September 12, 2009

№1117 お洒落なバーストリート

  外国人で賑わうバーストリート
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 アンコールワット観光の拠点シェムリアップ、国道6号線沿いには外国人観光客向けの大型ホテルが立ち並んでいます。昼間は遺跡観光、夜はカンボジアの伝統舞踊アプサラ・ダンスショーを観ながらのブッフェ・ディナー。ショーを観終わったら、ホテルに帰って翌日の観光に備えて寝るだけ。
 とおおよそ、これが団体ツアーのシェムリアップでの滞在スタイルではないでしょうか。

 もう少し街中を歩いたり、庶民の生活ぶりを垣間見ることができたら、旅はより充実したものになるでしょう。
 そこでお薦めなのが早朝から昼間だったら「オールド・マーケット」です。ここは、まさにシェムリアップの庶民生活の縮図。野菜、果物、トンレサップ湖で採れた淡水魚などの生鮮食料品をはじめ、衣料品や日用品、宝石店や手工芸品を山積みにしているお土産店、それに簡易食堂などあらゆる物が並んでいます。
 お土産品は観光地価格ではなく安く買えますが、ショッピングだけでなく、薄暗いマーケットの中を市場独特の生臭い臭いを嗅ぎながら歩いて回るのも面白い。これぞアジアのマーケット、好奇心を刺激されること間違いなしです。

 夜のお薦めスポットは、オールド・マーケットの北側に隣接するエリアの「バーストリート」。その名の通り、飲み屋街です。数十軒のカフェやレストランが軒を並べていて、昼間もお茶をしたりランチを食べる白人観光客がいます。しかしバーストリート賑わいを見せるのは、夜の帳が下りてからです。
 わたしもアプサラ・ダンスショーを楽しんだ後、歩いてみました。華やかなネオンとポップな音楽に包まれたエリアは、お洒落なヨーロッパの街といった雰囲気。どの店もピザを頬張り、ハイネケンビールのグラスを傾ける白人観光客で混み合っています。昼間のシェムリアップとは別世界、まるで異空間に迷い込んだよう。

 バーストリートの中央を走る狭い路地を、酔客の肩に触れながらゆっくりと進みますが、その喧騒に気押されたのか、こちらも酔ったような気分になってしまいました。
 連れでもいれば、一杯飲んで帰るところですが、独りで飲むのは落ち着きません。早々に引き揚げましたが、次回は素敵な女性とグラスを傾けたいものです。

 昼間のオールド・マーケットと夜のバーストリート。そのコントラストが面白いので、ツアーの合間にぜひどうぞ。

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September 10, 2009

№1116 プレダ村の田舎の風景

ナマズの水槽と無邪気に遊ぶ子ども
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 アンコールワット遺跡群のひとつ“東洋のモナリザ”といわれるレリーフで有名なバンテアイ・スレイ遺跡。その見学の帰り、赤い砂埃が舞うデコボコ道をまたガタガタと揺られながら戻ります。次の目的地は、12世紀初頭にスールヤヴァルマン2世が創建した「バンテアイ・サムレ」です。

 車窓からは椰子の木などの樹木に隠れるようにして粗末な高床式の家屋が時々見えます。それだけでも貧困さが伝わってくるほど。乾期の2月、川や池はすっかり干上がり、何も作られていない乾燥しきった田んぼがどこまでも続きます。
 この時期に収穫できる数少ない作物であるスイカが、道路沿いの露店で山積みになっていますが、どれも小玉で色合いも美味しそうにはみえません。

 シャムリアップには戻らず、途中で左に折れて「バンテアイ・サムレ」遺跡へ。遺跡見学の帰り道、茹でずに生で食べる米麺が有名という田舎の集落プレダ村で小休止。車から降りて背筋を伸ばします。
 少し歩いてみました。舗装された道路が通ってはいるものの、集落全体が土埃でセピア色に染まっています。椰子の葉までもです。バイクやトゥクトゥクが数台、そして椰子の実を満載した軽貨物車が、粗末な茅葺の食堂の前に停まっていて、名物の米麺を食べているのでしょうか、男たちが食事をしています。

 商店の店先には沿道で見た小玉スイカが、無造作に積まれています。後日ラオス・ルアンパバーンで見かけた立派なスイカとは比べようもないくらい貧弱なもの。食べてみたいとも思いません。 
 別の店ではナマズを竹串で挟んで炭火で焼いています。そして小さな水槽に入れられた活きたナマズも。その周りを半裸の子どもたちが無邪気に走り回っていて、長閑な雰囲気です。
 ガイドさんの話によると、アンコールワット観光用のホテルが立ち並ぶシェムリアップも、10~15年前まではこの集落と同じ風景だったとのこと。

 田舎の村プレダ、そこには庶民の日常生活がありました。

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February 14, 2009

№1010 移動する水上家屋

   小船に曳かれる水上家屋
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 東南アジア最大の湖、カンボジア・トンレサップ湖。アンコールワット観光の拠点都市シェムリアップから近く、現地ツアーに参加して行ってきました。

 トンレアップ湖は、雨季になるとメコン川の水が逆流して流れ込むため、湖面の面積が乾季の数倍にも膨れます。季節によって面積が大きく変動する湖は、メコンの氾濫を防ぐ安全弁の役割も果たしているのです。
 また、豊富な淡水魚を採って生活を営む漁師などが多く生活していて、彼らの住む水上家屋が湖面に浮かんでいます。ガイドさんの話では、ベトナム系を中心に湖全体で約10万人もの水上生活者がいるんだとか。

 普通の家屋ばかりではなくガソリンスタンドや薬屋も、さらに子どもが通う小学校に中学校、そして病院まで、すべて水上家屋です。ひとつの町を形成していると言っていいほど。湖の大きさが変動し岸辺が一定ではないので、その変化に合わせて、町全体で水上を移動した方が都合がいいのでしょう。

 訪れたのは2月下旬。湖は徐々に縮小している時期とあって、観光船乗り場も湖に流れ込むシェムリアップ川の下流へ下流へと移動していきます。台船の上の学校や病院なども水位が下がった河岸に係留されていて、これも少しずつ移動しているところ。
 そんな中、引越し中の水上家屋をすれ違いました。小船に曳かれてゆっくりと川を下ってきます。台船の上の家ごと、家族や家財道具もそっくりそのまま引越ししていくのです。荷造りは不要なので、ある意味楽かもしれませんが。

 トンレサップ湖の水位に合わせて、上ったり、下ったりを繰り返す引越し。水上生活者にとっては、いつもの年中行事なんでしょうが、面白い引越し風景でした。

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February 12, 2009

№1009 アンコールワットに韓国人観光客殺到

外国人観光客で賑わうアンコールワット
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 多くの外国人観光客が訪れるアンコールワット遺跡。07年2月、初めてのアンコールワットでしたが、欧米人に交じって、東洋系の観光客も多く見かけました。日本人もたくさん来ているものだと思いきや、その多くは韓国人の団体ツアー客です。ガイドさんによると、外国人観光客の中で一番多いのだとか。

 遠くからでも大声の韓国語が聞こえてくるので、すぐに分かりますし、同じキャップを被っていたり、ツアー客特有のシールなどを付けていたりで、その違いは一目瞭然。日本人もいるにはいるのですが、圧倒的に韓国人が多い。韓国ではアンコールワット観光のブームかと思うほどです。
 同じツアーでも日本人は、2~3人から数人のグループですが、韓国人は大勢の団体客で、その人数と賑やかさは日本人の比ではありません。昔の農協さんツアーを思い起こすパワーに、近寄りがたいものがあります。それにそのマナーは、決して行儀がいいとは言えません。

 帰国後、知り合いに聞いてみると、アンコールワットに行ったことがないという返事が多く返ってきます。やはりカンボジアの内戦のため長い期間、観光できなかったことが影響しているようで、どうかすると「まだ地雷が埋まっていて、危ないのでは?」と聞かれることもありました。
 バンコク在住の方々でさえ、意外に行ってらっしゃらない。そういう意味で、相対的に日本人観光客が少ないのかもしれませんが。

 ところで、九州にも多くの韓国人が観光にやってきます。手軽に行ける外国ということで、釜山と福岡を約3時間で結ぶ高速船はいつも一杯です。人気の観光地は、別府や阿蘇、そして暖かい九州でゴルフといったところ。
 昨年春、由布院でもアンコールワットで見かけた時と同じ独特のスタイルの団体ツアー客が、押し寄せて来ていましたし、佐賀のゴルフ場にも大型バスで乗り付けるほどでした。温泉地のホテルやゴルフ場の大切なお客さんになっているとのこと。

 しかし、昨年秋からの円高ウォン安の影響で、高速船の乗客の割合が逆転して、韓国人より日本人の方が多くなっているといいます。ウォン安で割高になった九州観光が敬遠されているのとは対照的に、ブランド品などの買い物で円高の恩恵を受けようという日本人が急増しているのです。

 今、乾季で観光シーズンのアンコールワットですが、今年は韓国人観光客が減っているのでしょうかね。

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December 26, 2008

№985 バンテアイ・サムレ遺跡

   中央祠堂といくつかの破風
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 アンコールワット遺跡群の中でも「東洋のモナリザ」のレリーフで有名な「バンテアイ・スレイ」。その観光の帰り「バンテアイ・サムレ」に寄りました。12世紀初頭にスールヤヴァルマン2世が創建した「サムレ族の砦」の意味を持つヒンドゥー教の寺院です。

 乾燥した赤砂の道をしばらく歩くと、深い緑の中から中央祠堂の上部が見えてきました。下部は高い塀と回廊に囲まれています。
 中央祠堂の姿が、タイ東北部イサーンで見たピマーイ遺跡に似ていると直感しました。タイとカンボジア、国こそ違いますが、同じクメール文明の建造物だと思うと感慨深いものがあります。
 レリーフ(破風)を施した門に建つと、入り口の形そのままに、二重の回廊をくり貫いたように中央祠堂まで見通せるのが面白い。向こう側に立つ人物が、まるで何重もの額縁で縁取られたキャンバスに描かれた人物画のようです。

 狭い入り口を通って中へ。
 第一と第二回廊そして中央祠堂との空間には、かっては水が張ってあったとのこと。道理で回廊のテラスと地面までが深いはずです。もし水があったらどれだけ美しいだろうと、往時に思いを馳せます。

  ヴィシュヌ神と阿修羅の破風
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 第一回廊の門や第二回廊にある東西南北の塔門には、いくらか風化しているものの立派な破風があって一つひとつ見上げます。これらの破風の様式もピマーイとそっくりで、親近感を覚えずにはいられません。
 ガイドさんによると、経蔵に彫られた「8本の腕を持つヴィシュヌ神が二人の阿修羅を組み敷いているレリーフ」と「猿が阿修羅のお尻に噛み付いているレリーフ」が有名なのだとか。
 しかし盗まれたのでしょう、残念なことに何箇所かの破風は切り取られてありません。

 第二回廊のテラスを歩いてぐるりと一周。苔で緑色に変色した石の欄干には、あちこちの蛇神「ナーガ」の彫刻が突き出ていて、独特な雰囲気を醸し出しています。
 またこの遺跡には、アンコールワットでは多用されている微笑みを浮かべた女神デバターのレリーフがないので、一層重厚な印象を受けます。

 アンコールワットのように規模が大きい訳でもなく、「バンテアイ・スレイ」のように華やかさもない遺跡ですが、アンコール遺跡群の多様性と、歴史や風情を感じながら、ゆっくり見学するのもいいものです。

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December 24, 2008

№984 迷路のようなオールドマーケット

    薄暗いマーケットの内部
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 久しぶりにカンボジア・シェムリアップの話題です。

 アンコールワット観光の拠点都市シェムリアップ、トンレサップ湖の観光を終えて、「オールドマーケット」に寄りました。
 名前の通り、早朝から庶民で賑わう古くからの市場で、隣接するお洒落な飲み屋街バーストリートとは対照的な雰囲気です。1辺が約100mの正方形と、こじんまりした市場ですが、地元の人ばかりでなく、お土産品を求める外国人観光客が訪れる観光スポットにもなっています。

 マーケットの周囲には、買い物客目当ての果物の露店、サトウキビジュースや焼餅の屋台などが出ていて、商いの様子を見ているだけでも飽きません。
 大きなジャックフルーツを剥く光景、搾り機に通した堅いサトウキビから多量のジュースが搾れるのに驚き。そして焚き火の上の鉄板で焼く野菜入りの焼餅は、どんな味がするのか等など、興味津々です。

 マーケットの外周は、自転車や客待ちをするバイクタクシーが、雑然と停められていて歩きにくいのですが、日用雑貨や台所用品のお店、素朴な手工芸品を売るお土産屋が多く、ぐるっと見て回るだけでも面白い。わたしもここでカンボジア式のマフラー「クロマー」を買いました。
 米屋もあります。よく見ると大粒・小粒、そして黒米もありますが、どれも細長いインディカ米です。

 市場の中に入ってみました。外の明るさとは反対に、暗くてほとんど見えません。写真を撮るにもフラッシュが必要なくらい。目が慣れるのにしばらく時間がかかります。
 ゆっくりと進んだ通路の先は、野菜売り場でした。ナスにピーマン、トマト、ニンジン、青菜と、色とりどりの新鮮な野菜が所狭しと山積みにされています。肉や川魚も量・種類ともに豊富です。乾物や香辛料など市場独特の匂いも入り混じって、まさにエスニックな空気が充満しています! 正直そんなに長居したくありませんね。
 面白いところでは、ミシンの縫製屋や床屋までありました。何でもありといった感じです。

 狭くて暗い市場内を歩き回って、外に出てみると、予想していた場所ではありません。思わぬ風景が目の前に広がっていて、一瞬自分の居場所が分からなくなります。どうやら暗い市場を歩いているうちに、方向感覚を失ったようです。しかし何度やっても、同じことの繰り返し。
 迷路のようなマーケットの内部。最後まで慣れることはなく不思議な空間でした。

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October 23, 2007

№752 バイヨン寺院展

   「バイヨン寺院展」のポスター
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 太宰府市の九州国立博物館で開催されているアンコール遺跡の「バイヨン寺院展」に行ってきました。ジャヤヴァルマン7世によって12世紀末に建設された仏教寺院バイヨン、何といっても巨大な石造りの観世音菩薩の四面像が最大の特徴です。

 会場には、この四面像の尊顔の写真や遺跡を3次元で再現したCGなどが展示されていました。最終日の10月20日は、研究者によるシンポジウムが開かれていて、ちょうど東京大学の池内克史教授の発表を聞くことができました。
 教授の説明によると、崩壊しつつある遺跡をデジタル化して記録することで、データの保存、分析、そしてコンテンツの展示という意義があるとのこと。1辺が150mもあるバイヨン寺院全体を気球に載せたセンサーでデジタル計測し、5年間に亘ってデータを収集したそうです。遺跡内部に至るまで、その3次元のデータは2センチ刻みという細かなものです。
 そして、壁面の隙間にあって外部からは見ることができないペディメント(破風《はふ》)や、回廊に彫られているレリーフも、その浮き彫りがはっきり分かるほど精密な再現を可能にしています。
 またデータを分析した結果、尊顔の顔が3つに分類できること、近い位置に似た尊顔が多いこと、それはいくつかの制作チームの内、同じチームが制作したらしいから、などいくつかの新発見があったと紹介されました。

 最後にバイヨン寺院を3Dのバーチャルリアリティー映像が上映されましたが、まるで実写のような細部まで表現された映像に驚嘆! 自由自在に角度を変えたり、遺跡内部へ実際に自分が歩いているかのように入っていけます。今年2月、バイヨン寺院に立った時のことをありありと思い出しました。もちろん実体験には及びませんが、たいした映像技術です。

 私の自宅から博物館まで車で10分。入場料は無料。貴重な文化遺産や最新技術を駆使したデジタルアーカイブを身近な所で接することができる幸せを実感した一日でもありました。

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September 19, 2007

№732 後ろ髪引かれるバンテアイ・スレイ その2

    美しい“東洋のモナリザ”
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その2
 広大な敷地を持つアンコール・ワットとは異なり、対照的に周囲が400mとこじんまりとした遺跡ですが、見所がぎっしりと詰まっています。それは塔門の破風や建物の外壁に施された精緻な彫刻の数々が、観る者の目を奪って放しません。ヒンドゥー神話の神々を描いた彫刻は、アンコール遺跡群のどの彫刻よりも優美だと言われていています。彫りが深くて生き生きとした彫刻たちは、千年以上も前に彫られたとは信じられない程の保存状態の良さです。それは赤い砂岩の質が良かったお陰だと言われていて、現代までその美しい姿を間近に観ることができます。どれも素晴らしい彫刻で、ついついシャッターを押してしまいます。

 その中で最も美しいのが、“東洋のモナリザ”とよばれるデバター像です。中央祠堂の裏側に左右に少し離れて彫られている2つのデバター像の内、右側のレリーフです。付近は立ち入り禁止になっていて近づけませんが、身長は1mほどでしょうか。その豊満な姿はしなやかで優美な曲線を描き、表情は柔和で優しい微笑みを浮かべています。この微笑が“東洋のモナリザ”と言われる所以です。左側のデバターよりも細面でやや西洋的、少し首をかしげ伏し目がちの表情が、よりその魅力を増しているようです。
 文化相にもなったフランスの作家アンドレ・マルローが、このデバター像を盗掘し、フランスに持ち出そうとして逮捕された事件は、あまりに有名。それほどデバターの微笑みは魅惑的です。ちなみに彼は後に、この事件を小説「王道」に書いています。 
 少し離れた所からしか、優しい微笑を眺めることができませんが、その美しさは十分に伝わってきます。レンズを目一杯ズームにしてカメラに収めました。

    彫りが深く精緻なレリーフ
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 どこを見ても素晴らしいレリーフの連続で、遺跡全体がクメール芸術の宝庫です。1時間足らずの見学でしたが、暑さも忘れて見とれてしまい、あっという間の時間でした。華があって趣きのあるとてもいい遺跡です。後ろ髪を引かれる思いで、バンテアイ・スレイを後にしました。必ずまた来よう!

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September 18, 2007

№731 後ろ髪引かれるバンテアイ・スレイ

 観光客で賑わうバンテアイ・スレイ
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 アンコール遺跡めぐりの2日目のハイライトは、 “東洋のモナリザ”とよばれる美しい女神像(デバター像)で有名な「バンテアイ・スレイ」。アンコール・ワットの次にお目当てだった遺跡です。

 シェムリアップから車で土ホコリの舞う未舗装路を走ります。途中、乾季で乾燥しきった農地が広がるクメール王朝時代の貯水池の跡「東バライ」や、高床式家屋が点在する農村風景を見ながらの移動です。遺跡めぐりをする車や観光バスとすれ違う毎にモウモウと土ホコリが舞い上がり、チャーターしたトゥクトゥクに乗る観光客は、頭から埃を浴びています。
 シェムリアップから約1時間、初めて橋を渡ります。幅員が狭いため交互通行になっていて、しばらく待たされることに。小さな川には少ないながらも澄んだ水が流れていますが、川底の赤い砂のため水まで染まって見えるほどです。間もなく「バンテアイ・スレイ」に到着。入り口周辺には埃で赤茶けた土産物屋が立ち並び、観光客が乗ってきた車で一杯です。

 “女の砦”を意味する「バンテアイ・スレイ」の創建は古く967年。当時のアンコール王朝の摂政役ヤジュニャヴァラーハの菩提寺であり、シヴァ神とヴィシュニ神に捧げられたヒンドゥー教の寺院です。また赤い砂岩とラテライトで建設された“朱色の寺院”でもあります。
 入り口でチケットのチェックを受け、いよいよ遺跡へ。リンガと呼ばれる円柱形の造形物が並ぶ参道は、外国人観光客で込み合っています。人気の観光スポットというだけでなく、陽がよく当たり遺跡の朱色が際立つ午前中に、観光客が集中するからです。

つづく

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September 14, 2007

№729 機上のビールは最高!

   「Guilin」号 バンコクにて
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 シェムリアップからバンコクへのフライトは、バンコク・エアウェイズ、PG910便。夜の出国便ラッシュの上に、移動のバスは1台しかなく、スタッフの誘導の不手際も重なって、定刻から25分遅れの8時35分になってしまいました。混雑したターミナル内は人いきれで蒸し暑いし、出発の遅延でさらにイライラが募ります。

 2台目のバスを待って、ようやく駐機場へ。時刻表では機材は125人乗りのB717だったのですが、より大型のA320に変更になっています。シェムリアップ・バンコク間は同社の独占路線で、観光シーズンの乗客をさばくために大きな機材にしたようです。日本への帰国便でも搭乗することになる「Guilin」号、機内は主にヨーロッパ系の観光客で満席です。それでもエアコンの効いた機内でホッとします。
 わずか2泊3日のアンコール遺跡の旅で名残惜しいものの、国道6号線を走る車のライト以外には灯りが少ないシェムリアップ空港を飛び立ちます。近いうちにまた、ゆっくりと訪れたいものです。

 バンコクまで50分の短いフライトでも国際線です、サンドウィッチの軽食やアイスのサービスがあって、水平飛行に入るとすぐに配られます。往きの飛行機では頼みそびれたので、今回は軽食をもらう際にしっかりとビールをいただきました。もらったのはタイの銘柄「LEO」ビール。割安の庶民的なビールなのに「最高にうまい」のです。よく冷えていることもありますが、今回飲んだ中で一番美味しく感じます。出発前の蒸し暑さが、より一層ビールを美味しくさせているのは間違いありません。
 遅延したストレスや疲れも吹っ飛び、やっと人心地がつきました。いい加減と言えばそうなのですが、こういう時は“キンと冷えたビール”に限りますね。

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September 06, 2007

№725 トゥクトゥクで空港へ

   夕暮れの国道6号線を走る
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 わずか2日間のアンコール遺跡観光を終えて、夕刻ホテルからシェムリアップ空港へ向かいます。滞在中タクシーは見かけませんでした。利用するのはトゥクトゥクです。2日前に到着した時は、夜それも初めてのカンボジアということもあって、現地の旅行社に空港への迎えをお願いしましたが、帰りはトゥクトゥクに乗ってみることにしました。

 カンボジアのトゥクトゥクはミゼットのようなタイのそれとは異なり、小さなバイクの後ろに2人か4人乗りの屋根付きの座席を取り付けただけの簡単な乗り物。人力車かリヤカーをミニバイクが引っ張っている感じといった印象です。シェムリアップではバイクタクシーとともに主要な交通機関になっていて、チャーターして遺跡めぐりをするのにも利用されています。

 ドアボーイにホテルの出入り口で待機しているトゥクトゥクを呼んでもらうと、料金は5米ドルとのこと。空港まで3米ドルくらいと聞いていたので値段交渉をして4米ドルで交渉成立です。 
 足元に載せた大きなスーツケースを動かないように片手で押さえ、もう片方の手は手すりをつまえて走り出します。赤い車体に赤いシート、屋根は簡素なビニール張りです。トラブル防止のために着用が義務付けられたナンバー入りのジャケットを着た運転手さん、夕焼けの国道6号線を走ります。それほどのスピードではありませんが、爽やかな風を体一杯に受けて気分は最高、なかなか快適な乗り心地です。
 陽が傾き西の空が赤く染まっていくのに従って、沿道のホテルや家々は次第に色を失いモノトーンのシルエットとなって茜空を切り取っています。6号線から右折するとユーカリの並木道に変わり、空港までまっすぐに延びています。
 約15分で空港に到着。

 また来よう!アンコール・ワット。

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September 01, 2007

№722 バンテアイ・スレイ遺跡への風景

    バンテアイ・スレイにて
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 アンコール・ワットをはじめ各地のクメール遺跡を巡るには、シェムリアップが拠点の町になります。アンコール・ワットやアンコール・トムなどは市内からすぐ近くですが、他の遺跡はかなりの距離があって、例えばバンテアイ・スレイ遺跡へは車で1時間ほど。移動する間は、車窓からカンボジアの田舎の風景を眺めながら過ごすことになります。そうすると、いくつか面白い光景や珍しい風景に出会います。

 まずシェムリアップ市内を走って気づいたのは、街角の小さなマーケットで1リットルぐらいのガラス瓶に詰めたガソリンを売っていることです。初めは何の液体なのか判らなかったので、ガイドさんに尋ねるとガソリンとのこと。もちろんガソリンスタンドはあるのですが、バイクタクシーの運転手などが主なお客さんで、値段も露店売りの方が安いとか。
 市街地から郊外に出ると、大きな池の周りを通過します。この池、一見普通に見えるのですが、 「スラ・スラン」という東西700m・南北300mもある世界最大の沐浴場だというのでビックリ。沐浴場の広大さもさることながら、王様だけが使ったといいますからクメール王の絶大な権力に驚くばかりです。

 途中いくつかの農村が点在し、椰子の木などの樹木に囲まれた高床式の質素な家屋が並んでいます。暑さをしのぐための高床家屋で、瓦やトタン屋根が多いものの椰子の葉で葺いた屋根も見受けられ、木陰では小さな子どもたちが裸で遊んでいます。また分校のようなこじんまりとした小学校も所々に建っています。カンボジアでは午前と午後に分かれた2部制を採っているとのこと。

 シェムリアップ周辺では、稲作は雨季の1回だけ。乾季になると川や池はすっかり干上がってしまい、水不足のため1回しか米が作れません。そのため農村の飲料水は井戸水が頼りの綱です。訪れた2月末は乾季に当たり、何も作られていない乾燥しきった茶色の田んぼがどこまでも広がっています。現在は農地になっているクメール王朝時代の貯水池の跡「東バライ」では、この時期スイカを栽培していて、道路沿いの露店では小ぶりなスイカが山積みです。

 そしてこの辺りまで来ると、さらに道路状態が悪くなり、赤土ホコリが舞うデコボコの未舗装路です。時々、遺跡めぐりをしている欧米系の観光客を乗せたトゥクトゥクを追い越していきます。トゥクトゥクでこの悪路を行くのは、いかにもチャレンジです。1時間もトゥクトゥクに揺られていれば、体中土ホコリ塗れになって顔はザラザラに違いありません。

 車窓から見える農村地域の風景は、いかにも“東南アジア”です。タイとは違います。とりわけ北タイは、どことなく昔の日本の田舎に似た風情を感じますが、ここはアジアそのものです。 
 乾燥して干からびた田んぼと土ホコリ舞うデコボコ道、これが乾季のカンボジアを特徴付ける景色なのかもしれません。

    土ほこり舞うデコボコ道
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August 30, 2007

№721 ひとりで贅沢な遺跡めぐり

  アンコールワットと蛇神ナーガ
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 乾季の2月、観光シーズンのアンコール・ワットは、韓国人をはじめ多くの外国人観光客で賑わっていました。アンコール・ワット観光は、カンボジア内戦後ここ10年ほど前から復活したとのこと。

 現地の旅行会社「クロマーツアーズ」に、日本から2日間のアンコール観光ツアーの予約を入れて出発しました。バンコク経由で同日夜シェムリアップに到着し、翌朝9時前に宿泊ホテルのロビーで集合です。迎えに来てくれたのは、ガイドのソープアンさん。他の日本人観光客と一緒にマイクロバスで回るのかと思いきや、駐車場で待っていたのは5人乗りのトヨタ・カムリでした。
 ソープアンさんに尋ねると「今日のツアー客はひとりだけ。午後からは別のお客さんと一緒になるかもしれませんが」。つまり、ガイドさんと運転手さんを貸し切っての贅沢なツアーになりました。 

 まず1日目の午前中は、アンコール・トム、タプロームを見学し、午後がアンコールワットと定番の観光コースです。夜にオプショナルでカンボジア舞踊のディナーショーへ。
 2日目はシェムリアップ郊外、 “東洋のモナリザ”で有名なバンテアイ・スレイ遺跡まで足を伸ばし、午後は東南アジア最大のトンレサップ湖のクルーズというのが、おおよそのスケジュールです。初めてのアンコール観光としては、お決まりのコースですし最低限の内容でしょう。

 結局2日間とも、わたし一人の貸切ツアーになりました。遺跡を回ると、もちろん多くの日本人観光客もいますので、誰も参加者がいないとは解せないのですが、自由時間も好きに決められる全くのプライベート・ツアーです。混載が原則の割安なツアーなので、恐縮してしまいます。
 元もと一人旅ですから慣れていますし、ガイドさんに質問したりと話相手には困らないのですが、どこか寂しい気持ちもします。集合時間など制約が多いものの、一緒になった参加者の方と親しくなるのもツアーに参加する楽しみのひとつではないでしょうか。そういう意味ではちょっと残念でしたが、至って快適なアンコール観光でした。ガイドさんとクロマーツアーズにお礼を申し上げないといけません。
 
 また近いうちに訪れたいアンコール・ワット。今回行かなかった遺跡をゆっくり回り、現地ツアーで一緒になる方々との出会いも期待したいものです。

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August 26, 2007

№719 「アマゾン・アンコール」レストラン

   ひとりでも4人分のランチ
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 アンコール遺跡観光の2日目。午前中はシェムリアップから車で1時間ほどのバンテアイ・スレイやバンテアイ・サムレなどの遺跡を回り、ランチはシェムリアップ市内に戻り国道6号線から少し入った「アマゾン・アンコール」レストランに案内されました。
 6号線から一歩入った途端、土ホコリの舞う未舗装路に変わり、土ホコリで赤く染まった木々や民家が続いています。そんな中ぽつんと建つ、06年にオープンしたという真新しい大きなレストラン、いかにも団体ツアー御用達といった風情です。エアコンの効いた広い2階では、先客の日本人のツアー客約30人が食事中。

 わたしはひとり一番端の4人掛けテーブルに座り、アンコール・ビール(3米ドル)、もちろん氷付きを注文します。遺跡観光の後のよく冷えたビールは堪りません。まもなくセットメニューが運ばれてきました。
 チャー・ヨォーという「揚げ春巻き」、「ポークのカレー(ソムロー・カリー)」、カンボジアの代表的料理「雷魚のココナッツミルク蒸し」、「空心菜のニンニク炒め」、それに太麺の「焼きそば」とすごいボリュームです! どうみても2~3人前はあります。それでも午前中の遺跡めぐりでお腹が減っていたので、しっかりと食べます。「揚げ春巻き」は少し甘めの味付けですが、香ばしくビールによく合います。大きな器に入った「ポーク・カレー」、ココナッツミルクが効いて辛くありません。前日のランチにも出てきた「雷魚のココナッツミルク蒸し」は、定番メニューだけあって美味しくて飽きない味です。
 後から隣のテーブルに案内されてきた日本人観光客の一行も同じメニュー。ところが、わたしが食べているのと同じボリュームを4人で食べています。どおりで多いはずです、このセットメニューは4人分だったのです。しかしひとりでも同じ量とは、せめて半分にするとかしないのでしょうか?

 全部食べきるのはとても無理なので「焼きそば」には手をつけずに、「揚げ春巻き」「雷魚のココナッツミルク蒸し」「空心菜のニンニク炒め」は、何とか完食。もう満腹です。きっと3人分くらい食べたと思います。ひとりでのアンコール観光は、暑さだけでなく食べ過ぎにも気をつけないといけません。
 食後のコーヒーは不味くて泥のような味。名物の「かぼちゃプリン」、昨日食べたのとは違って、ここのはまあまあです。

 シェムリアップ滞在3日目、ひとりの食事は寂しいものがあります。贅沢な貸切ツアーですが、やっぱり食事時はツアーの人と一緒がいいですね。

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August 23, 2007

№717 タプロームの巨大木

   遺跡を飲み込むスポアン
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 午前中バイヨン寺院から象のテラスを観た後、つぎはタプロームへ。巨大な樹木が遺跡を飲み込んでいる映像や写真を見たことがある、あの遺跡です。
 タプロームは12世紀末、ジャヤバルマン7世が母のために作った仏教僧院でしたが、後にヒンドゥー教に改宗されたとのこと。当時、僧院には5000人もの僧侶がいたといいますから、その広大さが伺われます。

 車を降りてタプローム遺跡へ歩くと、ズレてしまった西門への石畳が修復中です。周りを鬱蒼とした森に囲まれ、背の高い大木が印象的ですが、外からは普通の遺跡に見えます。ところが遺跡の中に入ると、大木の巨大な根が遺跡を押しつぶすように成長している光景を目の当たりに。写真などで見たことがあるとはいえ、実際に目にすると改めて自然の力に圧倒されます。

 これらの大木はスポアン(榕樹)と呼ばれ、樹齢は約300年。スポアンは、日本では沖縄などに自生してるガジュマルの木のことで、幹は多数分岐して繁茂し、気根といわれる空気中に露出した根を垂れます。
 わずか300年ほどの年月で、榕樹は寺院を飲み込んでしまっています。榕樹の根は自由自在にその根を伸ばし、意思を持っているのではないかと思えるほどです。寺院は所々で崩壊したり、傾いたりして辛うじてその姿を保ってはいるものの、その異様なスポアンの根は、まるで異星人(エイリアン)が侵略しているかのようです。もし榕樹を取り除いてしまったら、石造りの建物はその力から解放された途端、きっと崩れ落ちるに違いありません。それほどしっかりと寺院を抱え込んでいます。血管のように網の目を張ったスポアンや、蛸の足や大蛇がくねったように根を伸ばしたものなど、どれもその逞しい生命力に驚かされます。

 森の力に圧倒されているタプロームですが、それでも回廊や中央祠堂には美しい彫刻やデバター(女神像)が風化しつつも残っています。中でも苔むした壁にベンガラが塗られているのか赤いデバター像が、スポアンの異様さと対照的に穏やかな微笑を湛えているのが印象的でした。 
 自然の力とどこか神秘的な雰囲気が漂うタプローム、個性的な遺跡が多いアンコール遺跡群です。

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August 21, 2007

№716 シェムリアップ空港は観光客で一杯

 バンテアイ・スレイの見事な彫刻
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 バンコクへ移動のため、シェムリアップのホテルからトゥクトゥクに乗って、18:15分シェムリアップ空港に到着。搭乗予定は20:10発のバンコク・エアウェイズ、PG910便です。夕刻の各航空会社のチェックイン・カウンターはどこも、出国する観光客で長蛇の列になっています。アンコールワット観光を終えて帰国するツアー客を中心に、夕方から夜にかけての時間帯は、ちょっとした帰国ラッシュです。
 やっとチェックインを済まし、次に空港使用税25米ドルを払います。貴重な外貨獲得とはいえ、ビザ代の20米ドルとともにいい値段です。今度はもっと長いイミグレーションの列が待っていました。日本人はもちろんですが、最も多いのが韓国人それに欧米系の白人、世界各国からの乗客たちです。

 ようやく出国手続きも終わり待合室に行きますが、待合室の座席は満席でどこも座るところがありません。仕方なくショップをのぞいて、カンボジア特産の「ラタナキリ産」のコーヒー(4米ドル)をお土産に買い求めました。
 それでも定刻まで、まだ1時間以上もあります。乗客で溢れかえった狭い待合室は、その熱気で蒸し暑く汗が吹き出します。空港ターミナルは06年に新装されたばかりなのですが、ラッシュ時はイスが足りなくて手狭なくらい。クーラーの効きも良くないのか、団扇で扇いでも気休めにしかなりません。
 それだけアンコールワット観光が復活し、賑わっている証ではあるのですが、せっかくシャワーを浴びてさっぱりしていたのに、ここでの待ち時間だけで、ぐったりです。夜は出発便が集中している上に、空港スタッフの誘導の不手際も重なって、どの便も遅れ気味。そのためますます待合室が混雑し、余計にストレスが溜まっていきます。カンボジアの空港運営は、まだまだのようです。

 わたしはバンコクまでのフライトなのでまだ良いのですが、ホーチミンやバンコクで乗り継いで帰国する団体ツアーの乗客は、さがかし疲れることでしょう。アンコールワット観光は、やはり体力が要りますね。

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August 15, 2007

№713 クロマーは必需品

クロマーをお洒落に巻いたソープアンさん
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 クロマーとは、赤や青をベースに白のラインが入ったチェック柄がお洒落なカンボジア式スカーフのことです。コットン製で吸湿性がよいのが特長で、強烈な陽射しやあのひどい土ホコリを除けるために首や頭に巻いたり、腰巻(サロン)にしたり、あるいはタオル代わりに使ったりと、何にでも使える優れものです。カンボジアの人たちにとってはなくてはならない生活必需品と言ってもいいでしょう。
 巻き方もいろいろで、首にマフラー風にしたり、頭から首へと巻いてその上に帽子を被ったりと自分好みのファッションが楽しめます。帽子代わりに「姉さん被り」のように頭にぐるりと巻いている女性を見かけましたが、これは中年女性の一般的な巻き方のようです。

 アンコールワットを案内してくれたガイドの「ソープアン」さんもクロマーを首に巻いてやってきました。その上長袖の上着を着ています。しっかり巻かれたクロマーを見て、さぞかし暑かろうと尋ねてみると、意外にも「コットンなので通気性がよくて、蒸れませんよ」とのこと。汗を吸ってくれるだけでなく、刺すような直射日光から後頭部を守って日射病を防ぐ役目も果たしているのだと、炎天下の遺跡を歩いてみるとすぐに分かりました。
 もちろん、わたしも帽子を被っているものの、強烈な太陽に首筋がチリチリと焼かれていき、ポロシャツの襟を立てて日光を遮らないと堪りません。つまり暑いからこそ身に着けるのが、クロマーなのです。

 実用性に優れ、デザイン的にもお洒落なチェック柄のクロマーは、カンボジアのお土産としても最適です。夏場の日除け用のスカーフとして、またテーブルクロスとしても使えますので、女性に喜ばれることでしょう。よそ行き用にシルク製のクロマーもあります。
 クロマーはシェムリアップ市内のオールドマーケットをはじめ、各遺跡のお土産屋さんでも買うことができます。普通1枚1米ドルが相場の価格ですが、たくさん買うと枚数をおまけしてくれたり、価格交渉も可能です。アンコールワットに行ったら、自分好みの素敵な柄のクロマーを見つけてください。

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August 11, 2007

№711 シェムリアップのコンビニ

 国道6号線沿いのシェムリアップ
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 普段日本ではコンビニを利用することが少ないわたしですが、海外ではコンビニがあると流石にほっとします。ビールを飲みたいこともありますが、ミネラルウォーターが必需品だからです。その点バンコクでは困ることはまったくありません。市内で周囲と見渡すと、簡単に1軒や2軒セブンイレブンのマークを見つけることができます。

 初めてのカンボジア・シェムリアップ、果たしてコンビニがホテルの近くにあるのか気になるところです。夜8時過ぎにホテルにチェックインし荷解きをする間もなく、フロントでコンビニの場所を尋ねました。もちろん英語で「コンビニエンス・ストア」と言ったのですが、発音が悪いのかカンボジアでは名称が違うのか、なかなか通じません。何度かやりとりをして、やっとホテルのすぐ隣のガソリンスタンド内にあることが分かりました。

 早速行ってみると、ガソリンスタンドの奥まった場所に「テラマート」という地味な看板がかかっています。セブンイレブンの看板なら国道からすぐに見つけられるでしょうが、聞きなれない店名でなかなかコンビニだと分かりません。後から分かったのですが、タイの地方で見かけるようにシェムリアップではガソリンスタンドと併設されていることが多く、他にも「スターマート」というコンビニもありました。タイとは違って、どうもセブンイレブンやファミリーマートはないようです。

 広い店内の割には商品棚のアイテムは少なくて、どことなく寂しい雰囲気です。店員も手持ち無沙汰でおしゃべり中。地元のお客さんはいません。シェムリアップのコンビニは観光客向けなのでしょうか、値札はドル表示ですしガソリンスタンドに駐車したバスから降りてきた日本人や韓国人のツアー客が買い物をしているだけです。
 そういうわたしもその一人な訳で、 「アンコール・ビール」(0.5米ドル)3本とミネラルウォーター(0.25米ドル)2本を購入しました。全部で2ドルと安い。

 ホテルに戻って機内でもらったナッツとおにぎりをつまみに、「アンコール・ビール」を一気に飲み干します。ホップが効いた美味いビールです。初めての町でコンビニがあった幸運に感謝した瞬間でした。

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August 06, 2007

№708 土埃りのプノンバケン登り

   プノンパケンからの夕陽
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 夕陽鑑賞のスポット「プノンバケン」。アンコールワット見学を終えて近くの小高い丘「プノンバケン」に登り、カンボジアの大平原の彼方に沈み行く夕陽を眺めるのが、1日観光コースの最後のプログラムです。どの旅行会社のツアーにも組み込まれている定番コースなので、夕方頃になると登り口に車やバスが集まってきて、多くの観光客が頂上を目指して登り始めます。
 17時過ぎ、ガイドのソープアンさんと一緒に登り口をスタートしました。山道はすでに多くの観光客で混雑しています。標高60mほどの山とも言えない丘をぐるりを回るようにして続く緩やかな山道は、乾燥しきっていて観光客が歩く度に細かな土ぼこりが立ち、登るに従ってひどくなってきます。歩くこと約20分、ようやく頂上へ。標高の割には長い道のりでした。
 平坦な丘陵の頂には、9世紀末に創建されたというプノンバケン遺跡があり、遺跡の西側一帯は、夕陽を見に登ってきた観光客でごった返しています。その数ざっと1000人、すごい人数です。

 見上げると快晴の空、きれいな夕陽が期待できそうです。頂上から周囲を見渡すと、どこまでもジャングルが広がっていて、その中に水を湛えた広大な西バライが望めます。西バライは東西8km、南北2kmもある人造の貯水池ですが、まるで湖です。その巨大さに驚くとともにクメールの土木技術レベルの高さに感嘆させられます。さらに南東へ目を転じると、樹海の中にアンコールワットが遠望でき、ここから見える4つの尖塔が西日を受けてオレンジ色に染まっています。

 遺跡の石積みに立ち、よい撮影スポットを確保して夕陽が沈むのを待ちます。次第に傾いて、少しずつ赤みが差してきた夕陽ですが、地平線近くの黒い雲の中に隠れてしまいました。上空は晴れているのに残念! まだ日が沈んでいないので、夕焼けも期待薄です。仕方なくどの観光客もブノンバケンを下り始めました。
 集合場所で待っていたソープアンさんと合流して、元来た山道へ。往きよりも多い人で山道があふれています。するともうもうと土煙が舞い上がり、ハンカチで口を押さえるほど。歩く早さが速いせいか、帰りの方が酷いのです。やっとのことで下山すると、スニーカーやスラックスの裾は土埃りだらけで、すっかり赤茶色に。スラックスは手で叩きましたが、スニーカーの生地に細かな土の粒子が入り込んで、なかなか取れません。やれやれ何しに登ったのやら・・・
 教訓「プノンバケンには汚れてもいい古い靴で登りましょう」。

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July 30, 2007

№705 アプサラ・ダンスショーのレストラン その2

    優美なアプサラの踊り
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その2
 次第にレストランのテーブルは団体観光客で埋まっていきます。日本人はじめ韓国人に中国人などのアジア系、フランス人を中心にヨーロッパ系のお客さんも大勢です。わたしの隣の席に座ったドイツ人のシニア夫婦、珍しそうにカンボジア料理を食べていますが、あまり口に合わないのか食が細いのか、その大柄な体格ほど食が進みません。
 しばらくして何種類かのフルーツをお皿に取ってきたご主人。その内のミニバナナを口にした途端、驚きの声を上げました。もちろんドイツ語なのでよくは分かりませんが、きっとこうこう言ったはずです。 「こりゃ、食えないぞ、造り物だ!」。目の前の奥さんもびっくりすると同時に大笑い。「あなた、歯は折れなかった?」と言ったのではないでしょうか。ご主人もそれにつられて笑い出しました。いくらドイツ語を理解できなくても、隣で見てればそれはすぐ気づきます。こちらも思わず笑ってしまい、笑いを堪えるのに一苦労です。後からフルーツ・コーナーを見に行ってみると。やはり置物のバナナの房から1本だけ無くなっていて、留めてあった針金が飛び出しています。一体どんな力で、もいできたのでしょうか。なかなか取れなかったと思うのですが・・・

 そんなハプニングもあり、お腹も一杯になった頃、そろそろ「アプサラ・ダンス」ショーの時間です。 「アプサラ」とは“天女”を意味し、その姿はアンコール遺跡の各所にレリーフとして見ることができます。クメール文化の美の象徴である「アプサラ」を舞踊にして、神々に捧げたのが「アプサラの舞」で、海水の泡から生まれた水の精「アプサラ」が、天女となって花園に舞い遊ぶという優雅な踊りです。
 クメール舞踊の起源は9世紀にまで遡りますが、ジャワ島のヒンドゥー文化に影響を受け、さらにインド文化がそのルーツだと言われています。15世紀、アンコール王朝がタイに滅ぼされた際に宮廷舞踊団がタイへと連れ去られ、アユタヤ朝の娯楽になったそうです。70年代のカンボジア内戦によって、踊りの先生や踊り子の90%が処刑されてしまい、存続が危ぶまれた「アプサラ・ダンス」ですが、辛うじて生き残った数人の先生たちによって復活したとのこと。

 カンボジアの木琴ロニアット・アエック(タイの舟形をした打楽器「ラナート」と同じもの?)を中心とした伝統楽器が演奏する音楽に乗って、美しい衣装をまとった踊り子たちが踊ります。ショーは「ココナッツ・ダンス」に始まり、「漁師の踊り」「猿と馬の踊り」「カスタネットを使った男女の踊り」、そして「アプサラの舞」などの演目で、クメールの伝統文化に触れられた時間でした。もちろんタイ舞踊と似ていてその違いはよく分かりませんが、やはり優美な「アプサラの舞」には魅了されます。細かな手の動きなどステージの目の前で鑑賞できて幸いでした。
 1時間のショーが終演し、満ち足りた気分のまま「ジャスミン・アンコール」レストランを後にして夜の街へ。特に当てもなくお洒落な飲み屋街「バーストリート」や賑やかな屋台をのぞきながらぶらぶらと。こうしてシェムリアップ滞在2日目の夜が更けていきます。

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July 29, 2007

№704 アプサラ・ダンスショーのレストラン

   レストラン内のステージで
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 アンコール・ワット観光をした後、夜はクメールの宮廷舞踊「アプサラ・ダンス」のショーを観ながらディナーというのが、定番のコースです。シェムリアップ市内のレストランやホテルでは、毎晩のようにダンスショーが行われていて、ビュッフェ・ディナーをいただきながら「アプサラ・ダンス」を楽しむことができます。
 初めてのカンボジア、一度は観なければと旅行会社の現地ツアーに申し込むことにしました。アンコール・ワット観光ツアーに参加した特典で、料金は5米ドル(通常は10米ドル)と格安です。ビュッフェ・ディナーにダンスショーが付いて、この料金ですから利用しない手はありません。

 案内されたのは、「ジャスミン・アンコール」というレストラン。市内では唯一の24時間営業で、中央奥のステージを中心に、200人は収容できそうな大きなレストランです。前から2番目の座席に通されました、ステージはすぐ目の前です。ラッキー!
 ダンスショーが始まるのは19時30分、それまでの約1時間近くが食事タイム。50種類はあろうかというビュッフェ・スタイルのカンボジア料理をいただきます。魚や野菜のフライにカンボジア風焼き鳥、それに空心菜炒めをはじめ、とにかく野菜を中心にしっかりと、味もなかなかです。細めんのビーフンもさっぱり味でいけます。昼間の観光で消耗したせいか、食が進みます。短期間の滞在ですから、できるだけ色々な種類の料理を少しずつお皿に取ることにします。
 他にはタイでも売っている焼きバナナ、甘すぎず意外に美味しかったのですが、その場で作ってくれるソムタムはナンプラーが効き過ぎているためか塩辛くて残念でした。

 ビュッフェなのでデザートも普段食べない「亀ゼリー」のような真っ黒いゼリーに挑戦、何事も経験です。予想通り色と同じく炭のような味がします。後でガイドブックを調べてみると「漢方の仙草ゼリー」らしいことが分かりました。あまり漢方臭くないとありますが、少しにしておいた方が正解と言っておきましょう。
 人気があったのは、ミルクのアイスキャンデーです。氷を入れた金属製の製造機にミルクと木の棒を差し込んだ小さな容器を並べてアイスキャンデーを作るというもの。子どもの頃に食べた昔懐かしい味がします。
 別注文のビールは、久しぶりにシンガポールの代表的なブランド「タイガービール(3.5米ドル)」を飲んでみましたが、カンボジアの「アンコール」の方がホップが効いていてわたし好みの味です。

つづく

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July 23, 2007

№701 伸縮する湖トンレサップ その3

      水上家屋の集落
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その3
 河口を出ると土色の川の水が、植物性プランクトン色でしょうか薄緑がかった水へと変わっていきます。河口から湖岸に近い水上には、たくさんの水上家屋があちらこちらに浮かんでいます。あるエリアに集中していますが、一定の距離をおいて波もなく静かな湖面に浮いています。筏の上に造られたもの、双胴船のような構造のもの、ドラム缶を周りに抱えているものとそれぞれですが、どの水上家屋も質素というより粗末な造りです。嵐でも来たらひとたまりもないでしょう。
 水上家屋の合間を縫って近くから見ると、普通の民家では魚の生簀があったりアヒルを飼っていたりしていますし、薬屋さんに飲み水屋さん、ガソリンスタンドなどもあります。1軒1軒は離れていても一つの町として機能していることが分かります。乾季が進んでもっと水が引くと、この辺り一帯も陸地になるとか。そうすると町全体がさらに沖合いに移動するわけです。
 ソープアンさんによると、水上生活者のほとんどがベトナム人とのこと、その数約10万人とか。ベトナムから密入国した人もいるでしょうから、戸籍もないのかもしれません。まさに“漂う人たち”です。

 “湖上の町”を抜けて、沖合いへ。最大で琵琶湖の10倍もの面積になり、平均でもカンボジア国土の7%を占めるという広大な湖です。ただ薄ぼんやりと水平線が見えるばかりで、逆光のため灰色の水と霞んだ空との境目がはっきりしません。沖合いで漁をしている漁船の黒いシルエットで、かろうじてその辺りが水平線だと分かります。エンジンを停めて漂いながら、この豊饒な湖の穏やかな表情をしばらく眺めていました。

 クルーズでは水上カフェに立ち寄ります。カフェといってもお土産屋さんといった風情で、コーラやジュースを売っているといったところです。店内には漁具やトンレサップ湖に生息する魚類の図鑑が展示されていて興味を惹かれます。水槽では「プレイ・ドンムレイ」というカサゴに似た淡水魚が泳いでいます。「象の魚」という意味のこの魚、人間が醜い魚に変えられたという悲しい伝説があるのだとか。大きな鯰が生簀で飼われていますし、ワニも皮革用に養殖されています。
 階段を登った屋上は展望台になっていて、ここから広大な湖や水上家屋の集落の全景も見渡せます。1階の庇の上では、お土産品や料理として出すのでしょうか、自家製のエビや魚の日干しが作られていました。

   湖に曳かれて行く水上家屋
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 元来た川を戻る途中、さらにトンレサップ湖が小さくなるのに備えてでしょうか、水上生活者の家が小船に湖に向かって曳かれて行きます。2月末、まだ家の正面には中国正月の祝いの札や紙が貼ってあります。雨季と乾季トンレサップ湖の伸縮に伴い、毎年こうやって水上を家を移動していく姿に人々の生活の営みを実感しました。
 アンコール遺跡群を巡る乾燥した大地から、水に親しんだ1時間あまりのクルーズ。その対照が面白いのですが、それだけトンレサップ湖がカンボジアの人々の生活を支える「命の湖」ともいえるでしょう。

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July 21, 2007

№700 伸縮する湖トンレサップ その2

   小さなクルーズ船と船頭さん
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その2
 まもなく、道路を左に折れて未舗装路へ。途端にあの赤い土ぼこりが舞上がり、道沿いの粗末な家々が赤土色に塗れています。これらの家々は水田で稲作をする農家や湖で漁業を営む漁師さんたちの家とのこと。雨季には水没するでしょうから、家も移動するのか、乾季だけの仮住まいなのかもしれません。粗末な家でも屋根にアンテナが立っていて、バッテリー電源でテレビを見ている人もいますし、軒先の日陰で昼寝したり近所の人たちと談笑したり、暑い午後を思い思いに過ごしています。
 乾季で湖が縮小しているので、クルーズ船の船着場はまだ先、赤い色の道が続きます。周辺には潅木が生い茂っていて、雨季にはここが湖底に沈んでいるとは、想像しにくい景色です。

 水揚げした魚を売買する小さな市場が見えてきた辺りから、観光客を乗せてきた車やバスが駐車していますので船着場が近いことが分かります。多くの車がつかえて前に進めなくなり、ここで車を降りて船着場まで歩きます。1週間前にここに来たソープアンさん「船着場が先週よりも、もっと遠くなっています」。そうです、まだまだ湖が小さくなり続けているのです。
 船着場といってもそこはまだ湖岸ではなく川岸で、大小さまざまの観光船が川岸に繋がれていて、その中でも一番小さそうな8人乗りの木造船に乗り込みます。小さくても私ひとりの貸切ボートです。船首部分の左側に車と同じハンドル式の舵が付いていてここで操船します。船頭さんがエンジンを始動させ、東南アジア最大のトンレサップ湖のクルーズに出発です。

   係留されている体育館船
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 水量が少なく土色に濁った川を下ります。船底やスクリューが接触してしまいそうなくらい水深が浅そうです。同じように湖に向かうクルーズ船、漁を終えて戻ってくる漁船が狭い川をすれ違うこともあって低速で進みます。川に入って泳いだり小魚を採る子どもたちの姿も見受けられます。
 途中、病院、小学校、中学校などがありますが、すべて船上に建造されている移動式のもので川岸に係留されています。これらはトンレサップ湖に住む水上生活者やその子どもたちのための施設なのです。各国政府や国際機関の援助で建造されたものが多く、赤い外観で2階が体育館になっている船は、日本政府の援助によるものとのこと。バスケットボール場の船は、曳かれて下流へと移動していました。
 川を下ること約15分、次第に視界が開けてきて、いよいよトンレサップ湖が見えてきました。

つづく

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July 19, 2007

№699 伸縮する湖トンレサップ

   雨季になるとこの水田も湖に
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 東南アジア最大の湖「トンレサップ湖」。カンボジアの中央部に位置し、約300種類もの淡水魚が生息していて、人々に豊かな湖の恵みをもたらしています。漁業が盛んでオールド・マーケットに行くとトンレサップ湖で採れた魚が売られていて、その豊かさを窺うことができます。カンボジアで魚といえば、大半はここの淡水魚を指すでしょうし、小魚からはナンプラー(魚醤)が作られることで有名です。また雨季にはメコン川の水が逆流して流れ込んで、湖の面積が乾季の数倍にも膨れ上がり、伸縮する湖としても知られています。

 現地のクロマーツアーの観光コースでトンレサップ湖クルーズに出かけました。午前中はバンテアイ・スレイなどの遺跡を見学し、ランチを挟んでトンレサップ湖行きです。シェムリアップ市内から南に車で30分くらい。2月末、乾季のこの時期は湖が小さくなっていますので、クルーズ船の発着場がある湖岸まではかなり距離があるとのこと。
 オールドマーケットから一路南を目指し、シェムリアップ川沿いの道路を抜けていきます。シェムリアップ川は緑色に濁ってどんよりと流れがなく、川沿いにはバラックの粗末な家が並んでいます。道路の反対側は住宅地になっていて、小ぎれいな家も見えますが、ほとんどは高床式の庶民的な家々です。

 郊外に出てしばらく走ると、緑の田んぼが見えてきました。見渡す限り、稲の緑が美しい水田が広がっています。ジャングルの深い緑とは異なり、瑞々しい緑色です。シェムリアップに来て一番美しい景色と言ってもいいでしょう。その美しさから肥沃な土地だということがすぐに分かります。
 ガイドのソープアンさんが「雨季が終わった11月頃、湖が最も大きくなり、この辺りが湖岸です」と説明してくれました。乾季に干上がって栄養分がたっぷり堆積した土地は、豊かな水田となるのです。他の土地では水が少ない乾季には稲作が行われていませんでしたので、雨季に水没してしまうこの一帯とでは、稲作の時期が反対ということになります。
 沿道には水上レストランがあちらこちらに建っています。広大な水田地帯に水上レストランもないだろうと場違いな風景なのですが、雨季にはここまで湖が広がってくるんだなという証明でもあります。

つづく

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July 14, 2007

№696 フルーツ屋台でマンゴー

  カラフルなフルーツが山積みに
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 シェムリアップ市内を貫く国道6号線沿いには、アンコールワット観光客向けの大型ホテルが並んでいて、その合間に宿泊客目当てのレストランやマッサージ店、安宿のゲストハウスなどが営業しています。中には露店や屋台もあちこちに見受けられます。

 シェムリアップ滞在の2日目の夜、カンボジアの伝統舞踊アプサラのディナーショーを観た帰り、国道沿いで夜遅くまで開いているフルーツ屋台をのぞいてみました。マンゴーにマンゴスチン、ランブータン、ドラゴンフルーツ、パイアップル、オレンジなど黄色、赤、緑、色とりどりの南国のフルーツが積まれています。
 裸電球に照らされた鮮やかなフルーツが暗い夜道に浮かび上がって、電燈に寄ってくる虫たちのように吸い寄せてられてきたお客さんたちで大繁盛です。やはりディナーショーの帰りでしょうか、大型の観光バスから降りてきたツアー客も珍しそうに寄ってきます。その大半は韓国人観光客で、試食用のマンゴスチンやタマリンドを食べては、大声の韓国語が飛び交い圧倒されます。彼らの一番人気はマンゴスチン、それにランブータンやドラゴンフルーツなどをビニール袋に詰めては大量に買っていきます。

 わたしの目当てはマンゴーです。カンボジア滞在2日目の夜だというのに、これまで食べたフルーツはパパイヤ、パイナップル、スイカというホテルの定番で、まだまともなフルーツを口にしていません。どうしてもマンゴーが食べたかったのです。
 団体ツアー客の嵐が去るのを待って、1個黄色くて大ぶりなものを選び量ってもらいました。3000リエル、約80円くらいです。食べやすいようにカットしてもらい、ホテルに持ち帰っていただきました。完熟ではないものの瑞々しくて美味しいマンゴーです。少し酸味もあってさっぱりとした甘みに、あー幸せ! わたしにとって南国のフルーツを食べる時が、東南アジアを実感する時でもあります。

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July 01, 2007

№689 ホテルのプールは塩素だらけ

 きれいなプールも泳ぐのは要注意
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 カンボジア・シェムリアップでは国道6号線沿いのアンコール・ホテルに滞在しました。最終日、遺跡めぐりやトンレサップ湖観光を終えてホテルに戻ってきたのが、16時40分。バンコク行きの飛行機に乗るには、ホテルを18時に出発すれば十分間に合います。
 その前に昼間の汗と土ホコリを落としたいので、ホテルのプールと併設のシャワーを使うことに。既に部屋をチェックアウトしているので、ガイドのソープアンさんに交渉をお願いしてプールとシャワー使用のOKをもらいました。

 預けていたスーツケースから水着と着替えのシャツを取り出してプールへ。外へ出ると塩素特有のきつい臭いが鼻を突きます。そのままプールサイドを歩いて、更衣室にある温水シャワーを浴びてサッパリしました。まだ出発まで時間があるのでプールサイドのデッキチェアーに寝そべって、のんびりすることにしました。タイ訪問では、いつも水着を持参しているのですが、これまでプールで泳いだことがなかったので、初めて役に立った水着です。

 プールには欧米系の中年女性グループとシニア夫婦の先客がいて、泳いだり読書したりそれぞれ楽しんでいます。横になってデッキチェアーから眺めると、プールの青くてきれいな水と快晴の青空、そして西日を受けて一層ベージュ色が濃くなったホテルの建物のコントラストが鮮やかです。それに椰子の葉が風にそよぐと、気分はもう南国のリゾートです。

 せっかくですから泳ぐことにしました。プールの水は温かくて気持ちよく泳げます。5分ほど浸かってから上がると、何か変なのです。下を見ると水色の水着がグレーに変色しているではありませんか。もうびっくりです。そうプールの塩素で見事に漂白されてしまったのです。なんと強烈な塩素、これでは全身消毒です! たった5分でこんなに色が変わるなんて、一体どれだけ塩素を入れているのでしょうか。
 もちろんこれまでも海外のホテルのプールで泳いだことがありますが、こんな経験は初めてのことです。古い水着とはいえ、これでは買い換えなければいけません。リゾート気分もすっかり吹っ飛んでしまいました。ここだけかもしれませんが、シェムリアップのプールにはくれぐれも気をつけましょう!

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June 29, 2007

№688 感動のアンコールワット その4

  第3回廊からジャングルを望む
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その4
 涼しい風を頬に受けながら、しばし緑深いジャングルを見入っていると「今アンコールワットにいるんだな」と実感します。まさにここがアンコールワットの中心部なのです。しばらく時間が経つもの忘れてボーとしていました。わたしと同じように窓辺に佇んで休憩したり、感慨にふけっている観光客も見受けられます。クメール遺跡ではよく見かける独特の形をした連子窓からは西日が差し込んで、薄暗い回廊に格子状のスポットライトが浮かび上がります。何とも印象的です。回廊の周りの景色を確かめながら、ぐるりと回ります。日差しの角度の関係で、周囲の景色が微妙に変化していきます。
 中央祠堂内部には後世に持ち込まれた仏像ですが祀られていて拝んできました。

    青空に聳える中央塔
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 第3回廊の四角にはそれぞれ尖塔があり、その中心の中央祠堂に聳えるひときわ大きな塔、これら5つの塔がアンコールワットの中心部を構成しています。第3回廊からはこの大きな中央塔を間近に望むことができます。真っ青な空に聳え立つ中央塔、細かな彫刻は侵食されていますが、その姿は威風堂々としてしています。塔の高さはどのくらいあるのでしょうか、この高さまで石造りの建造物を造り上げたクメール文明は、やはり大したものだと思わざると得ません。

 第3回廊と中央祠堂の壁面には、たくさんのデバター像が彫られています。どこも3人ずつ彫られているのですが、髪型や飾り、表情がそれぞれ個性的で、どのデバターも生き生きとしています。気に入ったデバター像を見つけては、カメラに収めました。

 ひとりきりの遺跡めぐりのツアーです。たっぷり目にもらっていた自由時間ですが、そろそろ集合時間が気にかかります。というのも中央祠堂に登ってきた大勢の観光客が、今度は階段を下りるための長い列を作っているのです。少なくとも10分は掛かりそうなので、名残惜しいのですが列の最後尾に並びます。中央祠堂への階段はたくさんあってどこからでも登れるのですが、下りのための手すりが付いている階段は1ヶ所しかないために、ここからおりる観光客で混雑しているのです。
 列は幾重にも重なっている上に、思ったほど前に進みません。あの急な階段を無事に下りられる保証はありませんし、じっと順番が来るのを待ちます。結局30分も掛かってしまい、集合時間に遅れることに。他の参加者がいたら迷惑を掛けるところでした。ツアー参加はわたしだけということもあってガイドのソープアンさん、遅刻してもニッコリと迎えてくれました。申し訳ない。

 眩しい西日を受けながら、まだ暑さが残る西参道を元へ戻って歩きます。限られた時間での見学でしたが、さすがに世界の遺産アンコールワット、感動の時間でもありました。また近いうちに是非訪れたいと思いつつ、振り返って夕日に少し染まり始めたその美しい姿をしっかりと目に焼き付けました。

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June 28, 2007

№687 感動のアンコールワット その3

  中央に「池」という字が見える
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その3
 第1回廊と第2回廊を結ぶ十時回廊があり、回廊の内側には4つの沐浴池の跡が望めます。この十時回廊の一角に日本人が書いた落書きがあると案内してもらいました。落書きの主は、17世紀の初めに日本人としては初めてここを訪れた平戸藩士の森本右近太夫。鎖国令の前、御朱印船に乗ってやってきたようです。
 自分の足跡を示す記念として書いたものらしく、カンボジア内戦の折に塗りつぶされていますが、柱に墨書で書かれた漢字をその合間から読み取ることができます。落書きとはいえ、約400年前に書かれたと思うと感慨深いものです。当時アンコールワットは仏教の聖地「祇園精舎」と表現されていて、この地はインドと思われていたとのこと。

 長い第1回廊を巡って第2回廊へ。ガイドブックに写真が載っている「へスタイルの異なる4人のデバター(女神)」のレリーフを観にいきました。第2回廊の外壁に、個性的な髪型をした4人の美しいデバターが優雅に踊っています。デバター像は上半身裸で、胸の飾りとサロン(腰巻状のスカート)という衣装は共通ですが、その表情やしぐさは皆異なり、どれも個性的です。思わず惹きつけられてしまいます。
 横からデバター像を眺めると、石面からせり出しているのではなく壁に埋め込まれたようになっていて、石面を彫り下げて制作されていることがよく分かります。最初に石面に下書きの線を彫り、それを少しずつ彫り下げていき優美で柔らかな曲線を描いていくのです。

 へスタイルの異なる4人のデバター
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 デバター像近くの第3回廊東側の急な階段をよじ登って中央祠堂を目指します。ここでガイドさんとは別れてひとりで見学です。集合時間と場所を確認して登り始めます。40度はありそうな急勾配の階段です。さらにその幅は狭く、両手を使ってよじ登るといった表現がぴったりです。数十段の階段を慎重に登りますが、怖くなるので決して下を見ないことです。
 どの観光客も恐る恐る登っていますが、中には途中で立ち往生する方も。この階段とても高齢者の方には勧められません。暑さのことも考えると、体力がある内でないとアンコールワット見学は難しいと実感させられます。
 やっとのことで登り終えると、回廊の窓越しには鬱蒼としたジャングルがどこまでも広がる光景を目の当たりに。そして心地よい風が吹き抜けていきます。

つづく

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June 26, 2007

№686 感動のアンコールワット その2

   聖池に映るアンコールワット
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その2
 西塔門からアンコールワット本体までさらに300mあり、石畳の参道がまっすぐに延びています。西参道の入り口から中心部までは何と500mもあるのです。かなりの距離の参道を歩いて本堂まで行くのは、日本の神社と同じような感覚です。参道は世界各国からの観光客で一杯です。ガイドのソープアンさんによると、05年には70万人もの観光客が訪れたとか。もっとも多いのは韓国から団体ツアー客です。あちこちから韓国語が聞こえてきます。
 両端の欄干に蛇神「ナーガ」が奉られている参道を中ほどまでくると、その左右には聖池があります。写真や絵葉書でよく見ますし、池に映ったアンコールワットをバックに写真撮影する有名なスポットです。お決まりの構図でカメラに収めて、わたしもソープアンさんに記念撮影してもらいました。一人旅が多いのでほとんど写真に写ることがないのですが、アンコールワットに来た証明写真でもあります。

 さあここから、いよいよ建物に入り、第1回廊から見学します。外の暑さとは対照的に回廊内はひんやりとした涼しさでほっとします。西側の回廊から南、東へと歩きます。長い回廊の壁面には見事なレリーフが施されています。西面にはインドの叙事詩「ラーマーヤナ」、南面にはアンコールワットの創建者「スールヤヴァルマン2王の行軍」や「天国と地獄」が、そして東面にはヒンドゥー経の天地創造神話である「乳海攪拌」のレリーフが50mもの長さで彫られています。

 第1回廊「天国と地獄」のレリーフ
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 全体でどのくらいの長さがあるのでしょうか。ひとつひとつをゆっくり鑑賞していたら、これだけでも半日はかかってしまいそうです。これらのレリーフはそれほど凹凸はないのですが、きめ細かな石肌に神様や王、軍隊などが生き生きと表現されています。とても12世紀に制作されたものとは思えない保存状態の良さです。観光客が触ったせいでしょう、てかてかに黒光りしている所が随所に見受けられます。もちろん触ることは禁止なのですが。
 第1回廊のレリーフは、回廊に沿って物語りが展開していく絵巻物のようになっているとのこと。ソープアンさんからそのストーリーの説明を聞きながら、回廊を進んでいきます。この頃には涼しさのお陰ですっかり汗が引きました。

つづく

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June 25, 2007

№685 感動のアンコールワット

 西塔門から眺めるアンコールワット
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 07年2月、初めてのアンコールワットです。何度もタイを訪問していてもすぐ隣の国なのに一度も行ったことがありませんでした。

 現地のツアーではアンコールワット遺跡観光は、通常午後のスケジュールです。それは他の遺跡はどれも東向きに建てられていますが、アンコールワットだけは西向きで、日差しの向きの関係で午前中よりも午後の方がきれいな写真が撮れるからです。ヒンドゥー教のヴィシヌ神を奉じた寺院というだけでなく、スールヤヴァルマン2王のお墓でもあるアンコールワットは、西方浄土を拝むように西向きに建てられています。
 12世紀後半、創建したスールヤヴァルマン2王は、アンコールワットをヴィシヌ神が降臨し、神と王が一体化する聖なる場所と考えたのです。そして中央祠堂のあの5つの塔が、宇宙の中心を表しています。

 午前中、アンコールトム、バイヨン、タプローム寺院などを観光し、一旦シェムリアップ市内へ戻ってランチを食べてから、PM3に再びホテル出発です。ホテルの部屋でシャワーを浴びて汗を流し、少し昼寝もできましたので、午前中の疲れを取りリフレッシュして、いざアンコールワットへ。

 朝と同じ道を走ってアンコールワットまで戻ってきました。車を降りて西参道から環濠を渡ります。遺跡の入り口西塔門まで200mもあります。実際にアンコールワットを間近に見ると、想像していたよりも規模が大きな遺跡です。世界各地には有名な遺跡や建造物がたくさんありますが、写真や映像で見るよりも実際の方が小さかったという例が多いようです。しかしアンコールワットは逆で、巨大遺跡といってもいいでしょう。アユタヤやイサーンの遺跡群の比ではありません。
 狭い西塔門をくぐり抜け、門の出口があたかも額縁の様になって、その先に初めてこの目でアンコールワットの全容を望むことができました。ついにやってきたのです!

つづく

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June 18, 2007

№681 これまで近くて遠かったカンボジア

   世界の遺産アンコールワット
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 07年2月初めて訪問したカンボジア。バンコク在住やロングステイヤーの方、あるいは帰国して知人らに「アンコールワット素晴らしいですよ」と話をしても、大概は「カンボジアには行ったことがない」という返事が返ってきます。バンコクからシェムリアップまで飛行機で1時間という隣国タイに永年住んでいても行ったことがないというのは、意外というかちょっと驚きでした。
 わたしの場合、これまでなかなかその機会がなかっただけですが、多くの日本人にとっては70年代の内戦やポル・ポト政権下での自国民虐殺で永い間アンコールワットに行きたくても行けなかったからです。ガイドのソープアンさんよると、アンコールワット観光が再開して本格化したのは、ここ10年位とのこと。最近では新聞や観光パンフでアンコールワット観光ツアーの広告をよく目にしますが、観光どころではない時期が永かったのですから、カンボジアに行った方が少ないのも無理ありません。
 
 ちょうどNHKや新聞を見ると、6月14日来日中のカンボジアのフン・セン首相と安倍首相が会談し、カンボジアの経済協力の推進について合意したとニュースが流れていました。また安倍首相は、アジア・ゲートウェイ構想の一環としてカンボジアへの直行便を検討することを提案しているとのこと。
 アセアン諸国の中では、日本からの投資が遅れていたカンボジアです。まだ人件費が安く、石油や天然ガスなどの資源にも恵まれていることから、製造業やエネルギー分野を中心に新たに進出を検討している日本企業が増えており、投資協定の締結をきっかけにカンボジアへの投資がどこまで広がるか注目されます。
 さらに、カンボジアで国民の大量虐殺を行ったポル・ポト政権幹部の罪を問う特別法廷で、国連とカンボジア政府の合意で裁判に向けた動きが本格化することについて、フン・セン首相は「国民は裁判が将来の平和につながることを願っている」と歓迎しました。

 91年のパリ和平協定により内戦が終結したカンボジア。国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による統治を経て、現在のカンボジア政府は、様々な課題を抱えつつも安定した政権運営を行い、国際社会の一員になろうとしています。今回の日本との投資協定の締結やポル・ポト政権幹部への特別法廷は、その具体的な行動の現われといえるでしょう。
 平和国家として世界から信頼され、カンボジアといえば「地雷がいっぱい埋まっている国」といったマイナスイメージが薄れていくに従い、アンコールワットを訪れる日本人が増えることでしょう。まさに世界の遺産「アンコールワット」を多くの日本人に見てもらいたいものです。

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June 15, 2007

№679 赤土ホコリの道路

    土ぼこり舞う赤土の道
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 カンボジア・シェムリアップの街や近郊を歩いたり車で回っている時すぐに気づくのは、道路が赤土の未舗装路で土ホコリがすごいことです。国道6号線や市内中心部こそ舗装されていますが、一歩外れると、もう赤土だらけのデコボコ道になってしまいます。これを見ていると隣国タイとの大きな違いは、道路が整備されているかどうかという気がします。
 赤土はラテライトと呼ばれる東南アジアなどの熱帯雨林ではよく見られる土壌です。非常に細かい粒子なので乾燥すると、車が走った後にはもうもうと赤い土ホコリが舞い上がります。舞い上がる赤土のホコリで、道路沿いの建物の屋根や白壁が赤く染まっていますし、植物の葉にも赤いホコリが積もっています。これでは道路近くには洗濯物は干せないでしょうし、喉を痛めてしまいそうです。

 こんな赤土に雨が降ったら、さぞかしひどいぬかるみ道になるだろうと思っていたら、ガイドのソープアンさんによると、かえって固く締まるそうです。意外でした。赤色の主成分は鉄やアルミの酸化物なのですが、一旦ラテライトが乾燥すると鉄の成分が固まって雨が降っても軟らかくならないのだそうです。この性質を利用して、ラテライトを乾燥させて日干しレンガが作られるわけです。

 シェムリアップ近郊のバンテアイ・スレイ遺跡やトンレサップ湖へ行く道の大半が、この赤土の道です。前に車がいたり車が行き違う度に巻き上げられた土ホコリで前方の視界が遮られます。
 バンテアイ・スレイ観光にトゥクトゥクをチャーターする欧米人が結構いるのですが、東南アジアの風に吹かれながら異国情緒は味わえるのかもしれませんが、体中土ホコリにまみれて、きっと口の中までジャリジャリしているに違いありません。まあこれも異国情緒と言えるのかもしれませんが、わたしは遠慮しておきます。

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June 13, 2007

№678 オールドマーケットでお土産

    親切な店員のナーさん
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 カンボジア・シェムリアップの旧市街にある「オールドマーケット」。市内にいくつかある市場の中でも一番有名な市場です。到着した翌朝早く、遺跡観光の前に初めてのシェムリアップの街を散策しながら行ってみることにしました。宿泊したアンコールホテルのある国道6号線からシヴォタ通りをゆっくり歩いて、約20分の距離です。
 バイクやトゥクトゥクで混雑する国道6号線では、茶色の細かな砂で覆われた歩道を車に注意しながら歩き、シヴォタ通りではどことなくコロニアル風の雰囲気が残る町並みや商店、庶民が朝食を食べている屋台の光景などを眺めながらゆっくり歩きます。

 オールドマーケットは1辺100mほどの正方形をした小さな市場でした。名前の通り本当に古い建物の市場で、通りを隔てたバーストリートのお洒落な建物とは対照的です。時刻はAM7:30頃、早朝から賑わっているとガイドブックに書いてありましたが、まだそうでもありません。しかし実は、マーケット内部が生鮮食品を扱うコーナーになっていて、外周からはその賑わいに気づかなかっただけのようです。
 ようやく土産物屋が開店準備を始めていて、その内の一軒をのぞいてみました。手工芸品を中心にカラフルなバックや小物などが山積みになって並んでいます。お目当てはカンボジア土産の定番ともいえる「クロマー」です。クロマーとはカンボジア式スカーフのことです。カンボジアの伝統デザインである白と赤や青、オレンジなどを組み合わせたギンガムチェック柄で、コットン製です。吸湿性がよく蒸れないので首や頭に巻いて、日除けや汗拭きなどに便利なスグレ物です。街中でもクロマーを頭に巻いた女性を時々見かけました。

 店員のナーさん、日本語が少ししゃべれます。1枚1米ドルが通り相場のクロマーを10枚。値段交渉しますが、なかなかまけてくれません。結局2枚おまけを付けて12枚で10米ドルということに。それにタイでもよく売られている民芸品のブレスレットもおまけしてくれました。とにかくこれで日本へのお土産が買えて一安心です。
 もっとゆっくりと見たかったのですが、そろそろ遺跡観光ツアーの集合時間が迫っています。また来店することを約束してナーさんにバイクタクシーの交渉をしてもらい、一路集合場所のホテルへ。
 ちなみにクロマーの色やデザインはなかなかお洒落なので、お土産に最適だと思いますし、差し上げた方からも好評でしたよ。

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June 05, 2007

№673 バイヨンの四面像

  四面像が並ぶ不思議な空間
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 アンコール・トムの中心に位置するのがバイヨン寺院。何度も写真や映像で見たことがある観世音菩薩の四面像で有名な寺院です。南大門から車でしばらく走るとジャングルの中から突然バイヨンが現れました。想像していたよりも大きな遺跡ではありません。
 全体が黒っぽい遺跡のせいか、遠目には四面像がどこにあるのか、すぐには分かりません。正面から歩いて近づいていくと、ようやく黒い無機質な石造りの中から四面像が浮かび上がってきました。まるで遺跡の中に人間の顔が嵌め込まれているようです。独特の表情を持った観世音菩薩があちらこちらに見えます。バイヨン寺院そのものが、不思議な雰囲気を醸し出していて、どこか周囲とは違った空間です。

 バイヨンとはクメール語で「美しい塔」の意味で、ジャヤヴァルマン7世によって12世紀末に建設された仏教寺院です。アンコール・ワットがヒンドゥー寺院なのに対して、仏教に深く帰依していたジャヤヴァルマン7世が、王の生まれた地方の仏教寺院様式に倣って造営したのがバイヨンです。今のベトナム辺りにあったチャンパ王国に占領されていたアンコールを解放して王位についたのがジャヤヴァルマン7世。この時に新たな王都として建設されたのがアンコール・トムで、その中心にバイヨンを据えたのです。
 バイヨンは古代インドの世界観の中で中心にそびえる山を指す須弥山を象徴化していると言われています。バイヨンがアンコール・トムの中心に建設されているのはその表れで、ここはクメール世界の中心といえる場所なのです。

 東門から見学します。第1回廊には、チャンパ軍と戦ったクメール軍の行進の様子などが描かれたレリーフが残っています。初めて見るクメールの彫刻、保存状態が良くない所もありますが、どれも生き生きとした動きです。中には料理をしたり魚を採ったり、庶民生活を表現したレリーフが見られます。回廊伝いの通路は外国人観光客とガイドで混雑していて、狭い場所に韓国語、英語、ドイツ語など各国の言葉が飛び交い、とてもインターナショナルです。

 第2回廊への階段を登り、この辺りから四面像を身近に観ることができます。バイヨンには観世音菩薩の四面塔が中央祠堂を取り囲むように49あるそうです。どの観世音菩薩もふくよかな顔つきで、口角が上がったあの口許が何とも独特です。それぞれ大きさや表情が微妙に違います。目玉がはっきりしないので、目をつぶっているようにも見えます。さて本当はどちらなのでしょうか。穏やかな微笑をたたえる観世音菩薩の表情は、仏陀の深い慈悲を表しているとも。
 塔の所々に彫られている美しいデパター(女神像)とのコントラストが印象的です。ぐるりと歩いてみましたが、どこからでもいくつもの四面像が見えるというよりも、見られているというか囲まれているような気分になってきます。多くの観光客がいるので現実を確認できますが、どこかの異空間・異次元の場所にいるみたいです。
 遺跡から降りて地面を歩きながらバイヨンを振り返った時、現実世界に戻ったような気がしました。不思議な体験でした・・・

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June 02, 2007

№671 SAMPHEAPレストラン

   ボリュームたっぷりのランチ
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 アンコール・ワット遺跡の観光ツアーは、午前中アンコール・トム、タプロームを見学すると、一旦シェムリアップ市内へ戻ってランチの時間です。クロマーツアーズの御用達は、シェムリアップ川沿いにある「SAMPHEAP」レストラン。ここのランチもツアー料金に含まれています。団体ツアーの専門らしくオープンエアのテーブル席は、多くの日本人観光客で一杯です。

 アンコールビールの大瓶(2.5米ドル)を注文すると、間もなくツアー客向けのセットメニューが運ばれてきました。朝食はホテルの洋風中心のビュッフェでしたので、実質初めてのカンボジア料理になります。
 ココナッツ風味の牛バラスープ、さっぱりしたカレー味の焼きそば、定番の空心菜炒めはニンニクが丁度良い感じです。豚肉のカシューナッツ炒めは、味が濃くなくて食べやすい。これらにバナナの葉の器に入った雷魚のココナッツミルク蒸しが出てきました。初めて食べたこの料理はココナッツが程よく効いて美味しくて、どこか後を引く味です。後でガイドブックを広げてみると「アモック・トゥレイ」というカンボジアの代表的な料理。甘酸っぱくクリーミーな味わいで外国人にも人気だとか。ご飯はタイと同じインディカ米です。
 品数もさることながら、ランチなのにすごいボリュームです。朝食が早かったせいかお腹が減っていたので、がっつり食べました。それでも全部は食べ切れませんでしたが。

 ガイドのソープアンさんの話によると、このレストランはやや甘めの味付けとのこと。どの料理もさっぱりしていて食べやすいものばかりでした。日本人向けにマイルドな味付けにしているのかもしれませんが、タイ料理ほど辛くなく家庭料理のような素朴な味わいがカンボジア料理の特徴だからのようです。特にココナッツミルクがよく使われています。
 最後に名物のカボチャプリンが出てきました。カボチャの種を除いた空間にアヒルの溶き卵を入れて蒸し上げたものです。ココナッツミルクに浸してあり、プリンというよりもハンペンか蒲鉾のようです。もうお腹いっぱいのもかかわらず、初物なので試しに一口。どことなく生臭さが残っていて、もうひとつでした。

 ビールを飲み、どの料理も美味しくいただきました。もう満腹です。午後の観光は3時から、まだ2時間以上あるのでホテルへ戻って、お昼寝をしたいと思います。ご馳走様でした。

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May 30, 2007

№669 クロマー・ツアー

    アンコールワットの遠景
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 初めてのカンボジア、2泊3日のアンコールワット遺跡観光でお世話になったのがスケッチトラベル社。同社はカンボジア、ベトナムを中心に現地ツアーやホテル、航空チケットの手配を行っている現地の日系旅行会社です。インターネットでいくつかの旅行会社を調べて、同社が主催する「クローマー・ツアー」を利用することにしました。ちなみにクロマーとはカンボジア式スカーフのことです。
 以前ベトナム旅行を計画した時、見積もりや質問など同社の対応が迅速で親切だったこともあるのですが、現地出発のツアーが豊富な上に、何といってもプロモーション価格が出ていて安かったことが決め手になりました。

 キャンペーン中のホテルに2泊以上宿泊すると、アンコールワットなどを巡る定番の1日遺跡観光コース(30米ドル)が無料になるというお得な内容です。それ以外にもカンボジア舞踊のディナーショーが割引になるなどの特典も付いています。アンコールワット見学はもちろんのこと、ディナーショーも希望していましたので、すぐに申し込むことにしました。ありがたいことに一人でも参加OKです。
 シェムリアップ到着の翌日をアンコールワット観光コースにし、3日目にバンテアイスレイ遺跡や東南アジア最大の湖トンレサップ湖の1日コース(45米ドル)を加えました。コンパクトではありますが、これで一通りの観光コースが出来上がりです。
 
 ホテル2泊の宿泊費、2日間の遺跡観光ツアー、舞踊ディナーショー、これに空港への出迎えを含め、全部で164米ドル(約2万円)でした。ホテル代は一人での宿泊ですから、二人で泊まればさらにお安くなります。ひとり旅はホテルにしろツアーにしろ、割高だったり参加できなかったりすることが多いので、利用しやすいだけでなく、非常にリーズナブルな料金であることは間違いありません。その上、当日の参加者はわたしだけということで、バスではなく専用の乗用車で観光できるという幸運にも恵まれました。
 アンコールワットに感動しただけでなく、快適に観光できたのはクロマー・ツアーのお陰と言っても過言ではありません。
スケッチトラベルさん、ありがとうございました!

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May 23, 2007

№665 アンコール・トムの南大門

    南大門の上部に四面像
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 朝9時ホテルを出発して、いよいよ遺跡めぐりの始まりです。シェムリアップ市内を北上して、しばらく走ると料金所(チケット・チェック・ポイント)があります。外国人観光客は、ここで遺跡見学のための入場券を購入しないといけません。3日券で40米ドル(約5000円)、ちなみに1日券は20米ドルです。現金と写真をガイドのソープアンさんに渡して、買ってきてもらいました。パウチされた写真付きのチケットで、これを各遺跡の入り口で検札を受けて入場することになります。

 午前中の天気は曇りがちで、それほど暑くありません。この時期、午前中はいつもこんな感じで午後から天気がよくなって暑くなるのだそうです。
 料金所からジャングルの中の道をさらに北へ行くと、突然お濠に突き当たりました。ガイドブックを開いて地図を見ると、これがアンコール・ワットの環濠のようです。左折して環濠沿いに走ります。環濠の西側に差しかかると土産物屋や駐車中の車やバイクタクシーが急に多くなりました。移動する車窓から環濠の向こう側には、アンコール・ワットの尖塔が望めます。テレビや写真で見覚えのあるあの塔です。「あれがアンコール・ワットだ」と少々興奮気味、しかし車は前を通り過ぎて、この先にあるアンコール・トムを目指します。アンコール・ワットは午後からの見学なのです。

 アンコール・トムとは「大きな町」という意味で、12世紀後半に造営された周囲が12kmもある城郭に囲まれた王都です。その中心に位置するのが四面像で有名なバイヨン寺院、それ以外にもいくつも遺跡が現存していて、往時には多くの人たちが暮らしていたといいます。
 アンコール・ワットからアンコール・トムへの入り口が南大門です。手前で車を降りて南大門を歩いて通り抜けます。この辺りは多くの観光客でごった返しています。南大門の前にも大きな環濠が掘られていて、門へ続く道の左側には神々の像が、そして右側には阿修羅の像がたくさん並んでいます。門の高さは20mほどあるでしょうか、上部にはあの四面像が見えます。四面像の顔の長さだけでも3mもあるとか。
 クメール建築は石材を積み上げて造られています。屋根は石材を少しずつせり出して造るのが一般的で「迫り出し構造」と呼ばれ、三角形の形状が特徴です。門の細長い通路の屋根もやはり三角形をしています。また門の下部には、3頭の象が鼻でハスの花を絡めている像が彫られています。なかなか面白いおしゃれな意匠です。

 門を歩いてくぐり抜け、次はアンコール・トムの中心バイヨン寺院に向かいます。

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May 12, 2007

№658 ガイドのソープアンさん

クロマーがお似合いのソープアンさん
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 アンコールワット観光は、現地の日本語ガイド付きのツアー「クロマーツアーズ」にお願いしました。当日朝9時前、集合場所の宿泊ホテルのロビーに、日本語ガイドの「ソープアン」さんがやってきました。笑顔のかわいい若いカンボジア女性です。すこし小柄な女性で、帽子を被りカンボジア式スカーフのクロマーを首に巻いています。暑いのにスカーフなんてと思いましたが、日除けとコットン製なので風通しがよく汗も吸収してくれる遺跡観光の必需品なのだそうです。

 お互いに挨拶を交わして、早速出発します。これから遺跡観光の2日間、ソープアンさんにお世話になる訳です。外の駐車場にはトヨタ・カムリが待っていています。同社のホームページにあるマイクロバスとばかり思っていたら、5人乗りの乗用車でした。よく観光ツアーに使われるワンボックス車でもありません。もっともカンボジアで車といえば、カムリのようですが。ソープアンさんは助手席に、わたしは後部座席に乗り込みます。
 これから他のお客さんをピックアップするのかと聞いてみると、今日のツアー参加者は、わたし一人とのこと。つまり専属のガイドさんと運転手さんということです。何と贅沢なことでしょう。しかし嬉しい反面、一抹の寂しさも。自由に集合時間を決められるなど融通が利くのは大助かりなのですが、いつもひとり旅ですから、ツアーで一緒になった他の参加者と親しくなるといった旅先での出会いがないのは、ちょっと残念という気がするのです。でも文句を言ってはいけません。結局2日間ともお客はわたしだけで、ずっと貸切り状態だったのです。

 後で聞いたのですが、ソープアンさんはシェムリアップからタイ国境へ向かったシソポン出身の25歳。親元を離れてシェムリアップで日本語を勉強して、観光ガイドになったとのこと。現地の日本語学校に通っただけとは思えないほど、上手な日本語です。毎日のように日本語を話していれば、上達するのでしょう。逆に日本文字の方は、かなり忘れてしまったそうです。
 彼女のようにカンボジア各地からシェムリアップで、日本語をはじめ韓国語、英語、フランス語などを勉強して観光ガイドになった若者が大勢いるそうです。大人の平均所得が1日1ドルといわれるカンボジアでは、外国語が話せる観光ガイドは高給な職業なのです。それでも彼女いわく「ホテルで働いた方が、もっと条件がいいです。それにクーラー付きの室内で、ガイドのように暑い外を歩かなくてもいいんですからね」。なるほど。

 観光中でも車の移動中でも、いろいろ質問すると丁寧に説明してくれました。また遺跡での自由時間もわたしの希望次第です。多少遅れても他の参加者のことを気にする必要はありません。団体ツアーだと、こうはいきません。
 見ていると男性ガイドが多く、女性は少数派です。時々顔見知りの女性ガイドに会うと、挨拶したりおしゃべりしたり。猛暑と土ぼこりの中、一日歩いて回る観光ガイドは、女性にとって大変な仕事だと思いますが、ソープアンさんのお陰で楽しく遺跡めぐりができました。いつか行くチャンスがあったら、またガイドをお願いしたいものです。

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May 10, 2007

№657 アンコール・ホテル

   アンコール・ホテルの正面
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 アンコールワット観光の拠点都市シェムリアップ。その国道6号線沿いには、外国人観光客向けのホテルが立ち並んでいます。どのホテルもクメール式の建築様式というかコロニアル調の立派な建物です。せいぜい4~5階建てで高層ホテルはありません。似通った造りが多いので、同じようなホテルが並んでいるような印象を受けます。
 300ドル以上の高級ホテルから100ドルくらいの中級ホテル、さらに市街地に多い10ドル前後のゲストハウスまで、予算に応じていろいろなタイプのホテルがあると言っていいでしょう。

 わたしが初めてのシェムリアップで泊まったのが、中級クラスの「アンコール・ホテル」です。やはり6号線沿いに位置していて、オールドマーケット辺りの市内中心部まで何とか歩ける距離にあります。
 朝食付きで1泊1部屋50ドル。2人で泊まれば一人当たり半額でいいわけです。ガイドブックを見るとシングル100ドルとあります。現地の旅行社「スケッチトラベル」を通してインターネット予約をしたので、プロモーション価格ということなのでしょう。

 同じ「スケッチトラベル」に依頼していた空港出迎えのカムリに乗ってホテルに到着したのがPM8頃。チェックインを済ませ案内されたのは2階の221号室、正面玄関側の部屋です。室内は割合広く、小ぎれいで悪くありません。バスタブ付でちゃんとお湯も出ますので問題ありません。テレビはNHKの衛星放送が見られますし、冷蔵庫もありますので冷たいビールを飲むことができます。これらの条件が満たされていて一安心。エアコンも効きがいいので、これで滞在中快適に過ごせることができます。
 しかし、蚊が部屋の中まで入り込んでいるのは困りものです。日本の蚊のようにブーンを羽音が聞こえません。ただあまり人を刺すタイプではなくて助かりました。それとヤモリが室内のどこかに潜んでいるようです。タイのホテルでもよくあることですし、危害を与えることもないので、さほど気にすることもありません。
 早速バスタブにお湯を張り、日本からの長旅の疲れを癒して、明日からのアンコールワット観光に備えることにしました。

 いずれにしても昼間はずっと遺跡めぐりをしている訳ですから、このレベルのホテルで十分です。インターネットで探すと50~100ドルで快適なホテルが予約できます。

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May 05, 2007

№654 カンボジアへ入国

  スワンナプーム空港で搭乗する
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 カンボジアへ入国するにはビザが必要になります。もちろん出発前に日本で取得できますが、カンボジアの空港や国境でも取得することが可能です。現地で取った方が、簡単ですし安く済みます。30日滞在可能な観光ビザの申請料は、20米ドルです。

 07年2月、わたしも現地で申請することにしました。事前に用意するのは、写真2枚と20米ドルのキャッシュです。前にも書きましたが、バンコク・スワンナプーム空港では日本円から米ドルの両替はできませんので、日本で米ドルを用意しておくことを勧めます。
 申請用紙はカンボジアへの機内で配布されますが、短い飛行時間では慌しいので、できれば事前に入手した方がいいでしょう。わたしはスワンナプーム空港のバンコク・エアウェイズ社のトランジットカウンターでもらって、ガイドブックの記入例を参考にしながら記入しました。トランジットの時間を利用してですから、同社のラウンジでゆっくりと書くことができました。

 プロペラ双発機のPG907便は、ほぼ定刻の19:00にシェムリアップ空港に到着し、歩いて平屋建てのターミナルビルへ向かいます。小さな建物ですが、まだ建築して間もなく、こぎれいな空港ターミナルです。入ってすぐ左側がビザ・カウンターになっていて、カウンターの内側には制服を着た入管の係員が、12~13人ずらっと並んでいます。
 やや緊張しながらパスポートと20ドル、そして申請書類一式を提出します。こちらの緊張感とは裏腹に、手作業で次の係官に書類を回しながら、まったくマイペースの審査風景です。日本人の若者グループと白人の観光客、約20人が現地での申請のようです。7~8分ほど待たされて、わたしの名前が呼ばれました。カウンターの右端の方でパスポートを受け取って、ビザのスタンプが押されていることを確認します。これで晴れて観光ビザ取得です!

 次に入管審査(イミグレーション)の列に並びます。事前にビザを取得してきた団体ツアーの人たちが先に並んでいますが、同じ飛行機の乗客ですからそれほど多くありません。間もなくわたしの番です。パスポートとEDカードを提出して審査を受けます。入管の係員は、他の係員と楽しそうにおしゃべりをしながらの審査です。世間話なのか、仕事が終わったら飲みに行こうと言っているのか分かりませんが、まったく和やかというか、のんびりムードです。タイではこのような光景を目にしたことはありません。
 それでも無事に入管を通過して、ターンテーブルで出てきたスーツケースを受け取ります。それから出口側にあるカンボジア・アジア銀行で米ドルに両替します。25000円で198米ドル戻ってきました。1ドル≒126円、決していいレートとは言えませんが、円安なのでこんなものでしょうか。
 わたしの後ろにいた日本人の若い女性グループが、米ドルをわざわざ現地通貨のリエルに両替しようとしていましたが、1米ドル=4000リエルですから、とんでもなく大量のリエル紙幣を抱え込んでしまうことになります。とても財布に入りきれずに、バックの中はリエル紙幣で一杯になるよと心配しましたが、余計なお節介はやめて先を急ぎます。
 最後に税関で「申告なし」の税関申告書を提出して、空港ターミナルの外へと出ます。そこには出迎えの車が待っているはずです。

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April 28, 2007

№650 シェムリアップへのフライト その2

   夕日を受けながら上昇中
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その2
 定刻の17時50分になりましたが、まだ荷物を積み込んだりして手間取っているようです。それでも5分遅れでプロペラが回りだし、機体が移動しはじめました。このローカルな路線にも日本人の客室乗務員が乗っていて、日本語の機内アナウンスがあります。18時05分、PG907便は日が傾いてオレンジ色に染まった滑走路を走りだしたかと思うと、あっさりと離陸しました。
 高度を上げていくに従い、夕陽をバックにしてバンコクの高層ビルのシルエットが遠くに浮かび上がって見えます。そして海岸線に近づくと水田か、エビの養殖池なのか、水が張られた無数の小さな区画が西日を受けてくっきりと見えます。海に出た辺りで、飛行機は機首を東へと向けました。

 時刻表では1時間15分の短いフライトですが、軽食が出ます。短いといえ国際線だからということではなく、同社の国内線でも軽食のサービスがあるようです。客室乗務員がお弁当箱のような紙製のボックスを手際よく配っていきます。
 箱を開けるとハムにチーズ、チキン、マカロニサラダなどをメインに、パン、チョコレートケーキ、リンゴジュースが詰まっています。メイン料理の味はまずまずで、なかなかレベルの高い機内食と言っていいでしょう。どれもビールが欲しくなる食べ物ばかりですが、ビールを頼むタイミングを失してしまいました、残念。仕方なくミネラルウォーターで我慢して食べました。乗客が食べ終わると、乗務員はそれを見計らったように急いで軽食ボックスを回収していきます。短時間のフライトなので、慌しいのは無理もありません。

 すっかり暗くなった空は、いつの間にか雲が厚くなっていて、時折稲光が見えます。それでも小さな機体はあまり揺れることもなく、意外に快適な飛行です。次第に高度を下げ始めたなと思っていると「もうすぐシェムリアップ空港です」とアナウンスが流れました。外を見ても街の灯りは少なく、人家の灯と道路を走る車のライトが所々に見えるくらいです。
 18時57分、突然滑走路の誘導灯が見えたと思う間もなく着陸しました。わずか約50分のフライトでしたが、無事到着です。駐機場の一番端のスポットに止まり、また狭い通路を苦労しながら後ろへ。短いタラップを降りると、さあいよいよ初めてのカンボジアです。

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April 26, 2007

№649 シェムリアップへのフライト

    派手な色の「Phuket」号
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 福岡からカンボジア・シェムリアップへは、バンコクで同じバンコクエアウェイズの17時50分発のPG907便に乗り継ぎます。バンコク・シェムリアップ間は、同社のドル箱路線。毎日7~8便飛んでいますが、どの便もなかなか予約が取れません。わたしもチケットを予約する時、しばらくキャンセル待ちの状態でした。そのほとんどがアンコールワット観光目的の外国人乗客で、いつも混雑しているのです。

 約4時間近いトランジット時間をラウンジで過ごして、C-1Aゲートへ向います。このゲートは直接ボーディング・ブリッジから搭乗するのではなく、一旦地上に降りて専用バスで駐機場まで移動します。ターミナルビルから遠く離れた駐機場には、同社の飛行機が数機停まっていて、オレンジやブルーなど鮮やかにカラーリングされた機体の前でバスが停止しました。操縦席の下あたりに「Phuket」号とあります。バンコクまでは「Samui」号でしたが、タイ国内のリゾート地への路線が多い同社の飛行機にはリゾートの地名をそのまま付けているのです。

 機材はATR72、70人乗りのプロペラ双発機です。ATR72はフランスとイタリアの共同開発の航空機で、現在世界65カ国の航空会社で使用されているとのこと。大きさは国産のYS-11ほどでしょうか、車輪が短い分ずんぐりとした印象です。続いてバスから降りてきた日本人の団体ツアー客から、一斉に「おお~、小さい!」という声が聞こえてきました。いかにも「こんな小さな飛行機で大丈夫?」といったため息交じりの言葉です。白人の乗客も口々に何か言っていますから、きっと同じようなことなのでしょう。それでも可愛らしい機体をバックに記念撮影する人などいて、緊張感が漂うというより、どこかのんびりした雰囲気です。

 同機の乗降口は後部の1ヶ所のみ、前部のドアは貨物室のものでした。せっかく乗り降りが楽なように前から3列目の座席を取っていたのに、これでは何にもなりません。後ろの席の方が便利だったのです。
 タラップを兼ねている後部ドアから機内へ乗り込みます。機内は狭い通路を挟んで横2列ずつの配列になっていて、通路は大きな手荷物を抱えた乗客で混みあって、前方まで行くのに一苦労です。やっとのことで自分の席へたどり着きました。窓側の席からは、特徴のある6枚の大きなプロペラが見えます。そして機内を見渡すと、やはり白人観光客を中心に満席です。

つづく

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April 19, 2007

№646 爽快なバイクタクシー

  マーケット近くのバイクタクシー
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 バンコクの街中を歩くと、ソイの入り口辺りに沢山停まっているバイクタクシーを見かけます。タイ庶民の手軽な足として利用されていますが、これまで乗ったことはありません。ヘルメットを貸してくれるようですが、転倒して怪我をすることもありますし、バンコクではBTSにタクシー、せいぜいトゥクトゥクを利用すれば十分に事足ります。
 ところがカンボジア・シェムリアップではそうもいきません。メータータクシーは走ってなくて、バイクタクシーとトゥクトゥクが、主要な交通機関だからです。

 シェムリアップに到着した翌朝の7時、まだアンコールワット観光の集合時間まで時間があったので、街の散策を兼ねてホテルからオールドマーケットまで行ってみることにしました。地図を頼りに国道6号線からメインストリートともいえるシヴォタ通りを通ってオールドマーケットまでの道のりです。国道6号線は朝の通勤ラッシュ時間で、多くのバイクやトゥクトゥク、バスがひっきりなしに走っていて、注意して道路を横断しないといけません。細かな茶色い砂の歩道をゆっくり歩いて、約20分ほどで到着しました。少し汗ばみましたが、朝早いこともあって、まだそんなに暑くありません。

 ぐるりとマーケットを回って、ちょうど開店したばかりのお土産屋さんで、定番のお土産「クロマー(カンボジア式スカーフ)」を買いました。伝統的なチェック柄のデザインのクロマーは、日除けやホコリ除けにもなるカンボジアの生活必需品でもあります。品定めや値引き交渉をしている内に、そろそろホテルへ戻らないといけない時間です。初めてバイクタクシーに乗ってみることにしました。
 少し日本語が話せる店員のナーさんに、近くで客待ちをしているバイクタクシーの運転手との料金交渉をお願いしました。ガイドブックによると、「どんなに近くても1ドルというのがカンボジア流」とあります。ナーさんに聞くと2000リエル(0.5ドル)が相場の料金とのこと。さすが地元のナーさん、2000リエルで交渉成立です。慣れない外国人観光客では、こううまくはいきません。

 運転手は年配のおじさんです。同じガイドブックには運転が荒いので若い運転手は避けた方がいいとありますので、ちょっと安心ですが、ここのバイクタクシーにはヘルメットがありません。リュックを背負い後部座席にまたがり、片方の手でおじさんの肩を掴んで出発です。
 走り出してもあまり飛ばさないので怖くありません。朝の涼しい風が頬を撫でていき、とても爽快です! 予想以上に気持ちよくて、ずっと乗っていたい気分です。混雑する国道に出ると、より安全運転で走ってくれます。まもなくホテルへ到着し、ここで料金を支払います。束の間のバイクタクシーでしたが、面白い体験でもありました。

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April 10, 2007

№640 ドルの両替は少なめに

 スワンナプーム空港内の銀行窓口
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 カンボジアの通貨は「リエル」ですが、米ドルも一般に流通しています。カンボジアでは米ドル紙幣を普通に使用していて、「Penny」や「Dime」などのコインはないので、補助貨幣として「リエル」を使っていると聞いていました。ちなみに1ドル≒4000リエルという交換レートです。
 つまりカンボジアに行く場合、米ドルを持っていれば困らないということです。かえってリエルに両替したりすると、100リエル≒3円ですから、たとえば3万円が100万リエルになり、とんでもなく多量のリエル紙幣を抱えることになってしまいます。とても財布に入りきれません。また、リエルが使い切れずに残っても他国では使えないし、再両替してもレートは悪いと思われます。米ドルであれば、そんな心配は要りません。

 そんなことで日本円をスワンナプーム空港で米ドルに両替する心づもりにしていました。バンコクに到着しトランジットの時間を利用して空港内の銀行窓口に行ったところ、 「円から直接米ドルには両替できない。カンボジアでやりなさい」との返事が返ってきました。しかし一旦、日本円をタイ・バーツに両替して、それから米ドルに換えるのはOKとのこと。そんな2度も手数料を取られるような無駄なことはしたくありません。
 「仕方ない、シェムリアップで両替するしかないか」と思ったのですが、カンボジア入国の際にビザ代が20ドル要ることを思い出しました。現地での両替は入国後になりますから、少なくともビザ代が米ドルで要るのです。「さてどうしようか」と思案した結果、前回のバンコク滞在で残っていたバーツをドルに両替することにしました。とりあえずビザ代と若干の手持ちを考えて40ドル分とし、残りの滞在費はシェムリアップ到着後ということに。
 再び銀行の窓口に行って交換レートを見ると、36.06バーツ/ドルになっています。40ドルをバーツに換算すると、1500バーツあれば足ります。1500バーツを出して41ドルとお釣りが21バーツ返ってきました。ひとまずこれで安心です。

 タイでは直接日本円から米ドルに両替できないことを知らなかったのがいけないのですが、バーツを持っていて助かりました。次回からは米ドルを事前に用意しないといけませんね。

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April 02, 2007

№635 隠れた逸品アンコール・ビール

アンコールワットのデザインが印象的
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 カンボジアを代表するビールといえば「アンコール」ビール。他にも「バイヨン」や「クラウン」という銘柄があるのですが、今回はほとんど「アンコール」ビールを飲んでいました。というより、バイヨンやクラウンは見かけなかったのです。もしかすると見逃したのかもしれませんが。

 金色の缶に赤のラベル、缶の中央には「Angkor」の白抜きの文字が入り、そしてその名の通りアンコールワット遺跡のデザインが印象的です。アルコール度数は約5.5%、コンビニでは缶ビールが0.5ドル(約60円)で売られていました。レストランで大瓶を注文すると、だいたい2.5~3ドルくらいでしょうか。忘れてしまいましたが、缶の横にはどこかの賞を取ったと書いてありました。
 調べてみると、アンコールビールは1960年代初頭にカンボジア政府によって命名され、フランスの醸造技術を導入して製造が始まったそうです。国内で最も水質に恵まれたカンボジアの港湾都市シアヌークビルに工場があり、現在はキャンブリュー社が経営を手掛け海外へも輸出しているとのこと。

 シェムリアップに到着した夜、飛行機の中で軽食が出たのであまりお腹が減っておらず、外食はやめて機内でもらったナッツをつまみに、アンコール・ビールを初めて飲みました。風呂上りということもあったかもしれませんが、これがなかなかイケルのです。サッパリとしていますが、ホップが効いていて美味しいのです。後味も悪くありません。 
 タイのシンハやチャーンよりも美味しいかも。わたしとしてはアンコールの方が好みです! 一度だけ、タイガービールと飲み比べてみましたが、やはりアンコール・ビールに軍配が上がります。ご当地でアンコールワットの名前を冠しただけの地ビールかと思っていたら、そうではなかったのです。これは侮れません。
 正直「アンコール」のことをほとんど知らなかっただけに、意外な発見でした。滞在中アンコールを飲み続けたのは言うまでもありません。

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