本の情報がリアルタイムで知ることができるのは、順調なロングステイを送るための重要なファクターといえよう。
ちなみに、福岡の自宅からヨーロッパの息子さんへの通信方法は、世界中通話料無料のインターネット電話「スカイプ」を利用しているという。今後「スカイプ」は、飛躍的に拡大するものと思われる。
コンドミニアム完成後の滞在期間が、どのようになるか未定である。本格的なロングステイにあたって気がかりなことは、福岡の自宅の維持管理や毎年3月の確定申告のことである。そして将来の病気のことである。しかし、できれば永住したいという。滞在中は、最近始めたゴルフ、市内のカルチャースクールへ通ってタイ語や英語の勉強、そしてタイの文化に触れる講座を受講したい。
また、バンコクを拠点にして、周辺各国への旅行も楽しみたいという。
福岡への転居によって精神的に解放され、日本から離れたタイで“新しい自分”を発見し、前向きに新しい人生を再創造しようとしているMさんである。
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May 24, 2005

Mさん(60歳)は専業主婦で、ヨーロッパ在住のひとり息子がいる。控えめで上品な女性というのが、Mさんの第一印象である。離婚した後、2年半前に福岡県内より福岡市に引っ越しして、現在ひとり暮らしをしている。
これまでタイには、通算7,8回訪れていて、1ヶ月間のロングステイを3回経験している。これまでの旅行先は、台湾、香港、フィリピン、タイ、シンガポール、インドネシアのアジア各国を始め、グアム、アメリカ(カルフォルニア)、オーストラリア、ニュージーランド、そしてヨーロッパと海外旅行の経験は豊富である。
食べ物が美味しいこと、フレンドリーなタイ人が好きであり、何よりも“肌が合う”ことが、タイをロングステイ先として選んだ理由である。
ロングステイのきっかけは、3年前にガンになり、命が救われたことである。「わたしは、石橋を叩いても渡らないタイプなので、それまでの人生の何割かは損していると思います」とMさん。現在は亡くなっているが両親と同居し、親戚や近所にも、何かと気を遣い、周りの目を気にしていたという。大病を患い、もう少し遅かったら命がなかった。そう思うと、「生き方を変えたい、これまでの自分とは違う“新しい自分”を発見したい」と強く感じたという。
意識して新しいことを始めたかった。自分で自分を後押ししないと行動できない気がしたので、退院した翌日には、まだ痛む体をおして、家さがしに福岡市を訪れた。それが転居の理由である。誰にも相談せずに住居を決めて、周りには事後報告であった。
一人住まいをしてみると、しがらみがなくなり、周りに気を遣わなくてよくなった。気が楽になったという。福岡への転居が、これまで自分を絡めていた生活から解放させた。そこで健康なうちにという想いで、好きなタイでロングステイを始めることを決心した。
Mさんにとって、ガンに罹ったことが、まさに「生き方を転回させる」きっかけになり、人生の転機となったのである。
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