September 12, 2008

№930 スラム支援30年

  クロントイスラムの粗末な家々
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 9月8日の西日本新聞の記事からです。
 「みんな下の下の下の生活をしている。野良犬の方がよっぽどましだ」。タイの幼児売買を素材にした話題の映画「闇の子供たち」の原作小説にこう描かれたタイ最大のクロントイ・スラム。ここに拠点を構えスラム支援を続けるドゥアン・プラティープ財団が8月31日、設立30年を迎えた。

 財団は発足以来、教育支援に力を注ぎ、幼稚園の運営や奨学金制度を充実させた。その結果、30年前は当たり前だった小学校に通えない子どもは激減。奨学金受給者はスラムを中心に約2500人に及び、成績次第で有名大にも進んでいる。
 「教育こそが社会を変える原動力。その思いは間違っていなかった。成果は確実に上がっている」。同財団のプラティープ理事長は自負する。

 屋台が軒を連ね、タクシーやバイクが頻繁に行き交う。クロントイ中心部はバンコクの普通の街並みと変わらない。しかし路地裏に入ると風景は一変する。トタンと木材で組み立てた粗末な家々。迷路のように入り組んだ一帯は悪臭が漂っている。
 クロントイの推定人口約10万人。この数は30年大きく変わっていない。金を貯めて転居する人がいる一方で、仕事を求める地方からの流入者も絶えないからだ。かっては貧困層が大半だったが、安定した収入を持つ層が生まれている。
 理事長の夫でクロントイで長く支援活動に携わった秦辰也・近畿大教授は「スラムとスラム外の格差に加え、スラム内格差という二重構造が起きている」と指摘する。
 クロントイの事務所1階に子どもたちが遊べる図書館があるのだが、明らかに地元以外の幼い子を見かけるようになった。
 カンボジア、ラオス、ミャンマー・・・。クロントイに移り住んできた不法就労の外国人の子どもたちだ。「不法だか
ら当然、学校に行けない。今後、大きな問題になってくる」。経済成長を続けるタイに流入する近隣国の貧困層。近くの港湾で仕事を見つける彼らにとってクロントイは格好の居住地になっている。
 同理事長は「スラムが抱える貧困や麻薬といった問題は社会構造と政策を変えないと解決できない」と話している(以上抜粋)。

 先頃、同財団設立30周年の記念式典が開催されました。スラムの子どもたちへ教育支援をする福岡の「クルンテープの会」の代理として、バンコク駐在の西日本新聞社の柴田記者が出席されたとのこと。それに伴って今回の記事となったようです。
 奨学金を得て勉学に励み、有名大の進学や企業への就職を果たすスラムの子どもたちがいる一方で、新たな貧困層が流入している現実が浮かび上がっています。
 なかなかスラムが解消されることはないのでしょうが、日本に住む私としては、せめて子どもたちの奨学金の原資となる支援を続けていきたいと思っています。

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April 14, 2008

№850 福岡発 エイズ孤児支援

 エイズ孤児が暮らすバーンロムサイ
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 タイ・チェンマイ郊外にあるエイズ孤児を支援する施設「バーンロムサイ」から、先日メールがありまして、4月16日から福岡の商業施設「イムズ」で「バーンロムサイ展」が開催されるというお知らせでした。
 
 まずはメールの内容から。
「エコロジーでナチュラルなタイの生地や手法を使用した暖かい心のこもった雑貨やお洋服の販売を通して、バーンロムサイの存在をたくさんの方に知ってもらい、またエイズ・HIVに関しての正しい知識を伝えていくための企画展です。
 また、子ども達の絵・手漉きノート・チャリティーベアーやグラス、地球にやさしいエコグッズとして コーヒーフィルター・マイ箸、チェンマイの心地よい素材でつくったタイパンツやスカート・ガーゼのブラウスなどお洋服から小物までたくさんの商品を取り揃えております」。

 すると4月11日の地元西日本新聞にも記事が載っていましたので、併せて紹介します。
 エイズで親を亡くし、自らもエイズウィルス(HIV)に母子感染した子どもたちが暮らすタイの施設「バーンロムサイ」の運営を支援しようと、福岡市天神のイムズで「バーンロムサイ展」を開く。同施設の職員らが作ったタイシルクや綿の洋服、小物など5百点以上を展示販売。子どもたちも絵やHIV予防啓発のパネル展示なども行う。

 「バーンロムサイ」は「ガジュマルの木の下の家」の意味。日本人の名取美和さんが1999年、タイ北部のチェンマイに開設し、4歳から16歳までの30人の子どもが暮らす。企業や個人の寄付のほか、施設の職員やボランティアが作るタイの自然素材の衣料品、子どもたちが描いた絵をモチーフにしたバッグやコップなどの売り上げで運営費を賄っている。

 期間中、一度行ってみようと思います。もしお近くの方、関心がある方、よかったら寄ってみてください。

期間 4月16日(水)~4月27日(日)
会場 ジャラン・ジャラン イムズ店内
   〒810-0001 福岡市中央区天神1-7-11 イムズ3階
   tel/fax 092-733-2285 担当 安部(店長)

HP http://www.ims.co.jp/shop/shop/?shopNo=030

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June 22, 2006

№422 バーンロムサイ訪問記 その2

  代表の名取さんとVの小泉さん
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その2
 この日は平日のため子どもたちは小学校へ行っていて、残念ながら子どもの姿はありませんでした。スタッフの小泉さんにバーンロムサイの敷地内を案内してもらいました。 

 敷地の入り口近くに2部屋からなるこじんまりした建物があります。今はスタッフ用の宿舎になっていますが、エイズを発症した子どもがここで亡くなったそうです。これまでに10人の幼い子どもがエイズを発症し亡くなりましたが、現在では抗HIV療法が進んで発症を抑える薬を毎日飲んでいれば、元気に生活できるようになっています。それでも薬は一生飲み続けないといけません。
 
 ここから少し奥の左手に事務所、右手には2階建ての子どもたちの宿舎が男女別に2棟建っています。どちらも立派な建物で2階が子どもたちの部屋、1階が雨の日などに遊べるように土間になっています。
 さらに進むと染色をしたり工芸品をつくる工房があります。その前の手入れをされた緑の芝生にロンガンの木が植えられていて、以前ここがロンガン畑であったことが偲ばれます。工房ではスタッフが中心になって衣服や絵はがきなどを制作し、それを販売して得られた収益は施設の運営資金として役立てられています。 また、ここでは子どもたちが絵を描いたり粘土細工をすることができますし、将来の自分の仕事について考えたり、いろいろな仕事があることを教える実践の場でもあります。
 その他にもパソコンや日本語を教える教室や、タイ人ボランティアによる「絵本の読み聞かせ」や合気道教室もある。よい傾向として少しずつタイ人のボランティアが増えている。

 しかし、バーンロムサイにはいくつかの課題があります。
 第一は子どもたちの進学のことで、小学校の6年生3人の中学校への進学をどうするかの問題です。 子どもたちの希望するタイ舞踊や音楽など専門の中学校があるが、学校によっては血液検査を課しているところもある。将来子どもたちを自立させるためにも、きちんとした教育を受けさせなければなりません。

 第二に、バーンロムサイを地域社会から受け入れてもらいたいということです。 地域の人たちからは「日本人(つまり外国人)が出入りしている特別の施設」と見られていて、女性がノースリーブの服を着ただけで風紀を乱していると思われる。 まだそのような誤解や偏見があるため、地域社会との交流がありません。その意味で「バーンロムサイが地域社会に認知されること」が大きな課題になっている。
 これまでは子どもたちの命を守り、生かすことが最大の課題であったが、抗HIV療法が進歩したお陰で今では発症する子どもがいなくなった。 そのため子どもたちの将来を考えられるようになった。たとえば、先生や軍人、公務員などになりたいという子どもの希望は強いといいます。このような将来の希望を考えてあげることが、今後の課題となっている。

 チークやガジュマルなど緑が豊かで静かな環境の中で、子どもたちが成長し自立してここから巣立っていくことを願いながら、バーンロムサイを後にしました。

バーンロムサイのHP
 http://www.banromsai.jp/
 

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June 21, 2006

№421 バーンロムサイ訪問記

    緑豊かなバーンロムサイ
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 「バーンロムサイ」は、HIV(エイズ)に母子感染した孤児たちの生活施設です。名取美和さんがチェンマイ郊外に1999年11月に開設しました。 「バーンロムサイ」とは“ガジュマルの木の下の家”という意味です。タイではガジュマルのような大きな木には神様が宿ると信じられていて、子どもたちが安心して暮らせるようにとの思いが込められています。
 
 昨年夏、福岡での名取さんの講演会をきっかけに一度現地を訪問したいと思い、2005年12月にバーンロムサイを見学しました。チェンマイ市内から西へ約40分。空港を通り過ぎ、Cyonlaprathan 運河沿いに未舗装の道を南下した元ロンガン畑にバーンロムサイはありました。緑の木々に囲まれた静かな環境の中、広い敷地には何棟かの建物が点在しています。

 ボランティアスタッフの小泉さんに施設の状況について説明をしていただきました。 バーンロムサイの目的は3つあって、まずエイズ孤児が生活できる施設であること。第二に、HIVについての啓蒙活動をすること。そして経済的に苦しくて家庭では生活できない子どものシェルター(避難所)を提供することだそうです。 実際にHIVに感染していない中学生の女の子ひとりがここで暮らしている。
 現在、小学生以下のエイズ孤児30人が、日本からの企業の支援や個人の寄付などを受けて生活している。最年少の3歳児から最年長は14歳の女の子(小学校にいけない時期があったため)までの子どもたちで、未就学児も4人含まれている。
 バーンロムサイを運営する日本人スタッフは、ボランティアが5名、有給スタッフが2名、名取さんを入れて8名です。これに16名のタイ人のスタッフを加えて運営している。その内訳は、食事を作るスタッフ1名、保父・保母が6名(2名以上が常駐している)、洗濯や掃除のスタッフが2名、営繕やメンテナンスをするスタッフが7名(正職員2名、パート5名)となっている。

 子どもたちは、チェンマイ市内にあるシリピンムーア学校に通っています。毎日スタッフが車で30分掛けて送迎しているのです。朝7時には出発して、夕方5時か6時頃に帰宅するといいます。
 初めは徒歩5分の所にある公立の学校に通っていたのですが、PTAの反対に遭い全員転校せざるを得なかったという苦い経験があります。HIVが他の子どもに感染するのでないかという誤解や偏見によるものでした。それでHIVの子どもの理解をしてくれた現在の学校に通学することになったのです。

つづく

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May 13, 2006

№382 タイでNGOやボランティア活動

エイズ孤児の施設「バーンロムサイ」
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 これまでタイでボランティア活動を行っているいくつかの施設や団体を見学させていただきました。その中で多くの日本人の方が、タイの社会のために活躍していらっしゃいます。また、インターネットで調べてみると、他にも多くの団体が活動しています。

 まず、バンコク・クロントイ地区のスラム街で活動するNGO「ドゥアン・プラティープ財団」です。 プラティープ・ウンソンタム・秦さんが、1968年に自宅で「1日1バーツ学校」(託児所)を開設して以来、スラムの子どもたちの教育支援とスラムの人々の生活改善に取り組んでいます。
 財団の事務所では、タイ人のスタッフに混じって日本人のボランティアの方がお手伝いをしていたり、日本からボランティアにやってきた大学生が幼稚園で園児の世話をしたりしていました。

 チェンマイをはじめとするタイ北部では、さらにボランティア活動が活発です。
 日本のNPO慧燈が運営するチェンマイ郊外のドイサケット市にある「大坪・慧燈教育学園」もそのひとつです。同学園では、恵まれない少数民族の子どもたちを寄宿をさせながら教育支援を行おうとしています。
 また、やはり教育機会に恵まれないタイの子どもたちへ、日本の里親たちから送られる奨学金を授与する教育里親制度をタイ各地で展開しています。

 同じくチェンマイ郊外にはエイズ孤児の施設「バーンロムサイ」があります。 「バーンロムサイ」は、名取美和さんが1999年に設立した施設で、主に日本からの企業の支援や個人の寄付などを受けて運営されています。 「バーンロムサイ」とは“ガジュマルの木の下の家”という意味で、HIVに母子感染した孤児たち2歳から14歳まで30人の子どもたちが生活しています。
 子どもたちは、将来の自立を目指していろいろなことを学んでいますが、これまで200人近い日本からのボランティアの方々が積極的に協力しているそうです。

 これらのNGOや団体以外にも、ストリートチルドレンの救済活動をしているNGOなど、タイで活躍している団体がたくさんあるのです。

 さて、タイでロングステイする場合のことです。せっかくタイで長期滞在をしているのですから、このようなボランティア活動に関心を持つこともあってよいのではないでしょうか。タイで生活するということは、タイという国にある意味でお世話になっているわけです。
 もし、何かタイの社会やタイの人たちに役に立ちたい、貢献したいと思う方がいらっしゃたら、このような活動に参加や支援をすることもできます。 あるいはタイで直接ボランティアをしなくても、日本からでも支援ができるのです。
たとえば、教育里親制度であったり、子どもたちが作った作品や絵を購入したり、寄付などによる支援です。
 多くの場合、タイのNGOなどを支援する日本のNPOやボランティア団体があるようでし、会員からの支援金や支援物資を集めてタイに送るなどの活動をしています。 ということは、直接でなくても日本からの間接的な貢献やボランティアだってあり得るわけです。

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May 08, 2006

№377 スラムに水俣の知恵

  迷路のようなクロントイ・スラム
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 2006年5月1日の西日本新聞からです。
 タイの首都バンコク最大のスラム街として知られるクロントイ地区で、水俣病患者の支援団体が技術指導したリサイクル石鹸の製造機が、この10年間稼動し続けている。 急速な経済成長とともにさまざまな環境問題が噴出するアジアで、水俣病の公式確認から50年を迎えた水俣の教訓を生かす試みの一つといえる。

 クロントイの一角にある非政府組織(NGO)「シャンティ国際ボランティア会」 (SVA、本部・東京)タイ事務所敷地に設置された製造機の前で、ふだん作業しているチャロー・ローッパイソンさん(28)がリサイクル石鹸の作り方を説明してくれた。チャローさんはスラムの住民でもある。
 原料は、スラムの住民が持ってきてくれる食用油の廃油。高さ1mある釜に廃油を入れ、カセイソーダと水を加えて煮詰める。固まったら干して、粉砕機で粉末にする。
 廃油を持ってきてくれた住民には、代わりにこの機会で作った粉石鹸を渡す。油の垂れ流しを防ぐと同時に、合成石鹸の使用を減らすのが目的だ。
 
 この石鹸作りの技術をクロントイに伝えたのが、 「アジアと水俣を結ぶ会」 (事務局・熊本県水俣市)事務局長の谷洋一さん(57)だ。 水俣で患者支援活動をしている谷さんは、国内だけでなくアジア全体の環境問題に関心を持つようになり、1983年に結ぶ会を結成。アジア各地で公害の実態調査をするうちに、クロントイにも度々足を運ぶようになった。
 クロントイ地区での住民の生活改善に取り組むSVAと協力し、95年頃に石鹸製造機の設計と作り方のノウハウを伝授した。これが始まりだった。

 それから10年。現在、クロントイの機械で作る石鹸は年間500キロ。大半をタイ南部で無農薬バナナの生産をする生協に卸す。 もちろん、この石鹸作りでスラムの環境が劇的に改善されたわけではない。空き地にはゴミが散乱、雨になると汚水があふれる。 だが、チャローさんの顔を見ると「油ためてるよ」と声を掛けてくれる住民もいる。
 SVAタイ事務局長のアルニー・プロマさん(44)によると、タイ各地のNGOなどから「廃油石鹸の作り方を教えて欲しい」との要望が入るようになり、小型機械を車に積んで出張実習しているという。昨年は津波被害を受けたパンガー県など5ヶ所で実施した。

 この記事に紹介されているように、日本のNGO「シャンティ国際ボランティア会」がバンコクのクロントイ・スラムで活躍しています。同NGOは、プラティープ財団と並んでこのスラムの人たちを支援する代表的な団体です。
 経済成長が著しいアジアでは、経済活動の活発化に伴って、車の排ガスによる大気汚染や工場から排出される産業廃棄物などによる水質汚濁などが深刻になっている。 中国・黒龍江省などで相次いだ工場排水や爆発事故による河川汚染のニュースは記憶に新しいところです。
 バンコクもその例外ではありません。今年2月バンコクは福岡県と友好提携を結び、水質汚濁などの環境問題への取り組んでいます。このような官側の交流にとどまらず、「アジアと水俣を結ぶ会」やNGOなど民間ベースの支援があることは嬉しいことです。
 今後日本人シニアやこれから定年を迎え始める団塊の世代の中には、タイをはじめアジア各国の環境問題の改善に協力する方がさらに増えてくるのではないでしょうか。

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April 09, 2006

№348 日・タイ友好フォーラム

    緑が多いシーロム通り
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 バンコクで日本とタイの交流を民間ベースで展開しているのが、ボランティア団体の「日・タイ友好フォーラム」です。 まず、同フォーラムのホームページからその概要を紹介します。

 日タイ友好フォーラムは、2004年5月20日にバンコクにおいて96名の参加者により結成されました。このフォーラムの目的は、日本とタイの政治、経済、文化、芸術、さらに職業等あらゆる分野での民間レベルでの多様な交流を行うことです。
 また、参加した人々が形式にとらわれず、真の友好関係を結ぶ草の根的活動、人間の生命と安全を守っていく活動を、それぞれの立場で日タイ両国民の友好と親善を図りつつ展開することを目的としています。
 この会は三ヶ月に一度の例会を行っています。例会では各界で活躍されている方々の講演を組み合わせたり、参加者の皆さんからの意見を集約して活動計画を立てています。
 
 リンク集には、日タイ友好に関するサイトをはじめ、ロングステイに関するサイト、タイとタイ人を知るサイト、NGO・NPO関連のサイトなどが紹介されていますので、タイ関連の詳しい情報を収集することができます。さらに、フォーラムにはロングステイ支援会という組織もあって、タイでのロングステイライフを応援しています。

 先月、日タイ友好フォーラムの副事務局長である横須賀武彦さん(53歳)にお会いしました。横須賀さんは10年間バンコク在住で、2年前から起業したWeb系企業の経営の傍ら、副事務局長を務めていらっしゃいます。
 同フォーラムの会員は、主に在タイ邦人の中小企業経営者と日本への留学経験のあるタイ人から構成されています。例会での講演やイベントだけでなく、今年6月から3ヶ月毎に機関紙を発行する予定といいます。日本発の出版社などのステレオタイプのロングステイ情報ではなしに、タイ発の生の情報発信をしたいというのが、その狙いだそうです。

 そしてイベントや出版事業からの収益で専用の事務所を構えて、新しくタイにやってくる日本人の相談業務を始めたいとおっしゃいます。タイの正しい情報提供や困ったこと・トラブルの解決へのアドバイスをし、必要であれば弁護士などの専門家を紹介するというものです。現在は、会員の会費だけでは事務所を設置することができないので、収益事業によって相談業務を本格的に取り組みたいとのこと。ボランティアで会員が持ち回りして事務所に常駐し、相談を受け付ける予定です。

 「日・タイ友好フォーラム」では、一人でも多くの方々が趣旨に賛同されて参加を呼びかけていらっしゃいます。わたしのブログにもリンクを貼らせていただきましたので、アクセスしてみてください。
 同フォーラムの今後の活動に期待したいものです。


「日・タイ友好フォーラム」
 http://www.j-tforum.info/index.php

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February 01, 2006

№285 団塊の世代 地球のどこかで輝こう

   チェンマイの慧燈教育学園
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 1月13日、朝日新聞の社説に載った「団塊のあした」というシリーズからです。

 新たな活躍の舞台を海外に求める熟年層が増えている。  
 独立行政法人、国際協力機構(JICA)が「シニア海外ボランティア」事業を始めたのは90年のことだ。 55カ国で延べ約2500人が活躍している。

 仙台市の柏木修さん(58)は、アフリカ南部にある世界で最も貧しい国のひとつ、マラウイへ電気事情改善のため派遣された。昨年10月までの2年間のボランティア体験を踏まえ、JICAにこんな提言をした。
 派遣期間をもっと柔軟にすることはできないか。派遣中に国内に残る老いた両親を見守る仕組みがあれば、志願者はさらに増える。 「団塊の世代を有効に活用すれば、今後の日本の国際協力の大きなパワーになる」。柏木さんはそう確信する。

 また、財団法人 日本シルバーボランティアズ(JSV)は、05年までに65カ国へ3500人を超える人たちを送り込んだ。 農林水産や鉱工業など、分野は多岐にわたる。

 政府の途上国援助(ODA)をはじめ、日本は財政面では国際社会にかなりの貢献をしている。 なのに「金ばかりで顔が見えない」との批判が絶えない。さまざまな援助の現場で、今まで以上に顔の見える国際協力を心がけなくてはならないだろう。
 
 団塊の世代は、高度成長の主な担い手だった。それゆえ「モーレツ社員」「社畜」などと揶揄されもした。 しかし、経済力や技術など、成長の果実も手にしたはずだ。思い切って広い世界へ飛び出してみよう。 必要とされる場が、この地球上にはまだまだある。
 以前、シニアボランティアの説明会に参加したことがありますが、予想以上に参加者が多いので驚いたことがあります。それだけ海外ボランティアへの個人の関心や意欲が高いことがうかがえます。 ただこの記事にもあるように、意欲があっても派遣内容や期間など条件がなかなか合わないだろうと感じました。

 JICAやJSVのボランティアだけが、海外のボランティアではありません。もっと身近なところでボランティア活動はできると思うのです。 インターネットで海外で活躍するボランティア団体やNGOを探すことだってできます。ロングステイしている滞在地で、地元の活動に参加することも可能でしょう。
 よく調べると、いろいろな所で多くの日本人が海外で活躍していることがわかります。自分が参加したい活動を探してみてはいかがでしょう。 わたしもタイで日本のシニアが活躍できる団体やNGOを調べて紹介していきたいと考えています。
 

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November 25, 2005

№220 「くるんてーぷの会」のスタディツアー その2

 被災したこどもが描いた津波の絵
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その2
 翌日の23日には、財団の事務局長プラティープ・ウンソムタム・秦さんに会って、みなさまからのスマトラ沖地震の義援金を直接手渡してきました。 財団からの緊急援助の呼びかけに多くのみなさまからご協力をいただいた義援金です。プラティープさんから「子どもたちのために有効に使わせてもらいます」とのメッセージをいただきました。
 財団では、スマトラ沖地震による大災害で被災した子どもたちの支援も行っていて、特に子どもたちの心のケアを中心に支援活動を続けています。 現地では、助け合いながら少しずつ復興に向かっていますが、まだ時間がかかるようです。 

 財団事務局で今年の事務内容を確認し、次年度の事務がよりスムーズに行くように打ち合わせを行いました。そして、スラムの子どもの話の中で、奨学部担当の阿部さんから「ここに住む子どもたちのほとんどは、スラムから出たことがありません」という話を聞きました。
 バンコクは発展を続けていますが、その一方で現実の厳しさを改めて知ると同時に、貧富の格差がますます広がる状況で、わたしたちの活動の必要性を改めて感じました。
 プラティープさんやご主人の秦さんとの話の中でも、「くるんて-ぷの会」への感謝の気持ちが伝わってきます。会員のみなさんのご支援が、しっかりと財団に届いているのです。

 さて、このスタディーツアーの報告会が、12月18日の午後2時15分から福岡市のNPOボランティア交流センター「あすみん」で開催されます。 その他にも「食文化の歴史」についての講演会も予定されています。参加費は500円。詳しい問い合わせや申し込みは以下の通りです。
 TEL/FAX 092-566-7607 ( 山口 )

 また、11月26~27日の2日間(10時から16時)、春日の「クローバープラザ」で開催される「アスバルフェスタ2005」に参加し、「くるんて-ぷの会」の活動の紹介とタイの手工芸品を販売します。アスバルフェスタは、毎年開催される盛況なイベントです。会場に行かれる際にはぜひ立ち寄ってください。

「くるんてーぷの会」(原田君子代表)
 〒811-0081
福岡市博多区井相田1-13-28-408
 TEL・FAX 092-586-4650

 URL: http://members.jcom.home.ne.jp/krungtep/
 Email: krungtep@jcom.home.ne.jp

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November 24, 2005

№219 「くるんてーぷの会」のスタディツアー

    クロントイ・スラムを歩く
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 「くるんてーぷの会」(原田君子代表)は、学校に通えないタイの子どもたちの教育里親活動をしている、福岡を拠点にするボランティア団体です。バンコク最大のクロントイ・スラムに住む子どもたちの教育支援活動をしているNGO「ドゥアン・プラティープ財団」に、会員からの教育資金を送金しています(№86で紹介)。
 会員になると「くるんてーぷ便り」が送られてきます。その第14号の記事から8月に実施されたスタディーツアーを様子を紹介したいと思います。 また、8月26日の西日本新聞(朝刊)にスタディーツアーの記事が掲載されました。

 原田代表ら4人は、2005年8月20日から24日までの日程で、カンチャナブリ県の「生き直しの学校」と「ドゥアン・プラティープ財団」を訪問しました。 今回のスタディーツアーの一番の目的は、支援している奨学生に会うことです。
 財団のオンさんの案内で、22日に「生き直しの学校」を訪問しました。この学校は、麻薬や親の養育放棄などから子どもたちを立ち直らせ、自立を支援する施設です。
 突然のスコールでゆっくりと施設の中を散策することができませんでしたが、プラティープさんのお姉さんのプラコーンさんから現在の学校の様子を詳しく伺うことができました。 この日、先に訪問していた近畿大学の学生さんたちと子どもたちが楽しそうに交流していたので、私たちはほんの少しの再会をしただけで、慌しい日帰りの訪問となりました。 
 
 スコールの合間に、子どもたちの自立のために各国からの寄付で植えられたアブラヤシの成長を見に行くことにしました。 広大な「アブラヤシ農園」には、これまでに約1760本もの苗木が植えられています。まずバナナの苗木を成長させて、その葉陰にアブラヤシの苗木を植えていくのです。
 その葉陰に植えられた苗木が育っていて、「僕の背丈より高くなった」「まだまだわたしの方が高い」と、子どもたちはその成長を見守っているそうです。 これからもバナナを植えて、葉陰ができたところから順次苗木を植林していくことにしています。アブラヤシが成長する10年後には、子どもたちの自立の道が大きく開かれることでしょう。
 また、募金を寄せていただいた方の名前を施設内の掲示板に載せて、農園づくりの完成の頃には、農園のどのブロックに自分のアブラヤシが育っているのか分かるようする計画です。

 つづく

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October 24, 2005

№188 地域活動のマニュアル完成

    マニュアルの表紙イラスト
enngawahyousi
   

 このブログの第131・132回で紹介しました古賀市の「えんがわくらぶ」のマニュアルが発行されました。
その記事が、10月18日の西日本新聞の朝刊に写真付きで大きく紹介されています。
 
 「えんがわくらぶ」は、古賀東小学校の敷地内にあり、古賀市の「元気な高齢者づくり」の一環で、地域における高齢者の活動の場として利用されています。 シニアが、介護を必要としないで元気に生きられることを目的として、高齢者の生きがいづくりの支援活動を行っています。
 さらに小学校内というロケーションを生かし、給食交流やサツマイモ栽培など子どもたちと日常的な交流を通して、高齢者が、地域の子どもたちを育てる幼老共生を実践しているのです。
 山川代表は、団塊の世代が大量に定年を迎えるにあたり、 「誰もが、いつでも、どこでも」同じような地域活動ができるように、その参考になればという想いでこのマニュアルを作成したといいます。

 このような地域活動に参加し、自分が住む地域との関係を結び維持することが、高齢期の生き方には重要な要素となってくるでしょう。 いわゆる「会社人間」から「地域人間」へ変わるきっかけとして、海外でのロングステイを提案していますが、日本に帰国してからの生き方のほうが、ウェイトが大きくより重要なのです。
 会社や組織における“タテ”の人間関係から、地域社会における“ヨコ”の人間関係やネットワークをより多く構築できるか、ポイントになると考えます。 定年を機に、海外のロングステイでこれまでの人生を見つめ直す。そして個人として地域にしっかりと根ざした生き方と地域社会への貢献が、これからの高齢社会に求められているのです。
 それこそが「明るく元気な高齢社会」を創れる道ではないでしょうか。

「えんがわくらぶ」マニュアルの問い合わせ先
 092-943-1892
 http://www.sla.or.jp/engawa/

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